DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「インパスを、こういう使い方しようって発想は、どこから来た?」
約束通りマトリフ様に魔法の講義を受けるべく訪問すると、なんとマトリフ様は、わたしとの約束を覚えていなかった。
こんな事ならクロコダインやヒュンケルについていけばよかったと思うもアフターフェスティバル、後の祭り。
まあでも、相手は前魔王戦で勇者と共に戦った伝説の魔法使いだ。
約束は約束なので、お話を聞かせていただこう。
と思ったら、わたしの使える魔法の種類について逆に色々質問された。
特に興味を引いたのは、性能を上げたインパスのようだった。
そうだろう。
これはわたし自身が会心の出来だと思っているし。
…逆に言えば、それ以外が芳しくないんだけど。
「まず、赤と青の違いは何かという事を考えて、呪文に赤く反応するのは『害意』ではないかという答えに行き着きました。
宝箱を配置するのは意思ある者ですし、だとするとその者が触れたモノに、意思のカケラが残っていて、それに反応するのではと。
トラップなんてものは害意の塊ですし、トラップモンスターなどはそれ自体が害意です」
わたしの説明を聞き、マトリフ様が腕組みをしながら頷く。
「なるほどな…魔力や生命力に反応するのも、そこに意思があるからか。
しかし、オリジナルの呪文を編み出すならともかく、既に体系化して完成されてる呪文の、そもそも原理から洗い直してわざわざ研究しようなんざ、よくよくの物好きだな。
しかもそれが魔法使いじゃなく、僧侶だってんだから恐れ入る。
てめえは尼僧なんかじゃなく、学者にでもなった方が良かったんじゃねえのか?」
考えたことなくはないけど。
「10歳まで修道院で育ったので、自然とそうなっただけです。
修道院にはわたしを学校に通わせる余裕などありませんでしたし」
故郷を失った今となっては、この尼僧としての自分自身が、わたしを育ててくれた人たちの形見であると言ってもいい。それに、
“この理不尽な世界を作った存在の、
そんな事を言ったあの男への意地もある。
「けど、知識を得る事は昔から好きですし、旅を始めてからは生きる為に知識を欲しました。
魔法の研究はその一貫です。
ですが、確かに体系化され完成された呪文は特に、わたしの知りたい事が書かれた本は、どこの図書館を探しても見つからなくて。
インパスはたまたま仮説がうまくハマって、性能を上げる事に成功しましたけれど、他の呪文の研究は、独学だとなかなか進みません」
わたしがこの人に話を聞きたいと思ったのは、基本的にそれが理由だ。
「だろうな。
完成された呪文に疑問を差し挟むヤツなんざ、そうそう居ねえ。
研究するヤツ自体が居ねえから、本だってそりゃ無えだろうさ。
だが魔法ってのはそもそも、そういう疑問や必要性から生まれるもんでな。
発想力次第で可能性は無限に広がってる。
その点で、頭でっかちの学者とは違って、てめえは見込みがあるぜ」
どうやら褒められたらしい。けど。
「…その発想力がなくて、使えない呪文もあるのですがね…」
「ん?」
「ルーラです。
旅の傍ら、メッセンジャーの仕事もしていますので、使えれば便利だと思ったのですが」
そう説明すると、マトリフ様が眉間に皺を寄せる。
「ルーラ?
てめえは僧侶だからできなくてもおかしかねえが…使えねえ、って事は契約はできたって事か?
まあ、確かに適性次第で、個人差はあるだろうし、てめえは魔族だしな」
「はい、契約は問題なく。
イメージの仕方にコツがあるのかと思い、わたしなりに調べてもみたのですけど、イメージ力が重要という記述はあっても、そのイメージの仕方について言及している本が、未だに見つかりません」
大きな図書館のあるカールでは、4日間通って探したにもかかわらずだ。
もっとも、カールの図書館は魔法書よりも、むしろ武術書の方が品揃えが充実していた。
なんて脳筋な国なんだ。
「?おかしいな。
ルーラのイメージなんて、言ってみりゃ、知ってる場所を思い浮かべりゃいいだけだぜ?
そのイメージができなきゃ仕方ねえが、インパスをサーチ呪文に進化させたてめえに、それができねえとも思えねえ。
レベルが足りなければ、それに達するまでは使えねえって事も考えられるが、そういうわけでもなさそうだ。
…フン、まあいい。
まずはイメージトレーニングだ。
あの木の上に、瞬間的に飛んでいく自分をイメージしろ。
それからそのイメージを持ったまま、魔法力を放出する」
「はあ……?」
魔法力?放出??
・・・
「あのー、マトリフ様?」
「おい、まだ始めて5分も経っちゃいねえだろうが。
もう少し集中……っ!?」
わたしを振り返ったマトリフ様は、信じられないものを見るような目でその場に固まった。
そんな目で見られても困る。
わたしにだって、なんでこうなったのかわからないのだ。
…イメージトレーニングで魔法力を放出したら、地面から1メートルくらいのところで浮き上がって、静止してるなんて。
いや、足を動かせばとりあえず歩けるけど、これはどう考えてもルーラじゃない。
「なんか、これ変ですよね?
なんでこうなっちゃったんでしょう?」
「ばっ…馬鹿かてめえは!!
ルーラもできねえくせになんで先に、トベルーラができるようになってんだ!」
マトリフ様の言葉に、わたしは目をみはる。
「トベルーラ…これが?」
「そうだ!
そいつはルーラの応用呪文だから、普通はルーラができるようになってから覚えるもんなんだよ!
どんだけ非常識なんだてめえは!!」
なんかすごくひどい事を言われてる気がする。
けど、その言葉に頭の中で、これまで考えた事のない部分にイメージが繋がった。
「ルーラの…応用。魔法力の放出?
あ!ひょっとして…!!」
目を閉じて、頭の中でイメージを構築する。
次に目を開けて、言われた木の上を見る。
そして。
「………ルーラっ!!」
ビュン!
わたしの体は一瞬にして、遠くに見えていた木の上に飛んだ。
「おおっ!」
「マトリフ様〜!!これでいいんですね〜!?」
木の上から、マトリフ様に向かって手を振る。
「そ、そうだ!だが、一体…」
「ルーラ!!」
ヒュン!
また一瞬で、マトリフ様のそばに戻る。
「わたし、基本的に勘違いしてました!
ルーラって、瞬間移動っていうよりは、長距離高速移動の呪文なんですね?
一瞬でその場から消えて、次の瞬間別な場所に現れてる、みたいなイメージを抱いてたから、発動の仕方がわからなかったんです。
魔法は確かに、イメージ力が大事ですもんね。
そのイメージが間違ってたら、まず成功しないって事ですね。
勉強になりました。
やはりマトリフ様にお話を伺えて良かったです」
考えてみればわたしは、ルーラを使っている人を実際に見た事がない。
一度でも目にした事があれば、すぐに間違いに気がついただろう。
そんなわたしを、マトリフ様は呆れたように見つめる。
「…まあ、古代の呪文の中には、てめえが言うようにその場から消えて、空間の隙間を通って移動する呪文もあるにはある。
だが基本的にそれは、場所よりも人をイメージしなきゃいけなかった筈だ」
「人を……?」
「そいつは、行きたい場所じゃなく、仲間のいるところへ移動する為の呪文だからよ。
確か、リリルーラとかいったが、少なくとも、人間の間にゃ契約魔法陣の書き方も伝わってねえ。
恐らくは、魔族の中でも一部の者が、生まれつき持ってる能力ってカテゴリーなんじゃねえか」
仲間…わたしの、大切な、友達。
「…リリルーラ」
……フッ。
次の瞬間、目の前にヒュンケルとクロコダインがいた。
「ッ…!!?」
「グエン…!おまえ、一体どこから…!?」
「あれ、本当に使えちゃった!
ごめん、驚かせて。新しい呪文の研究中なの。
じゃ、またね♪リリルーラ!」
……フッ。
…次の瞬間には、目の前にまた、マトリフ様がいた。
「…驚いたな。
たとえ半分でも、やっぱり魔族って事か。
魔法の潜在能力が半端ねえ。
この他にも自覚がねえだけで、本来なら使える筈の呪文があるんじゃねえのか?」
言いながらマトリフ様が魔法書をめくる。
「だといいんですけどね。
あー…それにしても、時間無駄にしたわ〜…」
「なんだと?」
「あ、今のことじゃなくてですね。
もっと早くにルーラの使い方がわかってたら、メッセンジャーのアルバイトなんてもっともっと数をこなせて、一日2件とか3件とか届けられた筈だから、今頃はそこそこ金持ちになれてたんじゃないかって思うと…」
「てめえ、僧侶のくせに頭ん中は俗物だよな…」
呆れたように、ではなく本当に呆れてマトリフ様が、溜め息混じりでわたしに言った。
うん、一応は自覚してる。
「あれ?グエンだ、来てたんだぁ!」
「お、おっす。師匠、修行受けにきたぜ!!」
唐突に男の子の声が後ろから聴こえて、振り向くとダイとポップが駆け寄ってくるところだった。
☆☆☆
パプニカ王国は次第に復興しつつあった。
レオナ姫は伝令を飛ばして領内にある町や村に御触れを出して、自身の生存と勇者達の勝利を大々的に伝えた。
また領内の町や村に自身がお供付きで出向いては、凱旋キャンペーンを行なった。
それにより一度は逃げ出した国民達が少しずつ、国へ戻ってきはじめたから、その効果は上々だったと言えよう。
それとともにレオナ姫は、彼女を救った勇者パーティーの中に、人間以外の種族が混じっていた事、また、改心した魔王軍の軍団長がいた事を、強くアピールする作戦に出た。
目的は言わずもがな。
有り難いとは思うのだが、そのキャンペーンの為に、わたしをいちいち連れ回すのは、正直やめて欲しかった。
「本当は、クロコダインとヒュンケルも連れて回りたかったのだけど」
とか言われた時は、あいつらこれを見越してさっさと逃げたんじゃなかろうなと、ちょっとだけ友人達を疑いそうになった。
そして、件のパルナ村に行くと言われた時は、事情を説明してさすがに泣いて同行を断ったのだが、そんなわたしを哀れに思ったらしい三賢者もこぞって反対してくれたにもかかわらず、レオナ姫は許してくれなかった。
「だからこそ行くのよ!
あなたは何にも悪いことはしていないのだから、堂々としてなさい!」
だそうだ。鬼かこの人は。
…しかし結果としては、レオナ姫が正しかった。
気球船から降り立ったわたし達を見た村人達が、
「やっぱりシスター・グエンだ!
ほら見ろ、あの人は悪い人じゃなかった!」
と口々に叫び出したのだ。
なんでも、わたしが去った後にこの村に立ち寄った勇者様が、わたしが受けたのは謂れのない誤解だったと保証してくれたという話で、この間のポップの話と合わせると、どうやらその『勇者』こそがかのアバンである事は明らかだった。
それはそれとして、
「グエンは私の命の恩人なのです!
本当に、本当に本当に、私、感謝しておりますのよ!
当然ですわ!
だってグエンは、命懸けで、私を守って、戦ってくれたのですもの!!」
って、そんな村人達の前でわたしにギュッて抱きつきながら、メッチャ嫌味ったらしく言うのやめてもらっていいですかレオナ姫。
「この村のグエン殿に対する仕打ちを耳にして、実のところ一番腹を立てていたのは姫様なんですよ」
と、こっそりアポロくんが耳打ちしてくれて、あなたの気持ちは痛いほどわかりましたから。
……ありがとう。
・・・
パルナ村には結局一泊する事になり、宿の部屋に篭っていようと思っていたら、ゲッコーさんが会いに来てくれ、いきなりその場で土下座された。
やめてくれと懇願したらやっと立ち上がってくれたのはいいが、そのシーンをレオナ姫が見ており、なんだかニヤニヤしていた。
とりあえず棍の稽古をつけてもらう事にして、外で手合わせをしていたら、最近この村に越してきたという、ゲッコーさんの友人だというオミットさんという方が、稽古なら混ぜてくれと声をかけてきた。
この方は槍術の師範との事なので、槍術と棒術には共通点も多い事から、参考になる技が多々あるかと思い、演武を見せていただいた。
目にも留まらぬ無数の突きを繰り出す「さみだれ突き」という技が特に印象に残った。
今は棍を使っているが、強い武器が必要になった場合、武器を変える事も視野に入れなければならない。
槍ならば戦術を大きく変える事なく使えそうな気がする。
そういえば以前疑問に思った、棍で空が飛べる可能性についてゲッコーさんに質問したら、なんか知らないが二人ともにメッチャ笑われたあとで、オミットさんに、
「空は飛べねえが、槍なら雨くらいは避けられるぜ」
とかなり笑い堪えながら言われた。
一通り稽古が終わって解散する際、オミットさんに、
「俺は、王都でも構わんぞ。
アンタの暮らしたいところなら、どこでも行ってやる」
とか言われた。うん、いい人だ。
「ありがとうございます。
では、武器を槍に変えた時は、またご教授願いますね」
と頭を下げたら、なんとも言えない顔をされた。
なんかリアクションを間違えただろうか。
次の日、気球船に乗り込んだ際レオナ姫に、
「なんて言うか……色々残念よね」
と溜め息混じりに言われたのだが、はて?
☆☆☆
パプニカ王都に戻ったその日の夜、勇者パーティーを集めての会議に出席させられた。
「このギルドメイン山脈に、魔王軍の拠点があんのか…!」
地図を指先でなぞりながら、ポップが呟く。
「ヒュンケル達が偵察に行ったらしいけど…。
おれたちは、どうしようか…!!?」
ダイが言うと、レオナ姫が少し考えてから口を開く。
「…今の私たちには、武器も人数も足りなさすぎるわ。
焦って攻め込むより、力をたくわえる方が先決ね」
その言葉にわたしも頷く。
「そうね。
少なくとも、ヒュンケルとクロコダインが戻ってからでも遅くはないと思うわ。
必要ならば、わたしが連れ戻す事は可能だけれど、今はそこまでする必要もないでしょう」
「じゃあ、みんなでどこかに、新しい武器を探しに行こうよっ!!」
元気いっぱいに提案するダイに、一人を除いた全員が賛成する。
その一人…マァムは、何やら思いつめた表情で、重い口を開いた。
「あのね…みんな。
私、ずいぶん考えたんだけど…。
しばらくみんなと…お別れしようと思うの…」
その表情が、少しだけ泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。
実はグエンのエピソードを考えた際、一番最初に浮かんだのがここの、マトリフ様との修行シーンでした。
特にオチの台詞は、絶対に言わせたかったので、ようやく書けて安心してます。