DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「知っているのか、グエン?」
「いや、たいして知らないけど」
念の為その『騎士の鎧』を試着させてもらい、ダイ自身に着心地を確認させた。
「…うん。これじゃダメだ。動きづらくって」
「でしょwwwwww」
うん、まあ、なにげにカワイイけどね。
正直、このゴツい鎧を着て、こんなに可愛くなる人がいるとは思わなかった。
「ねえねえねえっ!これどうかな!」
「こんなカッコした賢者がどこにおるかっ!!」
もうひとつの試着室から出てきたレオナ姫は、鼻血押さえたポップにつっこまれてる。
ええ、いくらなんでも踊り子の服着て戦う賢者とか、わたしもないと思います。
更にその自分の格好棚上げして、ダイの方指差して大笑いしてるとかどんだけですか。
あとゴメン。
実はわたし、デザインは違うけどソレ持ってる。
わたしの場合被り物必須なんで、耳を隠せる形状の冠を被る為、それに合わせたジャラジャラ系のやつだけど。
旅をしてると、奉納舞とか言って雨乞いの儀式とかに参加させられる事があるんだよ。
舞踏なんて習った事ないけど、わたしの拙い踊りでも結構喜んでもらえたよ。
主に男性に。
・・・
それはさておき。
「ねえ、この銀の胸当てなんてどう?
軽くて動きは妨げないし、防御力もこのクラスなら申し分なし。
何より、それなりに格好いいと思うのだけど」
銀が魔除けになるというのは迷信だが、信仰的に未だに信じられている地域もある。
だから格式ある場での儀礼用に使っている国もあるとか。
更に銀の持ち味はそのくすみ具合にあり、細かな装飾がそれで際立って、なかなかに風格の漂うデザインだ。
わたしが示したそれを見つめるダイのキラキラした瞳とほっぺに差した赤みが、一目見て気に入ったともう言っていた。
「うん!それにす…」
「ならば、見てなさいダイ。
ここでの買い物には、ちょっとしたコツがあるのよ」
こちらに歩み寄ってくる若い店員を視界の端に捉えながら、わたしはダイに目配せをする。
「いらっしゃいませ。
そちらの銀の胸当てをお求めですか?」
話しかけられて、わたしはほんの少しだけ迷った顔を見せる。
「そうねえ。でも、お高いんでしょう?」
「ところがですね!
本日はセールを行なっておりまして、通常ならば5000Gのこの品が、本日ならなんと3割引の3500G!!
お買い得ですよ!」
うん、一応値段は見て知ってるけど。
「そうねえ。
でも他のものも揃えたいから、もう少し下がらないものかしら。
この子、重装備ができないから、色々難しいの」
「うーん…これはセール価格なもので」
「あら、残念。
ならせめて、これとセットにしていただけないかしら」
「そちらの銀のリストは、540Gのお品です」
「でしたら3800Gではいかがかしら?
セット購入って事でこちらも3割引で378G、できれば細かいのは切り捨ててもらって、合計で3800G」
「…少々お待ちください」
若い店員が奥に引っ込んで行くのを見計らって、そのタイミングでシンプルな幅広の、丸い石のついたサークレットを二つ指し示し、ダイに意見を伺う。
片方は赤、もう片方は青い石。
値札はどちらも、ちょうど1000G。
「ダイ、これとこれなら、どっちが好き?」
「え?どっちって言われたら、青い方…ねえ、グエン」
「…お待たせいたしました。
上の者と相談いたしましたところ、銀の胸当てと銀のリスト、両方のお買い上げで3900Gまででしたら勉強させて…」
「ごめんなさい、これも欲しいわ。
合わせて4500Gでどうかしら!?」
「しょ、少々お待ちください!」
若い店員はもう一度奥に駆けていき、わたしは更に、今度は丈夫そうな850Gの脛当てを持ってきてダイの足に合わせる。
「足の方は…これでいいかしら?
ちょっと歩いて…重たくない?」
「全然大丈夫。あのさ、グエン」
「お待たせいたしました。
銀の胸当て、銀のリスト、サークレットと3点のお買い上げなら、4600Gまでならお値下げでき…」
次に出てきた年嵩の店員に向かって、わたしはトドメとばかりに、笑顔で言った。
「度々ごめんなさい。
良い品物が多くて、欲しいものが次々出てきちゃう。
この鉄のグリーブも買うから、5000Gじゃダメかしら!?」
どうやら先ほどの店員が相談に行っていたのはこの店員らしい。
ならば、彼の裁量で即決してくれるだろう。
駄目なら…足りない分はわたしが出してもいいか。
「…承知いたしました。
では、その4点のお買い上げで、ちょうど5000Gいただきます。
ありがとうございました」
よぉし、勝った。
・・・
「凄え…」
レオナ姫から預かったお金で支払いを終えて戻ると、ポップがドン引きした顔で呟いた。
「さあ、次は武器ね♪」
それに構わず、わたしは達成感に満ちたまま、レオナ姫の装備が決まるのを待っていた…女の子の買い物が長いのは仕方ないの!
「いいのかなあ…なんか、申し訳ない気が…」
試着室を借りて、新しい装備に身を包んだダイが、か細い声でわたしに言う。
どうも、表示価格よりかなり値切った事が気になっているようだ。
「なに言ってるの。
むこうだって値切られること前提で価格設定してるの。
この銀の胸当ては元値が5000Gって言ってるけど、こんなのカールで買えば3200Gの品物よ。
もっとも輸送の段階で人件費がかかってるから、その上乗せもあるのでしょうけど、それにしたってぼったくり過ぎだし、それでトータルで考えれば、多くても550程度の値引きにしかなっていないわよ。
わたしなんかまだ良心的な客だと思うわ」
…いや、だから何なのよふたりともその白目は。
・・・
レオナ姫の装備も整ったところで、今度は武器を求めて一階下へ階段で降りる。
「ウフフ、カッコイイわよダイ君」
「ほんと!?エヘヘ、ありがとう。
レオナもすっごく可愛いよ!」
…なんなんだこの小さいバカップル。
まあ微笑ましいっちゃ微笑ましいけど、25歳の独身女にはいささか目の毒だ。
おもに、ピュア過ぎて。
「…なんでだろう。口の中が甘ェ」
「…あなたもそう思って?わたしもよ」
苦笑しながらのポップの呟きに、わたしも同調した。
「あらっ!?なにかしら、あの人だかり…」
4階に降りると、売場の中心に特設会場が設けてあり、覗いてみると手甲型の武器が、白い布のかけられた台の上に置かれていた。それは。
「ド、ドラゴンキラー…!!」
「ドラゴンキラーって…まさか、あの!?」
それを目にして、わたしは思わず目をみはった。
本で読んだことはあるが実物を見たのは初めてだ。
ドラゴンの皮膚は、鋼鉄より硬いと言われている。
ドラゴンキラーとは、そのドラゴンの鱗をも切り裂くという武器である。
カールの図書館にあった武器防具大全というシリーズでは、かつてドラゴンに愛する人を殺された武器職人が、対ドラゴンに特化した属性を付与した剣を、魂を込めて打ち上げたと書かれていた。
その恋人の血を混ぜた水を、鉄を冷却するために使ったのだという。
だがその武器職人は、それを打ち終わった後、それを掲げて笑いながら息絶えたとか。
それをもとに後世の武器職人が研究を重ねて、より効率的な形にしたのがこのドラゴンキラーという武器であるらしい。
…その話、その本にしか載ってなかったから、多分創作だと思うけど。
そもそもその『本当は怖い武器防具大全』って本、わたしが以前売り払ったモンスター図鑑と同じ出版元から出されてたし。
そのドラゴンキラーだが今日のこれは一点物で、オークションが行われるらしい。
相場としては15000G以上の品物。
子供の小遣いじゃ買えない、と周囲の客たちに笑われて、カチンときたレオナ姫が、オークションの参加を決める。
レオナ姫の手持ちが16000G、ダイとポップの虎の子が1500G、わたしのお財布の中にも一応は1800Gほどはある。
あとここにはゴールド銀行があるから、貯金を下ろせばあと5000Gは工面できなくもないけど、できればこれはいざという時のために手をつけたくない。
主に、ここに滞在する必要が生じた時の為に。
何せこの国は宿泊費が結構高い。
稼げるあてがない以上、お金は残しておきたい。
一応、わたしの老後の為にとそれなりにコツコツ貯めてきたお金でもあるし。
…欲しい服と食べたいモノは我慢しないのが信条だから、それほどの金額じゃないのが悲しいけど。
鼻息荒いレオナ姫を止めようかどうしようか迷っていたら、後ろからしわがれた声が、
「やめといで…!!」
と声をかけてきた。
見れば背の低い老婆と、ポップとそう変わらないくらいの若い女の子。
声をかけてきたのは、勿論老婆の方だろう。
ぽかんと見返すわたし達に、老婆は再び口を開く。
「…自分の力量以上の武器をつけて、強くなった気になりたいバカの仲間入りなどおよしと言ったのよ…大金払ってさ…!」
その言葉に反応したのは、話しかけられていたわたし達ではなく、周りの客たちだった。
「なっ…なんだとぉ!?このババア!!
そりゃあオレたちのことか…!?」
「へっ…他に誰がいるんだい…!!」
戦士みたいな男たちもいる中、老婆は臆することなく平然と言い放つ。
いきり立つ男たちが、老婆にくってかかろうとした時、可愛らしい声が割って入った。
「おやめください、おばあさま!
皆さん…すみません。祖母は口が悪くて…」
か弱い少女がペコペコと頭を下げるのに、それ以上言い募れる野蛮人はギリ居ないようだった。
「…フン。
あたしゃ思った通りを言ったまでだよ…!!」
この老婆と旅をするのはさぞ気苦労が多かろう。
少女は老婆の背を押して、その場から去っていった。
…てゆーか、この人たち、ここに何の用で来ていたんだろう?
どこをどう見ても、武器が必要な人種には見えなかったのだけど。
「占い師、みたいだったわね…」
確かにいでたちはそんな感じだった。
けど、こんな信仰心の低い国で、占い師なんてやっていて稼げるんだろうか。
でも若い女の子の方は、綺麗な顔をしていたけど垢抜けない印象があり、この国の女の子ではないと一目でわかる。
わたしと同じように、あちこち旅をしてまわっていて、たまたまこの国に来ていただけかも。
だとすると商売のチャンスを求めて、人が集まるところに来たというだけで、武器にはやはり用はなかったんだろう。
…そのチャンスも老婆がぶち壊したけどな。
「…あっちの若いほうの
その彼女の後ろ姿を見送りながら、ポップが少し顔を赤らめて言う。
…ポップ、あなたマァムの事が好きなんじゃないの?
確かに綺麗だけど、マァムとは真逆のタイプに見えるんだけどな。
男の子はよくわからない。
☆☆☆
オークションが始まり、あっという間にレオナ姫の持ち金16000Gを越えた。
だが、どうもこの姫様は熱くなるタイプらしく、見るからにお金持ちって感じの商人とまだ競り合っている。
その商人が18000Gを提示したあたりで、ポップとダイが動揺し始め、その様子に商人がほくそ笑んでるのが見えた。
全員ポーカーフェイスが保ててないから、この勝負まず勝てっこない。
諦めて他の、もっと安い剣でも買った方がいい。
わたしはそっとオークション会場から離れ、ゴールド銀行でお金を下ろすと、通常の販売スペースで、剣のコーナーを見てまわった。
どうせオークションは負けるだろうから、今は立て替えて後で返してもらおう。
「破邪の剣、3500Gね…」
「いらっしゃいませ!そちらをお求めですか?」
「まだ決められないけど、良さそうな剣ね」
「そりゃもう!
…勿論、あちらの会場で出されてるものには及びませんが、値段の割に使い勝手のいい剣ですよ。
…実は私個人としても、若干思い入れのある剣でして。
というか、オークションの間は、こっちにお客様は来ないと思っておりましたので、こうして見る目のある方がいらしてくれたのは嬉しいですね。
もしお買い上げいただけるのでしたら、3000Gまででしたら、こっそりお値下げ致しますよ?
…お姉さん美人だし」
「いただくわ♪」
即決。カールの武器屋に並んでいた同じものと値段は変わらないし、その上で500も値下げしてくれ、しかも上の防具屋と比べて、元の値段を釣り上げた上での値引きなんてあこぎな真似をしていないところが気に入った。
決して美人と言われて気を良くしたからではない。
・・・
いい買い物をしてみんなのところに戻ったら、件の商人が嬉しそうにドラゴンキラーを手にしていた。
やはりオークションは彼の勝利に終わったようだ。
そして我らが姫様は「んもう〜っ!」とか言いながらスライムのゴメちゃんを、掴んでみょーんと伸ばしていた。
あ、羨ましい。わたしもそれやりたい。
てゆーか以前やろうとして逃げられて以来、あの子わたしに近寄ってこない。
「あ、グエン!どこ行ってたの?」
ダイがわたしに気づいて駆け寄ってきたので、今買ったばかりの剣を渡す。
「買っといたわ。
ドラゴンキラーには及ばないけど、そこそこいい剣よ」
「ありがとう、グエン!」
その瞬間、デパートの建物が揺れた。
「地震…!?」
さっきまで悔しそうにしていたレオナ姫が呟き、
「たっ…大変だあ、あれを見ろっ!!」
という声につられて窓の外を見ると、ドラゴンの群れが、外の町を襲っているところだった。
「
あれが…超竜軍団っていうやつか…!?」
という事は、魔王軍の襲撃という事か。
ここは世界一安全な国ではなかったのだろうか。
ダイの装備は、見た目の印象は『騎士の鎧のパーツ』とそれほど変わりませんが、防御力は一応、鎧並にはあるという設定です。
それでもパプニカの布には負けてるという恐ろしい事態。
なんてこった。