DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
死神・キルバーン。
別にそんなもの所持しちゃいないが、確かに鎌なんか持ってるイメージが、その男にはしっくりきた。
ん……鎌!?ちょっと待って。
「そこの魔族のオネエサンは、人間のそういうトコロ、よくわかってそうだけどねぇ…。
そんなところに立ってるより、こっちに来た方が長生きできるんじゃないのかな?
ウフフフ…! 」
「……っ!!」
仮面の下からくぐもった声が、揶揄うように嗤う。
黙れと言いたかったが、妙な威圧感に口が開かなかった。
我ながら情けない事だ。
というか、そいつは何も言っていないが、判ってしまった。
ヒドラにバギクロスを唱えようとした時、邪魔をしたあの大鎌は、恐らくこいつの仕掛けた攻撃だ。
そして登場の仕方を見る限り、インパスに一瞬反応した、地面の下を走った『害意』、あれも恐らくこいつなのだろう。
「おまえが超竜軍団の軍団長か!!?」
ダイがそいつに向かって問う。
「軍団長…?
ウフフッ、ボクはそんなに偉かないよ…。
ただの、使い魔さ」
芝居掛かった仕草で大きく首を横に振りながら、その男が答えた。
「実は魔王軍でも、キミの正体が話題になっていてねェ、超竜軍団から竜を借りて、ボクがキミの正体を見極める事になったのさ。
おかげでキミの、本当の姿を見ることができたよ、フフフッ…」
言いながらキルバーンは、出てきた時と同じように壁の中に潜っていく。
先ほどダイが投げ放ったドラゴンキラーを、無造作に投げ捨てて。
「ま…待てっ!!
おれの…おれの本当の姿ってなんだ…!!?」
含みを持たせた言葉に、ダイが反応する。
そのキルバーンの潜る動きが、顔だけ残した状態で一瞬止まった。
「ああ、そうだ。
近い将来、本物の超竜軍団長が現れると思うよ。
キミを地獄へ誘うために、ね。
お楽しみに…ウフフフフッ…」
含み笑いだけを残して、キルバーンは消える。
ふと、奴が放り投げていったドラゴンキラーに、見るともなしに目をやると、ドラゴンの鋼鉄の皮膚すら貫くその武器が、強い酸にでも晒されたように、地面の上で融け始めた。
「使い魔なんてとんでもねえ…おっそろしい野郎だぜ…!!」
ポップの呟きに、その場の誰もがただ息を呑んだ。
・・・
「…そう言えばあなたたち、ダイ君のことを“
レオナ姫が発言した事で我に返り、彼女が話しかけている方に目を向ける。
そこにいたのはさっきの、祖母と孫らしき占い師の二人。
「…いかにも。その方こそ我が祖国の伝説に記された、
「…
自身を指し示されたダイが、鸚鵡返しに言葉を紡いだ。
☆☆☆
国民五十人足らず、もはや王国とは名ばかりのテラン王国に、馬車でやってきたわたし達は、この国に伝わる『
ナバラさんとは、わたし達が出会った占い師の、祖母の方である。
実は以前この周辺の町を訪れた際にお名前だけは聞いた事がある、有名な占い師の先生だった。
せっかくだから是非お訪ねしようと思ったのだが、国を離れてしまったから今はどこにいるかわからないと言われて残念に思っていたのに、まさか偶然お会いできるとは思わなかった。
そしてこんな偏屈なバ…御老女だとは。
ちなみにポップ言うところの『ちょっと美人』な孫娘の名前はメルルという。
年齢はポップと同じ15歳で、ぱっと見には落ち着いた雰囲気に見えたが、ちょっと人見知りらしい。
しかも男性慣れしていないらしく、ポップに話しかけられて答えつつ、ちょいちょい噛んでるのが実に可愛らしかった。
ダイは道中押し黙ったまま、なにか考え込んでしまっている様子だった。
とりあえずわたしがベンガーナの屋台で買った、衣をつけて揚げたジャガイモを切り分けて、スティックで口の前に差し出してやると、難しい顔をしたまま一応は食べてくれたのでそのまま食べさせ続けた。
お腹が空いてると考えもまとまりませんからね、ええ。
そんな様子をレオナ姫がじっと見て、やはりなにか考え込んでいたが、こっちはダイとは違う事のような気がする。
そんなこんなでたどり着いたテランの、大きな湖の前にわたし達は立っていた。
湖の中央に小島があり、そこへは埋め立てて作ったような道が繋がっていて歩いて渡れるようだ。
その小島に、何か祠のようなものが見える。
「きれいね…」
「しかし、なんかさびしいねえ。
王国っていうより、村だぜ、こりゃ」
ポップの言葉にナバラさんが睨むように振り返ったが、その言葉に間違ったところはない。
このテランはベンガーナの隣国だが、その在り方は対極に位置する。
ベンガーナが徹底的な物質主義を貫いている国民性であるのに対し、テランはどこか病的なまでに精神主義に傾いており、文化レベルは最低と言っていい。
ベンガーナとテランの民の最も端的な違いは、何か問題が発生した場合、ベンガーナ人ならば迷わずその問題に対し、どのような道具を使って解決するかを考えるのに対し、テラン人はまず神に祈る、という具合だ。
故に教会の地位は隣のベンガーナとは比べものにならないくらい高いが、質素倹約を旨とする教会や修道院でさえ、ここでの暮らしには窮する有様。
挙げ句の果てに、国として立つ事を完全に諦めたとすら思える、当代の王による武器や道具の開発禁止令の事は、初めて聞いた時は狂気の沙汰としか思えなかった。
魔王軍の侵攻がない時代でも人々は身を守る必要がある。
野生動物や野良モンスターの存在もあろうし、盗賊や山賊などの危険もまた常世のものだ。
自身の身を守る武器も道具もなく、だからといって民を守る警護隊や屈強な軍隊が組織されているわけでもないこんな場所で、人々が安心して暮らしていけるわけがない。
神に祈ることしかできない善良でか弱い人々は、それを狙う悪意にさらされれば容易く、その餌食となってしまう。
もっとも平和主義を掲げるこの国としては、隣国であるベンガーナに危険視される事こそを恐れたのだろうが、平和主義の国で平和に暮らせないなど、理論から既に破綻しているわけで。
民の平和な生活という点に関して、豊かな物資に加え軍事面にも力を入れているベンガーナの方がより確実にそれを体現している。
結局のところ『平和である』ということは『力の均衡が保たれている』状態に他ならないのだ。
とにかくそんなわけでこの国は、それによりあっという間に衰退した。
その衰退により侵略価値を失ったこの国が、ベンガーナに吸収されることも、魔王軍の侵攻を受ける事もなく済んでいるのは皮肉なことではあるが、少なくとも暮らしやすいとはお世辞にも言えないこの国は、わたしの定住リストには
「国民がたった50人しかいないんじゃ、占い師は商売あがったりだよ」
なるほど。
それがナバラさん達が国を出た理由か。
神秘を重んじる国民性は、彼女達の存在を重く見ていてもおかしくなさそうだが、確かにこの有様では王城に囲い込まれでもしない限り、日々の糧を得るのも大変そうだ。
もっとも、その王城の生活を、この老婆が受け入れるかどうかも怪しいけど。
「でも…私は好きだわ。この静かな故郷が…」
可愛らしい、静かな声でメルルが言うのを、ナバラさんがこの子は変わり者だと笑いながらも、その目には愛情がこもっている。と、
「ナバラさん!
この国のどこに、おれの正体を知る手がかりがあるんですか?
早く…早く教えてください!!」
ダイが、はたから見ても身を震わせながら言う。
「おいおい、何を焦ってんだよ、ダイ…!」
「焦っちゃ悪いのかっ!!?」
若干空気読めない感じでポップがダイの肩を叩くと、ダイが珍しく声を荒げ、その手を払いのけた。
やってしまってから自分で気付き、自分がそうされたかのようにしゅんとする。
「…ご、ごめん。
でもおれ…一刻も早く知りたいんだ。
自分が、一体何者なのか…」
「ついといで…」
ナバラさんとメルルが歩き出すのは、やはりあの祠に向かってだ。
黙って2人について行き、祠の柱の間から覗くと、そこには竜の像が置かれていた。
そして、その台座には…。
「こっ…この紋章は…!!?」
そこに刻まれているのは紛れもなく、ダイの額に時々浮かぶ文様と同じもの。
「これが
「
そういえば、なにかで読んだことがある気がする。
わたしが見たのは額に紋章を持つ勇者が、天の怒りを呼び覚まし、
そういえばダイはヒドラとの戦いの際、
「これが…おれの額に浮き出る紋章と…!!?」
「ええ…そっくりだわ」
ダイに問われ、レオナ姫が頷く。
「テランは竜の神をたたえる国。
そしてこの紋章は、竜の神の力の顕れとして敬われ、恐れられているんだ…。
そして、その紋章を額に抱く者こそ…!」
「
雰囲気に呑まれたようにポップがナバラさんの言葉の後を続け、そこにレオナ姫が問いかけた。
「
…それはわたしも気になるところだ。
あの紋章が浮かんだ時に感じた、ダイのあの男に酷似した気。
あの男は、人間ではないとはっきりとわかったし、そう見抜いたわたしの言葉に否定をしなかった。
あの男とダイが同族であるならば…。
「…人かどうかは、わかりません」
メルルが控えめに告げた言葉に、ダイが目を見開く。
「私たちは“神の使い”として受け取っています。
伝説によれば
「
…ただ竜の神の生まれ変わりの如き強さを持っている事しか記されていないんだ。
だけど…」
ナバラさんが、湖に向かって指をさす。
「…この湖の底には、誰も近寄ることを許されない神殿があるんだよ。
竜の神の魂が眠る場所として、テランの聖域と化したところがね…!
もし坊やが本当に
…ダイは湖を、睨むように見つめている。
その瞳には、ほんの少し、迷いが見えた。
・・・
「…おれ、今まで自分が何者かなんて、考えたことがなかった…」
一人で行くと言って湖のそばに立ち、そのまま飛び込むかと思ったダイが、そこで足を止める。
ポップとレオナ姫は何か言いかけたようだったが、ダイはそちらに目を向けぬまま、言葉を続けた。
「…だって、島は
小さな肩が震えている。
「…でも…人間は、おれが人間じゃないと…仲良くしてくれないんだよね」
「そうね。その通りだわ」
本当は、こんな事は言いたくない。
けど、敢えてわたしは同意した。
「グエン!?」
レオナ姫が、何を言うんだと言わんばかりに、振り返ってわたしを睨むのがわかったが、構わずわたしは言葉を続ける。
「人間って、基本、弱いのよ。
だからこそ徒党を組んで、自分たちが危険と判断した相手は、徹底的に排除にかかるの。
昨日までは仲良くしてくれてた人間が、わたしが魔族だとわかった途端に、掌を返したみたいに冷たくなるなんて、しょっちゅうよ。
命の危険にだって晒されたことがあるわ。
…けど、その気持ちは、わたしにだってわかる。
誰だって、知らないものは怖いのよ。
わたしだって初めてクロコダインと会った時は、彼を怖いと思ったもの。
けど、少し言葉を交わせば、彼が高潔な武人であると、誰にだって理解できる。
勿論今は、かけがえのない友人と思っているわ。
…理解して、安心してもらうには、言葉を交さなければ駄目なの。
けど逆に、言葉さえ交わせれば、いつかは分かり合える。
わたしは、そう思って生きてきたし、それが正しい事だと、今は確信してる。
その確信が得られたのは、あなたがいたからよ、ダイ」
その心に言葉を届けようと、わたしは彼の肩を掴んでこちらを向かせ、彼の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「おれが……!?」
「ええ。
だって、わたしがクロコダインやヒュンケルと友達になれたのは、あなたが彼らを許してくれたからだもの。
あなたは、クロコダインがモンスターである事も、ヒュンケルがパプニカを滅ぼした事も、わたしが魔族である事も、なにひとつ構わずに受け入れてくれたじゃない。
…それとも、本当は嫌だった?
ダイはわたしのこと、嫌い!?」
わたしの言葉に、ダイは間髪いれずに答えてくれる。
「そんなわけない!
おれ、グエンのこと大好きだよ!」
ダイがそう言った瞬間に、レオナ姫がなんとも言えない表情を浮かべたが、今はつっこんでいる時ではない。
「ありがとー♪わたしもダイの事大好きよ」
努めて明るく言いながら、ダイの身体を抱きしめる。
「…心配しなくてもいい。
あなたがダイである限り、わたしも、ポップも、レオナ姫も、みんなあなたが大好きだから。
…わたし達に嫌われたくないって、思ってたんでしょ?」
「…!」
この反応からすると、図星のようだ。
彼の気持ちは、わたしが通ってきた道だ。
おねーさんには、わかってますよ。
「ダイの正体がなんであっても、ダイの事をもっと知れるなら、わたしは嬉しいわ。
戻ったらいっぱい言葉を交わして、もっともっと仲良くなりましょう!」
「…グエン」
わたしを見返した瞳が潤んでる。
どうやら言葉は届いているようだ。
と、わたし達のやり取りを見ていたレオナ姫が、突然わたしとダイの間に割り込んで、言った。
「あ…あたしだって大好きよ、ダイ君!
この中であたしが一番最初に知り合ったんだもの、グエンには負けてないんだから!!」
「え…レオナ?」
続いてポップもわたしを押しのけるように入ってきて、ダイの肩を掴んでぐらぐらと揺らす。
「くだらねえ事気にすんなバカ野郎!
おれとおまえとは友達じゃねえか!
仲間じゃねえか!!
グエンに先に言われちまったけど、おまえの正体が化け物だって構わねえ!
そんなの関係ねえんだよ!!」
「ポップ…!!」
とうとう、その瞳から、透明な雫が溢れ出る。
その目がもう一度わたしに向いたのを見計らって、わたしはダイに向けてウインクした。
「…ね?だから安心して、行ってらっしゃい」
「……うん!行ってきます!!」
溢れた雫を拳で拭ってから、勇者は元気よく答えると、大きく息を吸い込んでから湖に飛び込んだ。
皆さま、良いお年を。