DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「そういえば、お姉ちゃんの名前は?」
「わたしはグエナヴィア。
グエンって呼んでくれればいいわ。
よろしくね、ラーハルト」
☆☆☆
…その頃、ある国の外れにある山の中で、1組の親子に出会った。
正確には、山越えをしている時に小さな小屋を見つけて、水を一杯貰えないかと思い訪ねたら、中で女性が一人ベッドに横たわっていた。
顔色が悪かったので
彼女はその麓の村の出身のようだったが、追い出されてそこに住んでいるという。
そこまで聞いたところで、
「母さんから離れろ!」
と小屋の入口から声がして、そちらを見るとどこをどのように見ても魔族の特徴を有した少年が一人、その目に怒りを滾らせて立っていた。
金色の髪と深い青の瞳は人間にも居るが、恐らくは血液の色が完全に魔族の青なのだろう、肌の色はそれを映してほの青く、更に目の下に黒い隈取りのような模様まである。
これ、魔族だからといって全員に出るわけでもない上どう出るかにも個人差があるのだが、少なくとも魔族以外には見られない特徴だ。
(てゆーかわたしにも実はコレ、ないわけではないのだが、わたしの場合天然のアイラインのように細く目の周りを囲んで、目尻でわずかに跳ね上がってるのみで、無駄に目元がはっきりしてる以上の強い印象はない)
「おやめなさい、ラーハルト。
この方は旅の人です。
旅人には親切にしなければいけないわ」
「だって母さん、こいつは人間だろ!
村の奴らと一緒だ!」
というような事を言われたので、その時身につけていた尼僧のケープを外して耳を見せたら、女性は目を見開いて数度瞬きをし、ラーハルトと呼ばれた少年は一瞬ぽかんとした後、手を伸ばしてわたしの耳に触れてきて、作り物ではない事を確認した後、
「オレと同じだ!」
と嬉しそうに叫んで、なんだかわからないがぎゅっと抱きついてきた。
けど、
「さっきみたいな言い方は良くないよ。
見たところ、君のお母さんも人間なんだから、君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう」
そう窘めてやると、少年はハッとしたように母親を振り返り、
「ごめんなさい」
と一言、泣きそうな表情で言った。
…うわあ、なんだこの可愛い生き物。
「母さん」と呼んでいたところからわかるように彼らは親子。
つまり彼女は村人から見ると「魔族と通じた女」であり、わたしと修道院の時と同様、迫害の対象だったわけだ。
もっともハドラー侵攻以前に亡くなったという彼女の夫は、生前は村人との関係は悪くなかったようで、だからこそ村の女性と恋仲になり子まで成したわけだが、恐怖を感じた人間というのは意外と残酷な生き物だ。
昨日まで隣人だった彼らに、自分で手を下すところまではいかなくても、じわじわと死ぬところまで追いつめていく上、自分たちにその自覚がないから余計に。
「母さんが病気になったのは、村の奴らのせいだ」
悔しさを滲ませた表情でラーハルトがそう言うと、母親は哀しげに首を横に振る。
自分の子が同族を憎む姿を見るのが辛いのだろう。
今はこの親子は山の中のこの小屋で、小さな畑に作った作物と、時にはラーハルトが狩りなどして、細々と生活しているのだが、小さくとも山の恵み豊かな村で育った彼女にとって、この生活は過酷に過ぎた。
心労がすぐに身体を蝕み、医者にかかる事もできないまま、病は悪化の一途を辿った。
旅に出た時の私と同じくらいの年齢のラーハルトが、彼らを追い出した村の人間、更には人間全部に敵意を抱くのは、当然の流れと言えた。
わたしも似たような境遇だったが、わたしを育ててくれた修道女たちは、全員がわたしに愛情をくれて、守ろうとしてくれた。
だからわたしは人間を憎まずに済んだけど、彼女は息子に対してそれを一人で行うには弱すぎたのだ。
せめて彼女の夫が、生きて彼女とその心労を分け合ってくれていたら、また違っていたのだろうが。
ともあれ、特に旅の目的などなかったわたしは、しばらくこの親子のもとにとどまることにした。
彼女の病に効果があるわけではないが、回復呪文で少し身体が楽になるという事だったし、いつかは帰れるという小さな希望に縋っていた故郷がなくなった事で、わたし自身も寂しかったのだ。
何よりラーハルトもわたしも、お互いに生まれて初めて出会った同族だった。
互いにある程度のシンパシーを感じるのも仕方ない事だったろう。
結局、彼女が亡くなるまでの3ヶ月足らずを、その小屋で3人で暮らした。
一緒に暮らしていくと、ラーハルトは色々器用な子だった。
手近にあるもので武器や道具を作り、それを生活に生かしていた。
手製の槍で魚を突き、手製の弓矢で鳥を射落としたりして、立派に男として生活を支えていた。
この小屋は、木こりとして生活していた彼の父親が作業場としていたもので、そこをある程度生活できるように整えたのはラーハルトらしい。
この子がいなければ、この母親はもっと早くにこの世を去っていたかもしれない。
しかし、この子がいなければひょっとしたら、彼女が村を追い出されることもなかったのではないか。
…どちらにしろ仮定の話だ。
彼女が息を引き取る前、2人きりになった時に、彼を1人置いていくのが心残りだと泣いた。
それは、自身の代わりに彼を守って欲しいという懇願に他ならなかった。
本心では「約束はできない」と思っていたが、それを告げる事はできなかった。
彼女が亡くなった時、わたし達は2人だけでひっそりと彼女を見送り、彼女の亡骸を埋葬した場所に、墓碑のようなものは立てなかった。
それは、村人たちに見つかった時に、彼女の墓が穢されるのを防ぐためだった。
だから2人で、この場所を覚えておこうと約束した。
本来なら、わたしは彼女が亡くなった時点で旅立つ筈だった。
ラーハルトはわたしが故郷を旅立った時と同じ年齢だったし、1人でも何とか生きていく力は持っていた。
わたしは旅を続けたかったし、それに彼を連れていくわけにはいかなかった。
けれど、1人になって、これからますます人目を避けて、ひっそり生きねばならないだろうこの少年を、置いていく決心がつかなかった。
結局、わたしはそれから更に3ヶ月を、その場所で彼と共に暮らした。
…今思えば、多少の危険を覚悟してでも、彼を連れて旅立っていれば良かったのだと思う。
そうしていれば少なくとも、彼が本格的に人間を憎むようになる、あの日の事は起こらなかったのだから。
☆☆☆
「グエナヴィア、雨が降りそうだ」
「やだ、本当に?洗濯物、取り込んでおかなきゃ」
「手伝うよ」
「いいよ、休んでなさい。量はそんなに無いから」
狩りから戻ってきたラーハルトと、そんな他愛もない会話をしたのを覚えている。
ちなみに彼はわたしを通称では呼ばず、本名で呼んでいた。
理由は彼曰く「響きが綺麗だから」だそうだ。
結局断ったにもかかわらず、わたしと一緒に外に出た彼と、わずかしか無い洗濯物を取り込んでいた時、樹々の間から小鳥の群れが、いちどきに飛び立つ音が聞こえた。
それから程なくして、3人の男たちが森の中から飛び出してきて、わたし達を取り囲んだ。
「本当に魔族だな。しかも2人いるぞ」
「構う事ぁねえ。
とっ捕まえろって言われたのはガキの方だ」
「そうだな。
女はこっちが貰っといて、あとで売っ払やいい」
男たちの言葉を聞いて、わたしはラーハルトを背に庇い、手に魔法力を集中させる。
敵意のある相手に対しては、先手必勝だ。
「…バギッ!!」
発動とともに、わたし達の周囲に真空の刃が生じて、不用意に近づいてきた男たちにダメージを与えた。
わたしは肉体の能力的にかなり人間寄りだが、それでも一応魔族の血を引いてる。
初級呪文であれば一瞬の集中だけで、ほぼ貯め無しで発動できるし、恐らく威力も純粋な人間より高い。
「逃げなさい、ラーハルト!」
「で、でも!」
「わたしは大丈夫だから、早く!」
周囲の空気の流れを微調整しながら、わたしは彼の背中を押した。
この呪文ならば、相手の行動をある程度制限できる。
もっともわたし自身が、攻撃呪文はこれしか使えないのだけど。
どうやら彼らの目的はラーハルトのようで、彼らの言葉を信じていいなら、最悪でもわたしは殺されはしないだろう。
だがラーハルトは捕らえられた後、どうなるかわからない。
彼はこの山の地理を熟知していて、彼ひとりならば逃げ道も隠れる場所もいくらでもある。
わたしは捕まえられた後で、モシャスでネズミにでも化けて逃げればいい。
「こ、こいつ、呪文を使うぞ!」
「魔族なんだから当たり前だろう!少し待て!」
後ろの方にいる男が、どうやら魔法力を集中させているようだ。
攻撃呪文の使い手か。
ラーハルトが逃げていくのを確認して、わたしはバギの第二撃を発動させようとした。
だが、
「マホトーン!!」
意外にも、相手が発動させたのは攻撃呪文ではなく、呪文封じだった。
喉に見えない力がかかり、声が出せなくなる。
途端、手に集中させた魔法力が霧散した。
しまった!
「やったぞ!ガキを追え!!」
そうはさせるか!
わたしは咄嗟に足元の砂を掴んで、男たちに向けて投げる。
「うわっ…く、くそっ!目が!!」
そして男たちが怯んだその隙をついて、物干し竿を引っ掴むと、それを振り回して突進した。
ラーハルトが安全な場所まで逃げるか隠れるまで、彼を追わせるわけにはいかない。
だが、先程マホトーンを放った男が、どうやら目に入る前に砂を振り払ったようで、わたしが振り下ろした物干し竿を、あっさりと掴んで止めた。
「なかなかやるね、お嬢ちゃん」
男はそう言うと、空いた片手で腰のナイフを引き抜いた。
同時に物干し竿を掴んだまま、それを自分に引き寄せる。
呪文も封じられ武器まで奪われる事を恐れて、わたしは反射的に手に力を込めたが、それが良くなかった。
基本的に非力な少女であるわたしは、物干し竿ごと男の方に引き寄せられ、次の瞬間男のナイフが、物干し竿を握るわたしの手の甲を掠った。
男がニヤリと笑う。
そして…手から、否、身体中から、全ての力が抜け、わたしはその場に倒れ込んだ。
「こいつは、毒蛾のナイフっていってね。
これで傷を受けたら、少しの間動けなくなる。
まあ、効果には個人差はあるがね。
少しおとなしくしていてもらうよ」
…なんて事だ。
呪文も封じられ、動くこともできない。
「おまえら、いつまでそうしてる気だ!?
さっさとガキを探しに行け!!」
そして、わたしが砂をぶつけた男たちに向かって男が怒鳴ると、怒鳴られた男たちは何やら呻いて、ラーハルトの逃げた方向に向かう。
お願い、逃げ切って。
もはや指一本動かせないわたしにできる事は、祈ることしかなかった。
「…なんで、あのガキを捕まえようとしてるか知りたいか?
実はある貴族が、新しく買った剣の試し斬りをしたいらしくて、しかも人間の子供を斬ってみたいと、そう言うんだな。
そんな事は勿論許されない。
だが、この麓の村の者が、この山に魔族の子供が住んでいると、その貴族に進言してくれてね。
貴族はそれを捕まえて来てくれたら6万ゴールド出すと、俺たちに依頼してきたってわけさ。
儲けの割に容易い仕事だと思ってたが、とんだ邪魔が入ったもんだ。
…悪い子には、お仕置きをしなきゃいけないな」
試し斬り!?子供を!?
そんな事に村の人間が、彼を差し出したっていうの?
ラーハルトの母親は、元はその村の人間だった筈だ。
その息子である、彼を?
あまりの事に衝撃を受けて、自分が今、何をされているかに、関心を向けることさえできなかった。
ナイフの先で着ているものを切られ、肌を晒されているのにも、気付いていなかった。
と、
ピカッ!!
バリバリバリバリ!!ド────ン!!!!
突然周囲に閃光が走り、かなり近くに落雷した音と、その衝撃が地面を揺らした。
「雷か…。
お楽しみは、小屋の中でさせてもらうかな」
男が舌打ちしながらそう言い、わたしの身体を抱き上げようとした。
その刹那。
見上げたその顔が、消し飛んだ。
首から上が消滅した身体は、そのまま、仰向けに倒れていく。
「グエナヴィア!!」
聞き慣れた少年の声が耳に届き、子供にしては引き締まった腕が、倒れたままのわたしを抱きしめた。
逃げていなかったの?大丈夫?
声も出ず、動くこともできないが、なんとか目で訴える。
そのわたし達の頭上に影が差し、視線だけで見上げると、歳の頃は30手前くらいの、背の高い男が1人、ラーハルトの背後に立っていた。
「もう大丈夫だよ、グエナヴィア。
襲ってきた奴ら全員、この人が殺してくれたから」
10歳の少年の口から出てきたとは思えない言葉を耳にして、わたしは背筋が寒くなり…
そのまま、意識を失った。
1個目の石
名前:グエン(本名:グエナヴィア)
性別:おんな
職業:そうりょ
人間の女と魔族の男との間に生まれた私生児。
生まれてすぐに母親に殺されかけた為、10歳までをアルキードの修道院で育てられるも、ハドラー侵攻による恐怖から、自分ばかりか修道院そのものが迫害されかけた為、修道院を出て旅の空へ。
外見は運のいい事に人間寄りで、耳さえ隠せば人間に見える。癖の強いプラチナブロンドのショートヘアっぽい髪型だが何故か一房だけ長く伸ばして三つ編みにしてる。イメージはB’t-Xの華蓮さんを白ベースにして相当儚げにした感じ。内面はともかく(笑)。瞳の色はグレー。
生まれつきモシャスが使えるが、魔族っぽい能力なのであまり好きじゃないし、持続時間も短いので普段は使わない。
修道院で育った為僧侶の呪文は結構高位なところまで大体使える。
けど僧侶然としているのは表面上だけで、本質はおしゃれとおいしいものが大好きな、まあ普通っちゃ普通の若い女性。
防具は守備力よりかっこよさで選ぶ。特に帽子は、耳を隠すのとオシャレが同時に叶う素晴らしいファッションアイテムだと思ってる。
余計な情報ではあるが巨乳で普段着は割と露出度高め。
旅で立ち寄った教会でアルバイトをして、そこで次の街へのメッセージを預かって、それを届けた教会でまたアルバイト、というローテーションで路銀を稼ぐ。
あと大きな図書館を有する町に来た時には、まる1日は何もせずそこで過ごす事に決めている。
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