DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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21・半魔の僧侶は拒絶する

 ダイを寝かしつけて、尼僧服に着替えて小屋の外に出ると、クロコダインが立っていたので声をかけた。

 

「ここ、任せていい?クロコダイン…」

 振り返ってわたしの姿を見て、クロコダインは一瞬目を丸くしたが、そこには特に触れずに、要点部分だけに問いを返す。

 

「構わんが…どうした?」

「…少し気になることがあるから、確かめに行きたいの。

 なるべく早く戻るわ」

 わたしの言葉に、不得要領な視線を向けつつも、クロコダインは頷く。

 

「…気をつけろ。

 おまえもそろそろ、魔王軍からは目を付けられている筈だ」

「ええ。ありがとう」

 心から心配してくれている友達に微笑みながら、わたしは彼を巻き込まぬよう距離を取って、呪文を唱えた。

 

「……ルーラ!」

 

 ☆☆☆

 

 …酷い有様だった。

 かつては人々が日々を暮らしていたであろう、小さくとも山の恵み豊かだったその村は、建物は一つ残らず破壊され、畑は踏み荒らされ、燃やし尽くされている。

 至る所に人や動物の死体が転がり、それは山の獣に食い散らかされた挙句、そろそろ腐敗を始めている。

 恐らくは魔王の瘴気に支配された魔物の襲撃に遭い、滅ぼされたのだろう。

 …そう、思いたかったし、そう考えて無理のない状況だと思えた。

 

 ……わたしの中で、どうしても引っかかる一点さえなければ。

 

 踏み荒らされた畑に残っている足跡は、つい最近見たものに酷似している。

 どう見てもドラゴンの足跡と、尾を引きずった跡だ。

 そしてこの山やその付近に、そんな強い魔物は居なかった筈だ。

 

 …()()()()()()()()()()()()()()

 

 尼僧服を着てきて良かったと思う。

 服装など、生存者のいない場所で意味などないだろうが、この方が祈りを捧げるには相応しい。

 かつて魔王の恐怖に怯え、そのあまり無力な女性と子供を山の中に追いやって、更にその子供を疎み、貴族に売った村人たち。

 彼らは臆病過ぎた。それゆえに過ちを犯した。

 けれど、死んでしまえば終わりだ。

 死は誰に対しても平等に訪れ、全ての罪を消し去る。

 そうでなければいけない。

 わたしは祈る。この人たちの安らぎを。

 そしてこの地に再び、命の息吹を。未来を。

 神よ。

 

 ・・・

 

 小屋は、思った以上に昔のまま残っていた。

 まるでここだけ、時間が止まっているように。

 そこから少し高台にある、村が見える崖の手前まで登る。

 墓標などはないが、その人が眠る場所を、わたしは覚えていた。

 そこに立ち、また祈りを捧げる。

 

 あなたの最後の願いを、結果的に踏みにじる形になってしまいました。

 ごめんなさい。

 

 ともに暮らしたのは3ヶ月足らずの間だけ。

 彼女は優しく、けれど弱い人だった。

 それでも今のわたしならば、その弱さを受け止めてあげられた。

 最後の願いに、頷いてあげられたのに。

 手向ける花など持ってはいなかったが、この側の木は一年中花を咲かせている。

 彼女はその花が好きだった。

 だから二人で、ここに決めたのだ。

 彼女が永遠に眠る場所を。

 そして二人で誓った。

 この場所を、覚えておこうと。

 わたしたちが覚えていさえすれば、彼女はいつも、ここで待っていてくれるからと。

 

 …ズシン、と地面が揺れ、生臭い獣の臭いを感じた。

 驚いて辺りを見渡す。

 わたしが登ってきた道を、何か大きなものが歩いてくる。

 それはドラゴンだった。しかも2頭。

 ベンガーナに現れたものよりやや身体は小さいが鱗に艶がある。

 恐らくはまだ若いのだろう。

 それが、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。

 下の村を滅ぼしたのはこいつらか。

 恐らくは山の中を歩き回っていて、わたしの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。

 ひとまず身構える。

 ルーラで逃げるのは簡単だし、それが一番手っ取り早いのだが、彼女の眠るこの場所を、荒らされるのは我慢ならない。

 せめて少し引きつけて、ここを離れてからだ。

 奴らを刺激しないようゆっくりと動く。だが、

 

「イルイル」

 奴らより更に後方から聞こえた声とともに、1頭のドラゴンがそこから消えた。

 同じように、更にもう1頭も。

 消えたドラゴンの向こうに目をやると、フード付きのマントを深く被った背の高い人物が、何やら筒のようなものを手にして立っているのが見えた。

 あれは…以前クロコダインに見せてもらった、魔法の筒と同じものだ。

 その人物…体格と手を見る限り、男性らしい…が、それを懐にしまいながら、こちらに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 …戦慄が、身体に走った。

 

 男は手袋(オープングローブ)をつけていたが、そこから覗く指先と、マントの隙間から見えた肌は間違いなく青かった。

 背も高いし、彼は魔族だろう。

 そしてこの場所で、魔族に出会う意味…偶然であろうはずがない。

 

「お助けいただいて、ありがとうございます」

 だが、気づいていない振りをして、わたしは型通りに礼を述べる。

 あれから12年も経っているんだ。

 こうしてケープで耳も隠している。

 できる限り俯いて顔を見せず、知らない振りをしておけば、恐らくは誤魔化せるだろう。

 

「…ここで何をしていた?」

 だが男はフードの下から、硬い声で問いかける。

 

「…わたしは、旅の尼僧です。

 下に魔物に滅ぼされたと見られる村がありましたので、高い場所から、祈りを捧げておりました」

 大丈夫、不自然じゃない。

 

「何故、わざわざここで祈っていた?」

「たまたまです。

 こちらを通りかかったら、木々が開けた場所がありましたので…きゃっ!!」

 唐突に男の手が、わたしの頭から尼僧のケープを剥ぎ取った。

 耳と髪が男の目に晒されて、男が感極まったように息をついた。

 

「……やはり、そうか。この場所は母の眠る場所。

 おまえは今、そこを一歩も違えず、祈りを捧げていた。

 墓標は立てられないから、せめて忘れずに覚えておこうと誓った、オレ達2人だけしか知らない、母を葬った場所で」

 男の声が震え、その足がわたしに向かって一歩踏み出す。

 わたしの方がそれに合わせて一歩退くと、男はハッとしたように一瞬肩を震わせ、それから被っていたフードを跳ねあげて、その顔を晒した。

 

「いつか戻ってくるかもしれないと思って、時折訪れていたんだ…会いたかった。

 オレだ、ラーハルトだ…グエナヴィア!!」

 金色の髪の間から、尖った耳がのぞく。

 深い青の瞳がわたしを見つめる。

 その目から頬にかけて、魔族の特徴である黒い模様が走っている。

 

 …見なくてもわかっていた。

 むしろ、見たくなかった。

 

 目の前に現れた背の高い魔族の青年は、別れた時の少年の面影を未だ残したまま、子供の頃と同じ呼び名でわたしを呼び、だけど大人の顔をして微笑んでいる。

 

 その、優しげな微笑みが、むしろ怖かった。

 わたしは伸ばされた手を避けて、更に後ずさる。

 

「…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで」

「…グエナヴィア!?」

「…下の村。

 ドラゴンが2頭も居れば焼き払うのも容易いわね。

 あなたはあそこの住民を恨んでいた。

 ひいては、人間全部を」

 恐怖を隠して、睨みつける。

 拒絶される事など思いもよらなかったというように、ラーハルトは少し傷ついたような表情を浮かべた。

 それから、一旦わたしから目を逸らし、先ほどのような硬い声で答える。

 

「…そうだ。オレが滅ぼした。奴らは母の仇だ。

 その上オレたちも殺されかけた。

 仇を討って、当然だ」

 だがその態度は、叱られる事が判っていて、それでも言い訳をする子供のようだ。

 

「あなたのお母さんは、それを望んでいなかった!

 むしろ、あなたがそう思い詰めるのではないかという事を、死の間際まで心配していたのに!

 なんて…なんて事を…!!」

 その口から聞くまで、信じたくなかったのだと、改めて自分で理解した。

 思わず掌で顔を覆う。

 

 彼をここまで追い詰めたのはわたしだ。

 あの男が人間を憎んでいる事、あの時のわたしにも判っていた。

 その男のところに、彼を置いていった。

 結果がこうなる事、なぜ判らなかったんだ。

 あの時の自分の幼さと無力さを恨んでみても、今更どうしようもない。

 けど、嘆かずにはいられなかった。

 

「…母は優しすぎたんだ。

 だから人間どもの世界では生きていけなかった。

 奴らをこの地上にのさばらせておいたら、またどこかで同じ悲劇が起きる。

 そしてオレやおまえのような存在は、こそこそ隠れて生きねばならなくなる。

 オレ達が一体、奴らに何をした?

 ただ、魔族の血を引いているからというだけで、奴らはオレ達を虐げてきたんだ。

 ならばオレ達には、奴らが人間だというだけで、復讐する権利がある!」

 憎しみに濁った目が悲しい。

 それでいながら、わたしの承認を無意識に求めている、幼い日のままの心が、哀しかった。

 

「だから、魔王軍なんかに忠誠を誓ったの?」

 そう言ったわたしの言葉に、ラーハルトは目を見開く。

 

「…何故、それを?」

「あの時の男…バランというのね。彼に会ったわ。

 魔王軍超竜軍団長、竜騎将バラン。

 あの男が魔王軍にいるのならば、ひょっとして…と思った。

 信じたくはなかったけれど、今の言葉からすると、間違いないようね」

 だが、ラーハルトは首を横に振る。

 

「違う。

 オレが忠誠を捧げるのは、あくまでバラン様だ」

 …言い訳にしか聞こえない。

 この子は変わってしまったんだ。

 弟のように思っていた、わたしのラーハルトはもう居ない。

 今ここに立っているのは、あのバランという軍団長の、部下。ならば。

 

「同じ事よ。

 あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない」

 そう言ったわたしを見る、ラーハルトの目が一瞬、揺れた。

 

「わたしは、アバンの使徒達の…少なくとも味方だわ。

 彼らには、世界の在り方を変える力があると、わたしは信じてる」

 ダイは、気負うことなくわたしを受け入れてくれた。

 ダイを通してみんなが仲間に、友達になれた。

 ダイの目を通して見た世界は、すべての存在に優しかった。

 

 だがラーハルトは、先ほどまでと違い、真っ直ぐにわたしの目を見返して、言った。

 

「人間どもにそんなことは出来はしない。

 いつまで夢を見ているつもりなんだ、グエナヴィア。

 …オレと来い。今度こそ守ってみせる」

「ラーハルト!?」

「オレはもう、子供じゃない。

 今のオレならばおまえを守れる。

 薄汚い人間の手になど、二度と、触れさせはせん」

 言って、ラーハルトは再びわたしに手を伸ばした。

 その、子供の頃とは違う大きな手に訳もなく恐怖を感じて、それが身体に触れる前に、反射的にリリルーラを発動させる。

 瞬間、わたしを見つめた青い瞳が、いつかレオナ姫の裁きを求めたヒュンケルの、全てを諦めた瞳と、重なって見えた。

 

 ・・・

 

「グエン!?」

「…あれ?」

 そんな事を思ったからなのだろうか。

 クロコダインのところにリリルーラで戻るつもりが、目の前に居たのはヒュンケルだった。

 

「……何があった」

 よく見ればラーハルトのものよりも薄い色の青の瞳が、わたしの顔を覗き込む。

 

 …違う。

 さっきは重なって見えたけど、今は違う。

 

 ヒュンケルもダイと出会って救われた。

 今はその瞳に、諦めの色なんかない。

 

 何故かはわからないが胸が締め付けられ、わたしはその場にへたり込むと、情けなく嗚咽を漏らした。

 一瞬驚いた目をしたヒュンケルだったが、それ以上は何も聞くことがなく、胸だけを貸してくれていた。

 

 ☆☆☆

 

 ヒュンケルが居たのはカール王国だった。

 統制のとれた軍隊とそこそこの治安、大きな図書館を有していた筈の国は、超竜軍団によって滅ぼされており、生き残った兵士の頼みで、彼の兄を葬っている最中だったらしい。

 僧侶であるわたしが居るからには、放っては置けず彼を手伝って、死者に然るべき祈りを捧げて弔った。

 その際、バランと堂々と渡り合った末に殺されたというその遺体に、ダイの額に浮かぶ紋章と同じ傷跡が残されていた事から、ヒュンケルは大体の事情を察していた。

 

「バランとダイは親子よ。

 どのような事情で生き別れたのかは知らないけれど、バランはずっとダイを探していた。

 わたしは以前バランと会ったことがあるのだけれど、それは時期的に考えると、恐らくはダイと離れ離れになった直後くらいだったのでしょうね」

「やはり、そうか。

 血の繋がりのあることは、間違いないと思っていた。

 だとすれば、ダイを倒すよりも、味方に引き入れようとするだろう事も」

「ダイは記憶を奪われた。

 今バランと会わせたら、仲間との絆も失われた今、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまうでしょうね。

 …まあ、それ自体はいいのよ。

 でも親子としての和解はもっと、対等な立場で行われるべきだわ。

 バランは、自分の子をどう扱おうが親の自由と言った。

 それが許されるのならば、生まれてすぐに親に殺されかけたわたしは、今生きていない。

 だから、それだけは、認められないのよ。

 …わたしの勝手な感情かもしれないけれど」

 バランにとって、ダイへの想いは赤ちゃんの頃のまま止まっている。

 記憶を奪ったのはまさしく、そこからやり直す為だろう。

 だけど、ダイは赤ちゃんじゃない。

 彼には彼の時間がちゃんと流れていた。

 2人の止まった時間を、正常な形で動かさなければ、親子が対等に向き合う事はできない。

 …その為に戦いが避けられないのは、とても悲しい事だけれど。

 

 わたしとラーハルトの時間も、お互いに違うところで止まってしまったのかもしれない。




ラーハルトとの再会シーンは、マトリフとの修行シーンの次くらいに頭に浮かんでいたものです。
当初はもっとアレな展開になる予定でしたが自重しました。
…まあその、自重の理由が『全年齢作品だから』って事実で察してください。

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