DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
竜魔人となったバランは、全ての力が桁外れだった。
スピードが、パワーが、それまでに相対した時とは比べものにならない。
ポップに支えられたわたしが自身にベホマをかける間に、ヒュンケルが、クロコダインが、そしてレオナ姫までもが、一瞬にして地を這わされており、現時点で攻撃の対象になっていないわたしとポップは、それでも割って入る事もできずに立ち尽くす。
「だめだ…このままじゃ全滅しちまうっ…!!」
ポップが思わず呟くのに、心の中で完全同意する。
こんな事なら、彼らから離れる前にスクルトをかけておくのだった。
いや、スクルトをかけていたところで、あの猛攻の前には恐らく焼け石に水か。
とにかく、このまま立ち尽くしているわけにもいかず、ポップを振り返る。
「ありがとう、もう大丈夫。
ポップ、ダイのところへ行って。
ここはわたしが……ッ!?」
言いかけて、思わずそのまま固まったわたしの、その視線を追うように背後を振り返ったポップが、そこに現れた人物を見て驚愕する。
「あっ…おまえっ…!!?」
・・・
「こ…こいつには勝てない!!
体力は万全の状態だったというのに…!!」
「オレたちとは強さの次元が違う…!
まさに
あっという間に立ち上がることすら容易にできないほど叩きのめされた男2人が、絶望の言葉を吐く。
見上げた上空で、その絶望の象徴が翼を広げ、浮かんでいる。
「魔力はまだ、こんなものじゃないぞ…!!
一瞬で全員、この世から消してやる…!!
この
そう言って両掌を合わせる構えを取るバランが、下から見上げていてもわかるくらいの魔力を高めはじめた。
「や…やばいわよ!!
なんだかわからないけどものすごい呪文だわ、あれ!!」
「や…やめろバラン!!
これ以上、暴力に身を任すのはっ!!」
「もはや聞く耳持たん!!
竜魔人と化してしまったからには、貴様らが全員死ぬまで元には戻れんのだッ!!!」
まさに、理性を失った魔獣。
人間の理屈でものを言っても通じるわけもなく、全身を覆う強大な魔力が、合わせた拳に集中する。そして。
「消し飛べぇ───ッ!!!」
……しかし、その瞬間は訪れなかった。
一瞬死の覚悟を決めた者たちが、ゆっくりと顔を上げる。
魔獣は、その者たちの存在を忘れたかのように、一点を見つめていた。
…地上から、不思議そうな目で彼を見つめる、ちいさな少年を。
「…ディーノッ!!!!」
・・・
地に倒れ臥す者たちが、焦ったような声を上げるのに構わず、バランが空中からふわりと降下してくる。
記憶を奪われたダイを今バランと会わせたら、紋章という繋がりから、彼はバランを父と認めてしまう。
それはわたしの仲間たちが、最も恐れていた事だった。
「おじさんなの?ぼくを呼んだのは…?」
「…そうだ!」
「…おじさんは誰?」
「私は…おまえの父親だ!!」
バランに言われて、一瞬目を見開いたダイがわたしを振り返った。
その目を見つめて、頷いてやる。
そのわたしの行動に、一瞬ポップが口を開きかけたのを目で制した。
一切の嘘も誤魔化しも、この場にあってはならないと思ったからだ。
顔を合わせる前ならともかく、今この状況でダイを隠す事はそれこそ全滅に繋がるし、こうなってはダイも納得しないだろう。
そのダイは、数瞬バランを見つめたと思ったら、何故かとてとてとわたしに駆け寄ってきて、ギュッとわたしに抱きついてきた。
「…怖いの?」
「うん…あのおじさんは、ぼくと違う姿をしている。
まるで、怪物…ううん、それはいいんだ。
怪物でもあっちのワニのおじさんは、姿は怖いけど目は優しかった。
けど、あのひとは………怖い」
…どうやらバランが全身から発している殺気に反応してしまっているらしい。
わたしが見る限り、これでも今の瞬間、バランはダイと会った事で、かなり人間の心が戻っているように思うが。
この状態ならば、少しは言葉が通じるかもしれないと、感じさせてくれる程度には。
だって、愛する息子に怖がられているこの状況に、バランの瞳は明らかに揺れていたから。
「…確かに、私のこの姿は人間とは違う…。
おまえはどうやら、母親の血の方が濃いようだ。
竜魔人と化す事はできないだろう。だが…!!」
バランの額から、輝きが迸る。
同時に、ポップが貸したバンダナが巻かれたその下の、ダイの額にも。
「その布を取ってみるがいい…。
その額の紋章こそがすべての証。
私たちをつなぐ無言の絆だ。
私は…おまえの父さんなのだよ…!!」
「わかる…おじさんは…父さんは、嘘をついていない…!」
…それは何よりも確かな証だ。
この世に二人だけの、
けれど…わたしの腰にしがみついたままのダイの手は、何故かまだ、震えていた。
「嘘をついていないから…わかるんだ。
父さんは……ぼくの友達を、傷つけてる」
そのダイの言葉に、バランが再び瞠目した。
「みんながぼくを見て、悲しい顔をするのは、どうしてだろうって、すごく考えたんだ」
ダイは記憶を失ってはいても、彼本来の人格の、根っこの部分を失っていなかった。
彼は勇者として戦っていても、芯は優しい心の持ち主で、ひとの心の本質を見て判断してくれる子だった。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ぼくの知らないぼくを知っている。
だから、そうじゃないぼくが違うように見えてるんだ。
…最初はわからなかったけど、今はそれが、辛いことなんだって分かるよ。
グエンは、ぼくと友達になってくれた。
そのグエンが、ぼくの事を忘れちゃったら、ぼくだってきっと悲しい。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ワニのおじさんもゴメちゃんも、今のぼくを見て悲しくなるのは、みんながぼくの友達だったからだよね?」
そう言って、ダイがポップを振り返る。
「ダイ…おめえ」
ポップの瞳が、見る間に潤む。
正直なところ勇者パーティーの側に、ダイの勇者の力がこちらの味方であってくれなければ困るという打算が、ほんの少しもなかったとは言えないだろう。
レオナ姫やポップにとって、友達のダイと勇者のダイは、切り離して考える事のできないものだ。
人間の心というのは、そう単純にはできていない。
そもそもそれ故に、人の心は強さを持つ。
善だけでも、悪だけでもない。
真心だけでも、打算だけでもない。
むしろ、それらが互いに戦うからこそ。
それが戦いあって、自らどちらかを選ぶから、人間の心は強いのだ。
選ぶのは、常に自分自身。
そして、人同士の絆とは、相手が正しい道を必ず選ぶ筈だという、信頼。
ダイは、わたし達を信じてくれていた。
わたし達が思っていたよりも、ずっと。
「父さんがぼくの父さんなら、ぼくの友達を傷つけるのはやめて!」
わたしにしがみついて震えながらも、それでもバランに向かって訴える少年は、その勇気は、間違いなく『ダイ』そのものだった。
・・・
「…記憶も戻っていない筈なのに、人間に味方するのか?」
…どうやら今のバランでも、ダイの言葉すら通じないようだ。
バランが人間たちに傷つけられてきた事実は、今更変えようがない。
けど、ラーハルトの最期を考えれば、答えは本来、もっと簡単なところにあった。
恐らくは…バランが愛する人を失った時、結果として娘の命を奪ってしまった事を、アルキード王が後悔して泣いてくれたなら…公的な顔ではなく親としての感情を見せてくれていたなら、きっと今、彼の心はここまで拗れてはいない。
恥さらしの王女と詰るのではなく、すまなかったと心から彼女に謝ってくれたら、それだけできっと良かったのだ。
ポップやヒュンケルの涙でラーハルトの心が融けたように。
善悪の基準などというものは、理性的な判断を必要とされるものでありながら、その実、感情に非常に近いところがある。
その時点でバランの感情が怒りに傾かなければ、彼が人間を悪と断じる事はなかった。
彼自身も、人間の心を持っているのだから。
だとするなら、竜魔人という存在を作った神々は、随分な大バクチを打ったものだ。
人間の心などという、大きく揺れ動くのが前提のものに判断を委ね、裁かせるのだから。
悪を滅ぼす存在でありながら、バランの心は憎しみに支配されている。
「友、だと!?
おまえはその虫ケラどもに絆されているに過ぎん!」
ダイを前にして緩んでいたバランの気が再び張りつめていく。
「人間も、奴らに味方するものも全て根絶する!!
私の息子なら、
「嫌だよッ!そんなの嫌だ!!
話を聞いてよ、父さん……!!」
と、
「ぬおおおおおおッ!!!」
唐突に、バランの額の紋章が輝きを増す。
同時にダイのものも。
それは先ほどの二人の血の絆を示したものよりも強く、そして乱暴なものだ。
最初にダイの記憶を飛ばしたのと同じくらい。
「はああ…!!?うあああああッ!!!」
その強引な力に、ダイが頭を抱えて苦しみ出す。
間違いない。バランはまたも紋章の力で、ダイの精神に干渉しようとしている。
最初のでダイは記憶を吹き飛ばされた。
これ以上同じ事をされれば、今度はダイの精神自体が壊れかねない。
「そんなゴミどもの事など、思いやる価値はない!!
すべて忘れてしまえ、ディーノッ!!
そして真の我が子となるのだッ!!」
鬼だ、こいつは鬼だ!
下手すりゃ廃人になりかねない危険を息子に課して、何が親だ!!
ブチ切れたわたしの内側で魔力が高まった。
「いい加減に…しろおおおぉッ!!!!」
自分でもなんだかよくわからないまま、夢中で払った槍の軌跡がオレンジ色の輝きを放ち、二人の額から溢れた輝きを、一瞬だけ凌駕した。
その一撃はバランの身体に届くことはなかったが、バランとダイの間の空間を、その光が斬ったように見えた次の瞬間、二人の額から輝きが消えた。
「グエナヴィア…貴様!?」
「グエン…!!」
呆気にとられた顔で、竜の親子がわたしを見つめる。
わたしはその場にうずくまるダイの肩を掴んで立ち上がらせ、そのままその身をポップに押し付けてから、二人を背に庇いつつバランに向き直った。
「あなたの、親としてダイを思う気持ちだけは間違いないと思ったから、ちゃんと話をさせようと思ったのに、これじゃ意味がないわ!
ダイはあなたのお人形じゃない!!
なんで、ちゃんと話を聞いてあげてくれないの!?
自分と意見が違ったらその意志ごと消し飛ばすなんて、どんだけ横暴な頑固親父なのよ!!
あなたには親の資格なんかない!」
感情のまま言い放つわたしに向けて、バランの背中より向こうに転がっている友人たちが、バランを刺激するなと叫んでいるが、そんなものは耳を素通りしていく。
「黙れ!
私の息子を、二人とも誑かしておいてぬけぬけと…!!」
「わたしの弟を先に誑かしたのはあなたでしょう!?
返してよ!
わたしのラーハルトを生かして返して!!」
「戯言を…死ねっ!!」
バランの掌から、
わたしが完全魔法防御をもつ鎧を身につけている事は、頭に血が上りすぎて忘れているのだろう。
その全てを腕の小さな盾で振り払う。
同時に地面を蹴ってトベルーラを発動し、まずは頭上からさみだれ突きを放つ。
全てが
バランは自身の闘気による防御力に自信を持っているから、ラーハルトのように放った攻撃がスピードで躱される事はない筈。
身の裡に渦巻いている暴走した魔力が、回復魔力の方向に流れ、高まる。
星よ、集え…光よ、高まれ…聖なる力よ、渦を巻け。
小さな星々の煌めきが、渦を巻いてバランをその中心に拘束する。
バランがその技の意図に気づいた時には、集中は完了していた。
「偉大なる星雲の輝きよ、我が敵を討て!!
グランドネビュラ!!!!」
小さな星々の光が、渦の中心に…バランに向かって疾った。
その全ての光の槍が、バランを撃つ。
小物と侮っていたわたしの攻撃に、明らかにバランは怯んでいた。
が、それも長くは続かなかった。
徐々に落ち着きを取り戻したのか、
「ぬゥっ…おおおお─────ッ!!!」
気合声と共に、わたしの作った星雲が、その闘気によって弾かれた。
その威力は爆発のように、わたしの身体をも吹き飛ばす。
「きゃあああ─────ッ!!!!」
ドオオォン!!!!
わたしの身体は王城の壁に叩きつけられ、そこに大きな窪みを作ってから、一拍遅れて、そのまま地上に落下した。
☆☆☆
「グエン─────ッ!!」
叫んで駆け出そうとするダイの肩を掴んで止める。
なんて奴だ。
グエンのあの攻撃が、半端なモノじゃなかったことくらい、おれにだって判る。
それをあっさり弾き飛ばすなんて。
そのバランがおれたちを振り返るのに、掴んだダイの肩がビクッと震えた。
そうだ、今ここで、まともに立ってるのはおれだけだ。
おれが守れなけりゃ、誰がこいつを守る!?
怯えるダイの顔に一瞬だけ、違う面影が重なる。
“あたしはポップの事、大好きだもん”
そう言って、おれの前に立ちはだかる小さな背中。
自分だって怖くねえわけじゃなかったくせに。
この馬鹿。
おれだっていつまでも、守られるばっかりじゃねえ!!
「…心配すんな。
すぐ終わらせてやっからよ」
気がつけば、おれはそう口にしていた。
ダイはおれを、友達だと言ってくれた。
なら…信じてくれ。おれが、必ず守ってやる。
この場には原作の展開を知っている人が誰も居ないので説明しようがなく、また20話で少しだけ描写しようとしてしきれなかった部分なんですが、記憶を失ったダイの自我、実は原作よりは若干残ってます。
理由は記憶を失う前、有り体に言えば17話で湖に飛び込む前に、ある程度仲間との絆を再認識する出来事があって、バランの言葉に心がその分揺れていなかったから。
つまりグエンの存在による
だからといって、展開自体はそれほど変わらないんですけどね。
そしてグエンとバランの会話、二人とも頭に血が上っていて、はたから見ると「何言ってんだこいつら」「昼ドラか!!」「こっちでも三角関係!?」状態に突入していますが、本人たちは至って真剣ですwww