DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
そう考えて、まず集中する時間を欲したのだが…そう考えてけしかけたクロコダインとヒュンケルは、竜の親子による地上最大の戦いに、あっという間に置いていかれる事となった。
…ソウデスヨネー。
あなた方戦士ですものねー。
空中戦になったら、そりゃ入っていけませんよねー。
しかも、わたし達は竜魔人の本能というか獣性のようなものを、どこかで舐めてかかっていたと思う。
あれは人間ではないと充分身に染みてわかっていたにもかかわらず。
まあ、人間にも魔族にもない思考パターンなど、予測しようにも思い至らないのは仕方ないが、それでも警戒はすべきだったのだ。
竜魔人は、本能や獣性を前面に押し出した形態。
攻撃を加えられれば加えられるほど凶暴性が高まり、その相手に対しては息の根を止めるまで攻撃の手を緩めることはない。
それが…自分の子であったとしても。
そもそも、本来なら常に地上に唯一の存在である種族ゆえ、子への愛情などという項目が、本能の中にある筈もない。
それは、人の心の範疇だ。
ここにおいてわたし達は未だにどこかで、バランに人の心を期待していたのだろう。
「…燃え尽きろ!この国とともに!!」
頭引っ掴まれたまま崖や王城の壁に叩きつけられ、なんとか瓦礫からの生き埋め状態から這い出てきたダイに向かって、バランが空中で構えを取る。
あれは先ほど発動しかけて止めた、本人がドルオーラと呼んでいた呪文の構えだろう。
魔力が圧倒的に高まり、それとともに構えた両拳に、圧縮された闘気が集中するのが、下から見ていても明らかだ。
やがてバランの指が開いていくと、そのフォルムはまるで龍の口のような姿となった。
「いかぁぁん!!ダイッ!!避けろォッ!!!」
その声に反応して、即座にダイが空中へ飛ぶ。
「…逃がすか!
くらえッ!!!
そのダイの飛んだ先に、バランは手に集中させた力を解き放った。
次に来るのは、閃光と爆発。
一瞬遅れて、爆音が轟いた。
こんなものはもはや呪文ではない。
……ダイは!?
あれをまともにくらっては、いかにダイとてひとたまりも…そう思った次の瞬間、地面に何かが落下して土煙を立てる。
「うううっ……!!」
落下…ではなくどうやら高速移動だったらしい。
咄嗟に発動させた為に地面に叩きつけられたダイが、呻きながら身体を起こすのが見えた。
良かった、生きてる。
「
…勘のいいヤツだ。
だが…二発目ははずさんっ!!!」
そう言って再びドルオーラの構えを取るバランを見て、ダイは何を思ったか再び空中へ飛び立つ。
「ダッ、ダイ!!何をするッ!!?
空中戦ではバランには勝てん!!
ヤツには翼があるんだぞ!!!」
クロコダインが叫ぶのに、メルルもハッとして上空を見上げる。
「な、なんであんな自殺行為を…!!?」
「…どうやら、わたし達がいるせいね」
わたしの発言に、クロコダインとメルルが驚いた顔で振り返った。
ヒュンケルひとりだけが頷いて、わたしの言葉の後を続ける。
「あの超呪文をバランが眼下に放てば、オレたちもテランの人々も灰になる!!
だからダイは自ら、進んで空中に上がったんだ!!
怒りに我を忘れていても、ダイは、オレたちのダイの心のままだ!!
バランのような魔獣じゃないんだ!!」
こんな状況にもかかわらず、ヒュンケルの声にどこか嬉しげなものが混じるのは仕方のない事だろう。
『オレたちのダイ』…それが全てだ。
その見上げる上空で、ドルオーラの構えを取るバランに対し、ダイは完全防御の姿勢を見せる。
驚いてなんのつもりだと問うバランに、ダイは次のドルオーラを耐えると宣言してみせた。
あれだけの呪文、いかにバランといえど三発は撃てないはずだと。
「この一発にさえ耐えれば…おれが勝つ!!!」
プライドを傷つけられたらしいバランが、息子に向けて躊躇なく放つドルオーラに真っ向から向き合いながら、ダイは自身の裡の
ダイの
「ウ…ウオオオッ…!!?」
そこには、身につけた服はボロボロになりながらも、無傷で浮かぶダイの姿。
驚愕のあまり棒立ち状態のバランに、ダイは腰のナイフを抜き放つと、拳の紋章に
「アバンストラッシュ!!!」
決まった、とその瞬間を見ていた誰もが思った。
だがダイの手にしたナイフは、その刃がバランの身に届く前に、その刀身が砕け散っていた。
次の瞬間、バランの脚がダイの鳩尾に一発入る。
ダイは空中に浮かんだままだったが、その間合いが一旦離された。
「残念だったな!!!
言ってバランが、地上に向かって急降下する。
「だが!この
これこそ
竜魔人に変身した時に地面に刺した剣を回収して、それを高らかに掲げるバランは、もはや完全に己の勝利を確信していた。
・・・
まじか。
わたしは呪文を付帯させた剣を持ちながら、呆然とする。
この処置はバランの
いや、むしろそっちの方が重要だ。
だとしたらこんな処置に意味はないかもしれない。
視界の端で、白い輝きが閃いた。
見ると、レオナ姫が倒れているポップの傍で、呪文を詠唱している。
あの呪文は…ザオラル!?
そんな呪文、習得していたのか、あの子。
わたしは僧侶で、それに関しては勿論わたしの方が適性があるのだが、熟練しても成功率は50%以下といった不確かな効果である上、1人で旅をする分には必要ないと思い契約していなかった。
その判断下した過去のわたし死ね。
…というか、契約をしていなくても回復系魔力さえあれば唱えられるものもないわけではないが…さすがにそれは今は使えないだろう。
レオナ姫は賢者ゆえ、成功率は低いだろうが…どうか神よ…御加護を。
そして。
「死に損ないは大人しく死んでおれッ!!!」
こっちではクロコダインとヒュンケルが、剣を手に再びダイに向かおうとしたバランを止めようとしており、クロコダインが電撃呪文の直撃を食らっていた。
更に次の一撃がヒュンケルに襲いかかる前に、わたしは反射的に胸甲下部から、突起部分を引き抜いて投げ放つ。
全部確認したわけではないが、さっき身につけた後にざっと見た限り、この鎧には各所に小さな武器が仕込まれている。
ラーハルトは元々器用な子だったから、まさしく彼の為のような武具だったろう。
電撃はヒュンケルに命中するより先に、突起部分だった投げナイフに引き寄せられた。
バランがキッとこちらを睨む。
だが、その場で一番戦闘能力のある存在がやはり気になるようで、
「この親子の勝負には、もはや神すら立ち入れぬわ!!」
そう言い捨てて、空中にいるダイへ、真っすぐ向かって飛んだ。
カールでヒュンケルと弔った、バランに倒された騎士の話や、湖畔での戦いの時にはクロコダインを徹底的に叩いた事を考えあわせると、恐らく一番強い者から倒していこうという考えに至るのは、
ダイには悪いがひとまずはこちらからバランの注意が逸れたことを幸い、クロコダインに駆け寄ってベホイミをかける。
「助かった…グエン。礼を言う」
「いいえ…体力のみの回復でごめんなさい。
本当はベホマで全回復してあげたいけど、そろそろわたしも魔法力の残量が不安なの。
恐らく回復できるのはこれが最後」
上空を見上げながら、半ば愚痴のように呟く。
こうしている間に、バランとダイの攻防が、目にもとまらぬ勢いで、激しく繰り広げられている。
「できればこの剣を、せめて攻撃の瞬間だけでも
パプニカ製の金属で作られたあのナイフがああなったのを見る限り、スクルト1回の集中だけでは強度が足りそうにない。
せめてダメ元で、残りの魔法力全部を集中させて重ねがけを…」
言って手に魔法力を込めようとしたところで、クロコダインの声がかかる。
「…オレは呪文の事はよくわからぬが、グエンは既存の呪文を、解釈を拡大する事で、効果や威力を強化しているのだろう?」
「…?ええ、その通りね。
魔法は集中力と発想力で、ある程度の効果の拡大が狙える…それが?」
申し訳ないが、集中の邪魔はしないでいただきたい。
「
「解釈というのは思い込みとは違うわ。
事実と違う事をイメージしたとしても、発動が無効になるだけで…ん!?」
待って。今何か重要な単語が出てきた気がする。
「バリアー!?そうよ、それよ!!
なんで気がつかなかったのかしら!?
触れた相手にダメージを与える障壁…
クロコダイン、あなたは天才よ!愛してるわ!!」
勢いで意味のわからない事を口走ってしまった気がするが、この際そんな事はどうでもいい。
なんかクロコダインがちょっとあわあわしてる気もするけど、今は構っちゃいられない。
「今からこの剣に全魔力を集中して呪文を重ねがけするわ!
トベルーラを使う分も惜しいから、わたしがこの処置を終えたら、クロコダイン!
あなたはわたしを、ダイのいるところまで投げ飛ばしてちょうだい!!」
「な…なんだとッ!!?」
まあ、無茶苦茶な事を言ってるのはわかってる。
けど…未だ必死に天に祈りを捧げるレオナ姫の魔法力の先に、横たわる少年の姿を、もう一度振り返る。
それから、今傍らにある、勇敢なる男たちと、わたしの身を包むこの鎧に宿る魂にかけて。
今のわたしは、レベルだけならこのメンバー中ほぼ最強なのに、実際は足を引っ張りまくっている体たらく。
このまま役立たずの足手まといのままでいたら、わたしには彼らの仲間を名乗る資格はない。
「わかった、グエン。だがオレも一緒に行く。
2人同時は重労働だろうが頼む、クロコダイン」
だがそんなわたしの決心に、ヒュンケルまでが乗っかってくる。
「バ、バカな!!
飛翔呪文すらない状態で、2人同時に空中戦を挑んだところで…!」
「わかっている。
バランは
「わかってるならやめときなさいな。
わたしとヒュンケルの鎧は、魔法効果を無効にはするけど、電撃のもたらす衝撃だけは防ぎようがない。
そこにわざわざ飛び込むとか、正気の沙汰じゃないでしょ。
気持ちは嬉しいけれど、そんな酔狂はわたし1人で充分よ」
一応年上として、無茶をしようとする若者を、窘めてみるわけだけども。
「ここまで一緒に来たんだ、最後まで共に行かせてくれ。
…あの死に様を見てじっとしていられたら、オレは男じゃない…!!」
ヒュンケルは、やはりポップを振り返って言う。
わたしは男ではないが、そう言われてしまっては止めようがない。
「…めんどくさいわね、男って」
「そこをうまく使いこなすのが、女の器だろう?」
「はいはい。
…そういうわけで申し訳ないけれど、2人まとめて面倒みてくださらない?クロコダイン?」
「フッ…よし、任せろ!」
わたし達2人の掛け合いに、クロコダインが頼もしい笑みを浮かべてくれる。
後は、わたしの準備が整うのを待ってもらうだけだ。
そして、ダイの為にわたしが、残りの魔法力を全部注ぎ込む、その呪文は……、
「トラマナッ!!!」
本来なら
防戦一方のダイが、バランの剣に肩を切り裂かれ、痛みに怯んだダイの動きが一瞬止まった。
「とどめだあ───ッ!!!」
バランがそこに追い討ちをかける。そして。
「今だ──ッ!!クロコダイン!!!」
「うおおおお───ッ!!!」
剣を構えたヒュンケルと、槍を携えたわたしを、クロコダインが力一杯放って宙へと飛ばす。
わたしの方が軽かったせいか先に上へと上がったので、ヒュンケルの肩を蹴って更に上へと跳躍した。
「はあああ─────ッ!!!!」
落下しながらバランに向かって、槍を棍のように振り下ろす。
ラーハルトの無念の分、一発ぶん殴るって決めてたんだもの。
「いいかげんにしろ!!ゴミどもがっ!!!」
だがわたしの攻撃は呆気なく弾かれ、手にした槍にバランの
思わず手を槍から離してしまったが、そのおかげで致命のダメージを負わずに済んだ。
手が痺れた状態のまま、身体が自由落下する。
落ちていくわたしを、バランは虫でも見るような目で見ていた。
「そんな攻撃など…」
だが次の瞬間、その目が驚きに見開かれる。
バランの目がわたしに向いていたごく僅かな間に、ヒュンケルが手にしていた剣を、ダイに向かって投げ渡していた。
「……ダイ!そいつを使え!!
グエンの魔力と、オレ達の絆が込められた、魂の一刀だ…!!」
グッジョブ、相棒!!
そして…ざまあみろ、バラン!!
次あたりでバラン戦終わらせたい…!