DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
パプニカに戻って数日。
レオナ姫や三賢者が忙しく動き回っている中、充てがわれているわたしの部屋に新しい服が届けられた。
ちなみに前の、お気に入りだったベンガーナ製の旅人の服がバランの技で『ご開帳』させられて駄目にされ、急場しのぎに近くの村で調達した吊るし売りの旅人の服は正直サイズが合っていなくて、一番大きいサイズでも胸がきつかった。
ウエストは一番小さいベルトの穴で締めてもぶかぶかだったのに。
そしてトドメにラーハルトをバランに託した後、あちこち切り裂かれた尼僧服をメルルが繕ってくれるというので、その間だけだと思いもう一度着替えたら、一番上のボタンがいきなり飛んでどっかいった。
その状況を横目で見ていたレオナ姫が、
「…早急なる対策が必要だわ」
となにやら複雑な表情を浮かべていたのは知ってた。
けどパプニカに戻ってすぐマリンに連れられ、個室で下着姿にまでむかれて全身採寸された時は、さすがになにが起こったのかとビクビクしたわ。
そんな感じで仕立てられたわたしの服は、パプニカの特殊な法術で紡がれた糸から織られた、パプニカ絹よりも更に魔法耐性に優れた布でできた丈の長いホルターネックの上衣とキュロット、ウエストのサッシュベルトで構成された一式。
更にフード付きの厚手のマントも付いている。
色は白だが、光を乱反射する糸が織り込まれており、光の加減でうっすらとオレンジがかって見える。
25のわたしが着るには可愛すぎないかと着る前は思ったが、着てみると意外としっくりきた。
ボトムがキュロット型なのがポイント押さえててまたいい。
ワンピースやドレスは好きだがスカート単品はあまり好きじゃないので。
あと「これは服とは別に必要だと思います」と、サイズを計られた日の夕方に訪ねてきたエイミに渡された袋には、上下一揃いの淡い色の下着が数セット入っていた。
ベンガーナ以外の国では一般庶民に女性下着の胸あてはあまり浸透していないのもあって、上下セットの下着なんて上流階級のお姫様のドレス下か、
…若い女の子にそんな事言わせてごめん。
ついでに「私も着けてます」ってこっそり胸元めくって見せてくれた事は一生己の心の中だけにしまっておこうと思う。なんという眼福。
試しに実際に身につけてみると、激しい動きをしても揺れないよう、うまい具合にホールドできていて、着けないよりずっと快適だと理解した。
専門で扱っているお店を教えてもらえたので、これはマァムが帰ってきたら一緒に買いに行かねばなるまい。
武闘家になれば激しい動きがその分増えるだろうし、あの子には絶対必要だわ。
・・・
届いた服を身につけて、ミーティングルーム(元々は王妃様がサロンとして使っていた部屋らしい)へ顔を出すと、そのわたしの姿を見て、バダックさんが駆け寄ってくる。
「おお、グエンどの!よく似合っておりますぞ!
グエンどのの服には、ぜひ自分のところでと申し出てきた仕立て屋が何人もおりましたのを、姫が直々にこれはと思う者に手掛けさせたので、間違いはないと思いましたがな!」
…レオナ姫が吟味してたのは多分だけどその仕立て屋の身元の確かさとかそういう事であって、腕とかデザインとかではないような気がしますが。
「ふふ、ありがとうございます。
姫様に直接お礼を申し上げたかったのですが、なんだかお忙しそうですのね」
一応ここに来る前に、レオナ姫が公務で常駐する部屋の前までは行ったのだが、姫も三賢者もなにやらバタバタしていたのでそのまま通り過ぎてきたのだ。
というか、わたしを見つけたアポロくんがこっちに駆け寄ってこようとした次の瞬間、
「鼻の下伸ばしていないで仕事なさい、忙しいのだから!」
とマリンに引っ張られていった姿に、別に鼻の下は伸びてないのに濡れ衣着せられて可哀想だとは思ったが少し笑えた。
「姫は何か大きなことをやろうとなさっておるのでな。
せめて力になれればと、皆の服を作らせたんじゃよ!!」
見ればダイやヒュンケルも真新しい服に身を包んでいる。
ポップは元の旅人の服のままだけど、それは破れた部分をやはりメルルが綺麗に繕ってくれたもので、すっかり元通りだからこのままでいいと彼自身が固辞したものらしい。
彼女はいいお嫁さんになるだろう…わたしと違って、ってやかましいわ。
…そこまで考えたところで、別れ際にメルルがポップに向けた切なく潤んだ黒い瞳を思い出して、なんとも言えない甘酸っぱい気持ちになった。
あれはどこをどのように見ても恋する乙女の表情か…知らぬは本人ばかりなり、と。
ポップは決して鈍感じゃない筈なんだが、自分の関わることとなると、途端に見えなくなるきらいがある。
というか、無意識に自分自身を、優先順位の一番下に持っていく癖があるかも。
…どうも何らかのコンプレックスがありそうなんだけど、はて?
「グエン〜…」
と、マントの端を引かれる感覚に振り向くと、ダイがいつのまにかわたしのそばに来ており、何故か涙目でわたしを見上げている。
「…ん?どうしたの、ダイ?
…って、なにこのでっかいたんこぶ!!?」
反射的に撫でようとした勇者の頭部には、びっくりするくらい大きな腫れが自己主張しており、わたしは慌ててホイミをかけた。
…聞けば新しい装備を試しながら紋章の力を検証していたら、トベルーラの使用中にエネルギー切れを起こし墜落したそうだ。
…たんこぶ程度で済んで良かった。下手すりゃ死ぬわ。
「拳に全闘気を集中するあまり、無尽蔵にエネルギーを消費してしまうんだ」
そこに至るまでは自分の最強の技もかき消したのにとクロコダインが説明する通り、上手く調整できるようにならないと長期戦は難しい。
これまでは常に全力で戦ってきたダイの今後の課題が闘気のエネルギー配分、という事らしい。
「…弱点はそれだけじゃない」
同じ室内で、ずっと読んでいたアバンの書から顔を上げて、ヒュンケルが会話に入る。
「使える武器が無い…。
並の敵なら拳だけでもカタがつくが、本当の強敵…あのバランのような相手になると、素手ではわたりあえん…」
トラマナとスクルトを集中重ねがけした破邪の剣は、あの一撃で消滅してしまった。
あのクラスの武器であれなら、店買いのものは恐らくほぼアウトだろう。
「伝説の武器クラス…それこそ、バランの真魔剛竜剣くらいの剣でないと無理そうよね…」
「本当に
そうであっても不思議ではない。
「そんなこたぁないじゃろ。世界は広い!
きっとまだ、すごい武器がいっぱいあるに違いないわい!!」
と、バダックさんが希望的観測を口にする。
「…例えばロモスの宝剣・覇者の剣とか?」
いくら国の恩人の勇者でも譲ってはくれないだろうが、わたしの言葉にダイが関心を示す。
「はしゃのつるぎ!?」
「ええ。破邪の剣と名前は似ているけれどまったくの別物ね。
以前カールの図書館で読んだ本によれば、かつてロモスを救った勇者が置いていったとされる、この世に斬れぬものはないと謳われた名剣だそうよ」
出典は例の武器防具大全なので真偽はさておき。
「そんなの伝説だろ…」
しかし、その後に続いたポップのコメントが可愛くなかったので、ちょっとムッとして言い返してしまう。
「だから、伝説の剣クラスじゃなきゃ話にならないから例に出してるんじゃないの。
それとも他に心当たりはあって?
武器屋の息子さん?」
「あるわけねえだろ!
おれんちは自慢じゃねえが、武器屋ってもイナカ村のオンボロ武器屋なんだよ!」
「ほんとに自慢じゃないね…」
冷静につっこんだダイの頭を撫でつつ『ねー』とか返していると、バダックさんが思い出したように言った。
「そういや、ロモスで開かれるっていう武術大会で、優勝者に与えられる商品が、確かその、覇者の剣だったぞ…!!」
「えええ〜っ!!!」
バダックさんが言うには、なにやらの用件でロモスに行っていたエイミがチラシを見せてくれたとの事で、それを聞いたダイとポップは、
「それだっ!!」
と叫んで飛び出して行ってしまった。
ダイなんかさっきはべそかいてたくせに、まったく元気な事だ。
てゆーかロモス王!
国宝を賞品として放出するくらいなら、最初からダイに譲ってくれればいいのに!
その後ミーティングルームに顔を出したエイミから、ダイとポップ(と、ゴメちゃん)が城の屋上からルーラで飛び立ったと聞かされた。
どうやら例の武術大会、開催されるのは今日だったそうで、恐らくはロモスに行ったのだろうとの事。
そうか。ついて行けば良かったかな。
武術大会、ちょっと見たい気がする。
・・・
「勝手を言って済まぬが…オレはしばらくこの国の付近で、グエンを連れて修業をしたい」
さっき発言した後もずっとアバンの書を読みふけっていたヒュンケルが、ようやくそれを閉じてサイドテーブルに置いたと思えば、いきなり爆弾発言をかました。
「は?わたしも?」
思わずそんな風に言ってしまったわたしを、誰も責められはしないと思う。
「…オレもオレなりに、バランとの戦いで学んだことがある。
それは、十の力を持った者同士が、十の力で戦えば、もはや戦いとは呼べない、凄惨な殺し合いになるということだ」
ダイが
あれほど愛し求めたダイを、平然と殺さんとする、魔獣に成り果ててしまった…。
そう言ってヒュンケルが嘆息する。
その点において、ダイに止められはしたが怒りに任せて、地獄の雷を呼び出そうとしたわたしも少し耳が痛い。
あれは禁呪法です。よいこは真似しちゃいけません。
「ただ戦って勝てるだけの力では不充分なのだ。
真の平和を生み出すことはできん!
オレは今まで、ただ敵を倒せばいいと思っていたが、それは間違いだった…!!」
ヒュンケルは立ち上がると、わたしの手を取って自分に引き寄せた。
…その瞬間、エイミの表情が微かに強張った気がしたのは気のせいだろうか。
「グエンはラーハルトから、ヤツの魂とも呼べる鎧の魔槍を託された。
そしてオレは、そのグエンを守ることを。
その、ヤツの魂にかけても、いざとなればバランすらも止められる力を身につけ、グエンも強くしてやれなければ…死んでいったヤツに、申し訳が立たない!!!」
…ヒュンケルは、死に際のラーハルトの願いに報いてくれるつもりなのだ。
それがはっきり判った以上、わたしに否やはなかった。
…できれば、わたし自身の意見を伺ってから決めて欲しかったのだけれど。
ただ、以前からなにげに思っていた事だが、ヒュンケルはわたしやクロコダインに対しては結構遠慮も距離もない。
アバンの使徒の長兄としての立場でありながら、彼は弟妹弟子達には、最年少のダイにすら、一歩引いた態度で接してるのに。
若干わたしに気を遣う態度を見せたのは、ラーハルトと会った直後に泣き顔を見せた時と、その後ラーハルトと対峙するわたしを止めた時くらいだ。
まあ、その距離感が居心地良いのも確かだが。
「でも、一緒に修業するって…具体的には何をするの?」
「オレも槍に関しては素人で、その点では棍の基礎のあるあなたの方が上だろう。
だが、あのアバンの書には、アバン流槍殺法の秘伝が記されていた。
それをあなたに伝授しようと思う」
勇者アバンは武芸百般(自称)、いわゆる天才だったようで、故にアバン流闘法は武器を選ばないのだそうだ。
「わたしに、アバン流の技を!?」
「あなたもオレ達の仲間だ。誰も文句は言わん。
それに、他人に教える事で、オレ自身の修業にもなる。
自分と、オレを信じろ。必ず強くしてみせる」
彼がアバンの書をずっと読み込んでいたのはこの為だったらしい。
暗記するほど読んだ、と言って身支度を整えるヒュンケルに少し待ってもらえるよう言って、わたしは慌てて部屋に戻り旅支度を整えた。
☆☆☆
アバン流の基礎をヒュンケルに教わりながら、槍術の基礎もきちんとした形で身につける為、彼と二人でルーラでパルナ村へ行く事にした。
「オレ一人ならば野宿でもなんでもできるが、あなたは女性だ。
どこか安全な場所に拠点を置いて、修業に入るべきだろう」
というヒュンケルの謎の主張に従って。
わたしはこの戦いに加わるまでは旅の尼僧だったので、野宿も何度も経験してるし気にしなくてもいいというような事を言ったら、
「オレの目の届くところではそんなマネはさせん」
と何故か睨まれた。なんでだ。
以前レオナ姫の凱旋キャンペーンで行った時に知り合った槍術の師範のオミットさんは、呼べば王都まで来てくれると言っていたが、さすがにそこまで世話をかけるわけにもいかない。
彼の家を訪ねるとゲッコーさんが来ていて、二人に挨拶がてら同行したヒュンケルを紹介したら、なんだかわからないが微妙な空気になった。
…彼が魔王軍の元軍団長だと知っているのかと思ったが、それとなく探ってみてもそんな様子はなく、それ以上はボロを出しそうな気がしてつっこんで聞くのは憚られた。
正体のわからないその空気に耐えられなくなったのか、ヒュンケルが「混まないうちに宿を取っておく」と申し出てくれたのでお願いし、後で合流する事にした。
「やはりそういう相手なのか…」
「…くそ、参戦する前に横からかっ攫われた」
と師範2人がよくわからない会話をしていたのだが、一体なんだというんだろう。
その後一通りの座学の後、稽古をつけていただいたのだが、やはり二人とも身が入っておらず、これならばヒュンケルの講義を先に聞いた方がいい気がして、適当に理由をつけて辞す事にした。
宿の部屋でアバン流の座学を行い、最初の課題は地の技という事となって、まずは型を覚える事から始まった。
棍の基礎がある分楽だと思っていたが、やはり棍と槍では握る感触や勝手が違うようで、型だけの動きしかしてないのに、1日終わったら普段は現れない筋肉痛に襲われた。
あまりにも痛い痛いと騒ぐわたしに、ヒュンケルが掌のマッサージをしてくれた。
これも勇者アバン様のお仕込みらしい。
アバン流、奥深すぎ。違うか。
最初のうちはそれも痛くて大騒ぎしたが、次第に気持ち良くなって、途中何度か、
「おかしな声を出すんじゃない!」
とつっこまれた気がするが、気付いたらそのまま眠ってしまっていた。
朝になったらちゃんとベッドで寝ていたので、ヒュンケルが運んでくれたのだろう。
わたしは結構大柄で重たかったろうに申し訳ない事をしたと謝ったら、
「…そこは謝るところじゃない。
いやむしろ、あなたは怒った方がいい」
と何か意味不明な事を言われた。なんでだ。
その後、朝食を食べに宿の食堂に行ったら宿の女将に、
「ゆうべはおたのしみでしたね」
と更に意味不明な声をかけられ、ヒュンケルが盛大にお茶吹いて咳き込んだ後、真っ赤になって違うと否定していたのだが、一体なんの話だったんだろう。
あ、ひょっとして痛みにのたうちまわってわたしが暴れたから、いい歳こいて枕投げでもしていたと思われたのだろうか。
うわ、確かにそれは恥ずかしいわ。大人として。
なんかゴメンと謝ったら、
「そこ謝られたらますます気まずいからやめろ」
とちょっと嫌な顔をされた。なんでだ。
あと午前中改めて師範たちを訪ねようとしたら宿の女将に、
「あの人ら昨日は遅くまで2人で飲んだくれてたから、今日は使いものにならないと思うよ」
とか言われた。
今この国が平和とはいえ、それは子供たちが必死になって掴み取った平和なわけだし、大人はもっと頑張らなきゃいけないと思うのだが、この村の一応ただ二人の戦闘要員がダメな大人への道を突き進んでいくのはどうなのだろう。
「うちのアリスなんか、アンタに嫉妬するくらい、ゲッコーさんに熱上げてたのにねえ。
あの姿見れば百年の恋もさめるわ。
その前にいいご縁があってほんと良かった。
アンタにしてみれば疫病神だったろうけど、あんなバカ娘でも、あたしらにとっちゃ可愛がって育てた末娘なもんでねえ」
…あの日わたしを最初に糾弾したシスター・アリスはこの宿屋夫婦のお嬢さんだった。
そもそも花嫁修行の一環として、貞女の心得を学ぶ為に修道院入りさせてた子で(都会のちゃんとした教会ならともかく、田舎の修道院のシスターって割とそんなのが多い。なので教会業務にある解毒や解呪ができないところもある。
ちょ、あれからそんなに経ってないのに展開早っ!!
何はともあれ、今日からは本格的にアバン流の、実戦形式の修業に入る。
ではヒュンケル先生、よろしくお願いします!
☆☆☆
それより十数日前、とある村にて。
???「あら、欠けちゃったんですかぁ?
えーと…あ、これうちの店でお買い上げいただいた品ですね?
ありがとうございます!…え?判りますよぉ。
同じ『
……破損率4.8%、刀身部分の欠けに加え、
今日、来ていただいて良かったです。
…これ、このままにしていたら、最大保っていてもあと3、4回の戦闘で、本格的に折れてましたよ?
結構硬いモノ斬ったんですね?
え?鍵付きの宝箱を、無理矢理開けた?
…しかも、それが人食い箱だったと。
……なんというか、うん、お疲れ様です。
では…『でろりん』様。
預り証をお渡しいたしますので、3日後の正午過ぎに、またこちらまでお越しください。
……ありがとうございましたー!
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………って!ちょ、ニセ勇者キタ───ッ!!!」
読者の皆さんは気付いてくれていたと思いますが、この物語のヒュンケルはクロコダインやグエンに接する時の方が、弟妹弟子に対する時よりも、年齢相応な素の部分が出ています。
グエンに対しては、原作では一人で背負っていた長子ポジションを分け合ってる同志的な感覚を無意識に抱いてるぽい。
頼れるお姉さんでありつつ、でもやっぱり女性だから守る時はオレが守らなきゃみたいな感じでいたところにラーハルトの最後の頼みが入ってきて、頼る<守るのバランスになって、結果、過保護になったという。
という事で三角関係の一端を担っていた筈のヒュンケルが最終的にオカンと化したところで、グエン編終了。
次回、番外編を挟んだ後、2個目の石の話が始まります。