DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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5・武器屋の娘は未来を憂う2

 一応念の為、ロン先生にその『ホイミスライムの心』なる石を見せて、自動回復機能を持つ武器の可能性について訊ねてみたら、やはりオッサンと同じような事を言われた。

 

「オレも似たような事を考えた事はあるが、回復の対象を限定する為の術式は、主に回復系魔力で組み立てる事が重要で、少なくともオレはそっちは不得手だ。

 なんで、その案は一旦わきに置いた」

 しかも既出のアイディアだったらしい。

 まあ、そりゃ考えるよな。

 しかし…回復系魔力ときたか。

 確かダイ大のメインキャラクターに、そこに特化した人はいなかった。

 序盤の回復要員だったマァムは武闘家に転職して、僧侶としてのレベルアップは止まったわけだし、賢者であるレオナ姫は最終戦に参加した時はまだレベルが低かった。

 ポップも最終戦に突入する前に、能力的には賢者と同等の状態に開花したので、同じ賢者なら恐らく、それまでずっと最前線で戦い続けてきたポップの方が、あらゆる面で能力は上だった筈だ。

 そもそも最終戦直前とかじゃ意味がない。

 現時点で可能性があるとすれば、アバン様が死んだ事になった後ポップの師匠になる大魔道士マトリフ様だが、彼は今はパプニカにある洞窟で、人を避けて隠遁生活を送っている。

 何も起きていない今の段階で、ましてやコネもツテもないあたし達が訪ねたとしても、協力は仰げそうにない。

 確かにこれは、一旦わきに置いとく事しかできない案件か。

 

 …あたしとしては当然、ロン先生に起こりうる未来の事は伏せた上で話をしたわけだが、先生はしばらく考えてから、深いため息をついた。

 

「…で、どこまで知ってる?」

「は?」

「…まあいい、別に隠さなきゃいけないことでもない。

 むしろ、リリィには話しておくべきかもしれんな」

 ロン先生はそう言って、かつてその傷を負った時の事を話してくれた。

 魔界に生まれて10年も立たぬうちに極めた最強の剣技は、受け止めきれぬ武器で全力で放てば、己の肉体をも壊してしまうほどの威力をもつ技だった事。

 

(ちなみに魔族の寿命は大まかには人間の10倍ほどだが、魔界という厳しい環境を生きる為に子供時代が短く、思春期までの成長速度は人間より幾らか早いらしい。個体差はあるが魔族の10歳は人間で言うところの14、5歳くらいに相当し、そこから長い青年期を過ごしたあと、ゆっくり年齢を重ねていくのだそうな。つまり、ロン先生がその剣技を極めたのは、多分今のあたしくらいの頃って事か)

 

 そして青年期を迎え、強敵と対峙した際、その技を試した途端、使っていた剣とともに両腕の機能が破壊された事。

 魔族は強大な魔力と同時に高い再生能力を持つ生物だが、それにもかかわらずその負傷が完治するまでに、70年近い歳月を必要とした事。

 完治してから武器の製作を志したのは、自身が全力で戦う為だった事。

 その武器は未だに完成しておらず、ある程度のところで手詰まりになってしまっている事。

 

「…で?オレの弟子はその『目』で、偶然師匠の事情を知って、それで武器に回復魔力を付与するなんて発想をしたもんだと、オレは勝手に解釈したんだが…違ったか?」

 いやまあ、その通りっちゃその通りだけど、違うっちゃ違う気がする。

 あたしがロン先生の武器事情を知ったのは前世の記憶からだし、厳密にはそれは過去の事ではなく、未来に起こりうる事象だ。

 などと言える筈もなく、とりあえず曖昧に頷いておく。

 

「お察しします…腕がまったく使えないって事は、着替えも食事もお風呂も、更にトイレすらも他人の手を借りなければいけなかったって事ですものね?

 まだ若かりし日の先生が、そんな老人のような生活を送らなければならなかった事を思うと…」

「その通りだが思い出させるな!

 当時感じた屈辱と恥辱がリアルに思い起こされて辛い!!」

 …同情しただけなのになんで涙目で怒られなきゃいけないんだろ。

 つか本当に誰だよこの残念な男。

 

 とりあえず『ホイミスライムの心』は素材として、ロン先生に預けておく事にした。

 

「いいのか?

 ホイミスライムに転職したくなったらいつでも返すから、その時は言えよ?」

「なりません!」

 だからホイミスライムに転職ってなんなんだよ!!

 あたしは人間をやめる気は一切ないわ!

 

 ☆☆☆

 

 ランカークス村周辺の山だけでは、採れる素材の種類にやはり限界があり、あたしとロン先生は他国の山を見に行く事になった。

 自身の武器の探求が手詰まりになっている理由を聞いたら、やはり強度のある素材が手に入らないという理由だったので。

 

「魔界ならともかくこの地上で、武器職人のオレが全力で戦わなきゃいけない事態はそうそう起きないだろうし、別に急いじゃいない」

 というロン先生を、万が一という事もあると説得して、先生の剣の素材探しを勧めたのだ。

 

「もし先生に何かあったら、あたしが介護する事になりますよ?

 思い出すだけでも泣くほど辛い恥辱を再び味わう事に耐えられますか?」

「おまえ、ひとの心の傷を的確に抉る天才だな!!」

 …そんなこんなでやってきたのは、極北の地マルノーラ。

 ここはオーザムという王国が治める地だが、とりあえず王都に用はないのでスルーで、今あたし達がいるのは王都から少し離れた山にある廃坑である。

 

「良かったのか?

 王都の武器屋なら、それなりに参考になるものもあるかもしれんぞ?」

 とロン先生には勧められたけど、当の本人は人の多い場所に行く気はないみたいだし、知らない街をか弱い少女一人で歩けるほど、あたしは度胸が据わってないのです。

 と言ったらロン先生には、

 

「オリハルコン製の心臓持ってるくせに白々しいな!」

 なんて言われたけど。

 一体、先生の中であたしの人物像はどうなっているんだろう。

 

 それはさておき、オーザムはダイ大の物語において、魔王軍が本格的に地上制圧に動き出してすぐ、フレイザード率いる氷炎魔団により壊滅させられる国である。

 現時点でそれを知っているのが子供のあたしだけであり、それを誰かに伝える手段がない以上、止める事は不可能だ。

 守れない事がわかっているから、ここに住む誰にも会いたくないというのが、偽らざる本音である。

 …身勝手であるのは百も承知だ。

 

「…にしても、なんでこんなところに来たんですか?

 ここに、何が?」

 まるまる着ぶくれしてもまだ防寒具の下まで侵入してくる寒さに、身を震わせながらロン先生を見上げる。

 

「…ここは昔、ミスリル鉱石が採取されていた鉱山だった。

 もっとも含有率が低く、ミスリル銀に精製する手間とそれにかかる費用が予定より膨れ上がった事から、採算が取れないと早い段階で閉鎖されたがな」

 ミスリル銀!!

 それは武器職人なら一度は扱ってみたい素材だ。

 ぱっと見の質感は確かに銀に似ており、かつては銀と区別されていなかった為そう呼ばれているが、実はミスリルは銀とはまったく異なる鉱物である。

 銀と違って酸化によるくすんだ黒みを帯びる事はなく、何より硬度は桁違いだ。

 あと、魔力との相性が最高にいいらしく、魔法効果が付帯された伝説の武器には、魔法効果をインストールした赤魔晶と共にこの金属が使われているものも少なくないという。

 

「魔界ではそれほど珍しくなかったから、昔オレが作って魔界の…お偉いさんに納めた武器にも使ってた。

 この地上ではオリハルコンを除けば、上から二番目くらいの硬度を持つ金属だろう」

 おえらいさん、ですか。

 それ、ひょっとしなくても大魔王バーン様の事ですよね。

 てことは、作中に登場した魔鎧シリーズとか、バーン様御愛用の光魔の杖とかも、密かにミスリル製って事だ。

 

「…だとしたら、その頃にご自分の武器を完成させられていないということは、そのミスリル銀を鍛えて武器を作成しても、先生の技に耐えられる強度にはならないって事ですよね?

 確かに貴重な素材で、欲しくはありますけど、今回の目的には沿わないのでは?」

「ミスリル銀のままならばな。

 だが、おまえの能力を考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。

 もしここの土にエネルギー物質の構成要素が含まれていたなら、おまえの『錬金術』の能力があれば、ミスリル銀のポテンシャルを新たに昇華させた『魔法インゴット』を錬成できる筈だ。

 オレも実物はまだ見たことがないが、それで剣を作れれば、或いは…!!」

 おお。ロン先生の目が燃えている。

 というか、違う世界に行っちゃってる気がする。

 …ごめんなさいごめんなさい。

 もうキャラの方向性間違ってる残念な男だなんて言いません。

 だから先生ー!戻ってきてください──!!

 オタクに餌を与えてはいけない。

 そんな事、前世で散々学んできた事だったのに何故忘れていたんだ。

 あたしの馬鹿。

 

 ・・・

 

 …結果を言えば、鉱山の中からあたしが発掘できたのは、純度の高いミスリル鉱石と『氷の結晶』だけだった。

 

「やはりエネルギー物質の構成要素が足りなかったか…」

 期待が大きかっただけに明らかにしょんぼりとしたロン先生に、あたしは訊ねる。

 

「エネルギー物質って、随分漠然としたネーミングですけど、そもそもどんなものですか?」

 そして、それにあっさりと答えたロン先生の言葉は、結構とんでもないものだった。

 

「基本的には、炎と氷を魔法融合させた時に生まれるものだそうだ」

 待てや!炎と氷の融合って…確かアレだ。

 普通に混ぜ合わせれば互いに打ち消しあうエネルギー。

 融合させれば、それは突き詰めればゼロ、つまり消滅のエネルギーになる。

 前述した氷炎将軍フレイザードは、ハドラーが禁呪法で生み出したエネルギー岩石生命体だった。

 勇者ダイとの決戦時点で『生まれてまだ1年足らず』という本人のコメントがあった筈なので、現時点ではまだ誕生前だと思う。

 そして生まれてからそれほどの時間が経過していない故に、その融合を成し得る域に達しておらず、そうでなければその時点での勇者パーティーでは彼には勝てなかったろうと、その力についてポップに説明する大魔道士マトリフの台詞があった。

 フレイザードの体の炎と氷を繋ぎとめているのは(コア)と呼ばれる魔力の塊だったが、生前のあたしは、その2つは決して融合はしておらず、むしろ互いに反発しあい力を高める事により消滅を防ぐシステムだったのだという厨二的解釈をしていたが、後のヒュンケルの大幅パワーアップ理論を考えると、あながち間違ってはいなかったと思う。

 相反するものがぶつかり合う事で生じるエネルギーは、そのままフレイザードの力となり、その時点では充分に強敵として、彼は勇者パーティーの前に立ちはだかる。

 だが、その反発し合う筈のものが融合する事で生まれるのは、それより遥かに強大なエネルギーだ。

 

 それが将来的にポップをこの世界で最強の魔法使いたらしめる呪文『メドローア』。

 

 つまりエネルギー物質って、メドローアを何らかの形で固形化した物体って事なの?

 …いや、無理だろ!!

 多分赤魔晶にインストールしようとしたところで、その赤魔晶ごと消滅しそうな気がするよ!

 

 …と説明の為に一旦はビビってみせたけど。

 

 実のところ、あたしの能力があれば、わざわざそんな危険なものを作る必要はない。

 ここに『ミスリル』と『氷』という要素があるのは間違いないのだから、後は『炎』が加われば、先生の言う『魔法インゴット』は、この場所から錬成して発掘できる。

 つまり今は無理でも、後日また来て試してみれば、間違いなく手に入るだろう。

 

 1年あまり後、氷炎魔団のモンスター達がその魔力からなる炎で、この大陸全土を焼き払った後に。

 …そんな事を考える自分が、本当にクズだと実感するけど、どうしようもない。

 

 ・・・

 

「ところで、先ほどミスリル銀は地上2番目と仰いましたが…では、オリハルコンを除いた上で、一番硬度の高い金属はなんですか?」

「メタルキングの結晶だ」

 …さて、次行こうか。




270歳超えた魔族の男が12歳の人間の小娘に泣かされる事案が発生。
ロン先生のキャラが若干壊れかけてきてるのは間違いなくリリィのせいです。
おかしい…可愛い女の子が大好きなアタシとしては、一貫してそういうものを書いているつもりなのに、どうしてこうなる…!?

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