DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
よいこはまねしないでね。
「これが『なぎはらい』だ。
すぐに習得できるものではないが、群れで出没して仲間を呼んだりするモンスターと、うっかり遭遇した時などに役立つ」
「はい、御教授ありがとうございます!」
☆☆☆
パプニカ王都からこのパルナ村まで、たどり着くのに一ヶ月以上かかった。
なんでもわたしが王都を出て間もなく、洗礼の儀式だかなんだかで西の孤島に行っていた王女が、そこで暗殺されかかるという事件が起きていたそうで、しかも首謀者が事実上、王の次くらいに政治的権力を持つ要人だった為に、関係者の処分を行なった結果、結構な人数が領外への逃亡を図ったのだという。
というかその要人、欲をかかずに大人しくしていれば、その地位に相応しい生活をこれからも続けられたろうに、一体なにが彼を、その所業にかき立てたんだろう。
あの国は賢者の国とも言われてるのに、中枢にいる人間が賢くなかったって何ぞ。
それはさておき、そんなわけで街道のあちこちに臨時の関所が置かれ、旅人のチェックが厳しくなって、そのチェックの順番が回ってくるまで臨時の宿に留め置かれた次第。
そんな事情だからこの宿、宿泊は無料だが食事は出ないので、旅用の携帯食料はそれだけ消費する。
それを見越してか日に一度、行商人がお弁当を売りにきていて、一度買って食べたけど結構美味しかった。
更にめんどくさい事にわたしが僧侶だと知ると、短期でいいから教会業務を引き受けてくれとどこの関所でも頼まれてしまい、結局ひとつ関所に着くたびに2日以上そこに足留めを食らった挙句、ようやく目的地にたどり着いたのだ。
おかげで懐は若干温かい(ふたつ目くらいの関所からギャラは小数点以下切り上げ55パーセントまでふっかけたら意外と快く了解され、この際思い切って60とか言っとくんだったとここに辿り着いてから後悔した)が、着いた先は食べ物は素朴で美味しいけどファッションは洗練されていないイナカの村。
買い物の楽しみは味わえそうにない。
メッセージ自体はそれほど到着を急がない内容だったそうなんで、ならもうしばらくパプニカに留まってれば良かったと内心思う。
今回はメッセージ預からずに一旦パプニカに戻って、そこから船に乗ってロモスあたりに行ってみようかな。
パルナ村の棒術の達人の先生は去年亡くなっており、彼の家には弟子の方が住んでいた。
わたしよりひとつ年上で、落ち着いた雰囲気の男性、名前はゲッコーさんという。
せっかくなので彼にも御教授賜ろうと願い出て、今その実演がひとつ終わったところだ。
確かに全体攻撃技が使えると助かるな。
トヘロスをかけていても、たまにそれをかいくぐって襲いかかってくるモンスターもいなくはない。
先日うっかり踏み込んだ沼地で、マドハンドの群れと遭遇してしまった時は、本当にひどい目にあった。
何せ奴ら、一匹潰してる間に次々と仲間を呼ぶもんで、気付いたら遭遇した時点の倍もの数を相手にしなければならなくて、本当に死ぬかと思った。
てゆーか疲れ切って苦し紛れに放ったバギが暴走してくれなければ普通に死んでたと思う。
そのバギに限らず、呪文は使用状況や相手によっては、効果が薄い場合もある。
そもそもマドハンドって、出没数の割には研究が進んでないモンスターで、本によって分類がまちまちだったりするので、属性自体がはっきりしない。
だがニフラムが効かなかった事を考えれば、死霊系のモンスターと記述のあったあの本だけはデタラメだと判断して次の町で売り払った。
なんでも出版元が現存しなくて好事家からはそこそこ欲しがられてる本だったらしく、古本市で入手した割には売ったら結構な値段になったけど。
とにかくそれなりのレベルに達していれば、結局は物理で殴るのが一番確実な攻撃方法なのは間違いない…というのはいささか脳筋な考えに偏りすぎだろうか。
もっとも街道で出会うモンスターは野生動物より知性は高めなので、むやみやたらと襲いかかってくる事はなく、むしろ人の姿を見たら逃げていくものの方が圧倒的に多いので、旅人にとっては野生動物との遭遇の方がよほど怖いんだけど。
パプニカの教会からの手紙をこの村の修道院に無事届け、報酬を受け取った後、滞在して10日ほど。
午前中は棒術(こちらの流派では『棍法術』と呼ぶらしい)の修行に通い、日中は滞在する修道院でシスターのアルバイト。
ゲッコーさんは、この村の若い女性達の間では「クールな表情がステキ」と密かに人気があり、わたしが棒術の修行に通っていると言うと、修道院内でもなかなかの騒ぎになった。
特に一番若いシスター・アリスがどうやら彼に本気でご執心らしく、6才年上のわたしに一通りの意地悪な嫌味を言ってくるようになったのはご愛嬌。
どうせ路銀が満足いく程度貯まったら離れる村だと我慢する。
☆☆☆
「シスター・グエン…旅はまだ続けるのか?」
お湯と部屋を貸してもらって身体を拭き、動きやすい旅人の服から、ケープもつけた完璧な尼僧姿に着替えを済ませて、ゲッコーさんの家を辞そうとしたら、なんだか真面目な表情で話しかけられた。
「ええ、そのつもりよ?
その為に戦い方を学んでいるのですもの」
「でも、特に目的があって、旅をしているのではないのだろう?
そろそろ、落ち着く先を考えてもいいのではないか?」
それは、もういい歳なんだから身体を労われと言われているのだろうか。
「どういう意味?」
ちょっとムッとしながらも出来るだけ顔に出さないようにして問うと、ゲッコーさんはわたしから視線を逸らし、声のトーンを少し落として、言った。
「…俺は、あなたにずっと、ここにいて欲しいと思っている」
「……?」
ここって、この村に?
…うーん、隠居しろと言われるくらいスジが悪いのかなぁ。
一応は前の先生に、
『これならある程度安心して旅ができるだろう』
って言われて送り出されたし、弱いモンスターや野生動物程度なら、わたしの棍の腕でもある程度戦えたんだけどな。
「…その、確かに知り合って10日やそこらの男にこんな事を言われても、すぐに答えられる事ではないかもしれぬが……」
考え込んでしまったわたしに、ゲッコーさんが何やら慌てたように話しかけてくる。
まあ、心配をかけてしまっているのは事実なのだろう。
「…そうね。
いずれは落ち着く先も必要かと思います。
いつまでも旅は続けられないし」
わたしが言うと、ゲッコーさんはぱっと笑顔になり、それから、そうか、と小さく呟いて息をひとつ吐いた。
「でもそうするならばわたしは、将来は、大きな街で暮らしたいわね。
買い物に便利で、食べ物も美味しい、パプニカくらいの都会で」
少なくともわたしの中ではこの村はない。
だが、わたしの言葉に、彼は少し表情を曇らせる。
「…確かに都会は便利で、物も豊かだがな。
…でもいつか子供ができた時には、ここはいい村だぞ?」
「子供?」
「考えなければいけない事だろう?」
いやなんの移住アピールだ。
田舎暮らしに憧れる、都会に暮らす家庭持ちに言うならそれは有効な誘い文句かもしれないけど、わたしみたいな独り者の旅人は、そこにまったく魅力を感じない。
「そう?
でも人生、予定通りになんていかないし、そもそもまだ相手もいないのに、そこまで考えてもねえ。
そりゃ結婚したいほど好きな人ができたら、いやでも考えちゃうんでしょうけど、今のところはまだ、必要ないかな。
落ち着く先も、好きな人も、勿論子供も。
むしろ今はもっと広く旅をして、自分が暮らしたいと思える場所を、探している段階かも」
そもそも、そんな好きな人ができたら、わたしは自分の出自を明かさなければいけない。
それを相手が受け入れてくれて、初めてその関係が成立する。
それは本人だけではなく、周囲全体がだ。
でなければアルキードの修道院や、ラーハルトのケースと同じだ。
自分だけでなく、大切な人をも、迫害に巻き込む事になる。
「え…?いや、その、だから…。
……いや、なんでもない。忘れてくれ」
ん…どうしたんだろう?
ゲッコーさんは割とものをはっきり言う方だと思ってたんだけれど、今日はいつになく歯切れが悪いな。
☆☆☆
「大変だ!魔物が攻めてきた!!」
と、村のおじさんが一人、ゲッコーさんの家に、叫びながら飛び込んできた。
なんとなく今朝から、空気が違うのはわかっていた。
なんというか、大気全体に混じる瘴気というか、なにかわからないが嫌な感じ。
それは昔、まだ子供だった頃、魔王ハドラーが現れていた時期に、世界を包んでいたのと同じ感覚だった。
魔王の魔力が世界を覆う時、モンスターはその魔性に支配され、暴走する。
……まさか、そんな。
・・・
「あなたは修道院へ戻るんだ」
丈夫そうな金属の棍を一本、かかっていた壁から掴みながら、ゲッコーさんがわたしを振り返る。
「わたしも戦うわ!
それに、回復呪文の使い手が必要でしょう!?」
ここで手を貸さなければ、何の為に旅をしているかもわからない。
少なくともわたしの旅の目的は、自分を守る事だけではなかった筈だ。
「…ありがとう。助かる。
できれば、あなたのような女性に手を貸してもらうのは心苦しいが、今は戦える者が一人でも欲しい。
ゆくぞ、グエン」
先程までとは違う、引き締まった表情で、彼は棍をもう一本取って、わたしに手渡す。
それは彼が扱うものよりは細くて軽く、わたしにも扱いやすそうだった。
それを受け取ってわたしは頷き、駆け出す彼の後ろに続いた。
・・・
村の入り口付近では、既に何人かが倒れており、わたしは彼らにホイミをかけてから避難を促し、そこに群がるモンスターを睨む。
それは「かまいたち」の大群。
ざっと50匹は居るだろう。
わたしの持っている本によれば、元々は大気の精霊だったものが、何かのきっかけでモンスター化した存在だという。
この場合、きっかけは間違いなくこの瘴気だろう。
まずいな。
風属性のこのモンスターにバギは効きにくい。
まったく効かないわけではないが効率は良くない。
その上素早さが飛び抜けていて、物理攻撃も回避されやすい厄介な相手だ。
奴らはわたし達を見つけると、一斉に襲いかかってきた。
ゲッコーさんが先ほどの『なぎはらい』で、ある程度の数にダメージを与える事に成功するも、同じくらいの数に回避される。
とりあえずわたしは、ゲッコーさんがダメージを与えつつ一撃で仕留められなかった個体を仕留めに掛かるが、これだけ同じ種類が一度に出てくると、途中から個体識別が困難になってきた。
やがて、一人で敵を半数くらいまでは減らしていたゲッコーさんにも、疲労の色が見えてきはじめ、遂に肩と太ももに奴らのバギをくらって、バランスを崩して地面に膝をつく。
「くっ!!」
このモンスターは保持する魔法力はあまり高くなく、単体ではバギ2発くらいで尽きてしまうのだが、なにぶんここでは数が多いので、それだけバギの発動が頻繁に行われている。
ホイミをかけに行きたいが、迂闊に近づけない。
そうしているうちにゲッコーさんは取り囲まれ、集中攻撃を受け始めた。
このままじゃ、まずい。
わたしは棍を構えて突進する。
そして見よう見まねのなぎはらいを繰り出すもそれは悉く躱され、今度は攻撃がわたしの方に集中する。
これでいい。わたしはホイミが使える。
少しの間ならそれで耐えられる。
バギが身体の周囲で渦巻き、わたしの身体のあちこちを切り裂いた。
「グエン──っ!!」
ゲッコーさんの声が遠くに聞こえる。だがそれに答える余裕もなく、わたしは手に魔力を集めた。
瞬間、身体の内側に、割と最近にも感じた力の沸き上がりを感じる。
間違いない…これは、魔力暴走の前兆だ。
それに気がついた時、わたしは発動しようとしていたホイミの詠唱を止めた。
このモンスターは恐らく、魔王由来の瘴気によって生まれたもの。
通常の発動状態なら無理だろうが、暴走状態なら、或いは。
かまいたち達が、抵抗をやめたわたしに向かって、一斉に襲いかかってくる。
そのタイミングでわたしは、両手に魔力を集中させると、ひとつの呪文を詠唱した。
「ニフラムッ!!!!」
暴走した魔力が、聖なる力を増幅させる。
わたしの掌から放たれた光は、かまいたち達を包み込み、その身体ごと存在をかき消した。
後に残るのは、静寂。
☆☆☆
「魔族…!?」
なんとか息を整えて、立ち上がったわたしの耳に、怯えたような村人の声が聞こえた。
反射的に耳元に手をやると、いつのまにか尼僧のケープが脱げて、尖った大きな耳がむき出しになっている。
「魔族だ!なんで魔族がここに…!?」
周りを見渡すと、いつのまに集まっていたものか、村人たちが跪いたまま動けないゲッコーさんを囲んで、そこからわたしを見つめている。
「そうか…あなたがあのモンスター達を、ここに呼び込んだのね!?」
聞き覚えのある女性の声がして、その方向を見ると、シスター・アリスが、怒りを燃え立たせた瞳で、わたしを睨みつけていた。
「違う、彼女は…」
「ゲッコーさんは黙ってて!
出ていきなさいよ、この魔物女!!」
彼女の叫びに、村の人たちが呼応する。
誰かが修道院から持ってきていたのか、わたしのリュックが投げつけられた。
彼らの勢いに思わず後ずさると、先程まで使っていた棍が、踵に当たって音を立てた。
…それを拾い上げると、彼らが怯えたように立ちすくむ。
そのまま近寄ると、シスター・アリスとゲッコーさん以外の村人達が、悲鳴をあげて逃げ去った。
「な、なによ!あなたなんか怖くないわ!!
この人に何かしたら許さない…!!」
「お貸しいただいてありがとうございます。
お返しいたしますね」
彼女を視界に入れずに、わたしは棍を、ゲッコーさんに差し出した。
ゲッコーさんは悲しげに首を横に振る。
「…持って行くがいい。
もともと、あなたに差し上げようと思って用意していたものだ」
…涙が出そうになった。
わたしは彼に一礼すると、投げられたリュックを拾い上げ…
そのまま、彼らに、背を向けた。
☆☆☆
「う〜ん。
お話を聞けば聞くほど、その女性は、悪い方ではなかった気がしますねえ」
「やはり…そう思われますか」
「彼女は、ニフラムを使ったのでしょう?
あの呪文は、聖なる力で、悪しき力を滅する呪文ですからねえ。
どんなに頑張っても、悪しき存在に操れるものではないんですよ。
魔族だったのは間違いないにしても、その方は間違いなく、正しい心を持っていたのでしょう。
早まられましたねぇ、皆さん」
「…お恥ずかしい限りです。
俺は、彼女を信じていたのに、それでも庇ってあげられなかった。
俺は、俺たちは、彼女に対して、どう償えばいいのでしょう?」
「…その気持ちを、忘れないこと。
同じ過ちを繰り返さないこと。
そう思って生きていき、またそれを人に伝えていく事です。
そうすればいつかきっと、どこかで彼女は、あなたのその思いに触れることになります。
そうなる日を夢見て、頑張りましょうよ、ね?」
「……肝に銘じます、勇者殿」
「なんか、ヤな話聞いちゃいましたね、先生。
その魔族、ここの村人の為に戦ったのに、魔族だからってみんなで追い出したって事でしょう?
おれだったら、そんな事されたら、人間なんて信じられなくなるかも」
「そうですね。
だから、そうならない為にも、私たちも伝えていかなければいけません。
いつか、私たちがその人に会えた時に、その人が笑ってくださるように。
ねえ、ポップ?」
ちょっとドラクエに時々ある若干胸糞エピソードぽい話にしてみたけど、やっぱり書き始めると自分が辛かった。そのせいか文章的にはかなり散漫なのは否定できない。
ひとまずゲームプレイ中に覚えた苦労に見合わない感とこんな村滅びてしまえ感をちょっとでも出せていればと思う。
関係ないけど7の例の昼ドラ劇場で、カヤとカサドールを荻野目慶子と長谷川初範で脳内変換していたアホはこのアタシだ。