DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
ダラダラしててなんかごめんなさい。
あたしとロン先生の素材探しの日帰り旅は、しばらくは中止せざるを得ない事となった。
魔王軍の活動が本格的に始まり、各軍団が主要各国の王都を襲撃し始めたからだ。
確かにそんな中、いくら先生が同行していたにしてものんびり他国になんて行っていられない。
我がベンガーナの王都も、妖魔士団の襲撃を受けていたらしいし。
らしい、というのはあたし自身は村から出るどころか、森の中のロン先生の小屋にすら一人で行く許可が出ず、先生や店に来たお客さんから聞く話の他に、外の情報を得る手段がなかったからだ。
あと、敵についてもそうして聞いた話を総合して、その傾向から妖魔士団だろうという推測をしただけで、実際に見たわけではない。
しかしまあ、悪魔の目玉の件も合わせて考えれば、恐らく間違ってはいないだろう。
その襲撃だが、現時点では『ベンガーナ軍の物資力と軍事力は世界一イィィ──ッ!!』と言われるその象徴たる大型兵器をもって、時折思い出したように来る魔王軍の攻撃を跳ね除けている。
…もっともベンガーナは他の軍団に狙われた国と違い、壊滅させるまでの本腰を入れられていないというのは、物語の中でも言われていた事であり、それと渡り合えていた事実がむしろ、後に超竜軍団のドラゴン数匹や、スカイドラゴンに乗った獣人に、街を破壊されて避難程度の対策も取れずにいた原因かとも思う。
危険予測と避難訓練、大事です。
無い胸張って言えます。ってやかましいわ。
ちなみに隣国のテランは侵略価値がないとみなされたものか、これといって攻撃は受けていない。
反して、やはりテランと国境を接する位置にあるカール王国は、かなり厳しい状態だとか。
時系列的に考えれば、北のオーザムやリンガイアなどは、そろそろ壊滅させられる頃だ。
…わかってるのに、あたしには何もできない。
それはそれとして。
先の戦闘でレベルが上がったせいなのか、『みる』に以前より詳細な情報が加わるようになった。
『これは鉄の爪です。
武闘家など、剣を装備せずに戦う人のための武器です。
…破損率56%、見てわかる通り刃が一本取れちゃってる上に、残りの刃も錆びて欠けちゃってるし、このままでは使い物にはなりません。
まともな状態で店屋に売れば1125Gで引き取ってもらえる品ですが……ねえ?』
情報が言葉を濁すな!ねえじゃねえわ!
『…3年半前にリンガイア王国で開催された武術大会の、会場の売店で売られていた量産品ですが、打った鍛冶師の腕自体あまり良くなかったようですね。
ちなみにこの時の大会で優勝したのはリンガイア王国軍の将軍の息子で、当時まだ12歳の少年だったそうです。
もちろん大会史上最年少記録だそうですよ』
へえー、この後滅ぼされるリンガイア王国にはそんな強い人がいるんだー。
3年半前に12歳って事は、ポップと同い年かいっこ上くらいだけど。
てゆーか、確か今現在、恐らくポップと一緒に行動している筈の未来の勇者も12歳の筈。
うーん、この世界の12歳男子すごーい。
…って、意識を明後日に飛ばしている場合じゃなかった。
まあとりあえずこの通り、見たものの状態というのが、『みる』に新たに加わった視点ね。
今見たこれは一目瞭然だけど、ぱっと見には判別しづらい破損箇所とかも正確に教えてくれる。
「…申し訳ありません、お客様。
こちらの鉄の爪ですが少々状態が悪すぎて、当店ではお引き取りしかねます」
「あ、やっぱりー?
拾いモノだから期待はしてなかったけどねー。
まあ、持って歩くのも重くて邪魔だし、あげるから適当に処分しちゃってくんない?じゃねー」
「あ、お客様!」
……行っちゃったよ。
売るよりは修理して使った方がいいって言おうとしたのに。
まあでも今の人、どう見ても武闘家には見えなかったし、使わない武器に修理代出すのも馬鹿馬鹿しいってトコだろうな。
拾ったモンだって言ってたし愛着もないんだろう。
というか、昨今の冒険者は、そもそも武器を修理してまで使うという概念がないんだそうだ。
一通り使って、もっと強い武器があれば前のを売ってそれを使う。壊れたら捨てる。
売る側にしてみればその方が商売にはなるんだけど、それではいい職人は育たない気がする。
原作の『ロン・ベルク』が、ろくな使い手が居ないと言って情熱を失っていた気持ちもわからなくはないかもしれない。
…もっとも、彼を一番失望させたのは、最高の武器を使いこなせない弱い使い手よりも、どんな武器を与えたところでそれよりも本人の方が強い大魔王バーンの存在だったわけだけども。
ちなみにそのロン先生だが、この村では魔族の姿を堂々と晒して歩き回る事が出来るようになり、もはやランカークス村の勇者様くらいの人気ぶりである。
本人は慣れない扱いに戸惑っているようだが。
え?あたし?未だに魔王扱いですがなにか?
「ん?客じゃなかったのか?」
と、奥の作業場で剣を打っていた父さんが店の方に入ってきた。
「壊れた武器持ってきて、引き取れないって言ったら処分してって押し付けられたよ。
まともな状態で店に並べとけば、1500Gくらい取れると思うよ」
どうせあたしにはどうすることもできないので、父さんに丸投げすることにする。
「鉄の爪か…ここいらじゃ見ない珍しい武器だが、それにしてもひっでえ造りだな。
手甲のトコだけ使って、刃はオレが全部最初から打って付けた方が早いんじゃねえか。
既に修理の域じゃねえよ、そんなもん」
言いながらも捨てるという選択肢が出ないあたり、父さんはわかってる。
これに使われてる鉄だって、本来ならもっと高いポテンシャルがあって然るべきなのに、よりにもよってナマクラ刃としてその役割を終えるんじゃ、あんまりにも可哀想だし、愛がない。
こんな風に思えてしまうのは、小さい頃から父さんの仕事を見て育ったからだと思う。
父さんの仕事にはなんだかんだで、素材とそして出来上がった武器を手にするだろう人に対しての愛に溢れている。
実際に他人に向ける態度は不器用の言に尽きるけど。
特に息子であるポップには期待をかけすぎて、その期待の方向性があさって向いた上一周回ったせいで、ポップは未だに父さんが苦手な筈だし。
ポップはダメな子なんかじゃなく、父さんの期待とは違う方向に才能があっただけなんだよ。
「しかもなんだこの継目。
信じらんねえ。まるで玩具だ。
誰が作ったもんか知らねえが、これじゃ武器の用途なんて果たせやしねえぞ」
ひどいひどいと連呼しながらも、構造は気になるらしい。
この国では扱っていない武器だから、きっと興味があるんだろう。
「リンガイアの職人が打ったものだって」
あ、これはお客さんじゃなくオッサン情報だった。
接客中に父さんが居なくて良かった。
父さんや母さんはあたしの能力を、単に商人系の技能だと思ってる。
その異端性を正確に把握しているのはロン先生だけだ。
そのロン先生に、知っている人間は少ない方がいいと釘を刺されているから、両親には説明していないし。
「…なるほどなぁ。
屈強な戦士で構成された軍隊も、持たされる武器を作る職人がこの程度じゃ、そりゃ滅ぼされるな。
他人の命を預かってる、むしろオレ達が世界を守ってるってのに、そのプライドを常に持てねえなら、鍛冶屋なんてやるべきじゃねえ。
こんなのを見ると、つくづくそう思うぜ」
…ん?なんか、ちょっと今気になる言葉が出てきた気が…?
「今…なんて?」
「ん?だから、鍛冶屋ってなプライドを…」
「そこじゃなくその前!
…リンガイアが滅ぼされたって、言った?」
「お、おお。
…リンガイアだけじゃねえ、北のオーザムも魔王軍の襲撃で王都が陥落したらしいし、カールも時間の問題じゃねえかって話だ。
こうなってくると、ベンガーナがまだ無事だって事が逆に不気味だな」
うぉふ。そこまで話が進んでいましたか。
これはアレだ。
別の大陸の話だからまだ情報がここまで届いていないだけで、百獣魔団のロモス襲撃と、それを撃退した小さな勇者ダイの華々しいデビューが成されたって事だ。
つまりうちの兄が臆病者の逃げ出し常習犯から、勇気を振り絞って命がけの戦いへ身を投じる大事なイベントも終了し、ここから『もう一人の主人公』的な成長物語が始まっていくわけだ。お疲れ様。
…って、原作での最初の立ち位置は確かにそれだったけど、あたしの知ってる兄は、自分を頼ってくる相手を置いて先に逃げ出すような男なんかじゃないから!
一見そう見えたにしてもそれはその先にある、自分に可能な手札で解決しようとする、ある意味合理性を重んじる典型的なベンガーナ人気質だった筈なんだけどな。
…ていうのも、確かあれはあたしが8才、ポップが10才の頃、一緒に遊んでくれていたポップと、森の中ではぐれた事がある。
お互いに声は届くんだけど、森の中で響いて、どこから聞こえるのかわからなくて。
その時にポップは、森に分け入って自力であたしを探す事より、一旦村に戻って大人達を呼んでくるという選択をした。
ポップ自身も子供で、探してる間に自分も迷う可能性も皆無じゃない点から、より確実な方法を選んだわけで、それはあたしも納得してるし、今考えても『ポップ、あったまいい〜!』という感想しか抱けないくらい最良の選択だったと思ってるけど、父さん的にはそうじゃなかったみたいで、あたしを置いて戻ってきた事に対して、ポップを怒鳴りつけたらしい。
後でそのことを聞いたあたしが父さんに猛抗議したのは言うまでもないが、今思えばポップにはあの時に『自分は逃げ足だけの臆病者』みたいな刷り込みが為されてたのかもしれない。
そのコンプレックスが、とりあえず自分にできる事だけはやるけど、それ以上の努力よりもできるやつがやればいい的な、悪い意味でのベンガーナ気質にシフトしていったのかも。
何にせよ、そこに至るまでにアバン様が甘やかしたのは間違いない。
ポップは可愛いからその気持ちはわかるが…ぐぬぬ、おのれ勇者様。
で、結局あたしはといえば、その時たまたま森を通って村に向かっていた親子連れに保護されて、無事に帰り着けたというね。
…そういえば、あのおじさんとお兄さんはリンガイアから来たって言ってた。
あの人たちも死んじゃったのかな…と思うとやはり胸が痛む。
オーザムと違い、リンガイアやカールはそこそこ生き残りがいたはずだから、そこに希望を託したいけど。
お兄さんの方は、あの時間だけでも自己顕示欲強かったというか、あたしと手を繋ぎながら、ボクがいるから大丈夫だよとか、やたら連呼しててなんか嫌だったけど、子供のうちは多少は仕方ないし、顔覚えてる人にはやはり生きていて欲しいと思う。
わがままそうだったけど、多分気質は真っ直ぐなんだろうし、自分に自信を持つのは悪いことじゃない。
いいところだけ伸ばして成長してくれればいいと思う。
思い返せばちょっと綺麗な顔をしていたし、僅かに黒の混じった青銀の髪とダークグレーの瞳はやけに印象的だった…って、アレ?
あの時はまだ前世の記憶も何もなかったし、今の今まで思い出しもしなかったから気がつかなかったけど。
…よく考えたらあの人たち、物語後半に登場するリンガイアの将軍と、その息子の北の勇者じゃない!?
……あー、良かった、生きてるわ。多分だけど。
「リリィ?おい、どうした?」
…どうやら結構長いこと考え込んでしまっていたらしい。
とにかく、待っていた時期が来たということだ。
これよりもっと物語が進むと、逆に難しくなる恐れがある。
「…ちょっと先生んち行ってくる」
「危ねえから止せつってんだろうが。
ロンに用があんなら、明後日くらいにゃ納品に来るだろうから、それ待ってろよ」
「早い方がいいし、2人だけで話したいから。
大丈夫、パッと行って、帰りは先生に送ってもらうよ。
心配しなくても寄り道なんかしないし、赤い頭巾なんか被らないからさ」
「……赤い頭巾?」
「…なんでもない」
この世界には赤ずきんちゃんの物語はなかったか。
頭巾を被るかわりに、採掘道具の入ったリュックを背負って、あたしは店から飛び出した。
確か、防寒具も入ったままだった筈。
けど。
まさか本当にリアル赤ずきんを体験する事になるとは思わなかった。
「ハロォ〜、お嬢さん。いけないねェ。
君みたいな子が一人で森の中をうろつくなんて、悪い魔物に攫われちゃうよ?」
ちょっと待て。
コイツ、物語にはまだ登場していないはずだ。
なんでコイツが今、ここにいる!?