DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「なかなかいいところじゃんか…!」
おれのルーラでやってきた故郷の村に足を踏み入れたダイが、その町並を見渡して言う。
周囲を森に囲まれた村とは思えないくらい、生活の基盤は整ってて、それでいて都会みたいにギスギスしてない、穏やかな空気が流れている。
だが1年半ほど前にここを出る前のおれには、窮屈な田舎にしか思えなかった。
「ちっちぇ〜村だぜ…何ひとつ変わっちゃ…ん?」
「広場に、人が集まってるみたいですね…」
メルルの言葉通り、村の唯一の宿屋の前にある広場で数人、何か統制の取れた動きをしている。
「…あれは、恐らく自衛の為の戦闘訓練だわ。
敵を倒すのではなく、逃げる隙を作る為の。
見たところ私たちくらいの歳の人が2人ほどいるだけで、後は全員子供みたいね」
「戦闘訓練!?この村で、なんで…!?」
マァムの言葉に驚いていると、子供たちに何やら説明している年長の2人のうち、1人が顔を上げてこちらを見て、驚いた表情を浮かべる。
「…あ!まさか、ポップ?」
なんだ、宿屋の息子のレイゲンじゃねえか。
そしてその声に、やはり年長のもう1人もこちらを向く。
「魔王の兄貴!?」
あ、こっちは狩人のソーケッツの甥のハックか。
2人ともちょっと見ないうちに背ェ伸びたなあ…。
「よ、よお。久しぶり」
とりあえず無難に片手を上げて挨拶する。が、
「……ひ、非常事態発生!総員撤退!
伝令!村全体に警戒発令!
フォーメーションLただちに発動!
魔王の力の源が帰ってきたあぁっ!!」
レイゲンの一声で、その場にいた全員が散り散りに消え、その場におれ達だけが残された。
「……魔王?」
こんな田舎の村に似つかわしくない物騒な単語に、ダイが眉をひそめる。
…まあ、そういう反応になるわな普通。
「…ああ、多分妹の事だから気にしねえでくれ。
おれの妹が魔王だから、おれが魔王の兄貴なんだろ。
それ以外はなんなのか知らねえけど」
フォーメーションLとか力の源とか。
どうやらおれが居ない間のこの村に、なんらかの変化はあったらしい。
この村はテランとも近いし、同じ大陸で大国がふたつも魔王軍に滅ぼされてるわけだから、呑気にもしてられねえってことか。
たく、いやな世の中だねえ。
「妹さん?ポップに妹がいるの?初耳〜」
おれが若干おかしな方向に思考を飛ばしかけたのを、マァムの言葉が引き戻す。
「…まあ、言ってなかったしな」
正直、あんまり会わせたくねえ。
あいつは昔っから、おれなんかよりずっと出来たやつだったから。
他のやつならともかく、こいつにまでそう思われんのは、若干辛い。
「でも、魔王って…」
そんなおれの思惑なんざ関係なく、ダイはどうしてもそっちが気になるらしい。
まあ普通は、女の子に付けられる類のあだ名じゃねえからな。
「ひょっとして、性格が非常に悪いとか?
うむ、こいつの身内ならありえるかも!」
ボカッ!!
相変わらず生意気な口調でチウ…ロモスから俺たちにくっついてきた大ねずみが言うのを聞き、おれは反射的に、その頭にげんこつを落としていた。
「この野郎言うに事欠いて!言っとくけどな!
確かにちょっと変わってるところはあるが性格は悪かねえしおれなんかよりずっとしっかりしてるし顔なんかメチャクチャ可愛いかんな!」
…最後のはかなり兄の欲目が入ってるが。
「ポップさん!?」
突然大声で叫んだおれに驚いたのだろう、メルルが黒目がちな目を見開く。
…占いをしてる時は形容しがたい神秘的な雰囲気に圧倒されたが、こうしてる分にはやっぱり、メルルはメルルなんだよなぁ。
「悪ィ…取り乱した。
けど、一応自慢の妹なんだ。ただ…」
「……何か、問題でもあるのかい?」
ダイが、少し心配そうにおれを見上げる。
…絶対まだ『魔王』を気にしてるだろおまえ。
「…おれの事、好きすぎるんだよな。あいつ」
「………は?」
「そもそも『魔王』なんて呼ばれ出したのも、おれが原因だし…おっと!そこ右だ」
実家の武器屋に続く道を示して、その方向に進む。
そもそもこの村に来たのは、ダイの新しい剣についての手がかりがあると、メルルの占いに示されたからだ。
うちの両親や、まして
少し歩いただけでもう見えてきた見慣れた構えの店の前に、踏み台の上に足を乗せ、看板をかけようとしている、華奢な身体が目に入ってきた。
「か…母さんっ!!」
・・・
…この後、おれが親父に散々しばかれた後で、ようやく剣の手がかりを聞くことができた。
ヒュンケルの鎧の魔剣やグエンの鎧の魔槍を作った魔界の名工ロン・ベルクが、この村の外にある森深くに住んでいて、おれが村を出たすぐくらいの頃、山で怪我をしたリリィを連れ帰ってきたのが縁で交流が始まり、色々あって魔族でありながら、今ではこの村の英雄のような存在だとか。
なんでもおれと一緒にならず者の被害にあったリリィの提案で、二度とあんな事が起きないようにと、この村に子供達を中心とした自警団が結成されたらしく、どうもさっき見たのはその訓練の一環らしい。
その際、ある程度戦うことのできる大人を指導役に巻き込んだせいで、自身も剣を扱うというロン・ベルクも強制的にその枠に入れられており、更に魔王の復活によってその魔気から発生したモンスターがこの村を襲ってきた(!?)際は、リリィとロン・ベルクが中心となって戦って、この村を守った事でその扱いになったそうで。
しかし本当のところは腕そのものよりも、リリィに対するストッパー役としての能力をより買われたって方が大きい…的なニュアンスを、親父の説明からは感じたんだが、あいつ、どんだけ恐れられてんだよ!
てゆーかレイゲン達の反応の意味がこれでわかったわ!
フォーメーションLってLilyのLだよな!
そうだったよあいつ昔から、おれを苛めた子には容赦なかったかんな!
てゆーかツッコミどころが多すぎてツッコミが間に合わねえっ!!
あとリリィはロン・ベルクに弟子入りしてるんだそうだ。
あいつ絶対武器なんか打てねえだろ。なんの師弟だ。
…おれの妹の行動がナナメ上過ぎる。
お兄ちゃん色んな意味ですっごく心配。
☆☆☆
先生の剣は結局刀身だけがある程度完成した状態から、そのまま製作が止まってしまっていた。
原作通りの、細身の長剣が2本。
ていうか原作に出てきた『試作品』も見せてもらったんだが、それだって常人レベルじゃ考えられないほどの出来栄えだった。
多分適当な台座に刺しといて迷宮の奥とかに置けば、たどり着いた冒険者が、
『うっは、超〜伝説の剣!』
とか言って大喜びすると思う。
なんか今頭の中でその光景、ニセ勇者で再現された。
鞘は作ってないから抜き身のまんまで、普段は魔法の玉の原理を使った入れ物にしまっており、それは普段からアクセサリーとして肌身離さず身につけてるらしいけど。
(それも見せてもらったがメッチャ厨二ちっくなデザインだった。この件については後日話し合う必要がありそうだ)
素材はミスリル製だがそれが究極まで叩き上げられ、硬度はこの金属に出来得る最高レベルで、柔軟性がない代わりに鋭さが極められている。
「試作品なんで、付加効果はまだ付けてないけどな。」
なんでもこれ作った時には『衝撃を感じる前に敵を切り裂いちゃえば良くね?』的自分ブームの時だったらしく、この時期に作ったやつは、大体その流れで切れ味だけは凄いことになってるんだそうだ。
けど、試しにって事ができることではないから正確なところはわからないものの、ちょっと振ってみただけで『これでは駄目だ』と判ってしまい、その自分ブームは十数年で終わりを告げたと…いや長いな!
自分ブーム長いわ!
人間なら既にライフスタイルとして確立されてるくらい長いわ!!
…それはさておき、多分ロン先生の剣に付加効果をつける場合、
最悪入手が不可能でも、本物をどこかで見る事ができれば、その構成要素を多分オッサンが解析してくれて、それを揃えて土に埋めれば錬金、採取する事が可能だ…と、思うんだけどなぁ…。
だけど、それを知る唯一の人物は対外的には亡くなったことになっており、実際にはカール王国の…多分外れにある筈の破邪の洞窟を単身制覇中だ。
実は最初はそこに直接、時空扉で空間を繋げようと思ったのだが、多分だが向こう側に転移を拒む魔力的な力が働いているらしく、扉そのものが出てこなかった。
で、それならひょっとして、勇者アバンの生家とかそういうのがあれば、そちらになにか手がかりがあるんじゃないかと、カール行きを希望したわけなのだが、その矢先に親に阻止されたわけで。
魔王軍のカール王国への進撃も終わってしまった事だし、そろそろ行っても大丈夫じゃないかと、こっそり先生にお伺いを立てたところ、生き残った一般国民が難民化してる恐れがあるから、まだ当分近寄らない方がいいと言われた。
「皆がそうだとは言わないが、生きるにも困るほどに追いつめられると、ひとは善悪の基準が曖昧になるもんだ。
おまえみたいなちっこいガキは、いろんな意味で格好の餌食だぞ。
…魔族であるオレが一緒にいたら余計だ」
だそうだ。確かにそうかもしれない。
あたし一人ならともかく、先生を危険に晒すわけにはいかないよな、うん。
だからといって、無断で一人で行くという選択肢もない。
というか考えはしたんだけど、もしそうやって、一人で危険を冒して、目的のものを手に入れたとしても、その場合ロン先生は、絶対にソレを受け取ってはくれないだろう。
そういう事が判ってしまうくらい、あたしの中でのロン先生の立ち位置は、既にポップと同じところにいる。
絶対に助けたい、守りたいと思ってる時点で。
兄離れができたと思ったら、もう1人兄ができて、それに依存してただけだとか、あたしも大概だとは思う。
けど、あたしにとって世界を救うって神様の使命は、今は大事な人たちを悲しい運命から救うって事と同義だ。
その為に、知らない大勢を見殺しにしたようなもんだし。
だからこそ。絶対に、失敗できない。
この世界は、もうあたしにとっては現実で、一度間違えたらコンティニューはきかない。
神様だってそんな役立たず、もう一度使おうとは思わないだろう。
だけど。
時間って、なんでこんなに早く過ぎていくんだ。
「…また何か、ろくでもない事考えてるな?」
気がつけば、うちの依頼の剣を打っていた先生がそばに立っていた。
「…申し訳ありません。
掃除の途中でぼーっとしてしまって」
「そんな事はどうでもいい。
…オレの剣のことなら、気に病む必要なんかないんだぞ?
一体、なにをそんなに焦ってる?」
どうやら、気付かれていたらしい。
けど、忌々しいカチリ音が喉の奥で鳴り、事情を話す事もできずに、とりあえず適当な言葉を紡ぐ。
「…先生の事は、あたしが守りますから」
思わず口をついて出てしまっただけだが、それを聞いてロン先生は一瞬ハァ?みたいな表情をした後、ため息をひとつ吐いて、苦笑した。
「逆だ、馬鹿。オレが師匠で、おまえは弟子だ」
…あ、ポップとおんなじ事言った。
「…気分転換に、久し振りに山に入るか。
ちょうど鉄鉱石の在庫も少なくなってきたところだ。
支度しろ」
先生の言葉に、あたしは元気にお返事をしてから、掃除道具を片付けて、身支度にかかった。
時空扉の能力を使えば目的地まで一歩で着くわけだが、今回は気分転換がてらという事で、山には徒歩で登ってきた。
これでいいのです。
楽を覚えたら人間はどんどん堕落していきます。
鉄鉱石の採取と、ついでに赤魔晶と副産物的に白魔晶も採取して、適当な岩の上に座って休憩を取る。
この世界の水筒では保温も保冷もできなくて、井戸から汲んだ冷たい水がすっかりぬるくなってしまっていたけど、逆に渇いた喉にスッと入る気がする。
急な事だったからお弁当とか作る暇もなかったけど、よく考えたらこの前に行った採取の時に急に襲ってきて、先生が一撃で倒してくれたおおにわとりの干し肉がそろそろいい感じに仕上がってきていたから、あれを適当にパンに挟んで持ってくればよかったかもしれない。
あの後燻煙にかけようと思っていたからすっかり頭から抜けていたけど。
「少し元気になったみたいだな」
山の景色と風と、ぽかぽかのお日様を楽しんでいたら、先生の手にぽんぽんと頭を叩かれた。
「…そんなに、塞ぎ込んでるように見えましたか?」
「ああ、大人しすぎて気持ち悪いくらいだった」
一言多いわ!
ちょっとムッとしてあたしが睨むと、先生は何故か、相当悪そうな顔でニヤッと笑った。
腹が立ったので先生の持っていた酒瓶を奪い取って代わりに水筒を握らせてやった。
つか、いつの間に持ってきてたんだそんなもん!没収!!
先生はチッと舌打ちしたが、ふと真顔になり、独り言のように呟く。
「この山でおまえを拾ってから、もう一年半か…」
…それは、運命の日が迫っているという事だ。
☆☆☆
…それが、まさか今日だとは思わなかったけどな!
重たくなったリュックを先生にまた取られて、代わりに先生の剣を持たされ(その際に酒瓶は取り返された)、先生の小屋に続く道をそろそろ抜けようとしていた時、小屋の方から聞き間違えようもない声が聞こえた。
「ロン!!いるか!!?………なんでぇ、留守か…。
あの野郎、またひとの娘を連れ回してやがんな」
待て馬鹿親父!ひと聞きの悪いことを言うな!!
「父さん?」
「お、居たかリリィ」
思わず声をかけると父さんと…同行している数人が、こちらを振り返る。
その中に、見覚えのある顔を見つけて、脊髄反射的にそちらに駆け出そうとして、後ろから肩を掴まれた。
「…先生!?」
見上げた先生の目が、初めて会った時のような、警戒心と緊張を孕んだ色を帯びている。
ていうか、この場に妙な緊張感が瞬時に立ち込めて、正直ついていけてない。
「よおッ!!ロン!!!」
そこに空気読まない猛者…父さんがこちらに歩み寄ってきて、空気は少しだけ和らいだ。が。
「困るな、ジャンク…おまえら以外の人間を、ここに連れてきては…」
そうか。一応うちの村人と交流させるとこまではもってきたけど、この小屋の場所までは、あたしと父さんくらいしか知らない。
元々引きこもりに近い生活送ってるひとだし、いきなり知らない人間を大勢連れてこられるのは、確かにハードルが高いだろう。
「紹介します、先生。
あっちの黄色いバンダナが、兄のポップです。
…ポップ!挨拶!!」
「………え?
あ、あぁ、その、はじめまして。妹がお世話に…」
「あなたがロン・ベルク…伝説の名工と呼ばれたひとなんですか…!!?」
と、兄の挨拶がまだ途中のところに、割って入ってきたその質問に、あたしはちょっとムッとして文句を言おうとし……っ!?
「…人間じゃないのも少し混ざっているようだな。
伝説の名工か…こいつと初めて会った時もそう呼ばれたが…」
隣の基本残念な魔族がポコポコ頭叩いてくるけど、そんなんどうでもいい!
これっ、間違いない、勇者ダイだ!
この物語の主人公!亡国アルキードの悲劇の王子!そして伝説の
うわぁうわっうわぁ、ホンモノだぁっ!!
思わず口をついて出かけた言葉は全部神様のタブーに抵触する情報だったようで、あたしの叫びは全部喉の奥で止まる。
声も出せず口だけぱくぱく動かしてる姿は、多分はたから見れば相当気持ち悪かったと思う。
「お、おい。大丈夫か、リリィ」
気がついたらポップがあたしのそばまで来ていて、心配げに顔を覗き込んでいる。
いかん、もちつけ。いや落ち着け、あたし。
とりあえず深呼吸。すーはーすーはー。
呼吸を整えて、改めてポップを見上げ…見上、げ、……?
「ポップ…背、伸びた?」
一年半ぶりに合わせた顔は、間違いなく前よりも高い位置にあった。
「あ?…ん、まあな。おまえは…少し縮んだか?」
…そうだったな!おまえ割と言っちゃいけないような事平気で口に出すタイプだよな!
「んだとゴrr」
…と。
ポップと会えたのが嬉しくてついはしゃぎそうになったけど、今はそれどころじゃなかった。
それに、ポップにとってあたしは、コンプレックスの象徴だったんだ。
判った以上、べたべたするのはやめなければ。
「タンマ、冗談だから殴………って、アレ?」
「……(ぷい)」
「…え?えっ?」
「……(つーん)」
そんなんしてる間に、父さんが先生に、大まかな状況を説明しており、詳しい話は小屋の中で聞くことにして、あたしは来客全員分のお茶を用意することにした。
・・・
「な…なんか、しっくりこねえ」
「何が?」
「リリィの奴、おれが帰ってきたらもっとこう…泣くとか怒るとか抱きつくとか、大きいリアクション起こすかと思ってたんだけど…なんかあっさりし過ぎて、拍子抜けっていうか…」
「もう兄離れ済んじゃったんじゃないの?
彼女、見た目よりしっかりしていそうだし」
「ポップさん…妹さんに抱きついて欲しかったんですか…?」
「…そんなんじゃねえよ」