DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
うちに泊めた2人に朝ごはんを食べてもらい、念の為お弁当とおやつも作って、身支度を整えて女子ズを連れて先生の小屋の前に着くと、ポップが小屋の前に座っていた。
あぐらをかいた膝の上にゴメちゃんが乗っていて撫でるともなしにそれを撫でており、その側でネズミ君…チウがうろうろしている。
「あっ!マァムさん!」
と、そのチウがこちらに気づいて駆け寄ってくると、ポップもこちらを振り返った。
「リリィ、腹減った」
「今日最初に会って開口一番それかい!
てゆーか、朝ごはん食べてないの?」
一応昨日のスープ、朝食の分も考えて置いてきた筈なんだけど。
「ああ。ロン・ベルクのやつ、オリハルコンの冠を炉にぶち込んだまま、朝からじ〜〜っとダイの手を見てるんだ。
なんかそれ見てたら、メシ食うタイミング逃しちまってさ」
…てゆーかそれ、ダイもお腹空かしてるって事だよね?
すいません、うちの師匠がほんとごめんなさい。
「…そんな事だろうとは思ったけど。
とりあえず、お弁当持ってきてるから食べてて」
「やった♪」
「ネズミ君もお腹空いてるでしょ、ここ座って」
「えっ、いいの!?」
「もちろん。あ、お水汲んでくるね」
コップを持って井戸に向かうと、何故かゴメちゃんが肩にとまってきた。
「…お水飲むの?」
「ピィ!」
どうやら肯定らしい。可愛い。
「リリィはゴメちゃんもチウも怖がらないのね」
「兄の口から言うのもなんだが、あいつがそんなタマに見えるか?」
「その言い方もどうかと思いますが…あの物怖じしない感じ、なんとなくですがリリィさんは、グエンさんと似ている気がします」
「へっ!?あのボンキュッボン美人とうちのつるんぺたんが!?
いやいやいやいやいやそれはねえだろ?」
「勿論見た目のことじゃありません!
…なんというか、纏っている空気感、というか」
「まあ確かに、見た目も性格も悪くねえのに、口開くと残念なトコは共通してるけどな…」
…食事時はやめときますがとりあえずバカ兄貴は後でしばこうかと思います。
ふむ、しかし『グエン』はぼんきゅっぼんの美人さんなのか。
確か半分魔族の僧侶さんだったよね?
でも口開くと残念ってどんなんだ?
「ピィ〜?」
「あ、ゴメンゴメン。お水飲むんだもんね」
…そういえば、ゴメちゃんがものを食べている描写はなかった気がするんだが、ひょっとしてお水だけでいいタイプの生き物なのか。
正体を考えれば何も食べる必要がないとか言われても驚かないけど。
などと考えていたら、『みる』が自動展開する。
『これは【神の涙】です。
手にした者の願いを叶え、奇跡を起こす、神の力を秘めた生きた
やめれ。とりあえず今はやめとけ。無粋過ぎる。
そうか、考えてみればこの子にも死亡フラグはあるんだった。
厳密に言えば死ではないんだけど、『神の涙』としての力が尽きれば、『ゴメちゃん』の存在は消える。
神のアイテムとはいえ、幼い頃から一緒に過ごしてきたダイにとって、それは通常の死別と変わりない。
あの物語の後、消えた勇者は生まれ変わったゴメちゃんに出会えたんだろうか。
どちらにしろこの別れもできれば阻止したい。
あたしにそこまでできるかどうかわからないけど。
ゴメちゃんに水を飲ませ、同じ冷たい井戸水をコップに注いで戻ってきたら、ポップが食べながら女子ズに、オリハルコン入手の過程と戻ってくるまでの事を説明しており、チウは無言でサンドイッチをはむはむしている。
こっちの組はほっといても大丈夫だろう。
お水をそれぞれに渡してから、小屋の扉を開ける。
たく、育ち盛りの男の子に朝ごはんも食べさせないとか鬼かあの武器オタク。
父もついてるのに。あ、同類だったわ。
どうしてくれようかあのオッサンども。
「…昔、ひとと武器はひとつだった…。
ひとは強き武器に恥じぬよう努力した…。
強き者がいるからこそ、武器も日々進歩した…。
今はどっちもクズだ…!
…金などいらん。
おまえが今一度、最強の使い手と最強の武器が、合わさった姿を見せてくれるなら、それでいい…!!」
そこには史上最強にカッコいいロン先生が勇者様の手を取り、熱く語っているシーンが展開されていた。
普段の若干残念なロン・ベルクの姿を見慣れているあたしが思わずどきりとするくらい、今のロン先生の目は熱かった。
そこだけ切り取って見たら思わず腐った連想とかしそうになったがそれはさておき。
「ジャンク。リリィ。
手を貸してくれ。こいつは大仕事に…」
「やる気になってるとこ申し訳ないですが、勇者様は多分お腹を空かせてます!
ここは朝食の為の休憩を提案します!」
このタイミングを逃せば、もうダイにごはんを食べさせる時間は取れない。
その場に暫しの静寂が走った後、ロン先生がため息混じりに呟く。
「…おまえ、ひとのやる気に水ぶっかける天才だな」
「熱するだけじゃ、金属は武器にはなりません。
冷やす事だって重要でしょう?」
あたしの言い分に、オッサン2人が目を丸くする。
そう返されるとは思ってなかったようだ。
「…あたしも伊達に13年、武器屋の娘をやってるわけじゃないんですよ」
そう言って父の方をちらっと見ると、その表情が『こっちみんな』と言ってるように微妙に歪む。
あたしの視線の先を追って、やはり父の顔を見たロン先生が、ニヤッと笑った。
「…確かにな。判った」
父の微妙な表情が可笑しかったのか、納得してくれたのかは知らないが、どうやら言う通りにはしてくれるようだ。
そしてそのタイミングで勇者の方から、きゅるる、という可愛らしいお腹の音が聞こえた。
父と師匠と勇者が食事を取っている最中、あたしは燃え盛る炉の中を『みる』。
『【オリハルコン】ですね。
古来、神より与えられた金属で、通常の方法での加工は不可能です。
【ヘパイストスの火種】から生じた炎と、製作者自身の魔力を与える事で初めて加工が可能になります。
これはもとはロモスの国宝【覇者の冠】だったもので、オリハルコン自体はこの地上で、鉱物として産出はできません。
構成要素も元々地上にはない単体元素ですから、リリィさんの能力をもってしても錬金は不可能ですね』
まあ、そうだろうな。そんな気はしてた。
☆☆☆
さて。
「何も考えず、頭を空っぽにして。
掌が温かくなってきたら、指を開いてください」
言ってあたしはダイの手に赤魔晶を一個握らせる。
ダイは素直にあたしの言葉に従い、恐らくは無意識になのだろう、深呼吸を数回した後、静かに目を閉じた。
このあたしよりひとつ年下の男の子に、既に備わっている戦う者の持つ空気に、一瞬だが胸の痛みを感じた。
誰かの為に命を懸けて戦う事に、なんの疑問も感じない純粋な心。
それがあのラストシーンに繋がり、恐らくはその先の戦いを、孤独なままどこかで静かに繰り広げて、果ては戦いの中にその命を散らしたであろう勇者は、今はそんな事も知らずに、戦う為の力を求めてここにいる。
そんなことを考えている間に、ふと見たその指の隙間から青い光が薄っすらと漏れた。
これは、この子の魂の色だったか。
純粋さをあらわす、どんな悪意にも濁らされない、やさしく強い深い青。
やがてそれが消えたタイミングで指が開かれ、小さいが剣を握り慣れた掌から、あたしはそれを受け取る。
「…よし、問題なし。
先生、赤魔晶のマスター登録完了です。
ここ置いときますね」
ロン先生の返事はないが、ちらりと一瞬こちらに目を向け、微かに頷いたのを了承の意と解釈する。
その手が炉の中のオリハルコンを引き上げ、槌が振り上げられる。
部屋の温度が上がってきて、中にいると若干汗ばむようになってきたので、戸板を外して窓を開けた。
そうしてからダイを振り返り、なるべく安心させられるように、笑いかける。
「…喉乾いたでしょう?
今、冷たいお水を持ってきますね」
「あ、ありがとう」
緊張の面持ちでロン先生の作業をじっと見つめていたダイが、顔を上げて微かに微笑んだ。
「手伝いはオレとリリィでするから、やつの集中力を乱すな…。
なんでもこの剣はダイ君の為に作られる“新たな
並の剣を作るようなわけにはいかんらしい…」
父さんが外のメンバーに説明する為に開けた扉から、その横をすり抜けて井戸に向かう。
と、あたしがそのそばを通り過ぎようとしたメルルが突然、頭を抑えて崩れ落ちた。
「だ、大丈夫ですか!?具合でも…」
「薬いる!!?」
ネズミ君が駆け寄ってきてズボンの中をゴソゴソやるが、そこから出てくるのが薬草か何かだとしたら、ちょっとそれ使いたくないと思ってしまうのは種族差別だろうか。
「……違う!違います!!
…見えるんです、何か巨大な黒い影が…!!!」
支えようと手を触れた肩がブルブル震えており、その目があたしの存在を認識したと同時に、結構な力でしがみつかれた。
「恐ろしい…恐ろしい力です!!
このままではパプニカが…滅びてしまうっ!!!!」
…そうだった、正直忘れてたよ!
勇者の剣が打ち始められるタイミングで、パプニカで行われている各国首脳会談を、魔王軍が察知して襲撃してくるイベントを!
まさに今じゃん!!
☆☆☆
なんとか椅子に座らせて落ち着かせたメルルが手にした水晶玉に、岩でできた巨人の姿が映る。
だがその映像はすぐに消え、メルルが大きく息をついた。
「だめだわ、まだおばあさまのように上手く水晶玉を扱えなくて…」
「…充分だ。ひと目でわかったよ…。
とんでもねえのがきやがった…!!!」
確かに、今見えた映像だけで、充分なインパクトが伝わってきた。
「戻ろう!!パプニカへ!!!」
一瞬、恐怖と絶望が支配した空間に、発せられた勇者の声がそれを払う。だが、
「待て!!」
そこにロン先生の、ある種の必死さを孕んだ声が響く。
全員が一斉に先生を注視し、先生は手を休めぬまま、今生み出そうとしているそれから視線もそらさずに言葉を続けた。
「…忘れたのか?
この剣はおまえの為に作られている…。
いわばおまえの為に、この世に生を受けるのだ。
並の武器とは違う…魂があるのさ」
「剣に……魂が!!?」
先生のその言葉に、ダイが目を見開く。
単なる概念的なものならば、あたし達売る側もそれを感じながら触れているから、特別驚く事ではないのだが、先生の言うのはもっと直接的な意味なのだろう。
「おまえの魂と呼応し、
だからおまえにはこいつの生まれる様を、見届ける義務があるんだ」
赤魔晶におけるマスター登録は、言ってしまえば本人確認の生体認証システムに過ぎない。
それに対してキーを開くかどうかは、この剣の意志次第という事になる。
中々にめんどくさい話だが、この剣が完成すれば、それこそ地上最強の戦力になるのだ。
まかり間違って悪の心を持つ者の手に渡り、その力がその者の意志で奮われる事になれば、世界は危機に見舞われかねない。
このくらいのセキュリティ対策は必要だ。
「ふるう者の心が必要なのだ。
それが無ければ、こいつはただの武器に成り下がってしまうだろう…!」
後で取りに来るからその間に作っておいて欲しいと言ったチウの言葉に、先生はそう答える。
そう、ただの武器を作る為ならば、先生はこの依頼に是とは答えなかった。
このまま流れに任せれば、ちゃんとダイが残る流れにはなる筈だけど…。
あたしは、ダイの前に進み出て、その目をしっかりと見据えながら言う。
「…我が師ロン・ベルクは、この仕事に
オリハルコンの加工には、そもそも魔力が必要なのですが、それを更なる最強の剣と成すには、それ以上のものが必要なのです。
魔力どころか、己が生命力すら削るほどの。
申し訳ありませんが、あなたの依頼はそれほどのものなのですよ。
それを師は、魂を揺さぶられたからという理由で、全くの無償で打つというのです。
あたしの師の心をくんでくださらないならば、弟子としてこんな茶番に、大切な師の
あなたがどうしてもこの場を離れるというのならば、あたしは先生が剣を打つのを、それこそ命がけで止めます!」
「リリィ…!」
はっきり言って、これは脅しだ。
けど同時に、あたしの本心だ。
うちの大事な先生にまさか、ただの剣作んのに命かけさせる気じゃねえだろなと言ってる。
それだけは我慢ならない。
そんなあたしの本気が通じたのか、その場に緊張感が満ちる。
…だが、その緊張感の中で、ただ1人言葉を発した猛者がいた。
「…たく、仕方ねえな。
妹が命かけるって言ってる時に、兄貴がビビってたんじゃ、カッコつかねえよ。
…ダイはこの場に残って剣を完成させろ!
その間、魔王軍はおれたちが防ぐ!!!」
…うちの兄だった。
父さんが驚いたような目でその兄を見る。
「無理だよ、みんなで力を合わせなきゃ勝てそうにない!!!」
「だからこそおまえは残るんだ、ダイ!
やつらは世界中の王様を、一気にブッ潰しちまおうとしてるんだぞ!!
今こそ…こんな時こそ、真の勇者の剣が必要なんじゃねぇかっ!!!」
あたしと同じ色の目が、気迫に彩られた。
「ポップ…!」
兄の名を呼んだ後は黙り込んでしまったダイの肩に、手を置きながらもう一押しする。
「…どうか、あたしの兄の心もくんでください。
あなたは、一人で戦っているのではないのでしょう?」
あたしが言うと、ダイは一瞬ハッとしたような表情をした。
それからポップの方をもう一度見る。
そのポップの表情は、先ほどまでと違い笑みすら浮かべており、いかにも余裕な体を装っていた。
「任せとけよ!!
…それともおれたちじゃ、時間稼ぎもつとまらねえと思ってんのかぁ?
ここまで生死を共にした仲間に…そらあねえだろ?」
そのポップの言葉に、他の仲間たちも、勇気を与えられたように次々と頷く。
「……みんな…!!」
ダイの表情も、それでようやく緩んだ。
・・・
多人数でのルーラ発動の為、若干広めの場所に移動する必要があると言われ、森の外れの少し開けた場所を教えて、父さんに頼んで全員をそこに案内してもらう事にした。
あたしはロン先生の助手としての雑用と、合間に勇者様のお世話をする事になる。
全員が小屋の扉から出ていき、最後にそこを出ようとしていたマァムが、不意に振り返った。
「ね、リリィ」
「はい?」
唐突に呼びかけられ反射的に返事をすると、手を引かれ、その上に何かをぽんと手渡される。
「それ、預かっていてくれない?
…今なら、私よりあなたが持っていた方が、有効に使ってもらえると思うわ」
手渡されたそれは…例の、
「え…でも、これは」
マァムにとっては、師の形見の筈だ。
「あなた自身には、戦闘に際しての攻撃手段はないんでしょう?
『正義なき力と同様、力なき正義もまた無力』
……私たちの先生の言葉よ。
アバン先生が私を信頼して、この武器を作って下さったように、私もあなたを信じる。
あなたに持っていてもらえば、これが正義なき力になることはなく、ひとを守る力になると。
…だから、持っていて」
そう言って、マァムがウィンクする。
うわ、可愛い。ハート撃ち抜かれるわ。
もう黙って受け取るしかないわ。けど…
「マァム、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「…この弾丸って、なんで9本なんですか?」
「気にするのそこなの!!?」
若干驚かれたが、見せてもらった時から気になっていたので。
マァムの説明によれば、フレイザードとの最初の邂逅の際、逃亡する為に一個投げつけたから、元は10本あったものが9本になったらしい。
そこは原作通りなんだ。
そこまで説明した後、マァムは何故かあたしのすぐ間近まで顔を寄せてきて、それまでより小声で言葉を続ける。
「それと…昨夜はありがとう。
私ももう少し、自分の気持ちに向き合ってみるわ。
…あなたにとって、ロン・ベルクはとても大切なひとなんでしょう?
さっきのあなたの言葉で、よくわかったわ」
…ええまあ、今となってはもう一人の兄か父親くらいの重要度で扱ってますが…マァムが言うニュアンスには、なんだか若干の誤解がある気がする。
けど、それを解くほどの時間もなく、マァムは小さく手を振ると、小屋の扉から外へ出て行った。
☆☆☆
「早く…早く出来てくれェ!!」
ひとり、名工ロン・ベルクの作業小屋に残された勇者ダイは、黙ったまましばらくは大人しく座っていたが、じわじわと不安が高まってきたものか、目に見えてそわそわし始めた。
そのダイの肩に手を置いて、なんとか落ち着かせようと試みる。
「こら。…焦っちゃダメです。
あなたの焦りは、剣に伝わります」
「安心しろ。
こいつが完成すれば、いかなる敵とも互角以上の戦いができるようになる。
オレを…この剣を信じてくれ…」
ロン先生も汗だくになりつつ、そう告げる。
素早く駆け寄って額の汗を拭いてやると、近くで見たその表情は、わずかだが微笑んでいた。
今、『ロン・ベルク』は魔族の長い生の中で、最高の仕事を成し遂げようとしている。
「あと、うちの兄とお友達の事もね?
ほら、冷たいお水でも飲んで、落ち着いて。
あ、うちで焼いたお菓子食べます?
兄がお友達連れて帰ってきたからと、張り切ってたくさん用意してきたのにこんな事態になって、持って帰るしかないかと思ってたんで、遠慮なさらず」
先生から離れてまたダイの側に戻り、小さめのテーブルを引っ張ってきて色々乗せる。
そのあたしの姿に、何故かダイがため息をついた。
「リリィって、結構マイペースだよね……」
どういう意味でしょう勇者様。
「褒め言葉と受け取っておきます。
じゃあ、武器の話でもしましょうか?
全ての武器の祖は棒であると言われ…」
あたしが話を始めようとした瞬間、空間の『匂い』が変化した。
『時空扉』を使う時にわずかに感じる異質と、よく似た感覚。そして。
「ダイ!……えっ?ここ、どこ?」
「どこかの小屋の中のようだな…」
一瞬にしてその場に現れたのは、それぞれ大きな武器を手にした美男美女だった。
「ヒュンケル!グエン!!」
勇者様の表情が、一瞬にしてパッと輝いたのがわかった。
え、え?なんなの!?
リリィさん、
そしてついに小石同士の対面です。