DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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5・半魔の僧侶は武人(ワニ)と出会う

 魔王ハドラーが復活し、パプニカ王都が陥落した。

 

 パプニカ港から、船でロモスまで行こうとしていたわたしだったが、そんな状態で船が出るわけもなく、この地方に足留めを食うことになった。

 王都にほど近いところにかつてのハドラーの居城だった地底魔城がある為、王都に近づくのは危険。

 仕方なくわたしは周辺の、村や小さな町を訪れて、怪我人の治療や死者の弔いをしてまわっていた。

 パルナ村での出来事は、わたしの心を確かに傷つけたが、結局は意地と寂しさが、悲しみに打ち克った。

 かつて、ラーハルトとわたしを助けたあの男。

 名も知らぬ彼の言葉通りには、なりたくなかった。

 なによりわたし自身が、他者との関わりなしには生きられない。

 魔王の瘴気はこの地方を中心に、徐々に世界に拡がっていく。

 まもなく世界中がこの空気に満たされて、地上すべてのモンスター達の敵意が、明確に人間に向かうだろう。

 だが奇妙な事に、訪ねた町や村には、人間がある程度生活できる範囲をすっぽり覆う結界が張られているところが幾つかあった。

 この中にいれば邪悪なモンスターは入ってこれず、ひとまず安全は保たれる。

 聞いたところによれば、その地を通りかかった『勇者』が施していったものだという。

 その『勇者』は14、5歳くらいの少年を伴って、この島の漁村から小舟で、西の方に向かったそうだ。

 その人が本当に『勇者』なら、何故地底魔城に行って魔王を倒してくれないのかとちょっと思ったのだが、王都から脱出してきた人から聞いた話では、確かに地底魔城からモンスターは出てきているものの、それを操っているのは、魔王本人ではないらしい。

 それでもかつての魔王以上に強いとの噂もあり、ひょっとしたら倒すにしても、もっと力を蓄えなければならないのかなと、無理矢理自分を納得させた。

 勇気と無謀は違う。

 

 ☆☆☆

 

 ロモス王国を襲ったモンスターの軍団を、『勇者』が撃退したという。

 だがその『勇者』、どうもこのパプニカ領に現れていた人物とは別人のようだ。

 ここから西へ船を出した『勇者』は、噂によれば30歳くらいの品のいい男性だったそうだが、ロモスに現れた『勇者』は、まだ少年だったそうだから。

 だが少年勇者とその一行、実はかつて魔王ハドラーを倒した勇者の育てた弟子達だったそうで、彼らはその前勇者の名を冠して「アバンの使徒」と呼ばれているとの事だ。

 

 わたしは教会業務の傍ら、旅の商人の用心棒のアルバイトも始めた。

 主に荒野や街道に現れるモンスター達から彼らを守る仕事で、戦闘があってもなくても5日間で500ゴールドの契約。

 それが高いのか安いのかはわからないが、正直わたしは腕っぷしに絶対の自信は持てないので、その仕事が入った際には、こっそりトヘロスをかけて戦闘を回避していたのは内緒だ。

 

 ☆☆☆

 

 パルナ村付近よりもっと質のいい薬草の群生地があると聞いて、パプニカ王都にほど近い崖の上に、やっとの事で登ってきた。

 葉をひとつ摘んで口に入れ、自分の舌で品質を確認する。

 うん、これならば、ほかの各種ハーブと組み合わせる事により、より効果の高い「上薬草」を作ることが可能だ。

 根っこまで抜かないよう注意しながら、できるだけたくさんの葉を摘んで、ポーチに詰める。

 と、上空に大きな影が差し、わたしは近くの岩場に身を隠した。

 それは巨大な猛禽類のような姿のモンスター。

 確かガルーダという種類だった筈だ。

 しかし、わたしの知識が正確であるなら、ここいらはこのモンスターの生息域ではない。

 どこから来たんだ、こいつは。

 ガルーダは薬草群の端の方に降り立つと、嘴でぶちぶちと、それらを無造作にちぎり始めた。

 栄養価の高い植物だ。

 モンスターにも有用なのだろう。

 もう少し摘んでいきたかったところだが、このモンスターに見つからないうちに、ここを離れた方がいい。

 そう判断して、こっそり岩場から、登ってきた崖の方に歩を進めた。

 が、

 

「………っ!!?」

 ガルーダの方に注意を向けるあまり、足元の小石を踏んでしまい、足の下で転がったそれに滑った…要するに、足を踏み外した。崖の上から。

 あー死んだな、わたし。

 

 と思ったら次の瞬間、何か柔らかいものの上に背中から落ちた。

 起き上がって、身体の下にあるそれに触れる。

 これ…羽毛?

 とにかく今わたし、何か空中を移動してるものの上にいるらしい。

 風で飛ばされそうになった帽子を慌ててひっ掴み、とりあえず懐にしまい込む。

 やがてその飛行物体の動きが止まり、周りを見渡すと、先程の薬草地帯に戻ってきていた。

 そこから降りて、改めてわたしをここまで運んだものの正体を見極める。

 予想はついていた。

 先程ここに現れたガルーダが、つぶらな瞳でわたしを見つめていた。

 …魔性に支配されている目ではない。

 ある程度の知性が感じられる。

 

「…ありがとう。助けてくれたのね」

 恐る恐る、その身体に手を伸ばすと、ガルーダは自分から、わたしの方に首を伸ばしてきた。

 首筋を、掻いてくれとでも言いたげに。

 その通りにしてやると、機嫌の良さげな小さな声でくるくると鳴く。

 ちょっと可愛い。

 

「賢いのね。誰かの飼い鳥かしら?」

 この世には、魔物使いと呼ばれる者たちがいる。

 その名の通り、モンスターを飼い慣らして使役する特技を持つ者たちで、その力は魔王の瘴気を受けたモンスターとすら、自らその魔性を跳ね返せるほどの、強い信頼関係を築かせるのだという。

 このガルーダは、恐らくはその、魔物使いに飼われているモンスターなのだろう。

 ある程度首筋を掻かれ満足したのか、ガルーダはわたしから離れると、先程のように薬草の葉をちぎり始めた。

 だが、どうやら食べているのではないようで、よく見るとちぎった葉を、羽の間に差し込んでいる。

 

「どこか、怪我をしているの?」

 助けてもらったのだから、それならばホイミをかけてやろうと思ったのだが、それらしい箇所は見当たらない。

 まあそうだろう。

 もし自身が怪我をしているならば、まず間違いなく食べる方を選択するだろうから。

 

「…もしかして、薬草が必要なのは、あなたのご主人かしら?

 もしそうなら、わたしはホイミが使えるわ。

 あなたのご主人に会わせてくれない?」

 魔物使いの使役するモンスターならば、ある程度人語は理解する筈だ。

 その目を見つめて、ゆっくり話しかける。

 だって魔物使いなんて、本では読んだけど実際には会ったことがない。

 とても興味がある。

 ガルーダは丸くて大きな目を、一度考えるように閉じてから、もう一度わたしを見返し、それからわたしの方に身体を傾けた。

 

「乗れ、って解釈してもいいのかしら?

 …失礼します」

 わたしは、先程降りたばかりのガルーダの背にもう一度乗り直した。

 ふかふかで、あったかくて、気持ちいい。

 …以前カールの城下町ですすめられた羽根帽子は、デザインがダサすぎて買う気がしなかったが(そもそもあの国のファッションセンスは、100年前の最新流行と言っても過言じゃない。カールは大きな図書館以外、わたしにはなんの魅力もない国だった。女王の治める国なのに勿体ない事だ)、この子の羽毛で帽子を作ったら、さぞや素晴らしいものが出来上がるだろう。

 抜け毛でいいから集めときたい。

 

 ・・・

 

 だが。

 連れてこられた先で、瀕死の状態で横たわっていたのは、1匹の巨大なリザードマンだった。

 

「…いやちょっと待って」

 思わず後ずさると、後頭部にガルーダのふわふわの胸毛が当たる。

 

「…やっぱり、あなたのご主人って、この方ですか…?」

 モンスター相手に思わず敬語になりながら問うと、ガルーダは、くわ、と一声鳴いた。

 これは恐らく肯定だろう。

 

「…まず、大事な事をひとつ確認させて。

 わたしがこのひとを治療した後、このひとがわたしに襲いかかってこない保障は?」

 わたしの言葉にガルーダは、首を振って羽根をばたつかせた。

 …うーん。「そんなことはない」と言ってるように見えなくもないが、「そこまで保障できない」という風にも見えなくもない。

 さすがに魔物使いじゃないわたしに、モンスターとのこれ以上のコミュニケーションは難しいか。

 むしろ、これだけ人語を理解するこのガルーダの賢さが驚異的なのだ。

 ともあれ、この子の必死さだけは疑いようがない。

 ここに倒れているリザードマンが、この子が慕うに値する主人である事を信じるしかない。

 

「…信じた、からね」

 わたしはひとことそう言って、そっとその巨体に近寄った。

 硬そうな鱗に覆われた身体の状態を確認する。

 重たそうな鎧に覆われている部分はちょっと判らない(どう外したらいいかも判らなかった)が、手当自体はされてるような気がした。

 ただ、その傷を治癒する為の体力が枯渇している。

 多分、静養しているべき時間に無理をして動き回ったのだろう。

 知性を持たないただの獣ならば、絶対にそんな事はしない。

 あと、左眼が傷ついてるのが若干治りかけなんだけど、これ時間をかけてこのまま自然治癒させたら、傷の治癒とともに瞼と眼球が癒着して目が開けられなくなる気がする。

 また、無駄にレベルの高い術師が一気にベホマで全回復しても、多分同じ事が起きる。

 そこに達する前にわたしが発見できた事、このリザードマンにとってはラッキーだったと思うよ。

 同じ呪文での治療を施すにしても、肉体の構造に対する知識があるとないとでは、その効果は雲泥の差だ。

 あてのない旅をしてはいても、わたしは無駄に放浪していたわけではない。

 各地の図書館を巡り、機会があれば専門家を訪ね、知識を入れる事を命題にしてる。

 もっとも、モンスターを治療するのはこれが初めてだけれど。

 とりあえず状態はわかったので、手に回復系の魔法力を集中させる。

 まずは、左眼の傷は、ホイミを調整して先に眼球のみを治療、それが済んだらもう一度ホイミで瞼の傷を塞ぐ。

 あとは全体的な体力をベホマで回復させると同時に、身体全体の傷を治療。

 …これで全快の筈だ。

 ビクリ。とリザードマンの身体が動いた。

 思わず反射的に後ずさると、やっぱりガルーダのふわふわの胸毛に当たったので、その身体にしがみつく。

 いいかい君、恩人の命はちゃんと守るんだよ。

 いや、わたしが先にこの子に助けられてるのか。

 くそ、交渉権がない。

 目を覚ましたらしいリザードマンは数度瞬きをした後、その場で横たわったまま、視線だけをこちらに向けた。

 それから、この口の形状でどうやって、と思うくらい明瞭な発音で言葉を紡ぐ。

 

「どうやら、助けられたようだが…オレは魔王軍には二度と戻らんぞ。

 悪い事は言わん。

 オレを発見できなかった事にして、ひとりで戻るんだな」

 

 ……………………カッ、チ───ン!!

 

 言われた言葉の意味を理解するまでに数瞬の間を要したが、理解できた瞬間に頭に血が上った。

 

「はあ!?

 それ、わたしが魔族だから、無条件に魔王の仲間だろうって言ってんの!?

 冗談じゃないわよ!

 こっちは半分は人間で、魔界になんか行ったこともないのに、魔族の血を引いてるってだけで住む場所を追われたりなんだり、むしろ魔王のせいで散々迷惑してるんだっつーの!!

 人間に言われるのはまだしも、まさかモンスターからまでそんな差別を受けるとは思わなかったわ!!

 ちょっと、鳥!用は済んだから帰るわ!

 わたしをさっきの場所まで送って行きなさい!!

 あったま来た!不愉快だわ!!

 よりによって魔王軍とか…魔王軍とか……!

 ………魔王軍とか、言った?」

 今背中を向けかけた馬鹿デカいワニを恐る恐る振り返る。

 そいつは身体を起こして胡座をかいており、その体勢からわたしを見つめて、目を丸くしている。

 …意外と表情豊かだなワニ。

 魔王軍、には、戻らない…とか言った?

 つまり、このワニは魔王の手下…ああうん、わかるよ、コイツはリザードマンの中でも多分、その王様級だ。

 人語も操る知能がある。

 それがただの、通りすがりのモンスターの筈がない。

 …けど、戻らない、って事は、今は違うって事なのか?

 どうしようちょっと混乱してきた。

 

「…そうか。辛い思いをしてきたのだな。

 オレの頭ひとつ、下げたところで収まりはすまいが、元魔王軍の軍団長だった者として、心からお詫び申し上げよう。

 本当に済まなかった。

 そのような事情であるのならば確かに、オレの言葉は侮辱であったろうし、無神経だった」

「えっ!?」

 意外すぎる展開に、わたしは思わず間抜けな声を上げた。

 だってこの、魔王軍の軍団長とか言ってる巨大ワニ、明らかに自身より力劣るわたしに対して、謝罪の言葉と共に、本当に頭を下げたのだから。

 と言ってもそもそもの目線がわたしの身長よりはるかに高いので、たとえ下げたところでその頭はまだ、わたしの頭上より上にあるんだけど。

 

「あ、えーと…とりあえず、情報を整理していいかしら?

 あなたは、魔王の仲間…で、今はそこから逃げて、ここにいる…という事かしら?」

「…オレの名は、獣王クロコダイン。

 先ごろ百獣魔団を率いてロモス王国を襲い、勇者ダイに倒された、もと軍団長がこのオレだ」

 いささか自嘲気味にそこまで言ってから、クロコダインと名乗ったワニは、ハッとしたように自身の顔に手をやった。

 

「目が…!?まさか、これもおまえが…?」

 クロコダインの問いに、わたしは頷く。

 

「診たところ視神経は生きていたようだったから、ついでだと思って。

 迷惑だったかしら?」

「…あれは、勇者ダイに最初につけられた傷だ。

 勇者たちとの戦いにおいて、勝ちを焦って卑怯な手段に走った事への、己への戒めとして、残しておこうかと思っていたが…」

 クロコダインはそう言って、また自嘲的に笑ってみせた。

 彼が言うには、一度勇者ダイと交戦した際にその傷をつけられ、その後妖魔士団長のザボエラという者に唆されて、人質を取るという手段で勇者一行を追いつめたものの、最後にはその策も破られて、勇者の一太刀に敗北したのだそう。

 

(ついでに、軍団長と言われてその位置付けがよくわからなかったので訊ねると、なんと現在魔王軍と呼ばれているのは、復活した魔王ハドラーを頂点とするものではなく、その上に更に偉大な大魔王がいるのだという。

 ハドラーは魔軍司令という立場であり、その下に邪悪の六芒星を象徴する6つの軍団が存在し、そのひとつひとつにその長である軍団長が配置されている。

 ロモスを襲ったクロコダインはそのうちのひとつ、魔獣系モンスターの群れからなる百獣魔団の長だったというわけだ。

 他に、先程話に出た妖魔士団は主に魔道士の軍団。

 更に大魔王の魔気に命が宿ったモンスターからなる魔影軍団。

 ドラゴンやそれに類するモンスターを操る超竜軍団。

 火と氷、相反するエレメント系モンスターで構成された氷炎魔団。

 そして今、この地で王都を制圧しているのが、アンデッド系モンスターを操る不死騎団なのだそうだ。

 王都に近いあの薬草群生地に来るまでに、やけにガイコツ系のモンスターが出没していたのはそういう理由か。

 わたしは僧侶なのでニフラムという手がある上、実は棍の技には黄泉送りという、アンデッド系モンスターに対して非常に有効な技があるので、それほど危なげなく来れたんだけど)

 

「唆されたとはいえ、オレが卑怯な手段に走った事は紛れも無い事実。

 勝利に曇ったオレの目が覚めたその証としても、この目はそのままにしておこうと思っていた」

「そうなの、それはごめんなさい。

 けど、あなたがこの先、人や魔王から隠れて生きるつもりならばそれもいいけど、ひょっとして勇者達の側について、その力になるつもりならば、それは明らかな戦力ダウンだわ。

 どうせなら万全の状態で仲間に加わってもらった方が、勇者達にはありがたいんじゃなくて?」

 言葉を交わしてみれば、クロコダインはとても真っ直ぐで誇り高くそして潔い、武人の魂の持ち主だった。

 恐らくはこの先の自分の命を、勇者に捧げるつもりなのだと、容易に予想ができた。

 こんな実直な男は、人間の中にもそうは居まい。

 

「…そうだな。おまえの言う通りだ。感謝する。

 考えてみれば、命を助けてもらった礼すらまだ言ってはいなかったな。

 ありがとう。

 ……良ければ、名を教えてはもらえぬか?」

「わたしはグエン。旅の尼僧よ」

 …ラーハルトと別れて以降、わたしは自身の名を、通称でしか名乗ったことがない。

 そこに深い意味などなかったが、今となっては本名の方を呼ぶ者がいるとすれば、この地上には、あの子一人だけだろう。

 

「あと、その件での礼ならば不要だわ。

 わたしは、崖から落ちかけたところを、このガルーダに助けられたの。

 この子があなたを助けたくて、わたしをここに連れてきたのだから、お礼ならこの子に言って…」

 と。

 唐突に地面が揺れ始めた。

 

「なに?地震…!?」

「この大地の震えは…まずいな。

 …グエン、申し訳ないが、助けてもらいついでにもう一人、助けて欲しい男がいる」

 わたしに早口でそう言って、クロコダインは立ち上がると、傍に置かれていた、恐らくは戦斧であろう武器を手にした。

(うん、気にはなっていたんだ。わたしでは持ち上げる事すらできないであろう、その斧の存在には、一応)

 そうして、脇をしめるように構えると、吠えるように一声叫ぶ。

 

「…ガルーダ!!」

「クワアァァ──ッ!」

 呼ばれたガルーダが、翼をはためかせて主の元に飛び、その爪が主の、分厚い鎧に包まれた肩をがっしりと掴んだ。

 

「クロコダイン!!」

「すぐに戻る。少しの間、ここで待っていてくれ」

 そのまま力強い羽ばたきが、クロコダインの巨体を宙に持ち上げる。

 二体のモンスターは、まるでそれが本来の姿であるかの如く、自然にその場から飛び去って行き…わたしはポツンと、その場に残された。

 

 ☆☆☆

 

 戻ってきたクロコダインが連れてきたのは、全身に大火傷を負った人間の男だった。

 顔立ちはよくわからないが、鍛え抜かれた肉体の、奥の方になにか、禍々しい気配を微かに感じる…気がする。

 だが、それよりも。

 

「ねえ、一体、なにが起きたの?この人は?」

「この男は、魔王軍不死騎団長ヒュンケル。

 先ほどまで、勇者ダイと交戦していた」

 不死騎団!?

 それは先ほど聞いた、パプニカ王都に攻め込んでそれを陥落させたという、アンデッドを操る軍団ではなかったか?

 その、軍団長?

 

「…説明は後でするが、この男は死火山の噴火により溢れたマグマに呑み込まれかけていた。

 オレは、この男を助けたい。

 頼む、グエン。力を貸してくれ」

「…やってみるわ」

 クロコダインの懇願に、わたしはため息をひとつ吐いてから、返事とともに頷いた。

 

 ☆☆☆

 

「…不自然だわ」

 

 その、クロコダインがヒュンケルと呼んだ男の状態を確かめていたら、妙な事に気がついた。

 

「何がだ?良くないのか?」

「むしろ、その逆?

 このひとは、マグマに飲み込まれかけたと言っていたわね?

 どういった状況だったの?」

「オレが見つけた時には、全身がマグマの海に浸っていた。

 この真空の斧で、こいつの身体の周りに空間を作り、その一瞬に救出したのだが…」

「つまり、飲み込まれかけたというよりは、一瞬完全に飲み込まれてたわけよね?

 それにしては…確かに大火傷には違いないけれど、逆にそれで済んでいるのが信じられないし、その状況ならば真っ先に燃え尽きている筈の髪が、これだけ綺麗に残っているのは、どう考えても不自然だわ」

 言いながら、彼の身につけている服を緩める。

 身体のラインにぴったり添うこれは、鎧の下のアンダースーツだろうか。

 ひょっとしたらなんらかの特殊効果で、温度変化に強い材質なのかもしれないが、それでも限度はあるだろう。

 それに、それだって髪の毛の説明にはならない…ん?

 

「あ……ひょっとして、これかも」

 男の胸元から転がり落ちた、涙型の石のついたアクセサリーの、その鎖をつまんで拾い上げる。

 それはうっすらと紫色の光を放っていたが、その光はわたしの手が触れた途端に消え、石は水晶のように透明になった。

 

「…多分だけど、意志の力を増幅して防御力に変換するタイプのお守り、なのかな。

 これが発動して薄皮一枚で、彼の身体を守ってたのかも。

 何にせよ、これならベホマ1回だけで全治療ができる。

 ラッキーだったわ。…ベホマ!」

 言ってる間に、回復魔法力を溜め、治療に入る。

 火傷を通り越して煤けたようになっていた皮膚が張りを取り戻し、顔にも血色が戻ったのを見ると、年の頃は二十歳過ぎくらい、銀色の髪を持った若い男だった。

 しかも伏せたまつげが長く、ちょっとそこいらでは見ないくらい美しい青年だ。

 わたしの好みで言えば、この顔にこの体格要らないと思うけど。

 …まあどうでもいいか。




というわけで、イケメンワニはこの作品では隻眼じゃなくなりましたとさ。
そしてアタシの中でのヒュンケルは小池徹平の顔が山本KIDの身体にくっついてるくらいのアンバランス系美青年。

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