DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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主人公視点に戻れない…(泣


17・武器屋の娘は動けない

 ミストバーンの拘束が急に解けたので、わたしはリリルーラで2人の元に転移した。

 

「マァム!診せて!!」

「だ…大丈夫よ、私は…」

「女の子の細腕で成人男性ひとり受け止めといて大丈夫なわけないでしょ!もう、この子は!!」

 痛々しい赤い痣にこっちが涙目になりながら、ひとまず状態を確認する。

 痛そうだがパッと見た感じ、脱臼などがある様子ではない。

 あり得ない、と思った瞬間、マァムの服の胸元のあわせ目から、一瞬赤い光が漏れていた気がして、けれどそれはすぐに消えた。

 …なんだ?いや、今はそんな場合じゃない。

 とりあえず一気にベホマで全回復することにし、それからヒュンケルの方に目をやる。

 

「オレは何ともない。

 だがマァム、なんて無茶を……!!!」

「こら、そんな言い方しない。

 あなたが危ないと思ったら、考えるより先に身体が動いちゃったのよ。ね?

 説教より先に、まずお礼を言いなさいな」

 頭を撫でるとお団子に纏めた髪が乱れるので我慢して、マァムの肩を引き寄せつつ少しだけヒュンケルの方に押し出してやると、ヒュンケルは少しだけ黙ってから、どこか泣きそうな目をして、言った。

 

「…そうだった。ありがとう、マァム。

 そして、済まない。

 オレが不甲斐ないばかりに、おまえに傷を負わせてしまうなど…!」

「そんな事…私は」

 一瞬、2人の間にさっきも感じた甘い空気が漂いかけたが、

 

「まったくだ…」

 次には、そこに割り込む無粋な声がかかった。

 

「ミストバーン!!!」

 他の仲間たちがこちらに駆け寄るよりも早く、いつのまにかそばに来ていたミストバーンは、抑揚のない声に呆れたような物言いを孕んで言葉を続ける。

 

「そんな役立たずの為に自らを傷つけるなど、無益なことを…」

「なっ…なんだとおっ!!!」

「バカ言わないで!!

 ヒュンケルほどの達人が役立たずだなんて…!!」

 殊更に侮辱するというより、心底理解できないといったニュアンスで呟くミストバーンの言葉に、当のヒュンケルと共にマァムも怒りをあらわにする。が、

 

「フッ…その男を達人と呼べたのは、魔王軍で魔剣戦士と呼ばれていた時まで…。

 今は、半端に善悪の武術をかじった、ただのノラ犬よ…!」

 そうだ、先ほどもコイツは言っていた。

 ヒュンケルが弱くなっている、と。

 

「ふっ…ふざけるなあっ!!!

 オレは魔王軍を離れてからも修業を怠ったりはしなかった!!

 レベルアップこそすれ、魔王軍の時より弱くなろうはずがないッ!!!」

「その理由はただ一つ!

 先ほども言ったように、おまえの暗黒闘気の力が弱まっているからだ!!!

 暗黒闘気とは、悪の心から発する生命エネルギー…かつておまえは、アバンへの憎しみをみなぎらせ、私からその操り方を学んだ。

 ……だが、偉大なるバーン様は見抜いておいでだったのだ。

 おまえの心の奥底に眠る、アバンへの想いを…!!」

 ミストバーンが言うには、ヒュンケルは勇者アバンを憎みながらも一方では確かに慕っており、その正の感情から生まれた光の闘気と、憎しみを糧にミストバーンに教えを受けた暗黒闘気、ふたつの相反するエネルギーを身のうちに併せ持っていたのが、魔王軍不死騎団長だった頃のヒュンケルだったそうだ。

 善と悪、光と闇、その両方の力を兼ね備え、ヒュンケルは不死身と呼ばれる強さを誇っていたのだと。

 そのバランスが光に傾いた今のヒュンケルは、かつてより半減した力しか持たないと。

 

「バーン様はいたくおまえをお気に入りだったが…今のその姿を見れば幻滅なさるだろう…。

 死ね、ヒュンケル!

 私の過去の汚点は、私自身が始末する…!」

 かつての師が投げつける衝撃的な言葉に、ヒュンケルが身を震わせ、その肩に心配そうにマァムが触れた。

 

 …けど、コイツはなんだって、こんな事をわざわざ教えるのか。

 もと師匠のプライド的なやつで、アバン様に対抗したいだけなのか、或いはヒュンケルの力を闇側に傾けたい理由でもあるのか…。

 

「…うちの師匠を世迷い言で惑わせないでくださらない?

 余裕のふりをしていても、内心戦々恐々ってわけね」

 というわけで、心底馬鹿にしたような、確実にムカつくだろう言葉と態度をチョイスして、ミストバーンを挑発してみる。

 

「…なにっ!?」

「あら、聞こえなかった?

 それとも、もっと分かりやすく言って差し上げましょうか?

 …寝言は寝て言え、ゲス野郎」

「……!!?」

 そして案の定、ミストバーンの纏う瘴気が濃くなる。

 

「ヒュンケルの裡には確かに、普通の人間ならばその意志すら奪われるほどの暗黒闘気が(こご)っているわ。

 それを溢れんばかりの光の闘気で覆い、封じ込めているのが今の状態」

 その彼に光の力を身につけさせたらミストバーン的に、わたしなど比べものにならない脅威である事は間違いない。けど、恐らくは…。

 

「おおかたヒュンケルを動揺させてそのバランスを崩し、彼の意志を奪って暗黒闘気で操ろうとでも思っているのでしょう?」

 わたしの言葉に、ミストバーンは無言を通した。

 それが肯定なのか否定なのか…まあどちらでも構わない。

 わたし達がいる限り、そんな事はさせないのだから。

 

「…何ですって!?」

 だがそこに、一番大きな反応を示したのはマァムだった。

 ヒュンケルを背に庇い、ミストバーンを睨みつける。

 

「ヒュンケルには手出しさせないっ!

 どうしてもというなら、私が相手よっ!!!」

 …市井の物語なら男女逆になるシーンよねこれ。

 彼女とは男のプライドとかその辺のところを、後で話し合う必要がありそうだ。

 

「…マァム!」

 庇われたヒュンケルが若干涙目に見えるのは、彼女の想いに打たれたからというだけじゃないだろう。

 

「てめえの相手は、グエンとマァムだけじゃないぜ…!

 おれ達もいるって事を忘れんなよっ!!!」

 と、そこにさっきまでちょっと気圧されてたっぽいポップが踏み込んできて啖呵を切る。

 

「そうだ、そうだっ!!」

 …ネズミ、喋ってるの気のせいじゃなかったな。

 そのネズミ君に続き、バダックさんと他国の兵士が構えを取る。

 

「この場の全員を同時に相手にはできまいッ!!!」

 最後にクロコダインが、地響きを立ててその場に立つ事で、ミストバーンは取り囲まれた状態となった。しかし、

 

「フフフッ…」

 ミストバーンの意味ありげな含み笑いに、全員が警戒心を露わにする。

 …どうも足元から、嫌な感じが漂っている気がする。

 

「愚かな虫どもは、網にかかった事すら気付かぬと見えるわ!!」

「ニフラムッ!!」

 ほぼ反射的に発動させた呪文は、しかし弾かれた。

 

「…甘いわ、女!

 そんな初歩の破邪呪文などで祓えると思ったか!!」

 わたしのニフラムに反応して、地面に張り巡らされた暗黒闘気の糸が黒く、不気味に光る。

 

「なっ…なんだ!!?

 このクモの巣みてえなのはっ!!?」

 ここにきてようやく異変に気付いたポップが言い終わるか終わらないかのうちに、ミストバーンの手が動いた。

 

闘魔滅砕陣(とうまめっさいじん)!!!!」

 拳を握り高く上げたミストバーンの手の動きに合わせて、その場の全員が、その魔気の糸に拘束された。

 

「こっ…これは闘魔傀儡掌…!!?」

「しっ…しかしその場の全員を、同時に動けなくしてしまうとはぁっ!!!」

 ポップやクロコダインが、その強い拘束力に驚き、また苦痛に呻く。そして、わたしは。

 

「ぐっ!あっ、ああッ!!!」

「…光の力を操れる貴様が、この場で一番厄介な相手だ…。

 先ほどのふざけた挑発の返礼に…首をねじ切って落としてくれる!」

 まさかの物理拘束。

 例のミストバーンの伸びる指が今、わたしの首に絡みつき、締め上げている。

 しかもいやらしい事に、その締める力は、一気にではなくじわじわと強まっている状態だ。

 

「やめろッ!ミストバーンッ!!」

「この滅砕陣の中で身体を動かせるのは私だけ…どうした、ヒュンケルよ。

 この女を助けたくばおまえの暗黒の力で、この闘気流を破ってみせろ…!!」

「お、おのれ、ミストバーン……!!!」

 …気がつけば、ヒュンケルの闘気が変化していた。

 薄っすらと紫の輝きを放つそれに、ドス黒いものが混じる。

 

「やめなさいっ!

 あなた、いつまでこのゲス野郎の弟子でいるつもりなの!!?」

 掠れながらも、わたしは声が出せる。

 苦しいのは間違いないがその程度の締めつけなのだ。

 これはわたしに声を上げさせて、ヒュンケルの焦りを引き出そうとするヤツの罠だ。

 悲鳴なんか上げない、助けなんか呼ばない。

 こいつの思い通りになんかなるもんか。

 

「黙れッ!!」

「うぐっ!!!」

 瞬間、喉を締め上げる力が強まった。

 意識が、白く染まりかける。

 反対にヒュンケルの気が、どんどん黒く染まるのがわかった。

 駄目…お願い、誰か……止めて!

 

「やめてえっ!!!」

 その場の絶望感を打ち破ったのはマァムの叫びだった。

 黒く染まりかけたヒュンケルの闘気から、邪気が消える。

 

「マ…マァム…!!?」

「あなたのあんな荒んだ目は、二度と見たくない…グエンだって望んでいない!

 戦うなら、正義の力だけで戦って…!!

 あなたなら…必ず勝てるわ!!」

 よく言ってくれたマァム!

 てゆーか、わたしの言うことは聞かないのにマァムの言うことだったら聞くんだなこの残念イケメン!!

 

「…反撃すら諦めたようだな。

 …それもよかろう…三人まとめて死ね!!」

 わたしの首を締め上げるのと反対の手を2人に向ける。

 これはその指を、彼らに向けて伸ばす気だろう。

 マァムもヒュンケルもそこから動けない。

 このままでは2人まとめて串刺しだ。

 

「ビュートデストリンガー!!!!!」

「ウオオオオオォオッ!!!!」

 瞬間、獣の咆哮のような声を上げたヒュンケルの闘気が膨れ上がった。

 同時に剣が閃き、ミストバーンの爪を斬り払う。

 ようやく自由に呼吸ができるようになったわたしは、急激に増えた酸素量の負荷に耐えきれず、思わずその場にへたり込んだ。

 

「なっ…なにっ!!?滅砕陣をっ…!!!」

「…同じ愚を二度繰り返すところだった!オレは…」

 言いながら、ほぼ無意識になのだろう、剣を、持っている手と反対側の腰に付け、やや前傾姿勢の構えをとったヒュンケルは、闘気を剣に集中した。

 

「オレは…正義の光に賭ける!!!!」

 逆袈裟に斬り上げるように解き放たれたその力は、わたしが放つそれとは段違いの、眩く輝く光の斬撃だった。

 

「今…無我夢中で繰り出したオレの技は、もしや…!」

「どう見ても『空』の技ね。

 アバン流刀殺法・空裂斬。

 開眼おめでとう、お師匠サマ♪」

「や…やったわね…ヒュンケル!!」

「…おまえのおかげだ、マァム…!」

 わたしにそうする時とは違い少し躊躇いながらも、その場に膝をついていたマァムにヒュンケルが手を伸ばす。

 その手を借りて立ち上がったマァムの、女の子にしてはやや大きめの手を握ったまま、ヒュンケルは高々と宣言した。

 

「オレは…今ここでおまえに誓おう!!

 たとえ死しても、最期のその一瞬まで、正義の意志を貫くことを…!!」

「ヒュンケル…!!」

 あ、これ多分、今この2人に、わたしの姿見えてないわ。

 とりあえず空気読んで離れる事にし、ミストバーンが怯んでる隙に暗黒闘気を祓って、全員の拘束を解くことにする。

 

「虚空閃!!」

「お、おお…身体が動く」

「さ、サンキューな、グエン…!」

「どういたしまして…さ、改めて仕切り直しよ」

 …心なしか全員が、あっちの2人を視界に入れないようにしてる気がするのは気のせいだろうか。と、

 

「おのれッ…ヒュンケル…!!」

 先ほどの一撃で弾き飛ばされたミストバーンが、立ち上がって呻くような怨嗟の声を上げる。

 頭から被っている衣の顔の部分が僅かに切れ、微かに顔の下半分が覗いた。

 

「ミ…ミストバーンに…!!?」

「……人の顔がっ…!!?」

 ヒュンケルとマァムが驚きの声を上げるが…え?何をそんなに驚いているの?

 …あ、そうか。

 この子たちも最初のわたしと同様、ミストバーンの事を、さっき戦った鎧兵士とかと同種そして高位種の『衣のモンスター』だと思ってたんだな。

 一応ベースにはヒューマノイドタイプの身体があって、それを濃い暗黒闘気が覆ってるってところじゃないかな。

 その一部がヒュンケルの空の技によって切り裂かれ、その下の肉体が出てきたんだろうけど。

 

「…見たな…!!!」

 ミストバーンが纏う暗黒闘気が、更に濃さを増す。

 斬られた指は再生済みらしく、それで顔を覆いながら、もう片方の手をこちらに向けた。

 てっきりまた指の攻撃が来るかと身構えたが、ミストバーンが選択したのは、先ほどよりもはるかに強い暗黒闘気の拘束技だった。

 

「ウオオッ!!?」「ぎゃあああっ!!」

「かっ…身体がっ!ねじ切れそうじゃああっ!!!」

 しかもバダックさんが言う通り、それが身体を締め上げ、捻り上げてくる。

 

「…ゴミどもがああっ…!!

 よくも…よくも…誰にも見せてはならぬ、我が素顔を暴きおったなッ!!!」

 怒りのスイッチがよくわからないが、どうやらミストバーンはブチ切れてるらしい。

 おれは見てねえ、とポップがつっこむが、より強い苦痛で返される。

 

 今一度、虚空閃を…!

 断続的に締め上げてくる暗黒闘気の垣間を縫って何とか腕を動かし、光の闘気を腕に溜め…ようとして、その腕に更に拘束がかけられ、容赦無い力で後ろ手に捻り上げられた。

 痛みで思わず槍を取り落としてしまう。

 

「うっ!がああぁ──ッ!!」

「グエンッ!!」

 これ絶対脱臼してる。

 回復呪文をかけようにも集中が妨げられ、どうしても上手くいかない。

 

「な、何故光の闘気が使えんっ…!!?」

 見ればヒュンケルも同じような状態らしく、剣は落とさないまでも、痛みと拘束で身体が動かせずにいた。

 

「所詮は付け焼き刃!!

 もはやおまえになす術などあるかっ!!!

 …この国の人間全員に、地獄以上の苦しみを味わわせて殺すことが…バーン様への、せめてもの償いだッ!!!!

 泣け!!わめけ!!そして…バラバラになれッ!!!!」

 暗黒闘気の奔流が刃物のように、わたし達の身体を切り裂いた。

 

 ☆☆☆

 

「……完成だっ!!」

 ロン先生が深く息を吐きながらバンダナを外した。

 あたしがそれを受け取って洗濯物籠にひとまず入れ、代わりに手拭いと冷たいお水を渡す。

 

「…なんてえ名前にするね?」

 当然のようにそんなことを口にする父に問われ、ロン先生はなんだか呆然と剣を見つめ続けているダイの肩に手を置きながら答えた。

 

「…こいつはダイの為に生まれた、この世にたった一本の剣だ…したがってその名前は…

 “ダイの(つるぎ)”以外に考えられない…!!!」

「…ダイの剣…!!」

 生まれたばかりのその剣の中心に据えられた赤魔晶が、名を呼ばれてようやく眠りから覚めたかのように、きらりと輝きを放った。

 

「これが…おれのために作られた…おれだけの剣…!!!」

「…手に取ってあげて、ダイ。

 そこから、すべて始まるから」

 その神々しいまでの輝きに圧倒されてでもいるようなダイの背中を、あたしは軽く押した。

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