DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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ヒュンケルのダメージが原作より少ないのは、一緒に戦ってた為に幾らかグエンが肩代わりしてるせいです。
特に胸に受けたビーフストロンガー(命名:リリィ。正確にはビュートデストリンガー)があるとないとではダメージの差が歴然でした。
そして順調に残念化が完了しているのは、完全にグエンの悪影響(爆


20・武器屋の娘は警告する

「…大丈夫かしら?

 ヒュンケル、あなたも気付かなかったわけではないでしょう?

 グエンがミストバーンの攻撃で負った傷を、治療せずに戦っていた事を」

 仲間の姿が遠く離れ、見えなくなった上空から視線を外して、マァムはぽつりと呟いた。

 先ほどの戦いから、彼女には気になっていた事がひとつあった。

 

「熟練の僧侶である彼女なら、万全であれば、ベホマで体力の回復と傷の治療を、同時に行なえる筈なのに…」

 それができなかった理由を、ヒュンケルは知っていた。

 暗黒闘気により与えられたダメージは、回復呪文による即時回復を受け付けない。

 正確には受けた負傷自体の治療は可能だが、ダメージだけはそのまま肉体の裡に蓄積する。

 軽度のものならば薬草などのアイテムでも回復速度を上げる事は可能だが、それでも自然回復よりはまし程度でしかない。

 自然回復とともに、肉体に棘のように刺さり込んで回復呪文を阻害する暗黒闘気の欠片が、徐々に溶けて消えるのを待つ以外ないのだ。

 彼とて、そんな状態のグエンをひとり追わせた事に、ためらいがなかったわけではない。

 この中の誰よりもレベルが高いとはいえ、そもそも彼女は基本的に非力な僧侶、しかも女性なのだ。

 

「…だが、やむを得ん。

 あのままでは確実に、ポップは殺される…」

 苦い表情を浮かべて、ヒュンケルが呟く。

 

「あのキルバーンという男は、オレたち軍団長を始末するのが仕事なんだぞ…!!」

 ヒュンケルの言葉に目を瞠るマァムに、クロコダインが説明を引き継ぐ。

 死神の姿を見たという者は、魔王軍には今まで誰もいない。

 何故なら、彼が姿を見せるという事こそ、その者の死を意味するからだと。

 

「そんなに恐ろしい男に、リリィが連れ去られたというの…何故…!?」

 自分より年下でありながらどこか大人びた口調で話し、自分でもまとまりのないと思う途切れ途切れの感情を笑わずに聞いてくれた少女の、全てを見透かすような目と、小さな身体を思い浮かべて、マァムが声を震わせる。

 そこに、

 

「お──い!!!」

「ダイ!!!!」

 先ほど、城の巨人が倒されたのを見ていた全員が、それを成したであろう勇者がこちらへと駆け寄る姿に、微かな安堵の表情を浮かべた。

 

「大丈夫かい?

 今なんか、ものすごい(パワー)を感じたけど…」

 それは先ほど、ミストバーンの衣の内側から溢れかけていたものだろう。

 この少年の性格を考えると、それを感じてそれで走ってきたのだとすれば、元気そうに見えてもかなりの消耗があったと考えて間違いはない。

 

「身体は大丈夫、ダイ?」

 マァムが声をかけながらダイに触れ、ベホイミをかける。

 

「ありがとう、マァム。

 …あれっ?ポップとグエンは?」

 きょろきょろと、どこか小動物を思わせる動きで周囲を見回すダイに、ヒュンケルが歩み寄った。

 

「ミストバーン達がリリィを連れ去り、ポップが飛び出して行ってしまった。

 ポップを連れ戻させる為、今、グエンに追ってもらっている」

「えっ!!?」

「恐らく、リリィは囮だろう。

 その役割が残っているうちは殺されない。

 あいつらが向かったのは、北西の方角。

 だが今は、オレ達全員が消耗している。

 ポップを連れ戻して、こちらの戦力を整えてから、救出に向かうべきだ」

 すぐに戻ってくるだろうから安心しろと、伝えたつもりだった。だが、

 

「…待って、ヒュンケル。

 それ、グエンに言ってなかったわよね?

 ひとりで行かせるなと言って送り出しただけよね?」

「はっ………!」

 マァムの言葉に、全員がその場に硬直する。

 

 グエン。魔族と人間の混血児で高い魔法の潜在能力を持ち、武器をとっての戦いにもそれなりに慣れた、高レベルの僧侶。

 僧侶ゆえにその戦いにおいて、仲間を守ることに最大の重点を置き、時には己の身をもってそれを全うしようとする。

 だが魔族の血ゆえなのかどちらかといえば好戦的で、調子に乗りやすく自信過剰気味。

 つまり総合的に………残念な女。

 

 その彼女が自身で判断した場合、一旦リリィの事を置いてポップを説得して撤退…などという行動を、はたして取るだろうか?

 全員が固まった空間に、のどかにちょうちょが横切る幻が見えた気がした頃、一番最初に動いたのは、勇者ダイだった。

 

「グエン─────ッ!!!」

  竜闘気(ドラゴニックオーラ)を開放してトベルーラを使い、先ほど示された北西の方角へ向かって飛ぶ。

 

「…オレも行く。

 追撃はなかろうと思うが念の為、おまえ達はここで待機していてくれ」

 腰に着けていた魔法の筒からガルーダを出して、クロコダインがそう言ったのに、マァムが頷いた。

 ヒュンケルはといえば、どうやら動揺していると見えて、呆然としたような表情で額を押さえており、その足元がふらついている。

 

「オレは……オレは小火(ぼや)を消したつもりで、爆弾の導火線に火をつけてしまったのではないか…!!?」

「しっかりしてヒュンケル!

 確かに人選は間違ったかもしれないけれど、まだ消火は充分間に合うから!!」

「……頼んだぞ」

 それまったくフォローになっていないんじゃ…とは思いつつもそこは大人ポジションの獣王、余計なことは口に出さず、クロコダインはガルーダとともにその場から飛び去った。

 逃げたとも言う。

 

 ・・・

 

「…すまない、マァム。もう大丈夫だ。

 取り乱して悪かった。

 …オレもまだまだ修業が足りんな」

「そんな事。

 足りないところは補い合うのが仲間(パーティー)でしょう。

 …私も、強くなったのよ。

 あなたを支える事くらい、なんてことないわ」

「マァム…」

「ヒュンケル…」

 天然で2人の世界の空気を醸し出す戦士と女武闘家の姿に、取り残された拳法ねずみとパプニカ兵士、更にベンガーナの戦車隊長も、妙に居た堪れないものを感じ始めたその時。

 

 ──ドォン!!

 

 近くでルーラの着地音が響き、それまで極甘結界を作り出していた2人の目に、一瞬にして緊張が走った。

 目を見合わせて頷きあい、音のした方向へと走る。

 結界からはじき出されていたふたりと1匹が、慌ててそれに続いた。

 

 たなびく土煙が少しずつ晴れている途中らしい、恐らくはルーラの着地点と思われる場所に、長い黒髪の背の高い魔族の男が立っており、2人の姿を見つけた瞬間、そこから叫んだ。

 

「おい!うちの馬鹿弟子はどこにいる!?」

 どうやら爆弾は、もうひとつあったようだ。

 

 ☆☆☆

 

 死の大地。

『世界の果て』『最後の秘境』と呼ばれ、たとえ飛んでいる鳥ですら、この島に近づいて生きては戻らぬと言われる、魔の島。

 ここに大魔王バーンの本来の居城『バーンパレス』が隠されている。

 まあ生き物が居ないというのは、ここがオーザムより更に北方に位置しており、人も動物も生きられる環境にないというのが大きいだろうが。

 

「ここらへんでいいかな。

 人間が考えうる最大級の悲劇を、特等席で見せてあげるよ。

 楽しみにしてて」

 そう言われて檻ごと置かれたのは、隆起した岩山の間に位置する平らな地面。

 恐らくは原作通り、ここにポップをおびき寄せて、キルバーンが『自分の仕事』を始めるのだろうが…更にあたしの目の前で、兄であるポップを手にかけようという、実に悪趣味な演出であるらしかった。

 

「……最低」

「お褒めに預かり光栄」

 人形が騎士の礼のような気障ったらしいお辞儀をして、ピロロを肩に乗せてその場を去る。

 ポップが追いかけて来るまで、離れた場所で待機するのだろう。

 この状態から何をしようが無駄な気がするので、せめて体力を温存すべく、あたしは檻の中で腰を下ろした。

 そういえばさっきも言った通りここはオーザムより北方の筈なのだが、この檻はどうやら気温変化も遮断するらしく、むき出しの肌に冷たい空気を感じることはなかった。

 なので寒くはないのだが、何故かさっきから周囲の地面が、目に刺さるくらいチカチカする。眩しい。

 

『凄い!凄いですよリリィさん!!

 ここいら一帯、地表の層が全部【魔力の土】です!』

 …なにそれ?なんかに使えるの?

 

『主に、地属性の武器やアクセサリーの材料となる素材です。

 あと…今、リリィさんのポーチの中に入っている【爆弾石】と【ガマのあぶら】を埋めて錬金すれば、粘土状の爆薬が作れます』

 ん?確かに両方持ってるけど…。

【ガマのあぶら】はロン先生と素材集めの為にあちこち訪れていた時に、【ルラムーン草】が採れるというテランの外れの沼地で、襲ってきた大きなカエルのモンスターを先生が一撃で倒し、その死体からあたしが採取した。

 傷薬になるということで何かあった時の為に持たされていたんだが、これも錬金の素材だったなんて。

 つか粘土状の爆薬…って。

 

 それ【プラスチック爆弾】っていいませんか!!

 いらんいらんいらん!!

 ただでさえ村で魔王呼ばわりなのに、そんなもん作った日にゃ本気でテロリスト扱いされるわ!!

 

『えー?

 爆弾石より軽くて安定してるし、時限式にもできるし、何より爆発の規模が調整できますから、結構便利ですよお?』

 アタマの中で、これまで見たことがないくらい悪そうな笑みを浮かべ、立てた親指を下に向けるオッサンに向かって、あたしは思わず叫んだ。

 

「便利とかそういう問題じゃねえわ──ッ!!」

「……えっ?」

 …気がついたら目の前にポップがいて、あたしの居る檻を覗き込んでいた。

 いろんな意味で、タイミングが悪すぎる。

 

「ポップ!罠だよ、逃げて!!

 いや、多分もう間に合わないから、せめて耳塞いでて!!」

 これ、原作通りであればダイが助けに来てくれて、ポップが殺される事はないけど。

 少なくともあたしがここにいる時点で、既に原作の流れじゃない。

 この事実がどう運ぶのか、誰にもわからない。

 少しでも危険は避けるべきだ。

 というかこの状況、もし原作通りに進む確証があったとしたって、あたしはポップを危険にさらして、平気な顔はしてられない。

 

「何言ってんだよ。

 ここ、恐らく魔王軍の総本山だ。

 なんていうかこの島全体に、異様な殺気がみなぎってやがる。

 こんなヤバイところに可愛い妹を置いて、おれだけ逃げられるわけねえだろ!

 …クソッ、どうやったら開くんだ、これ!!?」

 けど、ダメだ。

 ポップにとって妹のあたしは、単にちょっと気の強いだけの普通の村娘でしかない。

 実際にその通りだけどな!

 つか、さっきのアレを見られてるから余計に、あたしが恐怖のあまり取り乱してるんだと思われてる。

 

「あたしの事はいいってば!

 ポップは『死神』に目をつけられてる!!

 あたしを連れてきたのも、ポップが追いつける速度でここまで追わせたのも、アイツの計画通りだから!」

 あたしの言葉に、檻のあちこちを触っていたポップの手が止まり、その目があたしをじっと見つめた。

 それに向かって、あたしが言葉を続ける。

 

「キルバーンの武器は【死神の笛】!

 あの鎌は、振るう事で攻撃音波を発生させ、聴覚から神経を狂わせて全身の自由を奪うの!!

 お願いだから、アイツがあれを使う前に耳塞いでよ!」

 取り乱してるにしてはまともな事を口にしてる事がわかったんだろう。

 それにさっきの鬼岩城の件もあるし、ようやくポップの耳に、あたしの言葉が届いた。

 

「リリィ、おまえ……!!?」

「どうして知ってるんだい?

 …本当にキミは、油断できないコだねぇ」

 そしてその瞬間、頭の上から、忌々しい声が降ってきた。

 次に、気色悪い旋律の笛の音色。

 思わず見上げれば、塔のように高い岩山の上に立つ、黒い仮面がこちらを見下ろしている。

 …正確には、本当にこっちを見ているのはその傍にふわふわ浮かんでるちっこい方だけど。

 

「キ…キルバーン!!!」

 ポップがあたしを背に庇うように立つと、あたしたちの後ろの方の別の岩山の上に、ミストバーンが降り立つ。

 彼の視線はよくわからないが、やはりこちらを見ているようだ。

 

「てっ、てめえらっ!!こいつは関係ねえだろ!!」

 ポップはやつらからの視線を遮るように、あたしの檻にその背をつける。

 それは、一年半ほど前まではあたしの位置だったはずだ。

 

「その娘、遠くから見ただけで、鬼岩城の司令系統を見抜いた…」

 先ほどまでとはまったく違うミストバーンの、感情のうかがえない声が降ってきて、全身の毛がぞわりと逆立つ気がした。

 鬼岩城が破壊された時にあれほど怒り狂っていたし、あの結果を、あたしが間接的に引き起こしたと思われているのは明らかだ。

 そこに、正反対から妙に浮かれたような声がかかる。

 

「あれれ。横取りはナシだよ、ミスト。

 …ボクとピロロは、この子にちょっとした借りがあってねぇ。

 ちゃんと返しておかないと、気持ちが悪いんだよねぇ」

「…ならば、早く済ませろ。

 遊びはほどほどにしておくのだな、キル」

 

「借り!?…リリィ!

 おまえ、まさかこんなヤバイ奴に喧嘩売ったんじゃねえだろうな!?」

「……すいません、つい出来心で」

「おまえなぁ〜〜っ!!!」

 そもそも先に手を出してきたのはむこうで、あたしは自分の身を守るべく戦っただけなんだけど、言ったところでこの状況が覆る訳ではないだろう。

 てゆーか、そんなことまだ根に持ってたとは。

 

「…酷いなぁ。遊んでるわけじゃないんだよ。

 そろそろアバンの使徒のレベルもかなり上がってきちゃったから、ボクも自分のお仕事をしなくちゃいけないし。

 …彼女へのお礼とお仕事、同時にやれたら、それが一番かなぁ…なんて思ってるんだけど」

 キルバーンはそう言いながら、例の鎌をくるりと回した。

 風を切る甲高い音が、それとともに響く。

 

「ポップ、聞いちゃダメ!耳塞いで!!」

「…もう遅い。

 死のメロディーは既に、彼を捕らえた」

 言って、再びくるりと鎌を回したキルバーンが、立っていた岩山を蹴って、こちらに向かって跳んだ。

 

「おおっと!!!」

 次の瞬間、何故かその向かってきた方向に身を反らしたポップの胸元が浅く切り裂かれ、傷口から血が飛沫(しぶ)いた。

 

「ポップ〜〜ッ!!!」

 

 ・・・

 

「リリィがせっかく警告してくれてたのにねぇ。

 まあ、人間の耳には聞き取れない高周波だ。

 それより数秒早く、この死のメロディーを奏でていた事には、さすがに気がつかなかったみたいだねぇ」

 あたしが警告した事で、どうやら展開の進行速度を早めてしまったらしい。

 ポップはあっという間に体の自由を奪われ、手にした杖も取り落として、その場に立ち尽くしていた。

 もはや呻き声しか出せなくなったポップの姿と、それを見てポップの名を呼ぶしかできないあたしを見て、ピロロが耳障りな声でケタケタ笑う。

 

「情けないヤツだね!!ざま〜〜みろっ!!!」

「そうバカにしたもんでもない。

 こういう弱いヤツが成長したタイプは、ムードメーカーになるからね。

 リリィの件がなくても、真っ先に死んでもらいたい男さ」

「じゃあ、早く殺しちゃいなよ!!」

 …この一人芝居、本気でムカつく。

 けど、ムカつくだけであたしには何にもできない。

 せめて原作通りに、ダイが助けに入ってくれるよう、祈るしか。

 死神の腕が、ポップの首に正確に振り下ろされる角度へ、鎌を振り上げる。

 

 …その時聞こえた風を切る音を、あたしは鎌の動きによるものと思っていた。

 けど次の瞬間、金属同士がぶつかるような衝撃音が響いた。

 

「なにッ!!?」

 衝撃音と同時に、死神の手から、鎌が弾かれる。

 風を切る音を追って視線をそちらに向けると、回転しながら飛ぶ円盤のようなものを、細くて華奢な手が受け止めるのが見えた。

 

「ポップ、無事っ!!?」

 盾のブーメランを腕に戻しながら地上に降り立ったのは、我が師の傑作のひとつ、鎧の魔槍を身につけた、魔族の長身の美女だった。

 

 ……って、ここでまたアンタですかグエンさん!!




前半ヒロインは、ヒーローへと進化しました(違

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