DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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25・武器屋の娘は丸くする

 妖魔士団の軍団長、妖魔司教ザボエラは焦っていた。

 このまま手をこまねいていては、権力の座から取り残されてしまうと。

 

 彼自身は、長い魔族の生を無駄にせず、生まれつき強大な魔力を更に高める事に、その時間を費やしてきただけに、そこには絶対の自信を持っている。

 それは、物理的な力を持たないコンプレックスの裏返しでもあった。

 魔界において、力持たぬ者の存在は、無いものとして軽んじられる。

 彼の裡で、齢とともに権力欲が高まったのも、やはり同じ理由からだったのだろう。

 己が魔力への自信と、権力欲。

 それが歪んだ形で組み合わさって、彼の中で実を結んだのは、

『己が持たぬものは、他者から借りればいい』

 という持論だった。

 その強大な魔力と、齢を重ねて得た知識。

 本来なら神にすら並べるほどの智すら持ち得たかもしれないその頭脳は他者を、己より力勝る存在を操り得る事を知った事で、それが持つ危うさと歪みに気付く機会を、悉く逃して生きてきた。

 結果、その叡智を単なる狡猾さと老獪さに変えてしまったのが、今のザボエラの姿だった。

 

 その彼が、自らの力を高めようと思った最後は、『確か、20年か30年ほど前』の話だ。

 超魔生物の最初の構想が浮かんだばかりのことで、彼は最終的にはその改造を、自らの肉体に施すつもりでいたのだ。

 人間の中で比較的魔力の強い『女』を己が魔力で操って、ザボエラ自身の細胞から作った【核】を、その身体に植えつけた。

 いずれ成長した【核】がその女の身体を食い破って出てきたそれをベースにして、改造の実験台として使う事で、自身の身体に施したときの問題点などを探るつもりだった。

 夜な夜な、女を魔力で呼び出しては、その【核】に魔力を分け与え続けた。

 一度に多量に魔力を与えてしまうと、人間である女の身体が耐えきれなくなる恐れがあるからだ。

 …だが、ある時を境に、女は彼の魔力(よびかけ)に応じなくなった。

 そうしてしばらくすると、それまで感じていた【核】の息吹を、彼は感知できなくなった。

 ザボエラはそれを、女が死んだか、【核】が彼女の身体と同化して飲み込まれたのだろうと解釈した。

 そしてその頃には超魔生物に、変身すると呪文が使えなくなるという致命的な弱点がある事が判明しており、ザボエラは既に半分興味を失っていた。

 なのであっさりその事は忘れて、超魔生物の研究の続きは、息子であるザムザに押しつけたのだった。

 その女の名も顔も、既に忘れた。

 不必要な事を記憶から排除するのも、天才たる頭脳には必要な事だ。

 

 水晶球で見た光景に、苛立ちを募らせる。

 ハドラーを超魔生物に改造したのは自分なのに。

 それにより強大な力を得た彼が、勇者一行を取り逃がしたものの、事実上の敗走をさせたのは、つい数時間前の事であるのに。

 謁見の間に姿を見せた大魔王バーンと、その側に侍る側近2人、更に足元に跪くハドラー。

 その誰の口からも、自分の名は出てこない。

 魔界で強き者たちに、無いものとして扱われていた、若い頃の時と同様に、もはや自分の事など、誰の眼中にも無いという有様だ。

 

「これでは何の為に今まで、ハドラーや他の軍団長に取り入ってきたのかわからんではないかっ!!!

 こうなればなんとかワシだけで手柄を立てて、大魔王さまに認めていただかなければ…!!!」

 その為には、敗走した勇者一行を、この場に呼び戻さねばならない。

 そこに必要なパーツは、まだこの島のどこかにある筈だ。

 ひとつは、ハドラーが持っていたと悪魔の目玉が報告してきたが、ヤツはそれを隠してしまった。

 それをバーン様に告げ口してもいいが、それは自分の得にはなるまい。

 ならば…もう1つの方を手に入れるまでだ。

 

 ☆☆☆

 

 ここは…どこ?

 

 目を開けると、ただ青白い色だけが飛び込んできた。

 ハッとして身体を起こそうとして、おでこが何か硬いものにぶつかる。痛い。

 手をあげて、額に当たったものを確認し、ひんやり冷たい感覚に息を呑んだ。

 どうやらわたしは、氷の塊に閉じ込められているらしい。

 そこまで理解したところで、気を失う前の自分の状況を、ようやく思い出した。

 そうだ。

 わたしは魔法力が尽きて、海に落ちた。

 それも、マルノーラ大陸より更に北の、極寒の海に。

 普通ならまず間違いなく心臓麻痺で即死の状況から、わたしが生きて目を覚ましたのは、恐らくは身につけたこの鎧のお陰だろう。

 鎧の魔槍は電撃以外、炎や氷などありとあらゆる攻撃呪文、また、それに類する特殊攻撃のダメージを無効化する。

 恐らくはこの氷点下を冷気のダメージと判断して、装着者であるわたしの身体からそれを弾き続けた、その結果がこの状況なのだろう。

 

「…ありがとう。

 あなたのおかげで、わたしは氷漬けにならずに済んだのね」

 …ラーハルトが、わたしを守ってくれた。

 身を包むその鎧に、彼の温もりを感じる気がした。

 まるでラーハルトに抱きしめられているようで、目を閉じてその温もりに身を委ねる。

 …脳裏に浮かんだその姿は、何故か少年ではなく、あの哀しい再会と別れを味わった、背の高い魔族の青年の姿だった。

 その事に気がついて、そんな自分に驚いて目を開け、自身の置かれた状況をすっかり忘れて飛び起きようとして、再びおでこをしたたかに打ちつけた。痛い。

 …ああ、うん、冷静になれ。

 わたしを守ってくれたのはこの鎧だ。

 今はもう居ないラーハルトじゃない。

 帰ったら改めてロン・ベルクにお礼を言いに行こう。

 青年ラーハルトの姿を無理矢理頭から追い出して、わたしはそう決意した。

 

 狭い場所で身動きが取りづらいが、何とか身体の状態を確認すれば、さっきは通らなかった回復呪文がようやく通ったのだろう、肩の傷もちゃんと治癒している。

 どうやら、知らないうちにミストバーンの瘴気…暗黒闘気と呼ばれていたっけ、それが身体に送り込まれており、回復呪文を阻害していたらしい。

 それでも、わたしは僧侶ゆえに、僅かながら聖なる力が身体を常に覆っており、それによって無意識に祓う事が出来たのだろうが、そうでなければこの特性、意外と厄介だ。

 特に身の裡に同じ性質のものを有しているヒュンケルなどは、今も回復呪文は殆ど通っていないのではないかしら。

 もっとも、一度の回復量は少ないものの、薬草などのアイテムによる回復ならば、その限りではないだろうけど。

 そういえば旅荷物のわたしのリュックは、あの場に置いてきてしまった。

 あの中にはわたしの着替えや幾ばくかの路銀の他に、薬草と各種ハーブを組み合わせた、上薬草を詰めたポーチが入っている。

 仲間たちが回収して、それに気がついてくれればいいのだが。

 

 …いや、回収はしても中身までは見ないかもしれない。

 服とか入ってる事はヒュンケルが知ってるし。

 それに、薬草ポーチだけならともかく、洗って干した後割と適当に詰め込んだ下着とか見られるのは、若干恥ずかしいし。

 

 ……って、下着!

 そうだ、パプニカに戻ったら、絶対にマァムを誘って、エイミに教えてもらった下着屋さんに買い物に行こうと思ってたのに!

 エイミの都合がつけば彼女も誘って、買い物帰りに女の子同士で、甘いものでも楽しもうかとさえ密かに考えていたのに!!

 何だってまた復興途中のパプニカを襲ってくるかな魔王軍!

 

 リリィも連れて帰る事ができたなら彼女も誘って、今度こそ女の子同士でお茶会をしよう。

 本当は姫様やマリンも誘いたいけど、姫様はそんな時間取れないだろうし、三賢者の仕事量的にエイミとマリンを同時に誘うのは難しいと思う。

 というか、女子2人を連れていったら残されるアポロくんにわたしが恨まれそうだ。

 

 …ひとまず、ここから脱出しなければ。

 もう少しだけ眠れば、リリルーラを使えるだけ魔法力が回復するだろう。

 保温は鎧の効果に任せて、わたしは息を整えると、もう一度目を閉じた。

 

 絶対、帰るんだから。

 

 ☆☆☆

 

『タラララッタッタッターン!

 おめでとうございます!

 リリィさんの能力に、【みやぶる】が追加されましたよ!』

 唐突になんだよ。

 なんか妙に浮かれたようなオッサンの声が脳裏に響き、あたしは若干イラッとした。

 てゆーか最初のやつ、確かレベルアップのファンファーレのメロディーだよね?

 って、お前が歌うんか───い!!

 

『いやいや、触れるべきなのはそこじゃありませんから!

 ご自分の新しい能力、知りたくありませんか?』

 新しい能力、なの?

 それ、【みる】とどう違うわけ?

 

『【みる】は、あくまでモノから情報を引き出す能力です。

 対して【みやぶる】は生物…主に、敵の情報が見える能力ですよ。

 言ってしまえばリリィさんの【神の目】の能力の範囲内ですから、新しい能力というよりは、情報を引き出せる対象が増えただけとも言えますがね。

 …実際に使ってみるのが、一番手っ取り早いです』

 そうか。

 あたしの【神の目】で見えるものが増えたってことか。

【みる】は物質、【タカの目】は空間、そして【みやぶる】は生物と。

 …つか絶対今、説明めんどくさくなっただろ。

 

『まあ、そう言わずに。

 はい、例えば今ここにいる彼の説明ですね。

 

 名前【ヒム】。

 オリハルコン製のチェスの駒より禁呪法によって生まれた、オリハルコンの金属生命体。

兵士(ポーン)】の駒から生み出され、格闘による接近戦を得意とします。

 また火炎(メラ)系呪文がひと通り使えるようです。

 禁呪生命体の生命の源である(コア)は、人間でいう心臓の位置ですね。

 もっともそれがわかったところで、生半可な武器や攻撃では、オリハルコンの肉体を貫いてその内側の核を砕く、なんて事がそもそもできそうにありませんけどね〜。

 

 …と、現時点ではこんなところですが、リリィさんのレベルが上がれば、引き出せる情報はもっと増えるでしょう』

 うん、まあこの程度なら、『みやぶる』までもなく知ってることだしな。

 ただこいつらに関しては、既に生命を得てしまったから、この先は『みる』で鑑定はできなくなった。

『みやぶる』に範囲が拡大したのは、その限界を受けての事なのかもしれない。

 

「おい、ちんちくりん。

 何をブツブツ言ってやがんだ」

 と、唐突に声…あたしの頭の中だけで聞こえるオッサンの声ではなく、空気を振動させて耳に入り鼓膜を振動させる実際の肉声が、頭の上から聞こえてきて、その失礼な言葉に、それを発したやつを睨んだ。

 

「…数時間前生まれたばっかのガタイだけ無駄にデカい子供(がきんちょ)が、人間(ひと)さまをちんちくりん言うな」

「ヒム!我が母上に対して無礼であろう!」

「うるせえよ、フェンブレン。

 オレは、こいつがハドラー様の妃だなんて認めてねえ」

「それはあたしも認めてない!

 つかその謂れなきロリコンの汚名、まず間違いなくハドラーさん本人が否定するわ!!」

「ハドラー様を馴れ馴れしく呼ぶな!!」

 これである。

 …つかもう、どこからつっこんでいいのかわからない状況が静かに繰り広げられてるのは無視していいだろうか。

 いや、だめだな。現実を直視しよう。

 外部への魔力を遮断する部屋に置かれて、ようやくハドラーの腕から離されたあたしは、今は一足先に成長を終えた兵士(ポーン)僧正(ビショップ)に監視された状態で、なんかやたらと豪奢な大きな椅子に座らされている。

 他の駒はまだ育成途中であるようで、特に女王(クイーン)はあと3時間はかかるだろうとは、ここにあたしを置いて行ったハドラーの言だ。

 

「母上、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」

「要らない。

 …つか、そこは譲るつもりないんだね」

「……ウン?なんのことですかな?」

「いや……いい」

 …今はフェンブレンと呼ばれているこの僧正(ビショップ)の駒が、最初あたしに攻撃してきたのは、自我が覚醒する前の本能的な凶暴性が、たまたまそこにいた一番弱い存在(あたし)に向かっただけの事だった。

 だがこのささやかな凶行、創造主であるハドラーの目の前で行われた事により、早い段階で彼の凶暴性に気付く事となったハドラーの手でその場でちゃちゃっと修正され、強制的に理性を目覚めさせられてしまったという。

 その時点で既に、原作の『密かに残酷』なフェンブレンは消え、違うものが爆誕してしまったわけだが、事態はそれだけにとどまらなかった。

 ハドラーの修正が入る直前、まだ小さな駒だったフェンブレンは、自らが傷つけたあたしの血をその身に浴びており、直後芽生えた自我はその血の(ヌシ)であるあたしを、創造主ハドラーと並ぶ『親』として認識してしまったらしい。

 実に不本意だが文字通り『血を分けた』関係というわけだ。

 いや分けてねえわ!

 どっちかって言えばお前自身が、全力で奪いにきた形だろ!!

 そんな親子関係聞いたことねえわ!

 てゆーか、すっかり成長しきった姿で、真っ先に『ママ!』とか叫んで、確か全身刃物である筈のその身体で抱きついてきた時は、今度こそ死を覚悟したよね!!

 

『…ハハッ、安心召されよ、ママ!

 ママに触れる時だけは、ワシの刃先は全て丸くなりますからな!』

 なんて断言しながらすべすべの金属の肌を自慢するように擦りつけてくるのに脱力して、

 

『いや、とりあえずママはやめて…』

 とか言うだけで精一杯だったよね!!

 それを受けて今は母上呼びなんだね!

 そういうことじゃねえわ!!

 

 などとあくまで心の中で叫んでいたら、唐突に『タカの目』が自動的に展開した。

 

「え…島の上空に…モンスターの大群。

 これは…【バルログ】と【サタンパピー】?

 共に妖魔士団所属の、上位悪魔系モンスター…能力は…」

 唐突に切り替わった視点から捉えた映像と、それに伴う見えたものの情報。

 それらの情報がいちどきに頭に入ってきて、整理が追いつかないのもさる事ながら、若干3D酔いしそうになった。

 

「…母上?」

「…何かを探して、動いてるみたいだけど…って、ひゃっ!」

 視界が、あたしの意志に反して急降下する。

 迫ってくるのは、氷の海。

 更に、そこに浮かぶ氷山のひとつが、急激にズームアップされて…その中央に、見覚えのあるプラチナブロンド。

 

「グッ……!!」

 その名前を思わず呼びそうになり、慌てて口を噤む。

 ここは敵地だ。これ以上の情報漏洩は、さすがに裏切り行為になってしまう。

 けど…氷に閉じ込められたあの姿は、間違いなくあの、魔族の美女の姿だった。

 

 そうだ、自分の身に降りかかった事態を受け止めるので精一杯で忘れてたけど、確かポップ暗殺未遂の後、現れたハドラーにダイが敗れて、海に落ちる流れだったのだ。

 それは、ポップのピンチを救いに現れたのが、ダイであったから。

 でも実際には、あの場に現れたのはグエンさんだった。

 だから、ハドラーに負けて海に落ちたのも、氷に閉じ込められたのも、グエンさんだったってわけか。

 

「……は、うえ、母上!」

 と、また唐突に、視界が本来の自分に戻った。

 見上げれば、表情なんてわからない筈のフェンブレンの顔に、何故か動揺を感じ取れる。

 その後ろで、やはりあたしを睨むように見つめていたヒムの視線が、不意に離れた。

 

「…フェンブレン、ここにいろ」

 そう言って、背中を向けたヒムが部屋を出て行き、呆然とした状態から、あたしの意識がようやく戻って来た時、まったく痛みを与えてこない、妙に温かい金属板に、あたしは抱きしめられるように包み込まれていた。

 

「御安心召されよ、母上。

 何があろうと母上の御身は、このフェンブレン、必ずお守りいたします故」

 

 

 

 ………おうちかえりたい。


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