DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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6・半魔の僧侶は(ワニ)と語らう

 リュックの中から火打箱を取り出し、拾ってきた枯れ枝と葉に火をつける。

 ヒュンケルという男はわたしの後ろに、やはりわたしが持ってきていた毛布を広げた上に寝かせてあり、ガルーダはクロコダインの後方の岩にとまって目を閉じている。

 わたしとクロコダインは、焚き火を挟んで向かい合うように、ふたりとも座って、ぽつりぽつりと互いの事を話していた。

 自身の正体を隠す事なく、こんな風に誰かと話をするのは、本当に久しぶりだ。

 これまでは気付かないふりをして生きてきたけど、本当の自分を晒せない事に、わたしはやはり悲しさを感じていたのだと思った。

 

「…この男は、本来なら『アバンの使徒』として、魔王軍に真っ先に立ち向かうべき男の筈だった」

 ぽつりと、クロコダインが口を開く。

 

「哀しいすれ違いで、魔王軍の軍団長などに身を落とす事にはなったが、それでもダイ達との戦いで、オレと同じくこいつの心の闇も晴れた筈だ。

 ならば今からでも、正道に立ち戻るに、遅いという事はない」

「…あなたほどの(ひと)が、魔王軍での地位も命も捨てて、その力になりたいと願うほどに感銘を受けた勇者とは、一体どんな人なのかしら?

 一度、会ってみたいものだわ」

「会ったら驚くぞ。

 どう見てもただの、人間の子供(ガキ)だからな。

 だが、オレにも見極めはついていないが、何か不思議な力を持っている。

 と言っても、オレがダイに一番に惹きつけられているのはそこではなく、ヤツの魂だがな。

 …うまくは言えんが、オレのようなモンスターですら、その全てを受け入れ、遍くその輝きで照らしてくれる…そんな大きな魂を、あの小さな身体の裡に持つ…ダイとは、そんな男だ」

 言い切って、大きく息を吐くクロコダインの、その目にはどこか憧れめいた彩が映って、胸がちくりと痛くなった。

 よくわからないが、わたしは彼の、その想いを羨ましいと思った。

 

「…そうなんだ。ますます会ってみたくなったわ」

「オレと一緒に来るか?

 ヒュンケルの目が覚めてからになるが、オレはダイのところに赴くつもりだ」

 まさかの申し出に驚く。

 たまたまこんな風に話ができたとはいえ、わたしは所詮通りすがりの、非力な旅の尼僧だ。

 ヒュンケルが目を覚ましたら、普通にわたしはここに置いていかれるものだと思っていて、それを寂しいと感じていたから。

 

「いいの?

 でも、わたしなんかが行って、勇者様に迷惑じゃないかしら?」

「なにが迷惑なものか。

 グエンの癒しの手は、どこに行ったって歓迎されるだろうさ」

 軽く請け負う言葉に、わたしは溜息を吐いた。

 自然と、右手を耳に持っていく。

 

「…どこに行っても、ね。

 人間の世界では、そうじゃない場合もあるけれど」

 言いながら、自分の大きく尖った耳に触れる。

 できる事ならばちぎり落としたいくらい、忌むべき特徴。

 魔族の血が最も顕著に現れる部位。

 

「…魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたと言っていたな。

 だが、恐らくはダイの前でなら、おまえも本当の自分に立ち帰れる。

 あいつは、相手が誰であれ対等に、魂と魂で向き合ってくれる筈だ。

 ちょうど今おまえが、モンスターであるオレと、対等に話をしてくれているようにな」

 またも自嘲的に笑う彼を、軽く睨む。

 そんな風に、自分を卑下しないで欲しい。

 

「…あなたは、高潔な武人だわ。

 少し言葉を交わせばわかる」

「だが大抵の人間とは、その言葉を交わすのが難しい」

「…そうね。その通りだわ」

 彼も、その悲しみを味わってきたのだろうか。

 考えてみればわたしだって、倒れ伏している彼を見て怖いと思ったのだ。

 わたし自身が苦しんできた人間の中にある偏見を、わたしは最初、彼に対して間違いなく抱いていた。

 今思えば申し訳ない事だ。

 彼の言う「勇者」は、本当にわたし達に対して、偏見も恐怖も抱かずに、対等に言葉を交わしてくれるのだろうか?

 そして彼の仲間は、そんな彼をどう思うだろうか?

 

「ウ…ウ…」

 と、後ろから微かな呻き声が聞こえ、わたしはそちらを振り返った。

 わたしの動きに気がついたらしいクロコダインが、立ち上がって歩み寄る。

 顔を覗き込むと、ヒュンケルという青年が、ゆっくりと目を開けるのが見えた。

 薄い空色の瞳が、ぼんやりとわたし達を捉える。

 

「…ど、どこだ、ここは…!!?」

 驚いたように跳ね起きるヒュンケルに弾かれるように、わたしは尻餅をついた。

 起き上がろうとするわたしと入れ替わるように、歩み寄ったクロコダインが、彼に声をかける。

 

「気がついたか、ヒュンケル」

「ク…クロコダイン!!?生きていたのか!!?」

「鋼鉄の身体だけがオレの取り柄だからな。

 それに、おまえの部下の手当ても良かった。

 九死に一生を得たところで、こいつと、彼女に救われたよ」

 主の言葉にガルーダが得意げに片翼を上げたので、わたしも便乗して片手を上げたら、その手をクロコダインが掴んで立ち上がらせてくれた。

 ありがとう。けど違う、そうじゃない。

 なんだこの紳士(イケメン)

 

「彼女はグエン。

 旅の尼僧だが、通りすがりの死にかけのモンスターであるオレを助けてくれた上、そのオレの頼みを聞いて、おまえの治療も彼女がしてくれた。

 礼を言っておくのだな」

「バ…バカな…。

 オレは、おまえを殺そうとしたんだぞ…。

 そのオレを、なぜ!?」

 …せっかくクロコダインが紹介してくれたわたしの存在、めっちゃスルーされたけどまあいいや。

 

「おまえがオレの手当てを命じたのも武士の情け…。

 情けには、情けをもって応えねばならん。

 …それにおまえは、これからもダイたちの力になってやらねばならない男だからな…!!」

「…武士の情けというなら、このまま放っておいてくれれば良かったのだ…。

 オレは自分の弱さを棚に上げて、師を恨み、人間を恨み続けてきた…。

 いっそ死ねば、罪を清算できたものを…。

 こうしておめおめと生き恥をさらしているとは…!!!」

 事情はよくわからないながら、彼には彼なりの、こうなった理由があるというのだけはわかった。

 今はその人生の、分岐に差し掛かっているということも。

 けど、今たまたまここにいるだけのわたしに、言える事はない。

 何か言えるとしたら…。

 

「…ヒュンケルよ。

 オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている。

 たとえ生き恥をさらし、万人に蔑まれようとも、己の信じる道を歩めるならそれでいいじゃないか…」

 そう。この男しかいない。

 ある意味開き直りとも言えるかもしれないけど、この心情を説けるのは、実際にそこまでの過程を経験した、クロコダインだからこそだ。

 

「オレは、ダイたちに加勢しに行く…!

 それが、武人の誇りを思い出させてくれた、あいつらに対するせめてもの礼よ!!」

 クロコダインは一度ヒュンケルに背を向けると、そう言って歩き始めた。

 え?ちょっと待って今出立するの?

 少し呆然として、彼の後ろ姿を見つめているヒュンケルに、少しばかり早口で話しかける。

 

「…状況は、わたしにはよくわからない。

 けど、過ちを正すために生き直す事を、生き恥だとは、わたしは思わないわ。

 少なくともクロコダインは、そう信じて前に進もうとしてる。

 あなたが己を否定するのは勝手だけど、彼の決断を否定はしないであげて」

 言いながら服の襟元を整えてやりつつ、首に腕を回し、例のアクセサリーを首にかけてやった。

 

「…さっき、あなたの手当てをした時に、服の中から落ちたから。

 大切なものなんでしょう?」

 ここで初めてわたしを視界に入れて、ほんの少し驚いたような目をするヒュンケルの、薄い青の瞳を見返しながら、よく考えたら、ラーハルトは今、このくらいの年齢になっている筈だと、すごく関係ない事を思った。

 あの子は身体的な特徴がわたしよりずっと魔族寄りだから、背丈は伸びてるんじゃないかと思うけど。

 ヒュンケルは体格は逞しいが背丈は標準的な人間の成人男性のそれだ。

 わたしが女性としてはやや大きめな上、今履いている靴は少し踵が高いので、現時点では目線の高さがほぼ同じだ。

 

「…それじゃ、わたしはこれで。

 待って、クロコダイン。わたしも行く」

「ま…待てっ…!!」

 背中を向けた瞬間に呼び止められる。

 

「おまえの言うとおりだ、クロコダイン。

 死んで済むほど、オレの罪は小さいものじゃなかった…!」

 …何だろう。

 今首にかけてやったアクセサリーの石が、また紫色の光を帯びた気がする。

 そして、その輝きが徐々に強くなっている気も。

 

「それに…おまえとマァムは初めて、オレのために泣いてくれた。

 その涙に報いるためにもオレは…オレは…!!

 戦い続けなければならないんだ!!!」

「……ヒュンケル!!」

 マァムって誰だろう。

 なんか響きの優しい、女の子の名前っぽいけど、勇者一行のひとりだろうか。

 ふふん、なかなか隅に置けないねキミ。

 まあこの美貌なら女性の一人や二人、黙ってても寄ってくるだろう。

 さっきから何気にウジウジしてて、わたしの好みじゃないけど。

 まあ、そんな事はどうでもいいか。

 と、わたし達のいる場所から少し離れた岩場に、なにかが落ちたような音がした。

 続いて、高い金属音。

 何事かと三人で顔を見合わせて、とりあえず駆け寄ると、なにやら物々しいデザインの鞘に収まった剣が、窪地の地面に突き刺さっていた。

 

「ああッ!!?よ、鎧の魔剣が…!!!

 なぜ地底魔城崩壊の時、失った魔剣がここに…!!?

 しかも完璧に復元している…!!」

 それを目にしたヒュンケルが驚愕しながら言う言葉を聞く限り、どうやらこれは彼の武器であるらしい。

 

「真の武具は持ち主を選ぶというが…おそらくこの魔剣は、よみがえったおまえの闘気にひかれて、ここまで来たのだろう…!!」

 クロコダインの言葉に、ヒュンケルが一度、わたし達を振り返った。

 それまでは少し不安げに見えた貌が決意に引き締まり、コクリと頷く。

 ヒュンケルは地面からその剣を鞘ごと引き抜き、両手で(つか)を握ると、それを身体の前で構えた。

 

 鎧化(アムド)!!!

 

 その声とともに、それまで鞘だった筈のものが展開し、ヒュンケルの身体を覆っていく。

 そうか、先ほどヒュンケルはこの剣を『鎧の魔剣』と呼んでいた。

 今では失われた技術だそうだが、ある種類の宝玉の中には、特殊な方法で呪文やキーワードを記憶させられるものがあり、かつての伝説的な武器職人は、それを用いて武具を作ったと、カールの図書館で読んだ本に書いてあった気がする。

 この剣はその類の武具なのだろう。

 全て終わると、剣の鞘だった時以上に物々しい鎧を全身に纏った戦士が、そこに威風堂々として立っていた。

 心なしか身体が大きく見える。

 

「そうだ!

 おまえが闘志を失わない限り、その鎧もまた不死身なのだ!!」

「…ありがとう…獣王…!!」

 二人ががっしりと手を取り合う。

 昇る朝日が、二人の身体を照らしていた。

 

 さて。

 方針は決まったものの、どうやって勇者達と合流するかという問題に、当然のようにぶつかった。

 というかクロコダインが勇者の居場所を知っていると思っていたので、それについていこうとして突然そう言われ、思わずずっこけた。

 ヒュンケルは平然としているように見えたが、態度に出なかっただけでわたしと同じ気持ちでいたと思う。

 鎧化を解いた後、ちょっと困ったような顔になってたし。

 

 ☆☆☆

 

 ひとまずはヒュンケルの話を聞き、勇者達との交戦の状況や、何故マグマに呑み込まれるような事態に陥ったかなどを説明してもらった。

 ヒュンケルが勇者ダイに敗北した後、魔王軍氷炎魔団のフレイザードという軍団長が現れて、地底魔城の地面の下に眠る死火山を活化させたのだという。

 それによりフレイザードは、ヒュンケルを勇者もろとも倒したと思い込んでいる筈だから、彼が次に向かうとすれば、ヒュンケルが王城を制圧した際に取り逃がした、パプニカ王女のもとだろうとの事。

 そもそもヒュンケルには女性を殺すという選択肢が頭になかった為、一部屋に監禁さえしておけばいいと思って、部下に任せて放置していたところ、賢者としての能力が思ったより高かった王女は、見張りのアンデッドを浄化して、まんまと脱出していたのだそうだ。

 ちなみに王女がヒュンケルの手から逃れたと知った途端、やはり監禁されていた王は、隠し持っていた短剣で自害したらしい。

 その覚悟を汲んで、ヒュンケルはその亡骸が穢される事のないよう、彼自らの手で葬ったと言った。

 

「後でその場所を教えてちょうだい。

 死者には、然るべき弔いを捧げるべきだわ」

「…頼む」

 わたしに小さく頭を下げる、ヒュンケルの目が哀しげに揺れた。

 

 ・・・

 

 だとすると、勇者達はその王女を守る為に、やはり彼女の元に向かうのではないか。

 という事で、今王女がどこにいるかの情報を集めようと、近隣の村にでも立ち寄ろうかと相談していた時、王都の方から妙な色の煙が立ち上るのが見えた。

 

「まさか、魔王軍の襲撃か!?」

「それはないだろう。

 パプニカはほぼ壊滅状態だし、オレがここにいる以上、アンデッドどもが暴れまわる事もない。

 思うに、あれは何かの信号ではないだろうか」

「そういえばなにかで読んだことがあるわ。

 パプニカでは戦時の合図に、火薬を使った信号弾を打ち上げるんだって」

 つまり、王都にあれを打ち上げる事のできる人間がいるという事だ。

 それが王女でなくとも、そこに近い立場の者である可能性が極めて高い。

 

「行きましょう!」

 そんなわけで、とりあえず王都に向かう事にしてようやく出発した。

 色々グダグダなのは自覚してる。


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