DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
色々酷い。
「つ……強い…!!」
無数の悪魔系モンスターを赤子扱いにする金属人間の戦い…というか一方的な蹂躙に、わたしの隣でクロコダインが独りごちる。
「…あれは一体どういうこと?」
その場の誰にともなくわたしは問う。
疑問の焦点を指す『あれ』が示す部分が広範囲にわたっているのは勘弁してもらおう。
どこからつっこめばいいのかわからないんだから。
「おれたちにだって判らねえよ!
あいつ、ハドラーの“
わたしの問いに、呆然としていたポップが叫ぶように答えた。
ええと、
「ウム。チェスで一番弱い駒の名前だな」
まるでわたしの考えを読んだかのようなタイミングで、クロコダインが答える。
そういえば修業に出るちょっと前に、バダックさんが彼に一生懸命教えているのを見た気がする。
あの時は『駒が小さすぎて区別がつかん』とかぼやいていたのだが、あれから少しは指せるようになったのだろうか。
まあそれは今はいいか。
そのクロコダインの言葉に、ようやくわたしの側まで飛んできたダイが、金属人間と彼を交互に見て、呆然と呟いた。
「あれで、一番弱いの……!?」
まったくだ。けどそれより恐るべきは…
「ちょ、ヒム!!マジで!怖いから!
少しの間は寒いの我慢するから、一旦あたしを地上に降ろして!!」
「この状況下でなかなかの無茶言いやがんな、てめえは!!」
…あの少女の方かもしれない。
あの金属人間、どうやらヒムという名前のようだが、あれがハドラーの配下だというなら、それに大事そうに抱きかかえられているあの子は一体何者なのだろう。
いや、ポップの妹なのは知ってるけど。
「…ポップ。
あなたの妹は、魔物使いか何かなのかしら」
「村の同年代の子供たちから魔王とは呼ばれてたけどな」
どういうあだ名だ、それは。
少なくともあのように、小さくてか弱い女の子に対して与えられるものじゃないと思う。
思うけど…今この状況を見ると、納得してしまいそうな自分が嫌だ。
「まあ、でもリリィだからね。
何をしてても驚かないっていうか…」
って、ここに既にそれで納得してる子が居る!
「おまえ、なんで実の兄のおれよりも、うちの妹に関して悟り開いてんだよ…」
ダイの言葉に呆れたようにそう言うポップを見る限り、リリィの特異性は幼少期から100%発揮されていたわけではなさそうだが。
あの、武器の状態を言い当てる能力とか、ポップが知らなかったらしいところを見ると、割と最近になってから開花したもののようだし。
そして、ダイは多分あの山小屋にいる間、その彼女の特異性をある程度理解して、己の中で納得して普通に受け入れたのだろう。
…順応力高すぎだろと思うけど、この子がそういう子だから、わたしは今ここにこうしているわけだ。
手を伸ばして、ダイの癖の強い髪を撫でると、ダイは一瞬キョトン顔でわたしを見上げてから、なんというか、欲しかったものをようやく手に入れたような顔で笑った。
まあそれはそれとして。
「…捕らわれている状態と見るには、いささか疑問が生じるが…どちらにしろ連れ戻さねばならんだろうな」
そう言うクロコダインの声にも、どこか呆れたような響きがある。
あの中に割って入って、出来ればリリィを取り戻しておきたいところだろうが、クロコダインの性格では入っていけないだろう。
ここはひとつ、空気読まない事には定評のあるわたしが…ってやかましいわ!
「……やめておけ。今入ったら、あのサタンパピーどもと同じになるぞ。
今のおまえでは怪我をする程度では済むまい」
心の中で自つっこみを入れていたら、まだ動き出すタイミングすら測っていないのに、クロコダインに釘を刺された。なんでよ。
「…ひとの心を読むのやめてもらっていいかしら」
「武人として、そろそろ付き合いも長いからな。
おまえの考えくらいわかる」
…戦場での交誼は基本一期一会、実際にはまだ出会って2ヶ月ほどでも、戦いに身を置く者としては充分に長い付き合いって事なのか。
それはありがたいことなのだけれど、今は勿論、友情を深めている場合ではない。
と、ヒムの手に捕らわれたままの老人の魔族…確か、ザボエラという名前だった…が、手に魔法力を溜めているのが見えた。
「このガキめがっ!!!なめるなあああ──ッ!!!!」
それは恐らくは閃熱系のエネルギー。
それがヒムの顔面を狙って放たれた瞬間、ヒムは掴んでいたザボエラの首根っこからぱっと手を離した。
そうして空になった掌でそのエネルギーを受け止めたかと思うと、無造作にそれを握りつぶす。
ザボエラの両目が、驚愕に見開かれた。
そして次の瞬間、金属の塊である蹴りが飛び、ザボエラの身体を地面に叩きつける。
「んぎゃっ!!!」
…あー、小柄な割にタフね、あの爺さん。
呻きながらもなんとか立ち上がろうとしてる。
下手したら即死しててもおかしくない一撃だったと思うけど。
相変わらずヒムの腕に抱えられその首にしがみついている少女が、一瞬死んだような目を眼下に向けて『お前、年寄り相手にほんと容赦ないな…』とか呟いていたが、あの様子なら多分大丈夫だと思う。
そしてそれを追うようにヒムは地上へ降り立つと、担いでいたリリィを下ろしてから(一応言う事聞いてる!?ほんと何者なのあの子!!)、ゆったりとした足取りで、ザボエラへと歩み寄った。
「聞こえていなかったのか?
オレのこの身体は、すべてオリハルコンでできているのだ!!
オレはハドラー様が、オリハルコンの駒より禁呪法で生み出した、最強の親衛隊員!
いかなる攻撃も呪文も、オレの身体を傷つけるには至らん!!
同じオリハルコンの剣を持つ、ハドラー様なら話は別だが…」
その言葉に、わたしは反射的にダイを背中に隠した。
今、彼にダイとその剣を見られたら、面倒な事になりそうな気がしたから。
なんというか、どこかあいつには戦闘狂ぽい雰囲気を感じるのだ。
しかしまあ、あれ自体が小ぶりである為、背負ったネズミの身体がしっかり隠してくれてはいるが。
そうして固唾をのんでいる間に、ヒムはザボエラの身体をもう一度掴んで持ち上げた。
「ギギギッ…ザボエラ様ッ!!」
上空に数匹残っているサタンパピーが声をあげ、
「サタンパピーよッ!!!
あの娘にメラゾーマをうてっ!!!!」
突然、ヒムの手にぶら下げられたザボエラが叫んだ。
その指先が示したのは……リリィ!?
「な、なんだとおっ!!?」
「チッ!!!」
指示通り、メラゾーマの集中砲火が放たれ、一瞬遅れてヒムが駆け出した。
ポップも上空から急降下したが…この距離ならわたしの方が早い!
わたしの鎧なら呪文のダメージを受けないから、わたしが全部受ければいいだけだ!
「リリルーラ!!」
☆☆☆
ヒムの腕から下ろされたら途端に寒さが襲ってきたけど、流れ弾で焼け死ぬよりマシだと思っていた。
…まさかあのクソジジイ、あたしに照準合わせてくるなんて。
残ってるサタンパピーは数匹だけど、あれが一発ずつメラゾーマを放てば、直撃したらあたし程度、骨すら残さず燃え尽きるだろう。
…けどこんな時に、やけに『目』が『冴えて』いた。
やけにゆっくりに見えるメラゾーマの軌道と、それが一斉に交わる地点の予測。
それらが一瞬にしてはっきりと『見え』た。
そして、それが一番狭い範囲に集中する地点に、あたしは『時空扉』を開いた。
繋がるのは、サタンパピーの目前。
つまり、自身の放った呪文が、扉を通った次の瞬間、すべてそれを放ったサタンパピー達に返っていく。
そうした、つもりだった。
扉を出した瞬間に、唐突に現れたグエンさんの身体が、それに一瞬重ならなければ。
「えっ!!?」
…何が起きたのかわからなかった。
グエンさんの身体があたしを包むように抱き込み、その肩越しに見えた『時空扉』が、見たこともない形に変化する。
『時空扉』は『ど○でもドア』ぽい形状だ。
それは、あたしのイメージが具現化したものであり、一旦そういうものとして視覚してしまった以上、恐らくはそこに変化はない筈だった。
だが、今それはど○でもドアではなく、コ○ンのアイキャッチ的なやつに形状が変化している。
そして、それは開いた瞬間、当初の目論見通り、すべてのメラゾーマを吸い込んで、そして…!
「ギギッ…?ギョワアァァア───ッ!!!!」
上空にいたサタンパピーの群れが一匹残らず吸い寄せられ、扉の向こうにどこへともなく消える。
それらをすべて吸い込み終えると、扉はぶるりと震えて、そして消えた。
「………………は?」
あたしをしっかりと抱きしめているグエンさんの、ちょっと間の抜けた声が、耳元で聞こえた。
「リリィ、無事かっ!!」
猛スピードで急降下してきたポップが、グエンさんからあたしを引き剥がそうとする。
だが、呆然としているらしいグエンさんの腕は緩まない。
「今…何を、したの?」
グエンさんの声が耳をくすぐるが…それはあたしが知りたい。
オッサン、今こそ説明プリーズ!
『あ、はい。
どうやら、時空扉使用時に、時空の欠片が過剰集中したことで、扉がブラックホール化したようです。
そもそも時空転移系の特技も呪文も、使う際に空間に散らばる時空の欠片を集めることによって、空間に道を開くものでして、時空扉が集めたそれと、グエンさんがリリルーラという呪文によって身にまとったそれが、同じタイミングで重なった結果、『時空扉』が『異界扉』に変化したようですね。
あ、『時空扉』はこれまで通り使用できますから御心配なく。
今のでリリィさん単独で『異界扉』を出す事は可能になりましたが、開けるにはまた、グエンさんの魔力が必要になると思われます。
ちなみに同じ効果を持つ『デシルーラ』という呪文が、カール王国にある破邪の洞窟の地下250階で習得できますけど、余程の強者でもなければ、そこに辿り着く事すら不可能ですから、2人揃わなければ使えないにしろ、ラッキーだったと言えなくもないです。ハイ』
いや250階て!
確か勇者アバンが再登場した時、直前まで潜っていたそこの階数は地下150階だった筈。
破邪の洞窟、呪文のパワーバランスおかしくね?
てゆーか…
「デシルーラ…?」
「えっ?」
思わず呟いてしまった言葉に、グエンさんが問い返してきた。
まあセンスの有無はさておき、異次元へ吹き飛ばすバシルーラ的なネーミングなんだろう。
「…あ、ごめんなさい。
え、ええと。どうやらあたしの時空扉とグエンさんの転移系魔力が重なって、ああいう現象が起きたようです。
偶然というか、事故みたいなものでしたけど…」
とりあえず無難に話を終わらせようとしたら、グエンさんはあたしの両肩をガシッと掴み、グレーの瞳に妖しい怪しい輝きを揺らめかせて、あたしの目をまっすぐに見て言った。
「…そのお話、詳しく聞かせてもらえるかしら?
とりあえず、『デシルーラ』というのが、今の呪文の名前なのね?」
うわ、なんかメッチャ食いついてきた!
ちょっと、いやかなり目が怖い!
つか、あたしこれ知ってる!!
間違いなく餌与えられたオタクの目だーっ!!
ロン先生が2人に増えた──っ!!!!
あまりの事態にあたしが固まっていると、後ろから伸びてきた手が、グエンさんの両手の甲を同時にバチンと指で弾いた。
あたしの肩を掴んだグエンさんの指の力がそれで緩んだ一瞬の隙に、あたしはグエンさんから引き離され、ポップの腕に抱き込まれた。
「いいからうちの妹返せ、グエン!!
リリィ、怖かったろ?もう大丈夫だかんな!!」
「待ちなさい人聞きの悪い!
まるでわたしが攫ったみたいじゃない!!」
「現時点では、あんたの方がよっぽど危なく見えんだよ!!」
ポップは危機回避能力は高いと思うんだが、この場合の判断は正しいんだろうか。
まあ実際にそこはかとない恐怖は感じたのでいいことにしておくが、そもそも元魔王の超魔生物に対して恐怖を抱かなかった人間が、オタクに恐怖を感じるのははたして正しいんだろうか。
…あたしは多分この瞬間、若干の現実逃避をしていたのではないかと思う。
多少気が抜けてしまったとしても、誰もあたしを責められないと思うけど。
「…悪いが、渡してもらおう。
ザボエラを探すためにオレが勝手に持ち出したが、そいつはハドラー様の
そのタイミングで、ようやくおとなしくなったらしいザボエラを引っ掴んでこちらに歩み寄ってきたヒムが、とんでもないことを言い出して、呆けていたあたしは一瞬で目を覚ます。
「なっ……なんだと!?」
「なんですって…!!」
「ハドラー!?あの野郎!!!」
「ううむ、魔王同士のカップリングということか…?」
「…ねえ、なんの話?」
その言葉に、まずヒムが近づくのを見てあたしを守ろうと降りてきたクロコダインが例の戦斧を取り落とし、グエンさんが大きく目を見開いてあたしを見つめ呆然とし、ポップはあたしをますます強く抱き込んで憤慨する。
そして…チウ、お前今なんつった。
ダイ1人だけ意味がわからずにキョトンとしているが、誰も説明はしないでくれると嬉しい。
あ、グエンさんに耳塞がれてる。よし。
「ち、違う違う!
あのままキルバーンに回収されてたら、人質にされるよりもっと酷い目にあってたかもしれないところを保護されただけだから!」
嫁入り前の娘としては非常な不名誉を被りそうな空気に、あたしが慌てて否定する。
それでも空気が若干アレな感じな中で、あたしを囲んだ勇者パーティーがヒムと睨み合い、まさに一触即発といったタイミングで、突然に、その声は響いた。
『…構わん、ヒム。返してやれ』
「ハドラー様!?」
それは、この場の空間自体に響く声。
若干ひび割れて聞こえるそれの他に、その主の存在を示すものはない。
念の為『タカの目』を使って周囲を探る。
「ハドラー!?」
「どこだ、どこに居る!!?」
周囲を見渡してその姿を探すダイたちに、あたしは自身の中で出た結論を口にした。
「…彼はここには来てません。
恐らくは、魔力で声だけをここに飛ばしているのでしょう」
あたしがそう言うと、そのひとの声が小さく笑った。
『その通りだ、リリィ。
その目、ますます欲しくなったが…死神と一緒にされるのも、人質を取ったと思われるのも心外だ。
抱いた感触は悪くはなかったが、いつまでもオレの腕の中に置いておくわけにもいかん』
「抱き上げた、ですよね!!?」
ものすごく紛らわしい表現をしてくる声に、必死に訂正を入れる。
あたしの社会的立場はもう虫の息かもしれない。
『オレの温もりを求めて縋り付いてくる姿は、可愛いものだったが』
「極寒の中で呪法檻から出されてすっごい寒かったですからね!」
『オレに抱かれて眠りながら、手を握りしめてきたのも』
「それ寝ぼけたあたしに、覇者の剣の鑑定させた時ですよね!」
『貴様の血を分けた子のフェンブレンは泣き喚くだろうが、それも父としてのオレの試練よ』
「だから分けとらんわ!
アイツが勝手に持ってっただけだわ!!」
そろそろ気がついたけどあの元魔王様、絶対わざと言ってるよね!?
肩で息をしているあたしに対する、兄の仲間たちの視線が痛い。
「…ハドラー様の寛大なお心に感謝するんだな」
兄たちに背を向けて、ザボエラだけ持ってその場から飛び立とうとするヒムが、あたしに目を向けてそう言う。
「待って!」
思わず呼び止めてしまったあたしを、ヒムは振り返った。
本当なら、あたしは敵の立場だ。
こんな事を告げる義理はないけど、でも。
「…ハドラーさんに伝えて。
そいつ…ザボエラに中途半端に情けをかけたら、後で痛いしっぺ返しが来るって。
恩を感じてそれに報いるつもりなら、欲しがるだけの餌を与えるべきだし、そうじゃないなら思い切って始末すべき。
命だけは助けるなんて、コイツにとっては情けでもなんでもない。
それだけは、肝に銘じておいてって」
「…ハドラー様を気安く呼ぶな」
ヒムはそれだけ言うと、その場から飛び去り…しばらくして、あたしを背中から抱きしめたままのポップが、ほ──っと長い息を吐いた。
「…おまえが無事でよかったけど…後で、ちゃんと話してもらうかんな」
「うん…でも、まずは帰ろう。
ここ、あたしみたいなただの村娘には、やっぱり寒いよ」
「…そうだったな。おまえがただの女の子だって事、すっかり忘れてたぜ」
うちの兄、酷っ!!
ともあれ、あたし達は全員ポップのルーラでパプニカへと帰還した。
そこに来ていたうちの師匠に説教され、多分最低でも30回は馬鹿と言われた事は早々に忘れたい。
☆☆☆
「…進言いたします、ハドラー様」
「なんだ?アルビナス」
「
リリィ様は、欲しいだけの餌を与えるか始末するかの二択とおっしゃったとの事ですが、あれはまさにダニ…欲しいだけ与え続けても、際限なく吸い取られ続けるだけになりましょう」
「…あやつはオレの強化に尽力してくれた男。
そのために
…昔のオレならば、有無を言わさず殺しただろうが…オレを甘いと思うか…?」
「いささか。
恐れながら、ダニには過ぎた配慮かと」
「フフフッ…厳しいな、おまえは」
ハドラーは自嘲するように笑うと、傍らの
…微かな胸の痛みと共に、何か違うという感覚が、心の片隅を通り抜けた。
胸の痛み(事実上)。
もちろんハドラーの恋愛感情的な話ではなく、リリィに触れてしばらくの間、状態が安定していた黒の