DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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31・武器屋の娘は密会する

 バルジの塔。

 パプニカの領海内にあるバルジ島の、中心の丘に建つもとは祭事の時に使われていた建物であり、パプニカが一度不死騎団に滅ぼされた際は、落ち延びたレオナ姫以下王宮の者たちが、潜伏場所として使っていた塔である。

 更にこの最上階は、氷漬けにされたレオナ姫が彫像よろしく置かれていた場所で、勇者一行とフレイザードとの最初の邂逅で、敗走を余儀なくされた舞台でもある。

 …パプニカ王家の所有なわけだし、うっかり掃除とかされてたら終わりなんだけど。

 なんて不安を抱えながら、部屋一帯に目を凝らす。

 薄っすら、キラキラしたものがあたり一帯に見え、ホッと安堵の息をついた。

 腰につけた小さなポーチの中から、マトリフ様のお宅から借りてきたホウキを取り出す。

『道具袋』、思った以上に便利だな。

 これ、アレだよね。いわゆる四次元ポケット。

 ……ん?待てよ。

時空扉(どこでもドア)』に加えてこの『道具袋(四次元ポケット)』、ひょっとしてあたし、徐々に前世のあの国民的キャラクターと化してってないか!?

 魔法少女とかじゃなく、よりにもよってド○えもん?あたしドラ○もんなの!?

 ……………………………まあいっか。

 無理矢理己を納得させて、今為すべきことを思い出す。

 散らばっているキラキラをホウキで掃いて一箇所に集め、その場所に拳大の白魔晶を2個置く。

 更にその上から磨き砂をかけて、気合一閃、あなほりを発動した。

 ドン!という重い音とともに、ほんの少し床が抉れたがそれは勘弁してもらおう。

 衝撃とともに飛び出してきた銀色の塊を慌てて受け止める。

 もう一個足元に落ちてるのを回収。

 どちらも、白魔晶だった時の半分以下の大きさになってるけど、これは…!!

 

『やりましたねリリィさん!錬金成功ですよ!!

 これはまさしく【聖石】!!

 しかも一度破壊されたものを錬成し直すなんて、まさにリサイクル、エコロジーです!

 自分で言ってて意味わかりませんけど!!』

 …つまりそういうことだ。

 この場所から勇者一行が敗走した際、マァムはギラをつめていた魔弾銃(まだんガン)の魔法の弾丸を一個犠牲にして、全員をこの場から退避させる隙を作った。

 つまりここには、その時点で粉々になった聖石の欠片が散乱したわけだ。

 あたしの錬金能力は、その場に構成要素が揃っていれば、生成する過程をすっ飛ばして錬成できる。

 勿論、素材のみに関してのことで、土に銀の剣と溶岩のカケラを埋めてこの能力で掘り出したところで、銀の剣を破邪の(つるぎ)にする事は出来ないけど。

 粉々の欠片になったところで構成要素は消えないわけで、掃除さえされていなければ、それはずっとそこに残っていた事になり、今回はそれを集めて、新たに再構成したという事だ。

 これで先生の剣が作れる……けど。

 目的のものは手に入ったというのに、なんとなく打ちひしがれてその場に膝を抱えるように座り込む。

 

「時期的にはもう遅いかなぁ…。

 先生的に今の段階じゃ、自分の剣より、ダイたちの武器の方が優先順位高そうだし…」

 けど、作ってくれないとロン・ベルク両腕破壊ルートへまっしぐらだ。

 それなのに、説得できる手段をあたしは持たない。

 ぶっちゃけ、未来の知識以外でどうやって、この緊急性をわかってもらえるというんだ。

 あたしの使命は、この世界…端的には勇者ダイを、エンディングの先にある孤独な戦いから救う事にある。

 他のキャラクターについてはその限りじゃなく、だから先生のその運命を回避させるとかは、実のところあたし個人の希望に過ぎない。

 関わった人には無事でいてもらいたいと思うものの、全員を救うことなんて不可能だと思ってる。

 例えば、この先あたしが何を頑張ったところで、ダイと同行するバランの死は回避できないだろうし…。

 

「ハドラー……」

 …あのひとも、あたしがどう足掻いたところで、その死は避けられないだろう。

 結局あたしは、見る事に関して特殊な能力があるだけの、単なる13歳の人間の少女でしかない。

 かつて、滅ぼされる事がわかっていて、あたしはオーザムを見殺しにした。

 避けられない運命だとわかっていたから、先生に勧められても人の住む場所へ立ち入る事は避けた。

 僅かでも関わってしまえば、助けられない事に、心が痛みをおぼえてしまうから。

 だから知っていて見捨てた。

 その罪は、あたし一人で負うべきもの。

 割り切れると思ってるし、割り切るべきだ。

 それと同じ。なのに。

 …確かに前世でファンだったし、会ったら好きになっちゃうかもなんて、呑気に思ったりもした。

 けどそれはあくまで、出会わない前提だから軽く言える話で。

 死ぬ事がわかっていて、助けられないとわかっていて、それでも出会ってしまうなんて。

 いや、会っただけなら別に良かった。

 

 ……見えて、しまったんだ。

 彼の瞳の奥にある孤独と、飢えが。

 この地上にも魔界にも、この世に彼と同じ存在は居ない。

 強さと引き換えに、他のすべてを捨ててしまったハドラーには、己自身しか残るものがない。

 彼が生み出したオリハルコンの親衛隊とて、いわば彼自身の投影でしかない。

 今のハドラーは、どこまでも一人なのだ。

 そして今の彼は、ダイと戦う事それ一点のみの為に作り上げられたもの。

 それはあまりにも危ういアイデンティティだ。

 自身が倒されればそれで終わりだし、ダイを倒した瞬間に彼の存在意義も消える事になるのだから。

 自らの存在意義を消す為に存在しているなんて、どこまで哀しい生き物なんだろう。

 そして彼は恐らく、心の底ではそれに気がついている。

 

 …ここしばらく一人になる機会があまりなかったせいか、たまに一人になると余計なことを考えてしまうものらしい。

 

「………帰ろう」

 とりあえず、マトリフ様のおうちにホウキ返しにいかなきゃ。

 立ち上がって、服についた砂埃を手で叩いて落とす。

 

『泣いているのか?』

 と、背中にあり得ない声を聞いて、反射的に振り返った。

 

「どうして……!!」

『ここに居るのか、と?』

 防具のついた長いマントに身をすっぽり包み、物々しい兜の下で、面白いものでも見るような、でなければ何か企んでいるような表情で微笑んでその場に立っているのは、今その顔を思い浮かべていた男、魔軍司令ハドラーに他ならなかった。

 あたしが思わず呟いた言葉に、続けた声が少しひび割れて聞こえ、あたしは事態を把握する。

 

「……ああ。魔力による投影ですか。

 どおりで、気配も足音もなかった」

 その幻を睨みつけながら言うと、それがフフッと声を立てて笑う。

 幻のくせに色気をだだ漏れさすのはやめなさい。

 映像が鮮明なだけに、本当にその場にいるみたいで、心臓に悪い。

 

『…それで、何故泣いていた。

 早くも、オレの温もりが恋しくなったか?』

 そんなあたしの動揺を知ってか知らずか、ハドラー(幻)が揶揄うようにまたつまらん事を言ってくる。

 

「ここは充分に暖かいです。

 あと、泣いてません。あたしに何か用ですか」

『つれないことを言う。

 単におまえに会いたかったとは思ってくれないのか、リリィ』

 一体何を言っているのだろう、この男は。

 

「御自身の年齢の30分の1程度しか生きてない子供に、なにを口説き文句のような事を言ってるんですか」

『強いてそう見せたいようだが、残念ながらオレにはおまえが子供には見えん』

 鋭いな!

 確かに肉体はともかく、頭の中身は純粋な子供には程遠いわ!

 だからって見た目の犯罪臭が消えると思うなよ!!

 けどひょっとしたら魔族ってのは、こういった場合の年の差による抵抗感とかタブーとか、あまり感じない種族なんだろうか。

 そもそも人間とは生きる時間がまったく違うし。

 …なんか疲れたので、そこはつつくのやめる事にする。

 

「…伝言は聞いてくれましたか」

 その代わり、ヒムと別れた時に彼に託した言葉が、ちゃんと届いたかを確認してみた。

 アイツ真面目だし、伝えてはくれたと思うけど。

 

『…ザボエラの事か。

 おまえの【目】には、それほどまでにあの男が腐り切って見えると?』

「むしろそう見えないならば、あなたの目の方が曇っているのではと、思う程度には。

 少なくとも、この件に関しては今のあなたよりも、かつてのあなたの方が目は確かでしょうね」

 まあ、この反応からすると、『伝わってはいるが実行はされていない』状態だろうな。

 多分ザボエラは今、原作通り牢に入れられ、ハドラーへのヘイトを蓄積している最中なんだろう。

 …ぶっちゃけ、ここでハドラーがザボエラを処刑しておいてくれたなら、ロン先生が両腕の機能を失う事になるあの戦いが、そもそも起きないかなとも思ってたんだけど、どうやらそううまくはいかなかったらしい。

 

『クククッ……なるほど。

 ()()のほうが余程厳しいようだ』

「どういう意味ですか?」

 本物?

 だがそれを問おうとした瞬間、

 

 ドォン!!!

 

 なにやら大きな音とともに、地響きが塔を揺らした。

 一瞬地震かと思ったが、それ以上の揺れはこない。

 

『…どうやら時間切れだ、リリィ。

 暫しの逢瀬、楽しかったぞ』

 と、一瞬逸れていた視線をハドラーに戻すと、空間にノイズが入り出し、その姿が徐々に薄れ始めた。

 その姿に向けて、発言の訂正を求める。

 

「だから、人聞きの悪いこと言うな!」

『だが、オレに逢いたかったのだろう?

 独り言でオレの名を呼ぶほどに』

「えっ!!?ちょっ……!!」

 そして次の瞬間には、その姿は何事もなかったかのようにかき消えた。

 残されたものは、静寂。

 

 ……てゆーか、どこから監視してたのアイツ!!?

 なに独り言とか聞いてんのよ!!

 急激に血が上って熱くなった頬を冷まそうと、外の風にあたる為、塔の柱の間から少し顔を出す。

 そこから見える海の上に、渦を巻く流れが2つ見えた。

 ああ…あれが例の、バルジの大渦ってやつか。

 ………って、あれ、2つ!!?

 

 ☆☆☆

 

 時空扉を出して、大渦の向こうのパプニカの海岸へ出ると、ちょうど海からクロコダインが、チウに鎖で引かれて上がってきたところだった。

 そうだ、このタイミングでクロコダインも、新技の開発の為の特訓をしていたんだった。

 確か獣王会心撃に更に逆回転の闘気流を加えた…名前なんたっけ。

 というか、さっきの振動は彼の仕業だったらしい。

 なんて考えているうちに、(おか)に上がったクロコダインが倒れた。

 思わず駆け寄ってみると、チウが鎖を外しているのをまったく意に介することなく、倒れた体勢のまま目を閉じている。

 

「あ、魔王…じゃなく、リリィさん」

「…つっこみたい部分がひとつあるけどそれはさておき、大丈夫なの、このひと?」

「強力な必殺技の特訓だったので、かなり身体に負担はかかったようですが、クロコダインさんなら少し休めば大丈夫です!

 まあでも、ぼくのアイテムで体力を回復させて…あれ?あれれ!?」

 …どうやら、いつも5つは持ち歩いている薬草は、今回も切らしているらしい。

 というか、この子のズボンも実は『道具袋』だったりしないだろうか。

 そこまで考えたところでふと思い出し、ポーチからマァムの魔弾銃(まだんガン)を取り出す。

 

「あ、それは…!」

「そう。マァムが貸してくれたの。

 ここはあたしに任せて、アナタは使った道具とか片付けるといいよ」

 言いながらベホマの弾丸をそこにセットして、両手で構えて狙いを定めた。

 射撃の訓練はした事がないが、元々女の子が使う為に作った武器だから反動はあっても最低限だろうし、距離も近いから外す事はなかろう。

 躊躇うことなくトリガーを引くと、クロコダインの身体が、一瞬オレンジ色の光に包まれ、その光が吸い込まれるように消える。

 

「ん……グエン?」

「あ、グエンさん呼びます?

 5分ほどお時間いただければ連れてこれますけど」

 ゆっくりと身を起こしたクロコダインが、あたしを視界に入れて目を瞠った。

 

「リリィ、か?いや、大丈夫だ。心配ない。

 あいつも、自分の修業に集中したいだろうからな。

 …今、回復呪文を受けたように思ったのだが、リリィは回復呪文が使えたのか?」

 ああ、なんか不得要領な顔してると思ったらそういうことか。

 クロコダインの質問に、あたしは手にしたそれを示しながら答えた。

 

「いえ、これです。

 マァムから預かった魔弾銃(まだんガン)弾丸(たま)の中に、ベホマが入ったものがありましたので、それを撃たせていただきました」

「ああ、それでか。

 …先程、体力が回復したと同時に、特訓の際に負傷したその傷も塞がったからな。

 マァムはベホマを使えぬし、レオナ姫のベホマでは傷の治療と体力の回復を同時にはできん。

 …だから、グエンが来てくれたと思ったのだ。

 恐らくはその弾丸に、呪文を詰めたのがグエンなのだろう。

 …ありがとう、リリィ。お陰で身体が楽になった」

「いえ、たまたま通りかかっただけなので。

 …クロコダインは、グエンさんのことが好きなのですか?」

 礼は言いつつどこか残念そうに聞こえるクロコダインの声に、あたしはあまり考えることなく、そんな言葉を口にしていた。

 

「ゲホッ!ゴホッゲホッ!!

 リ、リリィ!?い、いきなり、何を…!!?」

 …そしてあたしのその言葉に、クロコダインはわかりやすく反応した。

 

「あ、何となく、そうなのかなーと思っただけです。

 …けど確かに、デリカシーに欠けた質問でしたね。

 申し訳ありません、クロコダイン」

「い、いや……」

 せっかく回復した体力を、すこしばかり削ってしまったようだ。

 それにしてもやはり、恋愛は他人のそれを、横からニラヲチするに限ると思うの。ふふふ。




本当は前回の分と合わせて一話にしようと思ってました。

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