DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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活動報告で『恋愛パートは一旦置いておく』と言ったな。あれは嘘だ。
割と重要なところ入れ忘れてた。


32・武器屋の娘は焚きつける

 全世界の存亡をかけた、大魔王本拠地殴り込み計画。

 その決行日までの僅かな期間を、勇者一行はそれぞれの修業に費やしていた。

 マァムとヒュンケルさんは主にアバン流の基礎からをある程度おさらいしつつ、互いの技を高め合っていたし、ダイとグエンさんは武器の扱いのレクチャーを受けながら、ロン先生から実戦形式の稽古をつけられている。

 グエンさんはこの戦いに参加する以前は、体力的な事よりも知識を増やす事を優先させてきたらしく、ほかの3人に比べて体力が圧倒的に足りなかった。

 

「わたしはこれまで、いかに楽して結果を出せるかにこだわって、楽をするための努力は惜しまなかったわ。

 その為に知識を身につけて、大抵のことはそれでなんとかなったのに、そのツケが今更、こんなところで出てくるなんて…!!」

 と若干ワケ判らん事を言っていたが、要するにカラダ鍛える行為自体が、本当はあまり好きではないんだと思う。

 今はまだ若いから代謝はいいんだろうけど、そんなんじゃ年取ってから確実に太りますよ、オネーサン。

 というような事をかなりの湾曲表現で言ったら、捕まえられてくすぐり倒された挙句、何故かなけなしの胸を揉まれたところで、『ポップに殺されたいのか』とヒュンケルさんに救出された。

 その後多分10分くらい、グエンさんがヒュンケルさんに説教されてたけど、あたしは被害者なので悪くない。

 

 ・・・

 

「回復効果を持つ武器というなら、代表的なものに『奇跡の(つるぎ)』というのがあるわね。

 わたしも実物を見たことはないけれど、これは間違いなく回復魔力の術式で組み立てた付帯効果で、回復量は攻撃の際、敵に与えたダメージの1/4程度。

 この方式だと、ここまでが限界みたい」

 彼らがここで過ごす最後の晩、全員を我が家に連れてきて、晩ご飯を食べさせた後にふと、以前から気になっていた回復効果の術式について、グエンさんなら知ってるかもと思い訊ねてみたところ、『本で読んだ事があるだけだけど…』と言いつつその説明もしてくれたのだが、はっきり言ってちんぷんかんぷんだった。

 どうやら先生や両親、勇者一行も同様のようで、ダイはうつらうつら舟をこぎ始めているし、ヒュンケルさんに至っては『また始まった』とでも言うように眉間を指で押さえている。

 ……オタクに餌与えてほんとごめんなさい。

 とりあえず理解できたのは、この方法で武器に付帯した回復効果では、どんなに頑張っても与えたダメージの1/4程度の回復量でしかなく、それ以上は回復魔力の術式ではなく、恐らくは呪術のカテゴリーに入るだろうという事。

 

「呪術は、解くのはともかくかける方は専門外だから、あくまで仮説でしかないのだけれど…回復魔力の術式で付帯した回復効果では、攻撃の際、武器に返ってくる反動を回復効果として使い手に与えるのに対し、呪術式でのそれは、恐らくは攻撃対象から直接体力を吸い取って、使い手に与えるのだと思う。

 つまり、厳密には『回復』ではなく『吸収』というわけね。

 効果は似通っていても、その原理は全く違うわ。

 そして、そういった武器は大抵、装備者に別のマイナス効果を与える、いわゆる『呪い』がセットでついてくるものよ。

 元になっている術式が同じものである以上、呪いを解いてしまえば、吸収の効果も消えてしまい、いいとこ取りはできないってわけ」

 ひと通り話し終えて喉が渇いたのか、食後に淹れて放置されてた冷めたお茶を一気に飲み干して、グエンさんはふうっと息をついた。

 一瞬訪れた静寂の後、最初に口を開いたのはロン先生だった。

 

「…おまえ、オレの嫁になる気はないか?」

 その視線はまっすぐグエンさんを捉えていて……えええええっ!!!?

 途中経過全部すっ飛ばしてのいきなりのプロポーズ劇に、父さんは先生のグラスに注ごうとしていたお酒を、食べ終えた後のお皿に注ぎ、ヒュンケルさんは危うく吹き出すのを堪えたお茶で咳き込み、マァムは顔を真っ赤にして両手で口を押さえ、母さんは「ええ〜、うちの娘の婿に来てくれるんじゃなかったのぉ?」と残念そうに呟く。

 ……いや待て母。

 

「えっ……なに?」

 そして半分寝ていたダイが、突然変わった空気を感じたのか、顔を上げて周囲を見渡し、言われた本人であるグエンさんは、きょとんとした表情で数度瞬きをした。割とあざとい。

 

「……唐突ね」

「ああ。今決めたからな。

 おまえの知識と発想は、今のオレに一番必要なものだ」

 やめろ!

 言っちゃ悪いが言葉のチョイスが最悪!!

 なんかそれだと、本当に能力のみ欲しくて言ったみたいじゃん!!

 女性の心はそんなんで動かないよ先生!

 てゆーか、やはりそこそこ深い付き合いがある分、あたしや両親は大体わかるけど、これ先生的にマジなやつだから。

 

「躊躇してる間に他のやつにかっ攫われるのは惜しいし、戦いに送り出して死なれるのはもっと惜しい。

 そうなる前に、できればここに引き止めときたいと、思ったわけだ」

「…そう思っていただけるのはとても嬉しいけれど、わたしは老後は都会で暮らすのが夢なの。

 そしてあなたは、この村に必要なひとだわ」

 ほらな、秒単位で振られた!

 つか先生の言葉を聞いた瞬間は驚いたけど、割と似た者同士で意外とお似合いなんじゃないかと思ったのに、もう少しくらい悩んでくださいよグエンさん!!

 まあでも、女の気持ちの中で、夢と比較された時点でその男は敗北決定だよね!

 女は本当に好きなら自分の夢なんか普通に捨てて男取るからね!!

 

「…そうか。気が変わったらいつでも言え」

「ありがとう。

 まあ、まずはこの戦いに勝たないことには、どちらにしろどうにもならないわ」

「ならその先の未来を掴む為にも、絶対勝って生きて帰ってこい。

 そうできるほどのものは、既に授けたつもりだ」

 先生がそう言って、グエンさんに右手を差し出す。

 グエンさんがそれを取り、2人は固い握手を交わした。

 

「…あっさり振られちまったな、ロン!

 長く生きてるとそういうこともあらぁな。

 ほら、飲め!」

 2人の手が離れると同時に、父さんが努めて明るい声でそう言って、琥珀色の瓶を先生に押しつけた。

 つか自分が一緒に飲みたいだけだろ父!

 そして母さんがテーブルに残ってた酒まみれのお皿を片付け始めたので、あたしもそれに倣った。

 

「ねえ…何があったの?」

 ただ1人状況についていけていないダイがあたしに問いかけてきて、あたしは曖昧に笑って誤魔化し、もう眠そうだったのでポップの部屋に案内してそこで寝かせた。

 この子グエンさん大好きだからな!

 言ったら更にややこしいことになりそうだよ!

 

 あと、戻ってきてみたら父さんと先生は何やらハンマー系の武器について熱く語っており、母さんはその横でニコニコ聞いていた。

 てゆーかまだ、どたまかなづち諦めてなかったのか父!

 あの一歩間違えれば自滅しかねない武器のどこがそんなに心の琴線に触れた父!!

 …それはさておき、マァムとヒュンケルさんの姿が見えないなと思っていたらグエンさんに手招きされ、呼ばれるまま近づくと窓の外を示されて、居ないと思った2人が、外で何やら話をしている光景が目に入った。

 ここからでは話は聞こえないが、なんとなくいい雰囲気だ。

 グエンさんの方を見ると、ニンマリと笑って、サムズアップしてきた。

 ……そういうことか、同志よ!

 あたしはサムズアップを返し、更にあたし達は、両手で互いの拳をタッチし合った。

 ん?なんか忘れてる気がするけど気のせいか?

 

 …『他人の恋愛は最高のお茶請け派』の同志として絆を深めた相手が、師のプロポーズを秒単位で蹴った相手だったことを、あたしが思い出すのは、次の日の朝のことだ。

 

 ☆☆☆

 

「ヒュンケル…大丈夫?」

「ああ…しかし、驚いた。

 共に行動していた間、彼女がどうしても男の視線を集めてしまう事には気付いていたが、あれほどに距離を詰めてくる者は居なかったからな。

 恐らくはオレの存在が、ある程度の防波堤になっていたせいだとは思うが…」

「やっぱり…心配よね?

 ヒュンケルは、グエンのことが…」

「そうだな。

 何せあの女性(ひと)は、自分の魅力に無自覚なせいで、自分に対する恐怖以外の関心への警戒心が皆無だ。

 恐らくはロン・ベルクのあの申し込みも、冗談か雑談程度にしか響いていないのだろう。

 …落ち着いて考えると、相手としては悪くないと思うのだがな」

「え?…あなたは、それで平気なの?」

「ん?……ああ、確かに動揺はした。

 …これがひょっとして、娘を嫁に出す父親の気持ちというやつなのだろうか…」

「…………私の言っていることはまったく伝わっていないようだけど、あなたの言いたい事はよくわかったわ、ヒュンケル…」

 

 ☆☆☆

 

 そしてカール王国に、全世界の戦士が集う前日。

 決戦に向け、一旦パプニカへ集結する彼らを、時空扉で送り出そうと思っていたら、先生に、

 

「いや、オレがルーラで送る」

 と言われ止められた。

 どんだけ信用されてないんだと思ったのだが、先生曰く、

 

「あの、扉を潜る際の、一瞬視界がぐにゃりと曲がる感覚は、これから戦うって時に、その勘を狂わせかねん」

 という事だ。

 どうやら、あの感覚は転移術の使用者には感じ取れないものであるらしく、あたしは時空扉を使う際は感じなかったが、離れた場所のキルバーンに檻ごと引き寄せられた時には確かに感じた。

 聞いてみたら扉をくぐったことのあるダイやマァムにも、その感覚はあったようだ。

 ちなみに、

 

「オレは恐らく平気だと思うが。

 何度も、グエンの転移呪文で一緒に移動しているから、そろそろ慣れた」

「ちょっと!それって、最初の頃は不快だったって事じゃないの!

 わたしは知らなかったんだから、ちゃんと言ってよ!!」

 という会話が、ヒュンケルさんとグエンさんの間で交わされていた。

 

「そんな事言って先生、実はグエンさんと少しでも長く一緒に居たいだけなんじゃ…」

「なんだ、ヤキモチか?」

「なんでそうなるんスか。

 …振られ男の分際でその余裕の態度に若干ムカつきましたので、我が敬愛する師の居ない間に、酒瓶と在庫のお酒、地面に流しときますね」

「鬼かお前は!一緒に来い!!」

 …そんなわけであたしも同行が許され、今あたし達はパプニカに降り立っている。

 

「みんな、お待たせっ!!」

 着地地点から真っ先に駆け出したダイが、既に集まっていた兄たちの方へと駆けていく。

 

「ロン・ベルク。リリィ。お世話になりました。

 …もう、待ってよダイ!」

 それに続いてグエンさんが、こちらを振り返りつつ駆け出そうとし…その背中に、先生が声をかけた。

 

「……ロン、だ」

「え?」

「次、会った時でいいから、オレの事はそう呼べ」

「…別にそれくらいなら、今すぐにでも。

 …それじゃまた、ロン」

 …うん、確信した。

 これ、昨日のあの衝撃のプロポーズが、彼女には1ミリも届いてない。

 

「…なんか、すまん。ロン・ベルク。

 では、オレ達も行く…!!」

 なんか保護者みたいな事を言いつつ、ヒュンケルさんが一歩前へ踏み出し、マァムを振り返って、躊躇いつつそちらに手を伸ばした。

 マァムがその手を取り、もう一度2人で振り返って一礼してから、仲間たちの元へと歩いていく。

 うむ、こっちはなかなかいい雰囲気ではないか。

 …ちょっとポップが不満そうな表情を浮かべているのがわかったが、この状況ならば自然な流れだ。

 キミはキミで幸せを探したまえ。

 そしてそれは多分、手を伸ばせばすぐ近くにある。

 

「……手強いが、いい女だ。

 生きて帰ってきたら、改めて口説くことにするか」

 あたしの隣で、そう呟いた先生は、ほんの少し苦笑いしていたが、それでもなにげにスッキリした表情だった。

 

「…先生。

 あのひとを守る為には、いざとなれば全力で戦う必要があると思いませんか?」

「……ん?」

「先生の剣、今こそ完成させましょう!!

 これがあれば、完成させられますよね!?」

 言って、ポーチから取り出した聖石を握らせる。

 ロン先生が、手の中のそれを見つめて息を呑んだ。

 

「これは…そうか。

 ……リリィ、おまえは最高の弟子だ!!」

 さっきは鬼だとか言ってたくせに、ロン先生は嬉しそうにあたしを抱き上げた。

 よしやった!先生がやる気になってくれた!

 グエンさんありがとう!

 あなたのお陰で、どうしても埋められなかったピースが埋まったよ!!

 

 カール王国に向かう気球をロン先生と見上げながら、あたしは大きく手を振って見送った。

 

 ☆☆☆

 

 パプニカから飛び立った気球は、その高度を上げていくに従い、出発の地をみるみる小さくしていく。

 ここから決戦の地へと向かうのは、ダイを中心としたおれ達勇者パーティー6人と、くっついてきたチウやゴメ。

 更にレオナ姫さんに、感知能力を持つ占い師であるメルル、そしてパプニカ三賢者の1人であるエイミさん…てゆーか、この人は基本、パプニカの守りにつく人員ってイメージの方が強いんだけど。

 なにげなくそれを口にしたら、なんだかちょっとムキになったような口調で、姫さんの護衛だと答えた。

 

「それに私だって、多少の戦いの役には…」

「多少の役に立つ程度では、死の大地の敵には歯が立たん。

 姫の護衛に徹することだな…」

 言いかけたエイミさんの言葉を、割と容赦なくヒュンケルがぶった切り、そのヒュンケルをエイミさんは…なんかものすごい目で睨みつけていた。

 ……あれ?

 なんか、あの北の海上からおっさんに助けられてパプニカに戻った時の態度から、ひょっとしてエイミさん、ヒュンケルに気があんのかなと思ってたんだけど。

 この目、どう見ても惚れた男に対する視線じゃねえな。

 つかむしろ、恋敵でも見るような目…いや、まさかな。

 

「もう、ヒュンケル!そんな言い方しないの!!

 ごめんね、エイミ。

 彼、口と目つきが悪いだけで他意はないのよ。

 あなたの事も、心配しているだけだから」

「目つきが悪いは余計だ」

「口が悪いはいいのね…」

 そのエイミさんの視線に気付いたのか、グエンがフォローになってないフォローを入れて、ヒュンケルがそれをまたぶった切り、マァムが更にそれに、少し呆れたようなコメントを重ねた。

 …待てマァム。

 グエンのちょっとズレたコメントにヒュンケルがつっこむのは割といつものことだけど、なんでおまえ、それに更につっこんでるんだよ。

 あとエイミさん、ちょっとグエンにくっつき過ぎじゃね?

 

「まさか……だよな」

「なにが、まさかなんですか?」

 無自覚に口から出ていた言葉に反応が返ってきて、驚いてそちらに顔を向けると、不思議そうな表情を浮かべたメルルがおれを見上げていた。

 

「あー…いや、何でも。

 それよりさ、一緒に来てくれてありがとな」

 …リリィの能力が姫さんや他の王たちに知られていれば、今ここにいるのは彼女ではなく、リリィだった筈だ。

 それも自由意志ではなく強制的に。

 妹の自由と身の安全の為に、その戦略的価値を握りつぶしてるのは、兄としてのおれのエゴだ。

 そう考えると、身代わりにしちまったみたいで、メルルに対して申し訳なく思ってしまう。

 それなのに。

 

「…いいえ。

 私、ポップさんのお役に立ちたいんです」

 メルルはおれの服の袖を小さな手で握り、俯き加減にそう呟いた。

 

 ちょっとドキッとした。




関係ないけど、一応この話の中で、ヒュンケルは推定身長175前後と、それほど高くは設定してません。
グエンはそれと大体目線的に同じくらいか、ちょっと高めです。
ポップが165強くらいで、多分マァムはそれより1、2センチ高い。
メルルは158くらいでレオナがそれより4、5センチ低め。
ダイは133くらい。リリィが140強。
未登場の北の勇者はマァムよりちょっと高め。
ロン先生とラーハルトは180余裕越え。
バランはラーハルトより1、2センチ低いかも。
ハドラーは余裕で2メートル越え、くらいのところで。
…あくまで、ここでの設定です。公式は知りません。

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