DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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36・武器屋の娘は戦慄する

 勇者パーティーと、オリハルコンの親衛騎団。

 両者が距離を置いて睨み合う。

 触れたら切れそうな気迫がその空間に満ちて、改めて自身の存在の場違い感に、『そんじゃまた』とでも言って帰りたくなった。

 あたしの不安が伝わったものか、あたしとノヴァを隠すように傍についているガルーダさんが、喉でくるくる鳴きながら頭をあたしの肩に擦りつけてきた。

 その首筋を掻くように撫でてみる。

 むむ、これはなかなかに癒される感触だ。

 外側の羽根は少し固いが、その下の羽毛はふわふわで。

 そのふわふわが懐いてくるとかもう。

 うむ、愛いやつよのう。もそっと近うよれ。

 むふ、むふふふふふふっ。

 

「うっ……!」

 と、ガルーダさんとあたしがふわふわを通じて魂の交流を深めてる間に、完全に存在を忘れていたノヴァが呻いたのに気付いて、慌てて傍にしゃがんで、その様子を窺う。

 火傷とか他の傷はグエンさんが治療してくれたから痛みとかはない筈だけど、体力は回復させていないようなので、目が覚めてもすぐに動けはしないだろう。

 長いまつ毛が震え、瞼がゆっくり開く。

 その下から現れたダークグレーの瞳が、次第に焦点を結ぶように、あたしを捉えた。

 薄い唇が開き、掠れた声を紡ぐ。

 

「…………………天使?」

 …どうやら、まだ目を覚ましてはいなかったようだ。

 寝ボケに付き合ってはいられないので、中断されたふかふかの堪能に戻るべく、あたしは立ち上がってノヴァの傍から離れた。

 

「え?いやちょっと」

 あれ?やっぱり起きてる?

 うーん、若干めんどくさいなコイツ。

 

 ☆☆☆

 

「恐ろしいまでの自信だな、あいつら…!!!」

 深く息を吐くようにクロコダインが呟き、わたしも頷く。

 

「…なんのっ!!

 今まで戦い抜いてきたおれたちのチームワークが、あんな人形どもに劣るもんかいっ!!!」

 だがそれに答えたポップの言葉は、わたし達全員に勇気を与えるものだった。

 この子は、パーティーにおける『魔法使い』の立ち位置を、無自覚ながら身につけてきている。

 ただでさえここのところのポップの成長はめざましいものがあり、その自信が彼の言葉に、より説得力を与えてきているから、もはやこのパーティーの中に、彼の司令塔としての能力を疑うものなど居ない。

 

「マァム!!

 あの馬の(ツラ)した野郎をなんとか片付けてくれっ!!!

 あいつの呪文返しさえなくなりゃ、奴らを一気に吹っ飛ばせる、おれの極大呪文が使えるんだ!!!」

「わかったわ!!」

 その彼の成長を、少し離れていた時間がある分、より強く感じているであろうマァムが、ポップの指示に頷いて構えを取る。

 

「…オレは、あのデカイ奴をやる!!!」

「なら、わたしはあっちのとんがった方を」

 わたしとクロコダインもそれぞれの分担を決め、ポップに申告する。

 わたしが担当を決めたアイツは、先ほどリリィの子だと主張していた奴だ。

 どういう状況なのかはまったくわからないが。

 

「…さっきの話だと、ボスはあの一番小さいのだな?」

「そうだね、ハドラーはまだいないようだから、あの女王(クイーン)がリーダーの筈だ……ちっちゃいけど」

「聞こえてますよ!」

 そしてダイとヒュンケルの間で交わされた会話に、例のアルビナスと名乗った女王(クイーン)がツッコミを入れた。そして。

 

「アルビナス。オレはあの鎧の男と…」

「ちょ、ムカつく!

 ヒム、あなたは勇者ダイを攻めなさい!!

 それが現時点で最良の采配です!」

「いや、奴の額も同じように…てゆーか普通に私的感情入ってんだろ!?」

「それはあなたも同じです!

 ハドラー様に言いつけますよ!!」

「子供かッ!!?……いや、なんかもういい」

 いや待て。

 気がつけば若干アレな会話があちら側で成されており、一通りの打ち合わせが終わったあたりでわたし達は攻撃の瞬間を待った。

 タイミングを間違えたら、途端に形勢が不利になる。

 この場に立っている者全員が、それを肌で理解していた。そして。

 

 パキン………!!

 

 それは、先ほどのリリィとガルちゃんが放ったダブルベギラマの範囲外で、溶け残った氷の塊がそろそろ溶け始めて、欠片が地面に落ちた小さな音だった。

 それを合図にしたように、全員が動き出す。

 勇者パーティーのうち、一番俊敏性の高いマァムが、やはり一番最初に騎士(ナイト)へ急襲した。

 

「アバン流牙殺法・潮竜撃(ちょうりゅうげき)!!」

 それはスピード特化の、『海』の技。

 風よりも速い一撃に、シグマと名乗った騎士(ナイト)が、衝撃波を躱すと同時にマァムの姿を見失い、振ったランスが空を切る。

 その大振りを掻い潜って肉薄したマァムは、シグマの手首を掴んで極めてから、彼女より一回り以上大きなオリハルコンの戦士を、軽々と背負い投げた。

 

「…しょうがねえ!

 こういう時には、気持ちをキリッと切り替えるのが大事だぜ!!

 オレは……勇者をやるッ!!!!」

 一拍遅れて、ヒムがダイヘと突進する。

 

「オオォォォオッ!!!!」

 クロコダインが、雄叫びを上げながらブロックと呼ばれた城兵(ルック)へ戦斧を振るい、わたしはその背中と同時に自分にもスクルトをかけてから、自身の敵に向き直った。

 

「…ワシの全身は、8割以上が刃物だ。

 その美しい肌に傷をつけたくなければ、迂闊に触らん方がいいぞぉっ…!!」

 とんがった右手をチキチキ鳴らしながら、フェンブレンと名乗っていた僧正(ビショップ)が表情の判らない顔で笑う。

 なるほど、いわば生きたオリハルコンの剣ってわけね。

 わたしはまだ遭遇した事はないのだが、以前カールの図書館で読んだモンスター図鑑に、『人食いサーベル』というモンスターが載っていたのをふと思い出す。

 スクルトをかけていて良かった。

 

「私の相手は、あなたですか?」

「…貴様、女か?

 ならば、いかに魔物とはいえ、生命(いのち)までは奪いたくないが…」

 そしてヒュンケルが、なんだかやけに甘い事を言いながら、アルビナスと名乗った女王(クイーン)の前に立っている。

 一見少女のようなあの姿を見れば気持ちはわからないでもないが、これは後でツッコミを入れておこう…などと考えて一瞬気を逸らした次の瞬間、目の前のフェンブレンの姿が消えた。

 ………いや、違う!

 わたしが事態を把握した時には逆立ちしたフェンブレンの両脚が、地面の下へと消えていくところだった。

 

「…インパス!……って、速いっ!!!」

 

 ☆☆☆

 

「私はただの駒ですから、性別なんてありませんよ。どうぞ、御遠慮なく♪」

 オレの問いに、何ら逡巡を見せる事なく女王(クイーン)が答える。

 

「…いい度胸だ!

 だが、少々オレたちを見くびっているようだな!!

 兵士(ポーン)というのは最弱の駒のはず…!

 それをダイにぶつけて、食い止められるとでも思っているのか?」

 さっきオレが額をブチ抜いてやったヒムという兵士(ポーン)に、ダイの方へ行くように指示を出していたのはこいつだ。

 

「…あら?失礼ながら、チェスというゲームをよく御存知ないようですね、あなた。

 駒には力の優劣も上下関係もありません。

 単に能力の方向性が違うだけです。

 なので必ずしも兵士(ポーン)が、女王(クイーン)より弱いとは限りませんよ?

 使い方次第では兵士(ポーン)一個で、あっさり局面がひっくり返される事も、決して珍しくはないのですから。

 相手の能力を考え合わせて適材適所に駒を当て、敵軍の進撃を食い止めるのが、チェスに求められる基本戦略。

 ……そう、あのように」

 女王(クイーン)の視線の動きを思わず追ったオレの目に、ダイに拳を浴びせるヒムが映った。

 それになんとか耐えたダイが、その拳の一瞬の合間に空裂斬を放つも躱され、あまつさえそれを放ったナイフの上に、ヒムは立っている。

 驚いたダイが一瞬固まったのを見逃さずヒムは蹴りを一撃放ち、更に間髪入れず、拳のラッシュを浴びせた。

 

「オラオラオラオラッ、オラァッ!!!!

 どうした、その背中のごっついのはただの飾りか!?」

 絶え間なく繰り出されるオリハルコンの重い拳は、ダイの小さな身体にダメージを蓄積させていく。

 ダイの剣が抜けたとしても、あれほどに距離を詰められては、その隙すらないだろう。

 

「ヒムは、相手と距離を詰めての格闘戦なら天下無敵!」

 

 自身の采配の結果に満足したかのように女王(クイーン)は、別の場所に視線を移す。

 重い音と振動が遠くない場所から伝わったかと思えば、城兵(ルック)と戦っていたクロコダインが、その足元に倒れていた。

 

「ブローム」

 奇妙な声が城兵(ルック)から発せられると同時に、その大きく重い足が、クロコダインを踏みつける。

 

「ブロックの武器は、その圧倒的な(パワー)!!

 彼の突進は誰にも止められず、立ちはだかる敵は、ただ踏み散らされるのみ!」

 

 そうして、また視線により示された方向では、振るわれるマァムの拳を、騎士(ナイト)が腕の盾で受け止めていた。

 元々力は強い方であったようだが、武闘家として修業を積んだマァムはスピードや身軽さが抜きん出ており、その彼女の攻撃をこうして捌いているだけでも瞠目すべきだというのに、騎士(ナイト)はあっさりその上をいっている。

 

「…人間でここまでの力とスピードを身につけるとは、見上げた努力よ…!!」

 この騎士(ナイト)の動きと呪文反射の盾を封じる事こそがこの勝負の鍵となる為、まず攻撃の間合いをとり直そうとしたマァムの、その動きに騎士(ナイト)は並走する。

 一瞬驚いたもののそこに攻撃を加えようと振りかぶったマァムの拳が空を切り、その姿を見失った。

 次の瞬間、頭上からのランスの攻撃が、マァムの服の肩口を切り裂く。

 

速度(スピード)と跳躍でシグマと勝負するのは、天馬でも不可能!」

 

 更に女王(クイーン)の視線は別方向へと向かい、そこにはグエンが槍を振りかぶり、地面へ突き立てる姿が見える。

 

「……そこだッ!!!」

「正解だ!だが、避けきれまいッ!!?」

 回転しながら地を割って現れた僧正(ビショップ)がグエンに襲いかかり、避けようとしたグエンの盾の、突起が一本切り裂かれて、落ちた。

 

「くッ!!」

 どうやらその下の肌にも傷がついたようで、一瞬その傷を押さえて、表情を歪める。

 どうやら回復呪文を使ったようだが、その間に僧正(ビショップ)はまたも、地中にその身を沈めていた。

 

「フェンブレンは神出鬼没!

 神ですらその動きを予想する事は出来ない!」

 

 そうして、仲間たちの戦いを一通り見回した、その視線が、オレへと戻ってくる。

 

「そして…彼らの行動を統括するのが、女王(クイーン)であるこの私です!!

 …どうです?ここはどうやら、私たちの布石の方が、圧倒的に有効なようですよ?」

 挑戦的に見上げるその顔に、妙な既視感を覚える。

 その奇妙な感覚を振り払うべく、オレはそいつに向けて剣を振るった。

 

「ならば、この場で最強の駒である貴様を倒すのみだっ!!!」

「あ〜、ここまで聞いてもまだ、私を最強とか言っちゃいますかぁ」

 オレの渾身の一撃ならば、当たればオリハルコンといえど砕けるのは、先ほどのヒムで実証済みだ。

 だが、女王(クイーン)は軽い口調でそう言いながら、オレの攻撃を悉く躱してみせる。

 こいつ………!!!

 

「…そう思っていていただいて結構です。

 言っておきますが……私は、かーなーりー!

 ……強いですよ♪」

 そう言ってオレを見上げた女王(クイーン)の不敵なほほえみは…その表情が、驚くほど、リリィに似ていた。

 

 ☆☆☆

 

「こいつはやべえぞ…敵さんのペースだ…!!」

 離れた場所から仲間たちの戦いを見渡しながら、ポップが呟く。

 なんだかんだでポップの呪文が一番の決め手になるのは間違いないが、それもある程度敵がひとかたまりでなければ無駄になる為、現時点では手が出せずにいるようだ。

 

「ヒマなら、ワシが遊んでやろうか!?」

 と、聞き覚えのある声が予期しない方向から響き、ポップが自分の後ろを振り返る。

 同時にあたしの『タカの目』が自動展開し、フェンブレンが地中を、手の刃物をドリル状に回転させて掘り進んでいるのが見えた。

 

「ポップ、飛んで!!」

「ッ!!?」

 あたしの思わず発した声に、ポップが反射的に飛翔呪文で上空へ飛ぶ。

 瞬間、それまでポップが立っていた場所に、土を割ってフェンブレンが現れた。

 

「うわああっ!!!」

 その刃物ドリルが危うく足先を掠めるところを寸でで回避したポップが悲鳴を上げる。

 そこへ。

 

「待ちなさい!!

 アンタの相手はわたしよ!海鳴閃ッ!!!」

 キン!と空気の摩擦のような音を立てて、グエンさんがフェンブレンへ向かう。

 真っ直ぐな突きがフェンブレンの肩口に当たり、ヒュンケルさんのように貫く事はできなかったものの、肘から先のドリルの動きが止まった。

 

「虚空閃!!」

 更に間髪入れず、グエンさんが、彼らに対する唯一の決定打を放つ。が、

 

「グフフ、非力非力!

 その程度の威力では、ワシのオリハルコンの身体(ボディー)を貫き、その下の(コア)に闘気を当てる事は出来んぞォッ!!」

 威力不足。再三指摘されていたグエンさんの課題が、この場に及び一番大事な場面で顕れてしまう。

 どうやらこの方法でオリハルコン戦士を倒せるのは、ダイ、マァム、ヒュンケルさんの3人だけのようだ。

 マァムが加わってるだけでも原作よりはいくらか有利な状況だが。

 そして、フェンブレンの斬撃の軌跡が逆袈裟状に、グエンさんの身体の真正面から描かれ、その軌跡を一瞬、青い光が包む。

 その青い光に弾かれるように、グエンさんの身体が後方へ飛ばされた。

 

「くはッ!!!」

「小癪な…スクルトの防御膜か!

 本来ならその身体、鎧ごと真っ二つに切り裂いていたものを…!!」

 などとフェンブレンが、相変わらず感情のわかりにくい顔で、悔しげに呟いたが、したたかに地面に身体を打ちつけたグエンさんの鎧には、一筋の刀傷が刻まれている。

 

「グエン、無事かっ!!?」

「降りてくるんじゃないわよ、ポップ…!」

 どうやら致命傷は避けたものの、まったく無傷というわけにはいかなかったようで、グエンさんが立ち上がりながら脇腹に当てた手の指の間から、あたし達と同じ赤い血が滴って落ちた。

 その手から僅かにオレンジ色の光が放たれており、どうやら回復呪文で治療を行なっているようだが…痛みのせいなのか、集中がうまくいかないっぽい。

 そしてその間にフェンブレンは、また地中へと潜っている。

 

「グエン!!」

 そして、その光景がどうやらダイの目にも届いていたようで、彼女を呼ぶ声が悲痛に響くも、

 

「他人の心配をしている場合じゃないぜっ!!!」

 と、どこか楽しそうに拳の連打を浴びせてくるヒムに、ダイは防御すらままならずにいる。

 

「くそおおお──っ!!!!」

 叫びながらほぼ苦し紛れに、ダイは背負った剣に手をかけた。

 その動きに、一瞬の警戒を見せたヒムがダイから離れる。

 だが、相変わらず精神波長の合一化が未完了であるダイの剣は、自分の出番ではないとばかりに、頑なにその封印を解こうとはしなかった。

 

「……フン。期待させやがって」

 剣が抜けないのを見て取り、ヒムが呆れたように呟く。

 

「使えない武器など偉そうに提げてくるなああっ!!!」

 ちなみに先生との戦闘訓練の間も、この剣は一度も抜けた事はない。

 自身の限界と相手の力を見極め、本当に正しく力を揮えるところにダイの精神が追いついて、初めて剣とダイの心がひとつになる。

 訓練の間、先生はその辺を教えようとしてきたのだが、最後の修業の日にそう説明しても、ダイ的に実感が伴ってはいない様子だった。

 こういう事は言葉で説明できる事じゃない。

 本人が感覚で理解するしかないわけで、だからあたしもその辺は、口出さずにそのまま見守ったし。けど…。

 

「落ち着いて、ダイ!!

 剣が抜けない、まだ出番じゃないと判断したという事は、あなた自身がまだ全力ではないという事!

 全力で戦えば、絶対勝……!!?」

 先生もいない事だし、ヒントにでもなればと叫んだ言葉が途中で止まる。

 またも勝手に展開した『タカの目』が、地中を進むフェンブレンを捉えたからだ。

 

「ノヴァ、逃げて!!」

「えっ!?」

 突然振り返って告げたあたしに一瞬ノヴァは固まり、ガルーダさんがその身体を掴んで飛ぶ。

 次の瞬間、ノヴァのいた場所に回転する刃が突き立ち、とんがったオリハルコン戦士が土の中から現れた。

 

「母上っ!!お会いしたかったですぞおぉっ!!!」

「んぎゃあああああっっ!!!!」

 そしてあたしの姿を視界に捉えたフェンブレンが、その両腕をあたしに伸ばしながら向かってきて、あたしは乙女にあるまじき悲鳴をあげた。

 

「はっはっはっ、前にも言った筈ですぞ!

 我が(やいば)が、母上の身を傷つける事はないと!

 …その柔らかな肉に(やいば)(うず)め、この世に生まれたあの日の如く、そこから流れた血を全身に浴びる事ができたなら、それはどれほどの甘露であろうかと思いはしますが、な……!!」

 何そのヤバイ発言!!

 放置したらマザコン拗らせてヤンデレ化するとか、どこまで変態なんだお前は!!

 

「てめえ、リリィに触んなッ!!」

 思わず逃げ出したあたしとそれを追いかけるフェンブレンの間に、上空に避難していたポップが降り立つ。

 

閃熱呪文(ギラ)ッ!!!」

 だが、当然オリハルコンの身体にそんなただの呪文がダメージを与えることなどなく、ポップのギラは明後日の方向に弾かれて消えた。

 

「無駄無駄ッ!!

 ようやく叶った母上との逢瀬の邪魔はさせん!!

 せめて『痛い』と感じる前に、その首、飛ばしてくれるッ!!」

 しまった。

 あまりの気色悪さに反射的に逃げてしまったが、ヤツに捕まったところであたしにダメージはないのだから、一旦捕まっといて後で考えるんだった。

 人質とかの卑怯な真似はこいつらの好まないやり口なのだから、あたしが捕まったところで、ポップ達が戦いにくくなる事はないし、少なくとも今こうしてあたしを庇おうとしたポップが、生命の危機に陥る事態は避けられた筈だ……!

 他の仲間たちは、それぞれ自分の相手に手を取られており、助けに入る余裕がない。

 一見いい勝負をしているように見えるヒュンケルさんとマァムはその実、相手のアルビナスやシグマがほぼ本気じゃない状態で振り回されてるし、ダイは相変わらずヒムのタコ殴りから抜け出せずにいるし、グエンさんはまだ傷の治療中。

 クロコダインに至っては、ブロックにアルゼンチンバックブリーカーかけられてるし。

 

「うああっ、こ、こっち来んな!!」

「ポップ──ッ!!!」

 フェンブレンの腕が、今まさにポップに向かって振り下ろされようとし、思わずそちらに駆け出そうとしたあたしの身体が、誰かに抱きすくめられて止められる。

 同時に肩越しに白い光が(はし)り、それがフェンブレンの刃の腕に、一瞬だけ突き刺さって、落ちた。

 それは投擲用の細身のナイフ。

 うちの店でも扱ってますので、御用命の際は是非、ランカークス村のジャンクの武器屋へ。

 

「ノヴァ!!!」

 ポップの声に、一瞬明後日の方に飛ばしていた意識を慌てて戻す。

 それからあたしを背中から抱きすくめている腕の主を見上げて初めて、ポップがその名を呼んだ青年であることに気づいた。

 傷は治療されたものの体力は回復されていない彼は、それでも片腕にあたしを抱きとめたまま、もう片方の手で服の内側から、同じデザインのナイフを取り出す。

 どうやら闘気を込められたらしいそれは、先ほどと同じようにフェンブレンへと放たれ、フェンブレンはそれを弾き落とすべく、一旦ポップから離れた。

 その隙に、ポップがあたし達の方へと駆け寄る。

 

「キミの杖を貸すんだ!」

「いや、その前にうちの妹離せ!!」

 あたしの目線より上で交わされた会話のあと、あたしがノヴァの手から引き剥がされると同時に、交換のようにポップの杖がノヴァに渡される。

 ノヴァは受け取ったポップの杖に闘気を込めると、それを渾身の力で投げ放った。

 

「ぐっ…おおおおおお──っ!!!!」

 それが飛んだ先は、ダイに今まさにとどめの一撃を加えようと振りかぶった、ヒムの胴。

 

「ぐはっ!!!」

 見事に腹に命中したそれは、ヒムの身体を後ろへ3メートル以上吹っ飛ばし、建物の塀にぶち当たってそれを破壊する。

 先ほどのフェンブレンといいコイツといい、光の闘気が一応弱点であるのは確かだが、特に属性のない闘気でも、ある程度威力があれば、こいつらにダメージを与えることは可能らしい。

 一旦ピンチを脱したダイも、こちらへ駆け寄ってくる。

 

「ノヴァ!ありがとう、助かったよ」

「れ、礼なんか無用だ…!

 ちょっとくらい、いいところを見せないと…勇者として、格好が……」

 そこまで言ったところで、闘気を使い果たしたノヴァは、文字通り『気を失った』。

 

「…体力の回復はされてなかったから。

 今ので全闘気を使い切ったんだと思う」

 説明しながら、とりあえず邪魔にならないところによけようと、その身体を引っ張る。

 

「…無理だろ。おれが運ぶ。おまえは足持てよ」

 あたし1人では引きずるしか出来そうになかったが、ポップが手を貸してくれ、2人で建物の陰へノヴァを運んだ。

 

「…残り少ねえ闘気(オーラ)ふりしぼってカッコつけやがってよ。

 限界ギリギリの力でツっぱるとは、思ったより根性あんじゃねえか…!!

 この程度じゃ、うちのリリィはやれねえけどな!」

 …あたしの兄は何を言ってるんでしょうか。

 ポップの軽口に思わず白目で対応していたら、ダイがハッとしたようにノヴァを見つめた。

 それから、その視線がゆっくりと、あたしの方へと向けられる。

 

「…リリィ。

 おれ、ノヴァの頑張ってる姿を見て、今やっと、ロン・ベルクさんやリリィの言ってた事がわかったよ。

 この剣は、おれより長いこと戦いを見続けて、おれよりずっと敵の力がわかる…!

 剣が抜けないってことは、おれたちが全力で戦いさえすれば、勝てる相手だって事なんだ…そうだろ?」

 ダイが確認するように問うのに、あたしは頷いた。

 

「あなたの力と剣の力が対等になれば、剣とあなたの精神がひとつとなり、その時こそ剣はあなたの判断に自身を委ねる事になる。

 …でも、まだ今は、その時じゃない」

「おれ、まだまだ未熟な勇者だね…」

 ダイは苦笑いのような表情を浮かべてそう言ったが、そこにはさっきまでの、焦りの表情は見えなかった。




アルビナスは成長段階で、リリィの印象を強く心に残したハドラーの意識が投影された結果、大きさだけでなく性格までリリィ化しました。
バタフライエフェクトの被害が甚大過ぎる(爆
あともうひとつ、原作にはない能力の付与が実は密かにあるのですが、今回は出せませんでした。

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