DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「くそっ!!くだらぬ邪魔をしおって…許さん!!!」
怒りに震える声が聞こえ、反射的にそちらを振り返る。
やっと立ち上がったヒムが、投げつけられたポップの杖を握りしめ、それが拳に伝わる熱で溶けていた。
…ヒムの身体に流れてるのは炎系の魔力だったもんな。
「あぁ……新品の杖がぁ〜……」
それを見てポップが残念そうな声をあげる。
うん、読者デザインのかっこいい杖、これにて出番終了。
お疲れっした〜ってそんな事言ってる場合じゃない。
怒りの感情をまったく隠さず、ヒムがこっちに突進してくる。
「…全開っ!!
それに真っ向から立ち向かうダイに、先ほどまでの迷いはない。
跳躍し、高所から落下しながらヒムが振りかぶる左拳(さっきから見てると、ヒムの必殺の一撃はどうやら左であるらしい)に、自らも跳躍して空中で、紋章を浮かばせた右の拳を合わせる。
そこから伝わる闘気が、ヒムにダメージを与えたようで、ヒムは苦痛の声を上げて、拳を抑えて飛び退った。
「ダイ!そいつをこっちへ落とせ!!」
そこに、アルビナスと攻防を繰り広げていたヒュンケルさんの声がかかる。
ダイは組んだ両手で空中のヒムの背中に一撃加え、言われた通り、ヒュンケルさんに向けて落とした。
それを射程に入れて、ヒュンケルさんが構える。
「アバン流刀殺法・空裂斬!!!」
瞬間、薄紫の光がヒムの身体を貫いた。
・・・
だが。
ヒュンケルさんの技が直撃したにもかかわらず、左腕が千切れ落ちそうになりながらも、ヒムは立ち上がってきた。
「まだ完成してなかったのかよ、おまえの空裂斬…」
「確かに容易い技ではないが…発動の瞬間、
これさえなければ倒せたものを…!!」
そう言うヒュンケルさんの腕の鎧の継ぎ目に、針が一本突き立っている。
「はいそれ、毒針です。
結構強いんで、急所だったら即死してます。
早く手当てした方がいいと思いますよ?」
…いや、確かに原作でもこのシーンあったけど!
鎧の魔剣、魔槍に比べたら装甲部分多いのによく狙えたな!すごいよアルビナス!!
そんなアルビナスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ダイが叫ぶ。
「グエン……いや、マァム!!来てくれっ!!!」
途中で人選を変更したのは、グエンさんがまだ治療中だったからだろう。
呼ばれたマァムはシグマに向かって蹴りを放つと、それをわざと盾で止めさせて跳躍し、一瞬でダイの傍に着地した。
「こしゃくなッ!!!」
踏み台にされたと気付いたシグマが、こちらへ向かって来ようとする、が。
「はいは〜い、親衛騎団の皆さ〜ん。
こっちも全員、一時結集しま〜す」
というアルビナスの声がかかり、心得た、と呟いたと同時に、そちらへ向かって飛んだ。
既にアルビナスのそばに立っていたヒムと、その近くにいたフェンブレンに続いて合流する。
少し遅れて、抱え上げていたクロコダインを投げ飛ばしてから、ブロックもそちらへと歩き出した。
…なんかちょっと、このアルビナスの口調にイラッとするのはあたしだけだろうか。
なんというか…前世の中学時代に空気読まないクラスメイトの『○○のマネ〜』で、自分の口調をモノマネされた時みたいなイラッと感?
確かにあたし自身から見ても、声とか口調とかすっごい似てると思うけど。
多分だが、兄をはじめ他の人たちもそう思ってる気がする。
つか本人には真似してる意識はないだろうから、造られた時に
…けど、毒というえげつない手段まであたしの影響だと思われるのは軽く風評被害だ。
言えないけどあたしのいない原作でも、同じ展開になってるからね!
だから、マァムがヒュンケルさんに
「……ちいっ、左腕が上がらねえ…!!」
ちぎれかけた腕をもう片方の手で押さえながら、ヒムが呟く。
断面から火花のような光が散っているのは、どうやら彼の身体に流れている魔力であるらしい。
生身のあたしたちでいう、流血してる状態に近いのかなと、何となく思う。
「フェンブレン!!」
「…オウ!」
と、名前と返事のみの短いやり取りの後、フェンブレンの刃がヒムの左肩に振り下ろされる。
オリハルコンの塊の腕が一瞬で、チーズのように切り落とされ、ちぎれかけだったヒムの左腕が、完全に切り落とされて地面に落ちた。
その腕から魔力の火花が、さっきより激しく散ったかと思うと、それは大きな音を立てて爆発し、跡形もなく砕け散る。
「…どうせ動かぬ腕なら、この方が身軽でいい!」
とか言う本体の断面からは、もう魔力は漏れていない。
…って、爆発すんのかい!いやそうだったよ!!
確かに原作でもそうなってたよね!!
すっかり忘れてて、落ちた瞬間拾って持って帰ろうかとか、反射的に思った自分にも改めてびっくりだけどな!!
『…全身がオリハルコンの彼らですが、厳密には純正のオリハルコンは心臓の位置の
爆発は、物体から魔力に戻る際の、何というか空間との軋轢みたいな現象が起きた結果、生じるもののようです。
この場合、爆発して欠片が飛び散るわけではありませんので、以前聖石を入手した時のようなリサイクル式の錬金でも、オリハルコンの採取は不可能ですね』
しかも先回りして説明すんな!
まさかのオリハルコン入手!?とかちょっとでも思った自分が相当恥ずかしいわ!!
「…てめえの腕をたたき落としやがった!
あの執念はどっから湧いてくんだ?」
…間違いなくあたしとは違う理由で息を呑みながらポップが呟く。
「…ポップの言う通りだ。
奴らの統率力と使命感は、恐るべきものがある…!!
だが、ダイよ。
仕留め損なったが、あれでいいんだ!
おまえには仲間がいる!
一人の力にこだわる事は無い!!」
勇者とはなんでもできるようで、一人では何もできないポジションだと言っていたのは、マトリフ様だったか。
この時空で言ってるかどうかは知らないけど、だからこそ個々のスペシャリストを従えて戦いに出る。
また、勇者がいて戦う勇気を皆に与えるからこそ、仲間たちもそれに従って戦える。
勇者パーティーの力は、心の絆であると言える。
…それを再認識する事ができただけでも、この戦いの意味があったかもしれない。
これにより、ダイの精神がより剣との合一化の道に近づく事になる。
先ほどまでは、ある意味剣自身の強大な力に、溺れかけていた状態に近かったわけだから。
「……オレも悟ったぞ!!」
途中で合流したグエンさんに回復呪文をかけられたクロコダインが、何故かそのグエンさんを片腕に抱き上げてダイたちへと歩み寄る。
「やつらは個々の能力では、オレたちよりはるかに上だ!!!
力に力、速さに速さでは、対抗しても勝てんッ!!
むしろ、異なった能力で立ち向かっていくべきだ!!!」
「なるほど!長所で対抗してもダメってことか!!」
「…あと、気になることがひとつ。
あの
…それが切れ味を増している上、ベホマでも傷が完全に治りきらない」
そう言ってクロコダインの腕から降りたグエンさんが、脇腹に当てた手を離すと、破れたアンダースーツの下から覗く白い肌に、一筋の赤い刀傷が走っていた。
「グエン!!?……クソッ、あいつら…!!」
その傷を覗き込んだダイが、親衛騎団の方を睨む。
「今、クロコダインで回復呪文を試したぶんには問題なく効いたようだから、
って、何それ!?暗黒魔力とか知らないし!!
あいつヤンデレ化のあまり、そんな特殊能力身につけたわけ!?
…だとすると、この厄介な属性は、まず間違いなくあたしの存在が原因か。
なんかごめんなさい。
「マジかよ!
あんたにしちゃ、いつもよりやけに回復すんの遅いなとは思ってたけど!!
動いて大丈夫なのか!?」
「出血はなんとか止まったから、恐らくは。
この戦闘が終わったら、上薬草でリリィに美味しいサラダでも作ってもらって、むしゃむしゃ食べることにするわ!!」
いやそれ死亡フラグだから!
せめてサラダは止せ!!
しかもなんであたしに作らせる前提なんだよ!!
確かに食材を無駄にしない為に自分じゃ絶対に料理しないとは言ってたけど、サラダも料理に入るのか!!?
「……よしっ!!フォーメーション変えんぞ!!
マァムはあのデカイのを、スピードでかき回せ!
おっさんは
ダイとヒュンケルは悪いが残りの3体、離れずにタッグで行くんだぞ!!グエンは……」
「2人を補佐するわ!
そのくらいの魔法力も体力も残っていてよ!!
マァムやクロコダインは、わたしが入ったら却って邪魔になりそうだし、ね」
「…頼んだ!
休ましてやりてえけどその余裕もねえしな!!
おれは今から
そしたら…スゲエのをぶっ放すから、みんな散ってくれ!!」
……あたしが脳内ツッコミに勤しんでいる間に、勇者パーティーの作戦会議が終了していたようで、全員がポップの指示でそれぞれの配置についた。
「いくぞ!!!獣王会心撃──ッ!!!!」
最初に動いたのはクロコダイン。
激しい闘気の渦が親衛騎団を襲い、それは狙い通りシグマを捕らえる。
「スクルトッ!!!」
それのほぼ直後、グエンさんが全員に防御力強化呪文をかけると、ダイ、マァム、ヒュンケルさんの3人が、一斉に飛び出してそれぞれの相手へと突撃していった。
先程、作戦の要を任されていたマァムは、さっきまでクロコダインを潰さんばかりに叩きのめしたブロック相手に、堂々と渡り合っている。
また、先程もアルビナスを相手にいい勝負をしていたヒュンケルさんは勿論だが、ダイの動きもさっきとは別人のように冴えてきており、改めて迷いのなさをはっきりと感じさせた。
もっとも、現時点での作戦の要であるクロコダイン以外は、先程までと違い、倒す事を目的とした戦闘ではない為、ヒットアンドアウェイを繰り返して、その時を待っているわけで。
そして。
「しょ…笑止!
この程度の闘気流では、私は倒せぬぞ……!!!」
「グフフッ…ならば、“もう一つの渦”をくれてやろう!!!
バルジの大渦の中、
なるほど、あの時修業していたあれか。
なんで大渦を使う必要があったのかはよくわからないけど、それまで左腕に集中させていた闘気を、既に放出しているそれの威力を減じぬまま、もう片方の腕にも乗せて、放つ。
「ウオオオオ───ッ!!!!
も…もう一つの…逆回転の渦がああっ…!!!」
シグマの言葉通り、それまで彼の身体をなんとか拘束していた先の闘気の渦と、今放たれた闘気の渦は、回転の方向が逆だった。
それが盾を持つシグマの左腕を捕らえる。
言ってしまえばものすごく暴力的な雑巾しぼりの形なんだけど。そして。
「獣王激烈掌!!!!」
そう、それだった。
あの時名前思い出せなかった、クロコダインの新必殺技。
闘気を調節する両手の手首を合わせ、その手をぐるんと180度回すと、最高潮に高まったそれぞれの渦の回転スピードが、シグマの身体からその左腕を、問題の盾と共にねじ切った。
「ぐああああっ!!!!」
「……シグマ!!!」
苦痛に膝をついたシグマにヒムが真っ先に駆け寄り、他のメンバーもそれに続く。
こういうところを見ると、こいつらは間違いなく『仲間』なのだなと思わされる。
たとえ『兄弟』であったにしても、彼らの『兄』であるフレイザードは、もしこいつらと出会う事があったとしても、傷ついたこいつらを心配などする筈がない。
…だが、この場合は間違いなく、その絆が逆に、彼らにとっての悪手だった。
「今だッ!!!みんな、退け──っ!!!!」
ポップの指示で全員が一旦退却して、親衛騎団から離れた。
ポップの手に番えられた光の矢の、その輝きが最高潮に達して、溢れんばかりの魔力に圧倒される。
と、アルビナスの目に赤と青の光が灯り、それが忙しなく点滅した。
「…あれは『ゼロ』の魔力!
触れたものを消滅させる力です!!
みんな、散って!!!」
「遅いッ!!!」
何故かポップのその呪文の効果を正確に説明しだしたアルビナスだったが、その時はポップの手から、光の矢は放たれていた。
「
そして……眩い光が、爆発した。
☆☆☆
これが、魔法学者たちの間で幻と言われた、ゼロのエネルギー…!?
なんて……なんて威力。
確かにこれは、反射攻撃が一番怖いと言うわけだ。
などとわたしが呆けている間に光の爆発は収まり、まだ構えたままのポップに仲間たちが駆け寄る。
「ポップ、すっげえや!!!」
「猛特訓の成果、見せてもらったわよ!」
「自慢しただけのことはある…よくぞここまでの呪文を身につけたものだ…恐れ入った」
口々に浴びせられる賞賛に、ポップは喜ぶよりも安堵したような表情で大きく息をついた。
「フゥッ…やったぜ。
今度こそ間違いなく命中した…。
こいつさえ決まってくれりゃあ…」
徐々にやり切った表情に変わっていくポップの視線を反射的に目で追う。
そこには……何もない。
丸く抉れた地面と、同じように丸く抉られた周囲の小山。
その山の隙間から、本来それに遮られて見えないはずの水平線が見える。
その何もない空間こそが、彼の手の中で生み出された『ゼロ』のエネルギーが、間違いなくそこに『在った』証左だった。
これを、また成人年齢に満たない少年が顕現させてみせた事実に驚嘆を禁じ得ない。
「…勝った!!」
…これが、出会った時にはどこか頼りなげで、司令塔として説得力に欠ける印象を受けたあの子と同一人物だろうか。
あれから3ヶ月も経っていないというのに、この成長ぶりは恐ろしくさえある。
マトリフ様は確かに、この子の素質に密かに惚れ込んでいたけど…あなたの弟子は天才ではなく、どうやら怪物だったようですよ。
「おおう!!!たいしたもんだぞぉ、ポップ!!
あの強敵どもを一気に倒してしまうとはなあ!!」
「へへっ…おっさんの新必殺技のサポートがあればこそよ!!」
そう、クロコダインのあの技も、先の5日間の修業期間中に開発したものだったらしい。
「そうね。
あれがこの作戦の決定打になってくれたのですもの。
2人ともとても格好良かったわ!」
わたしもそばに駆け寄って、ポップの頭をわしゃわしゃしてるクロコダインに便乗する形で、ポップに抱きついた。
「は、ははっ…おまえにそう言われるのは、まだ別な嬉しさがあるな…!」
と、照れたように笑うクロコダインに対し、ポップの方はわたしの腕の中で、何故かちょっと暴れる。
「いやグエン痛い!
それで抱きつかれると胸んトコのとんがったパーツ当たって、めっちゃ痛い!!
抱きつくんなら武装解いてから…あ、いや、それもダメだ!やっぱなんでもねえ!!」
あら、失礼。
「…それにしても、すっごい破壊力だよなあ。
このメドローアって呪文…!!」
そして視界の端で、しみじみとダイが呟きながら、それが刻んだ爪痕を眺めている。
と、その足が、抉れた地面のくぼみに踏み出した瞬間、後方から叫ぶ声がした。
「ダイ!それ以上踏み出したら危ない!!」
「えっ!?」
後ろからかけられたリリィの鋭い声に、反射的にダイが振り返る。
次の瞬間、くぼみの中心の土が盛り上がった。
「まっ…まさかっ!!?そんな…バカなっ!!?」
地面を割って現れた影は、全身銀色の金属戦士。
「…危なかった!!
とんでもねえ魔法使いがいやがるな!!!」
身体から土埃を払うような動きをしながら、ヒムがそう言ってポップに視線を向ける。
「何故だ!?
ポップの疑問はもっともだ。
…その答えは、すぐに出た。
『無傷でいられる筈がない』というポップの言葉は、それだけは間違いではなかったのだ。
彼らの後ろに立っていた、一番大きな身体の
その巨体と重量をもって仲間たちを地面へと埋め込み、自らは盾となって庇ったのだ。
「…今更ながらに、強敵だっていう実感がわいてきたわ…!
ああして互いの長所を合わせ、短所を補いながら、力を合わせて戦った時の強さは…私たち自身が、誰よりもよく知っているもの…!!!」
マァムが呟いた言葉に、その場の全員が息を呑んだ。
勇者パーティーの力は心の絆。
それこそが、何にもまさる武器だった筈だ。
そして今立ち向かっている敵が、同じ武器を持って向かってくるという事実は、わたしたちを戦慄させるに充分だった。
けど。
「……構うもんか!!!
強敵とやりあう事なんか、とっくに覚悟の上だ!
奴らがどんな敵であろうと、今まで通り力を合わせて戦い抜くこと以外、おれたちにできることなんてないだろ!!?」
…呑まれかけた雰囲気を、立て直したのはやはり、勇者の一声だった。
「…そういうことだ!」
以前から、『自分にできることは戦う事だけ』と言っていたヒュンケルが、一番最初に同意する。
「…そうね!
敵に合わせられるほど、みんな器用なら苦労はないか…!」
続いて、ちょっと肩をすくめてマァムが、
「フフッ!!」
そしてクロコダインが、返事の代わりに愛用の斧を構えて不敵に笑った。
…そういえばこのパーティー、わたしとポップ以外は割と脳筋寄りだった。
けど、今はそれがとても心強い。
「ポップ、魔法力は足りていて?」
「おうっ!!
気ィとり直して…今度こそ決めたるぜっ!!」
決意を新たに、この強敵に対する切り札となり得る男が、心強い言葉とともに拳を握りしめる。が。
「…そうはいかぬよ!」
そんなわたしたちにかけられた声もまた、決意に満ちたそれであった。
振り向いたその場所に、いつのまにか
その足元には、先ほどクロコダインが技でねじ切った、彼の腕が落ちていた。
その腕から火花が散り、さっきのヒムの腕と同様、小さな爆発と共に消滅する。
……例の、反射効果を持つ盾を残して。
「このシャハルの鏡だけは、私が死んでも砕けはせん。
我が肉体の一部ではなく、ハドラー様からさずかった、伝説の
だが、一度見せてもらったからには、我が親衛騎団には二度と通用せん!
…この私が意地でも、そのまま君にお返しするからな…!!」
そうして自身の大事な防具を回収すると、ひとっ飛びで仲間たちの元へ戻る。
そこには同じく左腕を失ったヒムが先頭に立って、好戦的な笑みを浮かべて、こちらを睨みつけていた。
「さあて…第2ラウンドの開始といこうか!!!」
だが、そこに倒れたままの
「これ以上の戦闘は無意味です、ヒム!
一旦戻ってハドラー様に、ブロックの身体を修復していただかないと!!
それに元々、私たちの使命は…」
「くどい!聞き飽きたぜアルビナス!!
ここまで火がついちまったら誰にも止められねえっ!!
ブロックの仇はオレが討ってやるから安心しろッ!!!」
そう叫ぶヒムの言葉に、アルビナスと呼ばれた
『よさんか、ヒム……!!』
……まさに一触即発だったその空間に割り込んできたのは、どこかひび割れて聞こえる、聞き覚えのある声だった。
『…オレは、おまえのその性格を嫌いではないが、そうアルビナスを困らせるものではない…!!』
まるで父親が子に言い聞かせているような口調で続けられた言葉と共に、彼らのいる後ろの方に、ピリピリとした魔力の波動が集中する。
まるでその魔力が固まって作り上げられたかのように現れたその姿に、わたしはお腹の奥を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚を味わった。
「ハドラー様!!」
☆☆☆
「……あー、皆さん。これ幻です。
以前声だけ聞いた時と同じ、魔力による投影ですよ。心配いりません」
さすがにあたしはこれで二度目ともなると、見た瞬間に幻影とわかった。
幻にしては相変わらずリアル過ぎて、見慣れていないひとには信じられないようなので、そこに落ちてたノヴァの投擲用ナイフを拾って、ハドラーに向けて投げつける。
…石と違い正しい方向のあるそれは、あたしの腕ではまっすぐに飛ばなかったものの、回転しながらひょろひょろ飛んで、そこに見えているハドラーの像を普通に通過して、落ちた。
『フフッ…いかにも。リリィの言う通りだ。
本当のオレは死の大地にいる。
…悪いがリリィ。今日はおまえと、ゆっくりと話す時間は取ってやれん。
いずれまた忍んで行くから、次の逢瀬を楽しみに待つがいい』
「そういう誤解を招く表現は止せって言いましたよね!?」
相変わらずあたし限定で思わせぶりな台詞を吐く魔軍司令様に、反射的に言い返す。
そのあたしを隠すように前に立ちはだかったヒュンケルさんが、ハドラーに向けて言い放った。
「自らは手を汚さず、部下に襲わせるとは…!
武人として一皮むけたというのは嘘だったようだな、ハドラーよ!!」
『…もとより奇襲でおまえたちを倒そうとも、また倒せるとも思っておらん。
オレたちはこの死の大地で、ただ待っているつもりだった。
他の人間どもさえくだらぬ動きを見せねば、な…!』
そのヒュンケルさんの言葉に答えたのかなんなのかよくわからない言葉に、ポップがどういうことだと反応する。
それに答えたのはハドラーではなく、さっきヒムに反抗されて泣きそうになっていたアルビナスだった。
「…わかりませんか?
私たち、『ふるい』をかけにきたんです。
…少ぉし、こっち側の被害も大きかったですけど」
言いながら少し膨れっ面になっているアルビナスの頭を、多分ポンポン撫でているつもりだろうヒムの右手から、ガチガチという金属音が響く。
「オレたちは死の大地を守護する、誇り高き親衛騎団だ!
正々堂々、おまえたちの挑戦を受けて立つ!!
不意打ちで倒してしまおうなどと、せこい考え方などするものか!!
だが他の人間たちまでが、ゾロゾロと死の大地まで上がり込んで来ようとしていると知って、ハドラー様の命により腕試しに来てやったんだ。
つまり!!
今、この場で両の足で立っていない奴は、死の大地に上がる資格が、な……」
………………………???
…キメ顔で勇者パーティーをビシッと指差して、高らかに言い放とうとしていた筈のヒムの言葉と動きが、何故か途中で止まる。
どうしたのかと思っていたら、その視線が困ったように、あたしを捉えているのが判った。
一体何…と考えてふと、ヒムが困っている理由に思い当たり、すとんとその場に座り込む。
「…資格がない、って事さ……!」
律儀にちゃんと言い終えたヒムが、ホッとしているのがよく判った。
どうやら間違っていなかったらしい。
危ない危ない。
その理屈で言ったら、あたしもその条件に当てはまっちゃうからね!
「おまえ、そういうどうでもいいところでは空気読むよな…」
呆れたように呟いた兄の言葉を、あたしは聞かなかった事にした。
『……ダイ。おまえたちだけで良いのだ。
大魔王様の御前を、つまらぬ戦士の血で汚すわけにはいかぬ…!!
待っているぞ…一刻も早く来いっ!!
この、死の大地へ…!!!』
「ま、待てっ!!ハドラー!!!」
ダイの静止の声など構わず、言いたいことだけ言い終えたハドラー(幻)が、魔力の霧散と共に消える。
そこから一呼吸置いたタイミングで、アルビナスが言葉を発した。
「…それでは、私たちも失礼します。
総合的には、有意義な時間でした。
では、続きは死の大地で!」
いや、続きはwebでみたく言うな!
…一通り親衛騎団が飛び去った後(倒れていたブロックはシグマとフェンブレンが支えて飛んでいた)、最後に1人残ったヒムが、ヒュンケルさんに再挑戦の意を示した後にやはり飛び去り、サババ漁港にようやく静寂が訪れた。
「なにが『ふるい』だ、ふざけやがって…!!」
ポップが悔しげに呟いて握りしめた拳を、歩み寄ったあたしが、そっと両手で包む。
「……ん。大丈夫だ、リリィ。
同じ失敗は、二度としねえさ」
握ったのと反対の手があたしの頭を撫で、その手が思ったより大きいことに、改めて少し驚いた。
☆☆☆
後方で待機していたレオナ姫やメルル、エイミさんが負傷者の治療を始め、マァムとグエンさんもそれに加わった。
持ってきていた白魔晶をいくつか渡して、何か手伝うことはないかと歩いていたら、建物の陰にどかしておいたノヴァが、まだ同じところに倒れていた。
やばい、すっかり忘れてた。
やや細身ながらもある程度の体格のある成人男性を、あたしが運ぶ事は困難であると解釈して、とりあえず揺さぶって起こしてみる。
薄っすら目を開けた彼の目の前に、薬草を一本差し出してみた。
だが、それをちゃんと認識したにもかかわらず、ノヴァは微かに首を横に振る。
「…困るよ。
あたしじゃ、お兄さんを運べないんだよ。
せめて自分で歩くだけの体力は回復させてくれないかな?」
「もういいんだ…ボクなんか、ただの足手まといなんだから。
これ以上惨めなところを見られたくない…。
情けだと思って、このまま放っておいてくれ」
…ああ、そういやこのシーンだったか。
確かここではダイが声をかけた後、事態を収めるのがマァムだった筈…なんだけど。
ダイもマァムも割と離れたところで動いていて、あたしたちに気がついてない。
ここで呼びに行くのも不自然だし。
とりあえず。
「……カッコ悪い」
ちょっとムカついたので、遠慮なく思ったことを口にしてみる。
あたしの言葉に、ノヴァは少しだけ眉を上げたものの、ため息をついて、また俯いてしまった。
「……ああ、知ってるさ。
大見栄切って敵に向かって行って、この体たらくだものな」
「ううん。敵に負ける事そのものよりも、自分に負ける方がよっぽどカッコ悪い」
なんかもうイライラして、結構適当なことを言ってやると、ノヴァは今度は明確に、驚いたように目を瞠る。
「誰だって失敗したり、間違ったりすることくらいあるよ。
でもさ、そこで諦めちゃったら、ただ間違ったひとのまんまじゃん。
昔の偉い人も言ってるよ、諦めたらそこで試合終了だって。
失敗や間違いを自分の中で認めて、次はいかに間違わないようにするか、ちゃんと答えを出して実行できるひとは、間違わないひとよりもずっと、カッコいいと思う。
成長するってそういうことじゃないの?」
「……っ」
そろそろ自分でも、なに言ってるか判らなくなってきたがそれはさておき。
「うちの兄ふくめ、勇者パーティーのみんなが、最初から強かったわけじゃないから。
多分だけどそういう悔しい思いを乗り越えて、その度に強くなってるんだよ。
…つか、勇者パーティーだけじゃなくてさ。
お兄さん同様あいつらに負けた、お兄さんより弱いひとたち、誰一人こんなトコで転がって、不貞腐れたりなんかしてないじゃん。
お兄さんだけだよ。たかが一回負けたくらいで、こんなカッコ悪いことしてるの」
「う……!」
そして気がついたら、ノヴァは涙目になっていた。
いくらなんでもこれ以上は可哀想になってきて、あたしはその場から立ち上がる。
…てゆーか、ノヴァの目線に合わせてしゃがみこんでたら、ちょっと脚が辛くなってきたし。
「…お兄さんが、間違ったまんまで居たいってんなら、いつまでもそこで座ってればいい。
けどそうじゃないなら、誰かの手ェ掴んででも立ち上がりなよ。
他人の手を借りるのも恥ずかしいと思ってんのかもしれないけど、その感覚自体が厨二臭いからね、言っとくけど」
「え…ちゅう、に……?」
「言葉の意味はどうでもいいし。
……で、どうすんの?」
腰に手を当てて、立った状態から見下ろしてやると、あたしをじっと見つめていたノヴァが、ほんの僅か躊躇ってから、ようやく言葉を紡いだ。
「手を……」
「……ん?」
「…キミが、手を貸してくれないか」
そう言って、おずおずと伸ばしてきたその手を、躊躇いなくあたしは取った。
サババ戦で、一番描きたかった部分が、例の『ふるい』の場面。
ヒムの割とかっこいいシーンがリリィのせいで台無し(爆