DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
…手を引いて立ち上がらせるどころか、手を取った途端につんのめって2人揃ってこけ、仰向けに倒れたノヴァの胸にぽふんと顔をぶつける事になったが、細身ながら鍛えられた腕は、割としっかりあたしを受け止めてくれた。
「…ボクの名前、覚えていてくれたんだな」
半身を起こした状態であたしの後頭部に手を置き、何故か自分の胸にあたしを固定しながら、ノヴァが呟く。
「へっ?」
「さっき、呼んでくれただろう?
あの、刃物のやつに襲われそうになった時に」
ああ、そういえば。
けどあたしが彼の名を知っていたのは単に原作知識であり、父とポップの件があって、あの時助けてくれた親子連れの事は正直忘れかけてた。
思い出したのは原作知識の補完があってこそだし、記憶だけに関して言えば、名前を名乗りあった覚えすらない。
…まあ、そこはわざわざ言うことでもないし言えないとも思うので、あたしは曖昧に頷いた。
「ボクもキミの事は覚えていたよ、リリィ。
…でも、ボクはずっとキミの『カッコいい』の意味を、勘違いしていたみたいだ。
正直、ボクの思ってたのと真逆で、混乱してる。
けど、これからはちゃんと……何が間違ってたか、ちゃんと考えるから。
…その、だからできればお兄さんじゃなく、名前で…呼んで欲しい」
ここでようやく後頭部から離された手が、今度はあたしの肩に置かれる。
顔を上げると、少し上の方から真っ直ぐに見つめてくるダークグレーの瞳に、新たな決意の色が浮かんでいた。
若干なにを言われているかわからない部分があったものの、どうやら立ち直ったようだと判断して、その目を見返して頷く。
「わかった、ノヴァ。
……あとさっき、兄を助けてくれてありがとう」
言われた通り名前を呼び、ついでにさっきの礼を言うと、ノヴァはその綺麗な顔を、嬉しそうに綻ばせた。
……なんだろう。このむず痒い感じ。
てゆーか、今気がついたけどかなり距離が近い。
さすがにハドラーの時と違ってだだ漏れフェロモンとかないから心臓に負担はかからないが、それでも何となく気恥ずかしくなり、あたしはその笑顔から、少しだけ目を逸らした。
…他の怪我人を運びに行くという彼に薬草を数束渡して、その背中を見送った。
気がつけばマァムからイベント泥棒した形になったけど、まあきっと大丈夫だろう。うん。
・・・
「……大陸全土に名を馳せるくらい、押しも押されぬ勇者になってから迎えに行こうと思ってたのに、こんな最低な再会をすることになるなんて…!
まあでも、今が最低なら、これ以上評価が落ちることはない、かな。
…………………………………はあ」
☆☆☆
ドックの方まで歩いたらタカの目が自動展開して、壊れた建物の下にまだ多くの生存者がいる事がわかったので、彼らを救出すべく『あなほり』で瓦礫を吹き飛ばしていたら、3/4くらいの人数を救出したあたりで、スキンヘッドの兵士がなんか怒鳴りながら現れて1人でものすごいスピードで瓦礫を撤去し、あっという間に残りの人たちを掘り出していた。
…あ。このひと確か、ミストバーンとの戦いの時にいたひとだ。
名前忘れたけど、確かベンガーナの戦車隊の隊長だったっけ。
つまりここに埋まってたのはベンガーナの兵士だったということだ。
あたしにとっては自国の安全を守ってくれている方々なわけで。
頭から湯気立てる勢いで、せっかく助かった兵士の皆さんに怒鳴っている隊長さんに、ここの人たちは確かに真っ先に負けてこうなったけど、つまりはあの親衛騎団が襲ってきた際、最初に立ち向かって一生懸命戦った勇敢なひとたちだと言ったら、助けた兵士全員に泣かれた。
あんまり怒ると頭皮にも悪いと言ったら隊長にも泣かれた。
居心地が悪くなったので、用意してきた薬草を半分以上隊長に押しつけてその場を立ち去り、回復要員のいるところへ戻ったら、マァムにチウとゴメちゃんを見なかったかと聞かれた。
……そうだった。
確かこのサババの戦いの最中に、チウはクロコダインから貰ったアイテムを使い、空を飛べるモンスターを仲間にして、ゴメちゃんと一緒に死の大地へ偵察に乗り込んでいるんだった。
…しまった。なんでこのこと、戦いの最中に思い出せなかったんだろう。
どうせあたしは戦いの役になんて立たなかったわけだし、この後の彼らの事を考えたら、親衛騎団がこっちにいる間が、チウたちにとって一番安全なタイミングだった筈なのに。
けど今ならまだ、そしてあたしなら、無事に連れ戻せるかもしれない。
原作ではポップがクロコダインとヒュンケルさんを連れてルーラで死の大地へ向かったけど、そのポップがチウたちを発見したタイミングでは、既にいいだけやられて倒れていた事を考えると、ポップがルーラで行ける場所から実際にチウのいる場所は、そこそこ離れていたという仮説を立てざるを得ないわけで。
あたしなら、ピンポイントで彼らのもとまで行ける。
…よし、そうしよう。
とりあえず、ひと気がなくて広めのスペースが取れる場所へ、こっそり移動する。
そこで時空扉を出現させ、微調整の為少しだけ開けて、向こう側の様子を窺って…そこから見えた状況に息を呑んだ。
「うわわっ!!!」
「ビピッ!!?」
「ク…ワァアアッ!!!」
オリハルコン戦士の腕の刃が、チウが身をすくめたそばの尖った岩を、バターのようにすぱりと斬り、離れた場所に転がっているゴメちゃんと、確かパピラスというモンスターが、その光景にただすくみあがっている。
岩を斬ろうが勢いを殺される事なく、立て続けに繰り出されるフェンブレンの刃が、一振りごとにチウの身体のあちこちに、浅くない傷を刻んでいく。
「クッ…痛くなんかないぞ!みんなを守るんだッ!!」
決定的な攻撃を避けようとして短い足がもつれ、転がった身体が別の岩にぶつかる。
そこから起き上がろうとしたチウに、とどめとばかりに振り下ろした刃に向けて、あたしは爆弾石を投げつけた。
「ムッ!!?」
それは勿論、オリハルコンにダメージを与えることはないが、目くらまし程度にはなる筈。
「チウ、ゴメちゃん!こっち!!早くっ!!!」
あまりに近すぎるとすぐにフェンブレンに追いつかれてしまうと判断して、とりあえず倒れてるパピラスのすぐそばに位置を微調整した扉を、くぐらずにこちら側から呼びかけた。
あたしの声に気付いて、チウは足元にいた貝殻のついたスライムを、拾ってこっちに投げてくる。
何とかキャッチして扉のこっち側に引き入れ、恐らくはこれも仲間だろうパピラスの身体を引っ張りつつ、2匹を待つ。
「その声は……母上ッ!?」
煙が晴れそうになり、こっちを向きかけたフェンブレンの足元にもう一個爆弾石を投げつけて、土煙を新たに追加して時間を稼ぐ。
ようやくゴメちゃんがすぐそばまで飛んできた時、傷ついた身体で転がるように扉に辿り着いたチウが、あたしがやっとの事で頭だけ引き入れていたパピラスを、残った力を振り絞って抱えた。だが、
「
フェンブレンの周囲に立ち込めていた土煙が、いきなり晴れる。
「逃がさんッ!!!」
更に、飛ぶように真っ直ぐこちらにダッシュしてくる全身刃は、パピラスを扉のこっち側に投げ入れた、チウの背中を狙っていた。
「ピイィ───ッ!!!!」
瞬間、扉をくぐる直前だったゴメちゃんが、Uターンしてフェンブレンに向かった。
決死の体当たりをかまそうとする、ゴメちゃんの身体に、うっすら輝きが灯る。
………いけない!
「だめッ!!!!」
反射的にあたしは飛び出すと、ジャンプして両手でゴメちゃんの身体をキャッチした。
「うわわっ!!」
あたしの身体が通過した瞬間に時空扉は消え、それを潜る寸前だったチウが、スカッと足を踏み外してこけてるのが、視界の片隅を掠めた。
同様に支えるもののないあたしの身体が、ゴメちゃんを胸に抱えた状態で地面を転がる。
顔を上げると、見るからに鋭利な刃が、あたしの眉間数ミリほどで止まっており……。
結局避難させられたのはパピラスとマリンスライムのみで、チウとゴメちゃんとあたしは、死の大地に取り残されていた。
☆☆☆
「…そやつらをこちらへお寄越しください、母上」
「やだ」
…てゆーかなにこの『そいつ殺せない』状態。
あたしの腕の中で、ゴメちゃんはちっさく鳴きながらふるふるしているし、背中に庇ったチウが飛び出ようとバタバタしてるけど、もちろん2人とも渡すわけにはいかない。
通常の状態で傷つけられる恐れも勿論あるのだが、あたしが危惧したのは、腕の中の『これ』があたし達を助ける為に、無意識に真の力を発動する事だった。
ゴメちゃん…神の涙は、心を通じあわせた相手の願いを叶える、生きたアイテム。
だがその力は無限ではなく、願いを叶えるごとにその寿命を縮めることになる。
まあ『寿命』という言葉を使ったが、実際には命が尽きるわけではなく、力を使い切った後、一旦全てをリセットされて、休眠期間に入るだけだ。
とはいえ、『ゴメちゃん』である今のこの子は、幼かったダイの願いを叶えた結果であったから、この状態から力が尽きれば、『ゴメちゃん』はこの世からいなくなってしまう。
ダイの願いをこの状態で10年近く叶え続けてきて、たとえ戦いに力を使わなかったとしても、いつかは『ゴメちゃん』としての生は終わるだろうが、それを先延ばしにする事はできる。
その為には、今この子に、力を使わせるわけにはいかないのだ。
「ピイッ!ピイィッ!!」
「黙って。
余計な事は考えないで、大人しくしてて」
フェンブレンの刃はあたしを傷つけない。
だから、何とか5分、この子たちを庇って時間を稼げさえすれば、一緒に逃げる事ができる。
ただこの場合その5分が、永遠の如く長いものになるだろうけど。
「よいですか、母上。
確かにワシの刃は、母上を傷つける事はできませぬ。
が、呪文は別。
ワシは
…だが、ワシは当然、そうしたくはない。
ハドラー様も、それは望みませぬ。
あなた様がそやつらを渡してくだされば、それで済むのです」
無駄に優しげな口調で言いながら、フェンブレンがあたしに向かって歩を進め、それに合わせてあたしとチウが後退する。
「渡さないって言ってるでしょ?」
「何故ですッ!?
そんなザコを庇って何になると!!?」
「アンタにはザコでも、あたしにとっては大事な友達の、友達だから!
たとえ魔王とは呼ばれてても、友達を売るほどあたしは腐ってない!!」
前世は別な意味で腐ってたけどな!
ってそれは今はどうでもいいわ!!
「リ…リリィさんっ!!」
「大事、な……?」
瞬間、フェンブレンのオリハルコンの瞳に、そこに一瞬現れた感情に、不意にはっとした。
…ああくそ、実につまらないものが見えてしまった。
考えてる暇なんかないっていうのに。
…フェンブレンは、その本来の残酷性をハドラーに矯正された代わりに、ハドラーの孤独を映して生まれてしまった。
ハドラーは…否、超魔ハドラーはこの世界に唯一の存在。
天地魔界、どこを探しても彼の同族はおらず、身の周りを固めるのは己が精神を反映したいわば彼の分身たちのみ。
それは本来なら、その分身である部下たちも同様であり、それが当然であるゆえ、表に出ずに潜在しただけの感覚であった筈だ。
だが、フェンブレンだけは違った。
彼はその自我が生まれる瞬間にあたしの血を受けてしまった事で、分身ではない『個』との繋がりを持ってしまった。
そしてそれこそがまさにハドラーの中の『孤独』が、無意識に求めていたものであり、だからフェンブレンはあたしに執着するのだ。
そしてフェンブレンはあたしを『母』と認識してはいても、それに対する感情は、人間が血縁に抱く感情とは明らかに違う。
自分のものだから傍に置きたい、誰にも奪われたくないという思いがあるだけだ。
何故ならば、それの大元になっているのがハドラーの精神であり、ハドラーとあたしの間に、血縁の情があるわけがないから。
なので、仮にあたしを手に入れたところで、フェンブレンの孤独が癒されることはない。
その感情がそもそもハドラーのものであり、ハドラーが満たされなければ、フェンブレンの心とて満たされはしないのだから。
つまり彼が本当に満たされたいと思うならば、あたしはフェンブレンではなく、ハドラーのものにならなければならない。
孤独が満たされた時、あたしはフェンブレンの傍には居ない。
けどあたしを欲しいと感じる心は、確かにフェンブレン自身のもので。
そこに最大の矛盾が生じている事に、フェンブレンは気がついている。
そしてその矛盾が今、フェンブレンを歪ませている。
あたしを見る、その一見無表情に見える瞳に、嫌な彩が浮かぶ。
オーラのようにその身を包む魔力に、黒いものが混じる。
…グエンさんが言ってたのはこれか。
「…フフッ、フフフフフッ……!!
いけませんな、母上。
母上にはワシの他に、大事なものなどあってはならんのですよ。
そやつらがあなたの心を奪うのならば、ワシはそやつらを排除せねばなりませぬ」
まずい。どうやらコイツのヤンデレスイッチを、あたしの言葉が押してしまったらしい。
フェンブレンは一気に距離を詰めると、あたしの頭上を越えて、チウに向けてその刃を閃かせた。
「危ないッ!!!」
咄嗟にチウの前に身を晒し、彼の身を庇う。
……庇えたと、思っていた。
「……ぐふっ!!」
「えっ………!!?」
呻くチウの声に、恐る恐る視線を下げると…あたしのお腹のあたりから突き立った刃が、チウの胸に突き刺さっている。
……違う!
あたしの背中に突き立てられたフェンブレンの刃は、あたしの身体を避けるように変形して、背中からお腹にぴったり沿って曲がり、チウの身体に到達していた。
「あっ……あぁっ!!」
あたしは慌てて身を離したものの、あたしの身体に沿っている部分だけが、あたしの動きに合わせて移動するのみで、チウに刺さっている部分はびくともしない。
退いた背中に硬い感触が当たる。
チウの胸から吹き出した血があたしの服を汚し、ああ、やっぱりこの子の血も赤いんだなと、頭の中でどこか現実逃避した部分が妙な納得をした。
「思ったより頑丈な身体らしいが…もうひと押しで、多分死ぬぞ。
ワシから母上を奪う者は、すべて排除する」
「や、やめてえっ!!」
呆けていた頭を現実に引き戻し、フェンブレンにしがみつく。
その際、ゴメちゃんをチウのところに投げ捨ててしまう形になったが、それは仕方ない。
「判った…判ったからフェンブレン!
この子たちは渡せないけど、あたしがアンタと一緒に行く…だから、この子たちを、これ以上傷つけないで…!!」
表情のないフェンブレンの顔を見上げて、必死に訴える。
フェンブレンはじっとあたしを見下ろしていたが、やがてチウに刺していた腕を引くと、それをあたしの背に回した。
「ああ母上…ようやく戻ってきてくださった」
生温かい金属の感触が身体を包む。
何故だか、さっきのノヴァの手の温かみと柔らかさを思い出したが、それも現実逃避だったのだろう。
「…ワシが手に入れたからには、もう二度と放しませぬぞ。
どこにも、誰の手にも渡しませぬ。
ワシのこの手で、必ずお守り申し上げ…ッ!!?」
…うっとりと囁く言葉が唐突に止まり、あたしの背から金属の感触が離れる。
あれ?と思って顔を上げると…
「………ひッ!?」
フェンブレンの顔面から刃が生えて…否、フェンブレンの刃とは違う輝きを持った剣の、その剣先が、フェンブレンの両目を貫いていた。
「ウギャアァアッ!!!!」
一拍置いて、フェンブレンの魂消るような悲鳴が響く。
「……こうまで醜いものだったとはな。
強者が弱者の意志を、力で捻じ曲げようとする行為が。
他人がしているのを見て、初めて判る…」
「だっ…誰だッ!!!?何者だァァッ!!!?」
誰何する声に答えず、抉るように剣が捻られて、貫かれたフェンブレンの両目の亀裂が、更に深くなる。
……ちょっと見るに耐えない。
「この場は退け…さもなくば、両目だけでは済まなくなるぞ…!!!」
そう呟くように言う低い声にこもる気迫と、背を向けていても感じる圧迫感に、息が詰まりそうになる。
だがきっと、目の前のフェンブレンはそれどころの騒ぎではない。
「だっ…誰かは知らんが覚えておれよッ!!!
…絶対に、ただでは済まさんッ!!!」
そのフェンブレンが叫ぶ声と同時に、突き立てられていた剣が引かれる。
次の瞬間、フッとその場から、フェンブレンの姿がかき消えた。
…圧迫感が唐突に緩み、恐る恐る背後を振り返る。
そこでは黒いマントに身を包んだ長身の男が、剣を鞘に収めているところだった。
「…竜騎将・バラン…!!」
「……どこかで会ったか?」
…伝説は、癖の強い固そうな髪を揺らして振り返ると、訝しげな目をあたしに向けた。