DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「やっぱりどこにもいねえぜ、チウの奴…!
ゴメもいねえし、いつのまにかリリィも居なくなってるし…!!」
「え、リリィならさっき会ったわよ?
一応彼女にも、チウ達を見なかったか聞いてみたけど、知らないって言ってたわ」
「…うん、なんかリリィの方は、あちこちに痕跡は残してるんだよなぁ…」
そう頭を掻きながらマァムにぼやくポップの姿に、思わず苦笑が漏れる。
ドックの方ではベンガーナの兵士さん達が助けられたと口々に言い、あまつさえ『あの子は天使だ』って涙ぐんでたし(アキームさんだけは『絶対違う。おまえらは騙されている』って、何か遠い目をしつつツッコんでたけど、何があったかは怖くて聞けなかった)、あと別な場所では北の勇者君が、割と元気に負傷者の救護を率先して行なっていて、身体は大丈夫かと声をかけたら、『リリィに薬草と、ついでに元気を貰いました!!もう大丈夫ですから、戦いで役に立たなかった分、働かせてもらいます!御迷惑をおかけしました!!」と、ルーラで飛び立つ前とは別人みたいな口調で爽やかに答えられた。
その際何故か『お義兄さんと呼ばせてください!』とよくわからない事を言ってポップに詰め寄ってきたのを、わたしには状況がよく判らなかったがポップには意味がわかったようで、『顔洗って出直してこい!!』と返すというやりとりがあり、なんだかげんなりしていたのを先ほど見ている。
…それはともかく、周囲の証言から推測する限り、チウたちはこの港では誰にも目撃されておらず、つまりわたし達が駆けつけた時点で、ここには来なかった事になる。
…普通に考えれば目立つでしょうからね、あの子達。
「モンスターだ!モンスターが出たッ!!」
と、少し離れたところでそんな声が聞こえ、ポップと顔を見合わせる。
「待って、違うわ。その子達は仲間…」
てっきりチウ達が戻ってきて、彼らの存在を知らない人たちが騒いでるんだと思って声を上げる。
だが、比較的軽傷な戦士たちが色めき立って取り囲んでいるのは大ねずみと金色のスライムではなく、パピラスとマリンスライムだった。
「…じゃねえな」
「……ええ。でも、様子が変だわ」
確かにパピラスというのは、カール王国周辺に出没するモンスターだ。
だが、マリンスライムは珍しい。
貝殻を背負ったこの小ぶりなスライムは、確かに海のモンスターではあるが、どちらかといえば船で航行中に出くわす事の多いモンスターで、まったく前例がないわけではないが、あまり浅瀬や海岸付近には出没しない筈だ。
それに両者は空と海、まったく重ならない世界の生き物であり、旅をしていれば別種のモンスターが同時に襲ってくる事はたまにあるが、この組み合わせで出没する事はまずないのではなかろうか。
2匹は、退治しようとそれぞれに武器を取り、恐る恐る攻撃をしようとしている戦士たちに、襲いかかってくる様子もなく、ただまごまごしている。
ふと、2匹の目の中に、ガルちゃんと初めて会った時に感じた、明確な意志を感じた。
「…やっぱり待って!
みんな、そのモンスターに攻撃しないで!!」
だが、先ほどまで敵の襲撃を受けていたせいで、人間たちはこのモンスター達の出現に、明らかにパニックを起こしていた。
まだダイ達と知り合う前、魔族である事を隠して旅をしていた頃に何度も感じた、人間たちの群集心理。
それはわたしにとってある意味馴染んだ感覚であると同時に、なによりも恐ろしいもので……。
「…まったく。モンスターならばここに、もっと恐ろしいのが居るだろうに」
と、どこか気の抜けるような声とともに、反射的に身をすくませていたわたしの身体が、強い腕に抱き寄せられた。
「クロコダイン?」
「…耳を塞いでいろ」
「えっ!?」
ウオオオォォオ──────ッ!!!!
…それは、大地を震わせるほどの雄叫びだった。
その場のすべての者達がその声に驚き、立ちすくむ。
全員の動きが止まり、完全に場を支配したクロコダインが、やはりすくんだままのパピラスとマリンスライムに向かって、そのテンションのまま言葉をかけた。
「獣王の名に於いて命じる!
貴様らが、人の住まう地に足を踏み入れた、その理由を説明するがいい!!」
…獣の王って、単なる呼称じゃなかったんだなぁ…と、耳を塞いでいたにもかかわらず、未だ鼓膜が振動している感覚に耐えながら、わたしは思っていた。
・・・
クロコダインがその2匹から話を聞いたところ、『タイチョー』と共に死の大地に足を踏み入れたら『銀色のとんがった奴』に襲われて、そこに『ちいさい人間』が現れて自分たちをここまで逃がしてくれたが、その『ちいさい人間』と『タイチョー』と『隊員2号』は、あちらに取り残されてしまったという。
「……これ、どう考えても流れ的に、チウとゴメちゃんと、リリィよね…。
じゃあ3人とも、死の大地に…!!?」
「…すまん!
こんな無茶をしでかすのなら、チウに“獣王の笛”をくれてやるのではなかった!!」
「おれも、リリィを野放しにしとくんじゃなかった。
あのバカ……多分、ちょっと迎えに行くくらいのつもりで、巻き込まれたんだろうが、なんで一言、おれに相談しねえ…!!」
「確かに
こいつらの身体についた傷を見ても、『とんがった奴』というのは
「だとしたら、リリィは無事じゃないかと思うけど…逆にリリィ以外危ないかもしれないわ。
…無事で良かったわね、あなた達」
事情を説明してくれたモンスター2匹に、わたしが回復呪文をかけてやりながらそう言うと、どうも“獣王の笛”で仲間にしたモンスターは、魔物使いに訓練されたのと同等の知性を得ることができるらしく、こちらの言葉に反応して、目をうるうるさせている。
「ご苦労だった。
…恐い思いをさせて、済まなかったな。
チウ達の事はオレ達に任せて、ここで待っていろ」
そして、クロコダインがそう言葉をかけてやると、2匹はとうとうその目からぽろぽろ涙を流し始め、ダイが「泣くなよぉ〜」と一生懸命それを宥めていた。
そんなわけで、ポップがヒュンケルとクロコダインを連れて、3人を迎えに行く事になった。
ダイが一緒に行くと言ったが、それはヒュンケルに止められた。
「この期に及んで更に襲撃される事はないだろうが、万が一を考えて、ダイはここにいろ。
一時的にとはいえ、戦力が二分される。
回復ができる者だけを残すと、戦えるのがマァムとグエンだけになってしまうからな」
…ヒュンケルがそう言ってちらりとこっちを見たところを見ると、この言葉にはわたしにクギを刺す意味もありそうだ。
『来るなよ!絶対に来るなよ!
いや、これフリじゃないからな!!』
ってところだろう。
行動パターンが読まれていて軽くムカつく。
わーかーりーまーしーたー。
「…充分強力だと思うけど…うん、わかった」
「心配すんなって!
こっちの用心棒も強力だからな!!
後は頼んだぜ!!」
努めて軽い口調で言って、ポップは2人を連れ、ルーラでその場から飛び立った。
☆☆☆
「…助けてくれて、ありがとうございます。
それと、あなたを倒そうとして死んだ兄も、あなたに命を救っていただきました。
その事についても、お礼を言わせてください」
「君は…まさか、あの魔法使いの…!?」
「はい。妹の、リリィと申します」
とりあえずさっき投げ捨てられてちょっと怒ってるぽいゴメちゃんを抱き上げ、肩に乗せながら、あたしはそのひとを見上げて言った。
…チウは、今は動かさない方がいいかもしれない。
物語の通りに進めば、もうすぐ兄たちがこの子を回収に来るだろうから、最低限の手当てだけして、彼らに連れ帰ってもらおう。
念の為残っていた薬草を、胸の傷の上にあてがい、簡単に止血する。
食べるのが一番効果高いけど、無理矢理口に詰め込んだら窒息するし。
「…確かに、その変わったスライムに見覚えがある。
ただの人間の娘が、何故あのような者に狙われているのかと思ったが、勇者の仲間だったというわけか」
「いいえ、単に勇者パーティーの1人が血縁者というだけの、ただの人間の小娘ですよ」
そう答えたあたしの言葉に
だが、やがて興味を無くしたように踵を返し、何も言わずに立ち去ろうとしたその背中に、頭の中に現れてまくし立てるオッサンの言葉を、あたしは丸ごと復唱した。
「【真魔剛竜剣】…
神々により
それがゆえの自己修復能力を備え、刃こぼれなどの小さな損傷は自然と修復されます。
現在は破損からの修復中。
特に死神キルバーンとの交戦による、強い酸による損傷が見られ、現時点で40%ほどまで回復しているものの、100%の回復までには、自然修復のみでは、あと26日必要です」
「なに!?」
あたしの言葉にその人は振り返り、目を見開く。
「……君は一体何者だ。何故、そのような…」
「そんな事より、剣の状態について気に留めていただけましたでしょうか?
正直、すぐにでも専門家による人為的修復を施さなければ、大事な戦いの時に、命取りになりかねないかと思いますが。
ていうかこのまま大魔王バーンに挑めば、間違いなくあなたは死にます。
…挑むつもり、なのでしょう?」
正直、この後の事とかはあんまり考えてなかった。
だけど、声をかけずにいられなかったのだ。
なんというか…ハドラーの孤独にあてられた時と同じような感覚をおぼえたとも言えるし、武器屋の娘として、傷ついた武器が壊れるまで酷使されるのを、見ていられないというのもあったろう。
あたしに問われて、バランは何かに耐えるように、あたしから視線を逸らした。
「……死は、元より覚悟の上だ。
大魔王を相手に、ただで済むとも思ってはいない」
「それが、無駄死にになったとしても、ですか?」
「…無駄死にだと?」
逸らされていた視線が、再びあたしに向く。
キッ、と音がするようにあたしを睨み、正直威圧感でちびりそうだったけど、商人の意地で、あたしは敢えて、笑みを浮かべてみせた。
…けど逆に、ここはあたしの勝ちかもしれない。
少なくとも主導権と場の空気は、確実にあたしに移ってきている。
「ええ。
あなた的にはたとえ敗れても、ダイ達が戦う時に少しでも有利になるよう、敵の数を減らしておくとかいうつもりでしょうけど、今のままだと、ハドラーの部下達にすら歯が立たず、大魔王に一太刀浴びせるどころか、その姿を見ることすら叶わずに、志半ばで斃れるでしょうね。
今、その剣が抱えてるのは、そのくらい深刻なダメージなんです。
そんな瀕死の状態でま〜だ働かせるとか、どんなブラック企業ですか。
やめて!もう真魔剛竜剣のライフはゼロよ!!」
「後半はなにを言っているか判らんが……酸による損傷だと?」
…どうやら興味を引く事には成功したようで、バランは話に食いついてきた。
「はい。
…先日死神キルバーンと戦闘した女性僧侶が持っていた武器に付着していたのと、まったく同じ成分ですね。彼と、戦ったでしょう?」
そう問うと、バランは何故だか、嫌そうに眉を顰めた。
…てゆーか『死神』よりも『女性僧侶』の方に反応した気がするのは、あたしの気のせいだろうか。
「そんなことまでお見通しか…確かに、奴が私を殺しにきて、私はそれを返り討ちにした。
上半身と下半身を二つに分けてやったから、今頃はまだアルゴ岬の洞窟の中に、胴切りされた状態で転がって…」
「ませんね。残念ながら生きてます。
そして、その胴切りをした事が剣のダメージの原因とみて、間違いありません」
指摘してやると、バランはもう何度目になるか判らない驚いた表情を見せる。
つか、やっぱり来てたんだな
時期的な事は覚えてなかったけど、バランも大魔王バーンの司令を受けて、アイツのターゲットにされていた。
そのイベントは既に通過済みという事だ。
まったく忌々しい事だな!
…けど、お陰であたしがこのひとを引き止める理由ができた。
だって今思い出したけどよく考えたら、このままこのひとをここに置いてったら、このひと自身の死亡フラグよりも先に、ヒュンケルさんの戦闘不能フラグが立つ場面じゃないか。
「だが、人為的修復といっても…」
「オリハルコンを加工できる技術を持つ、武器職人を知っています。
あたしと一緒に来てくれませんか、バラン様。
…それとも、恐いですか?『人間の小娘』が?」
言って、ちょっと挑発するように笑ってみせると、バランは明らかにムッとした。
正直、操りやすいというか、チョロいと思う。
…かくしてあたしは
…あと思うところあって、せっかく死の大地に来ていた事だし、その地表一帯の魔力の土を、結構大量に採取して『道具袋』に入れて持ち帰った。
『やっぱり作るんですね、アレを!?』
と頭の中のオッサンが
やかましい黙ってろ。
☆☆☆
そして。
「これが…真魔剛竜剣!
神が創ったといわれる最強の武器か……!!」
「ちょ、ロン先生、鼻息荒過ぎー。
落ち着いてくださーい。
こっちの世界に戻ってきてくださーい。
バラン様がドン引きしてるじゃないですかー」
「これが落ち着いていられるか!
オレが追い求めた伝説が、今、目の前にあるんだぞ!!」
やめろこの武器オタク。やめてさしあげろ。
…いや、オタクに餌与えた事は、確かにあたしが悪かったと思ってるけど、そこで大興奮している武器オタクは、間違いなく今その剣が必要としている唯一の男だから。
だから泣くな。オッサンが泣くな。
見なかったことにしといてやるから、とりあえず泣くな。
ランカークスの森の中に、ひっそり佇む小屋の中。
魔界において伝説の名工と呼ばれた武器職人が、差し出された一本の剣を前に、血走った目を爛々と輝かせており。
その光景にドン引きどころか、どうやら恐怖すら感じてるらしい、やはり生ける伝説、世界の審判者、
ってなんだこのカオス。
というわけで、フェンブレンのヤンデレ化が巡り巡って、桶屋が儲かる的な流れで、ヒュンケルの戦闘不能フラグぶち折りました。
何が幸いするかわからないものです。
かいてるやつも驚きました。