DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
実はトイレも生活排水を一旦溜めておいてそれをポンプで汲み上げて流す方式の水洗だったりするけど、まあ大して考えてないので突っ込まないでくれると嬉しい。
…酒瓶と在庫のお酒を地面に流してくる、と脅したら、先生はようやく正気に戻ってくれた。
ところで割とどうでもいい情報だが、この世界は前世ほどには醸造環境が整っていない為、お酒の種類はあまり多くない。
(まあ、少年漫画の世界だからという理由もあるだろう)
地方にもよるが、一般的に飲まれているのはワインか
(パプニカではビールも飲まれているらしいが、ベンガーナではまだ王都の飲食店で提供されるくらいで、一般家庭には浸透していない。ましてうちのようなイナカ村じゃ、存在すら知らない人の方が多い気がする。統計とった訳じゃないから正確なところは知らないけど)
そしてギルドメイン山脈の麓に位置するこの村は、井戸から汲み上げる水も洗濯等に使う用水路の水も、全てギルドメインの融雪水。
つまり、いい水が湧く地域なわけで、そこで造られるお酒が不味い訳がないと、都会に持っていけば割と高値で取引されるらしい。
瓶に入れると重たくなる上、搬送途中で割れたりするから、大量出荷はできないんだけど。
いつか大量の搬送に耐えられる丈夫で軽い瓶が開発されたら、村の大井戸からくみ上げた水を詰めて『ギルドメインのおいしい水』として売り出せないかと密かに思案中。
ちなみに肩に乗せて連れてきたゴメちゃんは、さっきから深めの皿に注いだ井戸水を嬉しそうに飲んでいる。
さっき若干機嫌を損ねていたし、美味しいと思ってくれているなら何よりだ。
たんとおあがり。
「ん、コホン…まあ、だが確かに腐蝕が酷いな。
オリハルコンが永久不滅の金属ってのは、所詮は伝説の中の誇張って事か」
「この金属の特性である、自己修復能力による誤解の可能性が高そうですね。
恐らくは…まあ、それが可能であればの話ですが、自己修復が追いつかないほど粉々に砕かれたりした場合、普通に剣としての役割は終了でしょう。
その場合、時間をかければ金属の塊に戻りはするかもしれませんから、再び剣に加工するのは可能でしょうけど」
「…そ、それで、修復は可能なのか」
「それは問題ない。任せておけ。
基本的には洗浄と、研ぎだけだ。
…だがこの剣がこの世に生まれて以来、こういった人意的なメンテナンスを施されるのは初めてだろうからな。
いいものを見せてもらったせめてもの礼に、こいつが病みつきになるくらいピッカピカの状態にしてやる」
…それ、年齢いってから初めてマッサージ受けたオッサンが、ハマって週一必ず通うようになるみたいな感覚だろうか。
バランにしてみたら定期的にロン先生に会いに行かせないと剣がへそを曲げる状況とか、割と迷惑な気がするんだが。
まあそれはそれとしてそんな感じで、真魔剛竜剣の刀身の洗浄とメンテナンスが開始され、待っているバランに、簡単な食事を出しておくことにした。
見てると感情的になりやすい気質が目立つし、カルシウム足りてないんじゃないだろうかと。
そんな割と失礼な事を考えながらも並べたパンとスープだけの食事を、少し躊躇ってから『頂戴しよう』と手をつけ始めたバランに、思わず目を瞠った。
「……どうした?」
「…あ、ごめんなさい。じろじろ見てしまって。
バラン様はものを食べる時の所作が綺麗ですね。
失礼ながら、少々驚きました」
そう。バランは食べ方がとても綺麗というか、驚くほど品があったのだ。
まるでどこかの王様の食事風景を見ているみたいで、田舎の質素な食事に、それだけで高級感が出てくるほどに。
…いや、王様と食事したことないけどさ。
あたしがそう言うとバランは一瞬、とても無防備なキョトン顔であたしを見返した。
その表情がダイと少し似ていて、笑いそうになるのを慌てて表情筋を引き締めて止める。
「そうか?
……短期間だが、貴族教育を受けたからかもしれぬな。
といっても、教わったのはほぼ、妻からだ。
指摘されるほど身についているとは、自身では思っていなかったが」
そう言って、遠くを見るような目をするバランの表情は、優しげでありまたどこかに苦いものも含んでいた。
あ、これ辛いこと思い出させちゃったかも。
…バランの、人間に対する憎しみは、一朝一夕に昇華できるものではない。
ある意味このひとの抱える孤独は、ハドラーのそれより更に耐えがたいものの筈だ。
ハドラーのように最初から1人というわけではなく、誰かと分かち合う幸せを知ってしまった後のそれなのだから。
そもそも、愛したひとを失うという事以上に、辛く悲しい事なんてこの世にあるだろうか。
今世でそこまでの感情を経験したことのないあたしには、まだわからないけど。
前世の記憶はあくまでも知識であり、それに伴う感情なんかは、そうだったと記憶するのみだ。
その時の感情を今の肉体で経験していない以上、実感が伴う筈がない。
…ほんの少し呆けていたあたしは、そのひとの大きな手が頬に触れてくるまで、その動きに気がつかなかった。
「……………え」
驚いてその顔を見返すと、ひどく切なげな視線と合った。
というか、これはどういう状況?
「あ、あの……!?」
あたしが声をかけると、自分がそうしていることに初めて気がついたように、バランは慌てて手を引っ込めた。
「す、済まない。 その、君が……」
キャラに反するほど狼狽えて、しどろもどろに言い訳をしようとするその言葉は、だが、全てを言い終えることはなかった。
その瞬間、空間の匂いが変化したかと思うと、それまでそこに存在しなかった大きな体積が、無理矢理空間に割り込んできたのだから。
☆☆☆
「……そ、そうか…みんなが助けてくれたのか…リリィさんも…」
全身傷だらけの状態で倒れているチウを助け起こすと、なんかよく判らない事を言われた。
そのまままた気を失ってしまったチウの手から、おれが以前無くした杖が転げ落ちる。
…拾っといてくれたのかよ。無茶しやがって。
周りを見渡してもチウ以外の奴は見当たらず、リリィだけじゃなくゴメもどっかにいっちまったようだ。
「…チウの奴、オレ達に助けられたと思い込んどるようだな」
「ウム。傷から見てもやはり敵は
チウの力で撃退できる相手ではない。
……どうやらリリィは連れ去られたか」
ヒュンケルの推測に、目の前の光景を見ておれは首を振る。
「いや…チウの傷、簡単にだが手当てされてる。
これ、やったのは恐らくリリィだ。
だとしたら、これから連れ去られるって時に、悠長にこんな事してられる訳ねえ。
…色々制限はあるが、逃げる手段は持ってるんだ、あいつ。
この場を離れざるを得ない何かは起きただろうが、無理矢理連れ去られたとかじゃねえ…そんな気がする」
もし連れ去られたってんなら、チウはもっと酷い状態でここに置き去られてる筈だし、下手すりゃ殺されててもおかしくない。
「…どちらにしろ、闇雲に探し回ったところで見つけられるかは判らん。
敵地をオレたちだけで長いことウロウロするのは危険すぎる。
一先ずチウだけでも連れて帰って…ゴメがリリィと共にいると仮定して、リリィは、グエンの転移呪文ならば合流できるから、よほどややこしいところに居るのでもなければ連れ戻せるだろう。
ここは素直に、あいつに頼むことにしよう」
クロコダインのおっさんがそうまとめると、何故かヒュンケルが眉を顰める。
「グエンか……」
「…どうした、ヒュンケル?」
「いや…あの
「やな事言うんじゃねえよ」
あり得そうな不吉な可能性に背筋が寒くなったが、まずはチウを連れ帰る事にして、おれはおっさんとヒュンケルをチウを中心にして呪文の有効範囲に入れ、ルーラを唱えた。
・・・
「ほぉら、やっぱりわたしが必要なんじゃない!」
どうやら置いていかれた事を若干根に持っていたらしいグエンが自分の槍を手にしながら言い、ヒュンケルがそれを見てため息をつく。
「…これだから頼りたくなかったのだが」
「何か言った?…フン、まあいいわ。
…クロコダイン、念の為、あなたも一緒に来てくれるかしら?」
連れ去られたわけではないという仮説を立てたものの、万が一という事がある。
グエンもそれを踏まえたのだろう、おっさんにそう声をかけると、おっさんは力強く頷いた。
「ああ、任せろ」
「グエン、オレも一緒に…」
「ごめんなさいヒュンケル。
リリルーラで転移できるのはふたりまでなの」
そして、更にヒュンケルが申し出た護衛を、グエンはメッチャ嫌味ったらしくあっさりぶった切って、おっさんの腕に手をかけると、そのまま例の転移呪文を唱え、フッとその場から消えた。
…なにげにいやな予感がするのは、ヒュンケルの辛気臭い表情のせいだと信じたい。
☆☆☆
「だから、一緒に戦えばいいじゃない。
戦力を分散させるなんて愚策だわ」
「共闘する気はないと、何度言えばわかる」
「ラーハルトの遺体を預けた時に、わたしの頼みをひとつ、聞いてくれると言ったわよね?」
「和解はしないとも、その時言ったはずだ」
「…いいわ。
なら、わたしとサシで勝負しなさい!
わたしが勝ったら言うことを聞いてもらうわ!!」
「…話にならん。
互いの力の差は歴然としている」
「やあね、なにも肉体言語で語ろうとは言ってないじゃない。
コイントスで決めましょう。
表が出たらわたしの勝ち、裏が出たらあなたの負けよ!」
「騙されるか。
それだと、どちらも私の負けになるではないか」
「チッ……!!」
「女性が舌打ちをするな、はしたない!!」
いや、オカンか。
目の前で繰り広げられる、緊張感があるようでないやりとりに、思わず半目になる。
…どうやらあたしを探して転移してきたらしいグエンさんとクロコダインは、あたし(とゴメちゃん)がロン先生のところに戻っていた事に安堵すると共に、同じ場所にいたバランの姿に驚愕した。
この状況では仕方なく、あたしがチウ達を迎えに行ってフェンブレンと遭遇した事、連れ去られそうになったところでバランに助けられた事、バランがそこにいたのは大魔王バーンを倒しに行く為であったものの、武器の状態に問題があった為、修理の為にここに連れてきた事を話すと、クロコダインが『目的が同じならば共闘すべきだ』と申し出て、それをバランがいきなりぶん殴ろうとしたので、慌ててその拳を両手で押さえて止めたら、メッチャ驚かれて心配された。
聞けばバランがその時固めていた拳は、攻撃目的の
いや知らんわ。
バランはあたしの手首を掴み両掌を開かせて、火傷どころか一片の傷もない事を確認してようやく安心してから(このホッとした表情も、どことなくダイに似ている)、思い出したように表情を引き締め、
「… 冗談ではないッ!!
この竜騎将バランを見くびるでないわ!!!」
と改めてクロコダインに向かって怒り出して、その場の全員が思い切りずっこけた。
その時点で、もう場の緊張感を取り戻す事は不可能と(ようやく)理解したようで、なんかふて腐れたようにそれまで腰掛けてた椅子にまた腰を下ろし、腕を組んでムスッと黙り込んだ(いいオッサンの筈なのに、見てると度々こんなふうに、子供みたいな反応するんだよね、このひと。戦いに費やした半生は、戦闘力に反して、彼に精神の成熟を促さなかったのかもしれない。考えてみれば宿命の対決とはいえ、12歳の息子とマジガチバトルする父親だったよこのひと…!)バランに、グエンさんが改めて話しかけて、こんなグダグダな流れになっているわけだ。
「……君と話していると、いちいち調子が狂う」
「偶然ね。わたしもそう思ってよ。
なんだか気が合うわね、わたし達」
「やかましい!」
「…やかましいのはおまえら全員だ。
騒ぐなら表に出ていろ」
最後のはずっと黙って作業していた先生の震え声で、あ、これ背中で聞きながらツボ入ったなと判断して、作業の邪魔になるからとあたしは3人を促して、小屋の外へ出てもらう事にした。
全員を外に出して小屋の戸を閉める直前、背中を向けたまま堪えきれずブフォと吹き出した後、咳き込んだ先生の声は聞かなかった事にする。
…さて。この状況をどう見るべきなのか。
相変わらずツンケン状態のバランとグエンさんを観察しつつ、ちょっとオロオロして口を挟むタイミングを計りかねているクロコダインの隣で、密かにこの後の事を考える。
一応本筋の流れとしては、ヒュンケルさんの犠牲と引き替えに、バランがダイと共にバーンパレスに乗り込むことになるわけで。
そしてハドラーとの戦いになるわけだが、その際彼の身体に埋め込まれた黒の
…少し前ならば、あたしはそれを仕方ない事と判断して、そうなると判っていても見過ごしただろう。
けど、実際に顔を合わせてしまうとどうしても、彼を助けられる道はないかと考えてしまう。
とはいえ、黒の
そうなると、黒の
もっとも、ヒュンケルさんの戦闘不能フラグをへし折った以上、この時点でバランがダイと同行する流れには行かないとは思う。
あれは、2人の戦いに乱入した
だからといって共闘しない流れになれば、この大人げないオッサンは、当初の予定通りひとりで大魔王バーンに挑むことになり、結局はそれも死亡フラグだろう。
…などと考えている最中、にわかにまた、空間の匂いが変化した。
「ハロォ〜、皆さん。
お取り込み中のところ申し訳ないけど、すこぉし、お邪魔させてもらうよ」
間延びした口調とは裏腹な威圧感ビッシバシの声に、全員が身構える。
地面から浮き上がるように姿を現した死神が、すらりと立って大鎌をくるりと回す。
ポーズが決まった(人形だと思わなければ、スタイルいいからやたら様になるんだよねコイツ)と同時に、一緒に姿を現したひとつ目ピエロが、ちょこんとその肩の上におさまった。
「なっ……キルバーン!!?」
クロコダインが驚いた声をあげ、それに答えるようにキルバーンは、大仰な礼をしてみせる。
「フフフ…御機嫌よう。
バラン君も、先日はどうも」
「リリィの言った通りだったか…生きていると知らされた時は、まさかと思ったが…」
ほぼ無意識なのだろう、バランが今の今まで睨み合っていたグエンさんを背に庇うように一歩踏み出して…肩越しにその背に右手をやり、本来そこにあるべきものが、今はないことに舌打ちをする。
その様子にキルバーンは含み笑いをして、仮面の下の目が、こちらを向いた。
「死神が殺されちゃあ話にならないからね。
さすがに彼女は、ボクの事をよくわかってる。
…ボク達、結構心が通じ合ってるよね、リリィ?」
「…気色悪い事言うな」
ハドラーに似たような事を言われた時は、ほんの少しだけどきりとしたけど、こいつに言われると寒気しかしない。
「……ごめんなさいバラン。
コイツのこの言い回しを聞いてわたし、今やっとあなたの気持ちがわかったわ。
絶対そう思ってない相手にこの手の事言われるの、本気でムカつくわね?
当事者でないわたしがここまで気持ち悪いのだもの。
今言われているリリィや、さっきわたしに言われたあなたが、どれほど不快であったか、想像に難くないわ」
「…判ってくれたのは何よりだが、今それを言っている時ではないという事も判るな?」
…そして、何故か妙に緊張感のない会話が、さっきまでギスギスしていた2人の間に交わされているのだが…このひとたち、めっちゃすれ違ってる似たもの親子みたいだと、状況も忘れてつい思ってしまった。
「フフッ……けど、今日は残念ながら、キミ達の相手をしている暇はないんだ。
リリィの監視映像をチェックしてて、しょっちゅう出てくるあの魔族が、まさか魔界の名工と言われたロン・ベルクだったとはねえ。
ダイ君の剣を作ったのはまだしも、身体を斬らせてまで施したボクの仕掛けを台無しにされそうだし、これ以上勇者パーティーに力をつけられても困るって事で、ちょっと始末しに来たってわけさ。
…あと、目の前で彼を殺せば、ついでにキミのことも泣かせられるし、ねぇ?」
……は?いや待って、なに?
あたしの監視とか、つっこみたいところは若干あるけど、つまり今日のコイツの目的はロン先生って事なの!?
そういえば、さっきから小屋の中が妙に静かだ……まさか。
「それを、オレ達が黙って見ていると思うか!?」
キルバーンをひと睨みして、クロコダインが立ち上がる。
……その上体が、何故か一瞬、ぐらついたように見えた。
「 見ていてもらうしかないね。
……そろそろ気がつかないかい?
自分達が既に、死のメロディーに捕らえられているって事に、さ……!!
この間のは、バラン君には効かなかったようだから、今回はあれよりもっと、念入りに時間をかけて、奏で続けていたんだ。
ボクは、死神だよ。
転んでも、タダじゃ起きないのさ……!!」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、クロコダインが手にした斧を取り落とし、膝を地につける。
同じようにグエンさんも、そしてバランまでもが、身動きが取れずに、その場に釘付けになった。
「なっ……しまった!!」
「くっ……!」
「お、おのれ……!!」
「フフフ…小屋の中で、ロン・ベルクも同じ状態になってる筈だ。
ボクはキミ達の目の前で、それをサクッと始末する……簡単なお仕事だよねえ」
「させるかあぁぁ──ッ!!!」
そして、あたしは……ポーチから爆弾石を取り出し、ひとつ目ピエロに投げつけた。
「……ッ!!?」
瞬間、死神の鎌がひと振りされ、小さい石が真っ二つに切られる。
それは寸断された瞬間小さな爆発を起こしたものの、本来それが持つ威力の半分ずつしかもたらさずに、破裂程度で消えた。
「なんだと!?
アイツだけ笛の音色が効かない!!?」
ひとつ目ピエロが、1人だけ動くことのできるあたしを見て、驚いた声を上げる。だが、
「…まあ、想定の範囲内さ。
結局は、キミが一番の邪魔者ってわけだ」
と、キルバーンはいかにも落ち着き払って、使い魔を宥めるように言った。
…いや本当、一人芝居だとわかって見てたら、こんなにムカつくものもないんだけど。
「できれば師匠の殺されるところを見せて、その泣き顔を拝んでから殺してやりたかったんだけど、ここはやっぱり、キミが先かぁ。
……ハート・エイト」
「……え!?」
…瞬間、植物の蔦のような細い紐状のものが、あたしの足元の地面から無数に生えて、それがあたしの体に巻きつき、瞬く間に手足を拘束した。
「なっ…!」
更にいつのまにか同じものが、子供が描いた花のような形状の、巨大なリースを形作っており、あたしの身体がそれに磔にされる。
そしてどうやら、そのリースの一部らしい蔦の先端に、逆ハート型の葉のような突起が、まったく身動きの取れないあたしの、胸元に狙いを定めていた。
…つまり、そういうこと。
「思えば出会いから、キミには色々楽しませてもらったね。
名残惜しいけど、別れの時は必ず来る。
……さよならだ、ボクの
「リリィッ!!!!」
悲鳴のようなグエンさんの叫び声が聞こえ、同時にあたしを狙っていた蔦の先端が、真っ直ぐあたしの心臓に突き刺さ
「母上ッ!!!」
ガキイッ!!!
…覚悟した痛みは訪れず、金属同士がぶつかり合うような不自然な音に、思わず閉じていた瞼を開く。
その、目の前に、銀色が広がっていた。
とんがったフォルム。
抉られて、砕けたままの目というか顔面。
それが、同じ目線の高さにあり。
「フェン…ブレン……!?」
思わず口をついてその名を呼ぶも、己で見ているものが信じられない。だって。
「…グ……ッ……!!!」
三日月のような形の胸のパーツ、その左側。
人間でいう、心臓の位置。
そこから、さっき見たばかりの、鋭い突起が、背中から表側までを貫いている。
この身体はオリハルコン製で、この世にこれ以上の硬度の金属はない。
たがそれでもある一定以上の威力とスピードをもってすれば、砕き貫く事は可能という事実は、それより劣る金属で作られた武器でそれを行なったヒュンケルさんが証明したことだ。
いや、そんなことより。
「な、なんで…?アンタ、なんでこんな……!?」
「は、は…上。御無事…で……」
呻くように言って、フェンブレンは自分の胸から突き出していた蔦を切り落とし、それからあたしの拘束を、同じようにして切り落とした。
地面に落ちかかるあたしの身体を抱きとめて、ゆっくりと下ろす。
そうしてから、崩れ落ちるように、膝を地につけた。
貫かれた
そう、こいつは禁呪生命体。
基となる
フェンブレンは今まさに、死に瀕している。
何故?……それはあたしを庇って、だ。
「………アンタ馬鹿じゃないの!?」
その事がじわじわあたしの頭の中に、理解という形で浸透した瞬間、あたしは叫んでいた。
「アンタの一番はハドラーでしょう!?
アンタはハドラーの親衛騎団、死ぬんならあたしじゃなく、ハドラーの為に死ぬべきでしょう!!」
それがなんであたしなんか庇って死にかけてんの!!?
なんかよくわからない、怒りにも似た衝動に任せて、あたしは目の前の銀色を怒鳴りつける。
だって違う。こんなのは違う。
「…ワシは…違った。
敢えて、足並、を乱す事、も…ない、ゆえ、調子を合わせ…て、いた、だけ……。
ワシに、とっては……母上が、唯、一の……」
そこまで言ったフェンブレンが、何故か、笑ったように見えた。
「…お別れ、です。母上……!」
そう言って立ち上がり、ふらつきながらも、
その両腕が、
更にそれを、抱え上げたまま上空へと飛ぶ。
「まさか!や、やめろ!!
この……人形風情がァ──ッ!!!」
「これでいい…これで、もう、母上が…ワシを忘れる事は……な、い………!!」
そして……
見上げた上空で、激しい爆発が起きた。
「フェンブレン─────ッ!!!!!」
☆☆☆
そして。
静けさを取り戻したその場で、最初に動いたのは、誰でもなく先生の小屋のドアだった。
「クソッ…まったく身動きが取れなかった。
一体何だったんだ、今のは?」
まだ少しふらつきながら先生が中から出てきて、あたし達の方へ歩み寄ってくる。
グエンさんとクロコダインが状況を説明してくれ、あたしはその間ずっと、フェンブレンが消えた上空を見上げていた。
「…死神の、最期か」
いつのまにか隣に来ていたバランの声に、あたしは首を横に振る。
「いえ、残念ながら逃げおおせました」
「…なに!?」
「爆発の瞬間に転移で逃れて、今は大魔王のもとにでも戻ったんじゃないですかね。
ほら、一緒にいた小さいのも、いつのまにか居なくなってたでしょう?
……馬鹿じゃないの…あたしなんかの為に…ぶっちゃけ、無駄死にじゃん…!!」
…そう。『キルバーン』は死んではいない。
爆発の瞬間、あたしの『目』は確かに、直前で転移を使う光景を捉えていた。
けど、そんなのはわかっていた事だ。
ある意味この世界のラスボスであるアイツが、こんなところで死んだりするわけがない。
「…すまなかった」
ふと、バランが何か痛いような表情で、あたしを見下ろしているのがわかった。
「………なんで、あなたが謝るんです?」
「私が奴の両目を潰していなければ、奴ももっと、違うやりようがあったかもしれない。
そうであれば、君をこれほど悲しませることもなかった」
…悲しんでる?あたしが、何を?
そう問おうとしてバランを見上げた両目から、何か熱いものがこぼれ落ちるのを感じた。
何故だか、視界がやけにぼやける。
思わず目を擦ろうとして、その両腕が取られた。
戸惑うよりも前に、バランの胸元…というよりは腹に抱き込まれ、あたしの頬が当たった部分の彼の服が、急に湿り気を帯びる。
…その状態になって初めてあたしは、自分が泣いていることに気がついた。
そして気づいた途端、抑えきれない感情の奔流が、胸の奥から溢れ出てきて、あたしはバランの胸にすがりついて、慟哭した。
あたしは、アンタの母親なんかじゃないのに!
だって子供を庇うならともかく、子供に庇われて死なせるとか、母親がすることじゃないじゃん!!
馬鹿だよ…ホント馬鹿だよ……フェンブレン…!
☆☆☆
…泣き疲れて眠ってしまったリリィを小屋の中の寝台に運び、彼女が完全に眠っているのを確認した後、外の空気を吸いに小屋の外に出たバランがふと見上げた空には、既に星が瞬いていた。
剣の修理が終わるまではここを離れる事はないからと、クロコダインとグエンには、一旦帰ってもらっている。
彼らにも休息は必要だろう。
「お疲れさん。飲むか?」
と、後ろから声をかけられ、振り返るとロン・ベルクが、酒瓶とコップをふたつ手にして立っていた。
「…剣の方はどうなっている」
「慌てるな。あの『急なお客さん』のせいで、やるべき事がいくつか増えた。
不眠不休で働かせる気か?少し休ませろ」
ならばこの飲む時間を、休んだり食事を取るのに当てればいいのでは、と思わなくもなかったが、扱いの難しい男であるのはリリィとのやり取りを見ていて察する事が出来たので、バランはそう思ったことを敢えて言わずにおく方を選んだ。代わりに、
「………貰おう」
そう言って、差し出されたコップのひとつを受け取る。
自分のそれに琥珀色の液体を注ぎ、瓶をバランに手渡しながら、ロン・ベルクが口元に薄く笑みを浮かべて言った。
「…さっきから見てると、お前さんはリリィには甘いようだな。絆されたか」
「なんだと?……いや」
問いながら何か面白いものを見るようなロン・ベルクの視線から、思わず目を逸らす。
「…だがリリィを通して、他の何かを見ている。
差し支えなければ聞かせてくれんか?
そうだな…剣の修理代がわりに」
そもそも修理代を取るつもりはなかっただろうに、そんな事を言うその男を睨むように見返しながら、バランは小さくため息をついた。
そうして、躊躇いながらも、言葉を紡ぐ。
「…………私の亡き妻は、美しい娘で、そして優しい
彼女と過ごした日々は、それまでの戦いの人生を塗り替えるほど幸福で、安らぎに満ちた日々だった。
…彼女の、総てを遍く照らす太陽のような微笑みが、今は自分だけに向けられている、その至福に酔いしれた。
……だが、彼女を失い、人間を憎み、やり場のない怒りに身を燻らせて、気がつけば、あれほど愛しいと感じていた彼女の笑顔を、今は思い出せない」
バランの言葉を聞くロン・ベルクの表情には、明らかに『何の話だ』という疑問が浮かんでいた。
苦笑を押し殺しつつ、バランが続ける。
「似たところなどどこにもない…しいて言えば髪の色は同じだが、黒い髪の女性など、この世にはいくらでもいる。
だというのに…あの子の、私を気遣うような目を見た時、あの子の心からの笑顔を見たいと思った。
あの子が笑ってくれたなら、妻の笑顔を思い出せるような気がした。
そしてあの子の泣き顔を見て…妻が泣いているような気がした。
……それだけだ。つまらない話だったろう」
絞り出すように紡いだ言葉を、自分で改めて陳腐だと感じながら、バランが言い終えると、ロン・ベルクは何か考えるように、眉間にしわを寄せた。
しばらくそのまま黙っていたが、やがてぽつりと呟く。
「…心からの笑顔、か。
あいつは基本商人だから、笑うのはそれなりに慣れてる。
だが実際、本心から浮かべた笑顔なんてのは、オレも2回ほどしか見たことがないな。
意外とハードルが高い注文だぞ、それは」
ロン・ベルクが知るのは、弟子にしてやると言った瞬間の、パッと輝くような笑顔と、村を襲撃したモンスターを殲滅し終えた後、よくやったと褒めてやった時に浮かんだ、照れたような笑顔。
考えてみればあの年齢の、温かい家庭で愛されて育った娘にしては、それは頻度的に少ないのではないかと、改めて思う。
都会に比べれば田舎の子供が、大人になるのが早いという点を考えても、リリィは精神的に大人びてい過ぎると、改めて感じた。
「あの子は、一体何者だ」
うっかり思考の底に沈みそうになったロン・ベルクの意識を、隣のバランの声が引き戻す。
ロン・ベルクは少し考えてから、敢えて軽い調子で答えた。
「オレの弟子で、知り合いの武器屋の娘だ…といっても、そんな事が聞きたいんじゃないんだろうがな。
鑑定以上の、神託の目を持ち、またその能力の範囲外にも何かしら見えてるモンがあるようだが、それをオレには決して言わん。
だから正直、オレにもわからん。
だが、ひょっとしたら終わりが近づいてきたこの世界を憂いて、神が投じた石のひとつってとこなんじゃないか?
おまえさんの息子とおんなじような…な」
言いながらふと見上げた星空で、星が一瞬、流れた。
「神が…投げた小石たち、か」
息をつくようなバランの呟きが、星々の瞬きに溶けた。
キルバーン「この人形風情が!」
フェンブレン「お前が言うなし」
…そんなわけで、ここでフェンブレン退場です。
なんかほんとごめんなさい反省はしていない。