DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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時系列はバラン戦の前。
特に盛り上がりもオチもない話。


外伝・拾われた男
散らばった石の欠片たち


「…助かった。ありがとな、ローレル」

 ニセ勇者一行は今、旅の途中にたまたま見つけた迷宮(ダンジョン)に、4回目の挑戦を試みていた。

 …旅の途中にたまたま見つけた、拾い物と共に。

 

「いや…俺は他に、できることもないし」

 割とギリギリで倒したモンスターとの戦闘によりニセ勇者でろりんが負った傷を回復呪文で治療しながら、彼より少し年上に見えるローレルと呼ばれた青年が、頼りなげな笑みを浮かべる。

 その背中を、ニセ魔法使いのまぞっほが笑いながらバンバン叩いた。

 

「いやいや、助かっとるわい!

 なにせうちの僧侶のホイミなんぞ『涙のどんぐり』以下の回復量じゃからな」

「ほんと、ほんと」

「やっかましいっ!!」

 そんなまぞっほのなにげに酷い言葉にニセ戦士へろへろが同意、矢面に立たされたニセ僧侶ずるぼんが言い返したところで、穏やかな声がその場の空気を瞬間的に変える。

 

「そんな事はないさ。

 少なくとも俺はずるぼんの、その回復呪文に助けられたんだから」

「そ、そんな…………(ポッ)」

 頭の中身は非常に残念ではあるが、見た目だけはそこそこ美女の範疇に入るニセ僧侶は、そんなローレルの言葉に頬を赤らめた。

 

 …ニセ勇者一行がこの、ローレルという青年と知り合ったのは、世界最強とも評された屈強な騎士団を抱えるカール王国が魔王軍の超竜軍団に滅ぼされた2日後の事だった。

 彼らは、魔王軍に破壊された王城に用があった…具体的に言えば、城のどこかにあるだろう宝物庫に。

 そこで、見つけた。

 瓦礫の間に身体半分以上埋まった、赤みがかった髪の若い男を。

 最初は死体かと思った。

 だから、その持ち物を有効利用させてもらおうと、瓦礫の中から掘り出したに過ぎない。

 だが、地面に横たえたその『死体』が呻き声を上げた時、4人は驚きのあまり、後のことなど何にも考えずに、大急ぎで近くの村まで運んでしまったのだ。

 案の定、事情を説明して運び込んだ村の宿屋の主人に、なんでこんな時に王城になんか行ったんだと問われ、しどろもどろになったがそれはさておき。

 まる1日かけてずるぼんの貧弱な回復呪文で治療をした結果、青年は次の日の昼過ぎにようやく目を覚ましたが、それまでの人生の記憶を失ってしまっていた。

 服装からして王国の少なくとも兵士である事は間違いなかったから、魔王軍との戦いがあまりにも凄まじかったせいだろうと彼らは結論づけた。

 自身の名すら覚えていなかった為、だからローレルという名は、ずるぼんがつけたものだ。

 実は本人には告げていないが、彼は治療中に一度だけ目を開けて、どう聞いても女性の名としか思えない言葉*1を呟いた後、再び意識を失った時間があり、何故かその事に気分を害したずるぼんは、それを脳内で無理矢理、男性名に変えてしまった。

 そうして付けられたのが『ローレル』という呼び名だったのだ。

 そうして、命を助けられた上、仮の呼び名まで与えてくれた一行に、記憶のない青年が懐いたのは、当然のことだったろう。

 その頃になると彼ら、特にずるぼんに彼への情が移ってきており、また自業自得ではあるが投獄寸前までいったニセ勇者一行のこと、他人に純粋に感謝される久しぶりの感覚に、心が満たされるのを止める事はできなかった。

 ローレルが初歩的なものだけではあるが僧侶系の呪文が使えた事もあって、直接的な戦力にはならないながらも今、彼はこうしてパーティーに同行する運びとなっているわけだ。

 そして、彼らを命の恩人と慕うローレルから向けられる穢れのない視線は、自然といつもの彼らのケチな小悪党的な行動を控えさせ、今の彼らはニセ勇者一行というより、単なる一介の冒険者の体裁を整えていた。

 …でろりんが、自身の方向性に迷いを覚える程度に。

 

「…けど、そろそろ戻り始めた方がいいんじゃないかな。

 戻るにも、来たのと同じだけ時間がかかるし、この階のモンスターにこれだけ苦戦した事を考えると、引き時を間違えたら全滅しかねない」

 先程モンスターの群れを倒して、一時的に祓われていた瘴気が、再びゆっくりと濃くなってくるのを感じる。

 穏やかな口調ながらいつのまにか仕切っている、新参である筈のローレルの言葉に、パーティー全員が頷いた。

 

「そーだなー。腹も減ったし。

 宝箱にはロクなもん入ってなかったし、さっきのは人食い箱だったしよー」

「そうじゃの。ワシもそろそろ宿に戻って、ゆっくり休みたいわい」

「…あたしもお風呂入りたいわぁ。

 よっし、じゃあ、帰るよ!」

「ああ……そうすっか」

 最後に、パーティーリーダーである筈のでろりんが頷いたところで、5人は元来た道を戻り始める。

 

「…でろりん。君、さっきから元気ないね。

 なにかあったのかい?……あ!

 もしかしてさっきのお弁当、君の分の最後の1個の唐揚げ、食べちゃったから怒ってる!?」

「おまえだったのかよ!

 ひとり5個で、オレ4個しか食ってねえのに残ってないから、てっきり食いながら数え間違えたと思ってたわ!!

 ……そうじゃねえよ。大した事じゃねえんだ」

「……?」

 …でろりんがそれ以上答えず、なんだか微妙な空気になりつつも、彼らが無事()()()()()地下4階から地上に戻った時、既に夕陽は沈んでいた。

 

 ☆☆☆

 

「あ〜、やっぱりか。

 な〜んか、手応えがおかしいとは思ってたんだよな〜。

 ………この剣ともお別れかぁ」

 近くの村まで戻り、確保した宿の部屋で、使っていた鋼鉄(はがね)の剣を鞘から抜いたでろりんが、その刀身を確認してため息をついた。

 

「ん?剣に何かあったのかい?」

「ん……ああ、ここ。

 一番使うトコの刃が欠けちまった。

 恐らく、今日戦った人食い箱に、無理矢理こじ開けようとして噛みつかれたアレだ。

 ……はぁ。地味に、いい剣だったんだけどな」

 言いながら、まだ大事そうに剣を鞘に収めるでろりんの手元を、ずるぼんが湿った髪を拭きながら覗き込んで言う。

 

「これが?ただの鋼鉄(はがね)の剣じゃない。

 あんた、ニセ勇…金回り良かった時期には、もっといい剣使ってたでしょ?」

「そうだけど、今まで使ってきた中で、他のもっと高い剣と比較しても、コイツが一番使い勝手が良かったんだよ。

 てゆーか、使いながら徐々に手に馴染んできたというか、オレ用に育ててきた、みたいな味が出てきててさ……。

 そもそもニセ勇…金回りが今より良かった頃に買った高い装備は、全部売っぱらっちまったから、オレの剣は今これしか無いし?」

 元々良くない目つきを更に悪くして、でろりんがずるぼんを睨むと、ずるぼんはオホホと笑いながら2人から離れた。

 でろりんとずるぼんは同郷の幼馴染で、小さい頃から今に至るまで、力関係は変わらない。

 ニセ勇者としての正体が暴かれ、投獄はされなかったもののそれまでのような派手な活動ができなくなって、たちまち経済状態が逼迫した勇者パーティーのとりあえずの資金調達に、『あんたがリーダーでしょ!』の一言で金になりそうなでろりんの装備をあらかた引っぺがして売り飛ばしたずるぼんに、ひょっとしたらコイツは僧侶なんかより強盗の方が向いてんじゃねえのと、密かに思った事は彼だけの心の秘密である。

 元々ロモスの片田舎に生まれた、勇者に憧れる頭の悪いやんちゃで活発な少年だった彼がニセ勇者としての道を歩き始めたのが、この二つ年上の幼馴染の影響が大きかった事は、幸いにしてまだ気がついていないが。

 

「…そうか。ひょっとしてさっき、でろりんが落ち込んでたのはそれが原因だった?」

 ローレルの問いかけに、これは誤魔化しても無駄だと判断して、でろりんは頷く。

 

「……まあな」

 そのでろりんの短い返答に、少し考えてから、ローレルが再び問うてきた。

 

「その剣、どこで買ったかは覚えてる?」

「…確かギルドメイン山の麓にある、ちっちぇー村の武器屋だった筈だ。

 奥に工房があるっぽかったから、あそこで作って売ってたんじゃねえかな。

 ニセ勇…金回りが良かった時期にははした金だったけど、その当時のオレには…まあ今もだけど、1500G(ゴールド)は大金でな。

 ドキドキしながら支払って、手にした時の興奮は、今も忘れられねえ。

 …あの頃はオレもまだガキで、本物の勇者になれると思ってたから、これで一歩勇者に近づいた、みたいな感覚があったんだよな」

 その頃のワクワク感を思い出して、でろりんは覚えず笑顔になった。

 そういえばこんな気持ちは忘れていた。

 そう思ったところでローレルと目が合い、途端に思い出した興奮が冷める。

 …思い出したところで、汚れていない自分にはもう戻れないのに。

 全員の目が自分に向いている事が急に恥ずかしくなり、でろりんは咳払いをひとつする。

 

「だったら、またそこで買い直そう!」

 と、そこに出された提案は実に唐突だった。

 

「へっ?」

「思い入れのある剣みたいだし、同じものはないかもしれないけど、なら少しでも似たものを探しに行こうよ。

 鋼鉄(はがね)の剣で1500G(ゴールド)ならごく一般的な値段だし、そのくらいならこの4日間の迷宮(ダンジョン)探索のお陰で、パーティー維持費の中から余裕で出せるよ」

 …そう。このパーティーの財布は今、何故かこの青年が握っているのだ。

 それまでの財政管理はずるぼんがしており、それがかなりどんぶりだった事で、いつもその日の宿や食事代にも事欠く有様だったのに、彼にそれを任せてからは、ちゃんと貯金をしてくれていたらしい。

 悪事を行わなくても金って貯まるんだ…などと心の片隅ででろりんは妙な感心をした。

 なんかもうずるぼん要らなくね?とちょっとだけ思った事はもちろん内緒だ。

 

「そもそも、このパーティーの基本戦闘力は、君とへろへろの2人で占めてるから、君が戦えないとそれだけ、へろへろの負担が増えるだろう?

 …それに、言いにくいけどあの迷宮(ダンジョン)、君達の実力だと、俺という足手まといを抱えてあの階より下に行くのは、そろそろかなり危険だと思う」

 いいえ足手まといなんてとんでもないですローレルさん。

 ていうかリーダーももうコイツで良くね?くらいのところまで思考が行きそうになるのを慌てて引き戻す。

 

「そいつはいいな!

 おれ、そろそろ迷宮(ダンジョン)探索飽きてきたし」

「ふむ、ギルドメイン山の麓というと……ああ、ここじゃな」

「あ〜、思い出したわぁ。

 まだアンタ達と出会う前、でろりんと2人だけであちこち動き回ってた頃に行った、名前忘れたけど、近くに大きな森のあるちっさい村よね?

 大して目立つものは無かったけど、宿屋は綺麗でトイレもお風呂も使いやすかったし、贅沢なものは出ないけどごはんも美味しかったわ。

 てゆーか、ベンガーナ王都じゃ何を買おうにもどれ一つとして手が出なくて、自分たちの金銭感覚の貧弱さに打ちひしがれた後にたどり着いた村だったから、宿も武器屋も道具屋も、可もなく不可もない値段設定や品揃えで、却って癒されたんだったわ〜」

「いや、それ褒めてねえだろ……」

 そして2人の話を聞いて、部屋の中央のテーブルに地図が広げられ、他の3人がそれを覗き込んでいる。

 …どうやら行くのは決定事項のようだ。

 

「……そうだな。

 じゃ、今夜は早めに寝て、明日早めに出発しようぜ」

「「「異議な〜〜し!!!」」」

 どうせオレは最後に決定するだけの、名ばかりのリーダーですよと、ちょっとだけやさぐれた事を思いつつも、でろりんの気持ちはなんだか浮き立っていた。

 

 ☆☆☆

 

「旅の方ですか?ようこそランカークス村へ!!」

 そして。

 数年ぶりに訪れた懐かしいその村は、以前来た時とは、なんだか雰囲気が変わっていた。

 別に、嫌な感じではない。

 むしろ、村人達の反応は以前より優しいくらいだ。

 しかも何故か、やたらと子供達に話しかけられる。

 …これも自業自得ながら、子供が少し苦手になっていたでろりんには、少し居心地が悪かった。

 

「おにーちゃんは、おーじさまなの?」

「えっ?」

「おーじさまだよね?

 だって、すっごくカッコいいもん!」

 そして隣のローレルは、髪をふたつに結んだ6才くらいの少女に話しかけられており、でろりんは初めてこの青年が、よく見ると比較的整った顔をしている事に気がついた。

 放つオーラというか受ける印象にとりたてて特徴がない為あまり目立たないのだが、判るやつには判るのだろう。

 

「ううん、違うよ。俺は王子様じゃない」

「そーなの?おーじさまにみえるよー?」

「そうよね〜。

 隠していても、ローレルにはどことなく品があるものね〜。

 でも、この王子様はロリコンじゃないのよ〜」

「10ねんたったらけっこんできるもん!

 そのころにはアンタなんかババアじゃん!!」

「なっ…ムキ────ッ!!!!」

 …そして、何故かはわからないが小さな修羅場が発生する。

 冒険者の身で、村人とトラブルを起こすのは避けたいんだけどな…などと、でろりんはぼんやりと思っていた。

 

「タンマ!ずるぼん、子供の言う事だから!!」

「離せ!

 ガキだからって許しちゃおけない事もある!

 こいつは女の戦いなんだよ!!」

「まぞっほ!でろりんの名前で宿の手配を!

 でろりんは予定通り武器屋に、へろへろはそれに同行!

 俺はずるぼんを落ち着かせたら追いかける!」

「ラ…了解(ラジャー)!!」

 その修羅場を身一つでなんとか抑えようとしつつ、ローレルが指示を出す。

 …やっぱりオレ要らなくないか?というモヤモヤした思いを抱えながら、でろりんは指示通りへろへろと共に、かつて訪れた武器屋へと向かった。

 

 ・・・

 

「『でろりん』様。

 鋼鉄(はがね)の剣1本、研ぎと修理承りました。

 預り証をお渡しいたしますので、3日後の正午過ぎに、またこちらまでお越しください。

 ……ありがとうございましたー!」

 武器屋のカウンターに座っていた少女は、満面の笑顔で彼を送り出した。

 少し離れたところで店の中から、その少女のものらしい奇声が聞こえたが、少し疲れていたでろりんは聞かなかった事にした。

 

 ☆☆☆

 

 その日の夜、宿の食堂で夕食のセットに、追加注文した単品料理も平らげた彼らは、食後のドリンクをそれぞれ口にしながら小会議を開いていた。

 …まあ何のことはない、食後の雑談である。

 

「……で?

 剣を買いに来た筈が、なんで修理するって話になったわけ?

 しかもその間、3日もこの村に足止め食うとか、聞いてないんだけど?」

 先ほどの幼女との諍いが尾を引いているのか、まだ何となく不機嫌なずるぼんが、軽く睨みながらでろりんに問う。

 

「オレにもよく判んねえけど、気がついたらそういう流れになってた。

 なんていうか……妙に逆らえない感じ?」

 でろりん的に流れとしては、『これと同じものを』という感じでカウンターに置いた剣を、店員の少女が一目見て状態を把握し、また自分の店の品物という事まで見抜いて、方針を決めてしまったのだ。

 …今思えば、鞘から抜かないうちから刃の欠けに気付いたようだったし、なんか色々不思議な娘だったなと思う。

 

「まあ、いいんじゃねーか?

 修理なら、新しい剣を買うより安く済むみてーだし」

 渡された預り証をひらひらさせながら、へろへろが言い、でろりんがその手からそれを引ったくる。

 多少折れたり汚れても問題はないだろうが、無くされたらかなわない。

 

「そうだね。

 お金のこともそうだけど、でろりんが思い出の剣を手放さずに済んで、本当に良かった」

「…そこまで大切だったわけじゃねえよ」

 けど、なんだか嬉しそうに言うローレルには、なんとなく意地を張って、そんな事を言ってしまう。

 

「そう?

 けど、その思い出がない俺にとっては、君たちには無くして欲しくないんだよね。

 それが、どんなに些細なものであっても、さ」

 だが、それに気を悪くした様子もなく、ローレルは割と重い事をサラッと言ってのけた。

 …そうだった。この男には、無くしてから悔やむ思い出すらないんだった。

 でろりんが気付いて黙り込んだのを見て、ローレルは立てた指先を、ずいっとでろりんの鼻先に突きつけた。

 

「あ、言っとくけど、俺は君たちのお陰で、自分が何者なのかとか、悩まなくて済んでるからね!

 だから俺に同情なんかしなくていいから!」

 一瞬強い目で見据えられて身が竦んだが、すぐにそれは、やわらかないつもの穏やかさを取り戻す。

 

「…俺には隠そうとしてるみたいだけど、君たちが何らかの、後ろ暗い過去を持ってる事は、なんとなく判ってる」

「「「「いっ!!?」」」」

 そして続けられた言葉には、でろりんだけでなく他の3人も、驚いておかしな声が出てしまった。

 そんなニセ勇者一行に、ローレルは笑みを深くして言った。

 

「それ故に君たちは振り返る事を避け、今と、この先だけを見て生きてるから、振り返る後ろすらない俺は、だから君たちの側が居心地がいい。

 この居場所を与えてくれた君たちのことが、俺は大好きだし、大好きな君たちの大切なものは、俺にとっても大切なんだ。

 ……そう思っていても、いいだろ…?」

 そこまで言ってローレルは……ゆっくりと、椅子に沈んだ。

 

「ローレル!?」

 驚いて呼ぶ声に反応せず、微笑んだまますうすうと寝息をたてる、その顔が、うっすら赤い。

 

「…誰だ、こいつに酒飲ませたの。

 メッチャ恥ずかしいセリフ堂々と言いやがると思ってたら、酔っ払ってたのかよ」

 椅子の位置を調節して、彼が落ちないように自分の肩で支えてやりながら、でろりんの頬も少し赤くなっていた。

 

 ・・・

 

「そういえば宿の主人に聞いたんじゃが、この村には子供たちを中心とした自警団があって、子供たちに悪い旅人と見られた時点で、コテンパンに撃退されるらしいぞ?

 ローレルがずるぼんを止めてくれなんだら、ワシらもそうなってたかもしれんところじゃった」

「あれは、最初にあのガキの方が、失礼な事を言ったからだよ!」

「それを大人が同じテンションで返すと、世間からは『おとなげない』って言われるんだぞ?」

「ぐぬぬ……!」

 少しして、ようやくいつもの調子を取り戻した仲間たちの会話を聞きながら、でろりんは肩にかかる重みに、わけもなく笑みをこぼした。

 

 ☆☆☆

 

「…これ、ホントにオレの剣か?」

「間違いありませんよ。

 管理は完璧ですし、あの日、当店が修理でお預かりしたのは、こちらの1本だけですから。

 ……何か御不審の点でも?」

 約束の3日後、例の武器屋に行くと、やわらかそうな布の上に鞘から出された状態で置かれた自分の剣の、その変わり果てた姿に目を瞠った。

 

「いや、新品みたいにピッカピカじゃん!!

 あー、そうだった思い出したぜ!

 買ったばかりの時も、この輝きにテンション上がったんだ!!

 それに、欠けてたトコも全然判んねえくらいに…痛てッ!!」

 確かに3日前には凹みがあった筈の刃に、思わず指を滑らせる。

 当然のように切れた指先に赤い筋が浮かび、そこから赤い粒が膨らんできて、慌てて布で押さえた。

 冒険者なので、負傷に対する小道具は常に携帯しているのだ。

 

「ちょ!研いだばかりの刃物ですから、流石にそれは指切りますって!

 …どうぞそちらにおかけください。

 今、手当てを…」

「あー、いいよいいよ。

 この程度、仲間にホイミかけてもらうから。

 …そっかあ。この剣、本当はこんなにピッカピカだったんだなぁ」

 自分の顔が映り込むほどに磨かれたその刀身に、ため息を漏らす。

 いつから曇ってきてしまったのか、それはまるで、これまでの自分を見ているようで。

 けど、今のこの剣の姿に、自分の曇りも本当は、このように拭いされるかもしれないと、心の片隅で漠然と思った。

 

 渡されたおつかい用の財布に血を付けないよう注意して、提示された料金を支払う。

 850G(ゴールド)なら同じ新品の剣の半額に近い。

 修理代としては安いのか高いのか判らなかったが、でろりんはこの出費を、少しも惜しいとは思わなかった。

 ありがとうございます、と料金を受け取って、少女がでろりんを見上げる。

 普段、目つきが悪いと言われる自分を真っ直ぐに見つめて、微かに微笑んだ少女の顔が、一瞬やけに大人びて見え…その顔が何故か、昨日自分を真っ直ぐ見据えてきた、ローレルの表情と重なった。

 

「…今はそういう習慣は廃れてしまっていますけど、今ほど物が豊かじゃなかった時代には、いい武器は研ぎや修理を行ないながら、一生使っていくのが当たり前でした。

 また、そんな一生モノの武器に巡りあえることこそ、戦う者にとっての誉れだったといいます。

 …うちの店の品は、昔気質(かたぎ)の鍛治職人である父が、そうありたいという願いを込めて打ったものです。

 でろりん様にとってのその剣がそうであるならば、武器屋としてこれ以上の喜びはありません。

 研ぎも修理も常に承っておりますので、何かございましたら是非またお越しください」

 子供とは思えないしっかりした口調で、少女はそう言うと、彼に向かって頭を下げる。

 

「…ああ。絶対また来るぜ!」

 この気持ちをまた味わえるなら、ずっとこの剣を使い続けていよう。

 初めて同じ剣を手にした時のように浮き立った心で、でろりんは仲間が待っている宿の部屋へと駆けていった。

 

 そうだ!

 剣と一緒に、オレだってまだピカピカになれる!!

 いや、なってみせる!

 

 

 …更にそのテンションのまま、

 

「みんな!オレ、ホンモノの勇者を目指す事にしたから!!」

 というその場のノリとしか思えない宣言を、4人の前でぶちかますまで、あと7分。

*1
『……ローラ』らしい




拾われた石

名前:ローレル(仮)
性別:おとこ
職業:なぞのせいねん

推定年齢24、5歳の、記憶喪失の青年。
カール王城にトレジャーハント(爆)しに来たニセ勇者一行に発見・保護され、以降彼らに懐き行動を共にする。
僧侶系の初歩呪文はずるぼんより使えるらしい。
赤に近い金髪と琥珀色の瞳。
顔だちはよく見れば整っているが印象は平凡。
時々育ちの良さが、ちょっとした仕草に垣間見える、らしい。

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