DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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ちょっと息抜きに書いた外伝、割り込み投稿です。
本編を待ってくださってる方々には申し訳ありません。


外伝・亡国の王女
神、石投げすぎ問題(爆)


 …想うひとと結ばれ得ないのなら、いっそ自由に生きたいと思いました。

 けど、こんな形は望んでおりません。

 

 生まれ落ちてより18年。

 その立場に不自由を感じた事もあったけれど、国の象徴とされる一族の娘として、それでもいつかはよき伴侶を得て、それを支えていくつもりではあったのです。

 そして長じるに従って、己の伴侶に最も相応しいのは彼であると、疑いなく信じておりました。

 

 …そんな己の伴侶と決めた男に『好きなひとがいる』とあっさり振られた勢いで国を飛び出し、やけに頻繁に街道に出没するようになったモンスターの群れをほぼ腹いせと勢いで倒して進み、なんでか旅人や街道沿いの住人たちに感謝されたお陰で、本来なら1日半もぶっ続けて歩けば着くだろう距離を7日もかけて、訪れた隣国の辺境の村の宿屋に12ゴールド支払った、それは直後の事でした。

 ………己が生まれ育った国が魔王軍の攻撃によって、陥とされたという報せを耳にしたのは。

 

「リンガイア王国が、陥落……!!?」

「ああ。なんでも(ドラゴン)の群れと、それを操る鬼神のような男が攻め込んできて、あの城砦王国が僅か1週間で壊滅させられたらしいよ。

 …お客さんは、あっち方面から来なさったのかい?

 鉢合わせにならなくて、良かったねぇ」

 …1週間ということは、私が国外に出てすぐに、我が国は魔王軍の攻撃を受けた事になります。

 別の大陸のきな臭い噂を自国で聞いていたものの、このギルドメイン大陸においてはカールと並ぶ軍事大国として名高い我が国ならば、絶対に大丈夫と私は漠然と思っていました。

 それが……私がたまたま国を出ていたタイミングで、こんなにも呆気なく。

 

 けれど。

 私はその報に愕然とするとともに、己のこれからの事を、ある意味前向きに考えておりました。

 

 想うひとと結ばれ得ないのなら、いっそ自由に生きたいと思いました。

 勿論、こんな形は望んでおりません。

 望んではおりませんでしたが、結果的に私は、国を離れていて命を永らえたのです。

 これは、もはや天の導きだと思いました。

 

 …リンガイア王国の第三王女ではなく、ただ一介の女冒険者としての人生を、私はこれから始めるのだと。

 

 ☆☆☆

 

「此度の武術大会にて、優勝した者をメリッサ姫の婚約者とする!」

 

 遡る事10日前。

 王の口から出されたそのお触れは、瞬く間に国じゅうに広まり、翌日には一般参加枠の10倍もの希望者が集まったとの報告が、実行委員会から上がってきておりました。

 

「い、いやだってここ数年彼が強過ぎるせいで参加者減ってきてたしだからといって彼に参加して貰わんと観客も集まらんしワシにとっても苦肉の策で……」

「だからって一言の同意もなく娘を売りに出すんですのこの愚王──ッ!!」

 父親とはいえ一国の王であるそのひとを、私は怒鳴りながら迷わず玉座から蹴り落としました。

 本来なら、隣に座る王妃様が静止の声をかけるか、護衛の騎士が止めに入るところなのでしょうが、王女という私の身分と、程度の差こそあれ割といつもの光景である事もあって、皆さん静観してくださっております。

 …王妃様に至っては、謁見の間に私が怒鳴り込んでいった瞬間から、一欠片の動揺も見せず『あらあらまあまあ』とか言って笑って見てますし。

 あ、ちなみに王妃様は、前の王妃だった私の母が厳選に厳選を重ねて推薦した側妃だった方で、その母が先年病で亡くなった後に、繰り上がりで正妃となられた、来月9歳になる王子の母君です。

 私の母は私の上にも2人王女をもうけておりまして、現在上はベンガーナの第二王子に、下は大臣の孫息子に、それぞれ急展開大恋愛の末に嫁いでおります。

 

「け、けどおまえにとっても悪い話ではなかろう?

 優勝するのは彼に決まっておるのだから」

 私の室内履きの爪先でほっぺたをぐりぐり抉られながら、何故か嬉しそうな顔をした父の言葉に、私は思わず脚の動きを止めました。

 

「そ、それは…」

「彼をおまえの婚約者とするのに、これ以上の口実はなかろう?

 昔からおまえは彼を好いておったからのう」

 私の攻撃が止まるや否や、起き上がってにやにや笑う父の言葉に、顔に血が昇るのがわかります。

 

「な、な、何故、そのような事……」

 形ばかりの否定の言葉も咄嗟に出てこず、しどろもどろになる私の背中に、のんびりとした王妃様の言葉がかけられました。

 

「メリッサ姫があの方に想いを寄せていらっしゃるのは、はたから見ても丸わかりですものねえ…ご本人以外には」

 …なんかとんでもないこと言われた気がするのは気のせいでしょうか。

 それが本当であれば、この城の関係者全員が、私の秘めたる恋心に気付いていたということで……ギャ────!!!!

 

 …居た堪れなくなった私は謁見の間から駆け出すと、専用の鍛錬室に閉じこもりました。

 将軍に頼んで取り寄せた訓練用の人体人形が、木剣に当たって甲高い音を立てます。

 これは木剣の当たった箇所やその威力次第で、反動によって関節が動いて、攻撃した自分に跳ね返ってくる仕様で、とどめを刺しにいった瞬間に、予期しない反撃をしてくる相手を想定したものです。

 私の木剣の一撃で生じたその反撃を、もう片方の手に持ったもう一本でさばいて一旦退き、天井から吊られた人形の揺れがおさまるまでの間に、私は人生最大の決心をいたしました。

 

「…こうなったら、ヤツには私からプロポーズしますわ!

 どうせ気持ちが知られているのであれば、今更恥ずかしい事などございません!!」

 …そう。その時の私は、王妃様が仰った言葉の、最後の部分を聞いていなかったのです。

 

「どこの馬の骨ともわからぬ男に嫁ぐくらいなら、あなたと結婚した方が数倍マシだわ!

 此度の武術大会で優勝して、この私と婚約なさい!!」

 …世の男たちが憧れるというリンガイア撫子の鑑(本人調べ)である私の、こんな健気な精一杯の愛の告白を聞いて、その男はため息をついて言いました。

 

「…安心してください。

 ボクが優勝して婚約だけ辞退すれば、あなたは好きでもない男に嫁がなくて済みますよ。

 …勿論優勝は目指しますが、ボクはあなたとは結婚できません。

 子供の頃から好きな人がいて、大陸に名を轟かす勇者として、名実ともに認められた暁に、彼女を迎えに行くつもりですから。

 …一度しか会っていませんけど、彼女はボクの初恋なんです」

 我が国の誇る戦士団の将軍の息子で一師団の団長を務め、近隣諸国からは『北の勇者』の二つ名で呼ばれる、私よりふたつ下のノヴァという青年は、そんな言葉で王女たる私を袖にしたのです。

 

 …思い出すと涙が溢れてきそうになります。

 けど、あの件がなければ、私は今日この瞬間を生きてはいない。

 リンガイアが完全に陥ちたというのであれば、嫁いだ姉たちはともかく城にいた、私の父をはじめとする王族は、間違いなく殺されているでしょうし、それを守るべき戦士団は真っ先に潰されて、彼もきっと生きてはいないのでしょうから。

 毎年行われる武術大会で、去年までは必ず一緒に出場した彼に、一勝も出来なかった私がいたところで、結果は変わらなかった筈ですもの。

 …そう、今私は、生きていることを幸運に思うべきなのですわ。

 

 ……そういえば。

 あの日、ショックのあまり戦士団の訓練所に駆け込んで、兵士数人に相手をしてもらって全員の武器を叩き落とした後で、たまたま来ていた彼の父親である将軍にじきじきに稽古をつけて貰い、その際に聞いた村の名前はなんだったかしら。

 

『…ノヴァの、初恋の相手ですか?

 ……ああ、ひょっとしてあの子の事かな。

 5年前、あいつに初めての剣をあつらえる為に、評判を聞いて訪ねていったベンガーナ辺境の、テランとの国境付近にある村の武器屋に、ちょっと可愛らしいお嬢さんがおりましてね。

 と言ってもまだ幼い少女で、同じベンガーナでも王都に行けば、もっと綺麗な娘さんもいるのでしょうが、何故かあいつはその子を気に入って、連れて帰るとまで言い出したのですよ。

 いや、あの時は参りました。

 結局、それが原因で店主を怒らせてしまい、そこで剣を買うことができなかったのでね。

 …え、その村の名前ですか?確か…』

 

 ・

 ・

 ・

 

「改めて、ランカークス村へようこそ、旅の方。

 見ての通り何もない小さな村ですが、せめてごゆっくりと、旅の疲れを癒やしてくださ…」

「そう!それよ!!」

「はいっ!!?」

「この村に、評判の武器屋があるでしょう?

 どこにあるか教えてくれる!?」

 …どうやら私は知らない間に、恋敵の住む村に、たどり着いていたようですわ。

 

 ☆☆☆

 

「いらっしゃいませ!

 本日は、どのような品をお求めでしょうか?」

 小さいとはいえうっかり見過ごすほどでもない、ほどほどの存在感のあるその武器屋の、扉を開けて入っていくと、真正面のカウンターに座っていた小柄な少女が顔を上げ、元気な挨拶とともに、にっこりと微笑みかけてきました。

 …ノヴァの初恋の人って、ひょっとしてこの子の事かしら。

 見たところ、確かに『ちょっと』可愛いけれど、この程度なら割とどこにでも居そうだし…正直、私の方がずっと美人だわ。

 そもそも、王女の私が美貌で他人に負けたと思った事なんて……あったわね。

 何年か前に、何かの用事で王都の修道院を訪ねた時に、1人だけすごく目立つ美人のシスターがいて、同行した兵士たちの目を惹きつけてて、あの時ばかりは負けたと思ったのよ。

 美人なだけでなく、背が高くてほっそりしているのに、尼僧服の胸元を押し上げてるあの膨らみは見事の一言で。

 あの揺れ具合からしてあれは本物だったわ。

 ええ間違いなく。

 ………うん、今回は大丈夫。

 けど…この子に負けたの、私!?

 だって、言っちゃなんだけど細くてちっちゃくて、まだ子供じゃないの。

 

「……あの?」

 気づけばその子をじっと見つめてしまっていた私は、訝しげに見上げてくるその視線に我に返りました。

 嫌だわ、睨んでしまっていたかしら。

 そんなつもりはなかったけど私、昔から目つきがキツいと言われていたから、もしかして怖が…られてないわね、これ。

 めっちゃ平然としてるじゃない。

 見かけによらず豪胆とみたわ。やるわね。

 

「…これ、売りたいんだけど。

 幾らで引き取ってくれる?」

 何事もなかったように私はそう言って荷物の中から、不要なものを引っ張り出してカウンターに置きます。

 街道で倒したモンスターがなんでか所持してたモノで、初めて私とノヴァが出場した武術大会で売られてたものに、なんとなく似ていたから、つい拾ってしまったのですけど、サビが浮いて小汚いわ重たいわで、はっきり言ってゴミとしか言いようのないシロモノです。

 そんなモノを出されて、少女は一瞬眉根を寄せ、それをじっと見つめます。

 いや、凝視しても状態は変わらないから。

 

「…申し訳ありません、お客様。

 こちらの鉄の爪ですが少々状態が悪すぎて、当店ではお引き取りしかねます」

 やがてそこから目を上げた少女が口にしたのは、やはり予想した通りの言葉…いいえ、むしろよくこれが鉄の爪だとわかったわね。

 ここいらでは作られていない筈の武器だし、パーツが欠けていて原型を留めていないというのに。

 そこは褒めてあげても良くてよ、あくまで心の中だけで。

 

「あ、やっぱりー?

 拾いモノだから期待はしてなかったけどねー。

 まあ、持って歩くのも重くて邪魔だし、あげるから適当に処分しちゃってくんない?じゃねー」

「あ、お客様!」

 呼び止める声を背に、手をひらひら振って、私はその場を去ります。

 よし。最初の嫌がらせはこんなものね。

 要らないモノを押しつけられる地味な不愉快を、とことん味わうがいいわ。

 …けど、ざっと見た感じ、こんなイナカの武器屋にしては、いい武器が揃ってる印象だった。

 ああそうか、仮にもリンガイア戦士団の将軍が、噂を聞いて足を運んじゃうくらい、知る人ぞ知る評判の店だったわよね。

 少しこの村周辺の街道で害のあるモンスターを狩って、ある程度お金を稼いだら、また見にくるのも悪くないかもしれないわ。

 

 ☆☆☆

 

「いらっしゃいませ!武器をお求めですか?」

 数日後、私は再び例の店を訪れていました。

 思ったより早く結構な金額を稼ぐことができて、同時に街道に現れるモンスターが徐々に強くなってきてもいるので、少し武器のランクを上げて、手っ取り早く攻撃力を上げておこうと思ったからです。

 けど、彼女の顔を見た瞬間、また意地悪をしたい気分になり、気がつけば考えるより先に、言葉が出ていました。

 

「ええ。よければ私に合うと思う武器を、あなたが選んでくれない?」

 まさに嫌がらせ第二弾ですわ。

 こんな子供に何をやっているのかしらと、自分に対して思わなくもないのですけど!

 言ってしまってからちょっと後悔し始めている私の、ある意味賢者タイムを知るよしもなく、少女は一瞬目を瞠きます。

 

「…あたしが選んで、いいんですか?」

 少し不安そうなその言葉を鼻で笑いながら、私は更に無茶振りを返しました。

 

「そう言ってるのよ…それとも、自信ない?」

 私がそう言って再び鼻で笑おうとし…次の瞬間、少女の目が輝いたのがわかりました。

 

「いいえ、喜んで!

 …ほら、あたし子供じゃないですか。

 これでも見る目はあるつもりなんですけど、大人の冒険者の人は、なかなか信じてくれないんですよね。

 任せていただけて嬉しいです!

 責任持って選ばせていただきますね!!」

 彼女はそう言っていそいそとカウンターから出てくると、私と店の中の武器とを交互に見比べて、何やら小さな声でぶつぶつ言い始めました。

 …なんでしょう、なんか危険な気がします。

 けど、その表情は疑いようもなく嬉しそうで、この子はちいさくてももう、自分の仕事に誇りを持っているのだと、初めて会ったわたしにもわかりました。

 …思えば私はここまでの誇りをもって、公務に臨んでいたでしょうか。

 いえ勿論、王族になりたくてなったわけではないし、王族である事自体を仕事だとも思ってはいませんでしたが、ひとの命や生活を守るという意味では、彼女の仕事も私の公務も、同じだったのではないでしょうか。

 けど、それから逃げ出したが故に私は生きていて…そう思うと、とても複雑ですわ。

 

「あの…こちら、見ていただいていいですか?」

 と、少し感傷に浸っている間に彼女はこちら(の世界)に戻っていて、一振りの剣を両手に、捧げ持つようにして持ち上げていました。

 

「……なんだか、凄みのある剣ね。

 ここにある他の武器とは…何というか、世界が違うわ」

 この店にある大体の武器は、ごく一般的なものばかりなのですが、彼女が掲げてきたその幅広の剣は、まずデザインからして独特でした。

 どこか刺々しい(つか)を握り、鞘から少しだけ刀身を覗かせると、そこからみて取れる鋭さには、何か底知れないものを感じます。

 

「やはり、おわかりになるんですね!

 そうなんです、これは特別製の武器でして、うちと専属契約している名工の作で…」

「けど、この剣は両手剣よね。

 重すぎるし、私の剣技にも合わない。

 …残念だけどこれは、私の手には扱えないわ」

 嬉しそうに商品をアピールしてくる彼女の台詞を、私は断りの言葉で遮りました。

 ぱちんと音を立てて、その剣を鞘に収め直してから、元の通り彼女の手に戻します。

 少し見直したけど、やはりまだ子供。

 客に合う武器を見定められるまでには至っていないのね。

 そう思って、やはり自分で選ぶかと店内を見回そうとしましたが、そんな私に、彼女は先程までとは違う、にんまりとした笑みを浮かべました。

 

「そこはご心配なく。

 今お見せしましたものはサンプルでして、こちらは実際には同じグレードのものをお客様と相談の上で、一人一人に合わせたものを、ご注文いただいてから外注で作る形になります。

 お客様は双剣使いのようですから、もし御予算の都合がよろしければ、この仕様で細身の剣を2本(セット)で、ご注文いただけたらと。

 勿論、それなりにお値段が張る上に、数日お待ちいただく形になりますが、今お使いの【聖なるナイフ】と【アサシンダガー】よりも刀身が長くなりますものの、手とお身体に合わせて作らせていただける分、逆に取り回しもしやすいかと。

 ……いかがでしょうか?」

 って、剣を買う話から特注で作る話になってる!

 思っていたより話が大きくなって私が固まってしまっていると、少女はまた不安そうな表情に変わり、私をまっすぐ見つめてきました。

 

「…あ、気に入りませんでした?申し訳…」

「ああっ違うわよ!ちょっと圧倒されただけ!!」

 見る目がまだ未熟と思っていたら、私の剣技とか、鞘に入ってる武器まで見当てられました。

 更に思いもよらないところに話が進んだのを、驚かずにいられる人がいるなら会わせてほしいわ。けど…。

 彼女の手に返したその剣にもう一度目をやって、私はため息混じりに口を開きました。

 

「…いいわ、そうさせてもらおうかしら。

 それを見せられた上で、他のを選ぼうとしたところで、どうしたってそれの影がちらつくに決まってる。

 確かに予定外だけど私、お金には困ってないのよ。

 …商売上手なのね、あなた」

「お褒めの言葉、痛み入ります」

 嫌味を言ったつもりがまったく効いていないことを瞬時に察して、私は何かはわからないけど、確実になにかを諦めました。

 

 ☆☆☆

 

 それから、腕や身体のサイズを測られ(剣を作るのにスリーサイズとか必要なんでしょうか?)、注文票という紙に名前と共にそれらも記入し終えてから、細かい要望など聞かれ、素材の説明を受けた頃には、結構な時間が経っていました。

 彼女がこちらにつきっきりになってしまった後は、奥から出てきた30〜40くらいの女性が接客に出て、後から来た客に対応しています。

 彼女によく似た顔をしているから、恐らくは彼女の母親なのでしょうね。

 やはり彼女は単なる従業員ではなく、こちらの娘さんということで間違いないのでしょう。

 

「…以上の仕様で、お見積もり価格、14600Gになります」

「安すぎない!?オーダーメイドの、更にミスリル銀製の剣なんでしょう?

 既製品でもベンガーナのデパートなら、多分1本で20000G以上軽く飛んでいくわよ!それを2本(セット)で!?」

 言ってしまってから、なんかベンガーナのデパートの特設会場で目にした、寸劇仕立てのセールストークを思い出してしまい、危うく吹きそうになりましたがそれはさておき。

 私の言葉が予想の範囲内だったとでも言わんばかりに、彼女は頷いて説明を続けます。

 

「先日置いていっていただいた鉄の爪を打ち直したものが、昨日売れて利益が出ましたので、改めて材料の鉄として、95Gで買い取らせていただいた形になりました。

 更に、代金は前金でお支払いいただけるとの事でしたので、端数はサービスさせていただきます」

「いやそんなのいいから!

 てゆーか待って…私が前来た時のこと覚えてるの!?」

「はい。通常、女性冒険者のかたは、あまりお一人では立ち寄られませんし、お客様はこの辺ではちょっと見ないくらいお綺麗な方なので、余計。

 …あの、本当に14600Gで結構ですよ」

 …なんか色々どう反応していいかわからなくなり、私があーとかうーとか呻いていると、そんな私の顔を下から覗き込みながら、彼女はちょっと困ったような顔をしました。

 それからふと、何かを思いついたような目をしたかと思うと、先ほどと同じようなニンマリ顔で、言葉を続けます。

 

「なんでしたら今の時間、広場の方に屋台が出てますし、予算内で収まったのであれば、浮いたお金で食べ歩きとかいかがでしょう?

 こんなイナカ村ですけど、王都では見かけないような安くて美味しいモノも、割とたくさんありますよ?

 勿論、宿屋のお食事も充分美味しいんですけど。

 あそこの息子とは幼馴染なんで、ちっちゃい頃はよくご飯ご馳走になってたんですよ」

 ちっちゃい頃って、今でも充分ちっちゃいじゃないの…というツッコミを辛うじて封じ込めて、私は頭の中で、彼女の意見を反芻します。

 

「……それもいいかも。

 確かにさっき広場を通った時にいい匂いがしてたし、言われてみれば小腹も空いてるわ」

 言ってしまってから、どうもさっきから彼女の言葉に逆らおうとしては、その度に納得させられ説き伏せられているような気がして、少し面白くない気になりましたが、私はそれ以上逆らわないことに決めて、言われた金額を支払いました。

 ありがとうございます、と彼女はそれを受け取り、深く一礼します。

 

「けど実際、この店、価格設定おかしくない!?

 ちゃんと採算取れてる?

 …べ、別に私が心配することじゃないけど!」

 将軍がわざわざ足を運んだ通り、この店は評判に違わぬ良い店のようです。

 これから冒険者として生活していかなければならない私にとっては、この先何度も足を運ぶべき店になるでしょう。

 その際に潰れてしまっていては困りますものね!

 

「…確かにベンガーナ王都の基準だと、安すぎるって事になるかもしれません。

 そもそもあちらで安い武器は、良いものと見做されずあまり売れませんからね。

 けど、武器職人の工房があるのは大概、材料が採取できる田舎ですし、それを王都で販売するには、それなりの輸送費や人件費なんかが上乗せされるので、どうしても高くなりがちなんです。

 王都にも職人がいないわけじゃないですが、どうしても数は限られますから。

 …旅をされる方であれば、知っておいた方がいい知識ですよ、コレ」

 …それ、商人としては客にしていい話なのかしら。

 けど確かに、いいものを安く手に入れることは、これからの自分には大切なことかも知れません。

 私はもう王女ではないのですものね。

 

「ちなみに!

 当店の武器は、ギルドメイン山の良質な鉱石を材料として、優秀な武器職人が丹精込めて作り上げた、どれも逸品なのです!

 冒険者として名を上げた暁には是非とも、後輩冒険者にジャンクの武器屋をお薦めください!

 勿論、研ぎや修理も承ってますんで。

 うちでお買い上げいただいた品でしたら、状態にもよりますがその際には、幾らかお値引きさせていただいてます。

 近くまでお越しの際には是非お立ち寄りください♪」

 …そしてこのくらいのたくましさも、きっと必要になるのだわ。

 ノヴァのアホがこの子のどこに惹かれたかは、本人がもう居ない以上わかるはずもありませんが、私の初恋を打ち砕いてくれた相手、せいぜいその生き方を観察させていただきますわ。

 

「では、メリッサ様。

 引換票をお渡しいたしますので、5日後の正午過ぎに、こちらを持ってまたお越しくださいませ。

 本日はありがとうございました!」

 名前を呼ばれ、一瞬胸に温かいものがよぎります。

 思えば城を離れてから、私の名前を呼ぶ人なんて居なかったのです。

 考えもなく本名を書いてしまったのは迂闊でしたが、そこに感じた気持ちと引き換えであれば、どうでもいい気がしてきます。

 私は、彼女の差し出してきた紙を受け取って、入ってきた扉に向かい…それからもう一度、彼女の方を振り向きました。

 

「……ねえ。あなたのお名前を教えてくれる?」

「あたしですか?リリィと申します。

 この武器屋の店主の娘です」

 何でもないことのように名乗ったその名前を、口の中で小さく転がしながら、私は『リリィ』の忠告通り、広場の屋台に向かいました。

 

 ・・・

 

「…あれ?どうかなさいましたか?

 なにかお忘れ物か、引換票に不備でも…」

「これ、さっきそこで買ったものだけど!

 良ければおうちの方と召し上がってちょうだい!」

「え…いいんですか、こんなにたくさん?」

「べ…別にさっきのあなたの接客をすごく気に入ったから、そのお礼とかではないのよ!

 旅のノリでたくさん買ってしまって、よく考えたら食べきれないと思っただけだから!」

「なにを隠そう、あたしの好物です!

 さっき出た時に見かけて、結局買わなかったんですけど、食べたいなーと思ってたんです!

 ありがとうございます、ご馳走様です!」

 さっき屋台で買って気に入って、とりあえずそこにできている分を全部買い上げた、何だか知らないけど柔らかく煮た塊肉を、ふんわりもっちりとした皮で包んで蒸した食べ物が入った袋を『リリィ』に手渡してから、私はそそくさと店を後にしました。

 

 ……一体何をやっているのかしら、私は。




おかしい…当初は悪役令嬢的なノリにしようと思ってたのに、なんでか知らんがツンデレ姫になった(爆

投げ過ぎた石

名前:メリッサ
性別:おんな
職業:ひめ→せんし

リンガイア王国第三王女にして、現在密かに生き残っている唯一の王族。18歳。
(正確にはベンガーナの第二王子妃となった姉は健在だが、彼女は嫁いだ時点で王位継承権は消えている)
ノヴァとは幼馴染で、幼い頃からずっと恋心を抱いているのだが、それを言葉にする過程で何故かおかしな変換がされてしまい、好意がまったく伝わっていないばかりか苦手意識すら持たれてしまっている。
本人は自覚していないがかなりの武闘派で脳筋。
幼い頃から割と自然に武に親しんで育ってしまい、周囲が気づいた時点で取り返しがつかなくなっていた。
地上では数少ない双剣の使い手だが、その理由も本人曰く『だって、盾は重いんですもの』。
14歳の年に王家主催の武術大会で、一緒に出たノヴァに負けて準優勝して以来、その後も毎年出場しており、ノヴァとトーナメントで当たるたびに負け続けている。
今年の大会ではその賞品にされるところだったのを、失恋のショックもあって逃げ出した直後に、魔王軍によって祖国が壊滅。
普通の神経の女性ならば、帰る場所も家族も失ってパニックになるところを、何故かそこから開き直って冒険者となる。

…ところで関係ないけど、『めりっさ』はアタシがドラクエ3をプレイした時に連れていた僧侶(おんな)の名前です。
ついでに言えば、その時の勇者(おんな)の名前が『ぐえん』でした。

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