DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「先生…バラン様の剣のメンテナンスは、どのくらいで終わりそうですか?」
一応襲撃を警戒する形で、バランが外を見回ってくれて(一応武器は先生のうちに置いてある剣のうち比較的バランの手に合いそうなものを見繕って貸してある。勿論本気の戦いになれば役に立たないだろうが)席を外している間に、あたしはロン先生に問いかけた。
先生は睨むような目であたしを見据えながら、ため息をつくように言葉を返す。
「…逆に聞くが、どのくらい時間をかけて欲しい?」
「……まだ何も言ってないのに、どうしてわかったんですか?」
「おまえが何か企んでるのは見ればわかる。
それで?」
「……できれば、明日の昼くらいまでは」
「わかった。…他には?」
「明日は、こちらには伺えないと思います。
ちょっとグエンさんに用がありまして。
とりあえずあたしが何をしても、それはグエンさんのせいではないと、先に言っておきます」
そこは約束なので強調しておかねばならない。
あたしが言うと、ロン先生はもう一度小さくため息をつく。
「………いやな予感しかしないんだが」
「気のせいです」
なんか色々諦めたような先生の言葉を、あたしはあっさりぶった切った。
☆☆☆
「…ポップたちだ!」
わたしとダイが飛び出して数分も経たぬ頃。
ルーラの魔法力が、
「こちらも少しスピードを上げるわ。
いい?手を離さないのよ?」
振り返ってわたしが言うと、ダイは真剣な目でこちらを見返して頷いた。
ダイは紋章の力なしでも
この後、彼が戦いに力を費やすことを考えたら、わたしが引っ張っていく方がいい。
少しでも魔法力を節約させなくては。
初めて会った時はこちらが引っ張られていたものだが、あれからそれほど月日も経っていない事を考えれば、わたしも成長したものだと、しみじみ思う。ふふん。
繋いでいた手を、改めて手首同士を握り合う形に結びなおしてから、わたしは飛行速度を上げた。
それと共に、少しずつ高度を上げていく。
「…グエン、どうして上に行くんだい?」
「こちらへチウ達を連れてこれない以上、門のある場所が海底であるという事が判るだけで、正確な場所はわからないでしょう?
だからといって海に潜って、闇雲に探し回るのは時間のロスだわ。
ポップ達が親衛騎団を引きつける為に地上で身体を張ってくれている時に、わたし達が無駄な時間を使う事はできない。
島全体が視界に入る上空でインパスを使って、魔力反応を探知する方が早いかなって」
「…おれ、普通に探す気でいたよ。
インパスって、宝箱が罠かそうでないかを見分ける呪文だよね?
そんな使い方もできたんだ…」
「魔法は集中力と発想力よ」
元々大きな目を目をまん丸に見開いて、感嘆の声を上げる勇者様に、わたしはそう言って笑いかけた。
…語ろうと思えば何時間でも語れるが、今はその時ではないし、この子にはあまり興味のない話になるだろう。
わたしよりポップの方が詳しいと思うけれど、呪文というのはそれこそイメージ次第で、まだまだ無限の可能性がある学問だ。
できると信じることによって発現させられる、言ってしまえばこの世で最も広く知られた奇跡の力といえる。
けど、見たことのないものを信じるというのは、実際にはとても難しいことだ。
オリジナルの攻撃呪文をいくつも生み出すマトリフ様のようなひとは、発想力もさることながら、その信じる能力がずば抜けていると言っていい。
そう考えるとあのひとは、相当生きにくい人生を送ってきたのかもしれない。
…信じる力が他人よりあるという事は、信じたものに裏切られる事も、それだけ多くなるという事だから。
あのいい性格は、そうやって形成されたものか。
…などと考えているうちに、結構な上空まで昇ってきた。
「インパス」
ダイと手を繋いでいるので三角窓は作らずに唱える。
あれは特別必要な動作ではなく、単に一点への集中力が上がるという理由だけのアクションだ。
「…あっち側に居るのはポップ達のようね」
最初に見えたのは青い光。
その側に、唐突に赤い光が現れたところを見ると、今まさに親衛騎団との戦闘が開始されたとみて間違いない。
そしてそちらの反対側の海岸線に、動かない大きな魔力が、赤く光って見えた。
「ダイ、見えたわ。
『魔宮の門』は、どうやらあっちの方角よ」
目的地が判ったので、ダイの手を掴んだまま、そちらに向けて降下する。
海面に近くなったあたりで、すぐに海に飛び込もうとするダイを制し、一旦その大きな光の上の陸地に2人で降り立った。
「門の場所はわかったんだろ?
壊しにいくんじゃなかったの?」
「ほんの少しだけ待っていてくれるかしら?
すぐに戻るわ」
……昨日の朝、リリィにお願いされた事はみっつ。
ひとつは、必ずダイに同行してほしいということで、それはダイ本人のお陰であっさり通った。
そして今、ふたつ目を果たすべく、いつも使う呪文を唱える。
「リリルーラ!」
「えっ!?」
・・・
「リリィ、準備はできていて?」
リリルーラで迎えに行ったリリィは、特別な装備を身につけるでもなく、普段通りの姿でそこにいた。
だがその表情は引き締まっており、出立前に顔を合わせたポップを思わせ、やはり兄妹だなと認識を新たにする。
「勿論です。
こちらからお願いしたことですから。
あと、良ければコレ飲んでってください。
…暗黒魔力のダメージ、残ってますよね?」
そう言って差し出されたのは、竹でできた水筒のようなものだった。
蓋を開けてみると、少し青臭いがミルクの柔らかな匂いがする、まさに今朝欲していた、リリィの薬草スープだ。
「助かるぅ!今朝までに回復してくれなくて、少し不安に思ってたのよ!!」
直接口をつけて水筒を傾け、言われた通りこくりと飲み込む。
傷のある脇腹がぽわんと温かくなったと思えばすぐにそれは消え、見なくとも傷が塞がったのがわかった。
「…凄いわ。こんなに簡単に…」
「あ、出発前に回復呪文をかけていましたね?
魔力由来ではない物理的な回復力が、グエンさんの身体の抵抗力を高め、暗黒魔力の影響を抑えた事で、それがようやく効果を発揮したものと思われます」
…という事は、傷が塞がったのはこのスープそのものの効能ではなく、エイミがかけてくれたベホイミの効果ってことか。
かさねがさね、ありがとうエイミ。
わたしが男だったら、この戦いで生きて帰ってこれたら迷わずプロポーズするわね。
ああでも、リリィの作ってくれる美味しいごはんも捨て難いわ。
「…今なんか妙な事考えてませんでした?」
「なんでバレたし」
割と人の感情に敏感なのは血筋なのか。
ポップも他人の心の機微には敏感な方だし。
何故か、自分に向けられる感情には鈍感なようだけど。
(作者注:『お前が言うな』)
「あと、多分今ならグエンさんの解呪呪文で、身体の奥に逃げ込んだ暗黒魔力も祓えますよ」
…え、
まあでも考えてみれば、暗黒闘気や魔力の持つこのいやらしい特色とか、どちらかといえば呪いに近い種類のものだったかもしれない。
さっきダイに『魔法は発想力」と偉そうに言っておきながら、わたし自身がその発想に至っていなかった。
ううむ、まだまだ修行が足りぬ。
そうして今度こそ万全の体制が整ったところで、わたしはリリィと手を繋ぐと、今度はダイの姿をイメージして、リリルーラを唱えた。
リリィのふたつ目のお願いは、門を見つけたら一旦地上に戻って、自分を連れに来て欲しい。
そしてみっつ目は……中で待ち構えているだろうハドラーのもとに、自分を連れて行って欲しいという事だった。
わたしの目には今のハドラーは恐ろしい魔獣にしか見えないし、実際戦ってもまったく歯が立たず殺されかけたのだが、この子はそのハドラーになぜか気に入られている。
しかもキルバーンには目の敵にされ、ミストバーンからも警戒されていたわけで、いつ大魔王から狙われないとも限らない存在なのに。
「え…なんでリリィ!?
こんなところに連れてきたら危険じゃないか?」
「うん………わたしも、そう思うんだけどね…」
もうロンに怒られる未来しか見えないんだが、リリィに絶対に必要だと強く言われて、逆らえなかった時点で諦めるしかない。
☆☆☆
グエンさんと共に転移してきたあたしを見て、ダイが驚いているのに対し、隣で手を繋いでるグエンさんは、なんだか渇いた笑いを浮かべた。
なんでだ……まあいい。
あたしはあたしのお仕事を始めるまでだ。
「グエンさん。『魔宮の門』は、この下の海底という事で間違いありませんね?」
「ええそうよ。これから、それを破壊しに行かなきゃいけないのだけれど…リリィ、あなた、泳げて?」
「生まれも育ちも山側なんで、水泳の習慣はありませんでしたから何とも。
そもそもなんで泳がなきゃいけないんですか。
仮にできたとしても嫌ですよ」
「「えっ?」」
呆気にとられる2人を尻目に、あたしは『タカの目』を展開させた。
…この時点で、バランを投入せずに『魔宮の門』にダイを挑ませるにあたり、ひとつの好都合と、ふたつの不安材料があった。
好都合というのは…こう言っては何だが本来の物語なら門の前で待ち構えていたフェンブレンが、この時空では既にいない事。
そして不安材料のひとつは、やはり物語ではダイとバランが2人の力で実行した門の破壊を、ダイ1人で行えるかどうかという点だ。
何百年も開いた事のない扉は、大魔王バーンの魔力により閉ざされており、それにより
出入りできるのは魔王軍の者だけであり、彼らは壁の有無など関係なしに
……ただね、思うんだけど。
それってそもそも、門に殊更に拘る必要なくない?
しかも開ける手段が、現時点で破壊しかないってんなら、わざわざ一番堅牢なトコを選ぶ必要なくない?
…『タカの目』が、あたしの脳裏に、鮮明な映像を映す。
海底の門から入って水面へ浮かび、そこから続く階段を通って、無駄に広いエントランスへ。
……そこに、彼はいた。物語の通りに。
ハドラーはその階段を見つめており、恐らくはそこから、ダイが登ってくるのを待っているのだろう。
勇者パーティーに『魔宮の門』の情報が伝わったことを、彼はフェンブレンから聞いているだろうから。
その彼の頭上を通り抜け、高い天井をすり抜けて、あたしの視点は自分に戻ってくる。
……つまり、今あたし達が居るのは、まさにハドラーの真上という事。
念の為『みる』を使ってこの辺一帯を観察する。
殊更に弱い部分はさすがにないようだが、充分だ。
「ダイ。早速だけどここの地面を大地斬で割って」
「なんかサラッとものすごい要求された!!」
それでもできる限り岩盤の薄い部分を指差して言ったのだが、ダイは何故かグエンさんの背中に引っ込んで叫んだ。なんでだ。
「あの…つまりは、門ではなく、ここから侵入しようという事で、間違いないかしら……?」
「ええ。頑丈な鍵のかかった、そもそもそのおうちのひとが使ってない玄関から、わざわざ入る必要もないかと思いまして」
「……それもそうね」
「いや納得するなよグエン!!
それ、勇者として何か大事なものをなくしそうな気がする!!」
ダイがちょっと泣きそうになっているが、まあ解釈違いの範囲だろう。
そもそも別の世界では勇者とは、初めて訪れた街の知らない人のお家に、ずかずか踏み込んでタンスや宝箱を勝手に開け、ちいさなメダルやステテコパンツを勝手に持ち去っても文句を言われない人種なのだ。
…アレ?つまりニセ勇者って…?
いや、今はそんな事を考える時じゃない。
「大丈夫大丈夫。
そんな事くらいで勇者の魂は穢れないよ。
あと、鬼岩城を真っ二つにした時くらいの力で済む筈だから。
【ダイの剣】さん、スタンバイよろしく〜」
あたしが手をひらひら振って言うと、それに応えるかのようにダイの背負った剣の鞘が、カチリと音を立ててその刀身を解放した。
「ええぇ〜…」
実に不本意とでも言うように、それでもダイは、封印の解かれた剣を抜く。
「グエン、リリィ…危ないから離れてて。
……アバン流刀殺法・大地斬!!!!」
そして。
死の大地が揺れた。
・・・
「クッ……クハハッ………!
文字通り斜め上から来たと思えば、おまえの入れ知恵か、リリィ……!!」
エントランスの天井を割って、その瓦礫とともに飛び降りてきたあたし達を見て(あたしはダイに抱っこされた状態だったけど)、ハドラーは若干ツボに入ったような笑い声を上げた。
…物語の通りであれば、この戦いの直前にハドラーは、親衛騎団の前で吐血した筈だ。
本人は急激な超魔生物への改造による反動だと思っているが、実際には改造のパワーアップが魔力の過剰供給に繋がった事による黒の
…不安材料のもうひとつが、ハドラーの体内のこの黒の
原作ならダイを守るため、バランが命を賭して爆発の威力を抑える事となり、全ての
…けど、今ここにバランはいない。
あたしが、来させなかった。
先生に、剣を人質に取らせてまで。
そしてそれこそがこの場に、あたしとグエンさんが居なければならなかった理由だ。
「…完全に予想の範囲外だが、ちょうどいい。
リリィ、オレの妃として、この勝負の行方を見届けるがいい。
さあ、始めようダイ。オレには時間がない」
…ツボに入ったせいなのか、ハドラーがまたなんかおかしな事言い出したが、そこからは概ね原作通りの流れで戦いが始まろうとしていた。
ダイの剣さんは最初のフォローが効いている為、リリィの言うことは割と聞きます。