DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
油断すると脳内でヒュンケルが目隠しで敵を攻撃したり剣に乗って移動したりするのを必死で止めてるんだ…!
「ぬおおおお──っ!!!!」
先ほど現れたでかいモンスターが、斧をひと薙ぎするたびに、ワシらを取り囲んでいた敵の群れが、次々に蹴散らされていった。
「とっ…塔にこれ以上近づけるなっ!!」
さっきワシに妖しげな呪文をかけてきた妖怪ジジイが、部下達に向かって叫ぶ。
「…じいさん!伏せてろ!!」
でかいワニのモンスターが、どうやらワシに向かって言ったらしい言葉に従い、ワシはその場に身を伏せた。
「むううううっ!!!」
ワニの、ただでさえ太い腕の筋肉が、気合声とともに膨れ上がり、掌が前に突き出される。
「獣王痛恨撃ッ!!!」
その掌から、なんだかわからんが物凄い衝撃波のようなのが放たれ、それは前方の敵を蹴散らすとともに、真っ直ぐに、先ほどワシらが壊そうとしていた、炎の塔に向かっていった。
「し…しもうた、炎魔塔が…!!」
衝撃波は炎の塔を真ん中からポッキリ折り、折られた部分は砕け散って、纏った炎が消える。
「な…なんちゅうすごい技じゃあ…!」
ワシが思わず発した声が呆れの色を帯びた事を、誰も責める事は出来んじゃろう。じゃが…
「しかしおぬし、“痛恨撃”とは、名前が物騒でいかんのぉ。
“獣王会心撃”とでも改名したらどうじゃ!?」
ツッコミを入れずにはいられなかった。
痛恨などという響きは、正義の側には相応しくない。
たとえ、それがモンスターの技だとしてものう。
モンスターは一瞬ぽかんとした顔でワシの方を見たが、それから、
「ワッハッハッハッ!!そいつぁいいな!!
ありがとよ、じいさん…!!」
声を上げて、笑った。
それはまさに、気のいい男の笑い方だった。
☆☆☆
ヴン……!
唐突に、身体に纏わりついていた重圧感が消える。
後ろの方で爆発するような破壊音が響いていたし、クロコダインが炎の柱を破壊したと思って間違いないだろう。
「…解った?」
「うん!
身体が軽くなった…!結界が消えたんだ!!」
ダイがわたしを見上げながら、地面を蹴ったり跳ねたりする。
小さいながら身体能力が高いのだろう、ひと蹴りでわたしの目線より高い位置まで飛び上がる。
そういえば、さっきまで結界の影響下に居たにもかかわらず、この子は足も速かった。
…この後わたし、彼について走れるだろうか。
靴、履き替えて来るんだった。
それにしても、改めて見ればこの勇者、クロコダインの言った通り、本当にただの子供に見える。
この子がクロコダインやヒュンケルに勝ったとか、全然光景がイメージできない。
だが、彼らを惹きつけたものは、彼の力そのものではない。
正体は掴めないが、それこそが勇者の強さなのだろう。
「これで全力で戦えるわね。
あとは、あなたの仲間たちと合流して…」
「ダイ〜〜ッ!」
と、わたし達と反対の方から、この小さな勇者の名を呼ぶ声が聞こえた。
声の方向に目をやると、額に黄色いバンダナを巻いた14、5歳の成長期半ばの男の子と、同い年か少し年上くらいの割と大柄な女の子が、小走りに駆け寄ってくるのが見える。
「ポップ!マァム!!…おれの仲間だよ、グエン!」
…マァムって名前は聞いたような気がする。
確かヒュンケルが口にしていた名だ。
「え、誰?」
恐らくは、その『マァム』と思しき女の子が、わたしを見て目を瞬かせる。
ほほう。若干顔つきは幼いけど可愛い子だ。
そして顔の幼さに反してのむちっとした身体つきとのバランスが、女のわたしが言うのもなんだが、エロい。
この子達と比べるとそろそろオバサンの域に入っているわたしにはその若さが眩しすぎる。
…やっぱり隅に置けんな、ヒュンケル。
「…魔族?あ、まさか…」
少年…あちらが『マァム』であるならこっちが『ポップ』か…の方がそう言って、何かに気づいたようにハッとして、口元を覆う。
…そういえば、さっきまでクロコダインやヒュンケルと一緒で耳を隠す必要もなかったから、帽子を被らずにしまい込んだままだったんだ。
よく考えたらクロコダインはともかく、ヒュンケルは100%人間なのに、彼に対しては取り繕おうという感覚は全く湧かなかった。
あっちも何にも言わなかったし。
「あ、わたしは…」
怖がらせてしまったなら申し訳ないなと思いながら自己紹介しようとすると、
「グエンは、クロコダインの友達だよ!
クロコダインと一緒に、おれたちを助けにきてくれたんだ!
えっと、たびのにそう、だっけ?」
空気を読んでるんだか読んでないんだかわからない、全くこだわりのない明るい口調で、ダイが再びわたしの手を取った。
「…クロコダインと?
こっちも、ヒュンケルが来てくれたのよ…!」
わたしとダイを交互に見ながらの、『マァム』の嬉しそうな声音が少しだけ震えている。
心なしかその瞳も潤んでいるようだ。
その様子に何か苦笑するような表情を一瞬浮かべた『ポップ』が、それでもため息のように言う。
「まったく“地獄に仏”だったぜ…!
それにしても…」
言葉を止めた『ポップ』は、まじまじとわたしを見つめた。
「ん?」
その視線から、恐怖とか嫌悪とか、そんなマイナスの感情は見て取れない。
むしろこれは好意的な視線である気さえする。
そんな事を思っていたら、何故か少しだけ頬を染めたポップの唇から、小さな呟きが漏れた。
「…………でっけえ」
ボカッ!!
と同時にマァムのげんこつが、ポップの頭のてっぺんに落ちる。
「痛って!何しやがんだよ、テメーは!!」
「その言葉そのまんま返すわ!
初対面でいきなりセクハラかますとか、この非常時になに考えてんのよ、あんたは!!
ホント、ごめんなさいグエンさん!」
そう言っていきなり頭を下げられる…無理矢理掴んだポップの頭を。
何が何だか判らない。
わからないが大人として、この状況はなんとかせねば。
「な、なんで謝られてんのかよく判らないけど、とりあえず喧嘩はやめましょう、ね?
それよりも、二人とも怪我してるみたいね?
回復呪文かけてあげるから、こっちへ…」
さりげなく間に入ってそれぞれにホイミをかけてやると、勇者がなんだか羨ましそうにこっちを見ていた。
ついでに彼にもホイミをかけたら、すごく嬉しそうな笑顔でお礼言われた。
なんだこの可愛い生き物。
…てゆーか、魔族の特徴よりも身長の方が際立って見えたって事か。
男の子にでっかいって言われちゃったし。
☆☆☆
「ひっ…ひいいっ!!」
「ザボエラッ…!」
ペタペタと情けなく逃げ惑う魔族の老人に向かってオレは駆け出す。
そのオレに向かってきた魔道士やら鎧やらが勝手に弾き飛ばされてるが、そんなのは物の数ではない。
オレ自身の弱さが招いた事態とはいえ、このオレに卑怯な手を使わせたあの男に、直々に引導を渡してやらねば気が済まん!
「この卑劣者があっ!!そこを動くなあっ!!」
「のわわぁ〜〜っ!!!ま…まっ…!待ってくれ…!!
わ…わっ…ワシはあっ!!!」
この期に及んでなんの言い訳があるのか。
「くらえいっ!!!」
聞く耳持たずオレは奴に、真空の斧を投げ放つ。
ドガッ!!
それはあっけなく、標的の身体に突き刺さり…
……ボワン!
「わ…ワシは、ち…ちがうんだぁ…」
奴の姿は、配下の魔道士の一人に変わっていた。
「こっ…これは…まさか…モシャス…!?」
「キィ〜〜ッヒッヒッヒッ!!」
耳障りな笑い声が頭上から響く。
そちらに目をやると、先ほどまで追いすがっていた筈の相手が、空間に浮かんでオレを見下ろしていた。
「そうじゃよ。
部下に
本物のワシじゃなくて、残念だったのおっ!!?
ま、そのうち貴様らバカどもとワシとでは、根本的に頭の出来が違うっちゅうとこを見せてやるわい…」
そう言ってまた耳障りに笑いながら、恐らくはルーラという呪文であろう、高速移動でその場から飛び去っていく。
「ムウ…ッ!
我が身のためなら平気で部下を犠牲にするとは…うす汚ない外道め!!」
ああなれば例えガルーダが居ても、オレではそのスピードに追いつけない。
「…そういえば…ミストバーンもいつの間にかおらんな…」
周りを見渡して、もはや敵がその場に居ない事を確認し、オレもグエンに続き、ダイ達を追う事にした。
☆☆☆
………。
「おのれ、あの裏切り者のワニ助め。
…それにしても、奴が連れてきた女の顔、以前どこかで見たことが……はて?」
ルーラで高速移動しながら長い顎鬚を無意識に撫で、老獪な魔族が呟いた言葉を、誰も聞く者は居なかった。
☆☆☆
氷でできた結界の柱の下で、弟妹弟子達が対峙していたのは、今は新生魔王軍の魔軍司令という立場にいるかつての魔王ハドラーだった。
グエンという半魔族の女性が言った通り、塔を破壊しにやって来たダイ達一行は待ち伏せを受けており、オレが駆け付けた時、気を失ったマァムを、ハドラーが柱のてっぺんに放り投げた瞬間だった。
咄嗟にブラッディースクライドを放って塔を破壊し、あわや串刺しにされる寸前のマァムを受け止めるまでは、正直心臓が鷲掴まれる思いだった。
別行動になる前にグエンから渡された薬草をポップに投げてやった後、オレの腕の中で意識を取り戻したマァムを下ろして、二人を中央塔に向かわせる。
あいつらの姿が見えなくなった頃、クロコダインがいる反対側の塔が砕ける音を聞いた。
今奴が戦っているとするなら、あちらにいただろうダイも、今は中央塔に向かっている筈だ。
グエンはクロコダインとともには戦えないだろうから、彼女も今はダイと一緒に違いない。
あとは奴らが彼女を警戒さえしなければ、オレ達が後から駆けつけた時に、全滅していたなんて事にはならずに済むだろう。
彼女から与えられた自身の役割を全うするべく、オレはハドラーと対峙した。
・・・
オレの鎧は呪文を受け付けない。
だから肉弾戦で戦うしかなく、オレの剣と奴の爪が何合も打ち合って、何度も離れてはまた打ち合う。
さすがは魔軍司令を名乗るだけのことはあり、呪文なしでもハドラーはたいした強さだ。
「かああああ───っ!!!」
裂帛の気合いとともに最後の勝負に出てきたハドラーの攻撃を、オレも己の必殺技で返す。
「ブラッディースクライド───ッ!!!」
高速回転で威力を倍増させた剣撃が、寸分違わず奴の心臓を貫いた。
「意外と脆かったな…終わりだ、ハドラー!」
「ううっ…お…おのれ…ヒュンケル…」
オレの技に吹っ飛ばされたハドラーの身体が地に落ちる。
「そ…そんなっ…!!ハドラーさまが負けたっ…!!」
奴の配下のモンスターどもが動揺の色を貌に浮かべる。
オレは剣を鎧の兜に戻すと、ハドラーの死体に歩み寄った。
瞬間、ハドラーが両目を見開き、拳の爪をオレに向かって突き出してきた。
『貫けぬものなどない』と
「バ…バカなっ…!!?
急所を貫かれて何故動ける…!!?」
「あいにくオレの心臓は左右にひとつずつあってな…!
貴様が剣をひくのを待っていたのだ!!
さあ!!
このオレの地獄の炎を、鎧の中に流し込んでやるわッ!!!」
ハドラーはオレの胸元に爪を更に抉り込み、言葉通り煉獄の炎を、その爪に乗せて放ってきた。
「メラゾーマ!!!!」
☆☆☆
中央塔に向けて、改めて走る勇者一行とわたし。
やっぱり彼らの若さには敵わないのか、若干遅れ始めるわたしが、息を切らして追いついたマァムは、なんだか少し泣きそうな表情で、来た道の方を振り返っていた。
「ヒュンケル…」
呟いた言葉が、確かにそう聞こえた。
…こんな可愛い子に、心配かけちゃいかんよ、坊や。
グエンの服装はいろんな意味で「そんな装備で大丈夫か?」ってくらいの軽装。
でも第1話で買った帽子には若干の魔法防御効果ありだし、普段履いてるニーハイブーツは防御力はないけど何故か攻撃回避率が高いという代物。ただやっぱり走るには不向き(爆)
そしてポップがでっかいって言ったのは、勿論身長じゃありませんwww