DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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4・武器屋の娘は好機を待つ

「ハドラーの奴は…妃、と言ったか?

 どうやら人間の少女のようだが…何者だ?」

 魔宮(バーンパレス)の奥の玉座で、離れた場所で行われている戦いを、悪魔の目玉を通してスクリーンに映し出された映像で眺めながら、大魔王はそこから聞こえてきた不可解な言葉に、傍に立つ腹心に思わず訊ねた。

 その言葉が指したのはどう見ても年端もゆかぬ、どこにでも居そうな人間の娘だったのだから。

 

「…ダイの仲間の1人である魔法使いの、妹だそうです。

 見ての通り、戦力にもならぬ小娘ですが、鬼岩城や死神(キル)の武器の弱点を言い当てました。

 何度か煮え湯を呑まされた死神(キル)が、一度は捕らえたものの逃げられたようです。

 …それがどのようにしてハドラーに、妃と呼ばれるに至ったかまでは判りませぬが…」

「フッ…あのキルバーンに煮え湯を呑ませたと…?

 ただの、人間の小娘が、な。

 それは、なかなか愉快な話だ……!」

 ミストバーンがどこか苦々しい口調で説明するのを聞いて、 大魔王バーンはくつくつと喉の奥で笑い声を漏らす。

 どちらかといえばキルバーンの事よりも、いつも冷静に傍に控えるミストバーンが、これほどに感情を顕にした事の方に興味を唆られたのだが、ミストバーンはそれには気づいていない。

 もっともこの腹心が、無口で冷徹なのはポーズであるだけで、本来は激情の塊である事を、主人(あるじ)である彼だけが知っている。

 

「……興味がおありでしたら、御前に召し出させますが」

 静かに笑い続ける主人(あるじ)に、ミストバーンがそう提案した、が。

 

「よい。ハドラーの寵姫を献上させるほど不自由はしておらぬわ。

 それよりも、ミストバーンよ。

 おまえは、どちらが有利と見る…?」

 それを一笑に付すと、大魔王バーンは映し出される映像から視線を離さぬまま、ミストバーンに問うた。

 

「…ダイはともかく、あのグエンという女、見かけによらず強力な技を使いますが、それでもハドラーの足元にも及びませんでした。

 あれからの時間を考えれば、急激なレベルアップも見込めぬでしょう。

 事実上、戦えるのはダイひとり。

 てっきりバランを味方に引き入れて来るものと思っておりましたが、そうでない以上、単なる自殺行為としか思えません」

 忌憚のない言葉で主人(あるじ)の問いに答えるミストバーンに、バーンは静かに頷いてみせる。

 

「フフフ…あの窮鼠どもがどれほど咬んでくるかを見るのも、また一興だがな。

 だがどちらにしろ、あ奴らが余の顔を見ることは決して無い」

 そうして浮かべた大魔王の笑みには、それに相応しいどこか残酷なものが現れていた。

 

 ☆☆☆

 

「フェンブレンの暴走も予想外だったが…子は黙っていても親に似るものよ。

 まして、オレとおまえの子ゆえな…」

 いいだけツボに入ったあと、ハドラーは息を整えて、不自然なほど穏やかに言った。

 

「…彼の事は申し訳なかったと思っていますが、そういう人聞きの悪いことを、真面目な顔で言うのやめてもらっていいですか」

 勿論、彼にとってのフェンブレンが、部下であると同時に子である事は否定しようがないが、願わくばそこにあたしを巻き込むのはやめてほしい。

 

「ねえ……おれ達、要る?」

「…そうね。もう完全に2人の世界だものね…」

 あとそっちの2人、こっそり話してるつもりだろうけど聞こえてますからね。

 ハドラーもそれを聞いて、ようやく主賓を待たせていることを思い出したのか、先ほどまでより視線に力を込めてダイとグエンさんを見据え、言い放つ。

 

「オレはこの場で勇者ダイを倒す!!

 そしてグエンよ、おまえがダイを庇おうと言うのなら…2人まとめて倒すまでだッ!!!」

 その言葉に、グエンさんは殊更に好戦的な笑みを浮かべ、同じくらいの目力でハドラーを睨み返した。

 

「やっと相手してくれる気になったみたいね!

 これ以上リリィを誑かされてポップの胃に穴が開くのも容認できないし、今度こそ倒させてもらうわ!

 行くわよ、ダイッ!!」

「ええと……うん!」

 …つっこみたい部分がひとつあるんだが、そんな場合じゃないことは勿論わかっている。

 今、あたしが何の為にここにいるのかを思い出して、ツッコミを封印して気を引き締める。

 ……今は待つだけ。最大の好機の一瞬を。

 

「行くぞおっ!!ハドラー!!!」

 ダイが剣を構え、エントランスの階段を駆け上がり、その背に向けてグエンさんが呪文を唱える。

 

「スクルト!マジックバリア!

 もひとつついでに、フバーハ!!」

 その詠唱によりダイの身体が一瞬光に包まれ、それがすぐに吸い込まれるように消えた。

 なんかちょっとあたしの身体も一瞬あったかくなったんだが、ひょっとして一緒にいる事でパーティーメンバーと判定されてるんだろうか。

 それはそれとして、ダイが向かってくる事を見て取るや、ハドラーは右腕から覇者の剣を出すと、ダイの攻撃に合わせた。

 それだけで、2人の放つ闘気が爆発のように、周囲に衝撃波として広がる。

 

「くッ……!!」

 追撃にかかろうとしたグエンさんが、その衝撃に圧し留められる。

 その間にも一合、二合と打ち合う剣の音が徐々に速度を高めていき、グエンさんの割り込む隙がなくなっていく。

 それと共にハドラーの口角が、嬉しそうに上がっていくのが判った。

 

「…フフフッ!!いいぞダイ!!

 いつぞやの戦いより、更にできるようになった…!!」

 このバトルジャンキーが。

 これこそ2人の世界じゃねえか。

 

「だああああっ!!!」

 そのハドラーの余裕の態度が若干癇に障ったのだろう、ダイが大振り気味に斬撃を繰り出す。

 それをスレスレに躱したハドラーの後方の壁が、衝撃音と共に大きく穴を開けた。

 そこからダイがいったん離れて間合いを取り直す。

 

「はあぁ───ッ!!!」

 と、そのダイの後方から、今度はグエンさんが躍り出た。

 ハドラーはグエンさんに向けて左手を翳し、呪文攻撃をするような構えを見せる。

 

地獄の鎖(ヘルズ・チェーン)!!!」

 放たれたのは呪文ではなく、鎖状の武器だった。

 それがグエンさんの身体に絡みつき、捕らえようとする。

 だがグエンさんはそれを払うと共に、逆に槍に絡みつかせた。

 

「ムッ!!?」

真空呪文(バギマ)ッ!!!」

 その武器の特性上、こうなるとどうしても一瞬動きの止まる事になるハドラーの、がら空きの胸元目掛けて呪文を放つ。

 ハドラーの胸元の防具が、下半分を断ち割られ、足元に落ちた。

 

「小癪な!爆裂呪文(イオラ)!!!」

 ハドラーはお返しとばかりに、いつのまにか覇者の剣を引っ込めた右手で、投げつけるように魔力を放つ。

 

「うらららららららあっ!!!!」

 しかも連発。地味にえぐい。

 大丈夫だとは思うけど、流れ弾に当たらないよう、少し端の方に隠れておこう。

 そうしてる間に、あっという間に立ちこめた爆煙がグエンさんを包み込み、その姿が完全に見えなくなった。

 

 

 …ふと、上の方に何か、生き物の気配を感じた。

 これがたとえば死神(キルバーン)であれば、気配など感じさせずに現れるから意味はないが、念の為別方向からの攻撃を警戒して、すぐに【タカの目】を展開する。

 …カメレオンのように擬態してはいるが、破壊されてない部分の天井から、悪魔の目玉が1匹、ぶら下がっているのが【見えた】。

 ぞくり、と背中に冷たいものが走る。

 …首を絞められるって、想像以上にトラウマ案件となりうる経験だと思う。

 ハドラーには以前笑われたが、恐いもんは恐い。

 …って、そういえばこの戦い、大魔王に監視されてるんだった。

 てっきり大魔王バーンの能力だと思ってたけど、どうやらスクリーンは自前でも中継用カメラはあれであるらしい。

 まあ、最後の戦いの時、離れた場所の映像を映し出してみせたのは、普通に自分の能力ぽかったけど、だとするとあれは、真バーンの状態で初めて可能なのかも。

 あの【第三の眼】の力って、あの状態でないと使えないぽかったし。

 

 …悪魔の目玉の視線はダイとハドラーの戦いに固定しており、少なくともこちらの動きを気にかけてはいないようだ。

 ……始末しとくか。

 監視の【目】があるのは、若干鬱陶しい。

 何より、気付いてない間は良かったけど気付いてしまったら、こいつが近くにいる状態はあたしが耐えられない。

 

 あたしはポーチから爆弾石をふたつ取り出して、そいつに向かって投げつけた。

 完全に無警戒のようだから、威力的にはこのくらいで充分だろう。

 

 ☆☆☆

 

「む……?」

 唐突に、爆発音とともに映像が揺れ、次の瞬間消えた事に、大魔王バーンは眉を寄せた。

 

「…どうやら映像を撮影・送信していた悪魔の目玉が攻撃を受けたようです。

 監視させる為配置した個体には透明化呪文(レムオル)をかけておりますので、直接攻撃を受けたとは思えません。

 恐らくは今のハドラーの爆裂呪文(イオラ)の流れ弾を、避けきれず当たったものかと思われます。

 直ちに、別のものを配置し直しましょう。

 少々、お時間をいただきますが…」

 ミストバーンの説明に、バーンは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。

 

「…念の為、別視点にもう一体送り込んでおけ……どうも、気になる」

 ミストバーンはその主人(あるじ)の言葉に、僅かな動揺を見せた。

 自分が何かを見落としていたのかと考えたのだろう。

 その事に気付いて、バーンはなんでもないというふうに首を横に振り、そして笑みを浮かべてみせた。

 

「…余は、用心深い男ゆえ、な」

 

 ☆☆☆

 

「…フフッ……おまえは本当に、悪魔の目玉が嫌いだな。

 いつぞやのようにしがみついて来なかっただけ、進歩したのであろうが…」

「あたしも命は惜しいですからね!!」

 あの爆裂呪文(イオラ)の嵐の中でどうやって抱きつきに行けというんだこの大馬鹿者。

 すいません言い過ぎました。

 まだ爆発の煙が晴れない中で、ハドラーはふざけた事を言いながらも鎖を引っ込めると、両手に魔法力を集中し始めた。

 トドメを刺すつもりなのだろう。

 だが次の瞬間、その煙が切り裂かれるように晴れた。

 

「海鳴閃ッ!!」

 キン!と風を切る音と共に、槍の軌跡がハドラーの胸元を、先ほどよりも深く切り裂いた。

 グエンさんの鎧の魔槍は、呪文攻撃を受け付けない。

 それこそメドローアまでになれば別だが、あの程度ならばまずノーダメージの筈だ。

 更に一拍後から、剣を逆手に構えたダイが、身体ごとぶつけるように、師から受け継いだ技を放つ。

 

「アバンストラッシュ!!!」

 …だが、グエンさんの先の一撃などなかったかのように、ハドラーの魔力集中はそこで完成していた。

 合わせた両拳から、最大級の爆発力が放たれる。

 

極大爆裂呪文(イオナズン)!!!」

 

 ☆☆☆

 

「あと、どれだけ時間がかかる?

 ……どうやら私の息子は今、強敵と対峙しているらしい。

 現時点で大魔王の居城に乗り込んでいる可能性が高い」

 額にチリチリとした熱感を覚えて、バランは炉のそばで作業を続ける背中に問いかけた。

 その黒い髪が振り返り、ふたつの視線が絡み合う。

 

「…だろうな。そしてオレの弟子は恐らく、それが終わるまでの間、おまえさんを引き留めておく(はら)らしい」

「……なんだと!?一体何故…」

 こちらを睨まれても困ると思いつつ、ロン・ベルクは首を横に振る。

 

「さあな…言ったろ?

 あいつには何かしら見えてるモンがあるが、それをオレには言わんのだと。

 ただ、あいつの目にも見えないもの…いや、むしろ無意識に見ないようにしてるものが、ひとつある……それは、あいつ自身だ」

 言いながらロン・ベルクは、手にしていた剣の刀身を布で丁寧に拭う。

 

「…どういうことだ」

 それを見つめながら、バランは彼の言葉の続きを、気がつけば促していた。

 

「あいつはこの世の中の、どんなものでも看破できる目を持ちながら、自分自身の価値だけはわかっていない。

 オレ達大人が止めてやらなきゃ、自分にだけ見える価値あるものを守るために、どこまでも突っ走っていく。

 自分自身を対価にしてでもだ。

 村のガキ共や、下手すりゃ大人ですら、その発想や敵への容赦のなさを見て、あいつを影で『魔王』なんて呼んでるが、実際にはあいつほど、他人を守ろうという意識の強い奴は居ない。

 …そしていつだってあいつの守るべきものの中に、あいつ自身は存在しないんだ」

 その言葉には、どこか痛いような響きがあった。

 バランはそれに気付き、小さく息を呑む。

 自身にも覚えがあったからだ。

 だが、戦うためだけにこの世に生を受けた自分と、あの小さな少女では違う。

 万が一守るべきものの為に命を落とす事があれば、彼女を愛する者たちが悲しむ事になる。

 ……そこまで考えて、バランは気付きたくなかった事に気がついていた。

 自分にもかつて、自分が死ねば悲しむ人がいた事を。

 だがあの時の自分は、彼女の為に命を捨てようとし、後に残される彼女の気持ちなど、考えようともしなかった。

 そして結果的に残された自分は、その気持ちを人間を憎む事で代替にした。

 

「…一目見た瞬間にわかった。

 あのグエンという女は、リリィと同じ…そして、それでいて真逆の人種だ」

 …一瞬、自身の考えに没頭しかけたバランは、慌てて意識をロン・ベルクへと戻す。

 

「……同じで…真逆?グエナヴィアがか?」

「そうだ。あの女の行動原理は、人の世界の中での、自身の価値を求める事にある。

 …元々の価値を認めてない点においては、リリィと同じだ。

 そして、それ故にどちらも、それが必要と思えば躊躇いなく、自己犠牲に走る危険がある。

 …だが、リリィに自分の為という発想がないのとは逆に、グエンのそれは最終的には『自分の為』の行動だ。

 …あの女を側に置けば、リリィにも『自分の為』って発想が出てくるかもしれんと思った。

 ……だが、後になってから、逆もあり得るという可能性に思い至った。

 どちらになるか、オレにも全く予想がつかん」

 ロン・ベルクはもはや独り言のように呟きながら、手の中の真魔剛竜剣を、窓から入る光にかざした。

 それは持ち主であるバラン自身、かつて見たこともないほどに、澄んだ輝きを放っているように見えた。

 その刀身が、吸い込まれるように鞘に収まっていく。

 

「……研ぎも洗浄も完璧な上、若干の補強(コーティング)も施してある。

 あの酸程度なら、二度と腐蝕攻撃は受け付けまい。

 …行って、あいつらを助けてくれ」

 そうしてロン・ベルクは、鞘に収まったそれをバランへと差し出す。

 それを、一瞬躊躇った後、バランは手に取った。

 

「…私を引き留めておくのではなかったのか?」

「リリィは、オレ達には見えない何かを見て、それをもとに一番正しいと自分で思う判断を下してるんだろう。

 そしてその判断で、おまえさんを戦いから遠ざけようとしたなら、そうしなければいけない理由があるんだろう」

 言いながら、巻いていたバンダナを外したロン・ベルクは、バランを見返して口角を上げる。

 

「…だが、オレは、オレの腕を一番信用してる。

 オレの手がかかったその真魔剛竜剣、それを手にしたおまえさんが、易々と危機に陥るとも思えんのでな。

 …師匠の腕を侮りやがったあの馬鹿弟子には、あとできっちり説教せねばならん。

 生きてれば自分で戻ってくるだろうが、まあ余裕があれば連れて帰ってきてくれ」

「……善処しよう」

 受け取った愛刀を背に負いながら、バランは微かに微笑んで、頷いた。




ロン先生、裏切るの巻(違

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