DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「ダイッ!!平気!?」
爆発の衝撃に吹き飛ばされたダイの身体を、トベルーラで先回りしたグエンさんが抱きとめる。
「…あ…ちちっ…!」
どうやら若干火傷してるぽい。
確か戦いに入る前に、防御系の補助呪文を施されていたはずなのに、それでもダメージを受けたところを見ると、見た目も派手だが半端な熱量じゃなかったらしい。
上空でグエンさんの手による回復呪文を施されるダイに、それを妨害するでもなく見上げたハドラーが、胸元を抑えながら言葉をかけた。
「…さすがだ、ダイ!!
まったく、おまえは底知れぬ奴よ…!!」
「よ…よく言うよ。
ストラッシュの威力が、完全に
あの程度の傷なら、すぐに再生してしまう…!!」
見下ろしながら独りごちるダイの言葉に、呆れたような色すら混じる。
その過程を見せつけるように、ハドラーが胸に当てていた手を下ろした。
そもそも、あの程度の傷をただ庇うような男じゃない。
切り裂かれたマントの下から覗くのはセクシーな胸元…では勿論なく、ありとあらゆるモンスターの長所を合わせた、他の何者でもない生物の肌と、その胸筋より下に、真一文字に疾る刀傷。
そして傷の間から覗くのは、どう見ても生物の身体の一部には見えない、黒い鉱物の塊。
…原作読んでた時には、自分で見て気づかないもんなのかと思ってたんだけど、実際に目の当たりにしたら、あの分厚い胸筋の下では、確かにハドラーの視点からは地味に死角なんだなと、割とどうでもいいことに納得した。
あたしみたいにフラットだったら、視点を下げただけでお腹から足先までちゃんと見えるけどね…ってやかましいわ!
まあいい、ブツの存在は確認できた。
「あの〜、申し訳ありませんが、2人とも、ちょっとこっち寄ってください」
宙空でハドラーを見下ろしているダイとグエンさんにあたしは声をかける。
「出てきちゃ危ないよ、リリィ!」
「大丈夫。大変申し訳ありませんがハドラー。
これから作戦会議をしますので、ほんの少しだけお待ちください」
「…それ、今戦ってる敵に対して言えるの、リリィだけよね…!!」
なんでだ。まあ、ハドラーもいきなりあたしが口挟んだ事に少し戸惑ってるぽいけど。
それでも『それが強者の余裕』とでもいうように、顔の動きだけでダイとグエンさんを促してくれた。
こっちにダイを連れて降りてくるグエンさんの口から、『嫁に甘すぎる』とか聞こえた気がするけど、聞かなかった事にしておこう。
…2人が寄ってきてくれたので、ハドラーに聞こえない音量を意識して囁く。
「……ハドラーの胸元の傷から露出してるアレ、見えます?」
あたしの言葉を聞いた2人の視線がハドラーに向かう。
多分上から見るよりも正面からの方がはっきり見えるだろう。
「……え…なんなの、あれ」
「黒の
魔界産の純度90%以上の黒魔晶に多量の魔力を吸収させ、呪術の術式で加工して、あらかじめインストールしておいた使用者の魔力により起爆するように作られた、超爆弾です。
使用者は、大魔王バーン。
勇者アバンに倒された彼を、復活させた際に埋め込んだものであるようです」
頭の中のオッサンの言葉を丸々復唱してあたしが説明すると、2人の目が大きく見開かれた。
「なんですって!!?」
「しーっ。大きな声出さないでください。
悪魔の目玉は片付けましたが、あれだけが大魔王の【目】とも思えません。
ハドラーが気づいて叛意を見せたら、大魔王バーンはその瞬間に、あれに魔力を飛ばして起爆させるでしょう。
あの爆弾が爆発すれば、この島全体が吹き飛びます。
そうなると、地上で戦っている兄たちの命もありません。
超魔生物に改造されたハドラーの肉体は常に魔炎気を帯びており、その魔力も炎属性に傾いていて、爆弾と相性のいいその魔力を限界いっぱい吸い込んだ結果、アレはほんの僅かな熱刺激で誘爆する恐れがあります」
このタイミングは元々、バランが説明して戦い方を決めるシーンだ。
それがあたしに変わっただけで流れは同様だから、言葉が神の検閲に引っかかることもなくすらすら出てきて、それを聞いたダイの喉が、ゴクリと音を立てる。
「そんな…どうすれば…!!」
「ダイは、呪文や魔法剣のたぐいは封印です。
何とか打撃だけで戦ってください」
原作でバランと組んで窮地に陥ったのは、彼らの攻撃力が高すぎたからに他ならない。
…ぶっちゃけこの戦いに関しては、ハドラーに『勝つ』必要はないのだ。
それを説明する事はできないけど。
「ええっ!!?そんな…無理だよ!!
それじゃあ火炎大地斬もライデインストラッシュも使えないって事じゃないか!!!」
「…火力系の攻撃では、それだけで誘爆を引き起こしかねない、ということね。
であれば、呪文系攻撃はわたしがするわ。
泣きそうな顔でダイが言うのに対し、グエンさんが少し考えてから、冷静にあたしに確認をする。
「グエン!!」
「…そうですね。
凍りつかせる、というのは有効な手段です。
ただ、先ほども申し上げましたがハドラーの肉体は魔炎気を帯びているので、その状態で長くは保ちません。
なのであの爆弾を、何とかしてハドラーの身体から切り離してください。
グエンさん。
昨日会った時に彼女の能力を確認して、
「…リリィ。一つ答えて。
あなたは、このことを前から知っていたのね?
だからわたしに、ダイと共に行くことを指示した……間違っていて?」
「…その質問には、答えられません」
物理的に。
今、喉の奥でカチリという音がして、あたしの答えを制限する見えない鍵がかけられた。
「……今は、それを追及する時間もないものね。
ただ…リリィ。
ならば代わりにあとひとつ、聞いておきたいの。
……わたし達は、ハドラーを倒す。
その事について、あなたに否やを問う気はないわ。
けど…それをここで見ていて、本当に大丈夫…?
ここで見届けるという事は、間接的に彼の死に関わる事になるの。
たとえ、あなたがそれを望まなくても」
そう訴えてくるグエンさんの表情には、何か悲痛な感情が見えた。
「……よく考えて。
失ってから気がついても、遅いのよ」
…それは、彼女自身が同じ後悔を知っているからなのだろう。
だから。
あたしは、その綺麗な顔に向かって、敢えて笑いかけてみせる。
「…ならば、尚更見届けなければ。
それが、あのひとの生き様なら。
あたしは、覚悟を決めてここに立っているのです。
悲しみも、後悔も、己が選択の結果として受け止める為に」
ここでどう転がっても、ハドラーの死は免れない運命だ。
それを覆すなら、この爆弾が身体に埋め込まれるのを阻止するところから始めなければならないし、それはあたしが生まれる前の話である。
だからせめて、この戦いが物語通りに進めば失われるはずの、バランの命は救いたいと思った。
ダイが孤独な戦いに踏み出さずに済む、その一歩の為に。
そもそも、それがあたしの生まれた意味なのだから。
「……わかった。ダイ、行くわよ」
「…グエン?」
「打撃攻撃があなた、呪文攻撃はわたし。
当面の目的は、あの爆弾をハドラーの身体から切り離す事よ。勝つのは、その後でいい。
リリィは、
ハドラーはあなたに危害は加えないでしょうけど、他からの横槍には充分注意して」
どうやらグエンさんには、あたしが目論んでいる事を理解してもらえたようだ。
ダイはまだいまいちわかっていないだろうけど、ここで詳しく説明する事はできない。
……どうやらタイムの間に、新しいカメラが2体、新たに設置されてしまったみたいだし。
さっき落とした奴が居たところに1体飛んできて、音もなくぶら下がってハドラーに視点を固定させており、更に少し離れたところにもう1体、こちらはぶら下がりながらも、くるくると視点を変えているようだ。
あのモンスターが近くにいると思うと気分が悪いが、倒して更に増やされるのは御免被りたい。
あれは、今度はあたしの行動も視界に入るみたいだし。
「…作戦は決まったか!!?
準備がいいようなら、そろそろこちらからいくぞっ!!!」
ダイとグエンさんが構えを取ったと見るや、ハドラーは全身に闘気を纏わせた。
その急激な高まりに、耐えきれなかった防具やマントが弾け飛び、また燃え落ちる。
魔獣の雄叫びがその場を支配して、監視している悪魔の目玉が、心なしか震えている気がした。
その奔流がひと通り収まると同時に、ハドラーの肩の一部が展開して、そこから闘気をジェットのように吹き出してハドラーは飛翔した。
そして上空から爆撃のように、
2人ともこの程度の呪文攻撃ではさしたるダメージはないものの、それがもたらす爆煙や床の破片などは厄介なようで、たまらず上空へ逃れると、
「は、速いッ!!?」
「ぬんっ!!!」
既にグエンさんが飛んだその背後にハドラーは回り込んでおり、振り下ろした両拳が、グエンさんの華奢な背中に叩きつけられた。
「くはっ!!!」
重力と、ただ殴っただけのハドラーの攻撃の威力とが、グエンさんの身体を容赦なく地面へ叩き落とす。
「グエンッ!!こっ…このぉっ!!!」
ダイはその状況を見て恐らくは反射的に、手に魔法力を集中させた。
「駄目、ダイッ!!!」
その攻撃を、慌てて声をかけて止める。
ダイに可能な呪文攻撃は火炎系、閃熱系、雷撃系。
どれも、誘爆を引き起こす可能性の高いものだ。
あたしの声に気づき、咄嗟に放とうとした呪文を止めたダイだったが、次の瞬間その鳩尾に、ハドラーの拳が叩き込まれる。
防御を取る間もなく、その勢いで壁に叩きつけられたダイもまた、地面に背中をしたたかに打ちつけることとなった。
うん、なんかゴメン。
そしてその間にもハドラーは両手に閃熱系の魔法力を高め、更にそれを合わせていく。
それは間違いなく、極大呪文に入るモーションだった。
「
☆☆☆
「あの小娘は、気付いたな。
ハドラーの中の黒の
まあ、気づいたところで、何ができるとも思えぬが」
「黒の
ハドラーの身体に、そのようなものを仕掛けておられたのですか!!?」
「だから言ったであろう?
奴らが余の顔を見ることは決して無い…と」
バーンが死の淵からハドラーを救ったのは単なる気まぐれだった。
魔界の神とも称される彼からすれば、地上支配を目論むハドラーなど、居ても居なくてもそう変わらぬ存在だったのだから。
捨て駒にするつもりもなければ、裏切りを心配したわけでもない。
それでも万が一の為にと、その身体に埋めておいた。
それが度重なる敗北に追い詰められ、彼が与えた不死身の肉体を捨てて、更なる力を求めて改造にまで至った事は、さすがのバーンにも予想外の事だった。
だが、これで万が一ハドラーが敗れたとしても、バーンがその魔力を放てば、最悪でも相討ち。
「…終わりまで、見届けてやらねばな。
可愛い余の片腕の、最後の晴れ舞台になるかもしれぬのだから…」
…できることなら勝って、生き残って欲しい。
だが敗れし時は、偉大なるバーン様の為に死ねることを光栄と、華々しく散るがいい…。
☆☆☆
ハドラーの放った
わたしは呪文効果を無効にするこの鎧があるから大丈夫だったけど、リリィの事が気になって、大呪文の余波が彼女に襲いかからないように、殊更に両腕を広げて受け切った。
…もっともハドラーは、彼女のいる場所が呪文の射程外になるよう、計算して呪文を落としていたようだ。
どうやら本気で、あの子に危害を加える気はないらしい。
その後、ダイに『爆弾入りだと教えてやった方がいいんじゃない?』的な相談をされたが、それをやると大魔王バーンがその瞬間に起爆させる可能性が高いと却下して、わたし達はどうにか、あの爆弾をハドラーから切り離すべく、地味に攻撃を続けていた。
そして、その消極的な戦法は、どうやらハドラーのお気に召さなかったらしい。
「ダイッ!!
なぜこのオレに全力で向かってこんのだ!!?
師を倒された恨み、忘れたのかっ!!?」
復讐したいと思わないのかと、自分の爆弾入りの胸を叩くハドラーを見て、ダイが思わずといった様子で目を伏せる。
その爆弾の覗いていた傷口は、超魔生物の治癒力のお陰でほぼ塞がり、物騒なものをまた覆い隠していた。
…あれを再び露出させ、まずは凍結させる。
そしてすぐに一撃で切り離せば、たとえ大魔王が起爆させたとしても、実際に爆発が起きるまで数秒の時間が稼げる筈だ。
その時間こそ、わたし達の生命戦。だから。
「…馬鹿馬鹿しい。ダイに全力で相手して欲しいなら、まずはわたしを倒しなさい!」
「グエン!?」
とりあえず挑発しておく。
相手が冷静さを失ってくれれば、ある程度実力差がある敵でもなんとか戦える。
これはバランの時に得た教訓だ。
…御誂え向きに、魔力暴走の兆しも現れているし。
「貴様程度、なんの役に立つと言うのだ!
死にたくなければ引っ込んでおれ!!」
「あらぁ?さっきは、わたしがダイを庇うならまとめて倒すと仰ってたわよね?
あの言葉は単なる脅し?
それともハッタリだったのかしら?
ああ、わたし『程度』と先に戦って、後でダイと戦う際に、全力が出せなくなる事が心配なのね!」
「…その言葉の返礼は、貴様の命で受け取ることにしよう。
望み通り、勝負を受けてやろう!
来い、グエン!!!」
よしっ!!
正直バランならともかく、今のハドラーに通用するか自信がなかったけど、なんとか挑発に成功したらしい。
……問題は、ここからどう戦うかなんだけど。
いや待てや。