DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

82 / 110
女子力(物理


6・小石たちは共闘する

「グエン〜……」

「…………しょうがないでしょう。

 あの元魔王が怪しんできちゃってるんだから」

 いつもはわんこ状態でわたしに懐いてくるうちの勇者様の、大丈夫かこいつ的な視線がツライ。

 

「…わたしとの戦いに集中させて、あなたが全力を出せない状況を誤魔化すしかないわ。

 その中でなんとかしてわたしが、彼の身体からあの爆弾を摘出する」

「そんな……無茶だよ!」

 わたしがそう言うのを聞いて、ダイが不安げに首を横に振る。

 泣きそうに潤んだ目で見上げながらわたしのアンダーウェアの裾を掴んだダイの手を取り、わたしはその目を覗き込んで、言った。

 

「………ダイは、わたしを信じてくれないの?」

「……っ」

 …殊更に悲しげな表情を作ってのわたしの問いに、ダイが息を呑む。

 正直、この質問は自分でも卑怯だと思うけど。

 

「わたしは、あなたを信じていてよ?

 …けど、今はこれは、わたしにしかできない。

 この後の大魔王との戦いでは、わたしは手も足も出ないでしょうから、そこはあなた達に任せるわ。

 だから、ね?今は…わたしを信じて?」

 そう言って、いつものようにその癖のある髪を撫でてやると、ダイの表情が引き締まり、強い目がわたしのそれを見返してきた。

 

「……わかった。絶対に、失敗しないよね?」

「……ええ、きっと」

 ここは、絶対に大丈夫と言ってやりたいところだが、こんな状況で絶対なんて言葉を使えば、無理矢理納得させる言葉にしかならない。

 だから代わりに彼の前髪を掌で押し上げて、その額に唇を落とした。

 ……それから、律儀に攻撃せず待ってくれてるハドラーを振り返る。

 

「待たせたわね!行くわよ、ハドラー!!」

「来いっ!!!!」

 

 ・・・

 

 わたし自身にハドラーの攻撃を集中させるのは、とりあえず呪文攻撃をさせない意図もあった。

 というか、実はさっき一度だけ試しにマホトーンをこっそり使ってみたけど、やはり耐性があるようで全く効かなかった。

 そもそもマホトーンやラリホーといった状態異常系の補助攻撃呪文は、ある一定以上のレベルの敵には効きにくいものだという事もわかっていたから、あまり期待はしていなかったけど。

 ハドラーは閃熱系、爆裂系の極大呪文の使い手だ。

 故に、ダイに呪文を使わせなくとも、実は本人が一番強力な火種を持っているんだから始末に負えない。

 勝手に自爆してくれるのは別にいいが、巻き添えを食うわけにはいかないのだ。

 もっとも黒の核晶(コア)の事がなければ、それは完全な悪手であると断言できる。

 わたしは以前のハドラーの事は話に聞く程度しか知らないが、少なくとも今のハドラーは呪文攻撃より、むしろ物理攻撃の方が強い。

 ハドラー以前の超魔生物は呪文が使えなかったらしく、ハドラーはその弱点を、魔族の肉体からの変身ではなく完全なる改造とする事で克服したのだと、確か死神とその使い魔が言っていた。

 これほどの攻撃力があるならば呪文必要なくない?とわたしなどは勝手に思うわけだが、そこは元魔王の重要なファクターとして外せなかったのか、或いは自ら退路を断つ事で覚悟を盤石にし、それまでの精神的な弱さを捨てる意味で、敢えて改造に臨んだのか…。

 とにかく、さっきから地味に『わたしに呪文は効かないわ!』的アピールをしていた事もあり、思惑通りにハドラーは、物理攻撃をわたしだけに集中させてきていたわけだが……思った以上にキツい。

 見かねたリリィが、ポップに入れてもらったらしい速度倍化呪文(ピオリム)を撃ってくれたから、躱すのも少し楽にはなったけど、それでもキツい。

 

「どうした!でかい口を叩いておいて躱すだけか!!」

 やかましい黙れロリコン魔王。

 すいません言い過ぎました。

 

「魔炎気!!」

 そうだよね!呪文使わなくたって、ハドラーの闘気には炎属性がついてるんだったわ!

 ぶっちゃけ呪文だけ制限したところで意味なかったわ!くっそ!!

 魔炎気だけなら属性ダメージは確かに無効だけど、それを纏って放ってくるショルダータックルとか、単なる物理攻撃力だけでも、直撃したら致命的だし!

 身体を捻ってギリギリで躱したその肩を蹴って、更にトベルーラで宙空へ飛ぶ。

 

「虚空閃!!」

 魔炎気は炎の暗黒闘気。

 つまりは光の闘気で散らすことができる。

 

「──からの、さみだれ突きっ!!!」

 そして間髪入れずに連続攻撃を繰り出したが、これは全て掌で払われてしまった。

 仕方なく宙空で体勢を整えてから、間合いを取って降り立つ。

 

「そっちもまだまだ本気じゃないでしょう!

 面倒だわ、ハドラー!超魔爆炎覇で来なさい!!」

「…なんだと!?」

「今のわたしは、恐らく現役の地上の僧侶のなかでは最強よ!

 最大の技でなきゃ倒されてなんてやらないわ!!」

 最大の技を放つ瞬間こそ、最大の隙が生じる。

 危険だが、それに賭けるしかない。

 …バランと戦っていた時のクロコダインの話を姫様から聞いてちょっとかっこいいとか思ってて、機会があれば真似したかったとかいう理由では断じてない。

 

「……いい度胸だ!その望み、叶えてやろう!!」

 ハドラーの右腕の覇者の剣に、闘気が集中していく。

 さすがの彼も一瞬にして繰り出せる技ではないのだろう。

 そもそも彼は剣ではなく格闘で戦うタイプだ。

 今使っているあの剣も、手に握るのではなく腕に仕込んでいるあたり、事実上は剣というより爪、アバン流でいうところの【牙】の使い方にアレンジした結果なのだろうし。

 

 ハドラーが一分の隙もなく闘気を集中している間に、わたしも暴走しつつある魔力を集中して制御し、発動の瞬間に備える。

 一瞬でいい。

 戦いのなかで一瞬だけでも、アイツの動きを止められれば、正確に同じ箇所を、さっきより深く切り裂いて、同時に凍結させてみせる。

 そうすれば大魔王が起爆を実行しても、すぐに爆発することはない。

 その間に爆弾を切り離し、わたしとリリィが安全に、かつ確実に処理をする。

 わたし達にはその手段があるのだ。

 

「……なるほどな。それが貴様の本気か。

 なんと凄まじい魔力よ!!

 これは前座であっても、楽しめそうだ」

 わたしと睨み合いながら、ハドラーがやけに嬉しそうな笑みを浮かべる。

 確実に実力以上のそれを褒められて複雑な気持ちを抱いたが、まあそれはいい。

 …つか前座言うな。

 

 互いに力の集中が完了し、わたしが右腕を突き出すのを見てとるや、ハドラーが突進しながら、左手で自身の右手首を握る。

 

「超魔爆炎覇ッ!!!!」

 そしてわたしは…突き出した右手の手首を下に曲げると同時に、肘のスイッチを操作して、アームのパーツから、一振りの短剣を引き出した。

 

「なにいっ!!!?」

 てっきり魔力的な攻撃が来ると思っていただろうハドラーは、その瞬間明らかに動揺した。

 だが、この勢いで突進して攻撃が止められる筈もなく、ハドラーの剣がわたしに振り下ろされる。

 魔力はまだ溜めたまま、わたしはその短剣を左手に握ると、ハドラーの剣に合わせると同時に、カウンターの応用で、その力の方向を逸らしてやった。

 わたしの短剣に()()()()()()刃を軸にして、逸らされた自身の力の勢いのまま、ハドラーの身体がすっ飛んで、叩きつけられた床が砕ける。

 …魔炎気の影響は、この鎧の一部である剣ならば、受けずに済む。

 そしてこの短剣は、峰に櫛状に荒い溝の入った、特殊な形状のものだ。

 例の5日間の修業期間、武器の修理をしてくれたロンに、わたしがただひとつ注文して付けてもらったオプションだった。

 一瞬捕らえた刃先はすぐに離れたから、剣を折ることはさすがにできなかったが、オリハルコン製の伝説の剣を相手に、そこまでできるとは最初から思っていない。

 だが、彼に隙を作るには充分だった。

 なにが起こったのか把握しきれていないハドラーが身を起こした次の瞬間に、剣を投げ捨てた左手に、魔力を溜めた右腕を重ねる。

 

極大真空呪文(バギクロス)!!!!」

 暴走状態でしか発動できないその呪文は、巨大な空気の刃を形成し、それは狙い違わずハドラーの胸下に当たって…その皮膚を深く、切り裂いた。

 

 ☆☆☆

 

 …そう、あれは確か、あの衝撃のプロポーズ劇より前の話だったっけ。

 お昼を食べさせた後のお皿を洗っていたら(洗い場に運ぶのはダイとマァムが手伝ってくれた。洗い場が狭いのでそこから先の手伝いは遠慮した)、後ろでロン先生とグエンさんが、洗浄を終えた魔槍の前で、話をしているのが聞こえた。

 

「【ソードブレイカー】…?」

「ええ。仕込み剣の形状を、その形に変えて欲しいのだけど、無理かしら?」

「馬鹿にするな。そのくらいの加工、オレに不可能なわけがなかろう。

 ……だが、何故だ?」

「予備の武器であったとしても、普通の剣なんかあってもわたしじゃ満足に使えないもの。

 だったら、少しでも使えそうなものが、ひとつでも多い方がいいわ。

 …以前カールの図書館にあった『武器防具大全』という本に載っていたのを見て…なんて言うか、心がくすぐられたのよ!

 剣の形状をしていながら盾がわりになり、上手くすれば受け止めた敵の剣を折ることができるなんて、その光景を想像するだけでワクワクするわ!!」

「………うむ。その発想はなかなかいいな。

 だとすると、剣としてはある程度頑丈さを求められる…だが、重くなってしまえばおまえが使えなくなるだろう。そのバランスが重要か…。

 これは、思ったよりも手がかかりそうだが…わかった、なんとかしてやろう」

 今思えば、 先生がグエンさんに惚れたのはあの瞬間だったんじゃないかと思う。

 そしてグエンさんが割と厨二臭い発想の持ち主だった事に、皿を洗いながら渇いた笑いが浮かんだのは、まだ記憶に新しい。

 あれ、使う機会あんのかと思ってたけど、まさかハドラーの剣を受けるなんて。

 

「や…やった…!!」

 目の前で起きたその光景に呆然とするダイに、グエンさんは表情を緩める事なく答える。

 

「いいえ、まだよ!氷結乱撃!!」

「ぐおおっ!!」

 もう身体半分切れてんじゃねってくらい深く切り裂かれた傷口に、更に攻撃を加えられたハドラーが苦痛に呻き、流れ出た青い血が一瞬にして塊になる。

 地味にえぐいが、まあこの際仕方ない。

 そうしている間に、あたしはあたしの仕事がある。

 

「異界扉」

 自分ひとりの力では開けられない中途半端なそれをあたしは出現させると、それをできるだけ小さくなるよう調整して、ハドラーの近くまで寄せた。

 

「グエンさん!開けてください!!」

 5日間の、ロン先生のところでの修業期間中、ザボエラの部下のサタンパピーをブラックホールに吸い込んだあの現象について、あたしは彼女から詳しい説明を求められていた。

 あたしは扉を出せるが開けられず、この能力を完全に使いこなすには、グエンさんの魔力が必要であると説明すると、『ということは、2人の合体技なのね!』とやはりすごく厨二臭い喜び方をした彼女の姿もまた、まだまだ記憶に新しい。

 そして、あたしの意図を理解していたグエンさんは、やはり初めて使うであろうその呪文を、ためらう事なく詠唱した。

 

「デシルーラ!!」

 詠唱とともに、グエンさんの手元に集められ放たれた時空の欠片が、異界扉を包む。

 ギギギ、という軋んだ音と共に、扉が開く。

 開いたその先に、竜巻のような渦が見えた。

 完全に状況がわからずに空気になっている勇者を置いて、あたしはハドラーの側まで駆け寄る。

 そうして、半分ハドラーの身体から出てきて、その体温によりもう溶けかけてきているその塊を、ためらう事なく掴んで、引っ張り出した。

 

 ☆☆☆

 

「なるほど…先に黒の核晶(コア)を処理する思惑であったか。

 あの小娘の力、気になるところではあるが、どうせ全ては今、この瞬間に消える。

 ……砕け散れッ!!黒の核晶(コア)よっ!!」

 

 ・

 ・

 ・

 

「なっ…なにっ!!?

 バカな…余の魔法力は確かに放たれた筈…!!

 何故、核晶(コア)が爆発しない…!!?」

 

 ☆☆☆

 

 あたしの手の中でカチンと凍り直す塊の、その中心の石を見て、ハドラーが驚愕の声をあげる。

 

「こっ…これはっ…!!?これはなんだああッ!!!!

 なぜっ、オレの身体の中にこんな物があっ!!?」

 あたしが触れている間は【状態維持】の力が働くから、これ以上氷が溶ける事はない。

 

「…魔族のあなたならば知っているのでしょう?

 これが黒の核晶(コア)、魔界の超爆弾です。

 これをあなたの身体に埋め込んだのが誰か、おわかりですか?」

「まさか……バーン様がっ……!!!」

 呆然とするハドラーに構わず、あたしはグエンさんに声をかける。

 

「お願いします、これを切り離して!」

 あたしの指示を受け、グエンさんが腕の盾を外してそれを飛ばす。

 明らかな異物であるそれを身体に繋ぎ止める、血管のような管がそれによって切れ、爆弾は完全にあたしの手の中に収まった。

 

 ……唐突に、氷が溶け始めたのがわかった。

 恐らくは今この瞬間、起爆指令が出されたのだろう。

 これより大きかった筈の、原作ラストでピラァオブバーンに設置されていたやつは、凍らせていれば起動中でも爆発を止められていた筈だが、これは魔力の源が近いからか、それともこの場所自体が、大魔王バーンの魔力に包まれているせいなのか。

 

「…しばらく近寄らないでいてください!!」

 …あたしが触れている間は【状態維持】の力が働き、爆発は抑えられている。

 だが、注がれた魔法力があまりにも強大過ぎて、【状態改善】にまでは至らないようだ。

 手の中で魔力がバチバチと火花を散らし、まるで手を離せと脅している気さえする。

 もう少し猶予があればこのまま【どうぐぶくろ】に入れ、その間だけは爆発までの時間を止めておけるのだろうが、今の状態でそれをやれば、手を離した瞬間爆発してしまう。

 

「…リリィ!何をするつもりだッ!!?」

「爆発する前に、異次元に放り込みます!!」

 口を開けたままの異界扉を引き寄せると、その手前に黒の核晶(コア)を掴んだ両手を伸ばして……手を離す。

 …あたしの手の中で留められていた爆発力は、それが解放されたと同時に扉の中に吸い込まれたが、扉が完全に閉まるまでのタイムラグは、完全にあたしの計算外だった。

 そのタイムラグは扉の外に、爆発と同時に溢れ出た衝撃波を一部、まだ開いた扉の隙間から噴出させ、一番近くにいたあたしの小さな身体は、易々と飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

「──ぐはっ!!!」

「リリィ──!?」

 あたしが当たった壁が、恐らくはそれより前に入っていた亀裂から砕け、それが広がって、周囲の全ての壁までもを粉々に砕く。

 勿論、核晶(コア)がそのまま爆発した状態からは比べるべくもないが、それでも充分な破壊力が、そこからバーンパレスの外周に伝わってそれを全て砕いた事を……そして、クロコダインの機転によって、兄たちが地面の下に逃れた事を、勝手に展開した【タカの目】で、あたしは把握していた。

 

 ……そこから先は…闇。

 

 ☆☆☆

 

 …目を覚ますと背中が何か、温かいが固いものに支えられているのが判った。

 

「…気がついたか」

 頭の上から低い声が降ってきて、反射的に首を動かして見上げる。

 

「………っ、ハドラー!!?」

 …そう。どうやらあたしはまた、ハドラーの腕に抱かれているらしかった。

 背中と後頭部に当たる固いものは、彼の胸筋と腹筋らしい。

 ポップやノヴァの身体は、触れた時もそれほど固いと思わなかったが、バランの腹筋はそこそこ固かった気がするので、これは鍛えられた大人の男の感触という事なのだろうか。

 その点、以前抱き寄せられたグエンさんのおっぱいは柔らかくていい匂いでございました。

 ……ああはいごめんなさい目ェ覚まします。

 

「どこか痛むか?」

 言われて、自身の状況を確認する。

 あれだけの威力で壁に叩きつけられたにもかかわらず、骨折のひとつどころかかすり傷すら負っていないぽい。

 あたし、実はメッチャ頑丈?

 

『大魔王の魔力に抵抗したほどの状態維持の力が、あの瞬間はまだリリィさんの身体全体を覆っていましたので。

 ちなみに以前、バラン様の拳に纏った竜闘気(ドラゴニックオーラ)に、リリィさんが触れてなんともなかったのも、自動でこの力が発動した結果のようですね』

 わお。つまりあたし、よっぽどの事じゃなきゃ死なないんじゃね?

 戦うどころか身を守る術すらないのに、最低限死なないとか……いやなにその中途半端。

 

 …黙り込んでしまったあたしの反応を、喋る事も苦痛なのだと誤解したのだろう、ハドラーが背中から抱いていたあたしを自分の方に向かせ、状態を確認しようとあたしの身体にその大きな手を滑らせたことにハッとして、あたしは慌てて問われたことへの返事を返した。

 

「あっ!へ、平気、です!…あの…」

「………………無茶をする」

「えっ…?」

 …次の瞬間、視界が塞がれた。

 離れようとした後頭部を掴まれて、その固い胸板に、顔が押し付けられている。

 今、あたしはハドラーの腕に抱きしめられた体勢だということに、一瞬遅れて気がついた。

 

「…しばらく、このままでいろ」

 …視線を落とせば、血は止まっているものの、黒の核晶(コア)を摘出した穴が、そのまま残っている。

 この傷の治癒は、どれだけ待っても始まらないだろう。

 

「…ハドラー。あなたは、近いうちに死にます」

 気がつけばそんな残酷な言葉を、あたしはサラッと口にしていた。

 正確には、あたしを抱きしめている間は、この身体は維持されている。けど、それだけ。

 その間もハドラーの命灯は、どんどんとその残り時間を減らしていく。

 今はこんなにも温かいこの身体も、いずれ遠くない先に、冷たい骸と化してしまう。

 

 このひとは、どう転んでもいずれ、死んでしまうのだ。

 

「…吐血や胸の激痛は、黒の核晶(コア)の暴走によるものでした。

 超魔生物への改造によるパワーアップが、魔力の過剰供給に繋がって。

 …けど、それでも15年間、あなたの肉体の一部として機能してきたものである以上、それを失っては、長くは生きられません。

 あなたの肉体は再生する力を失い、いずれは全てが朽ち果て、灰となる。

 それを止めるすべは……ありません」

「……そんな気はしていた」

 だがハドラーは、あたしの言葉を聞いてもなんら動じた様子もなく、むしろ安心したかのように、あたしを抱く腕に力を込める。

 

「…フフッ……まったく、厳しいな。

 だが、おまえの口から紡がれる情け容赦ない真実は、かつて聞いたどんな追従よりも心地良い。

 ………このままずっと、おまえを抱きしめたまま死ねたなら、オレは幸せなのだろうな」

 …ああ。恐らくは。

 このひとが『幸せ』なんて言葉を口にするのは、これが最初で最後だろう。

 それを聞けたことは、今のあたしにとって、これ以上ない『幸せ』だ。

 …できることなら最後の瞬間まで、この声を聞いていたいと思うほどに。

 そして彼も、それを望んでくれていると判るほど、今、あたしとハドラーの心はひとつだった。

 

「…どこかへ逃げますか?あたしを連れて。

 あたしはそれでも構いませんよ?」

「……!?」

 腕の中でそう言ったあたしの言葉に、ハドラーは一瞬、迷うようにその身を強張らせた。

 だがすぐにその硬直は治まり、彼はあたしを抱いたまま、小さく息を吐く。

 それが、笑い声だと、何故か判った。

 

「…そうでしょうね。あなたは、それを選ばない」

 顔を埋めていたハドラーの胸から、あたしはゆっくりと顔を上げる。

 あたしを見下ろしたハドラーの目は、信じられないほど優しかった。

 

「…溺れそうなほど、あまりにも甘美な誘惑だったがな。

 今、それを選んでしまえば、オレはオレである意味を失う。

 …魂が、どれほどそれを望んでいても、だ」

「…判ってます。

 あたしは多分、そんなあなただから……」

「リリィ」

 次の瞬間、言おうとした言葉が、ハドラーの喉の奥に消えた。

 

 …舌が抜かれるのではないかと思うくらい深く奪われた唇が、ようやく離された瞬間、目尻から一粒だけ、涙が溢れて落ちるのが判った。

 その、離されたハドラーの唇の端が、笑みの形に吊り上がるのを、気付けば不思議な気持ちで見つめていた。

 

「……続きは、来世で聞かせてくれ」

 とんでもない無茶振りだ。

 そうつっこみたかったが、無理だった。

 地面にぺたんと座り込んだまま、見送った背中は、あたしを一度も振り返らなかった。

 

 

 

「さようなら………ハドラー」

 呟いた言葉は、誰にも届かずに消えた。

 この名を呼ぶ事は、恐らくはもう、二度とない。

 

 ・・・

 

 なのに。

 

「…今のは、一体どういう事だ」

 生まれて初めての口づけと、恋の終わり。

 それを友達のお父さんに見られてたとか、一体なんの羞恥プレイなんだろう。

 ハドラーが去った反対側から唖然として姿を現したバランがそう問うてきた時、あたしは心の中でこう叫んだ。

 

 

 

 

 いっそ殺せ。




…ひょっとして皆様、忘れてるかもしれないので、敢えて強調します。






この作品は、恋愛小説です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。