DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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基本的に、優しい男達。


7・武器屋の娘は後を託す

 ……………。

 

 

 

 ものすごく気まずい空気の中、先に口を開いたのはバランの方だった。

 

「その……何というか………済まない」

「…そこ謝られるとますます気まずいんで、やめてもらっていいですか。

 それよりバラン様は、どうしてここに?」

「おかしな事を聞く。

 元々剣の修理が終われば、私は大魔王の居城へ乗り込むつもりだと、君は知っていただろう?」

 そういう事を言ってるんじゃない。

 計画では、少なくともバランは最低昼までは、先生の小屋に足止めしている筈だったのに。

 あたしがハドラーの腕の中で、どれくらい気を失ってたかはわからないが、見たところまだ、陽は真上に昇りきっていない。

 つまり、どう考えてもまだ早いのだ。

 幸いにも、彼の死亡フラグとなる爆弾の件が片付いた後なのが、せめてもの救いだが。

 …などと言うわけにもいかず言葉を探していたら、何故か頭をぽんぽんされる。

 

「…君の先生が心配していたぞ。

 彼からの伝言だ。

 自分の手が入った真魔剛竜剣を手にした私が、窮地に陥る事は考えられない。

 師匠の腕を侮ってくれた礼にきっちり説教するから、用が済んだらさっさと戻ってこい、だそうだ」

 ……この台詞で、ほぼ状況は察した。

 バランは、あたしが足止めを目論んだ事を知っている。

 そして、それをバランに告げたのは……

 

「クッソ裏切りやがったあの武器オタク」

「女の子が、汚い言葉を使うのはやめなさい」

 またオカンみたいなこと言ってるし。

 …いや、お父さんか。

 基本脳筋で見た目に反しておとなげなくても、この人は父親だった。

 うちの父なんかはもっと脳筋だけど。

 そういえばこの世界線ではどうか知らないが、確かバランと比較しての『うちの親父はおまえんとこと違って理知的じゃない』とダイに向かってポップが言う場面があった。

 その父親に対して、死闘を繰り広げた竜魔人のイメージの方が強いダイは首を傾げたようだったが、こうして見るぶんには間違いじゃないように思う。

 貴族教育をさわりだけでも受けたと言ってただけに、相変わらず無駄に品はあるし。

 

「……私は、何も見ていない。

 君はまだ若い。これからいくらでも、素晴らしい出会いがある筈だ。

 先の見えない想いなど、忘れてしまいなさい」

 …一瞬、何を言われたかわからなかった。

 そして意味を理解した瞬間、考えることなくその目を睨みつけて、あたしは言葉を発してしまっていた。

 

「……あなたは、ダイのお母さんのこと、忘れられますか?」

「………っ」

 あたしは転生者の知識と記憶があるせいか、年齢の割には言動が大人びているとか、落ち着いてると言われることが多い。

 けどやはり記憶は単なる記憶でしかなく、感情が先に立つ時には、この世界で実際に生きてきた13歳のリリィが顔を出してしまう。

 

 …あたしはハドラーが好きだった。

 前世でファンだったとか、そういうことは関係なく。

 あのひとの孤独と飢えと、その存在意義の危うさに、気付いた時にはどうしようもないほど惹かれていった。

 それは確かに、現実的な想いとは言えない。

 けど、それを否定されるのは許せなかった。

 

 ……けど、言ってしまってから、軽い自己嫌悪に陥った。

 このひとだって、愛する人を失っている。

 こんな事を言えば、目の前の男が傷つくとわかっているのに、自分で自分を止められなかった。

 

「…申し訳ありません。

 ですが…あたしは確かに子供ですが、その子供なりに気持ちは真剣だったのだということを言いたかったのです」

 続けて出た言葉は、言い訳めいていた。しかし。

 

「…いや、先に無神経な事を言ったのはこちらだ。

 すまなかった」

 ……謝られてしまった。

 こうなると、ハドラーとの事を目撃されていたと知った時よりも更に気まずく、あたしは黙ったまま俯いてしまう。

 そのあたしの態度をどのように解釈したものか、バランはやはり、申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「…ただ私も、君には帰るべき場所と、心配する者がいるのだと言いたかったのだ。

 その中には、君を幸せな人生に導いてくれる者もいるだろうと。

 …だが確かに、今言うべきことではなかった。

 あの、彼女を失った後の私が同じことを言われていたら、その瞬間に怒り狂って、その者を殺してしまっていたかもしれん。

 ………君は、強いな。

 そして、見た目よりもずっと大人だ。

 ひょっとしたら、私などよりもずっと」

 おとなげないという自覚はあったのか…と、心の片隅で妙な事に感心する。

 同時に、このひとは人間を憎んでいる筈だというのに、そのただの人間であるあたしにかけられた、その言葉の穏やかさに驚いていた。

 思わず見上げた瞳には憎しみよりも、慈しみと僅かな哀しみが、より強く顕れていて…彼がこれまで育ててきた人間への憎しみに、ある程度折り合いをつけたのだと、錯覚してしまいそうだ。

 勿論この短い時間で、そんな事は不可能だとわかっているが。

 と、その大きな手が、再びあたしの頭の上に乗せられた。

 さっき頭をぽんぽんされたのとは違い、バランはそこに手を置いたまま屈んで、目線の高さをあたしに合わせてくる。

 

「……だが、もう帰りなさい。

 ここから先は、私たちの領域だ」

「バラン様……」

 やはり死ににいくつもりなのかと、さっき別れたばかりの人を重ね合わせて、泣きたくなる。

 だが、バランは口髭で判りにくかったが、僅かにその口元を緩ませた。

 

「私の身を案じてくれた事、感謝する。

 …リリィ、君と出会っていなければ、私は(ドラゴン)の騎士の3つの力のうちのひとつ、『人の心』を、本当には理解できぬまま、戦いで命を落としていただろう。

 今も、全てをわかっているわけではないだろうが…私を死なせまいとした君の、その思いに報いる為にも、生きて戻ると約束する。

 そして私の息子も、君のお兄さんも…その仲間たちも、誰も死なせはしない。

 ………どうか、私を信じてくれないか」

 同じ目線で、そう言って見つめてくるバランの瞳の真剣さに、あたしは思わず息を呑んだ。

 このひとは物語の中で…いや、この世界に於いても、少なくともあたしと初めて会ったあの瞬間までは、己の死を当然の結果として受け入れて、戦いに臨んでいた筈だ。

 

 今、好きなひとを死出の旅路へ送り出したばかりのあたしに、『生きて戻る』というその言葉が、どれほどの歓喜を呼び起こすものであったかは、あたしの立場になってもらわなければ理解できないと思う。

 気がつけばあたしは右手の、小指をバランに向けて突き出しており、バランは少し躊躇った後、ゆっくりとあたしの小指に、自分のそれを絡めた。

 

「……ありがとう」

 どこか悲しげな声が小さく呟き、ゆっくりと指が離される。

 見上げた瞳が、改めて決意に彩られるのがわかった。

 止める事は出来ない。

 けれど、彼の覚悟が、これまでのものとは明らかに違うことを、今はあたしだけが知っていた。

 

 ☆☆☆

 

 ……あの後、とにかく帰るのを見届けないと安心できないと言われ、あたしはバランの目の前で時空扉を出して、それをくぐった。

 瞬間。

 

 

「お か え り」

 

 

 …ロン先生のところへは、覚悟を決めてから改めて後で顔を出そうと思っていた。

 決して逃げようと思っていたわけではない。

 なのに、まずは家に帰ろうと我が家の前に扉を出して、一歩足を踏み出した途端、腕組みして仁王立ちした先生に、仏頂面で挨拶され。

 

「ひいっ!!」

 思わず乙女にあるまじき悲鳴をあげ、踵を返したところで、あっさり捕獲された。

 

「…両親に余計な心配をかけたくなければ、ここでおとなしくオレに捕まっとけ」

 と言われて先生の小屋へと連れ去られ、バランの言ってた通りの内容で延々と説教されたが、結果としては有り難かった。

 

 …この時点で一人になっていたら、多分あたしはハドラーの事を考えて……泣いてしまっていただろうから。

 

 ・・・

 

「ところで、ご自分の剣はどうなってます?

 それによって、判断が変わってくるのですが」

 一通りの説教をくらった後、この後どうしたいのかと先生に訊ねられ、うーんと首を捻ってから、逆に問い返す。

 

「おまえが居ない間にだいたい完成してる。

 おまえが言う『厨二臭い』デザインはそのままだがな」

「チッ……!」

「舌打ちはやめろ」

 まあいい。剣が完成したという事は、例のフラグは折れたという事だ。

 …………………。

 

「…どうした?」

「……見せてくれないのかと思って」

「…………出すのが面倒臭い」

「ひょっとしてあの厨二ちっくな容れ物にしまっちゃったんですか!!

 確か物理でこじ開けないと出せないやつですよね!?

 いつも言ってますよね、『カッコいいから』で全て判断するのはやめてくださいと!」

「おまえは男のロマンがわかっていない!!」

「男のロマンでごはんは食べられません!!」

 ………ぜえはあぜえはあ。

 

「…仕方ありませんね。

 …ところで先生的には、勇者パーティーの誰かに自分の好きに武器を作るとしたら、何を作ろうと思います?」

 不毛な争いに終止符を打つべく、あたしは話題を変えることにした。

 …そういえば物語ではこの時、ロン先生はパプニカに留まっていた筈だ。

 勇者一行が大魔王との最初の戦いに敗れ、更なる力を求めてダイの剣と鎧の魔槍が彼の元へ飛んできた時、側にバダックさんや三賢者のアポロさんとマリンさんがいたから、多分ダイとヒュンケルをパプニカに送り届け、勇者一行が気球で飛び立つのを見送って、そのまま滞在していたものと思われる。

 この時空ではあたしが一緒だった事と、その後すぐに剣の作成に入っていた為、この小屋に戻ってきていたけど。

 …つまり、物語ではその後に入る筈の勇者パーティーの武器の作成に、今この瞬間には入れるという事だ。

 まあ、時間にすればせいぜい数時間の差だとは思うけど。

 そもそも戻ってくる武器、ひとつ多いし。

 

「ん?……そうだな、どいつもなかなか創作意欲をそそられるが、あの武闘家の…」

「マァムですか?」

 そしてあたしの誘導に乗ってきた先生の口から出てきたのは、ちょっと意外な答えだった。

 

「ああ。潜在能力の高さで、今の時点でも充分強いがまだまだ伸び代はあるし、あれにオレの武器を与えたら相当なものになるんじゃないか?

 もっとも、俊敏性を削がない構成にしなければ話にならんから、あまり機能はつけられんだろうが、それでも充分だろう。

 オレ自身今まで作ったことのないジャンルでもあるし、挑戦のしがいがありそうだ」

 …なるほど。

 なんて名前だったかは忘れたけど、マァムの最終装備になるあの鎧化のついた手甲は、こういう感じで作られていたものだったのだな。

 

「…それとオレの個人的な意見だが、グエンのやつはやはり、槍よりも棍のほうが向いていそうだな」

「ああ、それあたしも思ってました。

 本人は要らないと言ってましたけど、余裕があれば作ってあげたほうがいいような気がします」

「……つまりおまえはこの戦い、奴らが敗走してくると見ているわけだ」

 自分が誘導していると思っていたのに、いつの間にか誘導尋問されていた事にぎくりとした。

 同時に喉の奥にカチリと鍵のかかる音がする。

 …先生は時々、あたしが認識している以上に鋭い時がある。

 

「何が見えてる……と聞いたところで、どうせ答えられんのだろう。

 判らんなりに、おまえの見ているだろうモノに、オレも抗ってみたつもりだが……まあ、備えは確かに必要だな。

 おまえが、奴らが生きて帰っては来ると見ているならば、オレ達の立ち回り次第で、巻き返す事はできる。

 いつも通り、仕事に入る準備をしておけ」

 先生の言葉に、あたしは黙って頷いた。

 この戦い、恐らくは原作通りに決着するだろう。

 その場面に入る前に既に命を落としていた筈のバランと、物語には存在していないグエンさんだけが、どうなるかわからないけれど。

 

 ただ…出会った時に感じた、ハドラーと同じ匂いの孤独を、さっき別れた時のバランには感じなかった。

 彼が感じているのと同じだけ、あたしが僅かでも何か、変えることができただろうか。

 本気で好きになったひとすら救えない、こんな無力なあたしが。

 

『私の身を案じてくれた事、感謝する。

 君と出会っていなければ、私は『人の心』を本当には理解できぬまま、戦いで命を落としていただろう』

 そう言ってくれた別れ際のバランの言葉が思い返され、それに縋るように、気がつけば小さな呟きが、口からこぼれ出ていた。

 

「……バラン様は、みんなで生きて戻ってくると、約束してくださいました」

 今はもう、その言葉を信じて待つ事しか、あたしにできる事はない。

 

 ☆☆☆

 

「ダイ……ダイ!!」

「んっ……」

 扉の隙間から漏れ出した衝撃波が周囲の壁を砕き、崩落した瓦礫に埋もれながらもほぼノーダメージだったのは、わたしが反射的にダイの身体を抱きしめていたからだ。

 ダイは多分無意識に竜闘気(ドラゴニックオーラ)で防御しており、つまりわたしは彼を庇うつもりで逆に助けられたわけだ。

 それでも、あれが普通に爆発した威力の数十分の一程度だったのだろうから、スクルトで防御壁でも作っていれば、恐らくは凌げたのだろうとは思うけど。

 

「グエン……おれ達、助かったみたいだね」

「そうね。ハドラーは居ないみたいだけれど」

 身体の上に落ちかかってくる細かな壁の欠片を払いながら、わたし達は起き上がり…

 

「……ねえ、リリィは?」

「あっ!イ、インパス!!」

 ダイに言われて、わたしは慌てて周囲を探索(サーチ)した。

 生き物の死骸を2体見つけたが、どうやら瓦礫に押し潰された悪魔の目玉であるようだ。

 それ以外には生体反応も生き物の死骸も見つからないところを見ると、少なくともこの爆発に巻き込まれてはいないらしい。

 まあ、この事態をある程度想定していたらしい彼女が、あれでむざむざ死ぬとは思えないけれど。

 

「まさか、またハドラーに攫われたんじゃ…」

「その可能性が高いけど、だとしたらわたし達と行動してるよりずっと安全だわ」

 少なくともリリィは、ハドラーが自分に危害を加える事はないと、完全に信用していた。

 …というよりも、どうしてこうなったかはさておき、2人の様子を見る限り、互いに惹かれあっているのは明らかだ。

 だから、ハドラーであれば心配はないのだ。

 ……ハドラーでさえ、あれば。

 

「…心配なのは、もし彼女が攫われたのだと仮定して、それがハドラー以外…例えば、何故か彼女に執着してるキルバーンあたりだったら、かなり危険な事態ということね」

「大変じゃないか!探さないと…」

「その必要はない」

 わたしとダイがリリィの現状に、最悪の事態を考えて動き始めようとした瞬間、割り込んできた低い声がわたし達を遮った。

 わたし達が入ってきた天井の穴は、爆発の衝撃で空が見えるほど、更に大きく空いており、その縁に立ってこちらを見下ろしていた背の高い男が、こちらに向かって飛び降りてくる。

 

「確かに彼女は、ハドラーが保護していたが、今は無事に家に帰っている。

 ここから先はリリィの代わりに、私が同行させてもらうぞ。

 ……ダイよ、異存はないな?」

「…………バラン!!」

 かつて敵対し、骨肉の死闘を繰り広げた実の父親を、ダイはその大きな目を見開いて、戸惑うようにただ見つめた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「…別に、君の願いを聞き届けたわけではない。

 勘違いするな」

「という事は、一度だけ聞いてくれると言ったわたしのお願いは、まだ有効なのね!!」

「どうしてそうなる!」




次回はフルでグエンパートになるかと。

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