DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
ドオォォン!
割と近いところにルーラの着地音と、それに伴う振動が伝わってきて、バランやダイと顔を見合わせた。
「…恐らくポップ達だわ。
見てくるから、2人はここで待っていて」
そう言って、トベルーラで天井の穴の方へ…飛ぼうとしたら、ダイに手を掴まれて止められる。
「いや待ってよグエン!
おれ、この人と2人っきりにされるの気まずいんだけど!」
「……私が行こう」
ダイの言葉に、感情を抑えた声でバランが言って、私を制して天井の穴の上まで飛び上がった。
その姿を見送り、見えなくなった後で、改めてダイを見下ろす。
「……ダイ」
「だって〜…」
「いや、判るのよ。判るんだけど…」
思わずダイを薄目で見てしまったのは、最愛の息子に2人きりになる事を躊躇われた瞬間の、バランの傷ついたような目が、ダイがちょっと泣きそうになってる時の目に、あまりにもそっくりだったからだ。
実のところバランがすぐにこの場を離れたのでなければ、反射的に頭を撫でてしまうところだった。
癖って怖い。
…ひょっとしてバランが口髭をたくわえているのは、そのままだと感情が表情に出過ぎてしまう故に、それをできるだけ隠すためなのかもしれない。
本来は激情家であるようだし。
「…少なくとも、大魔王打倒に向かっている今の状況下では、彼は味方よ。
そしてそれは、彼の息子であるあなたの存在があっての事。
…
「う……うん………」
いつもの彼らしくない歯切れの悪い返事に、わたしはため息をつきながらも、一方で、それも可愛いと思ってしまった。
結局、わたしはこの子に弱い。
「…少しだけ、あなたが羨ましいわ」
だからだろう、大人としては言うべきではない本音がこぼれ出た。
「えっ?」
案の定、わたしにそんな事を言われるとは思ってもみなかっただろうダイが、目を丸くしてわたしを見つめる。
「あの人は実のお父さんだけど、あなたには育ててくれた方もいるのでしょう?
いわば、お父さんが2人も居るわけじゃないの」
「違うよ、じいちゃんはじいちゃんだ!
おれの……」
そこまで口にしたところで、ダイは何故か、ハッとしたように言葉を止めた。
「………ダイ?」
「…なんでもない」
そう言ってわたしから目をそらしたダイの、頬が少し赤く染まっているように見えたのは、天井の穴から降り注いでくる陽光の加減だったのだろうか。
「ダイ、グエン!!」
「2人とも無事だったのね、良かった…!」
そんな事を考えている間にバランが戻ってきて、彼に連れられてきたポップ達が合流した。
「まさかバランが合流してたなんてな…。
あの姿見た瞬間、ビビって腰が抜けたぜ」
こそっと、わたしに近づいてきたポップが、そう耳打ちしてくるのに、思わずクスッとなる。
そういう事普通、男の子は隠そうとするもんだと思うけど。
「初めて会ったけどダイのお父さん、話に聞いていた印象と随分違うわ。
確かに圧倒的な強さは感じるけど…すごく落ち着いた感じで…」
その後からやはりこちらに寄ってきたマァムが、そう言うのに、ダイがちょっとだけ複雑そうな表情を浮かべる。
「以前戦った時には、間違っても共闘なんて考えられなかったわよ。
よくぞああまで丸くなったものだと思うわ」
そのダイのアタマを撫でながら、わたしが彼の気持ちを代弁する。
まあ本質は割と大人げないひとだから、落ち着いた感じというのは見た目だけだろうが、少なくとも一昨日会った時のような、ピリピリした雰囲気がなくなったのは事実だ。
…わたしに対しては、まだまだ冷たい気がするけど、彼に言わせればわたしは、彼の息子を2人とも誑かした女だそうだし?
根に持ってなんかない、絶対。
「うん…戦わずに済むんなら、それに越したことはないんだけどさ…」
そう小声で言って、ダイが黙り込む。
以前は何を言っても聞く耳持たないといった雰囲気だったものが、唐突に向こうから歩み寄ってきた事に、戸惑いがあるのだろう。
…誰のお陰とは言うまでもない。
多分無自覚だが、バランはリリィをどこか特別に思っているフシがある。
というかまあ、多分だがリリィは、割と悲壮感のあるタイプの男に懐かれやすいんだと思う。
見た目や年齢に似合わない謎の包容力というか説得力というか。
…早くも彼女の将来が心配になった。
えてしてしっかりした女性というのは、駄目な男に引っかかりやすいものなのだ。
むしろわたしのようなちょっとダメなところのある女のほうが…ってやかましいわ。
「…気になるなら、直接聞いてみればいいわ。
この機会を逃したら、次はないかもしれないし」
そのしょうもない思考を振り払うべく、ダイの背中を押す。
なんにせよ、共闘すると決まったからには、その中心であるダイとバランが、いざという時連携が取れない事になるのは、いささか都合がよろしくない。
ダイはわたしを見上げると、少し間があったが、こくりと頷いた。
そのままわたしから離れ、バランに向かって歩み寄る。
一瞬、全員が息を呑むのを感じ、その場を無駄な緊張感が支配した。
「…ひとつだけ、聞いていいかな…?」
「……なんだ?」
「おれの…おれの、母さんってどんな人だったの…?」
その瞬間、『….それ今聞く事?』と思ったのは多分わたしだけじゃない。
クロコダインやヒュンケルも、えって顔してるし、聞かれた本人であるバランも、ちょっとだけ驚いた顔してる。
逆に何故かポップやマァムは、特に違和感を感じてないみたいだったけど。
「…母…ソアラか。
美しい娘だった。そして、優しい
ただそこにいるだけで、皆が温かい気持ちになれる…そんな不思議な輝きにあふれていた…」
わたしが生まれた国の王女の名を口にした彼の、その瞬間の表情を、なんと表現すればいいだろう。
大切に愛おしむような、それでいて縋るような、愛と悲しみと孤独を全て
憎しみの仮面を取り払ってしまえば、バランは行き場のない溢れるほどの愛情を持て余した、ひとりの男だった。
ソアラ王女の御名は、アルキードの古い言葉で“太陽”という意味だ。
(そういえば2人の子としてのダイの名前であるらしい『ディーノ』も、やはり古代アルキード語の“強き竜”だった筈)
その御名の通り、遍く皆をその優しさで包み込む、慈悲深い王女であると市井の噂にも高かった。
だが一方では、いざ女王として立った時、その重圧に耐えきれるかどうかといった、懸念の声も囁かれていた筈だ。
ともあれ、バランが彼女の前に現れた時から、その遍く降り注がれる筈の愛は、全て彼1人に向けられたに違いない。
片方の想いだけで、こんなにも愛が大きくなる筈がないのだから。
「あれほど深く誰かを愛する事は、もうあるまい…」
「……そっか」
ダイがその父親の表情に、何を見たのかはわからない。
だが、先ほどまでとは違い明らかに、ダイがバランを見る目が、安心したようなものに変わっていた。
・・・
…ところで言われなければ気がつかなかったのだが、どうやら先程の爆発により死の大地の地表が吹き飛んでおり、今はその下に埋まっていた
更に上空から全体を見たというポップによれば、
どうやら中央、鳥の胴体の部分に巨大な塔が見えており、そこが大魔王のいる本丸に違いない、という。
わたし達もこの爆発がハドラーとの戦いの中で起きた事、そのハドラーの身体に埋め込まれていた爆弾により、この爆発が起きた事を説明した。
「そうか…だが、おまえ達が無事で本当に良かった。
バラン…おまえが2人を助けてくれたのだな。
ありがとう…この獣王からも礼を言わせてくれ」
そう言ってクロコダインが、バランに頭を下げる。
「いや、私は」
「違うよ。爆発を最小限に抑えたのはリ」
「そ!そうなのよ!!
バランが来てくれなかったら、きっとあの程度じゃ済まなかったわ!」
その誤解を解こうとする竜の親子両方をひとまとめにするように腕を取って、わたしはその決定的な言を慌てて封じた。
「ど、どうしたのさ、グエン?」
「リリィがここに居た事、ポップには言わない方がいいと思うの」
「……確かにそうか。
兄である彼に余計な心配をかけるべきではないし、あの子は今頃、師匠から説教を食らっている事だろう。
後からまた、実の兄にも叱られるのでは、いくらなんでも可哀想だからな」
…まあ、わたしがポップにそれを知られたくないのは主に自分の保身の為なんだけど、この場合は誤解されていた方がいい気がする。
だってそれを知られてポップに怒られるのは、十中八九リリィより先にわたしだからな!
……ふう。なんにせよこれで安心。
少し離れたところから、ヒュンケルが『今何か誤魔化そうとしたろ』的な目で見てくる気がするけど、うん、大丈夫。
「おっさんが心配だったのは、主にグエンだろ?
なんせ、この戦いで生き残ったらプ」
「なっ!何を言うかポップ!!
それは今言うべきことではないっ!!」
そして、そのポップは何故かクロコダインとじゃれ合ってるんだが、大事な戦いの前だし、そろそろ止めた方がいいだろうか。
「へえ。生き残るつもりでいるんだ。
それは、随分と大きく出たね、獣王…!!」
と、場の空気を塗り替える声がかかり、全員がハッとしてそちらを振り返る。
「キ…キルバーンと…!!」
「ミストバーン!!!」
そう、そこに居たのは声の主の死神と、その使い魔。
そしてその後ろに静かに佇む、頭から足先までをローブにすっぽり包んだ男。
全員が、唐突に現れた敵の幹部達(まあ、ここが敵地である以上、どこに敵が現れても不自然ではないわけだが)に向かって構えを取る中、わたしとダイを背に庇うように、バランが一歩前へと進み出た。
「先日は世話になった、死神。
剣も蘇った今、この前のようにはゆかぬぞ。
真の
「まあ待ちなよ、バラン君。
その意気込み、ご本人に聞かせて差し上げるといい」
「なっ…なにっ!!?」
「……一同控えよ!!
大魔王バーン様がお会いになられる…!!」
ミストバーンの言葉の一拍後、空間の匂いが変化した。
リリルーラを使う時とか、リリィが『時空扉』を出す時に生じるこの感覚は、リリィが言うには『時空の欠片が凝集され、異なる空間が一瞬繋がる時に生じる、恐らくは摩擦に近いものだろう』ということだったがよくわからない。
ただ、その感覚を一番強く感じる虚空に、明らかに異質な穴があき、それが大きくこじ開けられたと同時に、そこに人影のようなものが見えたのは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間に生じた爆風のような衝撃波が、周囲の壁を吹き飛ばし、足元の床の敷石を抉って、飛び散った瓦礫の欠片が、人影を覆い隠した。
それが圧倒的な魔力の圧力だと、少し遅れて理解した頃、その嵐は少しずつ終息していき…わたし達がようやく顔を上げた時、微動だにしていないキルバーンやミストバーンの後方に、地面からほんの少し浮いた状態で佇んでいるのは、背の高い老人だった。
恐らくは魔族なのだろうが、それにしては肌の色が人間に近い。
まあしかし、魔族というのは割と個体差の大きい種族ではあるし、そういえばあのザボエラという老人も、皮膚の色は青よりもむしろ赤っぽかった。
ひょっとしたら魔族は歳をとるとそうなるのかもしれない。
或いは、祖先のどこかに人間の血が入っているか。
別にどうでもいいことなんだけど。
……わたしがこんな余計なことを考えていたのは、余裕があったからじゃない。
むしろ、今見えている現実から目をそらす為の、逃避的な思考だった。
「おっ…おまえがっ…!!?」
「……いかにも…余が、大魔王バーンだ…」
嗄れた低い声の名乗りは、思いのほか力強く響いた。
「ハ……ハハハ……な、なんだよオイ!
よぼよぼのジイさんが出てきちゃったぜ…!!!」
…一拍の沈黙の後、それを破ったのは、どう聞いても無理して絞り出したような、ポップの乾いた笑い声だった。
「…こりゃ思ったより全然、簡単にやっつけて帰れちゃいそうだ…!
ひょ…拍子抜けしちゃったよなァ、みんなっ…!」
「………気持ちはわかるけど無理しなくていいわよ、ポップ。
この威圧感、平気な顔して耐えられる人は、多分この世にいないと思う」
この子、危険察知する能力は高い筈だし、多分敢えて空気を変えてくれようとしたものなんだろうけど。
正直今、それに乗れる者はこの中には居ない。
ダイやマァムは勿論の事、ヒュンケルやクロコダイン、はてはバランまでもが、その老人から目を離すことができずにいる。
「フフフッ、そうそう。
みなさんお判りのようだよ、ポップ君。
バーン様が見た目通りのお方ではないって事が…!
特に元魔王軍の諸君には、衝撃が大きかったようだねえ…!!」
言いながらキルバーンが、仮面の下でクスッと笑い声を漏らす。
「…今まで間接的に接してきただけでも感じていた、圧倒的な威圧感…それがあのようなお姿から、そのまま感じられる。
その静けさが……逆に恐ろしい…だろう?」
歌うように、むしろ優しいともいえる口調で問われ、言われた元軍団長達が、ピクリと肩を揺らした。
言い当てられて悔しげに歪むヒュンケルの横顔を見ていたポップが、再びキルバーンに向かって、叫ぶ。
「何を根拠に勝手な事言ってやがんだよッ!!」
「簡〜単さあ〜っ。
初めてバーン様にお会いした時のハドラー君と、同じ顔してるからだよ…!!
……まあ、キミの妹なんかは判った上で、敢えて涼しい顔で『はじめまして』なんて言ってそうだけどねえ」
…どうしよう、否定できない。
その光景がありありと想像できてしまい、慌てて頭から振り払う。と。
「…つまらぬ脅迫はよさぬか。キルバーン。
何のために余が、わざわざ出向いたと思っているのだ…?」
宙に浮かんでいるにもかかわらず、ふわふわという形容が一切できない空中移動で、大魔王バーンは、側近たちよりも前に進み出てきた。
そのまま、音も立てずに地に足をつける。
その感触を確かめるように、少し俯いた後、大魔王バーンは顔を上げ、穏やかな、と言える微笑みをわたし達に向けた。
「…よくぞここまで来た。見事であったぞ」
いきなりの上から目線か。
といつものわたしならばつっこむところだろう。
何せ、空気読まないことには定評のあるわたしだ、ってやかましいわ。
だが、できなかった。
その圧倒的な力の権化は、ただそこに居るというだけで、この空間を完全に支配していた。
…女としてのプライドがなければ、確実にちびってたと思う。
基本的にはこの小石時空において、魔王軍の人達が空間を割って転移してくる術、形は違いますが実はリリィと同じ『時空扉』です。
リリィの場合、最初に無意識にイメージしたのが『どこ○もドア』だった為あの形になっただけで、ドラクエ世界の『旅の扉』が扉の形してないのと同様、本来はあちらの形の方がこの世界では正しいのです。
とはいえ時空の結晶を呑み込んだリリィと違い、魔王軍でこれを使う方たちは、その都度魔力を使って時空の欠片を集めており、彼らにしてみれば割とちょろっとイメージしただけで出来てしまう事なので、空間中に点在する時空の欠片を集めているという概念が実はありません。
そもそも、魔族にとって魔力を行使できるのは当たり前のことなので、発動の原理をわざわざ研究する魔族もそう居ないのです。
故に、時空扉に更に時空の欠片を過剰供給する事で『異界扉』に変化した理屈も、まず思いつくことはないでしょう。
可能性があるとすればザボエラさんなんですが、野心と好奇心が真逆の方向に向かっちゃってる今の彼では、その芽もきっと潰れてます。
あくまで小石設定です。
『原作はこうだからこれは不自然だ』とか言われても、『ああそう。これはアタシの世界だから』としか言えません。