DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
……ヤムチャ感とか言うな(爆
「……余は、おまえたちの敗北を確信していた」
老人は相当ムカつく事をしみじみと口にする。
いつものわたしならば馬鹿にしてるのかと思うところなのに、怒りは湧き上がるそばからしゅるしゅると萎れていく。
「ハドラーとその親衛騎団の力ならば、確実に勝利を収められるだろうと。
その上、ハドラーの体内には“黒の
この
感動したとでも言わんばかりに芝居掛かった仕草で、両腕を広げてそう語る枯れた老人の威圧感は、ただそこに立っているだけで、本能的に足元に身を投げ出したくなるほどだ。
そしてそれが今穏やかに、微笑みすら浮かべて話をしているその事こそが、なによりも恐ろしく感じられる。
初めて目の当たりにした大魔王バーンは、なるほど、魔界の神と呼ばれるのも納得できる存在感を醸し出していた。
「バランはともかく、この場におまえたち全員が立っている事、奇蹟という以外にない。
最大の功労者がこの場に居ないのは残念だが…」
「御託はいい。何が言いたいのだ、大魔王。
時間稼ぎのつもりならば、意味はない。
勿体ぶらずに、始めようではないか」
その大魔王の口からリリィの話が出そうになったところを、バランがさりげなく口を挟んで止めてくれた。
今気にしてる時じゃないのはわかってるけど、ちょっと焦ったのでありがたい。
「まあ待て、バランよ。
余自らが、その奇蹟的な健闘を讃え、褒美を取らせると言おうとしていたところだ」
「褒美……だと?」
「そうだ。
おまえらの一番欲するもの…それはおそらく。
……余の…
何事もないように口にされたその言葉に、全員がぎくりとする。
特に、勇者パーティー10代組の3人には、相当生々しく響く言葉だったに違いない。
彼らのそれまでの戦いは、敵を倒す事に主眼を置きつつも、それは相手の命を奪うことと、必ずしもイコールではなかった。
それは、今ここにいるクロコダインやヒュンケル、バランの存在が示している。
だから、相対している敵の圧倒的な威圧感と共に、その敵からの言葉によって、この戦いが間違いなく命のやり取りにしかならない事を、改めて実感しただろう。
…わたしは彼らのその甘さが嫌いではないが、今はそれでいい。
「だがこのミストバーンとキルバーンもハドラーと同格…いや、或いはそれ以上の強者だ。
我ら三人と同時に戦っては、天地が裂けても余を討つ事はできまい。
…だから、チャンスをやろう!」
…一瞬、何を聞いたものか理解できなかった。
「二人には一切手出しさせん。
余のみでおまえたちと戦ってやる…!
それが褒美だ。素晴らしいであろう?」
…うん、どうやら聞き間違いではなかったらしい。
思わず、近くにいたバランと顔を見合わせてしまう。
「…どうした?まさか、いやとは言うまい…?
余がこの二人抜きで行動するなど、数百年に一度、あるか無いかの事だぞ?」
「ふざけるなッ!
少なくとも私とダイ、
そして、それがはっきり理解できた瞬間、思った通りというかなんというか、バランが声を荒げた。
本当に血の気の多いことだ。
「…つまり、一人でも絶対負けない自信があるって事ね。ねえどうする、ダイ?」
「決まってるさ!
たとえミストバーンや死神が一緒だって戦うぞっ!!
その為におれたちは、ここまでやってきたんだっ!!!」
仕方なくダイにお伺いを立てると、やはりダイも思った通りの答えを返してきた。
感情的になりやすいバランと比べ、この子は戦いに関しては割とドライというか、大抵の場合は感情よりも理を取る傾向にある。
彼が唯一感情を昂らせる時…それは、大切な者を傷つけられた時だ。
ポップのメガンテの時は勿論、恐らくはフレイザードにレオナ姫が捕らえられた際もそうだっただろう。
後から聞いたところによれば、クロコダインがダイに敗れた時の状況がまさにそれだったという話だし、逆にヒュンケルと戦った時などは、怒りが湧いて来ず困ったらしいし。
つまるところ、怒りに我を忘れる条件が揃わない時のダイは、意外と状況に応じて臨機応変に戦うタイプだという事だ。
そしてそのダイの言葉にバランは、明らかにムッとした表情で、ダイを見下ろし睨みつける。
「…馬鹿なっ!あそこまで馬鹿にされて、なお奴一人に全員で挑むなどとは…!!
おまえには
「誇りで勝てたら苦労はしないよ!」
一度死闘を繰り広げた父親の気迫などものとせず、ダイはバランの言葉をスッパリ斬り捨てた。
「今はそんな事言ってる場合じゃないだろ!?
誇りだのなんだのにこだわってて、やることもやれないようなら、真の
…おれには人間の…母さんの血も流れてるんだ。
今のおれは
みんなと力を合わせて確実にバーンを倒すことの方が、おれにとっては自分のプライドなんかより、ずっとずっと大事だっ!!!」
「ぬううっ……!!」
…って、これじゃどっちが子供なんだかわからないわね。
そしてバランが歯噛みしてるその周囲では、勇者パーティーが皆それぞれに感激したらしく、ポップなどは涙まで浮かべていたりする。
「ダイ……!」
「うん、親子喧嘩を口のみでできるようになっただけでも、相当な進歩ね!
…けど、続きは勝ってからにしましょうか」
「あんた、本当に空気読まねえ女だよな!!」
なんかポップに怒られたけど知らない。
「話はまとまったか?
…では……相手をしよう…!」
そして………場の主役は焦れた様子もなく、その場に悠然と佇んでいた。
今思えば、この時点でわたし達は負けていた。
最初っから、役者が違ったのだ。
・・・
「──疾風突きッ!!」
まずは先手必勝とばかりに、誰よりも早く攻撃に出たのはわたしだった。
戦略としては、悪くはなかった筈だ。
うちのパーティーの子たちは、相手の出方を待ってから攻撃する癖がある。
けど、単体にあっては比肩する存在などない相手に対して、それは悪手だ。
最初の一手を見極めようとして先に出させた攻撃が、それだけで戦況を決めてしまう事にもなりかねない。
だから、わたしの判断が間違っていたわけじゃない。
……ただひたすら、向かった相手が強すぎただけだ。
最初に繰り出したわたしの突きは、無造作に前に出された老人の掌底にあっさり止められ
その同じ手から放たれたエネルギーが
わたしの胸を、貫いた。
「……グエン────ッ!!!!」
…仲間たちの叫び声が、わたしの名を呼ぶのが聞こえた。
何が起きたかわからなかった。
胸には、傷ひとつ負っていない。
それなのに、何故か衝撃が胸を突き抜けた感覚は確かにあり、一瞬遅れて、背中が灼けるように熱くなる。
一撃で受け身も取れずに地面に倒れたわたしは、身体が動かないにもかかわらず、意識だけはやけにはっきりしていた。
☆☆☆
「みんなッ!!!動いてえっ!!!」
マァムの声が、恐らくは驚いて固まってしまっていただろう仲間たちに喝を入れる。
その声に、初めて自分たちが止まっていた事に気づいたかのように、全員の硬直が解けた。
「よくも、グエンを…っ!!」
ダイが、剣を大きく振りかぶって大魔王へと向かう。
「おやおや、どうやら大切な女が先に死んでしまったか?」
「黙れえっ!!!」
繰り出した攻撃は、大地斬。
パワーもスピードも乗った、更に状態も完璧に整えられた剣で繰り出されたそれは…だが次の瞬間、大魔王のただ二本の指に挟まれて止められていた。
「なっ……!!」
「…案ずる事は無い。すぐに、後を追わせてやろう。
どうも
それは、そこにいるバランが一番よく知っているだろう」
「……戯れ言をッ!」
大魔王がダイに手を取られている事を好機と見たか、今度はバランが技の構えを取る。
恐らくはギガブレイクのモーションに入ろうとしたのだろうが、そこに場違いな、昔話でもするような穏やかな声が、大魔王から発せられた。
「…良い事を教えてやろうか?
あのアルキードとかいう国の王城におまえが招き入れられた時、家臣のひとりにおまえが人間ではないという情報を与えたのは、その者に乗り移った我が魔王軍の配下のシャドーだ」
「……なん、だと?」
その、あっさりと告げられた結構衝撃的な情報に、バランは棒立ちになった。
だってそれが本当であれば、アルキードが滅びた間接的な原因は……!
「ただ、それだけのことだったが…人間どもは面白いように、目論んだ通りに動いてくれたぞ。
ハドラーが適当に地上で暴れてくれたこともあって、すぐにおまえを勝手に危険視して、本来なら自分たちを守ってくれる存在の筈のおまえを追い出してくれた。
もっとも、その際アルキードの姫が身籠っていた事は、さすがに予想外だったのだが、まあ、結果としては上々だった。
ずっと欲しいと思っても迂闊に手を出せなかった駒が、手に入るきっかけとなってくれたのだからな!」
「ぬううっ……うぉおのれええぇっっ!!!!!」
……案の定、その情報はバランを激昂させるには充分だった。
彼は亡くなった奥さんを、わたしの祖国アルキードの王女だったそのひとを、今も変わらず愛している。
そして防御に欠片も注意を払わず(
一瞬、飛ぶ蛍のようなそれの正体に、最初に気づいたのはポップだった。
「よけろ!!!メラゾーマだっ!!!!」
そのポップの言葉が終わるか終わらないかの刹那、小さな光がダイとバランの身体に触れ、その瞬間、炎が爆発するように膨れ上がった。
それが竜巻のように渦を巻いて、2人の身体を包み、巻き上げる。
「うわあああぁぁあッ!!!!」
「うぐおおおぉぉっッ!!!!」
2人とも、
「ダイッ!!!」
炎が収まり、地面に投げ出された2人に、マァムが駆け寄った。
回復しようとするその背中に、先ほどの光がまた、ユラユラと飛ばされる。
「させるかあっ!!!メラゾーマ!!!!」
その速度がゆっくりだったのを幸い、ポップが余裕で光とマァムの間に立ちはだかり、自身の呪文をぶつけた。
炎に対しては氷系呪文の方が良さそうだが、ポップは炎系の最大呪文は得意としているが、氷系の最大呪文であるマヒャドは未習得だった筈だ。
先ほどの炎の威力を見る限り、下位呪文では押し負ける可能性が高い。
本人も、咄嗟にそう判断しての選択だったろう。
だから、ポップの行動も厳密には間違いではなかった。
「い、今だァッ!!!
おれが呪文の連発で抑え込んどく間に、2人を助けるんだあっ!!!」
けど、そう言うか言わないかのうちにポップのメラゾーマは、より強い魔力の圧力に吹き飛ばされた。
「なっ…!!?」
ポップ最大の火力が吹き飛ばされて消された後には、小さな炎がチロチロと、まるで笑っているかのように揺れており、あまりのことに一瞬呆然としたポップの胸元にふうわりと寄ってきて、彼の服の胸元に貼りつく。
「うわああああ──〜っ!!!!」
「ポップ!!!」
瞬間、さっきと同じように爆発した炎が渦を巻き、炎の蛇のごとくポップの身を包み込んで、それが満足したように消えた時、ポップが旅人の服の上から身につけていたオーバージャケットが、焦げた灰だけを残して消えていた。
「…バッ…バカなっ…!!
法術で編まれたこの服が…燃えちまうなんて…!!」
あれはダイやわたしの服と同じ、パプニカの法衣に使われている布だった。
基本的には軽く薄手ながら丈夫であり、魔力やそれに類するものから身を守る法術が編み込まれている。
だからこそ、本気で戦えば自身の纏う
同じ攻撃を受けてダイの服が無事なのは、その
あれを身につけていなければ、あの瞬間にポップは死んでいたかもしれない。
それでもさすがに相当なダメージを受けたと見え、ポップが立ち上がろうとするにも苦労している。
「あっ…あんな小さな火の粉なのに…!!!
大魔王のメラゾーマは、おれの何倍もの威力があるってえのかよおっ……!!」
…だが、次に告げられた言葉は、それ以上に残酷な真実だった。
「…今のはメラゾーマではない…メラだ…」
……そもそも動けないわたしはその瞬間、気を失いたいと本気で思った。