DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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…ところで関係ないですが、己自身の迂闊な思いつきにより、アタシの中のロン先生は完全に大塚芳忠ヴォイスです。


10・半魔の僧侶は絶望する

「余のメラとおまえのメラゾーマでは、余の呪文の方が、威力が大きいということだ…」

 ……冗談でしょう。

 確かに呪文というものは、使用者の魔力の高さによって、同じ呪文であっても威力は違ってくる。

 ひとくちに魔力といっても厳密には、攻撃魔力と回復魔力の二種類があるが、基本は同じ。

 同じベホマを使っても、くさっても熟練僧侶のわたしと、賢者の卵であるレオナ姫では効果の出方が違うし、同じベギラマを使っても、ダイは呪文の威力でポップに遠く及ばない筈だ。

 それ自体には何の不思議もないが…。

 それにしたって、使用者のレベルによってはメラがメラゾーマより威力が勝るなんて話は聞いたこともないわ!!規格外すぎる!

 ポップはこの若さで既に、少なく見積もっても並の魔法使いの5、6倍の魔力を有しているのに。

 

「…仕方の無いことだ。次元が違いすぎる。

 少しは期待したが、ここまで差があるとはな…。

 魔王軍の猛攻を次々と打ち破りここまで来たからには、もう少しレベルが高いだろうと買いかぶっておったわ。

 先程の僧侶(グエン)への一撃にしても、余はその攻撃に合わせて、軽く闘気を放ったに過ぎぬのだぞ?

 ……このようにな…!」

 大魔王バーンがそう言って掌を翳すと、そこから発せられた衝撃波が、足元の地面を削りながら、仲間たちの間を突き抜けて、背後の壁に穴を穿った。

 

「…超圧縮された暗黒闘気…!

 グエンはあれをぶつけられたのかっ…!!!」

 己の内側にそれを持つヒュンケルが、真っ先にその正体に気付く。

 暗黒闘気…!?

 そうか、意識はこれだけはっきりしていて尚且つ傷一つないのに、わたしの身体が殆ど動かせない状態なのは、ダメージの元が暗黒闘気だからなのか。

 しかも、魔力ではなく闘気であったが故に、わたしの鎧で防げなかったと。

 だとすれば…対抗する手段はまだ残っている。

 動かぬ身体で、天に聖なる祈りを捧げる。

 改めて、リリィに教えてもらっておいて良かったと思う。

 何とか動くようになった口で、今必要な、最初の呪文を発音した。

 

「シャナク」

 …ぶつけられた暗黒闘気の密度が濃過ぎて、完全に駆逐するには時間はかかるだろうが、うん、何とかなる筈だ。

 

「お…おのれっ……!!」

「ううっ…!」

 そうしているうちにマァムのベホイミで僅かに回復したらしいバランが立ち上がり、ダイがそれに続く。

 とはいえ、ベホイミでは傷の治療と体力の回復を同時にはできない為、二人共まだフラフラしているらしい。

 戦闘に参加できるまでに、少し時間を要するだろう。

 

「……もうよい」

 だが次には、大魔王は面白くもなさそうにそう吐き捨てた。

 興が削がれた、とでも言いたげだ。

 

「力の無い者が足掻いている所も、それなりに楽しめるが…もう無理をするな。

 半端に希望を与えるような真似をしてしまった、余が間違っていたようだ。

 たとえバランが加わっていたところで、戦局は全く変わるまい」

 どこか慈悲すら感じさせる言葉とは裏腹に、その掌に膨大な魔力が集まっていくのが見て取れる。

 膨れ上がったその魔力が、ゆらりと炎の形をとり…

 

「…見せてやろう。これが、余のメラゾーマだ。

 その想像を絶する威力と優雅なる姿から、太古より、魔界ではこう呼ぶ……!

 

 カイザーフェニックス!!!!

 

 …それはまさに炎を纏った巨大な不死鳥の姿だった。

 それが仲間たちのもとへ、一直線に飛ぶ。

 先ほどのメラでさえあれほどの威力だったものが、あれが直撃したら、一瞬で焼き尽くされてしまうのではと思うほど、それは凄まじい業火だった。

 

「ムウッ…唸れ、真空の斧ッ!!!!」

 クロコダインが例の戦斧を振るい、風圧のバリアーが一瞬、不死鳥の進行を阻む。

 …だがそれもすぐに突破され、クロコダインの身体に、羽根の一枚に過ぎない炎のかけらが飛んで、膨れ上がった炎がその身体を包んだ。

 

「……ッ!?ぐおおぉっ!!?」

「フバーハッ!!!」

 やっと手も動くようになって、わたしはクロコダインに向けて呪文を発動した。

 倒れかかるクロコダインの身に薄皮一枚張り付いた防御膜が、辛うじてその身が焼き尽くされるのを防ぐ。

 彼にも一応ベホマをかけておこう。

 だが不死鳥の本体は仲間たちへと向かっており、ヒュンケルが前に立ちふさがって、それを真正面から受け止めていた。

 

「ヒュンケル!!!」

「…オ、オレの鎧ならば若干こらえられる筈…!!!

 い、今のうちに攻撃を……!!」

「クッ……アバン流牙殺法・潮竜撃(ちょうりゅうげき)!!!」

 そう言われてもやはり、マァムはヒュンケルをそのままにはしておけなかったのだろう。

 アバン流最速の技が、炎を捉える。

 彼女の『海』の拳は、確かに炎の鳥を砕き、それを一旦霧散させる事に成功した……が。

 

「だっ…第二撃!!?」

「バカな!!!早すぎるッ!!!!」

 そう、斬り裂いた化鳥が霧散したその直ぐ後に、もう一羽のそれが、既にマァムの目前に迫ってきていた。

 このままでは、マァムが直撃を受ける。

 

「リリルーラ!!!」

 何も考えずにマァムの前に、自身の身を晒した。

 瞬間信じられないほどの熱が、わたしの身体全体を覆うのがわかった。

 この鎧は、電撃以外の呪文を通さない筈だ。

 それはハドラーの極大爆裂呪文(イオナズン)極大閃熱呪文(ベギラゴン)すら同様だった筈。

 この鎧だからこの程度で済んでいるのだろうが、熱いと感じるところまで熱が届いているのは違わぬ事実で。

 

「ゥアアァァ───ッ!!!」

「グエンッ!!」

 わたしが思わずあげた悲鳴の合間から、マァムの悲痛な呼び声が耳に届く。

 この炎に包まれたのが彼女でなくて良かったけど、それを喜んでる余裕は勿論ない。

 

「わ…わたしに構わないで!攻撃なさい!!」

 …今更だけど、本来なら僧侶(わたし)は後衛に居て、仲間達の防御や回復に力を尽くしているべきだ。

 けど、ここまでくれば嫌でも判る。

 回復に費やしてる時間なんかない。

 守勢に回れば大魔王に、次の手を打つ時間を与えてしまう。

 つまり、それだけ死に向かう時間が早まるという事に他ならない。

 

「グエンの言う通りだッ!!

 攻めないとこのまま全滅しちまうっ!!!」

 ポップの号令で、炎を一手に引き受けたわたしの背後から、マァムが、そしてヒュンケルが飛び出す。

 

「大魔王、覚悟ッ!!!ブラッディースクライド!!!」

 それはスピードもパワーも乗った、恐らくはこれまで放った中でも一番鋭い突きの一撃だったろう。

 だが、それを大魔王はあろうことかその剣先を、2本の指で挟んで止める。

 

「…ウゥッ!!?」

 そしてどうやら、軽く挟んでいるようにしか見えないにもかかわらず、ヒュンケルは刃を引く事すら出来ぬようで、逆に捕らえられた形になった。

 

「……澄んだ目だ。気に入らんな。

 以前のおまえはもっと魅力的だったぞ、ヒュンケル」

 不可抗力で間近で見つめ合う事になったその視線を、先にそらしたのはヒュンケルの方だった。

 瞬間。

 

「ウオオオオオッ!!!」

()ああああああっ!!!!」

 クロコダインとマァムが、同時にバーンに襲いかかる。

 それはヒュンケルに手を取られているこの状態に於いて、有効な作戦である筈だった。

 …大魔王は、単に両腕を広げただけに見えた。

 だが左手の指に挟んだままのヒュンケルの剣を支点にして、次の瞬間にヒュンケルの身体が宙に投げ出されており、それが向かったのは、拳を構えて突進してきたマァムの真正面。

 

「かはっ!!」

 鍛えられた自身のスピードに加え、相当な勢いで投げ飛ばされた、重装備で完全武装した成人男性の身体と衝突したマァムは、胸部と鳩尾にダメージをくらった上に、その下敷きになって地面に落ちた。

 …あれ多分、肋骨の2、3本はやった気がする。

 更に、斜め上から首をすっ飛ばす勢いで振り下ろされたクロコダインの斧は、その身に触れることなく止まる。

 

「……ぐふっ!!!」

 かざした右手から放たれ、ぶつけられたのは、恐らくは先ほどのわたしの時と同じ、暗黒闘気の塊だったのだろう。

 枯木のような老人の3倍以上は質量のあるクロコダインの身体が、あっさり吹き飛ばされ…これらのことは、ほぼ一瞬で行われていた。

 ここら辺でようやく炎が消え、動けるようになったわたしに、大魔王の注意が向く。

 

「危ないッ!!!」

 叫んだのが誰の声なのか、認識する暇すらなかった。

 わたしに向けてかざされた大魔王の掌が、輝いたように見えた次の瞬間、覆いかぶさるように目の前に現れた壁が、本来ならわたしに直撃する筈だった攻撃を受け止め……

 

「グッ…オオオォッ……!」

 口から血泡を吐きながら、それでもわたしを巻き込まぬようにして前のめりに倒れるのは……わたしの最初にして最良の友。

 

「ク…クロコダイン───ッ!!!」

 最初の炎のダメージはまだしも、わたしが受けてしばらく動けなかった攻撃を2回続けてくらったクロコダインは、死んではいないものの全身が痙攣している。

 いや、やめて。こんな時に仲間を庇うとか、どんだけ紳士なのよ、あなた。

 

退()け、グエンッ!!!」

 一瞬、明らかに意識がそちらに向いたわたしに、ポップの声が届く。

 瞬間、大魔王に追い打ちをかけられようとしていたところだったのだと気がついて、助けられたと理解した。

 そのポップは、両腕に溜めた魔法力を光の矢の形につがえ、それは真正面から大魔王を狙っている。

 

「……ほう」

 大魔王バーンほどの者であれば、それがどれほど危険な呪文であるか判らない筈もない。

 だがそれを目にしても尚、余裕の態を崩さないその表情に、ふと背筋に冷たいものが走った。

 

「駄目よ!ポップ……」

「メドローア!!!!」

 わたしの制止は間に合わず、ポップの手から光の矢が放たれる。

 触れたものすべてを消滅させる、ゼロのエネルギーが。

 それはまともに当たっていれば、大魔王バーンは跡形もなく、この世から消滅してしまうはずだった。だが。

 唐突に大魔王の前に出現した光の壁が、ポップの光の矢を止める。あれは!

 

「…覚えておくのだな。

 これが、マホカンタだ…!」

 反射呪文(マホカンタ)!!

 それは敵の攻撃呪文を、そのまま相手に跳ね返す呪文だ。

 同じ効果を持つ親衛騎団の騎士(ナイト)の盾『シャハルの鏡』をあれほどに警戒したのと同様、あの最強呪文を切り札として持つポップにとって、一番恐ろしいのがこの反射攻撃だった筈だ。

 

「そっ…相殺するっきゃねえっ!!!」

 恐らくは、ポップ一人ならここは避ける選択をしたのだろう。

 だがポップの後ろにはわたしと、倒れたクロコダインがいた。

 しまった。ポップが進み出てきた時点で、わたしがクロコダインを連れて、ヒュンケルあたりの位置にリリルーラしていれば良かったのだ。

 

「ポップ!!」

 跳ね返されたメドローアはそれを放ったポップに向かい、ポップは同じ呪文をぶつける事で、自身の消滅を回避していた。

 光の玉が消え、へたり込んだポップに傷のひとつもない事に安心するも、彼はこの2発分の大呪文により魔法力を膨大に消費しており、同じ呪文はもう使えない。

 だが、これでわかった。

 大魔王バーンの魔力は、わたし達の想像のはるか上をいっている。

 先ほどのカイザーフェニックスの威力にしてもそうだが、あれだけの呪文をほんの僅かな時間で、しかも2発も撃ってみせた事からしても、彼は呪文の発動に集中時間を必要としない。

 わたし達が一手を打つ間に、彼は攻防二手を打てる。

 そのことを、まだふらついているマァムを支えて立ち上がったヒュンケルも口にして、一瞬絶望的な雰囲気が、わたし達の間に漂う。が。

 

「まだだッ!!むこうが二手同時に打てるんなら、こっちは三手一度に打てばいいだけだろ!!?」

「いや脳筋か!」

 ようやく動けるようになったらしいうちの勇者様のお言葉に、わたしは状況を忘れて思わずつっこんだ。

 

「…いいだろう、オレもその一手に加えてもらう。

 文句はないな、バラン!」

 しかしヒュンケルが言いながら、支えていたマァムの身をポップに預け、もう一度剣を構える。

 それにバランが頷いた。

 ……脳筋同士は意思の疎通ができているようだ。

 

「…何を企んでいるかは知らんが、どちらにしろこれで終わりだ。

 全員まとめて、とどめを刺してやろう」

 そう言って大魔王が左手に溜めた魔力は、恐らくは炎の形を取ろうとしていたものだったろう。

 だが次の瞬間、その魔法力がかき消えて、何故かその手の甲に亀裂が走る。

 それは終始笑みを絶やさなかった大魔王に一瞬、怪訝な表情を浮かばせ、更に傍で状況を見守っていた側近達にも、動揺を与えた。

 

「……閃華裂光拳!!!

 …掠っていたんだわ、あの時に…!」

 ポップの腕の中で目を(みは)ったマァムが呻くように呟き、それに全員が注目する。

 

「そうか、あの最初の攻撃の時にかっ!!!」

 それは、さっきヒュンケルを投擲された直前の話だろうか。

 亀裂からヒビが広がっていく左手を、暫し見つめていた大魔王バーンは、次にはためらう事なく右の手刀で、左の手首から先を叩き落とす。

 それはボテッと間抜けな音を立てて彼の足元に落ち、まるで腐るように溶けて崩れた。

 

「…こりゃ驚いた…奇蹟だね…!!」

 キルバーンが、一見すると判りにくいが若干息を呑んだように呟く。

 それに関心を向ける事なく、マァムは大魔王をキッと見据えた。

 

 ちなみに閃華裂光拳とは、マァムが師事したブロキーナ老師という方が、彼女に授けた武神流の奥義のひとつだそうで、過剰な回復エネルギーを拳に乗せて叩き込む事で、敵の肉体を壊死させる、対生物戦では非常に有効な技だという。

 逆に、以前ミストバーンが襲撃してきた時に送り込んできた鎧兵士や、ゾンビやガイコツ戦士とかいったアンデッド系など、生物ではない敵には効果がない。

 修業期間中に話を聞いた時には、性格が優しいマァムが使うにしてはえぐい技だと、背すじが寒くなったことを覚えている。

 もっとも、マァムが本質的に優しく正しい心を持つ女性で、この技を使うべき場面を間違う事はないという確証がなければ、そもそもそれを授けられる事はなかったのだろうとも思うが。

 …ところで、わたしは契約自体していないが、僧侶の使える数少ない攻撃呪文の中にザキ系というものがある。

 いつのまにか即死の部分だけが一人歩きして、言霊の呪いに近いものとなっているが、元々は神の慈悲により、苦しまず即座に死を与える呪文だったものが変化してしまった珍しい例だ。

 だから、あれほど禍々しい効果でありながら、未だに僧侶系呪文としてカテゴライズされている。

 今のマァムならば、契約すれば正しい意味でのザキ系呪文が使えるかもしれない。

 閑話休題。

 

「……やってみるかね?

 確かに千載一遇のチャンスだぞ、これは…。

 側近に手出しをさせぬうえに、片腕の今、余の攻撃の速度も鈍ろう…」

 と、唐突に大魔王が問うた。

 その視線の先にはマァムが、ハッとしたような表情でいたところを見ると、どうやら自身の技が通用すると判り、攻撃をしようとしていたものらしい。

 マァムはさっきのダメージがまだ抜けきっておらず、行動を起こす前の微妙な筋肉の動きとか、そういったものを見抜かれたのだろう。

 そう言っている間にも、切り取られた手首の断面からは魔力がバチバチと紫電を放ち、力ある魔族には当然のように備わっている再生能力が発動しており、元どおりになるのは時間の問題だった。

 …今なら、マァムの回復をしてやれる。

 その上で彼女が全力を出せるよう、サポートしてやってもいい気がするが…、

 

「やめておきたまえ。無駄だ」

「えっ……」

 …だが、自身を支えるポップの腕から、今にも飛び出そうとしていたマァムを制したのは、バランのどこか呆れたような声だった。

 

「…茶番をいつまで続けるつもりだ、大魔王。

 こんな小娘をからかって遊んで面白いか?

 貴様ならばそんなかすり傷、時間をかけずとも、すぐに再生できよう」

「…なんですって!?」

 …瞬間、服の袖から手を出すようにして瞬時に再生された左掌が、輝いた。

 

「危ねえッ!!!」

 マァムに背中から覆いかぶさるようにして身を伏せたポップの額スレスレを、例の闘気弾が掠める。

 ポップの巻いていた黄色のバンダナの端が、千切れて飛んだ。

 そしてまた、轟音とともに後ろの壁に大穴が開き、バランの言う通り戯れであった事に、マァムは激昂した。

 

「そんな、生殺しみたいな真似をして…!」

「面白いね」

 あっさりと、老人はそう言い切る。

 

「…おまえたちは、面白くはないのか?

 鍛え上げて身につけた強大な力で、弱者を思う通りにあしらう時、優越感を感じないのか?

 …“力”ほど純粋で単純(シンプル)で、美しい法は無い。

 生物は弱肉強食が正義。

 人間だけが、気取った理屈をつけてそれに目を背けるが…とんでもない。

 力こそが、全てを司る真理だ!」

「…それでも!

 どんなに力があろうと、他人の幸せを踏みにじる権利はないわ!!

 地上の人びとみんなの平和を……っ!!?」

 …マァムが全てを言い切れなかったのは、その瞬間に見せた大魔王の瞳に、それまでは見られなかった不気味な気迫がこもっていたからに他ならない。

 それは、ここに来て初めて見せた、大魔王の感情のようなもので、そこに顕れていたものは、憎しみと侮蔑と…恐らくは、怒り。

 何かは判らないがマァムの言葉のどこかに、彼が抱えた燻った何かを刺激するものがあった事だけは、火を見るよりも明らかだった。

 

「……おまえたちは知らぬのだ!

 その平和とやらもより強大な力…神々の力によって支えられていることを…!!!」

 大魔王は語る。

 この地上のはるか地底に存在する魔界、太陽の恵みの届かぬその世界にあるのは、見渡す限りのマグマの海と、僅かばかりの陸地はまさに不毛の大地。

 神が世界をふたつに分けた時に知恵ある生き物たちの住処も分けた際、地上が人間たちに与えられ魔族と竜が魔界へ押し込められたのは、人間たちが魔界で生きるには脆弱過ぎるという理由だった。

 だから、大魔王は決意した。

 魔界に太陽の光を降り注がせようと。

 数千年にわたり力を蓄え、準備を整えて。

 すべては、魔界を覆う地上という邪魔な蓋を消し去る為に。

 

「光射さぬ魔界に、そこに暮らす全ての者に、太陽の恩恵を。

 その時こそ、余は真に魔界の神となる。

 かつての神々が犯した愚行を余が償うのだッ!!!!」

 大魔王バーンの野望は、魔界にとっての正義だった。

 それを叶えたならば、確かに魔界の民たちにとって、この男は神となるだろう。

 それまで自分たちになんの恩恵も与えてこなかった天の神々たちとは違う、真に力持つ存在としての。

 わたし達は、何と強大な存在に戦いを挑んでいたのだろう。

 そう感じたのは、わたしだけではないのだろう。

 最初にバーンの感情をぶつけられたマァムは呆然としてしまっているし、ヒュンケルは剣を握ったまま固まっている。

 ポップなどは、震えながら涙すら浮かべてしまっているし。

 

「……あきらめるもんかっ…!!!」

 …だが、絶望が支配する空間の中、呻くようなダイの言葉が、それこそ暗闇に太陽の光が射し込むように、わたし達の耳に届いた。

 

「おまえの力がどれだけすごいかはもう判ってる!!

 でも…そんな事関係ないんだっ!!!

 おまえは『力が正義だ』って言ったけど…それは違う!

 おれが今まで教わってきた正義と……!!」

 これは、互いの正義を懸けた戦い。

 バーンに譲れない正義があるのと同じように、わたし達にもわたし達の正義がある。

 そして。

 

「その通りだ…私たちを誰だと思っている!!」

 更にその父親も、改めて剣を握りしめて言うのに、クッソこの脳筋どもと少し頭痛を覚えながらも、一方でどこか安心している自分がいるのにも気がついていた。

 …それは彼の握ったその剣の、かつて見たそれより遥かに澄んだ輝きによるものではなかっただろうか。

 さっき彼は確かに、憎しみをみなぎらせて剣を取っていた筈だが、その瞳を見ても、今はそれが見えない。

 

「先ほどのアルキードの話は、百歩譲って貴様の懺悔と受け取ってやろう。

 今はひとりの男としての感情は忘れ、力の均衡を正す存在である、真の(ドラゴン)の騎士としての使命を、私は全うする!

 グエナヴィア、ヒュンケル、まだ戦えるな?

 こんなところで諦めては、手にした武器の銘が泣こうというものだぞ?」

 …そうか、リリィが言っていた。

 彼の剣の修理の為に、ロンをバランに引き合わせたのだと。

 奇しくもここに、名工ロン・ベルクが手がけた武器が四振り揃っているという事か。

 

『この先の未来を掴む為にも絶対勝って、生きて帰ってこい。

 そうできるほどのものは、既に授けたつもりだ』

 修業期間の最後の日に、ロンから言われた言葉が、頭の中に蘇る。

 

 そうだ、何を弱気になる必要がある。

 たとえ、大魔王の力がどれほどであろうとも、わたし達が背負っているのは、自分たちの命だけじゃない。

 ヒュンケルと互いの目を見交わし、頷きあう。

 更にダイとバランに視線を移して、同じように頷いてみせる。

 

「…ダイ!」

「ダイ!!」

「ダ……ダイ!!」

 そして。これこそを、奇跡と呼ばずして何と呼ぶのだろう。

 俯いていたポップの瞳に輝きが戻る。

 呆然としていたマァムの唇に微笑みが戻る。

 倒れていたクロコダインの身体に力が戻り、しっかりと二本の足で立ち上がる。

 わたし達の勇者。わたし達の太陽。

 わたし達のダイは、皆に勇気と力を与え、地上に生きる者たち全ての希望が、蘇る。

 

「…認めよう。傷つき絶望した仲間たちに生気を与えた、その魂の“力”だけは……。

 だが、魂で余は殺せぬぞ…!

 おまえの正義を余に説きたくば、言葉でなくあくまで力で語れっ!!!」

 そんなわたし達に対して、バーンはあくまでブレなかった。

 全身から立ち昇る魔法力が、オーラのように揺らめく。

 それに対するダイの答えもまたひとつだった。

 右手に(ドラゴン)の紋章を浮かび上がらせ、その手がこの世で唯一の彼の剣を鞘から引き出す。

 …この瞬間、初めてダイの剣が、自然にダイの心に応えたような気がした。

 

「これが、おれの全ての力だぁっ!!!

 アバン、ストラ───ッシュ!!!!」

 飛び出していくダイが、師の必殺技を放つ。

 これは、剣圧だけを飛ばすA(アロー)タイプだ。

 

「カイザーフェニックス!!!」

 それに応じて、大魔王が、またも炎の不死鳥を飛ばしてくるのを、

 

「させない!!海鳴閃ッ!!!」

 さっきマァムがやってみせたように、海の技で突き貫いてみせる。

 わたし達が何の為に居ると思ってるの。

 

「遅い!」

 そして予想通り、大魔王の第二撃。それも、

 

「アバン流刀殺法、海波斬!!」

 今度はヒュンケルの海の技が斬り裂く。

 これで何にも阻まれる事のないダイのアバンストラッシュが、大魔王の身に届く。

 

 だが、次に起きた事は、さすがに予想していなかった。

 先に発射されたダイのアバンストラッシュに、まるで被せるようにして、バランの身体が追いついてくるなんて。そして。

 

 

「ギガブレイク!!!」

 

 

 …大人げないオッサンというイメージが先行して忘れていたが、やはりこの男は、生まれながらの戦闘の天才だった。

 竜の父子、ふたつの技の威力が、瞬間、同時にヒットした。

 

 ☆☆☆

 

 空にはいつしか雷雲がたちこめ、それが唸るような音を立てていた。

 それが、天を味方につけた(ドラゴン)の騎士の戦いによるものだと、あたし達は知っていた。

 ……けれど。

 空気が、一瞬にして変わる。

 大気がひび割れ、大きなものがそこから、無理矢理割り込んでくるような、どこか不自然な感覚。

 

「……先生…!!」

「…天が、震えている……!

 ついに大魔王バーンが、最強の武器を手にする時が来たのだ…オレが作った……!!」

 …そうだ。

 この戦い(負けイベント)を本格的に決定づける武器。

 それが()()()()()()()()()、光魔の杖だ。

 それの登場シーンが今だという事なのだろう。

 

「……おまえはやはり、何も聞かんのだな。

 オレが大魔王に武器を作った事に、思うところはないのか?」

「…以前、魔界のお偉いさんに武器を納めたと、御自分で仰ってましたし。

 ヒュンケルさんやグエンさんの武器が、元々魔王軍の所有であった事を考えれば、不自然なことではないかと。

 先生は今でこそ地上のあたし達人間の間で、片田舎の隠れた名工として生活していますけど、魔界に暮らしていた期間の方が、圧倒的に長いのでしょう?

 ならば先生の腕前が、大魔王の目に止まらぬ筈もないでしょうし、大魔王そのひとを知る前ならば、依頼を断る理由もなかった筈です。

 また、その時に作ったものや、その時の大魔王の反応に納得がいっていれば、先生は今、ここにはいない……違いますか」

 …まあ、言い訳だけど。

 

「…おまえを最初に見つけたのがオレで、本当に良かったと思うぞ。」

 そう言ってロン先生は、あたしの頭を掌でぽんぽんと叩いた。

 

「そうだ。大魔王が自分用に選んだ【光魔の杖】…ダイの剣とは比べものにならん、その時納めたものの中でも、たいした武器ではなかったものが、大魔王バーンが手にした時だけ、最強最悪の武器に変わる…!」

 そこから勇者パーティーの地獄が始まる。

 それは世界の終わりの始まりか、それとも。

 

 ☆☆☆

 

 アバンストラッシュとギガブレイク。

 ふたつの技が同時にヒットした、その破壊力は、単体でそのふたつを受けた時の、数倍に達していた筈だ。

 それなのに。

 

「なるほど…確かにこれは、素手では勝てんな…。

 ……余も、使わせてもらうぞ。

 これが余の武器……ロン・ベルクの最高傑作、その名も【光魔の杖】だ!!!」

 異空間から引っ張り出した、まだ半分しか姿を見せていないそれが、バランの剣を受け止めている状況に、わたしは目を(みは)るしかなかった。




…ここら辺の執筆が進まなかったのは、単にアタシが戦闘描写が苦手であるのに加え、ただでさえ重要なこのシーンにバランやグエンをうまく割り込ませる事が難しかった事、更に光魔の杖登場のシーンを読み返すたびに『ちくわしか持ってねえ』のコラ画像を思い出してその度に決壊したからです。
光魔の杖が原作とは違う登場の仕方になったのは、そうしなきゃツボ入って書けなかったからなんですのよ奥さん!


……………という言い訳(爆
そしてまたポリシーに反して一万字越えた。くそう。

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