DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「あれを、バーンが自分用に選んだのは、オレにとっても意外だったよ…」
先生は、あたし相手にというよりは、自身の心の澱を整理するかのように、ぽつぽつと語る。
光魔の杖…
使用者の魔法力を攻撃力に変える武器。
魔法使いが使用する『理力の杖』と同じ原理だが、その打撃力の増加に上限がない為、使用者の魔力によっては、一撃で膨大なダメージを敵に与える事が、理論上可能。
ただし、その分握っているだけでも魔法力を無尽蔵に消費し、それと共に攻撃力も低下していくのが唯一の弱点である為、将来的に改良の必要あり。
「…だが、考えればやつ以外に使いこなせる者は居なかったろう。
あの当時は、オレの腕もまだ未熟だった。
故に、魔法力の吸収量をセーブする機能をつけられなかった。
生半可な術者が使おうものなら、すぐに魔法力が枯渇してしまい、それまでに戦闘を終えることができなければ一巻の終わりだ」
その未熟だった頃の作品が、底なしの魔法力を持つバーンの武器となったからこそ、最強となってしまった事に、先生は耐えられなかった。
自分の打った武器が、そのレベルに追いついてこない者に使われるのも、名工ロン・ベルクにとっては、充分やる気を削がれる案件ではある。
だがそれ以上に、自身で満足のいく出来ではないと認めるものを最高傑作と呼ばれたのでは、彼の才能が頭打ちと言われたも同然だった。
だから、ロン・ベルクは優遇を約束されていた筈の、大魔王バーンのもとを離れたのだ。
けど、その事がなければ【ダイの
あの剣は先生の飽くなき向上心(と若干の厨二心)があったからこそ、大魔王に認められた結果で満足しなかったからこそ、誕生したのだ。
いわば先生は今、己の過去と戦っている。
「やつがダイたちを侮っているうちに…バーンがあれを使う前にカタをつけてしまう事ができれば、まだ望みはあったのだがな。
どうやら、あいつらはバーンを本気にさせてしまったようだ」
「…本気になるなと言う方が無理じゃないですか?
勇者側だって先生の武器が三振りある上に、伝説の剣の研ぎまでが先生の手によるものなわけですから。
……けど、それが揃っていても、尚…」
「ああ。あいつらの敗北は決定的だ。
………おまえの『見て』いる通りに」
そう…残念ながら今日のところは、過去の先生に軍配が上がるのだろう。
けど、なんとなく認めたくなくて、ほんの少しだけ抵抗してしまう。
「…あたしだって、未来が見えるわけじゃありませんよ」
そもそも、グエンさんとバランの存在があの場にあるだけで、あたしの知る物語とは違うのだ。
それがどのように影響するかは、誰にもわかりはしない。
……と、先程今生の別れを済ませたひとの顔が浮かび、胸が締め付けられる。
この後、あのひとはやはり物語の通り、裏切りと喪失を、ただでさえ傷ついたその身に、心に、駄目押しのように刻まれる事になるのだろうか。
ほんの僅かでも、変化する望みはないのだろうか……。
「………え」
…ふと、考えに沈みかけて、それが強制的に遮られた。
ロン先生の手が、知らず俯きかけていたあたしの顔を、顎クイで持ち上げたからだ。
「それ、やめてくださいといつも」
「…なるほどな。この顔か。
確かにこれは、父親や兄が心配するわけだ」
「はい?」
「…小さくても、女ってことだな」
…先生が何を言っているわからない。
「…まあいい。
何人帰ってくるかはわからんが、オレも負けっぱなしでいるつもりはない。
どこまでできるかは判らんが、足搔けるだけ足掻いてやるさ…リリィ、手を貸せ」
「勿論です!!…で、まずは何をしますか?」
「さっき、おまえが言ったんだろう。
勇者パーティーに、思いのままに武器を作れと」
…作れと言った覚えはないのだが、先生がやる気になったので反論はしない事にする。
材料として、在庫のありったけのミスリル銀と、赤魔晶を幾つか道具袋から出して積み上げ、あたしとロン先生は仕事を開始した。
そう、あたし達には、あたし達の戦い方がある。
☆☆☆
「なっ……何故だ!なぜ斬れぬっ!!!」
バランの手から落ちた真魔剛竜剣が、あちこち剥がれた床に当たって、ガランと音を立てた。
渾身の力と闘気を込めて振り下ろした、その威力がそのまま跳ね返ってきて、腕が痺れてしまっているのだろう。
己の最強の技がこうもあっさり跳ね除けられた事がすぐには信じられず、愕然とするバランに対し、大魔王は満足気な笑みを浮かべる。
「フフッ……これではっきりしたな。
我が魔力を伝わらせた光魔の杖の力、オリハルコンの強度すら凌ぐ…!
……もはや結果は見えた。
素材の優劣があるとはいえ、こちらもロン・ベルクの作った武器を持った以上、本来の強さが勝敗を決するのは当然…!!!」
言いながら大魔王は異空間から、その長い柄を完全に引っ張り出す。
それとともに現れた枯れ木のような右腕に、穂先から別に伸びた蛇のような細長いパーツが巻きついており、そういえばそのデザインが、ヒュンケルの剣が兜に装着されている時の状態に似ているなと、心の片隅でそんなどうでもいい事をわたしは思っていた。
「ロ…ロン・ベルクさんが作った…!!?
うっ…うそを言うなっ!!!」
一方、強さに関してだけは誰よりも信頼する父親の渾身の一撃が、不発に終わった光景に呆然としていたダイが、更なる驚愕の事実に、信じられないというように言葉を発する。
彼にしてみればロンはこの世で唯一、自分の力についてこれる武器を作ってくれた男。
全面的に自分たちの味方であるという思いから、その事実は受け入れがたいのだろう。
「……嘘ではない。
気難しい男だが、ヤツは魔族。
もともとおまえたち人間に武器を与えてやることの方が、珍しい事態なのだからな」
「…だとしても。
その『光魔の杖』が本当に彼の最高傑作であれば、ダイの剣は生まれていない筈だわ」
わたしが口を挟むと、大魔王はほんの僅かに、眉を動かした。
ロン・ベルクは、自分にとって興味のない事は、大金を積まれてもしないだろう。
大魔王は確かに彼の作った武器を手に入れたけど、その興味を持続させる事は出来なかったのだ。
そうでなければ、わたし達が彼に会うこと自体がなく、下手すれば彼自身が、この場に敵として立ちはだかっていてもおかしくない。
あの5日間の修業期間に、わたし達はロンの剣士としての実力を、文字通り身に染みて知っている。
…恐らくはわたし達に見せていたそれが、彼の全力ではないだろうという事も。
「……まあ良い。
その身で味わえば嫌でも分かることよ…!」
そう言っている間に光魔の杖は、その形状を変化させる。
先端の、刃だと思っていた部分が左右に開いて、剣の鍔のような形になる。
大魔王の腕に巻きつく蛇のようなパーツが、淡い光を帯びているところを見ると、どうやらここで魔法力を、武器に与えているらしい。
その淡い光が先端にいくにつれて強くなり、やがて先ほど鍔のあった部分に、魔力の刃が現れる。
その状態だと、全体的に長さがある事も加わって、杖というよりは槍…いや、矛のような形状だ。
杖というからには、魔力を増幅する為の武器であると思い込んでいたわたしは、その明らかに物理的な打撃力を持つであろう形状で、その本質を理解した。
まさか……そんな、あり得ない。
「……さあ!試してみよ!!!」
大魔王はそれを、横薙ぎに振るう態勢の構えを取る。
…構えだけなら正直隙だらけで、素人同然であるにもかかわらず、威圧感はそれを手にする前より、明らかに増している。
「…どうした、グエン!?」
嫌な予感に身を震わせるわたしに、クロコダインが問いかける。
その問いにわたしは、彼の方を見ることができずに答えた。
「…あれは恐らく、理力の杖の強化版だわ…!」
「理力の……杖?」
だが、わたしとクロコダインがまだ話の核心にすら触れぬ間に、事態は動く。
「ううっ……わああああ───っ!!!!」
恐らくは、その威圧感に耐えきれなくなったのだろうダイが、雄叫びをあげて大魔王に向かったのだ。
「駄目よ、ダイッ!!!」
…わたしの叫びは、彼の耳に届いたかどうか。
ただ、とっさに飛び出したとはいえ、ダイの攻撃は、決して苦し紛れのものではなかった。
パワーもスピードも充分に乗った、タイミングも完璧な一撃であり、しかもそれを繰り出すのは、この世で一番の名工が、この世で一番の材料をもとに、自信を持って送り出した剣。
大魔王がした事は、それに対して無造作に、武器を横薙ぎに振るっただけだった。
バキイイィン!!!
次の瞬間
乾いた金属音が空間に響いて
オリハルコン製の刃が
「おっ…折れたっ…!!?」
ポップの驚愕の声が、非情な現実を告げる。
一拍遅れて、ダイの身体と折れた剣が、同時に地面に落ちた。
「…グエン、さっきの話はどういう事だ」
あまりの事に呆然としながら、クロコダインが改めてわたしに問う。
「…理力の杖というのは、魔法力を打撃力に変換する武器よ。
注がれた魔法力に応じて、攻撃力を増加させる…そこに、大魔王の底なしの魔法力を注がれたのだとしたら…!!」
「なっ……!!」
「なんだと!!?」
わたしの言葉に、少し離れた位置から、ヒュンケルとバランも驚きの声を上げる。
「…勿論、通常の理力の杖であれば、恐らくはそんな膨大な魔力の注入そのものに耐えられない。
けど、仮にもロンが作った武器が、そんなチャチなものであるはずがないわ。
限界知らずの理力の杖に底なしの魔力…相性が良すぎなのよ。
…あの光魔の杖は、大魔王の手にある限り、この世で最強の武器ということになる!!」
……今度こそ本当に、わたし達は絶望した。
勝てるわけがない。
「…完全に、戦意喪失か。
仕方あるまい。強い者ほど、相手の強さにも敏感だ」
大魔王の呟きに、剣を折られたダイは、魂を失ったかのように、呆然と座り込んでいた。
・・・
『……グエン。
おっさん連れて、バランのところまで飛べるか?』
再度の絶望に支配された中で、ポップの囁き声に、我を取り戻す。
『え!?』
『おれはマァムとヒュンケルを連れて、ダイのところへ飛ぶ。
そしたら……同時に、ルーラで逃げだ…!!』
…一瞬、ポップが何を言っているのかわからなかった。
『一旦逃げて、態勢を整え直すんだ。
このまんまじゃ、全滅しちまう…!』
そう言われて、すとんと言葉が腑に落ちた。
悔しいが、ポップの言う通りだ。
少なくとも、ここで勇者を失うわけにはいかない。
マァムやヒュンケル、クロコダインと、目を合わせて頷きあう。そして。
「集まれ!!」
「リリルーラ!」
ポップの号令で、わたしはクロコダインの腕に掴まり、その状態でバランの側へと転移する。
ポップがマァムとヒュンケルと共にダイの側まで飛ぶ。
そして、わたしとポップは同時に、その呪文を唱えた。
「「
…確かにここは、さっきまでは屋根があった場所だ。
だが度重なる戦闘により、そんなものは既に存在していない…はずだった。
「なっ…なんだとおっ…!!!」
にもかかわらず、何かにぶつかったように、わたし達の行く手は遮られて、 全員が宙から地面へ叩きつけられる。
……痛い、腰打った。
「かわいそ〜に…!!
ますます絶望的な状況になっちゃって…!!!」
気づけば、さっきと全く動いてない位置で、死神が喉の奥で笑っているのが目に入り…
「……知らなかったのか…?
大魔王からは逃げられない…!!!」
…絶望に更に先があるなんて、25年生きてきて初めて知った。
☆☆☆
中を移動するのは問題ないが、出入りに関しては不可能だという。
…考えてみれば、この中に入ったことのあるリリィが、ハドラーのところにわたし達を導いた際には、自身の能力を使わず、この天井をダイに破らせるという方法を取ったこと自体、おかしなことではなかったか。
あれは、ここの空間が閉じられていることを知っていたからではなかろうか。
そういう大事なことは教えておいて欲しかったわ。
「フフッ…だが、なかなかに楽しい時間であったぞ。
余とこれほどの時間を戦えた者は、今までもほとんどおらん。
誇るのだな………あの世で…」
大魔王はそう言って、先ほどと同じように、光魔の杖を構えた。
「…これがうぬらの最後の光景だ!!!」
その先端が、まるで地面を切るように軌跡を描き、大魔王の周囲から、衝撃波が放たれる。
「カラミティウォール!!!!」
…その衝撃波は壁のように立ち上がり、それがわたし達の方へ、徐々に近づいてくるのがわかった。
手放していたクロコダインの斧が巻き込まれ、ビスケットか何かのように粉々に砕かれていく。
それを目にしたところで、クロコダインとヒュンケルが、倒れたままのダイとその衝撃波の壁の間に、それを遮るように立つのが見えた。
「お…おまえも同じか、クロコダイン……!!」
「ああ…元々この命、ダイたちにもらったものだからな…!」
せめて一秒一瞬でも、そのダイを庇って死にたいと、男たちは衝撃波へその身を晒し…
次の瞬間、弾き飛ばされた彼らは、大魔王の側近たちのはるか後ろの地面に激突していた。
更に彼らの奮闘むなしく、ダイもまた弾き飛ばされて、その身が宙を舞う。
「…リリルーラ!」
その身体が地面に激突する前に、わたしはそろそろ残り少ない魔法力を使って、ダイのそばに転移し、受け止めた。
大丈夫、まだ息はある。
そしてこの状態ならば、わたしが多少の小細工をしたところで、大魔王の目には映らないだろう。
だから、今は……
「……バラン!」
一言呼んでダイの身体を、真下の父親へと投げ落とす。
反射的に息子の身体を受け止めたバランが、腕の中の息子と、わたしを交互に見た。
最後の呪文の為敢えてトベルーラを使わず、身体が自由落下するままに、その目をまっすぐに見返して、訴える。
「……
バランはハッとしたように目を瞠った。
そうしてから、改めて息子をその身体で包むよう、しっかりと抱きしめる。
それを確認して、わたしは残りの魔法力で、最後の呪文を唱えた。
「バシルーラッ!!!!」
…逃走手段としてのルーラは、大魔王の前では無意味。
だが、屋内や
何故ならバシルーラは移動呪文ではなく、カテゴリーとしては攻撃呪文だからだ。
「なにっ!!?」
わたしの手から放たれたバシルーラをまともに受けたバランの身体は、ダイを腕に抱えたまま水平移動し、壁の残っていないエントランスの端まで飛ばされて…そのまま、宙へと投げ出された。
このバーンパレスは空を飛んでいる。
そこから投げ出されれば、普通は落下するだけだ。
だがその落下により、大魔王バーンの魔力の及ばぬ範囲まで脱出が叶ったバランは、その瞬間にルーラを敢行した。
…それだけを確認したところで、わたしは墜落するより先に、カラミティウォールに弾き飛ばされて…そのまま、意識を失った。
☆☆☆
「マァム…頼みがあるんだ。
……手を…最後の瞬間まで、おれの手を離さないでいてくれ…!!」
大魔王の技の一撃で、おっさんもヒュンケルも、どうやらバランやダイ、グエンまでやられちまって、最後に残ったのはおれとマァム、そしてゴメだけ。
この状況じゃどうすることも出来ず、情けないとは思いながらも、おれは震える手を、マァムに伸ばした。
マァムは少し躊躇ってから、おれの手を掴んでくれる。
これでいい。
こいつと一緒に死ねるんなら、悪くない…そう思ったところで、立っていた足元が揺れた。
おれたちの目前まで迫ってきていた衝撃波の壁が、その手前に入った亀裂の中に消える。
それとともに、おれたちの立つ地面から重力が消えたかと思うと、落下する感覚が身体を捕らえた。
その落ちていく足場から、一瞬だけ見えたのは、人にあらざる姿。
まさか…まさかあいつが、おれたちを助けるなんてっ……!!?
かつて地上を支配せんとした魔王であり、尊敬していた師の仇であり…そしてもしかしたら、可愛い妹を誑かしたかもしれないその男が、こちらを一瞬だけ見下ろしたのを、おれはその瞬間、確かに見た。