DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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13・武器屋の娘は愛を説く

 誰かの…おれのものじゃない意識が、力とともに流れ込んでくるのがわかった。

 

『私の命を全て、おまえにやろう。

 …生きてくれ。我が子よ。私の代わりに』

 その声が、力を失ったおれの身体の、頭から指先までに、力を満たす。

 やめてくれ。

 おれは、そんなことして欲しくない。

 ヒュンケルも、クロコダインも、グエンも、おれを庇って傷ついて。

 アバン先生だって、おれを助ける為に、メガンテを使って、そして死んだ。

 同じような事をして、ポップだって一度死んだ。

 その上……………までなんて。

 

【大魔王バーンの力は、神々のそれを遥かに超えています。

 けれど、あの子はそれを超える奇跡を起こした。

 それが、あなたです。

 あなたは、たくさんの心に生かされている。

 その心の絆が、すべてあなたの力になる。

 どんなに辛くても、苦しくても、あなたはこの世に、たった一人ではないのです。

 迷い、傷ついた時には、その絆を思い出して】

 …誰かの声が、優しくおれに語りかけてきた。

 身体を包み込む真っ白い光は……何度も飛び込んでしがみついたグエンの胸みたいに、柔らかくて、温かかった。

 

 ……………ん?

 今までそんな事、思ったこともなかったんだけど?

 

 ☆☆☆

 

 ………時は、5日前まで遡る。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ドォォ──ン!!!

 

 

 ロン先生の小屋の庭先に、ルーラのような音と衝撃をもたらして落ちてきたのは、折れたものを間に合わせで繋げたような状態のダイの(つるぎ)と、全体がヒビだらけの鎧シリーズ2本。

 勇者パーティー所有のロン・ベルク製の武器が全て、持ち主を置いて、創造主のもとに帰ってきてしまったのだ。

 原作ではこの時ロン先生はパプニカに滞在中であり、この光景を目にした三賢者の2人は、勇者一行が大魔王に殺されたと解釈するわけだが、実際にはリベンジに向け、修復とより強い力を求めて戻ってきたのである。

 この時空では、先生のそばにいたのがあたしだけだったので、そういった誤解は起きなかったが、少なくとも大魔王との戦闘が、勇者たちの敗北で終了したのは明らかだった。

 

「……こいつは、思ったより大仕事になるな。

 リリィ、悪いがジャンクを連れてきてくれ。

 こうなると、おまえだけでは手が足りん」

 あたしが説明するまでもなく、それらを一目見た瞬間に状況を察したらしいロン先生にそう言われて、一旦家に戻る事になった。

 

 ……自分が転生者だという事を思い出してから一年半余。

 そして、自分も物語に関わってきたのが、そのうちの3ヶ月足らず。

 その短い時間の間、濃い体験を続けてきたせいか、どうやらあたしもいつの間にか、普通の感覚というものを忘れかけていたようだ。

 よく考えたら、ポップの家族であるあたし達は、ひょっとしたら死ぬかもしれない、むしろ決死の戦いに挑んでいく彼を、その無事を祈りながら待っている立場だった。

 勿論、物語の先を知っているあたしは、ポップが敗走とはいえ、生きて戻ってくる事を知っている。

 だがあたしがそれを言えない以上、両親にそれを知り得る術はなく、特に女親である母が、娘のあたしに依存するような精神状態になったとしても、決しておかしな話じゃなかった。

 或いは母親の勘で、あたしが危険な場所に行っていた事に気がついていたんじゃないかってくらい、あたしが帰宅した瞬間から、ちょっとでも離れる事を母が不安がったのだ。

 

「…ロンのところにはオレが行って話しとくから、おまえは母さんについててやってくれ」

 母に縋られ、父にそう言われてしまえば、あたしは頷くしかない。

 …こうなると『リリィ』の居ない原作時空の『スティーヌ』が、この時どれほどの不安を抱えて、この小さな村で過ごしていたのかを考えたら、なんかもうやりきれない。

 少年漫画の世界である以上、あくまで戦う男たちが主役なわけで、女性目線が悉く省かれるのは仕方ない事だが、ここにおいて全てのヒーローたちへ、あたしは声を大にして言いたい。

 おまえの命、誰にもらったと思ってる!

 母親に心配かけるんじゃない!!

 いや父親だって同じだけども!!

 

 ・・・

 

 ………それはさておき。

 

 一旦計画が頓挫し、結局は勇者パーティーのみで決行する事になったわけだが、大魔王の本拠地へ攻め込む計画は、もともと世界規模で進行していたものだ。

 その結果に対して、世界が関心を寄せているのは間違いなく、事が事だけに情報の遅れが命取りになりかねない為、各国で可能な限り通信を密にしている。

 魔王軍における悪魔の目玉を使った通信システムのような画期的なものがない為、主にルーラの使える者を使者としてやり取りするとかしか、やりようがないわけだけど。

 あと、鳥による手紙のやり取りみたいな、古典的なやつとか。

 それにより勇者ダイとその仲間たちが大魔王に敗れたと、このイナカ村に情報が入ってきた時には、既にロモスでひとつの町が滅ぼされた後だった。

 地上の人間達の抵抗に天罰を下すかのように、空飛ぶ大魔宮は一日一回、地上に巨大な柱を落とし、それが落とされた場所は激しい爆発と衝撃波によって、その柱以外何も残さずクレーターと化していたのだ。

 その場所は気まぐれに決められるように見え、どこに来るか予測のしようがなく、地上の人びとはせめて自分たちの住む空に、それが現れぬ事を祈りながら、怯えることしか出来ずにいる。

 

 ロモス北西ポルトスの町。

 オーザム南部の雪原。

 ホルキア大陸北東のバルジ島。

 

 現時点ではこの3箇所だが、今日の爆撃がまだの筈なので、多分そろそろどこかに4本目が落ちる。

 どこだったか忘れたけど、たとえ知っていても、あたしにはなにもできない。

 あたしの未来の知識は、神様のタブーに抵触する。

 とりあえずこの村は標的にされてなかった筈だけど。

 

 父はあれから、毎日ロン先生のところに通っており、夜も更けてから村に戻ってくる。

 その間、母は店を閉めていようと言ったのだが、ポップの安否が確認されていない以上、どこから情報が入ってくるかわからないと、あたしが店を開けていた。

 …勿論、お客さんなんか来なかった。

 

 あたしがほぼ片時も離れず一緒にいて、母もいくらか落ち着いたようで、夕方以降店を閉めたら、ロン先生のうちに夕飯を差し入れに行ってあげましょうと、今朝になって母の方から言い出した。

 父は毎日帰ってくるからいいとしても、あたしが行ってないこの三日ほど、多分先生は作り置きの保存食しか食べてないと思うので、それもそろそろ在庫が尽きると思う。

 何より男2人しかいない状態で、絶対掃除も洗濯もしてないだろう事を考えると、本当は明るいうちに行きたいところだが、そこは母の気持ちを考えて頷いておいた。

 そういえばグエンさんは自分では料理をしないと言っていたが、もしグエンさんと先生が結婚したら、あの家の家政は誰がみるのだろう。

 その場合、やっぱり世話をするのはあたしという事になるのではなかろうか。

 …そもそも、グエンさんがあの戦いを生き残ったかどうかもわからない以上、考えても仕方ない事だが、色々危なっかしい性格であるにもかかわらず、なんか死ぬような気がしないんだよね、あのひと。

 

 その夕方過ぎ、店を閉めようとしていたタイミングで、4本目の柱が落とされたという情報が入ってきた。

 場所はパプニカ東部にあるベルナの森。

 最初の時以外、人が生活している場所を狙ってこない事を、そろそろうちの村でも訝しみ始めたその夜、それは起きた。

 

 先生のうちにごはんを届け、男2人に食事をさせて、明日は朝早くから掃除に来ると宣言して父と一緒に家に帰ると、店の玄関先であたし達が帰るのを待っていたらしい母が、村の子供たちに取り囲まれている光景を目にすることになった。

 

「あの子ならもうすぐ戻ると思うわ。中で待つ?」

 と言ってるところを見ると、彼らはあたしに用があるらしい。

 案の定声をかけるとこちらに集まってきたので事情を聞いたところ、村の入り口に全裸で倒れている男がいるのだと。

 あたしにお伺いを立てに来たのは、少なくともあたしが作成した自警団の危険予測マニュアルにないケースだからで(そりゃそうだろ!)、どう対応したらいいか直接聞きに来たのだそうだ。

 

「そんなモン、うちの娘に見せんじゃねえ!」

 と父が怒鳴ったのを手で制して、まずは状況を確認する事にした。

 ぶつくさ言いつつも父は付き添ってくれ、年長の男の子達に案内されて現場まで行くと、そこにはむき出しの筋肉質な背中とお尻を上にうつぶせに倒れる、背の高い黒髪の成人男性……瞬間、自動展開した『みやぶる』は、その男の情報をあたしに伝えてきた。

 

 名前【バラン】。

『ゆうしゃ』LV.1。種族は人間。

 持ち物、装備、共になし。

 etc………

 

 ……情報と同時に頭の中のオッサンが解説してくれなかったら、確実に同名の別人だと思ったけどね!

 まあ裸だったのはさておき知人が行き倒れたようだと説明して、この場はみんなを安心させた。

 父が、出がけに母に渡されていたタオルケットでバランのむき出しの身体をくるんで、男の子達に手伝わせて背中に背負ってくれたので、とりあえずうちに運んでもらおうと思っていたら、

 

「俺の家の方が近いし、行き倒れを助けるのは宿屋の仕事だ」

 と宿屋の息子のレイゲンが申し出てくれたので、それに甘える事にした。

 

「知り合いって言ってたが、ありゃ誰だ」

 と父に訊ねられ、説明がめんどくさかったので、一番簡単な『ダイのお父さん』で教えておいた。

 行間に色んなものは入るが嘘は言っていない。

 母への説明は家に帰る父に任せて、あたしは一度先生のところに戻り、バランが倒れていた事を説明した。

 

「…あいつの剣は?」

 と訊ねられて、かの人が『そうびなし』だった事を思い出してそう説明すると、先生は納得いかない顔で唸った後、

 

「明日、オレも様子を見に行く。

 …だから掃除には来なくていい」

 と言われたので、ならうちに朝ごはんを食べに来いと無理矢理約束させて、先生の家を辞した。

 

 報告を終えてバランを収容した宿の部屋に行くと、扉の前に来たところで、ちょっとだけ待っていろとレイゲンに止められ、ようやく通された時には、せめてもの良心なのかステテコパンツ一枚だけ穿かされていて、状況も忘れて吹きそうになったのを慌てて咳き込んだふりをして誤魔化した。

 見れば身体には目立った怪我はないようなのに、なんか額に血が滲んでいたので拭いてやったら、例の紋章の形の傷がそこにあるのがわかった。

 これが目立つのはあまり良くないと判断して、包帯を巻いて隠しておいた。

 今は流石に無理だがものを食べられるようになれば、薬草のひと束でも食べさせれば、痕も残らずに消えるとは思うけど。

 

 …けど、なんで裸だったんだ。

 この人の身につけていた装備はどこに行ってしまったのやら。

 

『【真魔剛竜剣】をはじめとする彼の装備は全て、(ドラゴン)の騎士専用の装備だったようなので、人間として生まれ変わった時点で、身体から離れてどっか行っちゃったみたいです。

 あと、新しく生まれたという意味合いもあるようですよ?

 生まれた瞬間は、みんな裸ですから』

 頭の中のオッサンがそう説明してくれたものの納得はいかず、下着くらい残してあげても…と思わずにはいられなかった。

 

 …『みやぶる』で得られた情報により、この人の身に何が起きたのかは把握できている。

 大魔王に負けて剣まで失い、生命力と気力を失いつつあったダイを助ける為に、己が紋章の力を全て与えることによりその生命を繋ぎとめ、代わりにバランは一度死んだ。

 その死を感知して聖母竜(マザードラゴン)が彼を迎えにきて、一旦はそのまま召されかけたバランだったが、その際に彼が子供を残している事を知った聖母竜(マザードラゴン)が、残った己の命を全て彼に与えて、自分はその生を終えたのだ。

 そうして新たな生を受けたバランだったが、自身の紋章はダイに与えてしまった為、(ドラゴン)の騎士ではなくなった。

 バランの紋章は原作通りダイに継承され、最終的にはダイの紋章とひとつになる。

 この過程があって初めて、ダイは真の(ドラゴン)の騎士となるわけだ。

 

 …原作のダイはその瞬間、全てを知っただろう。

 父が抱えていた、この世に同胞が1人もいない事による、本能的な孤独を。

 だから最終的に、たった1人で地上を守る選択をしたのだと。

 それは奇しくも、ハドラーが抱えているのと同じもので。

 きっとハドラーは、敵でさえなければ、ダイの心を唯一理解し得る存在だったのだ。

 それを下し、彼の命が消えた時、ダイは真に世界に、たった1人となってしまった。

 

 けど、今いるこの時空は違う。

 ダイは確かに、世界にただひとりの(ドラゴン)の騎士だが、その孤独を理解し得る彼の父親は、今ここにこうして、生きている。

 ダイは、最後には1人で戦うかもしれない。

 けど、その心までは、決して1人にはならない。

 

「…生きていてくれて、ありがとう」

 新しく得た人間の身体に、心を完全に馴染ませる為、一時的に深い眠りに落ちているのであろうバランに一言そう呟いて、あたしは部屋を出た。

 

 

 5日目の朝。

 カール王国の海岸で、流れ着いたポップとマァムが保護されたと、朝食を終えて後片付けをしている最中に、使者の人が飛び込んできて報告してくれた。

 ここがポップの実家だからなのだろう、真っ先に知らせてくれたのは確かに有り難かったが、ポップの身を案じていた母が、報せを聞いた途端安心したのか倒れてしまい、混乱した父が叫んだ、

 

「死ぬな、スティーヌ〜〜!!!!」

 の声に、近所の奥さん達が驚いて駆けつけてきて、ちょっとした騒ぎになったのは割と迷惑だった。

 

 父を何とか落ち着かせて、騒ぎを起こした罰として母が目を覚ますまでついていろと厳命し、ポップに会いに行くべきかをロン先生と話し合っていたら、レイゲンがすぐに来いと迎えに来て、先生と2人でバランのいる宿に向かった。

 これまでは身体を拭こうが夜着を着せようが反応を示さず、昏々と眠りに落ちていたバランが、ここにきて魘されているような反応を見せ始め、目覚めが近いのではと呼びに来たらしい。

 部屋に入ると、微かに呻き声を上げながら虚空に右手を伸ばしていたので、思わず掴んだ。

 …瞬間、閉じられていた目が開いた。

 

「バラン様!!?

 気がつかれたんですね、良かった……!!」

 あたしが呼びかけると、バランは子供のような目をして、一瞬あたしと、あたしに握られた右手を見つめ。

 それからゆっくりと半身を起こし、縋るようにあたしの身体にしがみつくと、大人の男とは思えないほど激しく、慟哭した。

 

 ……空気を読んで黙って部屋から出ていった先生とレイゲンの、その気遣いが少しだけ恨めしかった。

 メッチャ気まずいわ!お前らあとで覚えてろよ!!

 

 ・・・

 

 バランがようやく落ち着いて、自分が何をしているのかに改めて気付き、ようやくあたしを離してくれた時には、結構な時間が過ぎ去っていた。

 

「…まず、勇者パーティーは大魔王バーンに敗れ、敗走を余儀なくされた…で、合ってますか?」

「…恐らくは。

 私とディ……ダイは、グエナヴィアの機転で、先に戦場からはじき出された。

 だから、彼女や君のお兄さん、他の者もどうなったか、正直わからない」

「ポップとマァムは、カールの海岸に流れ着いていたところを保護されたようです。

 他のみなさんの安否は確認できていませんが…」

「そうか……。

 必ず皆で生きて戻ると、大口を叩いておきながら……約束を守れなくて、済まなかった」

 どうやら彼を助けてくれたのはグエンさんだったらしい。

 その助けられた生命を、彼は一旦はダイの為に捨てたようだが…まあそれは言うまい。

 ダイはこの物語の主人公なのだ。

 そのように動いてしまうのは仕方のない事なのだろう。

 そうでなければ物語は成り立たない部分に於いては、強制力が働いているだろうし、ダイという主人公には、皆に大切にされる理由がちゃんとある。

 

「生きて戻るという約束は、守ってくださいましたよ?

 …大丈夫です。彼らも、きっと生きていますよ」

 原作通りなら、この後ダイはテランで保護された後、カール王国のアジトに送り届けられる。

 ヒュンケルとクロコダインは大魔王のもとに捕らえられており、裏切り者の軍団長の処刑という名目で、勇者パーティーをおびき寄せる餌とされる。

 …状況からすると、グエンさんはこの2人と一緒に捕らえられている可能性が高い。

 だとしたら、すぐに殺されることはない筈だ。

 

「…そもそも、私は何故、生きているのだろうな。

 (ドラゴン)の騎士としての、戦う力を失ってしまったこの私に、存在する意味などなかろうに」

 そこまで考えたところで、自嘲を帯びたバランの呟きが耳に届いた。

 誰に言うともなく、思わず口から零れてしまったのであろうその言葉に、あたしはちょっとムッとした。

 

「確かにあなたにとっては、ある意味地獄ですよね〜?

 それまでは超越者として見下し、また憎んできた存在と、同じ立場に落とされちゃったわけですし〜?」

 だから、次の瞬間にはつい、噛みつくような言葉を投げてしまっていた。

 そんなあたしの言葉に、バランは少しムッとした顔で、こちらを睨みつけてきた。けど。

 

「…でも、聖母竜(マザードラゴン)的には最初で最後の、母親としての愛情だったと思いますけど?」

 …バランは、今度は知らない言葉を聞くような顔で、あたしを見つめている。

 

「…確かに聖母竜(マザードラゴン)(ドラゴン)の騎士も、力の均衡を正す役割を、神に与えられた存在でしょう。

 けど、それが単にそういう役割だっただけだと、あなたは思うんですか?

 そこに心がなかったと断言できますか?

 ダイを、自分の生命を捨てても助けようとしたのは、あなたにとっては単に、ダイが生きていれば(ドラゴン)の騎士の歴史が続くから、という理由だけでしたか?

 親が子供に生きて欲しいと願うのに、理由なんかない筈でしょうに」

 そこまで言うと、バランは初めて気がついたように目を瞠った。

 

 ……あたしはこの5日間、母が息子の無事を祈る姿を、間近で見てきた。

 父が態度には示さないながらも、やはり案じてる姿を見てきた。

 あたしに『親』の気持ちが、完全にわかるとは言わない。

 けど、もしポップが同じこと言ったら、父は勿論あの優しい母でさえ、その言葉が終わらないうちにポップのアタマに、ボロ泣きしながらげんこつ落とすだろうってことくらいは、あたしにだってわかる。

 

「そもそも、自分の産んだ子がただひたすら戦いの為だけに生き、自分は生きている限りその死を何度も見続けるって、考えるとこれだって結構な地獄じゃないですかね?

 自分がその立場だったら、どう思います?

 …聖母竜(マザードラゴン)はあなたに、もう戦って欲しくなかった。

 それはきっと、あなたを思う彼女の愛です。

 それを…意味がないなんて、切り捨てないでください」

 そろそろ何言ってんだか自分でもわからなくなってきたが、バランはあたしの言葉に、また泣きそうな顔で、瞳を潤ませた。

 

「……そうだ。

 母は、確かに『愛している』と言った…」

 …今更なんだが、この男に人間の心がないなんて嘘だと思う。

 むしろ有り余るほど抱えてたからこそ、この男の悲劇があった。

 ないのは心ではなく、人生経験だ。

 けどそれは、人として生き直す過程で、これから積んでいけばいい。だから。

 

「…妻も、私に生きろと言った。

 そして、私も息子に。

 ただ、生きて欲しい…単にそれだけの気持ちが愛であるなら、この世界はどれほどの愛に満ち溢れているのだ?

 そしてそれは、どこまで続いていくのだ…?」

 ………うん、ほんとゴメン。

 そこまで大袈裟なこと言ってないから少し落ち着こうか。

 

 …バランをもう少し休ませることにして、一旦家に帰ったら、どうやら5本目の柱が、既に王都が滅ぼされた筈のリンガイアに落ちたらしいと聞かされた。

 更にその夜、勇者ダイがテランの湖の祠で発見され、保護されたという情報が入った。

 ダイの身柄はルーラの使える者が無事レオナ姫のもとへと送り届けたという。

 朝になってからその事をバランに教えにいくと、バランは既に床を離れており、宿屋の前のベンチに腰を下ろし、広場で子供たちが戦闘訓練をするのを眺めていた。

 そこに声をかけ、ダイの事を教えてやると、『そうか、良かった』と呟き、安心したように微笑んだ。

 

「…それより、今はバラン様ご自身のことです。

 ちなみに現在のあなたは勇者LV.1です。

 適度に装備を揃えたうえで、改めて修業し直さないと、下手すりゃスライムにも負けますから、そのつもりで」

「そうか……この私が…スライムに……」

 平静を装いつつ密かにショックを受けているようだが、この残酷な事実を知らせずに勝手におもてに出ていかれては、せっかく命が助かったのにあっさり死にかねない。

『そうびなし』だったのはここに現れた時点だけで、今はソーケッツさんの奥さんが旦那さんの古着を繕って、何着か持ってきてくれたそうでそれを着せられているけど。

 このひと、背が高い上にがっしりしてて、服の調達に地味に苦労したのだ。

 先生はこのひとより背丈はあるけど、細マッチョのモデル体型なんで幅が合わず、父さんだと寸が明らかに足りなかった。

 人間関係の距離が近いイナカ村の御近所付き合いに改めて感謝だ。

 まあそんな事は今はいい。

 

「今から鍛え直すのもひとつの考えだとは思いますが、正直バラン様の年齢を考えると、ここから先の成長はたかが知れていると思うのです。

 なのであたしとしてはそれよりも…バラン様には一度、テラン王に謁見される事を提案します」

 彼の座るベンチの隣に腰を下ろして、その顔を見上げながら、あたしは最初の爆弾を落とした。




ノヴァの時もそうでしたが、リリィは感情的になると割と無自覚に、相手の心に刺さること言ってる時があります。
自分では『そろそろ何言ってんだか自分でもわかんない』とか思ってるんだけど、言われた相手にはズシンと響くという。

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