DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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関係ないけど、鎧の魔剣先輩のデザインの凶悪さ、すごく好きです。


9・半魔の僧侶は約束する

 か、身体がっ…!!身体が、言うことをきかん…!!!

 

 鎧に穴を開けられ、そこから直接業火を流し込まれて、剣を握る力も出せないオレを、ハドラーが嘲笑う。

 そして更に追撃の極大閃熱呪文(ベギラゴン)の超高熱が鎧に空いた穴から侵入して、オレの身体を焼き尽くさんとする。

 

「…よし!

 ただちにダイたちを追撃し…抹殺するのだ!!」

 倒れたオレを死んだと思ったのか、奴と配下のモンスター達が、その場から立ち去ろうとする足音が聞こえた。

 いかん…!このままではダイたちが…!!

 だがオレにはもう、戦うすべも残されてはいない…!!

 何を武器に、戦えば…!?

 

 …生命(いのち)ですよ…!

 そう、生命のエネルギー…すなわち闘気…

 

 今にも消えそうな意識の底から響いてきたのは、かつては父の仇と思い憎んだ師アバンの、どこか間の抜けた緊張感のない声だった。

 

 生命……闘気!!

 

 かつては一笑に付した教え…だが、今なら…!!

 

 ☆☆☆

 

 中央塔に急ぐわたし達の後方、ヒュンケルが壊した氷の塔があった方向から、地響きと轟音、そしてものすごい光が放たれるのが見えた。

 

「お、おい、あの光は…」

 ポップの呟きに、ダイが頷く。

 

「どうしたの、二人とも!!?」

「…そっくりなんだ…あの時と…。

 アバン先生がハドラーと戦って、死んだ時の光と…!!」

 かつて魔王ハドラーの恐怖から世界を救った勇者、アバン。

 そのハドラーが復活した際、まず最初に狙ったのがその命であり、次代の勇者を育成していた彼は、まだ微かな光だったその灯火を守るため、自己犠牲呪文でハドラーを道連れにしようとしたらしい。

 だがハドラーは重傷は負ったものの倒れることはなく、彼を退散させたのはダイの悲しみと怒りの一撃だったのだという。

 

「ちょうどあんな感じだった…!!

 なにかこう…生命(いのち)の最後の輝きみたいな…」

「そ…そんなっ…」

 驚き立ちすくむマァムの横をすり抜けて、ダイが駆け出そうとする。

 その腕を、ポップが掴んで止めた。

 

「ど…どこ行くんだよダイ!!」

「決まってるじゃないか!

 ヒュンケルを助けに行くんだっ!!」

「待てよ!

 なにもヤツがやられたとは限らねえじゃねえか…!!?

 それにあいつは呪文が使えねえんだ。

 自己犠牲呪文(メガンテ)をかけて死ぬなんてこたぁねぇはずだし…!!」

 若干頭に血が上ってるダイをポップが説得しようとする。

 ポップは魔法使いだそうなので、それは立ち位置的に正しい行動だ。

 けど、やはりまだ若いせいか、ポーズだけでも冷静さを保てていないから、説得力に欠ける。

 冒険者パーティーの魔法使いに老人が多いのは、やはりその立ち位置として、経験からくる冷静さを求められる場合がほとんどだからだ。

 案の定、ダイはその言葉では納得しない。

 

「でも…!あれはただごとじゃないよ!!

 勝っても負けても無事じゃすまない!

 そう思うだろ、マァム!グエン!!」

 わたし達に向けてそう言いながら、今にも飛び出して行きそうなダイを、ポップが抱きつくような格好になりながら止めようとしている。

 それを引きずるダイが、せめておれだけでもと振り払おうとする光景を見ながら、一番心配そうだったマァムの表情が、キッと引き締まるのをわたしは見た。

 

「だめよ、ダイ!!

 私たちは中央塔へ行くのよ!

 行かなくてはだめ!!」

 その凛とした声が、ほんの少しだけ震えている。

 よく見たら声だけではなく、手も。

 相当な決心を固めて言ったのだろうと、その震えだけで理解する。

 

「なっ…なんでだよっ!!?

 ヒュンケルを見捨てるの…!!?」

 …だめだ、これ以上見ていられない。

 それに、『見捨てる』という言葉が、ちょっとだけ癇に障ったのも事実だ。

 

「…ダイ。ヒュンケルを信じてないの?」

 言いながら彼の肩に手を置き、瞳をじっと見つめる。

 

「えっ…?」

 戸惑ったような瞳が揺れた。

 勇者パーティーの力の源は、絆。

 クロコダインはそう言った。

 ならばこの言葉が、彼には一番堪えるだろう。

 

「信じるなら、先へ進みなさい。

 彼も、クロコダインも、その為に命をかけているわ」

「で、でもっ…!」

「彼らはあなたを信じてる。

 だから一度拾った命を、もう一度捨てる覚悟でここに来たし、わたしはそんな彼らに感銘を受けて、彼らが信じるあなたに会いに来たの。

 わたしの友達の心意気を汲んでくれないつもりなら、わたし、失望のあまり泣くから。

 多分10秒以内に。

 わたしを泣かせて、平気?」

 わたしがそう言うと、ダイは少し焦ったように、小さく息を吸い込んだ。

 半分は冗談だけど、やはり小さくても男だ。

 女の涙には、少なからず動揺するのだろう。

 

「…ほら、そんな顔しない。

 大丈夫よ、泣かないわ。

 てゆーか、彼らを死地に赴かせたのはわたしの判断だから。

 あなた方が責任を感じる必要はない。

 リスクが生じるならば、それはわたしが背負う。

 あなたがどうしてもって言うなら、わたしが戻るわ」

 言いながら、彼と合わせていた目線を外し、立ち上がる。

 

「グエン!?」

「必ずヒュンケルを連れて、追いかけるから。

 …知り合ったばかりだから全面的には無理でも、クロコダインやヒュンケルの半分でいいから、わたしの事も、信じて?」

 わたしが言うと、じっとわたしを見つめていたダイが、ようやく微笑んで、頷いた。

 

「わかったよ…グエン。

 今はレオナを一刻も早く助けることが、おれたちの仕事なんだね…!!」

 彼の言葉に、全員が頷く。

 ようやく方針が固まったところで、わたしはマァムに向き直った。

 

「ごめんね、マァム。

 あなたに辛い決断をさせてしまって。

 本当は、わたしが言い出さなきゃいけなかったのに」

 さっきの感じでわかってしまった。

 この子は本来、とても優しい気性の持ち主なのだと。

 ヒュンケルのいる方に、一番駆け出したかったのは、彼女だったろう。

 それを押しとどめて先へ進めと言葉にしたのは、とても辛い決断だった筈だ。

 わたしの言葉に、マァムの強い瞳が揺れた。

 

「グエンさん…!」

「グエンでいいわ。後でまた会いましょう!」

「……ええ、グエン!また後で!」

 マァムの表情がようやく緩む。

 この子は笑っている方が魅力的だ。

 それに彼女の微笑みには、ひとを安心させる何かがある。

 …けど、安心してばかりもいられないか。

 

「あ、あと。

 今、中央塔にフレイザードは居ないわ」

「えっ!?」

 念の為インパスを唱えて、三角窓で中央塔を覗きながら、わたしが置き土産よろしく言うと、勇者が驚きの声をあげた。

 

「逃げたとは考えられないから、塔の手前か、途中の道のどこかに隠れて、あなた方を待ち伏せしてるかも。

 気をつけて!」

 言いながら駆け出し、後ろに向かって手を振る。

 

「よし行こう!!中央塔は目の前だっ!!!」

 後ろから勇者の声が聞こえた。

 

 さあ若き力よ、真っ直ぐに前に進め。

 そこを阻む枝葉を払うのは、大人の役目だ。

 

 ☆☆☆

 

「な…なんだ…この巨大な亀裂は…!!?

 これが、グランドクルスとやらの威力か…!!?

 なんというすさまじい技だ…!!!」

 配下のモンスターの死体の中から這い上がって、ひとり周囲を見渡した魔軍司令ハドラーは、目の前に広がる光景に背筋が寒くなるのを感じた。

 地面に走った巨大な十字形の亀裂は、見下ろしても底が見えないほど深い。

 …もはや剣を振るう力すら出せないヒュンケルに、彼は己の勝利を確信していた。

 それでもまだ立ち上がり、剣を兜におさめたヒュンケルの額に、闘気が集中した。

 そのエネルギーがどんどん大きくなって、その危険に気がついた時には遅かった。

 咄嗟に配下のモンスター達を盾にしてやり過ごしたが、直撃していたらどうなっていたことか。

 ハッと気がついてハドラーは、その技を放った男の姿を探す。

 それは、先ほどその大技を放った時と寸分違わぬ場所に見つけた。

 跪くような格好で、ただじっとその場に佇んでいるようだ。

 ハドラーは瞬間身を竦ませ、ヒュンケルの次の動きを警戒する。だが、

 

「…そうか」

 その場に座したまま動かぬヒュンケルの姿に、彼は事態を察する。

 

「そうだったのか…グランドクルスはまだ、未完成の技だったのだ…!!

 そのためヒュンケルの全闘気を、無尽蔵に放出してしまったわけだ…!!

 今あそこにいるのは、魂を失った、抜け殻のようなもの…!!」

 相手がもはやなんの反撃もできぬ状態であると知り、ハドラーが高笑いする。

 先ほどまであれほどに自分を追い詰めた男の抜け殻の背後に簡単にまわって、拳から戦闘用の爪を出して、その首を落とすべく構える。

 

「あの世でせいぜい歯ぎしりするがいい!!

 貴様の仲間や、アバン…バルトスとな…!!」

 …師と父の名を聞いたその抜け殻が、一瞬だけ反応したのにハドラーは気付かなかった。

 

「最後だッ!!死ねェッ!!!ヒュンケル──ッ!!!!」

 元魔王の、地獄の爪が振り下ろされた。

 

 ☆☆☆

 

 わたしがそこにたどり着いた時、それはまさに勝負が決する瞬間だった。

 跪くヒュンケルの背後から襲いかかろうとしていた、大きな身体の魔族…恐らくはこれが魔軍司令ハドラーだろう…の胸を、兜に装着したままの剣が刺し貫く。

 その身体が崩折れると同時に、それを貫く剣が外れ、兜が落ちて、ヒュンケルの無駄に綺麗な顔が顕れる。

 

「ヒュンケルッ!!」

 彼の剣を胸に刺したまま仰向けに横たわる魔族の死体が気にはなったけど、それに構っちゃいられず、わたしはヒュンケルに駆け寄った。

 見れば、どれだけすさまじい戦いが繰り広げられていたのか、ほぼ荒野と化した彼らの周囲には、数多のモンスターの死体が転がり、また地面には十字形の深い亀裂が走っている。

 気を失っているらしいヒュンケルの身体の状態を確認する。

 どうやら全身に火傷をしているようだが、それよりも体力が枯渇しているのが気になる。

 正直、これでどうやって生きてるんだとすら思うくらいの消耗っぷりだ。

 だがめんどくさい負傷ではなさそうなので、ベホマで治療と体力の回復を同時に行なっても問題なさそうだ。

 

「…ごめんなさいね。もう少しだけ頑張って」

 本当ならこのまま休ませてやりたいところだが、ここはまだ戦場であり、彼の力はこの後こそ必要になる。

 それにわたしは、彼を連れていくと、あの子達に約束した。

 ヒュンケルの頬に掌を当てて、ベホマを唱えようとして…瞬間、背後に感じた禍々しい気配に、背筋に氷を入れられたような感覚が走った。

 振り返ると、本当にすぐそば、ハドラーの死体の真横に、さっきの炎の塔のところにいた、衣のモンスターが立っていた。

 

 …いや、違う。

 こいつは「衣のモンスター」なんかじゃない。

 

 さっきはこいつを、あの鎧と同じタイプのモンスターだとばかり思っていたけれど、そばに立たれるとその気配は、明らかに異質だった。

 そして奇妙なことにそれは、ヒュンケルと初めて会った時、彼の身体の奥に僅かに感じたものと、同一のものだった。

 あの時感じた禍々しい気配、それがより濃く、より大きくなったもの。

 それがこんなにそばまで近づくまで、存在に気付かなかったなんて。

 あまりにも濃い瘴気に、心臓の動きがおかしくなるのを感じた。

 呼吸も荒くなる。全身を冷たい汗が濡らす。

 思わずヒュンケルの頭を抱きしめたのは、彼を庇おうというよりも、恐怖のあまり何かに縋りたいという、本能的な動きにすぎなかった。

 …だが、『それ』はわたし達に目もくれず、ハドラーの身体に突き刺さる剣を握ると、無造作にそれを抜き、やはり無造作に、地面にそれを投げ捨てた。

 それから、前に突き出された手から、糸のような光が発せられたかと思うと、それがハドラーの大きな身体を、その重さなどないかのように宙に持ち上げる。

 次にその光が消えた時には、ハドラーの身体は『それ』の腕の中に収まっていた。

 一瞬だけ、『それ』の意識が、わたしに向いた気がしたが、わたしがそれに怯むより先に、その姿は一瞬にして、その場からかき消えた。

 

「…ウッ……!」

 しばらく呆然とそのまま硬直していたわたしだったが、自分の腕の中から発せられた小さな呻き声に我に返る。

 

「ヒュンケル!?」

「……グエン?………っ!!?」

 ヒュンケルは顔を上げてわたしを確認して、何故かその瞬間、驚いたように目を見開いた。

 それから慌ててわたしから身体を離し、なんだか気まずそうに目を逸らす。なんでだ?

 

「ちょっと、動かないで。

 ベホマをかけるから、少しじっとしてなさい」

 若干突き飛ばすように離れられたのが不愉快で、少し本気で文句を言う。

 

「す、すまない……っ!?ハドラーは!?」

「大丈夫。あなたが倒した。

 …けど、死体は何故か、彼らの仲間の、衣のモンスターみたいのが連れていったわ。」

 ベホマを施しながらわたしが答えると、少し考えてから、ヒュンケルが言う。

 

「衣……ミストバーンか。

 それは恐らく、魔影軍団の軍団長だ」

「軍団長?どおりで…」

 あの者から感じた禍々しい気配。

 その残滓が感覚として肌に残っていて、わたしはまた身を震わせた。

 

「そうか…奴が来ていたのか。

 あなたには、また助けられた。感謝する」

 ベホマでの治療が終わり、わたしが手を離すと、ヒュンケルは立ち上がり、地面に落ちた剣を拾う。

 

「水臭い事言わないの。

 わたしはあなたを、友達だと思っていてよ?

 あなただけでなく、ダイも、ポップも、マァムも、そして勿論クロコダインもね。

 あなたや彼らがどう思っていても、わたしはそう決めた。

 そのかけがえのない友の為に、できることをする。

 当然でしょう?」

 わたしがそう答えると、ヒュンケルは真顔でわたしを見つめた。

 それから、頷いてフッと笑う。

 

「わかった。

 ならばその友情に、オレもオレのできる事で応えよう。

 そして、オレにできるのは戦う事だけだ。

 行こう、グエン。

 友が、戦場でオレ達を待っている」

「ええ!」

 差し伸べられた手を、躊躇なく取る。

 なにも隠す事ない心のまま、真っ直ぐに駆け出す。

 目指すは、わたし達を信じて待つ、友がいる戦場。




ほらな。
まだフレイザード戦始まらなかったろ。

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