DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
少なくともあと2話くらい、この夜だけで使う気がします。
打倒大魔王作戦基地に激震が走る。
何故ならばここはカール王国であり、魔王軍超竜軍団に滅ぼされたその国の女王が、まずは生き残りを集めて密かに組織した反乱軍の基地だからだ。
かの国は屈強な騎士団を抱え、前魔王戦では世界の中心となって戦った上に、その魔王を倒した勇者までもを排出した国だ。
だからこそそのかつての魔王ハドラーに、バランの足止めとして利用される形になり、結果魔王軍最強の軍を相手にすることとなって、当然のように敗走させられた。
生き残りの騎士たちの中には、それを指揮していたバランの顔を、見覚えている者がいてもおかしくはない。
そして恐らく今声を発したのは、原作でバランと一騎討ちして敗れた騎士団長の弟なのだろう。
そういえばヒュンケルさんのシーンに出てきていた筈。顔覚えてないけど。
「バ…バラン……?」
ポップが少し戸惑ったように呼びかけるのは、多分彼の知るそのひととは、身にまとう空気がまったく違うせいだろう。
そのそばでダイが目をまん丸に
「では、あなたが竜騎将バラン…!
魔王軍超竜軍団の、軍団長だった男なのですか?」
と、厳しい瞳でこちらを見据え、かの国の女王が問うのに、あたしは思わずバランの前に立った。
…あたしのちんまい身体で、背の高いがっしり体型のバランを、隠せるわけがないことくらいわかってる。
それが証拠にあたしの頭のはるか上の方で、その二つの視線が絡み合い、バランは穏やかに口を開いた。
「…その通りだ。貴女は?」
問いながら、バランはそばに立つあたしをひょいと抱き上げ、いつの間にか近くに来ていたロン先生の手に渡す。
受け取られたあたしは軽く暴れたが、先生はまるで意に介さず、あたしの身体を荷物のように抱え直した。
あたしの扱いが明らかにおかしい件!
あと兄!なんかちょっとかわいそうなものを見るような目をするな!!泣くぞこのやろう。
「……私の名は、フローラと申します。
あなたに滅ぼされたカール王国の、国王です」
恐らくは最初から推測していたであろう、その凄い美人さんの名乗りに、バランは騎士の誓の如く跪く。
その名を聞いて、後に続く言葉を理解したのだろう。
フローラ女王はそれを見下ろし、感情の伴わない声で、言葉を続けた。
「先ほど彼が言った通り、我がカール騎士団の団長を務めていた彼の兄は、あなたとの一騎打ちで討たれました。
…それでもあなたに敗れた騎士団長は、まだいい方だったでしょう。
大多数の兵たちは、あなたの放ったドラゴンの群れに、その命も名誉も蹂躙されたのですから」
…いや、違う。
声には確かに感情は顕れていないが、その握りしめた白い手が、微かに震えているのがよく見えた。
…その手の方が彼女の顔よりも、あたしの視点に近い位置にあったからというわけではない。
断じて違う。
その震える手が、腰に提げていたものを引き抜いて手に取った。
一瞬剣を抜いたかと思い身構えたが、それはどうやら、意匠の施された
刀身は…無い。
「……私の弟も、私を助けるために、私たちの前に立ち塞がったドラゴンを道連れにして…最後に手にしていたこの短剣のみを残して、自己犠牲呪文でその命を散らせました」
…フローラ女王に弟がいたなんて初耳だ。
そんな話、少なくとも原作には無かったと思う。
自分自身のことを棚に上げてぼんやりそんな事を考えていると、勝手に展開した『みる』が、その剣の
…けど、その情報を整理する間もなく、跪いたままのバランを庇うように、駆け寄ってきたダイがその前に立った。
「待って…待ってよ!
この人は、もう悪者じゃない……!
死にそうだったおれを、この人が助けてくれたんだ…!!」
戸惑いながらもそう訴える声が、震えていた。
「ディーノ……?」
息子の小さな背中を、少し見上げる形になったまま、バランが目を
それを振り返って、ダイがその目を見つめた。
「ちゃんと覚えてる…気が遠くなる寸前…あんたの声が聞こえた。
…命を全てやるから生きてくれ、って。
それから、あんたの心が、おれの中に入ってきた。
目が覚めたときは、自分のものじゃない記憶とか、いろいろ混じってて混乱したけど、今はもう全部整理されて、おれの中に息づいてる。
中には理解できない感情もあったけど、赤ちゃんのおれを寝かしつけられずに泣かせて母さんに怒られてシュンとしたとか、けどかわりにおれを抱っこした母さんの優しい顔を見て自分も笑顔になってたとか、母さんと出会って徐々に仲良くなってく過程での、割とどこにもやり場のないモヤモヤした感覚とか、やっと結ばれた瞬間の気持ちの昂りとか、終わった後のちょっと後悔の混じった達成感とか、これ、全部あんたの記憶だよね!?」
「いや後半は忘れろっ!!!!」
【悲報】勇者ダイ、動揺のあまり父親の遅くに訪れた青春の日々の、赤裸々な感情を暴露する。
てゆーか、ダイを助ける為に必死だったとはいえ、紋章どころか自分の記憶まで全部注ぎ込んじゃったとか迂闊すぎませんこと?
ああもうバラン様半泣きじゃないですかやだー。
このままだとバランのメンタルが御臨終の危機なので、先生に軽く合図して腕から下ろしてもらい、2人に駆け寄った。
「…ダイは、彼に助けられた事、知ってたんだね」
「うん。最後に、リリィにも謝ってたよ。
必ず戻るって言ったのに済まないって。
だから……だから、てっきりっ……!!」
それ以上の言葉は、口に出せないようだった。
言ってしまえば、目の前の光景が掻き消えてしまう気すらしているんだろう。
けど、そのダイにあたしは、避けて通るわけにはいかないだろう、残酷な事実を告げる。
「…生きてるとも、いっぺん死んだとも言えるけどね。
今までの彼と、おんなじ存在ではないから」
あたしの言葉に、ダイの大きな瞳が、不安に揺れるのがわかった。
「それって、どういう……」
「
そして、その力でダイ…あなたは今、生きてる。
だから、ここに居るのは
「言い方!!!」
あたしが言うのにポップがつっこむのが聞こえたがそこは無視した。
「…おまえ、村じゃ『魔王』のほかに、最近は『毒針』って呼ばれてるからな。
多分そういうところだぞ、言っとくが」
更にロン先生の声が、呆れたように呟く。
てゆーか、誰だそんな事言うのは。
とりあえず村に帰ったらソイツ絞めよう。
「いいよ……なんでも」
よくない。
タイミング的に思わずそう言いかけて、慌てて口を閉じる。
俯いたまま呟くダイの声は、どう考えてもあたしの心の声に対してのものじゃなかったからだ。
「
生きててくれた…それだけで、もういいんだ。
……………父、さん」
………キタ──────────!!!!
…コホン。失礼、取り乱した。
原作でバランと死に別れたダイが、彼のことをようやく『父さん』と呼べたのは、バランが死んでしまってからだ。
その後、夢の中や魂の会話では父さん呼びをしているものの、生きたバランにその呼び声は、終ぞ耳に届かなかった。
…それは、やはり悲しいことだと思うのだ。
死んでから素直になるなんて遅すぎる。
そして、バランは力を失ったものの生きている。
生きてさえいれば、手を伸ばせば触れられるし、声をかければ耳に届く。
そして元々ダイは真っ直ぐで、素直な子なのだ。
「ディーノ…い、いや、ダイ……!」
「父さんっ……!!」
涙を浮かべて抱きついてくる息子を抱き返しながら、バランの瞳も潤んでいた。
……………ややあって。
「…息子が話の腰を折ってしまい、申し訳ない。
だが、お時間をいただいたおかげで、心残りは無くなった。
…フローラ女王、貴女の裁きに私は従おう」
バランは一度立ち上がり、再びフローラ女王へと視線を戻して…先ほどよりも穏やかな口調で、言った。
「父さん!」
「ダイ、控えろ。…これは必要なことなのだ。
私は魔王軍に加担し、この国を滅ぼした。
私自身は、正しいと信じて行なっているつもりだったが、そこに負の感情が無かったとは言えない」
バランはそう言って、ダイの頭に大きな手を置く。
ダイは一瞬そこで固まったが、すぐに泣きそうな目で、首を横に振った。
その目を覗き込んで、バランもまた、どこか切ない表情を浮かべる。
その2人に向かって、フローラ女王は、先ほどと同じように、感情を圧し殺した声を発した。
「…カール王国だけではありません。
そちらにはリンガイア王国の将軍と、その子息も居ます。
彼らもまた部下を、友を、仲間を、あの戦いで亡くしています」
示されて、バウスン将軍はハッと息を呑み、ノヴァは居た堪れないような顔で視線を逸らした。
ダイの為に感情を抑えていてくれているのだと思うが、それもノヴァにしてみれば、かなりの忍耐力を駆使しての事の筈だ。
息子が敢えて何も言わずにいるのを暫し見ていたバウスン将軍は、その視線を未だ跪いたままのバランに向け、更にフローラ女王へと移した。
「…国は違えど、我々は同じ痛みを持つ同士です。
フローラ様の御決断に従います」
「…ありがとう」
ふわりと優しげに微笑んだ顔が、次の瞬間には再び厳しいものに戻る。
「……あの、その前に失礼いたします。
ちょっといいでしょうか?
あたしはランカークス村の武器屋の娘で、魔法使いポップの妹の、リリィと申します」
そしてその瞬間、あたしは考えるより先に挙手していた。
「おまえな。少しは空気読め。
……すまんな、うちの馬鹿弟子が…」
そう言ってあたしの肩を掴もうとするロン先生の手をはたく。
失礼な。これ以上なく読んでるからこそ、ここで発言しているというのに。
「いいえ、しっかりしたお嬢さんね。
構いません。なんでしょう?」
先ほどまでとは一転した、優しい声をかけてくれるきれいなおねえさんの、手の中にあるものを示しながら、あたしは言った。
「それ、見せていただいちゃダメですか?
少し、気になることがあるのですけど」
「これ?……単なる折れたナイフよ?
一応、我が王家に伝わる家宝『だったもの』だけれど」
訝しげに目を
「…そのようですね。
【折れた宝剣】。元は【カールの守り刀】。
本来の持ち主はカール王弟【セージュ】」
「ばっ…馬鹿!止せ、リリィ!!」
「妾腹である彼が生まれた時、本人の身元を証明する為に、前カール国王から賜った品…で、お間違いないでしょうか」
先生が止めるのも構わず頭の中のオッサンの言葉を復唱するあたしに、目の前のカール女王はハッとしたような表情を浮かべた。
…正直、あたしの能力をひけらかすこの行為は、一国の王である彼女の前では、避けなければならない事だと、理解はしてる。
…けど、伝えないといけないと思った。
この折れた短剣が伝えてくる情報が、バランの所業を無かったことにするわけではないにしろ、伝える伝えないでその感情の行き所は確実に違うだろう。
…裁く側だって、人間だから。
「…かつては、王家の方の手にある間は、その身を守ると同時に僅かながら力を与える宝剣だったものですが、彼が
……ってわけでその持ち主の方、生きてらっしゃるみたいですよ?
この剣自身はもう剣として生きておらず、彼との繋がりが切れてしまっているので、ここからはその先が追えませんが、少なくともその時に亡くなってはいない筈です」
あたしの言葉に、周囲を取り巻くひとたちの騒めきが伝播する。
…多分だけど、アバン様の時と同じ事が起きたんじゃないかと思う。
アバン様の命を救ったアイテムも確か、出所はカール王家だったし。
メガンテによる爆発の威力で、誰もいないところへすっ飛ばされたか。
戻ってこない理由まではわからないけど。
それにしても、そっか。
妾腹ってことは弟さんっても異母弟なんだ。
だからこの人が『女王』なのだろうし。
「……生きて、いる?セージュ……が?」
あたしから剣の柄を返却されて、フローラ女王は呆然と受け取る。
「ああ……神よ、感謝いたします!!」
それを胸に抱きしめて、跪いたフローラ女王の目に、薄らと涙が滲んでいた。
・
・
・
「…バラン。勇者ダイに免じて私は、これ以上の事は申し上げません。
ですがあなた自身には、覚えていていただきたいのです。
…己の為した事を、片時も、忘れる事なく。
それが私たちの、あなたに対する罰であると、理解してください」
「……御意」
バランは、その美しい人に向けて、深く頭を下げた。
「…フローラ様の決めた事だ。
カール王国の騎士として、おれも従う。
……けど、せめて。
せめて兄の魂に、謝罪してくれ!
一言でいい、悪かったと…!!」
言って進み出てきた若い騎士は、先ほどの『騎士団長の弟』だった。
バランはその青年を見つめ…それから、首を横に振る。
「………いや。その事だけは、私は謝らぬ」
「なっ……なんだとぉっ!!?」
その言葉は、青年を激昂させるに充分だった。
顔に血を上らせて、バランにつかみかかろうとするのを、他の騎士たちに抑えられている。
「くっ…どこまで、兄さんを侮辱すれば……!!」
「…君にしてみれば業腹だろう。
最初から、許されようとは思っていない。
だがそれは、あの男が本当に強かったからだ」
バランが淡々と発するその言葉に、青年は動きを止めた。
その目を真っ直ぐに見返して、バランが続ける。
「彼と私が戦場で出会い、戦った。
その結果として彼が死んだ事を、それでも間違いにしたくはない。
あの男を、間違いで死んだ間抜けにするわけにはいかない。
だから……謝るわけにはいかぬのだ」
バランが言うのを聞き、青年は大きく目を瞠いた。
「…唯一、悔やむことがあるとすれば…あの時の私に、魔王軍の軍団長として背負うものさえなければ、純粋に剣技のみであの男と、勝負を決したかった。
人間に憎しみを抱いていたあの時の私にすら、そう思わせるほどに強かったのだ。
……ホルキンスと名乗った、あの騎士は」
…瞬間、その騎士の弟だという青年は、仲間たちに抑えられていた身体から、完全に力を抜いてその場に崩折れた。
バランと戦って敗れたその騎士団長の名を、この場では誰も口にはしていなかった筈だ。
恐らくは戦場で相対した時に名乗りあげたのであろうその名を、バランは覚えていた。
それはバランが彼を、少なくともその強さを、認めていたからに他ならない。
「…っ、うううっ………うああぁああっ!!!!!」
青年も、その事に気が付いたのだろう。
嗚咽を漏らし、崩折れた彼を、仲間の騎士たちが立ち上がらせて、奥の部屋へと連れていく。
あたし達はそれを、見送ることしかできなかった。
…憎しみは、すぐには消えない。
戦いで死んだ者は、戻ってはこない。
そして復讐は、更なる連鎖を呼ぶ。
その事を、今バランは切実に感じているだろう。
それでも、自身に立ち向かって命を落としたその騎士の名を、バランが覚えていた事が、その弟の心に何か響くものを残したと、この反応から信じるしか……ない。
・・・
「フローラ女王。
ひとつ、お願いしたい事があります」
「…なにかしら?」
「テラン王に、紹介状を書いていただけないでしょうか?
このひとの身柄を、テランに預けたいのです」
「それは…何故?」
「彼は、あたしが止めるのも聞かずにここに付いてきてまで、貴女に謝りたかったみたいですから、それができるならテラン王に土下座くらいもっと簡単にできると思いまして。
勇者ダイとの戦いで、死者は出さなかったものの、あちらにも国土を荒らして迷惑かけましたし」
「…テラン王が許すかどうかは、わからないわよ?」
「はい。
ですから、貴女が下した裁きについても、その紹介状にしたためていただければ、と」
「…わかったわ。大魔王を倒してこいと言われるより、よほどお安い御用よ」
☆☆☆
「…まったく、おまえという奴は。
権力のある人間の前で能力を使うのは危険だと、あれほど言ったのに…!」
フローラ女王にその場でしたためてもらった書状をバランに預けると、その後ろで先生が、グチグチと文句を言い始めた。
「でも、とりあえずはそれで、丸く収まったでしょう?」
あたしが言い返すと、それでも何か言いたそうに睨まれる。
その間に入って、バランが済まなそうに、あたしに目を向けた。
「…そうか。私の為に、なのだな。
もしこの件で君の自由が奪われるような事になるならば…」
「そんな事はさせん」
言いかけたバランの言葉を、先生がぴしゃりと封じる。
「安心しろ。いざとなったらジャンクに殴られる覚悟で、オレがどこまでも連れて逃げてやる」
「逆にこれっぽっちも安心できませんからね!?
どこまでもって、それ絶対、魔界も選択肢に入ってますよね!!?」
うちの先生の冗談は、割と笑えない。