DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「遅い。待ちくたびれた」
時空扉を開くと、見慣れた先生の小屋の中で、腕組みをして椅子に腰掛けたラーハルトが、開口一番にこう言った。
「…あたしは、『一緒に来い』と言ったんだけどね。
なんでアンタがここにいて、バラン様がこっちに来てんの。逆だから」
「そうだな。だがバラン様が待てと言った。
どちらの命令を聞くかは言わずと知れたこと」
いや、『待て』って犬かよ…と、とりあえずつっこみかけてやめる。
コイツにしてみれば当然の話なのだろう。
…けど、バランが彼に求めてる距離感はこれじゃない筈で、そこは後々矯正していかなければならないと思うんだけども。
「はいはい。いい子でお留守番ありがとね〜。
じゃ次、こっちおいで〜」
「オレは犬か!」
…どうやら考えていることが態度に出てしまっていたようだ。
だが一言つっこみはしたものの、ラーハルトはそれ以上逆らわずに椅子から立ち上がると、傍に置いていた魔槍を手に、扉のこちら側へと歩いてきた。
その姿に基地の皆さんがちょっと身構え、ポップが一瞬、明らかに『あれ、こいつ見たことあんな。誰だっけ?』みたいな顔した。
それから、ハッとして指差しながら叫ぶ。
「…陸戦騎ラーハルト!?
お、おまえ生きてたのかよ!!」
「…その表現は違うな。
オレは一度、確かに死んだ…」
…つか、コイツもバランの部下で、この流れでこのまんまコイツに喋らせると割とめんどくさくなる気がして、あたしは簡単に皆にラーハルトを紹介した。
それから、ポップの質問に答える。
「生き返った過程はポップとおんなじだよ。
彼も、バラン様に助けられたの。
…もっとも、強い精神力の持ち主じゃないと無理だって話だし、今日の日中まで寝こけてたコイツと違って、すぐに生き返ってきたポップの勝ちだから♪」
「なんの勝負なんだ、それは…」
「さっきも言った通り、バラン様は全ての力をダイに渡してしまったから、以前のようには戦えない。
だから、代わりの戦力として、彼を連れてきたの。
性格は控えめに言ってかなりめんどくさいけど、頼りにはなる筈だから」
あたしがない胸を張って(ってやかましいわ) 言うのに、ラーハルトがジト目で睨んでくるのは徹底的に無視する。
「控えめでも『かなり』なのね…」
「…つっこんだら負けよ、マァム」
そして端の方でマァムとレオナ姫もなんか言ってるし。
「この子は魔族と人間の混血児で、私が育てた一流の戦士だ。
大魔王を相手に充分とは言えぬかも知れないが、私の代わりに戦ってくれると言ってくれた。
…ダイよ。
今よりこの男を、兄とも思って頼るがいい」
そしてバランがどさくさに紛れて距離を詰めようとするのに対し、ラーハルトはあっさりと訂正する。
「オレはあなた方の部下です、バラン様。
……ディーノ様もどうぞ、そのように。
さあ、ご命じください、ディーノ様。
『共に戦い、大魔王バーンを討て』と」
そう言って跪こうとするラーハルトを、やはり犬っぽいなと思っていたら、ダイがちょっと困ったように、言った。
「…ダイって、呼んでくれないかな」
「……えっ!?」
一瞬何を言われたのかわからなかったのだろう、ラーハルトが目を瞬かせる。
その、自分より遥かに上にある青い目を見上げながら、ダイは指先で頬を掻いた。
「確かに、父さんと母さんがつけてくれた名前も、大事だと思う…けど、どうしても自分の名前として、しっくりこないんだ。
その名前をどう使うかは、全部終わった後で考えるからさ…今は、デルムリン島でじいちゃんに育てられて、アバン先生に教えを受けて、みんなと一緒に戦ってきた、ダイで居させてほしい……だめ、かな?」
そう言って、ダイはバランの方にも目を向ける。
一応、父親の気持ちも考えてくれたらしい。
ああでも、そうか。
バランが抱く、その名前に対する思い入れまでも、ダイは共有しちゃってるもんな。
…………ん?待って。
ダイにバランの記憶が同期されているとして。
ひょっとしてバランに目撃されてた、あたしとハドラーの別れ際のアレとか、ダイに知られてるとかいうことは……ない!?
んぎゃああぁぁ〜〜〜〜〜〜!!?
待って待って待って!
駄目無理マジで恥ずか死ぬ!!
あたしに今バギクロスが使えたら、『見るがいい!これが人生最後の真空○風衝だ!!』とか言って自分にぶち当てて消滅したいくらいのレベルで死ねる!!
お願い忘れてえぇぇ────っっ!!!!!
……ぜえはあぜえはあ。
い、いや落ち着け。考えても仕方ない。
今はそんな事こっちが忘れておこう。
あたしが脳内で若干のパニックを起こしている間に、ラーハルトは少し考えていたようだったが、それもすぐに自己解決したようで、次の瞬間にはあたしには絶対向けないメッチャ爽やかなイケメン顔で、微笑んだ。
「かしこまりました、勇者ダイ様!!」
「いや、様とかなくていいからさ…」
「……ダイ。
多分だけどコイツ、空気読まねえタイプだぞ…!」
ポップ、正解。
……バランとラーハルト、そしてダイの距離感の違いは、すれ違いながらも少しずつ矯正していく事になるだろう。
間違いなく将来的に、ラーハルトが折れる形で。
後は当事者同士でどうにか頑張りたまえ。
それはあたしの仕事ではない。
「待って。何故あなたがその槍を持っているの!?」
と、周囲で見守ってる皆様の間から、唐突にエイミさんが、厳しい表情で進み出てきた。
その視線の先は……ラーハルトだ。
「…こいつは元々、オレがグエナヴィアに預けていた物だ。
あいつが居ない今、オレがどう使おうと文句あるまい?」
「なんですって!?」
あからさまに敵意を向けられたラーハルトが、先ほどとは全く違う、冷たい目をエイミさんに向ける。
エイミさんもまた、噛みつきそうな勢いでラーハルトと向き合っており、お互いに『なんだこいつ』的な感情が、そこにありありと浮かんでいる。
あれ、なんか2人の間に火花散って、それが増幅してってる気がするんだけどこれ幻かな。
「…グエンの武器は、別に用意してる。
それも含めて、そろそろ持ってきたモンの説明をしたいんだが、いいか?」
呆れたようなロン先生の声が、そこから発生しかけた空気を弾き飛ばし、プチ真龍の闘いみたいのは一旦終了した。
いやなんだったんだ一体。
・・・
杖はポップに既に渡してあるので、斧と魔剣、そして棍をバランとラーハルトが荷車から下ろし、あたしは『魔甲拳』を、マァムのところに持っていった。
「これ、私の武器なの?」
「はい!
今回のラインナップの中でも、うちの先生が一番楽しんで作ったのがそれですので!!」
「余計なことは言わんでいい。
…そうだ、それがおまえさんの武器、『魔甲拳』だ。
利き腕じゃない方に着けておいた方が便利だぞ」
ロン先生にそう言われて、包みを解いたそれを、マァムは左腕に装着する。
それから台の上に置かれたまま、持ち主が居ない3つの包みそれぞれに目をやった。
「これが斧。こっちが魔剣…じゃあ、これがグエンの…?」
「ああ。『
あいつは槍よりも棍の方が相性がいい。
本人が居ないところで勝手に決めたが、槍の方は持ち主が戻ってきたからな。
あいつなりの覚悟を持って使ってたようだが、もうそれも必要ないだろう」
そう言ってロン先生がラーハルトに目を向けると、ラーハルトは無言で頷く。
「…では、この斧は重そうだから、ぼくの部下に持たせておきましょう!!」
そこへ、ちょこちょこと出てきたチウが、台の上から斧を重そうに持ち上げて、後ろに控えていたグリズリーに渡した。
よく見ればもっと後ろの方に、以前死の大地で助けたパピラスもいる。
あ、目が合った途端手(羽根?)振ってきた。
「じゃあ、魔剣と棍は私が…」
更にチウに倣うように、マァムが進み出てきて台の上に手を伸ばす、が。
「この棍は、私に渡させて!」
「オレに決まっているだろう。邪魔をするな!」
……そこに何故か、美人賢者と魔族の青年が割り込んできて、再び闘争が勃発した。
「大体、さっきからなんなの貴方!」
「それはこっちの台詞だ。
オレは、かつてはグエナヴィアと一緒に暮らしていた男だぞ!」
「なっ……!!で、でも、今は違うのでしょう?
昔の男がしゃしゃり出てきたところで…」
待てや。
とりあえずここまでくれば、さすがに何が起きてるかあたしにも理解できた。
いやエイミさん!あなた確か原作ではヒュンケルに惚れてた筈ですよね!?
なんでグエンさんに行ってんの!?
…暫し呆然とその場に立っていたあたしだったが、なんとか取りなそうとしてその度に弾き出されるバランと、困惑の
つかつかと台へと歩み寄り、2つを同時に両手に掴んで、開いたポーチに収納する。
全員が、信じられないものを見たショックに固まった。
「喧嘩する子は、どっちにもあげません!
『道具袋』に全部しまってあたしが預かります!!」
…よく考えたら、最初からこうしてあたしが全部持っていれば良かったんだ。
なんか頭痛を堪えるようにロン先生が額に指を当てて、あーとかうーとか言ってるが、多分二日酔いなんだと思うことにする。
「皆さん、食事の支度ができました!
……あら?何かあったんですか?」
そこに、白いエプロン姿のメルルが入ってきて、そこに流れたおかしな空気に首を傾げた。
てゆーか、多分この子も破邪の洞窟に潜ってた筈なのに、その後で食事の支度までしてたの!?
☆☆☆
皆さんの食事が終わり、メルルが食器を洗い始めたのを手伝って、2人でさっさと終わらせた後、あたしは少し気になる事があったので、基地の外に出た。
先生はフローラ女王と話をしており、恐らくは自身も明日の戦いに同行する申し出をしているのだろう。
…確か、ミストバーンとの因縁もあった筈だし。
けど正直、ラーハルトを連れてきた事で、先生が助っ人を申し出ない可能性に賭けていた。
例の剣、見せてもらっていないから、本当に完成しているのか分からないし。
完成していても、それが本当に先生の技に耐えられるのか、現時点では確証がない。
けど実際、ザボエラが例の『超魔ゾンビ』を出してきたら、恐らくは先生以外にあれを倒せる者は居ない。
「……リリィ?どこに行くんだ?」
考え事をしている背中に、呼びかけられて反射的に振り返る。
そこにいたのは、僅かに黒の混じった青銀色の長髪に、ダークグレーの瞳の青年…北の勇者ノヴァだった。
・・・
「だいぶ狙ったところに当たるようになってきたじゃないか。
というより、元々投擲に関して筋がいいから、投げる際にナイフを持つ手がブレさえしなければ、ほぼ完璧に的中させられると思うよ」
そして。
あたしはたまたま顔を合わせたノヴァに、ナイフ投げのコツを教えてもらっていた。
あたしがハドラーの幻影に向けて投げつけたやつは回転してしまっていたから、彼がフェンブレンに対して投げたものは真っ直ぐ飛んでいたのを、顔見た瞬間に思い出したのだ。
ノヴァはあたしの唐突な頼みに少し驚いていたが、快く引き受けてくれて、2、3のアドバイスとフォームの改善を試みただけで、刃の部分を前にして真っ直ぐ飛ぶようになった投げナイフは、投げるたびに命中精度を上げていった。
ヤバイ、あたしって天才かも。
いや違うな、これは教えるひとが有能なのだ。
調子に乗ってはいかんな。
「ありがとう。でも『ほぼ』じゃ足りないの。
これって基本的に不意打ちだから、確実に命中させないと、反撃される危険が大だよね?」
恐らくは、一撃で相手を無力化できる位置に、確実に命中させなければ意味がない。
例えば目。或いは喉。最低でも利き腕の腱。
「キミは戦いに出るわけじゃないんだから、そこまで完璧を目指さなくてもいいと思うけどな…。
というより、キミにあまり強くなられるとボクの立場が…いや、なんでもない」
「甘い。オーザムの黄色いお菓子くらい甘い。
そう言ってあたしが何回、勇者パーティーの戦闘に巻き込まれたと思う?」
あらゆる事態を想定してそれに備える。
何度もシミュレーションを繰り返して、いざその時が来た時に、そう動けるようにする。
それは、あたし達弱者の戦いにこそ必要な、戦闘の初歩的な理念。
….最近のあたしは、そこのところの認識が甘くなってたんだと思う。
反省し、そして次に生かさなければ…!
「とりあえず、この大きさのナイフは慣れてきたけど、もっと大きいものの命中精度もしっかり上げとかないと。
本当に必要な時に、投げナイフが残ってるとは限らないからね!
いざとなったら隣で戦ってるやつの剣借りて投げつけるとかも、できるようにしとかなきゃ!」
あたしが鼻息荒くそう言うと、ノヴァはちょっと嫌そうに溜息をついた。
「……オーザムの黄色いお菓子は知らないが、キミのお兄さんの杖をダメにした事は、充分反省している…」
そういうつもりで言ったわけではないのだが、確かにあの杖は勿体なかった。
『本人に言って』ととりあえず返してやると、ノヴァは少し困ったように肩を竦めた。
まあ、彼はポップとは、あんまり相性良さそうじゃないからな。
「…キミは、実家の武器屋を継ぐそうだな」
…と、なぜか唐突に話題を変えられ、あたしはノヴァのダークグレーの瞳を見上げた。
「ん?…うんまあ、そうなるね。
ポップは継がないだろうから。
あたしの方が多分、商売に向いてると思うし」
質問に答えると、ノヴァはなぜかひどく真剣な表情で、言いにくそうに問うてくる。
「……もし、だけど。
将来結婚したい相手が、やはり家を継がなければならない状況だったら、どうするつもりなんだ?」
「どうするとか、ないと思うよ?
そもそも、そんな相手は選ばないから」
「え?で、でも、本気で好きになった相手がそうだったら」
「結婚と恋愛は関係ないから。
あたしは、恋愛結婚は諦めてるし」
一番好きなひとは、どうあっても結ばれ得ないひとだった。
考えると胸が痛むが……どうしようもない。
「……なんか、冷めてるな。
キミくらいの年齢なら、もっと恋愛や結婚に、夢を見るものなんじゃないのかい?」
「…そういう子の方が多いんじゃない?
うちの村、女の子少ないからよくわからないけど。
道具屋のミオはまだ6歳だけど、王子様が迎えにきてくれるの待ってるんだって言ってたし。」
ちなみに我が国の王子はすでに成人して結婚もしてますけどね。
出回ってる絵姿は割と強面のワイルド系。
多分、子供が見たら泣く。
多分だが目の前にいるこの青年の方が、ミオの言う王子様のイメージにより近いだろう。
王子様じゃなく勇者様だけどな。
子供にしてみれば大して違いはなかろう。
「まあ、相手のことを好きになれればそれに越したことないし、なら条件の合うひとを見つけて、結婚してから好きになればいいかなーって」
軽く言いながらも、やはり胸が痛むのを感じることに、自分で少し驚いた。
あたしは今後、誰かを好きになる事ができるんだろうか?
ハドラーへの想いを、少女時代の初恋の思い出として、いつか甘苦く思い出す事が、あたしにできるんだろうか?
「……条件、か。
参考までにそれを聞かせてもらってもいいかな?」
あたしが心の片隅でそんな事を考えていると、ノヴァは少し考えてから、そんな事を訊いてきた。
何の参考だと思わなくもなかったが、まあ言っても問題はないのでそれに答える。
「とりあえず、これだけは譲れないのが、うちに婿に入ってくれるひと。
あとは、できればだけど鍛冶師の腕があるひとか、でなければ父に弟子入りしてくれるひと。
商売のほうはあたしが管理できるし、父がつくったものを売る両親のスタイルを、できれば継承したいからね。
まあそれが無理なら商売の才があるひとがいい。
そうそう、いずれは子供も生みたいから、ある程度年齢の近いひとの方がいいかも」
こう並べると、結構条件厳しいな!
思わず心の中で自分にツッコミを入れていると、それを聞いてしばらく俯き、黙っていたノヴァは、やがて顔を上げると、真正面から唐突にあたしの両肩を掴んだ。
「……わかった。父を説得して、それが済んだらすぐに、キミの父上に弟子入りしよう」
「……………は?」
何を言っているんだろう、この男は。
「勿論、決めるのはすぐじゃなくてもいい。
ただ、覚えていてくれないかな。
ボクはキミの為なら、世界一の鍛冶師にだってなるつもりだ。
キミと年齢的にも釣り合う。
キミを得る為なら、ボクは何にだってなれる。
だから…キミの選択肢に、ボクも入れておいて欲しい」
……正面から真剣な、真っ直ぐな視線で見つめられて、ここまで言われて気付かないほど、あたしは鈍感じゃなかった。