DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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19・それぞれの決戦前夜2

 …少し前のあたしならば、考えるまでもなく頷いたと思う。

 そもそも、ノヴァがあたしを好いてくれているのは、何となくだが判っていた。

 実家の武器屋を継ぐつもりでいるあたしにとって、婿に入ってくれさえすれば、ノヴァは確かに、これ以上ない好条件の相手だ。

 原作通り話が進めば、ノヴァは自分の為に両腕の機能を失ったロン・ベルクを支えるべく、彼の弟子となる。

 この時空では、ロン先生の弟子は既にあたしが居るからそうはならないだろうけど、先生だろうが父だろうが、武器職人を目指す流れは変わらないわけで。

 つまり、ちゃんとした修行さえ積めば、彼はあたしと違い、その素質があるということなのだから。けど。

 

「………ごめん。ちょっと考えさせて」

 あたしが口にしたのはそんな言葉だった。

 なんというか、あたしと彼の想いの温度が、あまりにも違い過ぎる。

 最初は承知の上で共に暮らしていても、次第にこの温度差は軋轢になる筈だ。

 同じ想いを返せない以上、あたしでは彼を幸せにはできない。

 ……ん?

 どうして、同じ想いを返せないと思うんだろう。

 結婚してから好きになる事だってできると、今までずっと、そう思っていた筈なのに。

 …けど、それは自分の心に、誰も住んでいない場合の話だ。

 今のケースは、きっと、違う。

 

「勿論。じっくり考えて、結論を出してくれ。

 考える余地があるということは、まったくの脈なしではないという事だからね。

 キミが今後、ボクの事だけを考える時間を得られたんだから、今日の告白は一応成功と思っておくよ」

 だがあたしの答えに、ノヴァはにっこりと微笑んでそう返してきた。

 なんじゃそりゃ。

 

 ☆☆☆

 

 部屋まで送ると言うノヴァに、少し1人になりたいからと断って、森の道を歩く。

 枝の間から月が見えた時、あたしは立ち止まり、ようやく口を開いた。

 

「…で?いつになったら出てくる気?」

「……気がついていたのですね。私がいる事に」

 草生えを踏む事なく、地面から少しだけ浮いた状態で、月の光をその身に映しながら姿を現したのは、あたしとそう大きさの変わらない、オリハルコンの少女だった。

 ──女王(クイーン)・アルビナス。

 …実のところ、メルルと皿洗いをしている間、勝手に展開していた『タカの目』が、ずっとこの子の気配を捉えていた。

 

「…そもそも、隠れて様子を窺ってたというより、話しかけるタイミングが掴めなくて困ってたんでしょ?

 あたしに用があるんだよね?

 ……まあ、十中八九ハドラーの事?」

 あたしが確認すると、アルビナスはコクリと頷く。

 …どうでもいい事だがこのデザインでよく首動かせるよな。

 

「…あの方のお身体は、いかなる回復呪文をも受け付けず、ここから先は朽ちていくだけです。

 あなたは、ハドラー様の妃であるというのに、その最後の時を何故、共に居てはくださらないのですか?」

 そう言って恨みがましい視線をあたしに向ける女王(クイーン)を、密かにイラッとしながらあたしは睨み返した。

 

「…それを言うって事は、本人に意向を確認せず、独断で動いてるって事だよね?

 その件は、あたしとハドラーの間で、互いに意志は確認済みだよ。

 あのひとが最後に望んだのは、あたしとの平穏ではなく、己が生きた証としてのダイとの戦い。

 それは、アナタにだって判ってる事でしょ?」

「ですが……!!」

「勿論、アナタの気持ちも判るから、アナタがハドラーの為に何かしたいと思って動くのも止めたりしない。

 …けど、あのひとを愛してるなら、その意志に反する事はしないであげてくれない?」

 あたしがそう言うと、アルビナスはまなじりをきっと吊り上げた。

 

「……“愛している”ですって…?

 じょ…冗談はやめてください!

 私は駒……女ではありません!

 “女王(クイーン)”という役割を与えられた、ただの駒なのです!!」

 それは、()()が己の心を律する為の、ある種の砦だったのだろう。

 …けど、今のあたしはそれを、どうしても爆破してやりたかった。

 

「…性別はこの際関係なくない?」

「え?何を言って…」

「女じゃない事が、あのひとを愛さない理由にはならないって言ってるの。

 誰かを愛する気持ちに、男も女も関係ないよね?」

「え……え!?」

「むしろ、アンタ性別ないんだから、どう転がろうが自由じゃない?」

「ええぇえっ!!?」

 思いがけないあたしの言葉に、アルビナスは完全に取り乱している。

 

「ま、待ってください理解が追いつきません。

 むしろ新しい世界の扉が開かれ……ハッ!!

 ちっ…違いますそういう事ではないのです!!

 駒は戦いの道具!!誰かを愛する資格など!!!」

「その資格認定試験どこで受けられるの?

 あたしだってそんな免許持ってないんだけど?

 ……つーかさ、あたしが平気だと思う!?」

「………!!!」

 そう、あたしは、本当にムカついていた。

 あたしが欲しくて手の届かないものを、自分から諦めて手を伸ばさないコイツに対して。

 

「……好きなひとが死んじゃうんだよ!?

 平気なわけないじゃん!

 できることなら、最後の瞬間まで一緒にいたいよ!!

 …けど、あのひとはそれを望まない。

 あたしは、あのひとのその意志をこそ尊重したい…しなくちゃいけない」

 どうして?という思いが心を掠める。

 物語を救う為に、あたしは生まれてきた。

 それなのに、誰よりも救いたいひとだけが、救えない。

 せめて隣にいることすら、許されない。

 物語を救う為の存在が、物語を壊す選択をする事は、最初から神様の構想の中にはないのだから。

 

「リ…リリィ様……?」

「それなのに!

 こんなに好きでいてもあたしはそばにいられないのに、そばにいられるアンタがなんで、愛する資格がないなんて言うわけ!?

 ぶっちゃけ羨ましすぎて意味わかんないから!!」

「ご、ごめんなさい〜!!」

「謝るな!むしろ誇れ!!

 そして己の恵まれた状況を自覚しろ!

 あのひとのそばにいられて、あのひとと運命を共にできる、その幸せを噛みしめろ!!

 マジで羨ましすぎて涙出るわ!!

 恥ずべきは素直になれない心!

 愛してるんだと叫んでみろ────!!」

 …そして気がついたら、なんかよくわからないテンションであたしは怒鳴っていた。

 

「は、はい!

 私は、ハドラー様を愛しております!!」

 そしてそれに馬鹿正直に答えるアルビナスは涙目になりつつも、人形のその目に不思議と生気が宿って見える。

 

「当たり前だ!アンタはあたしの投影なんだから!!」

「はい!!」

 多分ほぼ八つ当たりに近かったのだろうが、涙目でいいお返事をするアルビナスを見ていたら、少しずつテンションが下がってきた。

 ……何をやってるんだ、あたしは。

 

「もういい……行きな」

 なんか色々やりきれなくなって、投げやりにそう言ってアルビナスに手を振る。

 アルビナスは少しの間俯いたが、やがて意を決したように顔を上げると、あたしの目を見つめて言った。

 

「はい……お姉さま!」

 ん?

 今なんか変な言葉聞こえた気がするけど気のせいか?

 まあいいや。

 思わず見返した人形の顔に、何か吹っ切れたものを感じたと同時に、それはその場からかき消えた。

 

 

 …再び1人になって、自己嫌悪に押しつぶされそうになっていると、後ろからシャランと、硬いものが擦れる音がした。

 その音の方向に、反射的に振り返る。

 

「あの……ごめんなさい。

 立ち聞きするつもりではなかったのですが…」

「……メルル!?」

 さっきまで一緒に皿を洗っていた女の子が、何故か暗い森の中に、立っていた。

 …さっきの音は、彼女が腰から下げている、天然石のアクセサリーだったようだ。

 

 ・・・

 

「リリィさん。

 私は…ポップさんの事が好きです」

 あたしとメルルは月明かりの下、たまたまそこにあった大きな石に、並んで腰掛けている。

 シチュエーション的には、恋バナをするには神秘的過ぎると思うが、あたしは敢えて、そこには触れなかった。

 

「………知ってる。

 でも、それあたしに言う事じゃないよね?

 言うんなら、本人に言ってあげなよ」

 彼女の性格を考えたら割と無理なことを、ちょっと意地悪な気持ちを込めて言ってやると、メルルは何故かフフッと笑った。

 

「…ええ、そのつもりですわ」

「………ホントに!?」

 意外な返しに、自分で言ったくせに思わず問い返す。

 僅かに吹いた風が、メルルの艶やかで長い黒髪をふわりと揺らした。

 

「…言える筈がないと思っていました。

 本当に、ついさっきまで。

 言えば、今の関係まで壊れてしまいそうで…その勇気が、出なかったんです。

 そもそも、振られると判っていますし、だからこの気持ちには蓋をして、無かったことにしようと思っていました。

 いつか、初恋の思い出として、甘苦く思い出し、笑える日も来るだろうと。

 …けど、リリィさんの事を考えたら、言わなければいけないと思いました」

 彼女はそう言って、もう一度あたしに視線を向ける。

 

「…それは、何故?」

「あら?だって、先ほどはあんなに怒ってらっしゃったじゃありませんか。

 せっかく好きなひとのそばにいられるのに、好きだという気持ちを認めないのは贅沢だと。

 ……その通りだなと、思ったのですよ」

 あーうん、言ったけど。

 でも正直、八つ当たりだし。

 なんだか気まずくなり、メルルの黒目がちな視線から目を逸らすと、言い訳のような事を、あたしは今更ぐだぐだと口にした。

 

「振られるのが怖いのは当たり前だよ。

 自分の気持ちを認めるのと、相手に伝えるのはまた違う。

 ポップは多分、マァムの事が好きだよ。

 判ってて、それでも伝えるの…?」

 答えを期待したわけではなかったが、あたしの言葉にメルルは、はっきりと頷いた。

 

「伝えます。

 私はポップさんの、勇気に惹かれたのですもの。

 自分の弱さがわかっていて、それでも立ち上がる勇気に。

 ならば私も、勇気を出さなければ。

 …後のことは戦いが終わった後に考えますわ。

 それに一度振られたからといって、諦めるつもりもありません!」

 …驚いた。

 多分無意識にだけど、メルルがポップの力の本質を見極めている事に。

 ポップの魂の力は、まさに『勇気』。

 そして確かに原作で、ポップの力の覚醒を促す役割を担うのがメルルなわけだが、その片鱗を目の当たりにしてしまうと、また違う感慨がある。

 普段大人しくて控えめなメルルが、なんか凛とした大人の女性に見える。

 しかし考えてみれば、メルルはその身に強い力を秘めながら、自己評価の低さゆえに、あと一歩で殻が破れないという点において、ポップと同じタイプの人種だった。

 ポップが開き直ると強いタイプである事を考えたら、彼女も同様なんじゃなかろうか。

 

「……お姉ちゃんて呼んでもいいですか」

 気がついたらあたしは、そんな言葉を口にしていた。

 

「嬉しいですけど、気が早いですわ」

 それに対してころころと笑ったメルルは……なんだかとても、綺麗に見えた。

 

 ☆☆☆

 

「…眠れないのか?」

 あてがわれた部屋のもうひとつのベッドの上で、もぞりと動いた小さな気配に、バランは控えめに声をかけた。

 

「父さん……うん。

 なんか興奮して寝つかれなくてさ…」

 その声が自分を『父』と呼ばう事に、胸が熱くなるのを懸命に態度に出さず圧し殺す。

 ちなみにもう1人の息子は別室をあてがわれており、彼はそれを少しだけ残念に思っていた。

 

「そうか……すまんな」

「……?」

 思わず口をついて出た言葉に、息子は首を傾げる。

 暗がりの中でも、その表情がどこか、亡くした妻に似ている気がして、かの人の思い出が溢れてくる気がした。

 

「寝かしつけるのが下手だと、おまえの母によく言われた。

 今の私には、ラリホーすら唱えられぬしな。

 役に立てなくて、済まない」

 彼としては本気で言ったのだが、その言葉に息子は何故かクスリと笑った。そして。

 

「……ねえ、そっちで寝てもいい?」

「…!!?」

「………ダメ?」

 その、初めて聞く甘えた声に、バランはあくまで心の中で悶絶した。そしてあっさり陥落した。

 

「…いいや。おいで」

 そう言って毛布の端を浮かせると、息子は枕を抱えて、いそいそとこちらに移動してくる。

 その姿は本当にただの子供のようで、その小さな肩に世界の命運を乗せられているのだと思うと、人となってしまった自分を歯痒く思う。

 ……だが、そうでなければこの子は、あの時に死んでいたのだ。

 胸元に寄り添う体温を感じ、バランは自分の選択は間違っていなかったと、安心した。

 

「…明日、私は一緒には行ってやれぬ」

 リリィには、朝になったらフローラ女王の書状を持って、テランの城へ行けと言われている。

 まあ、城の前に扉を開くところまではしてくれるとの事だったから、直前までは共に居てくれるようだが…とそこまで考えて、人となった心許ない自分がどれほど、あの少女に頼っていたかを改めて感じる。

 だが、そこからは自分で踏み出さねばならない。

 

「…おまえの帰る場所を整えておくから、必ず……必ず、生きて戻ってこい。

 忘れるな、おまえはこの世界に、たった一人ではないのだ」

 歴代の(ドラゴン)の騎士には、仲間という概念はなかった。

 己の血を残す事すら出来ず、ただ1人で一生を戦い続けて、そして死ぬ。

 最後の奇跡として自分に子が生まれ、それが人間との間の子である以上、彼もまた子を残せるだろう。

 愛する人と子を成し、育てて…あの頃の自分に初めて刷り込まれた『幸せ』という概念を、彼や彼の子供たちは、当たり前に感じて生きていく。

 その為の下地を作るのが、親である自分の役目だ。

 

「……うん。ありがとう、父さん」

 寝付けない、と言っていた筈の息子は、眠そうな声で答えた。

 見ればその瞼は閉じており、少し経つと一定のリズムですうすうと紡がれる吐息が、彼が眠りに落ちた事を伝えてきた。

 

 愛しい、と素直に思う。

 この安らかな寝顔を、己にできうる事で、守ろうと思える。

 これが『人の心』なのだと、今のバランはその感情を、当たり前に受け入れていた。

 

「……おやすみ。私と、私の愛する人の子よ」

 バランは息子の、ここだけは自分に似ただろう癖の強い髪を、その大きな手で、そっと撫でた。

 

 ☆☆☆

 

「強い精神力……か。ほんとにあんのかな。

 おれに…そんな、魂の力なんて……」

 先ほどの妹の言葉を思い返しながら、おれは手の中のそれを、じっと見つめる。

 バランの血を与えられて、すぐに生き返る事ができたのは、その証明なのだと。

 それが本当なら、今こうして生きている自分は、確かに強い精神力を持っているのだろう。

 けど、手の中のアバンのしるしからは、それを示す筈の光が、欠片も浮かんでこない。

 

「ここにいらっしゃったんですね、ポップさん」

 と、背中に鈴の転がるような声がかけられて、おれはほぼ無意識に、手の中のそれを隠して、振り返った。

 

「メルル……?」

「お部屋にいらっしゃらないから、どこへ行かれたのかと思っていました」

「はは……また、逃げ出したんじゃないかって?」

「そんなこと、思いませんわ」

 月明かりの中で見る彼女はどことなく神秘的で、どこか控えめないつもの様子と違い、随分大人びて見える。

 …大魔王のもとから命からがら逃げ延びてあの海岸で発見され、この作戦基地に案内された時に、顔を合わせた瞬間に、涙目でおれの名を呼んで、しがみついてきた彼女の柔らかい感触を思い起こして、少しだけドキリとした。

 

「…明日が過ぎれば、どうなっているかわかりません。

 だから今、ポップさんに会って、伝えたいと思ったのです。

 ……私が、ポップさんを、好きだという事を」

「……っ!?」

 そんな事を思っていたら、目の前の少女の口から思いがけない言葉を聞いて、おれは一瞬言葉を無くし……それから、徐々に、顔が熱くなるのがわかった。

 

「ふふ…やっぱり驚いてますね」

「い、いやその、ひょっとしたらって思ったこともないわけじゃなかったけど!

 ………な、なんで?」

「あら?理由って必要ですか?」

「そ、そうだよな…けどさ。

 おれ…は、臆病で、弱っちくて……」

「私もですわ。引っ込み思案で、恐がりで。

 …でもポップさんは、本当はとても、心の強い人です。

 どんなに苦しくても…怖くても、悲しくても、それら全部を認めて、糧にして、最後の最後には、必ず乗り越えてしまう人。

 その勇気に、いつのまにか惹かれていました。

 それは、私には無いものですから…」

「勇気……」

 そんなものおれには、と言いかけて止める。

 これまで自分を奮い立たせてきたものは、臆病な心の奥底から、無理矢理引っ張り上げたそれだったから。

 ダイや他の仲間たちに比べれば、ほんのちっぽけなそれに、それでも縋ってこなければ、おれはここまで来れなかった。

 それだけは…自分には無い、とは思いたくない。

 そして…

 

「あんたにだって、充分あんだろ…勇気。

 でなきゃ、こんなところまで来れねえし、今日だって姫さんたちと一緒に、頑張ってたじゃねえか」

 だがおれの言葉に、メルルは首を横に振る。

 

「これは勇気じゃありません。ただの見栄です。

 ポップさんに、いいところを見せたいだけの」

「だったら、そんなもんおれだって一緒……」

 言いかけて、言葉を止めた。

 

『カッコいいお兄ちゃんになりたいなら、まずはこの場を生き残ることよ』

 そう言って最高にカッコ悪い提案をしてきた、魔族の女の顔が、一瞬浮かんで消える。

 ことごとく失敗してはいるが、マァムにもそしてリリィにだって、できればカッコいいと思われたい。

 結局のところ、おれが勇気を絞りだすきっかけとなったのは、その程度のところからだ。

 そしてそれを絞りだすことができるのは、いつだって自分のカッコ悪さを、嫌というほど自覚した瞬間だった。

 

「……なんだ。今更じゃねえか」

「…え?」

「いや、こっちのこと。

 …さっきまでずっと悩んでた事があったんだけどさ。

 なんか、今この瞬間に吹っ切れた。

 ……メルルのおかげだ。ありがとな」

 さっきまでずっと、自分がしるしひとつ光らせられない半端モンだと、仲間たちに…特にマァムに知られるのが怖かった。

 けど、よく考えりゃ今更だった。

 あいつらは、おれが最高にカッコ悪い事、充分承知の上で、一緒に戦ってきてくれてた。

 

「ちょっと、今からマァムに相談してくる…って、こんな時間に訪ねたら怒られっかな。

 ごめん、メルル。悪いけど付き合ってく……って、えええっ!!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまったのは、決心して何気なく開いた手の中で、さっきまでチカリとも光らなかったアバンのしるしが、緑色の輝きを帯びていたからだ。

 

「これは……これがフローラ様が仰っていた、ポップさんの心の色……!!」

「勇気……そうか、おれの心の力こそ…!!」

 光らなかったのは当たり前だった。

 仲間たちにがっかりされるのが怖くて、尻込みしてた。

 

「メルル!見たよな!!

 おれのしるしもこうして光ってる!!

 本当に…本当にメルルのおかげだ、ありがとう!!」

「きゃっ!!!」

 さっきまで落ち込んでた反動もあり、めっちゃテンションが急上昇したおれは、その勢いのままメルルを抱きしめていた。

 メルルは小さな悲鳴を上げた後は、全く動かず、身体を固くしている。

 ………ん?そういえばおれ今、彼女に告白されてなかったっけ!?

 

「……ご、ごめん!」

 謝りながら、慌てて身体を離して……何故か、その体温を、惜しいと感じた。

 

 ………ほんと、カッコ悪いなおれ。

 けど、これを認めないと、おれのしるしは光らないらしいから、な…。

 

 ☆☆☆

 

「あれ…おかしいな。数が合わんぞ。

 12匹いる…………っ!!?!」

 クロコダインが不在である中、次期獣王として獣王遊撃隊をまとめ上げなければならないと、少しずつ増やしていた隊員に目印のバッジを配っていたチウは、用意していたそれの数より、隊員の数が多い事に気がついた。

 そして、余った隊員を見て驚愕する。

 そこには顔を描いた布袋を被ったどう見ても彼の師である武術家と、白い毛皮のポンチョを身につけた人間の少女が、つらっと立っていたからだ。

 

「ろっ…老師っ!!

 ブロキーナ老師じゃありませんかっ!!?それに…」

 思わず腰を抜かして叫ぶチウに、布袋は手を振って否定する。

 

「いやいや、ワシはそんな者じゃない。

 獣王遊撃隊、第11番目の助っ人…

 謎のモンスター、ビーストくんじゃ!」

 そう、腰に手を当てて名乗りあげる布袋。

 更にその横で、少女がぺこりと頭を下げた。

 

「はじめまして。

 同じく12番目、獣撃参謀あにまる子ちゃんです」

「いや、リリィさんまでそんな……」

「…あにまる子ちゃんです、隊長」

「…………………………ハイ」

 平坦な声から感じる、何かはわからないが逆らってはいけない何かを感じて、チウはそれ以上のツッコミを諦めた。

 

 ・・・

 

 これからポップを訪ねるというメルルと別れ、あたしもいい加減戻らなきゃと思っていたら、通りかかった先にモンスターの群れと、それにこっそり混じろうとしている怪しい布袋(を被った人間)を見つけた。

 布袋もあたしを見つけ、ちょいちょい手招きをしてくるので近寄ったら、身につけていた毛皮のポンチョのフードの上をちょちょっと紐でふたつ結びにして、ちょっと耳のような形状にしてくれた。

 

「うん、可愛いね♪じゃあ行こうか」

 そうして、布袋に手を引かれてモンスターの群れに混じり、今この名乗りを上げたわけである。

 もうその場の勢いとしか言いようがないのだが、こうなったら別にいいだろう。

 

 ・・・

 

「そうだ隊長。お近づきの記念にこれあげます」

 ポーチの中をごそごそして、目的のものを取り出す。

 じゃん、と効果音をあくまで心の中で立てて、差し出したそれに、チウは目を輝かせた。

 

「え…ひょっとしてぼくにも、魔界の名工が作った新装備が…!!?」

「いえ、先生にはそんな余裕はありませんでしたので、以前あたしが考案して父に作ってもらったものですが…見ててください!こう使うのです!!」

 あたしが棒状のそれを目の前の岩に向け、手元のスイッチをカチリと動かすと、あたしの手元からビョヨヨ〜〜ンと伸びたそれは、岩を砕いて先端が突き刺さった。

 

「えっ!?なにこれ…」

「名付けて…『ビョンビョンヌンチャク』!」

 …それは両端に独鈷杵のような突起がついた、一見すると太めの棍なのだが、持ち手のところに付いているスイッチ状の小さな留め具を外すことにより双節棍、即ちヌンチャク状の武器となる。

 更にこの武器が普通のヌンチャクと違うところは、通常のヌンチャクならば棒と棒の間を鎖か紐で繋いでいるところを、それはその部分が強力なバネになっているところだ。

 これにより、最初に留め具を外した瞬間、それを相手に向けることにより、最初の一手を取れる事になる!

 ……という理屈で考えて、自分用にと父に頼んで作ってもらったのだが、実際にはあたしには使いこなせなかった。

 まあそもそもヌンチャクを扱う技術自体、あたしにはないわけだけど。

 

「実はこのバネが強力すぎて、いっぺん飛ばした後、あたしの力ではもとに戻せないのです」

「無責任!!」

 やはり以前の素材探しの旅で採取して、特に使い道がなかったヘビーメタルで作ったのがまずかったらしい。

 

『これはこれで結構稀少な金属なのに、なんでオレはこの素材でこんなもん作ってんだ…』

 と父に愚痴られた事はまだ記憶に新しい。

 

「でもせっかく作ったし、隊長だけ武器なしなのも心苦しいので、使えるようなら使ってください」

 さっきまですっかり忘れていたが、原作ではダイの剣や鎧の魔槍が帰ってくるまで、ロン先生がパプニカに留まっていたせいか、ここに先生と一緒に現れたのがバダックさんだった。

 そしてそのバダックさんから、チウが彼の手作りの武器を渡され、すごく使い勝手の悪そうな武器であるにもかかわらず、チウは結局実戦でそれを使っていた筈だ。

 今回、先生がパプニカに留まらずすぐに帰っていたせいで、今日の同行者があたしになったわけだが、そのせいで彼の武器が誕生する事はなかったのだ。

 これは間違いなく、あたしの存在による変化だ。

 もしこのせいでチウが苦戦する事になっては申し訳ないので、せめてこんなものでも渡しておこうと思いついたのであるが。

 

「ありがとう…その心遣いはうれしい…!」

 チウはあたしからそれを受け取ると、渾身の力を込めて、ようやくもとに戻していた。

 うん、確か性能確認の為に外した後、父と先生が2人がかりで戻してくれたものだからね。

 そう考えると、チウはやっぱり力は強いようだ。

 メッチャぜえはあ言ってるけど。

 

 …かくして。

 決戦前夜は、更けてゆく。




この物語のメルルは原作と比べると、ほんの少しだけ積極的です。
グエンやリリィと交流する事で、ポップとの接し方が、ほんの僅かに変化してます。
そしてそのほんの僅かが、ポップの心に響きはじめてます。
またポップもリリィがいる事で、女性に対する感覚が若干変化しています。

…そしてアタシはポプメル派(爆

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