DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
「バカなッ!私の暗黒闘気を祓ったというのかっ!!?
貴様ら如きに、そんな真似ができるものかっ!!!!」
…こちらが敵のしつらえた舞台上で恋愛ドラマを繰り広げている間、ミストバーンは怒りにその身を震わせていた。
そろそろ見慣れた爪の攻撃…ビーフストロn『ビュート・デストリンガーです!』…それがヒュンケルさんに襲いかかる。
だがヒュンケルさんは、あろうことか躱す事すらせずに、むき出しの胸でそれを受けた。
「なっ……!!!?」
本来なら、その衝撃は胸板を破り、その下の心臓も貫いて、背中まで突き抜けるほどの威力のものであった筈だ。
それが、皮一枚突き通す事なく、皮膚の上で止まっている。
これまで暗黒闘気を抑える為にかなりの分を割いていたものも全て使って、全身に纏わせた光の闘気は、ヒュンケルさんの肉体に鋼鉄…下手すりゃミスリル以上の強度を与えていた。
ぶっちゃけ、顔には出てないけどヒュンケルさん、今ものすごくテンション上がった状態なんだと思う。
「ヒュンケルさん!」
そして、ミストバーンの動きが止まったその一瞬を逃さず、あたしは『道具袋』のポーチからそれを引き出し、投げ渡…
「……って、重っっ!!」
…せたらスマートだったのだが、引き出した途端手にかかった重みに、あたしはいきおい体勢を崩した。
そうだよね!入れる時はポーチに吸い込まれる感じでひょいって入ったけど、出す時は自分で持ち上げなきゃいけないもんね!
しかも重装備になる分、結構な大きさの金属の塊だからね!
あたしがポーチから引き出した鎧の魔剣を、抱えたままべちゃっと潰れそうになったところで、硬い鱗に覆われたクロコダインの大きな手が、ひょいとそれを取り上げた。
「ヒュンケル!!」
更に、どうやらあたしのやりたかった事に気づいてくれたらしく、同じ手が簡単に、ヒュンケルさんにそれを投げ放ってくれる。ナイスフォロー。
そんな友情と絆によってリレーされた剣の
「
同時に、発せられた
兜から取り外した剣を、鞭のようにひと振りすれば、ミストバーンがその剣先を避けるようにして間合いを離し、代わりに襲いかかった鎧兵士たちが、一瞬にして薄紙のように斬り裂かれた。
同時にそこから溢れ出た黒いものが、剣に纏う光によって駆逐される。
…なんか前に見た時よりも、若干兜のデザインが変わってるのは気のせいだろうか。
印象が変わるほどの変化ではないが、顔の見える範囲が少し大きくなっている気がする。
そういえば、魔剣や魔槍の修復作業をロン先生が手掛けている間、あたしは家で母さんと過ごしていてその過程を目にしておらず、出来上がったそれを鎧化状態で目にするのは初めてだった。
これは、ロン先生の過去の反省点の考慮というよりは、単に作画上の都合というかイケメン勿体ないでしょ的な、神様視点のデザイン変更である気がする。
それはさておき、鞭状態の剣がジャキンと音をたてて通常の剣モードになり、ヒュンケルさんがそれを握って独特の構えをとった。そして。
「ブラッディースクライド!!!!」
回転を伴った突き技の威力は、舞台の四方に立てられた大きな柱を中ほどで砕き、倒壊したそれの下敷きになった鎧兵士の一団を圧し潰していた。
…それらを数瞬で終わらせたヒュンケルさんがこちらを振り返り、ラーハルトに歩み寄る。
「……ラーハルト。改めて礼を言う。
結局オレ達だけでは、グエンを取り戻すことが…」
「貴様からの礼の言葉など、聞きたくない」
グエンさんを腕に抱き込んだまま、ラーハルトはヒュンケルさんの言葉をぴしゃりとはねつけた。
照れ隠しなのかツンデレなのか、実に素直じゃない。
「…オレは、貴様を信用してグエナヴィアを任せたが、それは間違いだったらしいな。
バラン様の血による奇跡がオレを救わなければ、グエナヴィアはおろかオレの母までも、ヤツの手に落ちていたということだ。
ここから先はオレが、この手でグエナヴィアを守る」
…と思っていたが、本当にちょっと怒っていたらしい。だが。
「…わたしの大切な友達に、喧嘩を売るのはやめてくれないかしら?」
どさくさに紛れて所有権を主張しようとするラーハルトの言葉は、腕の中のひとにバッサリ切り捨てられる。
「……グエナヴィア?」
一瞬明らかに戸惑った表情を見せたラーハルトの、自分に絡みつく腕を、グエンさんはべりっと引き剥がした。
「今はそんな場合じゃないでしょう?」
「……グエナヴィア。
オレはさっき、割と重要な話をしていたと思うんだが」
愛の言葉を口にしたにもかかわらず、明らかに意図的にそれを無視され、『待て』続行中の犬みたいな目をして、哀しげにラーハルトが訴える。
バランやダイに対する時といい、コイツは基本、犬気質であるらしい。
だが、そんなラーハルトの、一段高い位置にある青い目を、グエンさんは見上げて睨みつける。
「…知っているわ。けど、わたしは怒っているのよ」
「えっ?」
「一度死んだくせに、わたしを守るなんて何様のつもり?」
「ええっ?」
「言質はとったとか、めっちゃドヤ顔で言ってたけど、さっきはあなたもわたしも死んでるんだと思っていたし、寝ぼけて口にした言葉なんて普通にノーカンでしょ!?
バランが血を与えたことは本人から聞いて知ってはいたけど、蘇生の可能性は万にひとつと言っていたし、そもそも生き返ってるなんて思わないわよ!
そんなんでわたしの心を縛れると思ったら大間違いよ!!」
「えええっ?」
グエンさんの怒りのポイントがわからず、『え』しか発音できずにいるラーハルトは、言っちゃなんだがすごいマヌケだった。
…けど、そういえば前にグエンさんは、フェンブレンの死に責任を感じてるのではとあたしを心配してくれた時に、同じ事を言っていた筈だ。
「……再会した時、言っていたわね。
自分はもう、子供じゃないと。
今の自分ならば、わたしを守れると。
けど、あなたが大人になったと同じ時間が、わたしだって流れていたの。
わたしだって強くなった。
……彼らが、わたしを強くしてくれた。
共に戦う仲間と、認めてくれたわ。
…あなたは違う。
あなたの中のわたしは、未だに弱かった、あの日の子供のままなのでしょう。
そうでなければ『守る』なんて言わない筈だわ。
今のわたしを見てもいないくせに『愛してる』なんて、軽々しく口にしないでちょうだい」
…と思ったらどうやらグエンさんは、ラーハルトの『オレが守る』発言が気に入らなかったらしい。
うーん、そこは男としては、譲れないところだと思うけどなー。
てゆーかラーハルトさん涙目になってるじゃないですかやだー。
「グエナヴィア……オレは」
「あなたが、今のわたしをちゃんと見る事ができるようになるまで、さっきの返事は保留させてもらうわ。
それまでは、お願い。『一緒に戦って』ちょうだい。
…………………あと、『二度と死なないで』ね」
…割とツンとした感じで言ったグエンさんだったが、本音は最後の一言で判ってしまった。
ラーハルトの発言をはねつけたグエンさんは、咄嗟に溢れそうになる自分の感情を誤魔化したんだと思う。
永遠に失ったと思っていた、大切な
彼女は、その死の重みを罪として己に課し、その後悔を胸に刻み付けて、これから先を生きようとしていた。
それが生きて目の前に現れて、本当なら彼女は、その胸に泣いて縋り付きたかった筈だ。
一度失ってしまったことで、グエンさんの心にラーハルトの存在は、もはや冒すことのできない唯一無二として、強く刻み付けられたのだから。
…それをしなかったのは、まだ戸惑っているのもあるだろうが、今がまだ戦いの中にある事と、取り戻したとはっきり認識してしまう事で、もう一度失う事を恐れる気持ちがあるからだろう。
『これが夢ならわたし、二度と目なんか覚まさない…ずうっと、あなたと一緒にいるわ』
目の前にいるその姿が夢だと思っていた時、そう言ったのは確かに、彼女の本音であったろうから。
けど守り守られる関係ではなく、共に隣に立って戦える、対等な関係でいたいというのもまた、彼女の本音だ。
なんだかんだで、グエンさんはラーハルトが好きだと思うし、今はちゃんとその自覚もあるだろう。
けど、それが自分自身でまだ受け入れられていないようで、ツンとしながらも目と鼻の頭が少し赤く見えるのは、きっと気のせいじゃない。
「グエン……無事で良かった」
「クロコダイン。
あなたも、思ったよりも元気そうで何よりだわ」
その本音をどうやらまだ測りかねて、固まってしまったラーハルトの代わりに、クロコダインがかけてきた声に答えながら、グエンさんがようやくいつも通りの綺麗な笑顔を見せる。
「心配かけてごめんなさい。
…頭がはっきりしてきたら、さっきまでの状況を思い出してきたわ。
わたしはあのひとを…ラーハルトのお母さんを、負の想念に囚われたまま、消滅させたくはなかったの。
だから、精神の奥に閉じ込められながら、必死に説得していたのだけれど、罪悪感を抱えたわたしの声では、彼女の心には届かなくて。
けどあなたとヒュンケルが、わたしを信じてくれた。
その信じる心が彼女の心に響いて、彼女を覆う暗黒闘気が、確かにその時、揺らいだのよ。
そうでなければ、ラーハルトの説得だって、きっと届かなかった。
あなた達には、いつも、とても感謝しているわ」
そう言った彼女の言葉に、ヒュンケルさんが肩を竦めて頷いた。
「感謝されるような事ではない。あなたはオレたちの仲間なのだから、信頼し合うのは当然だ。
……あなたも、オレ達を信じてくれていた」
「だが、さすがにオレも今回は、いつも以上に肝が冷えたぞ?」
少しおどけたように言って、クロコダインも頷く。
……その目にどこか切なげな色が混じって見えるのが、あたしには見えてしまった。
それは、パプニカでグエンさんを送り出した時の、ロン先生の目と同じだったから。
きっと、彼にも判ってしまったのだろう。
彼女の本心……その気持ちが、誰にあるのかを。
「縮んだオレの寿命の分、責任は取ってもらわねばな?」
だから、そんなクロコダインの言葉は、先ほどのラーハルトのプロポーズともいえる台詞に、ちょっと対抗してみた気持ちも、少しはあるかもしれない。
この場合、恋敵であるラーハルトへの、この程度の嫌がらせは、許されていいと思うのだ。
「そうね。その件は後日また話し合いましょうか。
…お互い、生き延びることができたら、だけれど」
そして、切ない男心に気付かない残念な美人さんが、相変わらず罪な発言をしつつ、足元に目を落とした。
かと思うと、もう一度その手が、ラーハルトの胸元に伸ばされる。
そして次の瞬間にはその手に、金属製の細い突起が握られており…それはラーハルトの鎧の魔槍の、胸部に付けられていた仕込みナイフだった。
「貸して」
そんな短い言葉と共に、ちょっと固まったラーハルトの、そして男たちの目の前でグエンさんは、身につけたドレスのスカートを持ち上げる。
…ちなみに、魔槍も胸部のデザインが、以前より丸みを帯びたものに変化しているのだが、これは元々グエンさんが使用する想定で、まさに胸元のそれを幾らか取り出しやすくする為の改良だったのだが、実際にはラーハルトが使うことになったのであまり意味はなかった。
グエンさんは手にしたそれを逆手に握ると、無駄に布地の多いその裾を、膝より高い位置から、惜しげもなく切り裂いた。
悲鳴のような音とともに、切り落とされた布地の下から、黒いニーハイブーツに覆われた、細くて長い脚が現れる。
「…これから戦いになるのに、こんな動き辛いもの、着てられないわ」
その脚の動きを確かめるように2、3度踵を踏み鳴らしてから、グエンさんは手に残った布を、無造作に足元に投げ捨てた。
「さあ、そんな事より!敵はまだ残っていてよ!!
わたしは丸腰なのだから、お願いするわ!」
と、先ほどの柱の破片の嵐を生き残った鎧兵士数体が向かってくるのをグエンさんが指差し、男たちは全員そちらを向く。
それを聞いて、この場に於いて唯一戦闘力皆無のあたし、ただの役立たずにならないうちにお仕事をすべく、道具袋からそれを引っ張り出した。
「グエンさん、新しい武器です!」
パン工場の女性スタッフがヒーローに向かって叫ぶようなセリフを発しつつ、あたしはそれをひょいと放る。
こちらはそれほど重量がないので、特に問題なく取り出す事が出来、グエンさんの手が難なくそれを受け止めた。
「…これは!」
「
勿論、鎧化の機能も付けてありますよ!
何より棍に慣れたグエンさんには、槍よりも取り回しがしやすい筈です!!
鎧の魔槍は持ち主のもとに帰っちゃいましたので、代わりの武器が必要なグエンさんの為に、うちの先生が考えに考え抜いて仕上げた逸品なのです!!」
形状としては、マァムの『魔甲拳』と似たような感じだが、あちらが手甲型であるのに対して、こっちは手指の動きを妨げない為、肘から手首までのアームプロテクター型だ。
伸縮・変形自在の棍はそこに収納されており、魔槍の時と同じように左の手首側から引き出す仕様である。
「助かる…これで戦えるわ!!
グエンさんは、躊躇う事なくそれを両腕に装着すると、突き出した両腕をクロスして、
…別にポーズは取らなくてもいいと思うんだが、まあそこは気分の問題なんだろう。
それはさておき、
もちろん、呪文攻撃への完全耐性の機能も健在だ。
その左腕から、白銀色の棍を引き出して、一度クルリと回してから、グエンさんは攻撃の構えをとった。
「行くわよ!!アバン流槍殺法・虚空閃ッ!!!」
オレンジ色の輝きが、振るった武器の軌跡を描き、最後に残った鎧兵士数体を、ただの鎧のパーツにする。
それがバラバラになって宙を舞い、地面に落ちるまでの数瞬が、あたしの目には何故か、スローモーションのように映った。
…彼女は『アバンの使徒』ではない。
だがその色は、間違いなく正義の使徒の魂と、遜色ない輝きを放っている。
「………え?」
多分、自分の目にした光景が信じられないでいるだろうラーハルトが、呆然とグエンさんを見つめた。
さもあらん。…けど、そう、誰にだって。
たとえ彼女が心から愛する者であったとしても、このひとの心までもを縛れはしない。
グエンさんの魂は、『空』のように『自由』なのだ。
「…ミストバーン!
よくもこのわたしを、暗黒闘気に染めるなんて悪趣味な真似をしてくれたわね!!
結果の是非はともかく、この屈辱の代償は、あなたの命で贖ってもらうわ!!」
もう一度棍をクルリと回して、一旦腕に収納してから、グエンさんはビシッと、ミストバーンを指差して叫ぶ。
いや、その台詞ちょっと悪役ぽいですから。
「知るかあっ!!こんなややこしい事になると判っていたら、最初からやっておらんわ!」
そして、さっきのヒュンケルさんの件とも合わせて、相当怒りに震えているミストバーンの、暗黒闘気が、徐々に大きく膨れ上がっていくのが、あたしにさえよく判った。
「……許さんぞ。おまえたち5人、この場でまとめて八つ裂きにしてくれるっ!!!!」
……え?5人?
ヒュンケルさん、クロコダイン、ラーハルトにグエンさん……んん?
「貴様もだ、小娘!あと、心の声がだだ漏れだ!!」
え、あたし!?
完全にその場で傍観者のスタンスを取っていたせいか、まったく自分を勘定に入れていなかったあたし、ミストバーンにガッツリ指差されて、思わずその場に立ち尽くした。が、
「…どっちにしろ、数が合わなくてよ?」
グエンさんが明らかにわざと、ちょっと馬鹿にするように首を傾げて言う。そして。
「……オレたち…5人?
フッ…ミストバーン。
貴様、逆上すると足元もよく見えなくなるらしいな…!!!」
兜の下でメッチャ悪そうな顔で微笑んだヒュンケルさんがそう言ったと同時に、あたしの『タカの目』が自動展開した。
……次の瞬間。
ひび割れ、裂けた地面から、青い光が放たれる。
足元からのその光が自分を捉えかけたのに気がついて、ミストバーンが飛び退る。
砕けた地面の間から、最初に見えたのは、ちいさな拳。
続いて、その持ち主である少年の、まだちいさな身体。
その拳の甲に。
………ミストバーンさん、不憫。