大老殿。
この旅の中でいろんな場所を見てきたが、きっとここはその中でもかなり上等な場所なのだろう。まぁ、見てきた街の数は片手で数えれる程度だから、実際どこまですごいところなのかよくわかってないけど。でも入口には門番さんがいるような場所だ。すごい場所なはずだ。
あの門番さんに止められたときは、かなり怖かった。通ろうとしたら、いきなり目の前に槍がおりてくるんだもの。あの止め方はどうかと思う。腰が抜けるかと思ったよ。
ほうき頭さんに同行者と説明してもらって通してもらえたけども。
そんなわけで入口で少し悶着があったが、それを越え、さらにやたらと長い階段を登り切った先の大老殿の中に入ると、そこには巨人がいました。
思わず後ずさりするのは当然の反応だと思う。
座ってるのに余裕で私の倍以上の大きさ。もうモンスターの一種じゃないかとか思ってしまうほどだ。
かなり失礼な感じだったろうけど、ついついじろじろ見てしまった。
周りの視線がなんだか居心地悪い。というかあの巨人さんも私をめっちゃ見てるよね。目があっちゃってますもんね。たぶんだけどね。眉毛で見えないんだけど、なんとなく目があってる気がする。
しかし本当に眉毛で全然目が見えない。眉毛の奥にはきっと目があって、その目でこちらを見ていると思うんだけど、その目が全く見えない。
どれほど凝視しても瞳が全く見えない。こんなに凝視してるんだから、ちょっとくらい瞳の光が見えたっていいと思うんだけど、全然見えない。時々頷いたりして顔を動かしたりしてるのに、長い眉毛も釣られて動いているというのに、瞳は見えない。
「……い、おい、何さっきから凝視してんだよオメーはよ。そりゃシツレーってもんだぜ」
「え、あ、その、つい……、ご、ごめんなさい」
確かに失礼だ。でも言い訳していいのであれば、あれだよ。気になってしまったら見てしまうものなんだ。もうちょっとで見えるような、でも見えない、でもやっぱり見えそう。そんな瀬戸際は凝視してしまうものなのだ。
「ムォッホン! よいよい。時に少女よ。ヌシの連れである男児は同行せぬのか」
え、テオルのことだろうか。なんで知ってるの。
「ど、同行せぬです」
「フゥム……、そうか。兎に角、用心して往くようにな。その者を連れていくのであれば、しかと守り通すのだ。月迅竜を狩るほどの腕前を持つ狩人を、信用してないわけではないがの……」
「お任せくださいよ。おれにかかればチョチョイのチョイってなもんです」
「油断してはならぬぞ。モンスターにだけではない。あらゆるものに対してである。広大な自然は時に、牙を向けてくる。自然の前では、我らは本当にか弱く小さな存在なのだ」
「はっ、はい! じゃあ行ってくるですぜ!」
か弱く小さな存在という言葉に突っ込みを入れたい。その姿でその言葉は違和感がすごいんですけど。か弱い方がそんな鎧を纏えるとは思えませんが。小さな存在ってその巨体で何を言ってるんですか。モンスターかと思ったんですが。
「おいほら、行くぞ」
「あ、はい」
ほうき頭のハンターについていき、船の発着場に向かう。それにしても、この場所高すぎない? 地面からの距離の話で。
「火の国には飛行船なら数時間程度で着くみたいだぜ」
「ほぁー」
結構近いのね。タンジアから塔までは半日近くかかったのに。それじゃサクッと行って、サクッと終わらせよう。私は服を置いてくるだけだから特に何もしないけど。モンスターがいなくなってから、少し火山に行くだけだ。
「おれは火山に行くからよ。オメーはふもとの村で待ってるんだぜ」
「はい」
てっきりキャンプ場みたいなのを作るかなと思ってたけど、村があるのか。街ではなく村。なんだか落ち着いた気分で居られそうだ。都会の喧騒に私はもう疲れ切ってしまったのさ。
「そういえば火の国ってどんなところなんですか? モンスターが強いって言うのと、火山が近くにあるってことくらいしか知らないんですけど」
何か美味しい特産品とかないだろうか。あるのであれば、お土産として少し買っておきたい。置いてけぼりをくらったテオルに渡すためにも。きっと怒っているだろうから。
「ん~。おれもあんまり知らねーなぁ。あー、でもなんか信心深い国って聞いたことあったかな」
「宗教に熱心な国ってことです?」
「そーそー。火山は火の神様だぁ~って感じだな」
「火山が火の神様、ですか……」
それは不味い気がする。
火山が火の神様扱いなら、その神様のもとに私は古着を捨てに行く悪者ではないだろうか。それに土足禁止とかないよね? 火山に土足厳禁、みたいな。
「えと、それじゃ火山に足を踏み入れたらダメな感じだったりするんじゃ……。神の地に人間ごときがーみたいな感じで」
「あ~、大丈夫だと思うぜ。何度もハンターたちが火山に行ってるしな」
あ、そっか。それに依頼として出てるんだし大丈夫か。
じゃあ気にせず古着を置いてくことができそうだ。
お土産に関しては、着いてから考えよう。お土産っぽいのがなかったら、なんかテキトーに拾ってこよう。火山の石とか、火山で生える植物とか、そんな感じの。
火山のふもとの村、火の国の村と聞いて想像していたのは、草木が全くないような灰色の村を考えていた。家は洞窟とかで、火山近くの街の場合は石造りの家とかを考えていた。
しかし、実際に足を運んでみれば普通に緑がある。ちょっと行けば森だってあるではないか。家は洞窟ではない。テントだ。そりゃそうだよね。洞窟暮らしなんてないよね。とにかくいくつものテントが張られていた。
「もっと緑が少ない場所だと思ってました……」
「ま、火山と聞いちゃそうなるわな」
大きいテントから、おじいさんが出てきた。きっとあの人は長老的な人だ。村人を何人か連れて、こちらに近づいて一言尋ねてきた。
「ハンターの方たち、ですかな」
「ああ。つっても、ハンターなのはおれだけで、この子供は付き添いだ。火山で暴れてる3頭のモンスターを狩るまでここで預かってほしいんだわ」
子供扱いとは何事か。子供と言われるような年齢ではないはずだ私は。しかしここで抗議をすると、それこそ子供扱いされそうだ。大人な私は会話の邪魔をしないよ。
「3頭のを、ですか」
「そーだぜ。あんたらの国の姫さんからの依頼なんだわ。依頼が出てるって話届いてねーのか?」
「……、聞いております。火の神のお怒りの原因は、3頭の巨竜が暴れているからだ、と」
火の神って極自然に会話に出てきた。本当に宗教に熱心な国だなぁ。あらかじめ聞いててよかった。もし聞いてなかったら、思わず火の神って何って聞くところだったかもしれない。
「竜を鎮め、それをもって、火の神のお怒りをお鎮めするのだ、と聞いております」
「ま、おれはその辺はよく知らねーけどよ。とにかくその3頭の竜の狩猟がおれの役目ってわけだ」
「…………原因が竜であろうとも、竜を鎮める程度でお怒りが収まるはずがない」
「なんであれ、おれは依頼をこなすぜ。それでこの子供を預かってくれるのか? それとも預かってはくれねーのか?」
「……この村でお預かりしよう」
これで私は竜がいなくなるまで、村で滞在が決定したわけだね。これもしダメだったらどうしてたんだろう。
「ってわけだ。村でおとなしくしとくんだぜ。オメーの用事が何か聞いてねーけど、しばらくは危険だからな」
「はい。火山に少し入りたいんですけど今は危ないですしね。安全になってから行きますよ」
「火山に入りたいって変わってんな。ま、とりあえずちょっくら行ってくるわ」
そう言ってほうき頭のハンターは村を出た。
できるだけ早めに終わらせてきてほしい。なんというか、この村……暗い。活気が全くないのだ。先ほど話していたおじいさんも、その周りの村人も、テントの隙間からこちらを見ている人たちも、みんな暗いのだ。
それだけ竜の暴れっぷりに困っているということなのだろう。この暗い雰囲気から脱してあげたいけど、私じゃ何もできないだろう。まあでも、何か手伝えることがあったらできる限り頑張ろう。預かるってなんか本当に子ども扱いだけど、お世話になりっぱなしじゃあれだからね。
「お嬢さんや」
「あ、はい」
「火山に入りたいというのはまことかの」
質問が飛んできた。火山は火の神らしいもんね。一般人はやっぱり踏み入れたらダメなのだろうか。ハンターだけが特別とか。普通にあり得そう。あのほうき頭ハンターさんはそういうこと知ってなさそうだし。
しかしダメだとしても、ここで嘘を言っては意味がないだろう。さっき話聞かれてたしね。ここは正直に答えよう。
「はい……。ちょっとだけでいいんです」
ダメって言われたらどうしよう。その時はもうこの村に、この古代衣装の進呈でもしようかな。
「ふむ、そうか…………」
「ダメ、でしょうか……?」
なにやら考え事を始めた。難しい表情で黙りこんでしまった。不安になる。これはやはり古代衣装を村に進呈か。冗談で考えたことだけど、それをしたらモヤモヤした気分になりそうだ。
「…………、本来は駄目じゃ。しかし、ここまで足を運んできてもらったというのに、それを止めるのも忍びない」
「は、はぁ」
何か条件付きでなら許可してもらえるのだろうか。この流れはそんな感じだ。
「この村の特別な衣装を着て、儂らと共にでならば、入るのを許可しようと思う」
「特別な衣装、ですか」
「うむ。外の国の方には理解しにくいことかもしれんがの。儂らにとって火山は神様なのじゃよ。神のもとに行くのであれば、特別な衣装でなくては困るからの」
なるほど。ならその衣装とやらを着ようではないか。こちとら古代服という特別な服には慣れてるのだ。それに古代服を火山に置いていくために、服は着替えるつもりだったしね。
「それくらいなら大丈夫です」
「有難い。では、竜がいなくなったら、行くことにしよう」
「はい!」
ありがたいってなんでだろ。ごねられると思っていたのだろうか。私がよっぽど子供に見えるのかこのおじいさんは。そりゃ老人から見たら子供みたいな年齢かもだけどさ。ごねたりはしないよいくらなんでも。
その後、案内されたテントでのんびりと過ごした。
何か手伝えることはないか、と村の人たちに尋ねて回ったのだが、断られたのだ。することがないのでテントの中でゴロゴロする。
日も暮れて、出てきた晩飯はとても美味しかった。手の込んだ料理だと思う。この村の人たちは毎日こんな素敵なご飯を食べているのだろうかと思ったが、そうでもないようだった。食器を返しにほかのテントを覗いたとき、他の人が食べてるご飯は質素なものに見えたからだ。
客人相手の歓待、ということだろうか。さすがに心苦しいので、村の人と同じのでいいと伝えたが、翌日も出てくるご飯はやはり手の込んだ料理だった。
やっぱり早くあのハンターには戻ってきてほしい。この村は居づらい。テオルがいれば、もう少し気が紛れただろうか。あの問題児がいれば、この居心地の悪さも気にならなかったかもしれない。いや、別の意味で居心地が悪くなってたかもしれないけど。
それともこれが普通なのだろうか。よそ者に豪勢なご飯を振る舞うのが。私のいた里もよその人が来たら豪勢なご飯を振る舞っていただろうか。行商人くらいしか来た覚えがないから何とも言えない。だけど振る舞う気も少しする。歓迎するのであれば、豪華なご飯になるものだ。
だけど、この村は歓迎しているようには感じれない。村人はみんなよそよそしい。ご飯を持ってきてくれる人も私と目を合わせようとしない。何か話しかけても、早々に切り上げようとする。
ご飯と、湯あみをさせてもらえたことには感謝だけど、それ以外はちょっと寂しいものである。
ハンターが出て次の日の夕方ごろに、彼が戻ってきた。
もっと早くに戻ってくると思っていたから、随分と待たされた気分だ。だけどこれでようやくこの村から出られる。
「おかえりです。大丈夫でした?」
「大丈夫っちゃ大丈夫だ……。けど妙だぜ」
「みょう?」
なんだか難しい表情を浮かべている。何かあったのだろうか。
「狩場のベースキャンプからギルドに伝書鳥を出した」
「伝書鳥ですか。何かあったんです?」
「ああ、おれは確かに3頭の竜を狩猟依頼を受けてここに来た……」
「そうですね?」
村の人たちがこちらを伺っている。狩猟失敗したのでは、という不安があるのだろう。
「竜が……、いや、モンスターが全然いねーんだ」
「いない?」
「ああ……、丸1日探し回ったんだけどよ。大型どころか小型すら全くいねぇ……。とりあえず今はギルドからの返信待ちだ。まだしばらくここにいといてくれ」
大型どころか小型もいない……。ひょっとしてこれは千載一遇の機会ではないだろうか。
竜がいなくなろうと、小型は普通いるものだし、どうしたって危険はあると思っていた。
けど今なら小型すらもいないのだ。安全が確保されているようなものだ。
「とりあえず、おれはもう一度ベースキャンプに戻る。返事が来たらすぐにでも動けるようにな」
そう言って、再びハンターは村を出ていった。
モンスターがいないという情報を伝えるために、ここまで来てくれたとは優しいではないか。
「お嬢さん」
「あ、村長さん。どうもモンスターがいないみたいですよ」
「うむ、聞いておったよ。明日の昼すぎに、火山へ行こうか」
やっぱり聞いてたのね。話が早くて助かる。まぁ気になるよねそりゃあ。中々謎だけど、竜がいなくなったということは火の神様の怒りもなくなったということになるのかな。この国の人にとっては。
とにかく火山へ行くことが決定だ。しかも道を知っているであろう村人つきだ。
「はい。竜がいなくなってよかったですね」
「うむ。これで火の神のお怒りを、お鎮めすることができるの……」
翌朝、豪勢な朝ご飯を食べ、今まで寝泊まりさせてもらっていたテントとは違うテントに案内された。そこで例の特別な衣装に着替えるように言われた。
白い衣装だ。火山っぽさがあるような赤い衣装とかを勝手に想像していたけど違った。
着替えて古代衣装をたたむ。いよいよこの服とお別れが近づいてきたというわけだ。
思えば随分と長く感じる旅だった。
卵信者や虫信者、貧乏ハンターに泥棒白猫、ほうき頭、よくもまあ、こうも変人ばかりと無駄に遭遇してきたものだ。なんというか、可愛い子には旅をさせろって聞いたことあるけど、この旅で成長した気が一切しない。だってあまり意味のない出会いばかりな気がするもの。変人ばっかりだし。
「準備はできたかね」
「あ、はい!」
テントの外から声をかけられ、返事をする。
外に出たら村人が2人と、村長さんが待っていた。
「この者たちが案内する」
「はぁ……」
普通の服じゃんこの2人。
特別な衣装じゃないじゃん。私だけ白装束ってどうなの。いいの?
けどまぁいいのだろう。村人とハンターは特別ということなのだろう。
「それじゃ、お願いします!」
「……あ、ああ」
目を合わせてくれないのはやっぱりさみしいものがあるよ。
まぁ、もういいけど。ちゃんと案内してくださいね。
村からの案内の2人についていき火山への道を歩く。
火山への道中、初めのほうは緑に囲まれていたが、どんどんと緑色が減っていき、岩肌がむき出しの道になってきた。空がひどく暗い。曇り空というより煙空だ。黒煙すっごい。
そして、いよいよ火山の中に突入である。ちなみにここまでずっと無言である。私と案内の人たちで、合わせて3人いるのに無言である。
しかし、ここで無言の時間は終わった。
「靴を脱いでくれ」
「はい?」
何を言ってるんだこの人は。靴脱げって、素足になれってことだろうか。何を言ってるんだこいつは。
「あ、この靴もダメなんです? 渡された着替えには靴がなかったんですけど……」
神聖な地に、ふつーな靴はダメということかもしれない。しかし渡されなかったし、見逃してくれてもいいのではないだろうか。そう思いながら答えた。
「……すまない」
「えっと、あの……? うわっ」
1人に謝られたと思ったら、急にもう1人が後ろから私を脇に抱え始めた。そのまま流れるように、靴も脱がされた。
ちょっと本当に待ってほしい。替えの靴ないの? 裸足で歩くとかちょっと絶対無理だから。
「あの! 替えの靴ないなら、一度村に戻りませんか! 裸足は無理です無理です! 絶対無理です!」
「……本当にすまん」
なに謝ってるんだ。謝るなら降ろして、そして靴履きを認めてくれ。裸足でこの道を歩けるわけがない。足の裏がズタズタになってしまう。ましてや火山をなんて確実に無理だ。
「このやり方以外、火の神のお怒りをお鎮めする方法を、俺たちは知らないんだ……」
「やめましょう!? 一度戻って、他のやり方を考えましょう!?」
今その話は関係あるのだろうか。私が裸足で歩くのと、火の神がどう繋がるというのだ。
抗議を続けたが、無視してそのまま火山に入る洞窟へと進んでいく。
中はひどい熱さだった。入ったとたんに汗が流れ出す。肌がチリチリと痛い。洞窟の中だというのに明るい。溶岩の光のせいだろう。地面もその熱さの影響か、明るく見える。今は脇に抱えられたままだからいい。落とされたらどうなってしまうか、この分では火傷は避けられないのではないだろうか。
どんどん奥へと進んでいく。相変わらず抱えられたままだ。このまま目的地まで抱えられるのだろうか。進んでいく道の左右は溶岩が流れていて、先細くなっている。
帰りも抱えてくれる、はず。置いてかれたりは、しないはず。そう信じたいけど、火山に入る前のやり取りのせいで不安が拭えない。
このやり方以外、火の神の怒りを鎮める方法を知らない。
人身御供。その言葉が頭に浮かぶ。
神様への捧げもの、生贄。そんな風習なんて、昔話のものだと思っている。思っていた。だけど
村で用意された特別な衣装とは、神様への捧げものに相応しい恰好をさせるためではないか。
豪華な料理は、村と関係ないものの命を差し出すことに対する、罪悪感を減らすためではないだろうか。
靴を脱がしたのは、捧げものに相応しい恰好にさせると同時に、逃げられなくするためではないだろうか。
考えが後ろ向きにばかりなってしまう。ただ単に神様の土地を、よそ者は土足厳禁とかそんなもののはずだ。そのはずだ。
ただただ、運ばれながら自分に言い聞かせた。
嫌な予感が拭えない時点で、暴れてでも逃げ出せばいいのかもしれない。だけど、視界が歪むほどの熱気、痛みを感じるほどの熱さ。そして、こんな空間の地面に触れる勇気はでない。
ただのいやな予感で、実際は一切降ろさずに、ただの案内なのかもしれない。だからここで暴れてはだめなのだ。そう、考えることにした。
かなり進んだのではないだろうか。一歩踏み外せば即死してしまうだろう道を担がれ続け、長い坂道を登った先では空が見えた。空と言っても黒雲だ。いや、黒煙か。
歩ける地面の形がYの字形になる場所についた。左手側には、もはや見慣れた恐ろしい溶岩の明るさ。右手側には崖である。その崖を落ちる溶岩で形成された滝だ。正面には山頂から流れてくる溶岩。どこを見ても溶岩だ。
先頭を歩いてる男がこの区域の中央で立ち止まった。ここが、目的地なのだろうか。
降ろされたくない。お腹の下に回っている腕にしがみつく。
しかし、私を降ろすように腕を放した。しがみつこうとしてもダメだった。そのまま地面の上に落ちる。
地面にぶつかる衝撃で背中が痛い。服から出ている手と足は衝撃など関係なく、触れた地面の熱さに思わず引っ込んでしまった。
特別な服と言われるだけあって熱さを通しにくいのだろうか。服ごしなら、熱いし痛いけども、我慢できないほどではない。
降ろした私を無視して2人は山頂に向かって何かブツブツ呟いている。まさか本当に、人身御供だなんて。熱さで話すのも苦しいが、文句が自然と出てくる。
「なんで……、今時人身御供とか、それに……、よそものを生贄って、何考えてんの……」
自分たちの問題は自分たちで解決するものじゃないのか。人身御供でよそ者を使うって、おかしいじゃないか。人身御供自体おかしいけど、本当に何を考えてそうなるんだ。
「俺たちだってこんなこと、したくてしてるわけじゃない……。だが、今までこうしてやってきたんだ」
「生贄自体が、無駄だって……」
「姫様も無駄だと言っているそうだ」
この国の人全員が時代錯誤な考えかと思いかけたけど違うようだ。
「だが、姫様の言うように捧げものをやめたところで、火の神のお怒りが鎮まるわけではないだろう」
「生贄を出したって、鎮まるわけじゃ、ないから……」
そもそも誰も鎮め方なんてきっとわからないよ。だけど生贄を出せば大丈夫、なんて頭のおかしい結論は完全に意味がわからないよ。無駄すぎるよ。
「今までこのやり方でやり過ごしてきたんだ……。火の神がお怒りが激しい時に、村の誰かを捧げ……、今までやってきたことが無駄だなんて認めれるものか……! 今更やめては、捧げられた者たちが無駄死になってしまう……」
そんなの知るか。そりゃ無駄に捧げられた人たちはかわいそうだと思う。だけどその人たちを無駄にしないために、まだ生贄を捧げるなんて、この狂信者め。どんな教えの宗教かは詳しくは知らないけど、自分たちだけで完結してしまえそんなの。他人を、私を巻き込むな。
「おい、もう行くぞ。そろそろクーラードリンクの効力もなくなる」
「ああ……、それじゃあな……」
それじゃあな、じゃない。
2人は私を置いて来た道を戻っていった。
このままここで転がっていては、いずれ死んでしまう。
私も戻らなくては。今ならやつらはいない。きっと痛いだろうけど、動かなくては。
そう思い、足を地面につける。
「痛ぃぃいい!」
そして走る激痛に、再び地面から足を離してしまう。
痛い。涙があふれる。
なんでこんな目にあってるんだろう。
テオルが行くなって言ってたのは、こうなるかもって思ってたからだろうか。
竜より他のことで危険って言ってたもんね。
ちゃんと聞いておけばよかった。なんで止めるのか、しっかりと話し合えばよかった。
後悔ばかり溢れる。
きっとテオルは怒っているだろう。勝手に行ったことに。置いていったことに。
このまま、私はテオルに謝ることも出来ずに死んでしまうのだろうか。
どんどんと熱さが増している気がする。両手両足を地面につけないように丸まっているが、どうしても体力が持たずに、何度か手足が地面に触れる。そのたびに激痛が走る。
何度も苦しみ悶えていると、熱風が吹きつけた。
熱い風なんて嬉しくない。けど風が吹いたってことは、外への出口が近くにあったり……、あ、そういえばここはある意味外か。背中の方角、南東から吹いた風に少し希望を見出しかけたが、そこは崖だ。
再びバランスが崩れ、横倒れになる。南東の方角だ。
そしてそこには、大きな生き物がいた。
赤い身体。力強い四肢。大きな翼。
王冠のようなたてがみに、2本の角。厳つい顔をした、龍がいた。
その龍が近づいてくる。
竜のことも、古龍のことも、種類なんて全然知らない。
けど、この龍は、なんとなくわかってしまった。
炎王龍テオ・テスカトル。
テオルが何度も言っていた古龍。化身だのなんだのと言ってたやつだ。
炎王龍の青い瞳が、私を見ていた。どこか怒りに染まっている瞳に思えた。
何故古龍が私をそんな睨み付けてるのだろう。この熱さで、もう死にかけな私が何をしたというのか。
近づかれるたびに熱さが増してくる。暑苦しいよこんちくしょう。
そんな悪態をつく余裕なんてとっくにないけど。
とにかく私は怒られるようなことをした覚えはない。なんで怒ってるのか知らないけど人違いだ。
いや、怒られるようなことはしている。それはテオルにであって、炎王龍にではないは、ず。
そこまで考えて、もしかして、という思いから言葉を絞りだした。
「テオル……?」
龍は応えない。
日ごろ垂れ流していた妄言は、まさか事実だったのだろうか。この怒りの目は、置いていったことに対する怒りなのだろうか。それとも話をちゃんと聞かなかったことに対しての怒りでもあるのだろうか。
だとしたら、謝らないと。
謝るし、反省してるから、近づくのやめてよ。熱いよ。
「テオル……、ごめん。ちょっと、暑苦しいから、止まって」
私の言葉を無視してそのまま近づいてくる。
「話を聞かなかったことも、置いていったことも、本当に、ごめん……。あとでいくらでも……、謝るから」
どんどん近づいてくる。
熱さも増してくる。視界がゆがむほどの熱気が目の前の巨体から出ている。いや、私の体力が限界なのかもしれない。
「テオル……。そんなに、怒ってるの……? ごめん……」
もう、駄目そうだ。けどきっと自業自得なのだろうこの結果は。
テオルの怒りを、受け止めるしかないのだろう。いずれテオルもあの世にいったら、いっぱい恨み言をぶつけよう。古龍の寿命がどれほどか知らないけど、絶対、言ってやろう。
そう思い、私は目を閉じた。
自業自得の結果、私の旅はこの結末なのだろう。なんとも、無意味な旅路だった。