人修羅とガラクタ集めマネカタが行く 幻想郷紀行   作:tamino

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あらすじ

花見の余韻に浸ってぐっすり寝ていたシンの夢枕に、大魔王・ルシファーが立つ。

意味深な物言いで、天子の身に重大な危機が迫っていることを告げられたシン。
友人に拒絶されるというトラウマと向き合う覚悟を決め、
天子救出に向かう。

一方天子は、シンの動向に加え、幻想郷に何が起こっているかを探るため、
知らず知らずに要石が埋め込まれた洞窟へと足を運ぶ。

そこで何故か倒れていた藍の忠告もむなしく、
緋想の剣を遠隔操作され、結界に切れ目が。

『伏ろわぬ神々』の一柱、アラハバキと対峙することになった天子。
これからどうなってしまうのだろうか……


第13話 幻想郷の一番長い日 2

天子と藍の前に現れた『伏ろわぬ神々』の一柱、アラハバキ。

二人はこの悪魔の放つ魔力に、気圧されていた。

 

 

天子「ッ……!」

藍「イカン……これほど……チカラの差が……」

 

 

天子は藍に、何が起こっているのか聞こうとするも、

目の前の悪魔から放たれるプレッシャーは、その隙を許さない。

 

 

……目の前からいきなり現れたこの妖怪。

 

縄文時代の遮光器土偶の姿、

そして『伏ろわぬ神々』というワード。

 

間違いない。

文献にあった荒吐(アラハバキ)と特徴が一致する。

 

かつての朝廷に貶められ、滅ぼされた、日本古来の部族の保持神。

 

 

……天子はオオナムチ級の神と対峙することを想定し、覚悟を決めてきたはずだった。

 

しかし、実際にその神を目の前にすると、

自分の想定が甘かったと認めざるを得ない。

 

 

こんな化け物、どうすればいいのだろうか?

 

 

存在するだけで放たれる威圧感、桁違いの魔力、禍々しい気質……

命の危険を感じ、鼓動が早くなる。

 

 

二人が動けずにいる中、

アラハバキはゆっくりと辺りを見回し、

倒れている藍と目の前の天子へと順に目を向ける。

 

そして先ほどの低く響く声で、二人へ言葉をかける。

 

 

アラ「我が復活したからには、この地の民に先はない。

手始めに貴様らを血祭りにあげてくれようぞ」

 

 

天子「ッ……!」

 

 

言葉の一つ一つに、心臓を掴まれるような重みを感じる。

 

自分たちはあっさりと殺される。

 

アラハバキの確信めいた言葉は、そうなる未来が当然だと言っている。

 

 

藍「……ダメだ……これはもう……」

 

 

藍は目の前で展開するこの状況に、絶望していた。

 

天人の比那名居天子の実力は知っている。

確かにその地震を起こす能力は驚異だが、一対一の戦闘で有効とは言えない。

 

対して封印されていたアラハバキの実力は、少なくとも紫様と同じくらいはあるはずだ。

それはこの威圧感が物語っている。

 

……天子に打てる手といえば、良くて命からがら逃げる程度だろう。

 

もし天子が自分を助けようと思ってくれていたとしも、

そんなことをすれば、それこそ命はない。

 

 

藍の聡明な頭脳が、この状況で助かる確率は0%だと静かに告げる。

 

 

あの時の一瞬の油断が、こんな最悪の事態を招くなんて……

 

 

・・・・・・

 

 

……この絶望的な状況から、一日前。

昨日の事である。

 

 

藍は結界の修復をした後、

結界内の戦力を探るために、意識を飛ばそうとしていた。

 

 

意識の状態では、物理的に物を見るのとは、見え方が異なる。

 

そのものの持つチカラの大きさ、性質が、

様々な形、色を持つ輝きとなって感じられるのだ。

 

静かな性質の魔力を持っていれば、輪郭のぼやけた透明感のある青、

激しい性質の魔力を持っていれば、とげとげしく輝く赤、

といった具合に。

 

『見る』、というより『視る』『観る』という表現がしっくりくる。

 

 

藍「結界修復で大分疲労がたまっているが、

そんなことを言っている猶予はない。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」

 

 

藍は結界内に意識を集中していく……

 

 

藍「……」

 

 

結界内、精神の海を、意識の状態で泳ぐ。

奥へ行くほど魔力の密度が濃くなり、息苦しさが増していく。

 

 

藍「……」

 

 

藍は最大限警戒しながらも、結界の奥へと潜る。

結界内は暗く、深い。

意識を集中していなければ、戻れなくなることも十分にある。

 

 

そろそろか……

 

 

先へ進むのが困難になってきた時、いきなり目の前が開けた!

 

 

藍「な、これは……!!」

 

 

視界一杯に様々な光が広がる!

 

どれもこれもとんでもない大きさの光。

そのことごとくが、想像の遥か上をいく魔力を発している!

 

その中でもとりわけ大きな光、

金色に輝き、月か太陽と見まごう大きさの光が、中央で耀いている!!

 

虎穴どころではない!これは魔窟だ!

 

 

藍「マズい……!!なんだあの化け物共は……!!」

 

 

ガシィッ!!

 

 

藍「!?」

 

 

あまりの光景に藍が気をとられた、その一瞬!

何者かが藍の精神を掴み、捉えた!

 

 

藍「ぐっ……!一体どこから……!?」

 

 

一瞬気をとられたのは確かに不覚だったが、

それでも藍は、常に周囲の警戒を怠ってはいなかった。

 

自分の精神の周りに他の精神を近づけないように、というのは

戦闘で自分の間合いに相手を入らせないことと同じだ。

 

そんな基本を怠る藍ではない。

 

だから一瞬の間に精神を掴まれるほど、相手を近づけるなど、

ありえないことだった。

 

 

藍「一体何が……!?」

 

 

ここで藍は気づく。

 

自分を掴む相手の光、精神が……見えない!?

 

 

藍「そんなバカな!?」

 

 

存在しないものに掴まれるなど、あるはずがない。

今まで以上に精神を集中して、感じ取る。

 

 

藍「……これは!!」

 

 

見えないのも当然。

 

相手の精神は、ほとんど無色透明。

さらに輪郭が見えないほど周囲に融け、広がっている!

 

……こんな精神は一度も感じたことがない。

気づかないうちに藍の精神は、この精神に狙われていた。

 

 

藍「……くっ!」

 

 

振りほどこうにも振り切れない!

このままでは結界内に、自分の精神が引き摺り込まれてしまう!

 

 

 

……この無色透明な精神を持つ存在の正体。

 

 

それは、漂流神・『蛭子(ヒルコ)』

 

 

イザナギ・イザナミの最初の子にして、忌子として流された神。

 

 

いくら藍でも、

原初の神の一柱、ヒルコともなれば、

荷が勝った相手だ。

 

 

藍「……!?」

 

 

ヒルコに精神を掴まれた藍の前に、更なる脅威が現れる!

 

なんと藍が通ってきた経路に、一つの精神が入り込もうとしている!

 

 

藍「ま、マズい……!」

 

 

巨大で暗い、燈色の光を放つ精神だ。

藍にはまだわからないが、この精神こそがアラハバキである。

 

このままではあの精神は、結界を破って外に出てしまう!

 

 

藍「させない……!」

 

 

ぐぐ……っ!

 

 

藍はヒルコに精神を掴まれたまま、

アラハバキの精神を引き寄せる!

 

 

藍「く……そ……!」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

……藍はそのまま天子が来るまで、

ヒルコに掴まれたまま、アラハバキを足止めし続けた。

 

奥へ引き摺り込もうとするヒルコと、

手前に進もうとするアラハバキ。

 

並みの精神力なら早々に気を失い、結界の奥に沈んでいたところだ。

 

そうならなかったのは、ひとえに藍の責任感からだろう。

覚悟を決めていたことが生死の境目となった。

 

 

……しかしその努力もむなしく、

天子の緋想の剣をアラハバキに利用され、結界の外へ逃げられてしまった。

 

不幸中の幸いは、結界に斬撃が入ったことにヒルコが驚いたこと。

 

その隙に乗じて、藍は結界の外に戻ってくることができた。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

アラ「……」

 

 

アラハバキは無言で、天子にその腕を向ける!

 

 

天子「……!来る……!」

 

 

魔力の高まりを感じる天子。

このままここにいては消される!

 

 

バッ!

 

 

天子は震える足を無理矢理動かし、跳躍!

先ほど離れていった緋想の剣まで跳び、それを拾う。

 

生き残る可能性を少しでも上げるには、緋想の剣が必須だ。

 

 

アラ「―――『ブフダイン』」

 

 

ピュンッ!

 

 

天子が離れた直後、アラハバキの腕先から青い光線が放たれる!

 

 

バガガキィン!

 

 

天子が先ほどまで立っていた場所に、光線が命中!

そこから円形に、巨大な氷柱がいくつも出現する!!

 

 

天子「……!」

 

 

それを見て肝を冷やす天子。

あんな一撃喰らえば、ひとたまりもない!

 

 

アラ「……」

 

 

かわされたことを意にも介さず、

アラハバキは再度天子に向き直り、その腕を向ける。

 

 

アラ「―――『マハブフーラ』」

 

 

ピピィ―――ッ!

 

 

天子「!!」

 

 

ババッ!

 

 

先ほどの光線とは若干様子が違う!

嫌な予感がし、天子は先ほどの攻撃範囲以上に距離をとる!

 

 

ガギギギッ!

 

 

光線が命中した部分には、先ほどと同様、氷柱ができていく。

しかしそれだけにはとどまらない!

 

 

天子「……ッ!!」

 

 

ピィ―――ッ!

 

 

アラハバキの光線は、なんと天子を追尾してくる!!

 

本人の腕は動いていないというのに、

光線は空中で曲がり、広範囲の地面に氷柱を出現させていく!

 

 

天子「何それ……ッ!!」

 

 

予想外の攻撃に、天子はかわし切れず、右足先を凍らされてしまう!

 

ほんの少し掠っただけなのに、

くるぶしより先は完全に凍り付いてしまった!

 

 

天子「冗談じゃないわよ……!」

 

 

天子は緋想の剣に炎の魔力を吸収させ、凍ってしまった足先にかざす。

すると氷はみるみる融け、足は元の状態に戻った。

 

もしあそこで緋想の剣を拾っていなかったらと思うと、ゾッとする。

凍った足で攻撃をかわし続けるなど不可能だったろう。

 

 

天子「……やるしかないわね」

 

 

このままよけ続けていてもジリ貧になるのは明白。

天子は攻撃を仕掛けることにした!

 

 

天子「行くわよ…… ―――『カナメファンネル』!!」

 

 

天子は自分の魔力を複数の要石に変え、打ち出す!

 

これだけの質量の岩が命中すれば、

倒せないまでも、ダメージくらいは与えられるはず……

 

しかし……

 

 

アラ「……」

 

 

アラハバキは微動だにしない!

 

 

天子「……?なんだかよくわからないけど、……喰らいなさい!!」

 

 

ズガガガッ!

 

 

全弾命中!

アラハバキはまともに攻撃を受けた!

 

 

天子「命中した!」

 

 

パラパラッ……

 

 

天子「……!?ウソ、そんな……」

 

 

アラハバキの全身に直撃していた要石が砕け散り、

相手のダメージが明らかになる。

 

 

……全くダメージを受けていない。完全に無傷だ。

 

 

天子「一体なんだってのよっ!?」

 

 

動揺する天子を意に介さず、アラハバキは攻撃態勢に入る!

 

 

アラ「―――『絶妙剣』」

 

そういうと、アラハバキは腕の先から霊力の剣を発生させる。

そしてそのまま空中をスライド、天子に迫る!

 

 

天子「……!」

 

 

これを喰らうわけにはいかない!

天子は必死で身をかわす!

 

 

ズドォン!!

 

 

アラハバキの強烈な一撃!

天子はかろうじて避けることができたが、その威力に驚愕する。

 

剣筋通りに地面がえぐれている……

 

いくら自分の体が丈夫だと言っても、この威力の斬撃は防げない。

魔法だけでなく、物理攻撃もこの威力だとは……

 

この戦闘で相手の一撃をまともに喰らうことは、

即、死につながるだろうことを理解する。

 

 

天子「どうすれば……どうすればいいの……?」

 

 

死の危険が、天子の頭の回転を早める。

 

 

ここから逃げる……?ダメだ。

 

アイツは「手始めに」私達を消すと言っていた。

ということは、幻想郷のどこにいても危険は消えないだろう。

 

事情は分からないが、八雲藍があそこまで追いつめられる相手だ。

他の幻想郷の強者でも、止められるかはわからない。

 

それに、アイツがシンが戦っていたオオナムチの仲間だとすると、

他の仲間がまた現れるかもしれない。

 

一対一でこれなのだ。

複数を相手取るなどできるはずがない。

 

第一、八雲藍を見捨てていくのは、気分のいいものではない。

 

 

ではどうする……?

 

 

……

 

 

天子「やるしかないわね……!」

 

 

天子は再度覚悟を決める。

 

属性魔法に対しては、緋想の剣は絶大なアドバンテージが取れる。

物理攻撃は強力だが、かわせないほどではない。

 

戦いの相性としては非常に有利なのだ。

わずかな勝機さえ見いだせれば、

可能性はあるはず……!

 

 

なんとか無事にこの場を切り抜ける……!!

 

 

つづく




略称一覧

天子…比那名居天子(ひなないてんし)。幻想郷の天界に住んでいる、自由奔放な天人。たびたび人里に現れては、暇つぶしをしている。根はいい子。実は戦闘力はかなりのもの。

藍…八雲藍(やくもらん)。八雲紫の式にして、幻想郷でも指折りの実力を持つ九尾の狐。頭の回転、計算力にかけては右に出るものはいない。が、予想外の事態に弱いのが玉に瑕。紫が動けない現在、代役として動き回っている。

アラ…荒吐(アラハバキ)。封印されていた『伏ろわぬ神々』の一柱。大和朝廷に滅ぼされた古代の神。結界の裂け目から幻想郷に出てきた。千年以上結界内でマガツヒを蓄え続けてきたこともあり、オオナムチには及ばないものの、実力は非常に高い。いわゆるボス補正。

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