人修羅とガラクタ集めマネカタが行く 幻想郷紀行   作:tamino

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あらすじ


天魔雄(あまのさく)と人修羅との戦いは、
怒れる人修羅の勝利で幕を閉じた。

そのおかげで一命をとりとめたコウガサブロウは、
シンに黒幕の居場所は地獄だということを教える。

地獄へ向かうシンと、再度立つコウガサブロウ。



……今回の話は、
妖怪の山にも匹敵する異常事態が繰り広げられている場所のお話。


第26話 地獄変

迂闊だった。

 

完全に思考の盲点を突かれた。

 

私の欲がこんな事態を招いてしまった……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

ここは幻想郷の地底にある、旧地獄。

 

痛みに叫ぶ者、苦しむ者、怒りのまま暴れる者

 

今現在、地底はその名の通り、地獄と言える様相を呈していた。

 

 

 

なぜこのような惨状が繰り広げられているのか?

 

その原因を紐解くには、ひとつひとつの出来事を振り返る必要がある。

 

 

 

時は数か月前まで遡る(さかのぼる)……

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

??「ふう……」

 

 

 

ため息をつきながら、紅茶の入ったカップをテーブルに置く。

 

今日もいつも通り、平和な一日だ。

 

洋風にデザインされたお洒落な部屋。

その窓から庭を眺めつつ、一息つく。

 

 

 

 

彼女の名前は、古明地さとり。

 

『覚り』の妖怪にして、この洋風屋敷、地霊殿の主でもある。

 

見た目は人間で言えば、小学生の低学年程度だが、妖怪にはそんなことは関係ない。

 

曲者、強者ぞろいの旧地獄で代表を務められる程度には、

経験値も戦闘力も高い。

 

 

その最たるものが、彼女の持つ能力である。

 

 

覚り妖怪と言うだけあって、彼女は相手の思考を読むことができ、

相手に隠し事を許さない。

 

その能力は政治的なやり取りだけでなく、戦闘でも効力を発揮する。

 

相手の攻撃はことごとくかわされる。対してさとりの攻撃は必中。

さとりの攻撃には一発で勝負が決まるほどの火力はないが、

塵も積もれば何とやら。

 

更に、通常の弾幕だけにはとどまらず、超威力の奥の手も隠し持っている。

 

つまりこの妖怪は、とんでもなく強いのだ。

 

 

 

 

そんな見た目とはミスマッチな実力を備えた大妖怪は、

優雅に午後のティータイムとしゃれこんでいた。

 

 

 

さと「今日も美味しい紅茶です」

 

??「それはよかったです。さとり様」

 

 

 

さとりの傍らに控える妖怪が返事をする。

 

この妖怪の名前は、火焔猫燐(かえんびょうりん)。

火車の妖怪だ。

 

人間の死体を集める習性があり、

時々地上に出ては墓地や葬式でチャンスをうかがっている。

 

基本的には人当たりがよい性格で、家事全般をこなせるほど優秀ではあるのだが、

妖怪としての『死体を集める』性質が人間に受け入れられるはずもなく、

おとなしく地下で生活している。

 

 

…そもそも地下で暮らす妖怪は二種類に分けられる。

 

片方は、この燐のような、人間に受け入れられない者。

辛らつな言い方をすれば、いわば村八分とされている妖怪。

 

そしてもう片方は、元々地獄に住んでいた妖怪。

 

旧地獄、と言うだけあって、以前はこの地底こそが地獄とされていた。

今は四季映姫が治める場所へと地獄としての機能を移したが、

獄卒の鬼などは、そのままここで暮らしている。

 

 

だから地底の妖怪は厄介な性質を持っているか、

単純に強力なチカラを持っているか、どちらかであることが多い。

 

そのせいで、妖怪の賢者である八雲紫からは厳重に監視され、

不穏な動きがあった場合は、すぐに介入が行われるのだ。

 

 

普段は自分たちを避けているくせに、何かあるとすぐに茶々を入れてくる。

 

地底の妖怪たちは、地上の者に対してそう思っている。

 

 

…こういった関係のため、

地上の勢力と地底の妖怪が疎遠になるのは、仕方がないことなのだ。

 

 

 

さと「さて、それじゃ私は散歩に行ってくるわ。片付けをよろしく」

 

燐「わかりました」

 

 

 

さとりはティータイムを満喫すると、いつもの日課の散歩へと出かける。

 

地底のトップとはいっても、別に毎日忙しくしているわけではない。

 

仕事といっても、屋敷のお手入れが大半であるので、大した手間ではない。

もっと言うと、それも配下の妖怪(さとりはペットと呼んでいる)に任せている。

 

だからさとりが動くのは、

別の勢力との外交時か、ちょっとしたいさかいが起こった場合の仲裁くらいだ。

 

そんなことはめったに起こらないうえ、時間をそれほど取られるわけでもない。

 

 

ということで、日々やらなければならないことは殆どない。

 

 

しかしいくらなんでも、それでは暇過ぎる。

知能を持った生物は、毎日何もしない、なんてことには耐えられない。

 

 

だからさとりは日課を作っていた。

 

 

朝は花壇の手入れ、

昼は書斎で読書、

夕方はティータイムを満喫した後、庭を散歩、

夜はまた書斎で読書。

 

 

今はその散歩に出かけるタイミングだったのだ。

 

 

 

さと「~♪」

 

 

 

庭をのんびり散歩するさとり。

 

 

 

さと「あら、朝にはつぼみだった花が咲いているわ。綺麗ね」

 

さと「あの蝶は……モンシロチョウかしら?」

 

さと「今日はいい日和ね。お日様が気持ちいいわ」

 

 

 

まるで優雅な有閑マダムのような楽しみ方をしているが、

見た目とのギャップはすごいもので、初めてみた人は面食らうだろう。

 

ちなみに地下なのに庭に日の光が届いているのは、

地上から採光しているからだ。

 

ガラス製の天窓を取り付けており、

地霊殿周辺に関しては、地上と何ら変わらない空間となっている。

 

 

 

燐「さとり様~」

 

さと「あら、どうしたの?お燐」

 

 

 

散歩を楽しむさとりの下に、燐が駆け寄ってくる。

 

 

 

燐「お散歩中すいません。何やらお客様がお見えになられましたので」

 

さと「ふぅん……何やら怪しい客、ねぇ」

 

燐「そうなんですよ」

 

さと「僧侶が着る法衣、杖、編み笠、ね。確かにおかしな格好だわ」

 

燐「でしょう?」

 

さと「しかも用件は……とりあえず私と面会したい、と。

これじゃ何しに来たのかわからない」

 

燐「追い払いますか?」

 

さと「……まぁ、いいでしょう。私も暇していたし、相手するわ」

 

燐「わかりました。それじゃ、応接間に通しておきますね~」

 

さと「よろしくね。お燐」

 

 

 

さとりは相手が頭に思い描いたことなら、読み取ることができる。

そのため会話は大抵、このようなテンポで進む。

 

 

燐は来たときと同じく、テテテッと地霊殿に駆けて行った。

 

 

 

さと「さて、一体何なのかしらね……」

 

 

 

 

 

 

応接間。

 

燐に案内されて入室した法衣を着た男は、ソファーに腰かけていた。

 

そこに地霊殿の主である、さとりが入ってくる。

 

 

 

さと「初めまして、ようこそ地霊殿へ」

 

??「急な訪問にもかかわらず対応していただき、恐縮です」

 

 

 

形式ばった挨拶の後、さとりも対面して設置されたソファーに腰かける。

 

 

 

さと「さて、突然ですが、貴方は何者ですか?」

 

??「私は……」

 

さと「ああ、かまいませんよ。藤原行景(ふじわらのゆきかげ)……ですか

藤原氏の流れを汲み、幻想郷に移り住んだ一族の末裔。

幻想郷にそんな一族がいたんですねぇ。知りませんでした」

 

行景「……!?」

 

さと「おや?知らなかったのですね。私は心を読めるんですよ」

 

行景「なんと……」

 

さと「私の事を知らずに、私に会いに来たんですか。

貴方が何をしにここに来たのか、俄然気になりますね」

 

行景「それは……」

 

さと「ふむ、なるほど……随分変わった方のようですね」

 

行景「……なんとも不思議な感覚ですね。

考えが読まれた中で会話するというのは」

 

さと「それはそうでしょう。めいっぱい味わっていって下さい。

しかし、本気ですか?……本気なんですね。

 

 

……地底の妖怪を、地上に戻そうなどと」

 

 

 

行景「……はい」

 

さと「それはおせっかい以外の何物でもないですよ。わかってますか?」

 

行景「はい」

 

さと「わかっていてその提案……その術を使ってやるつもりですか」

 

行景「……はい。私達の一族は、藤原氏の中でも傍流です。

だから本家に見捨てられないためにも、チカラをつける必要がありました」

 

さと「それで霊力溢れる幻想郷に移住し、修行することにした、と」

 

行景「その代々の修行で、ようやく形になってきたんです」

 

さと「『動』の気質を抑えて、『静』の気質を高める術……」

 

行景「ええ。このチカラがあれば、我々の一族も生き残れると」

 

 

さと「ああ、確かに外の世界に出ても、その術は有効でしょうね。

 

政治において政敵の動きを阻害することができる。

天災に対しては、その動きを弱めることができる。

 

いくらでも応用が利くと言えます」

 

 

行景「まさに、その通りです。ただ……」

 

さと「ああ、まぁ、それはそうでしょうね」

 

 

行景「はい。この術はそんな万能なものではありません。

というか、術者の力量以上の力が出せないのは必然。

私の実力では、怒っている者を落ち着かせる程度しかできないのです」

 

 

さと「それでは貴方は何故、地底の妖怪を移住させようなどという

誇大妄想もいいところの妄言を吐いたのですか?

 

答えによっては命を奪いますよ?」

 

 

 

さとりは相手にプレッシャーをかける。

いち人間風情に舐められるなどたまったものではない。

 

何を答えるか、いや、思い浮かべるかで、

こいつを殺すかどうか決めよう。

 

 

 

行景「それは……」

 

さと「……へぇ」

 

行景「自分勝手な部分が大半だというのはわかっています。それでも……」

 

 

さと「むしろ人間なんですから、それは普通ですよ。

しかし、面白いことを考えるものですね。

確かにそれなら徐々にではありますが、地底の妖怪の地上移住は可能といえます」

 

 

行景「では……」

 

さと「喜んでいただいているところ申し訳ないですが、

当然ながら即答は致しません。本日のところはここまでです」

 

行景「……はい」

 

さと「一週間後。またいらして下さい。その時にお返事いたしましょう」

 

行景「……ありがとうございます」

 

さと「では、気を付けてお帰り下さい」

 

行景「本日はありがとうございました。失礼します」

 

 

 

話し合いが終わり、藤原行景は応接室を後にした。

 

廊下には察しよく燐が待機していてくれたようで、

玄関まで案内する、と言った旨の言葉が聞こえる。

 

 

 

さと「地上への移住か……面白い」

 

 

 

さとりのなかで、遥か昔に閉じ込めたものが顔を出す。

 

 

 

それは……『権力欲』

 

 

 

彼の登場で、他の勢力と折り合いをつけ、

『違和感なく』地上へと支配圏を広げることができる算段が付いた。

 

今まで散々虐げられ、疎まれ、蔑まれてきたのだ。

 

そろそろ我慢を解いてもいいではないか。

 

地上の奴らにどうこう言われる筋合いはないではないか。

 

 

 

さと「さてと……忙しくなってきたわね」

 

 

 

そう言うとさとりはニヤリと笑う。

 

 

さとりの雰囲気は先ほどまでの、

ゆったりとしたものとは違うものになっていた。

 

 

 

この時から、歯車は徐々に狂い始めた。

 

 

 

つづく

 




略称一覧


さと…古明地さとり。旧地獄のまとめ役であり、地霊殿の主。見た目は小学校低学年、頭脳は指折り。相手の考えを読むことができ、戦闘力も指折り。紅茶はダージリンが一番好き。趣味は庭いじり。

燐…火焔猫燐(かえんびょうりん)。火車の妖怪。猫耳と普通の耳の両方を完備。地霊殿でさとりに仕えていて、さとりからは『お燐』と呼ばれている。主人からはペット扱いされているが、気にしていない。家事全般できる。戦闘力もある。気も効く。優秀。趣味は死体漁り。

行景…藤原行景(ふじわらのゆきかげ)。幻想郷に移住した、藤原氏一族の末裔。『動』の気質を『静』の気質へ変換する術を操るようだ。

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