ということで急いで書き上げました。
...冗談です。諸事情あって色々と遅れてしまいました。
それでは、どうぞ
生きるとは呼吸することでは無い。行動することだ。
ジャン=ジャック・ルソー
***
「本日もシュミレーション訓練、並びに各サーヴァント用の種火と素材集めお疲れ様です。センパイ」
「フォウ」
長い長い、今はもう見慣れてしまった鈍色の廊下を歩いていると、ふと、背後から声を掛けられた。まるで鈴が鳴ったかの様に透き通っていて、心休まるかの様にじんわりと満たされる音色。
そしてそこそこの時を共有している筈なのに、未だにその生き物が生態系の何処に属しているかわからない--見た目でいうとどちらかといえば犬に近いようなーー動物の鳴き声。
そんな二つの音が、一人靴底を鳴らしながら歩いていた自分を呼び止める。
ーー今日も元気そうで何よりだ
そんな、当たり前の様でこの世に存在する何よりも幸福な想いを胸に、オレはそんな二つの声へと振り返った。
「マシュに、フォウくんも。おつかーー」
言い切るよりも早く、視界に白と淡い藍色のグラデーションが綺麗な絹の様な毛並みをもつ物体が自分の顔面へと飛び掛かってくる。
「わわ」
「フォウフォーウ!」
「フォ、フォウさん!?いきなり飛び掛かってはセンパイがびっくりしちゃいます!」
「はは、フォウくんはいつもふわふわだなぁ」
モッフモフ、モフフン。まるで、採れたての羊の毛皮へとダイブしたかの様な、ーー実際そんなことした事はない訳なんだけど。今度、あの放蕩な王様にでも聞いてみようかーーなんとも名状しがたい至高の感触が、自分の顔を包み込む。時々足の爪がチクリチクンと自分の肌を刺激するのはご愛嬌。オレは飛び込んできたフォウくんの感触を存分に愉しんだあと、その感触を惜しみつつもフォウくんを肩へと置き、自分よりも遥かにちっちゃい、けれどその在り方は自分の知る何よりも堅牢な六花の後輩へと向き直った。
「マシュもお疲れ様。今日はもう終わり?」
「はい、本日の業務はこれで終わりです」
「そっか。ドクターとの定期検診の結果はどうだった?」
「特には何も。『よしと!数値に異常はなし。文句なしの健康体だね。だからと言って、無茶は禁物だからね』と仰ってました」
それは彼女なりのドクターのマネなのだろうか。鈴の音色を低く、少しだけ頼りなさげに、首筋を揉む様に手を添えながら話すその様子が、申し訳ないんだけど微妙に模倣しきれてなくてーーでもそれがとても微笑ましくて、不覚にもクスリとしてしまった。
「ーー似てませんでしたか?」
「ああゴメンね。でも正直に告白させてもらうとーーチョットだけね」
「フォーウ」
「なるほど.......改善の余地アリという訳ですね」
参考になります。と口にしながらマシュが手をアゴに添えながらムムムと唸る。柳の様な眉を歪め、しばしの間思考に耽っていたマシュだったが、やがてハッとした様な顔をし、やがて申し訳無さそうに顔を下げた。
「申し訳ありません。本題を忘れて、一人思考に埋没してしまいました」
「いいよいいよ。それで、本題って?」
「はい、宜しかったらこの後のセンパイの予定を伺ってもよろしいでしょうか?」
「予定?」
「はい」
予定、か。言われて、自分が左腕に搔き抱いていた硬質な感触を思い出す。
そうだった。今日もいつも通りレオニダスブートキャンプを終えた後、レイシフトシュミレーターで訓練をした後に、サーヴァント達用の素材集めに勤しんでいて。今日狩りに狩って増加した備蓄分を、ダヴィンチちゃんへ報告しようとバインダーに挟んだ報告書片手に工房へ赴いていたのだった。
「これから、ダヴィンチちゃんの所へ業務報告に行こうと思っててね。今日もサーヴァントの皆んなが沢山集めてきてくれたからさ」
「成る程、そうでしたか」
素材とはとても重要だ。このカルデアの運営は、第一に素材で始まり、第二に種火、三四が素材で五がQPだ。昔の人は言いました。“備えあれば憂いなし”と。
「でしたら、これからご一緒しても宜しいですか?フォウくんのも私も、丁度手持ち無沙汰になってしまいまして」
「ああ、全然構わないよ。じゃあーー」
一緒に行こうか。
そう言おうとして、不意に意識が
ーー良いか息子よ、お前はアサシンなんだ。それを、ゆめゆめ忘れるな
これは記憶だ
ーー我ら闇に潜む者。されど、光に奉仕せん。
自分じゃない誰かの、かつての記憶
ーー候補者よ、こちらへ
--ほう、シャルル・ドリアンの子息が帰ったとはな。べレックは来ないと言っていたが...何故来た?
ーーもう過ちから逃げたくない。デ・ラ・セールさん。父を...全てを正したい
ーーよろしい。闇を抜けて光の中へ。そして、光から闇へ戻る。タカの道を通る覚悟は?
--「助けがいるか」って意味ならば、答えはイエスだ
ーー
歴史に記されず、人々にも記憶されない。その存在が、表に出ることは決してない。そうやって、はるか太古の時から人類を、いや、
ーーレオ!こっちよ!!
ーーキミはいけ好かない奴だけど、信用には足る存在だ。おやおや、意外な顔をしてくれるな。当然だろう?キミは僕とマリーの親友なんだから
汝の剣を罪なき者に振るうな
Stay your blade, from the flash of innocent
ありふれた風景に溶け込め
Hyde in plain sight
教団の名誉を汚すことなかれ
Never compromise the brotherhood
真実などなく、許されぬ事もない。
刻まれる教義。そして核を為す信条に従うがまま人類の為に暗躍し、それでいて、一人の女性を生涯護り続けたーー
レオポルド・ル・シブレのーー
「センパイ!?センパイ!!しっかりしてください」
「フォフォウ、フォー!!」
そこで、俺の意識は緩やかに吸い込まれるようにして内へと埋没していったーー
***
「俺は、アサシンなんだ」
雨が降りしきり、体温を緩やかに奪って行く。鍋をひっくり返したかのような喧騒が息巻くその中で、彼はついぞ己が真の姿を告解した。
「アサ......シン......」
まるで幽霊にでも遭遇したかのような驚愕を浮かべ、告げれれた女性はその宝石のような双眸を見開いていた。
無理もない、と彼は思う。彼女の中で、己は既に死んだはずの存在として認識されている。
華やかなフランス王室の至高、マリー・アントワネット王妃と夫でありこの偉大な国を統べるルイ16世。そして彼女達の愛しい子息達が安全の為、避難する為に彼は護衛将校として彼女達の護衛任務に就き、計画が無慈悲に瓦解してゆく中一人単身で革命勢力と闘い、壮絶な最期を遂げたと。
今はもうすっかりと窶れ、その瞳に絶望すら宿しているように感じる王妃を見て、レオは激しい後悔の念に苛まれていた。
ーー自分はアサシンだ。信条に従って動いただけ。それに後悔はない。けれど結果、それが彼女の幸せをーー大切な全てを踏みにじって粉々に砕いたのも当然だ
覚悟はしていた。予想なんて、安易についた。これは、“人類の為”という大層なお題目を盾にした反逆罪だと。だけど、今目の前にいる、すっかり変わり果ててしまった彼女を見ると、果たして自分が、如何なる所業を招いたかが如実に実感する。
「貴様ッ!!大人しくしろ!!」
「抵抗など考えるな!!!」
思考が、地を割るような怒号によって現実へと引き戻される。スイス衛兵が、少なくとも七人。レオとマリーの立つ処刑台へと続く上り階段をまるでバリケードでも敷いているように立ち塞がっていた。明らかに、状況は絶望的だ。しかし、フードを払ったレオは、片手で呆然と立つままの彼女を庇うように守護しながら、その口元を不敵に歪めた。
ーー始めるか
再び、四肢に力を込める。そうして、彼は左手を腰にある革製のポーチへと素早く滑り込ますと、手に取ったそれを立ちふさがる彼らへと投げ放ち、更に自分の足元へと叩きつけた。
「「「!!!!!」」」
刹那、鋭い破裂音が大気を走り、突如として濃密な煙幕が、その全てを包み込む。視界の全てが、瞬きの内に白色へと染まり上がる。そこへ、レオはまるで踊るかのようにして斬り込んでいく。
全てがホワイトアウトしてしまったその世界。本来なら、こんな状況で戦闘など出来るべくもない。唯の一般兵卒たるスイス兵もそれは同じ。だがレオは違う。その躰に流るるは、古きより脈々と続く鷹の暗殺者の、ーーひいては“かつて来りし者”と呼ばれた神がごとき存在の傀儡でしか無かった“ヒト”という種を
ーー世界が、豹変する。
色が欠落したその世界。”鷹の眼“によって暴かれたその世界は、依然煙に巻かれる兵士の全てを見通していた。
ふわりと斬り込んだレオは、只々狼狽えるだけの兵士を、手にする得手たるカタナとピストル、そしてアサシンブレードでまるで機械のように無駄なく処理していく。無慈悲かつ致命的、かつ正確な脚さばきと体使いで、やがて白煙が晴れると共に、レオは七人の衛兵を、迅速に屠殺してのけていた。
「......すごい、わ」
それを、未だ状況が飲み込めず、半ば停止したままの思考で後ろより見届けていたマリー夫人は、思わずそんな声を漏らした。
レオとの長い付き合いの中で、当然マリーは彼の戦う姿を何度も見届けてきた。幼少期は父と母の有する軍隊に混じって訓練し、それを庭園から眺めていた。青年期になると、彼女と共に社交界へ赴くことが激増した中で、諸侯との親交を深める名目で、多くの武闘会が催され、そこでフェンシングの腕を披露してきた。そして彼女が夫となるルイ16世へと嫁いだ時も、宮廷の中で随一と名高い流麗のシュヴァリエ、シャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモレ・デオン・ド・ボーモンと御前試合を行い、その対決は真に世紀の対決と名高かった。
だが今目にしてるそれは、あまり剣術ひいては武術に対しての知恵がないマリーをして理解できる程に乖離していた。
彼女が知っている彼の武術をうねるが如き激流とするならば、今目の前で行われているそれは静かなる清流。
見た目には成る程静かで、美しさすら感じさせるだろう。しかしそれは飾り。それ騙されたモノをおぞましい冷たさと、底にて渦巻く対流が忽ち引き摺り込んでしまう。
その、余りにも洗練されているが故にゾッと背筋が凍る程に恐ろしい戦闘術に、気づけばマリーは今自分が置かれている状況も忘れて見惚れていた。
あまりの凄まじさに、残るスイス兵は尻込みするまま彼に近づこうともしなかった。それを確認したのち、レオは素早く身を翻すと、嘗てとは違い、素朴で粗末な服を纏うだけの王妃へと駆け寄る。
「マリー、遅くなってゴメンよ」
「本当に、レオなの?可笑しいわ。私、死神にでも魅入られてしまったのかしら」
「幽霊でも無いし、ましてや死神でも無いさ。......少し失礼」
言うよりも早く、レオはその小さな王妃の体を己へと引き寄せると、そのままくるりと体を反転。腰に誂えた皮ベルトへと帯刀していたカタナをい走らせ、コンマ数秒遅れて王妃へと向けられた凶弾を斬り伏せる。
意図せずして彼の胸元へと頭を埋める事になったマリーだが、伝わるゴツゴツとした胸板の感触、そして人の有する温もりと、トクントクンと確かに、されど力強く拍動する鼓動が、彼が幻などでは無い本物であるのだと実感させ、また同時に彼女の困惑するままの思考をじんわりと解し、どこか懐かしいその感触が、彼女へ安息を与えた。
「本当に......レオなのね」
「そうさ。色々話したいことはあるし、キミにも色々と問い詰めたいことがあるんだと思う。けれど今は時間がない。今は、俺に全てをゆだねてくれないか?」
曇り一つない天色の、それでいて鷹を想起させるかの様な鋭い双眸が、真っ直ぐにマリーを見つめている。容姿も、放つ雰囲気も、全てが昔とは大きく変わっていった。
けれど、その瞳、その奥に瞬く優しげな決意の光は今も不変のまま。自分達がオーストリアに居たころのままだった。それが、なんだか少し嬉しくてーー状況は涙さえ出て来そうになるほどに不利なのに、きっと彼ならどうにかしてくれるだろうという確信を、彼女に抱かせた。
「分かりました。どうかその剣で、私を護ってくださいな」
ーーならば、今も昔も変わらぬこの忠節の騎士の主人として、自分は信じて何時もの様に手を差し伸べるだけだ
「--仰せのままに。我が白百合の姫君」
その返答に、彼は屹然とした姿勢のまま一礼し、嘗ての様に、己へと差し出された手を優しく取り、ふわりとした笑みを浮かべるまま、パサリと払っていたフードを被せた。
***
さも轟音が如き銃声が、曇天の空を突き抜ける。
「はっ!!」
短く息を吐き出し、体を鋭く踏み込んで半弧を描く様に迫る刃へ、すくい上げる様にして振るったカタナを合わせ、そのまま打ち上げる。そのまま、レオはカチ上げたカタナをくるりと回し逆手に持ち替えると、抉じ開けた相手の首筋へ、迷う事なく刃を突き立てる。
「カヒュ」
突き立てられた刃が気管支、肺、そして頚動脈を潰し、速やかに相手の体から生命を奪って行く。
「マリー!!こっちだ!!」
引き抜いた刃を振り払って血を拭い、空となった銃身へ弾を装填しながら、自らが切り開いた道へ王妃を誘導する。
新時代の到来を告げる音色たる革命広場は今や混沌の極みと化していた。突然の闖入者による強襲に民衆はパニックを起こし、我先にと安全な場所へ逃げようとするその動きがまるで濁流が如きうねりとなっていた。こうなっては、レオを捕らえんとするスイス衛兵も、その流れに翻弄され中々近づけないでいた。
いつの時代になろうとも、社会の大多数、構成は“民衆”に他ならない。そして本質的に、大きな力を持つのもまた、“民衆”なのだ。何もレオは無謀にも単身乗り込んだのではない。“アサシン”として、罪無き民を味方に、教団の命の元実行しているのだ。
「よし着いた!マリー!!馬に乗ってくれ!!」
その流れに逆らう事なく、己へと迫ったスイス兵を処理しながらレオが目指したのは、王妃がここ処刑場へと移送する為に用意された馬車。
「馬の方へ?」
「そう!俺の肩を使うんだ!」
言いながら素早く馬の側面へと屈み込んだレオは、慣れた身のこなしで己を踏み台に王妃を乗馬させると、続いて自らもヒラリと飛び乗り、右手で手綱を握ると、左に持つ連装銃のトリガーを引き、馬と車とを繋ぐヒンジを破壊。
「そら駆けろ!!」
その音で暴れる馬を手懐けながら、腹部を蹴ってギャロップさせた。
うねる民衆の群れを避けながら、荒々しく駆ける馬は、忽ち広場を脱しシャンデリンゼ通りを下って行く。レオは、発動させた鷹の目で周囲の状況を俯瞰する様に観察しながら、残った煙幕弾を通る後方へと投げ放ち、追っ手を完全に撒いた。
「これから何処に行くのかしら?」
「一先ずは俺が用意したセーフハウスへ。その後はーー」
「懐かしいわね」
「え?」
「なんだか懐かしいわ。こんな状況だけれど、昔オーストリアに居た日々を思い出すの。初めての乗馬訓練の時、貴方がこうやって手本を見せてくれたじゃない?」
「......そうだね。本当に」
背中に感じる、余りにも軽い感触。とんと背中に預けられた頭と共に腰へと添えられた腕が強く締め付ける。彼女は今、何に思いを馳せて居るのだろうか。名誉も、尊厳も、地位も、幸福も、愛したモノも、愛していた人達も、全てを踏み躙られ、酷いままに嘗て彼女が愛していた人達に簒奪された。嘗ての白百合の王妃は、その胸に何を抱き、何を想いながら、自分へと全てを背負うには余りにも小さい躰を預けているのか。それを知る権利など、己が信条の為に逆賊と堕ちた自分に有りはしない。
***
『ねぇ、レオ』
『はい、なんでしょう?』
『もぉ、治らないわね。敬語じゃなくて良いって、何時も言ってるでしょう?』
『ああごめん。どうしてもクセがさ』
ーー夢を見ている
『まぁいいわ。ねぇ、レオはどうして剣を学ぶの?』
『だって、僕はマリーを守る騎士だからね。剣くらい鍛えないと、キミを守れないだろ?』
ーー今はもう昔。まだ私に、何も背負うことがなく、世の中に満ちる様々な事の意味を多く知らず、唯流れる日々という平穏を享受し、微睡んでいた頃の。
『それは、お母様やアナタの父上がそう望むから?』
『そうだね。......うん。確かにテレジア様や父上がそう望むからっていうのもあるよ。けれど、他にも、理由はある』
『どんな?』
『僕はこの剣でキミを護る。それと同時に、僕は皆んなが笑って、なんの不自由なく、明日に希望を持てることができるような......そんな平穏な世界を見てみたいんだ」
ーーまっすぐな目で、どこか遠くを見つめながらそう口にしていた少年は、誇り高く、随分と大きく、大人びて見えた。それが私にとって、なんだか彼が遠くに行ってしまうように思えてーー思わず無意識の内に、彼の左手を握っていたのだ。
『素晴らしい世界だわ。私には、想像もつかない程の』
『けどそれには僕自身が強くなくちゃ。力が無いと、何も出来ないから』
『ねぇ、レオ。もし良かったら、私もその世界を見てもいいかしら?ーー皆んなが笑って、楽しくて、何の不自由なく暮らせる世界ーーやっぱり、想像もつかないのだけれど、それはきっとステキな世の中だと思うの』
『うん。良いよ。いつかーー約束は出来ないけれど、いつかきっと、僕がそんな世界にマリーを案内してあげるからーー』
ーー優しく、手を握り返される。
ーーいつかきっと。そう約束した少年の、小さいけれど自分より大きい優しくて少しゴツゴツとして手。その
まるで、
***
「んーー」
滞留していた意識が、後押しされる様にふわっと浮かび上がってくる。ゆっくりと瞳を開けると、最初に飛び込んできたのは濡羽色のローブに覆われた広い背中ではなく、年を経て色が微かに抜け落ちた、木張りの天井だった。
「起きたみたいだね」
「レオ?」
不意に声を掛けられて、彼女はゆっくりとその体を起こす。石と木で作られた室内。内装はとても質素で、あるのはテーブルと椅子。暖炉に彼女が今横たわってるベットだけ。暖炉には火が灯り、ゆらゆらとした暖かい焔をあげながら、くべられた薪を燃やしている。レオは、その暖炉の前で一人、椅子に腰掛けながら揺れる火を見つめていた。
「おはよう......っていうには、ちょっと遅いんだけど。どうかな?体の具合とかは大丈夫?」
「ええ、特には何も無いわ。ここは?」
「ここは俺が用意したセーフハウスの一つ。より正確に言うなら、スイス支部が用意してくれた場所、だけど」
「スイス支部?」
「そう。俺が所属する、“アサシン教団”のね」
“アサシン”
その単語が、マリーの中をぐるり巡る。暗殺者、つまりは何らかの手段を以って、政治的及び社会的な要人を殺害することを生業とする者達のこと。当然、マリーだってその存在は知っている。彼女は“王妃”ないし”貴族“だ。その所属カテゴリーは当然”狙われる者“になる。
華やかなヴェルサイユの、あの名誉と栄光、そして尊厳に満ちたあの場所は、その実悍しいほどの邪悪に満ち溢れていた。権謀術数は言うに及ばず、妬み嫉み、憎悪や敵意悪意などなど、数えればキリがない。当然、その頂点たる夫にしてあの”フランス“の王であったルイ16世の妻として世間に君臨した”マリー・アントワネット“も例外ではない。
事実として無実であったが、結果的にその嫌疑が今の動乱の引き金となった“首飾り事件”は彼女の記憶に新しい。あれも最終的に“ラ・モット伯爵とその加担者”が手口こそ豊富であれ
自分はそういった行為を行う者達である、と彼は言っているのだ。そこで、彼女はハッと自分が座るベットの斜め正面に位置する慎ましい暖炉の前で静かに佇む彼を見た。
「.......アナタなのね?ラ・モット伯爵達を殺したのは」
「.........」
「答えなさい。騎士“レオポルド・ル・シブレ”」
「ご明察です。確かに私がこの手で殺しました」
「......そう」
思わず、天を仰ぎ見る。揺れたその体によって、素朴なベッドがぎしりと軋んだ。
まだ彼女が小さかった頃、まだ花と愛する両親、親愛なる従者達、そして無邪気な夢しか知らなかったその頃から、レオポルド・ル・シブレというヒトはマリア・アントーニア・ヨーゼファ・ヨハンナ・フォン・ハプスブルグ=ロートリンゲンの側にいた。単純な数値にしても、もう彼女にはわからない程に、彼という存在は常にその隣にあった。
それは“恋”だとかそんな甘酸っぱいものなのではなく、大人達の幾ばくかの打算と、何よりも当人達の強い博愛の元に。
けれど自分は、そんなにも永くの時を共にした人の事を、何一つ知らなかったのだと実感させられた。
暗殺者であるならそれで良い。道徳的には蔑まれるべき存在であるとしても、彼は自分の“騎士”としてその旅路を共にし、常に護り続けていたと言う事実は変わらないのだから。けれど彼が言う“アサシン”とは、自分が知っている“暗殺者”及びそれに付随する概念とは大きく違うのではないか。そんな、漠然とした、けれど半ば確信めいた考えがまた、彼女にはあった。
ならば、残ってる事柄など彼女にとって一つしかなく、故にそれを手に取るのは自然と息をするように簡単な事。知らないのならば、知ればいい。
“無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり”
成る程それはそうだ。未だ多くは理解できないけれど、まずは“知ること”から始めようではないか。
そうした決意を胸に、マリー・アントワネットは屹然と、爛々と煌めくようにゆらめくクリスタルパールの瞳を向けながら、かつて王宮にいた頃の、ともすればそれ以上の、“意思”という白百合の輝きを放ちながらその想いを言の葉と編んだ。
「ねぇレオ。よかったらアナタのこと、私に教えてくれないかしら?私が知らない、アナタの“本当の”事を」
ーー『アナタ、お名前はなんというのかしら?』
『レオポルド・ル・シブレ。気軽にレオとお呼びください』
『まぁ、レオと言うのね。なんて素敵な名前でしょう!ええ、ええ!確かに獅子のような人だわ!!』
その輝きは彼にとって、本当に懐かしい、脳裏の奥深くへと焼き付いた、あの時のようでーー
「うん。勿論、そうするつもりだよ」
アサシン教団としてもなく、ましてや彼女お付きの騎士としてもなく、“レオポルド・ル・シブレ”という個人として、その問いに、静かに頷いた。
約一年ぶりの投稿。誠に申し訳ありません。
こんなにも遅れてしまった理由としましては、リアルの事情も大きかったですがやはり”1.5部後半”と”正月のプロローグ”、そして何よりも”二部開幕”というのが大きかったです。詳しい話は活動報告のところでも。興味がある方は見てみてくださると光栄です。
現代編”カルデア”のベースタイムラインは一部途中ほどです。
ちらちらとアサクリファンならピンとくるんじゃないかという表現を入れつつ、物語を展開していきたいと思います。
では、私は早速オデッセイをば