生まれて来てからのこの十六年という短い歳月の中で、心の底から交流を避けたい相手と出会う事は無かった。
勿論、出会った人全てが私にとって付き合い安かったという訳ではない。性格上の相性の良し悪しというものは人間関係には必ず付き纏って来るというのが私の認識であったし、実際、会話をする上でぎこちなさや不快感が存在する相手も居た。
ただ、そういう人に対しても絶対に関わりたくないなどとは考えた事も無かった。無かったのだが、今度ばかりは話が別かもしれない。
花の女子高生と言えば聞こえは良いが、正直な所、私はこの胸躍らせるべき新生活に大した期待を持ち合わせてはいなかった。
私という人間は、まず控えめに言って、消極的である。新しい環境で新しい挑戦をするよりは、如何に自分を環境に適応させるかという事を優先する質である。大きな成功も失敗もした事が無い、何にも挑戦する事が無い故に。
つまりは環境が変わろうとも私という人間は変わらず、私が変わらなければ新しい何かなど産まれもしない。そんな見方によっては空虚とも傲慢とも取れるライフスタイルを心がけようとしていたのだが、そこは人、完璧なパターン化など出来る筈もなく、何故か私は部活動に参加するという事態になっていた。
というのも、数日の内に多少会話をするようになったクラスメイトとの会話で部活の話題になった時、私が部活に入るつもりは無いと言うと、
「高校一年目でそれは、ちょっと勿体なくない?」
という本人からすれば何気無い一言を受け、私が持ち前の適応能力を発揮した結果そういうものかと納得し、気付けばどの部活にしようかなどという、日常系アニメの始まりのような選択をする事になった。
スポーツなどの身体を動かすようなものは、ごく個人的な問題であらかじめ除外する。そうなると必然、文化部のどれかから選ぶのだが、文学少女までは行かずとも多少文学という物に興味があった私は、少し悩んだ末に文学部に入部する事を決めたのだった。
という所で少しだけ話を戻すと、私の言う、心の底から交流を避けたい相手が文学部に身を置いていた事を何となく察せられるだろうが、まずは入部の際の具体的な顛末を話しておこう。
それは私が善は急げとばかりにその日の放課後、文学部の部室まで直行した後、ノックをしようとした時だった。中から、二人程の女性らしき声が扉越しに聞こえてきたのだ。
やけに甲高いような気はしたものの、何ら疑問を抱く事なく扉を軽く二回叩くと、ガタリと大きな音が中から聞こえ、数秒の静寂の後、扉は開かれた。
その時の先輩方二人の有様と言えば、息を切らし、顔には汗を浮かばせ、衣服は乱れている。
察するなという方が無茶である。
この程度ならば、まだ良かった。部室を性行為のーーーそれも同性同士のーーー交渉の舞台にしている時点で私の常識から鑑みれば十二分に異常なのだが、同性愛についてどうこう言える程の持論など元より持ち合わせてはおらず、恋人同士であれば我慢の効かない事もあるものかと一応は納得し、気まずい雰囲気の中私は無事に文学部への入部を果たした。
問題はここからだった。
最初こそ部長、緋宮茜は真面目を装っていた、とはとても言えない。そのぐらい隠蔽がお粗末であった。まず、他の部員が来なさすぎる。不自然なペースで部活中止の連絡が来る。部室の奥の方に何故か大きめのソファーがある。
これほどまでに怪しさを醸し出し来ている所を見ると、最早隠すつもりも無いのではなどと考えつつも、入って一月も経たない内に退部というのはどうだろうと頭を悩ませながら部室の扉を開けば、件の緋宮先輩が初対面の時とは違う女性を相手に盛りあっている現場を目撃してしまったのだ。
この時ばかりは流石に運命を呪った。何が悲しくて顔見知り同士の情事を見せつけられねばならぬのだろうか。
先輩の相手は、よりにもよって私に部活加入を決めさせたあのクラスメイトであった。明日からどう顔を合わせればよいのだろう。
そそくさと帰って行った彼女を尻目に私は先輩にこう言った。
「部長は、所謂レズですか」
「うん、まぁそうだねぇ」
熱で上気した頰を指で掻きながら、答える。
私は言う。
「特定の相手と付き合っているわけでは、ないのですか」
「今の所そういう相手はいないかなー」
「彼女とは一体どういう経緯で?」
「結構好みの顔だったから、声かけてって感じかなぁ」
やはりそういう事なのか。
この緋宮茜という人間はレズビアンであり、同時に見境無しに誰とでも交わるような尻軽であると。
「部室で、しかも初対面の人とそういう行為をするのはどうかと思いますけど」
「んーでも、これがなかなかやめられなくってさぁ。あ、でも流石に大事な所までは手つけてないよ?あくまでちょっと気持ちいい遊びって体で、ね」
だからといって何故部室で始めるのか、これがわからない。そういう事はもっとプライベートな空間でやるべきだろう。
むしろこんな場所で、初対面の相手でさえ容易にそういう関係に持ち込めるという事はこの部長、実は話術のスキルが半端無いのでは、などと半ば現実逃避にも等しい疑問を脳内で反芻させていると、目の前のゆるふわヘアーが途端に沈黙を破ってきた。
「やっぱり控えるべきかなぁ、こういう事は。君にもバレちゃったしねぇ」
何を今更と私が口に出そうとする前に、彼女は何かを思い付いた様子であっと声を上げ、
「でも、君も私の『友達』になれば全部解決、だよねぇ?」
目と髪を怪しく揺らめかせていた。
そして、その言葉と表情を認識した瞬間、私と私の背中の悪寒が猛ダッシュし、後ろを振り返らぬまま家を目指したのだった。
その後、無事に帰宅出来た事を喜びつつ、二度と文学部と緋宮茜に近寄らないという不文律を作り、平穏な高校生活を取り戻そうとした。
したのに何故。
「おはよー雫ちゃん」
何故だ。何故なのだ。
「緋宮、先輩」
「もちろん今日も部活、来てくれるよねぇ?」
まるで獣が舌舐めずりでもしているかのような笑顔に、私は昨日と同じ悪寒を感じたのだった。
続かない