面倒くさがり女のうんざり異世界生活   作:焼き鳥タレ派

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50話達成を祝ってくれた方、今まで付き合ってくれた皆さんありがとう!でもまたファイル数のミス(解決済)!

青白いクリスタルが形作る美しい塔の内部を進んでいく、サラマンダラス帝国査察団。

あたしは一応戦闘要員になるべく、前方のアクシス隊員後方に付いていく。

本当に人間が来ることを望んでいたように、塔内部には天然のスロープが形成され、

どんどんあたし達を上層階に導いていく。

 

時折、査察団は足を止めフロアの調査に当たるけど、分析班の結論はいつも同じ。

それは固体化したマナの結晶。壁のサンプルを採取しようとした研究員もいたけど、

とんでもない硬さに工具の方が刃こぼれし、傷一つ付けられなかった。

 

休憩を兼ねた調査も一旦終了。あたし達はまた塔を上り始める。

ある程度の階層までたどり着くと、ヘールチェが足を止めて皆に呼びかけた。

 

「皆さん、ここから先はモンスターが出現します。十分な警戒を」

 

アクシスは各々の武器を構え、

パルフェムも扇子を抜いて不可思議な空間に想いを巡らし、

あたしもピースメーカーを抜いて、小声でサイレントボックスを詠唱した。

貼り付けた緊張の中、次の階層へのスロープを上る。

なぜかしら。塔を上るにつれ、太陽に近づいているはずなのに、

少しずつ薄暗くなっている気がする。

 

次のフロアで突然雰囲気が変わる。

今までは自然にできた構造物のような、むき出しの巨大な結晶や、

つららのように垂れた固体マナが天井に広がっていたけど、

この階は明らかに人の手が入っている。壁が多数の垂直な平面で、多角形の階を構成し、

足元にはダクトのような穴が空いている。今度はスロープがない。行き止まりかしら。

 

「ああ、せっかく一句浮かびそうでしたのに、無駄骨になりましたわ!」

 

地形の変化に文句を言うパルフェム。

研究員がダクトを調べようと覗き込んだけど、何もなかったらしく、

肩をすくめて戻ってきた。でも、彼の後ろからカサカサと不気味な音が近づいてきて、

蜘蛛型モンスターが姿を表した。

 

《カリカリカリ……》

 

「伏せて!」

 

足が固体マナ、胴体が肉身のある有機体のモンスターが研究員に飛びかかる。

研究員が伏せた瞬間、ピースメーカーで照準し、発砲。

無音の空間から飛び出した.45LC弾が胴体に命中すると、クモがひっくり返ってもがき、

動かなくなった。でも攻撃はまだ終わらない。

ダクトからぞろぞろとクモが現れ、あたし達を取り囲む。

 

「総員、分析班を囲み輪形陣!」

 

皇帝の指示が飛ぶ。

アクシスもあたし達も、分析班を守りながら、クモの群れと戦闘を開始する。

多分、足に攻撃は効かない。効くかどうか試してる余裕も弾もないから、

ひたすら胴に.45LC弾を撃ち込んで行く。

周りは滑りやすくて硬い結晶。跳弾に気をつけなきゃ。

 

「なんのこれしき、手足で十分である!」

 

将軍が、無数のクモにたかられながらも、足で踏み潰し、手で握りつぶし、

肩にくっついた一匹を壁に投げ飛ばし、殴りつけた。

 

「小さいからって、舐めないでくださいまし!」

 

パルフェムが近接戦闘用の鉄扇で、一匹ずつ確実にクモを叩き潰す。

アクシス隊員も、マナを燃焼させる火炎放射器や、

魔力をエネルギー散弾に変えるショットガンで応戦。

徐々にクモの増援は減っていき、やがて室内に静寂が訪れた。

 

「これで、全部のようだな。負傷者は?」

 

「現在確認中……負傷者なし!」

 

「では、行くぞ。進む道を探すのだ」

 

すると、皇帝の声に答えるように、壁の一部がスライドし、次の階層への階段が現れた。

階段ってことは、やっぱりこの塔は人為的に造られたってことらしいわね。

次の階へ上る前に、分析班がクモの死骸を調べるけど、弱点の肉体は消滅し、

固体マナで出来た足が残っているだけだった。

あたしはピースメーカーのローディングゲートを開けて、

排莢・装填しながら一歩一歩慎重に階段を歩む。

 

長い螺旋階段を上りきると、今度は高いドーリア式の柱と、

鏡のように磨かれた天井しかない、吹きさらしの広大な円形スペースに出た。

ちょっと怖いけど、端に近寄って下を見る。

あたし達が宿泊してるMGDの首都が一望できた。

とんでもない高さまで来たもんだけど、あたしらこんなに歩いたかしら?

 

「パルフェム、もうクタクタですわ~」

 

「私達が調査出来たのはここまでです。

先程のクモとは比較にならない、強力な敵に阻まれたので、

中断せざるを得なかったのです」

 

「では、また来るということだな」

 

皇帝が判断したように、第二の敵襲。

空の向こうから、重い叫び声を上げながら、巨大な生物が飛来してきた。

 

《グオオオオン!!》

 

ティラノサウルスのような大きな顎と胴体に、大きな翼を生やした化け物が3体。

 

「総員戦闘態勢!分析班は後退せよ!」

 

今度は戦力を3つに分け、空飛ぶ猛獣を迎撃する。

柱の間から首を突っ込み、両腕をぶんまわし、鉤爪で切り裂こうとしてくる。

ありがたいことに、フロア中央まで下がれば顎は届かないけど、

腕はリーチが長くてしっかり届くのよ!

 

これはピースメーカーじゃキツいわね!あたしは急いでM100に持ち替えると、

即座に腕を伸ばしてきた一体の口に、45-70弾をお見舞いした。

音もなく放たれたライフル弾が命中。

 

《ギャオオン!グオオ……》

 

当たったけど、殺しきれなかった!

口から血を流しながら、なおも鉤爪や噛みつきで攻撃してくる。

あれだけの巨体が暴れても何故か壊れない柱のおかげで、どうにかなってるけど……!

 

「ぐあっ!」

 

「しっかりしろ!テトラが負傷!」

 

「分析班と共に後退させよ!」

 

一瞬だけ後ろを見ると、アクシス隊員の誰かが、腕を鋭い爪で裂かれたみたい。

水晶の床に、滴る赤の血が鮮明に映し出される。さっさと片付けないと!

あたしは2,3歩下がって、呼吸を整えて強装弾の魔法を詠唱。

M100のシリンダー内の弾を強化。再度、凶暴な恐竜鳥に銃口を向ける。

 

そいつが噛み付いてきた瞬間、

トリガーを引いて強化45-70ガバメント弾を放ち、口に叩き込んだ。

一切炸裂音がなく、しかし、両手に強烈な反動を打ちつけてくる銃弾は、

今度こそ上顎から後頭部に掛けて貫通し、恐竜鳥の命を絶った。

脳を破壊された大きな巨体は、血を撒き散らしながら落下してく。

一発目は奴らの猛攻に押されて強化できなかったのよね。あと2匹!

 

「お願いです!少しだけ時間を稼いで下さい!……風神、雷神、天より下りて空奔り」

 

「ならば我輩が盾となろう」

 

皇帝陛下が物資の中から鋼鉄製のケースを開け、中からベルトを取り出し、装着した。

お、あれの出番ね!

 

「……変身!」

 

[音声認識完了。S.T.A.Sを起動します]

 

皇帝陛下が変身を宣言すると、彼の体を光の粒子が瞬時に包み込み、

仮面ライダーフォートレスに変身!

要塞の名に相応しい厚い装甲。そして、新方式の装備デバイス。

彼が左腰に右手をかざすと、ケースからフロッピーディスクがカシャンと一枚飛び出し、

手に収まったフロッピーを右腰のドライブに装填。

データが中央のスマートフォンに送信されると、システム音声が。

 

[DEFENSE CODE]

 

コードが発動すると、皇帝の左手に棺桶の蓋のように大きく分厚い鋼鉄の盾が現れた。

彼はそれを両手で構えて腰を落とし、へールチェをかばう。

まさに要塞と化した皇帝は、巨大な恐竜鳥に噛みつきにも、鉤爪にも、びくともしない。

時折、数センチ押し戻されるだけで、完璧に後ろのへールチェを守り切る。

 

“やったー!アヤの改良大成功であーるよ!”

 

下の階からアヤの大喜びが聞こえてくる。

そう言えば、仮面ライダーフォートレスの名前、ちゃんと皇帝に許可取った?

やだ、馬鹿なこと考えてる場合じゃないわ。

あたしもなんかしなきゃ、と思った時、ヘールチェの詠唱が完了した。

 

「……怒りの拳、振り下ろさんことを!サンダーインパクト!」

 

同時に、皇帝に攻撃を続けていた恐竜鳥を、

高圧電流を孕んだ強烈な衝撃波が横から殴りつけた。

 

《ギャァァス!!》

 

電撃で黒焦げになり、見えない力にバラバラにされた怪物が、

遥か下の地面に堕ちていく。あと1匹は!?

見回すと、将軍がアクシスの援護射撃を受けつつ、大剣で最後の怪物に果敢に挑む。

 

「うおおお!冷たき鋼、弧を描き、地を穿ち、我が求むる剣技となれ!月影山河!」

 

彼は珍しく炎を使わず、純粋な魔力を剣に纏わせ切れ味を増し、

恐竜鳥になぎ払いを浴びせ、跳躍からの下段突きという連続攻撃を叩き込んだ。

両腕を落とされ、頭に深く大剣を刺された敵は、声を上げずに絶命。

他の2体同様、ブランストームの大地に堕ちていった。

 

360度を見回し、状況を確認。……増援はないみたい。

あたしは銃にリロードしながら次の戦闘に備える。ここは屋上じゃない。

だったらまだ上がある。そこを素通りできるはずがない。

 

でも、しばらく待っても上階へつながる何かが現れない。

安全を確認した分析班もぞろぞろと上がってきた。ここで終わりなの?

皆も同じ疑問を抱いたその時、フロア中央に淡いブルーに光るサークルが現れた。

その不思議な現象に皆驚く。少し近づいて見たけど、なんだか圧倒的な威圧感を覚える。

あたしは皇帝の判断を待った。

 

「……分析班はここで待機。戦闘要員が先に進み、安全を確保する」

 

誰も何も言わなかった。それほどまでに、サークルの先から放たれる存在感は大きい。

 

「戦闘員、前進せよ!」

 

皇帝の命令で、皆が一斉にサークルの中に入った。最後にあたしが足を踏み入れると、

突然身体が軽くなり、エレオノーラの神の見えざる手とは異なる違和感に襲われた。

まるで原子レベルまで分解されて、風に乗ってどこまでも運ばれていくような、

どこまでも自分が軽くなる感覚。時間にしてわずかだと思う。

その未体験の感覚を認識できたときには、転送は終わっていた。

 

黄金色に輝く不思議な空間。太陽が見えないのに神々しい光に包まれている。

地平線の果てまで水晶の床が続き、手が届くと錯覚させるほど、

質量の大きい雲がいくつも浮かぶ。固体は床の水晶以外何もない。

……先に佇む存在を除いて。

 

「総員、前進」

 

皇帝の言葉で皆が正体不明の存在に向かって歩みだす。

出発時に比べて寂しいパーティーになったわね。

戦えるのは、撤退した2名を除くアクシス隊員3名、将軍、パルフェム、ヘールチェ、

皇帝陛下改め仮面ライダーフォートレス、そして、あたし。

少なくなった足音がそこで止まる。

 

あたし達の頭上に浮かぶ存在。それは天使だった。天球儀を象った長い杖を持ち、

純白の大きな翼で空に位置し、微妙に形を崩した十字架を刺繍した、

司祭のようなローブを身にまとっている。

静かに目を閉じ、ルネサンス期の石像のような固く整った表情をしていて、

性別はわからない。皇帝が話しかけようとした時、天使が先に口を開いた。

 

『よく来ましたね、人の子らよ。私は、大天使アークエンジェル。

主の御言葉に従い、神界への道を守る者』

 

清らかな声で真実を告げられ、皆の間に動揺が走る。

神界塔の調査に来たら、本当に神界の天使に出会ったのだから。皇帝がその言葉に続く。

 

「大天使よ、我々はこの塔が放つ力が消えゆく原因を探しに来た。

我々はこの塔を神界塔と呼んでいるが、

塔が力を失いつつある原因について心当たりはないだろうか」

 

「お願いです、大天使様!

神界塔のマナがなくなれば、多くの国民の命が落とすことになるのです!

どうか、今一度、塔の力をお貸し下さい!」

 

皇帝とヘールチェの言葉を反芻するように、しばし沈黙した後、

アークエンジェルがまた口を開いた。

 

『……それが、是あるいは非なのか、彼にしかわからないことです。

私にできることは、ただ、神界に続くこの場所で使命を果たすことだけ』

 

「使命、とは?」

 

『あなた達が彼の玉座に手を伸ばす資格があるかどうか。戦いの中で見極めること』

 

「要するに、通りたかったら力ずくってことね。わかりやすくてありがたいわ」

 

あたしはM100にリロードして、改めて弾丸を強装弾に変化させる。

それに気づいたアークエンジェルが、あたしに顔を向ける。

 

『斑目里沙子。あなたは……いいえ、私が多くを語ることに意味はありません。

さあ、おいでなさい』

 

アークエンジェルがふわりと高度を上げると、杖を掲げた。

先端の天球儀が回転を始める。

きっと嬉しくない事が始まる予感がしたあたしは、皆に叫んだ。

 

「危ないわ!みんな散らばって!」

 

全員が散開すると同時に、天球儀が光り、描かれた星座を写し取るように、

無限に広がる床に隕石が召喚される。

床にも大きく星座が浮かび上がるから、星を回避すれば直撃は避けられるけど、

10tはある隕石の落下で床が激しく振動し、足を取られそうになる。

 

「キャアッ!」「ふぬっ!」「ああっ!」

 

アクシス隊員達も回避に必死で反撃もままならない。

そんな中、一人だけ安定した足運びで隕石を避け続ける者が一人。変身した皇帝。

彼自身も隕石の如く重量のあるアーマーで身を固め、更に大きな盾で重量を増し、

反撃のチャンスを窺う。攻撃の第一波が止んだ。

それを好機とばかりに、右手をディスクケースにかざし、フロッピーを一枚ドロー。

ディスクドライブに装填。

 

[SNIPE CODE]

 

コード発動と同時に、皇帝の右手にジェイロジェットライフルが現れた。

二度目の隕石の攻撃が始まる瞬間、彼がアークエンジェルに照準を合わせ、

トリガーを引いた。弾速に優れた13mmロケット弾が銃口から飛び出し、

大天使の手元に命中。天球儀の杖を弾き飛ばした。

 

『ああ……!』

 

杖がカランと床に落ちると同時に、隕石の落下も停止し、

あたし達にも反撃のチャンスが生まれる。

M100にスコープを装着し、アークエンジェルに狙いを定め、トリガーを引く。

螺旋を描きながら突撃する強装弾が天使の腹部にヒット。これは結構効いたんじゃない?

 

『うぐうっ!!』

 

強化ライフル弾の衝撃で、上空にいたアークエンジェルが高度を落とした。

それを狙って他のメンバーも次々と反撃に転じる。

 

「許せ、大天使よ!……我が剣閃、闇夜に翻り、総てを照らす月となれ!煌煌三日月!」

 

将軍が大剣にさっと手をかざすと、刃が紫に光る。

そして、真っ直ぐ前方に剣を構え、

渾身の脚力で宙返りジャンプしつつ剣を振り上げると、

太刀筋が三日月のような形を成して、将軍が着地した瞬間、

アークエンジェルに向かって飛翔。

光のような速さで突き進む剣技が大天使を切り裂いた。

 

『私の、身体が崩れていく……彼を、守らなければ』

 

アークエンジェルが苦痛に顔を歪ませながら、両腕を広げ、目を閉じて魔力を集中。

すると、手のひらの空間が歪み、小さな重力球を形成。

重く暗い球体は、分裂しながらゆっくりとあたし達に向かって飛んできた。

 

多分、当たると痛いじゃ済まない黒い球から逃げ回るけど、

どういう原理か、絶対距離を少しずつ減少させて確実に近づいてくる。

要するにいくら逃げても、いつか追いつかれる。ヘールチェが逃げながらも魔法を詠唱。

 

「呪わしき声、飛び交う闇の牙、光のベールで我らを守れ!マジックバリア!」

 

魔法が発動すると、あたし達をぼんやりしたグリーンの球体が包む。

 

「魔障壁を張りましたが、恐らく一度しか保たないでしょう!油断なさらないで!」

 

「ありがと!もう一発くらい撃てそう……ごめ、やっぱ無理!」

 

アークエンジェルの攻撃を避けるのに必死で、

いつの間にかサイレントボックスも強装弾も解いてしまってた。

急いで魔法をかけ直すけど、その隙に重力球に追いつかれた。

重力球は強固な魔障壁を、グォン!と音を立てて飲み込み消滅した。

 

深呼吸して心を落ち着けて、サイレントボックスだけでも、と詠唱を再開するけど、

重力球のひとつが、無防備になったあたしに向かって浮遊してくる。

詠唱を中断して迎撃せざるを得ない。

 

あたしはピースメーカーを抜いた瞬間、重力球を狙い撃つ。

力のバランスを崩した重力球が、周囲の空間ごと一瞬だけブラックホールになって消滅。

耳が痛いけど、M100よりはずっとマシ。あたしは援護に回るしかなさそう!

 

次々とアークエンジェルの手から重力球が生み出される。

こいつは大小関係なく、何か吸い込むと消滅するみたい。

あたしは味方に接近する重力球をファニングで撃ち落としながら、

皆に攻撃のチャンスを作る。

 

5発撃って排莢。そしてリロードしようと腰の弾薬箱に手を回すと、青くなった。

弾切れ。M100は最上階に存在するであろう、神界塔の主との戦闘に残したい。

そもそも、もう一度撃ったら耳がヤバい。

 

「誰か!誰か弾を持ってない!?.45LC弾よ!もう弾がないの!」

 

“済まない!実弾兵器はないんだ!”

 

アクシス隊員の誰かの返事が帰ってきた。

彼らも命を奪い取ろうと迫る重力球の群れに防戦一方。

ふらふらと敵弾のひとつが、あたしの頭上からゆっくりと近づいてくる。

やだもう、黒いマリモがあたしをお掃除しに来てるんだけど!

 

絶望的な状況に、慌てて何か投げつけられるものがないかポケットを探るけど、

ごちゃごちゃしたものが引っかかって上手く取り出せない。

もう、人って切羽詰まるとここまで役立たずになるのね!

 

クロノスハックも、彼我の距離を強制的に縮める重力球には意味がない。

もう死ぬるしか……そう思った時、遠くから届いた小さな銃声と共に、重力球が消滅。

音の方向を見ると、皇帝がジャイロジェットライフルを構えて、

味方に近い敵弾を撃ち抜いていた。

 

1マガジン撃ち尽くして、ほんの少しだけ戦況に余裕ができると、

皇帝はカラになったライフルを投げ捨て、フロッピーを1枚ドロー。

ラベルにサラマンダラス帝国の紋章が描かれたフロッピーをドライブに装填。

あ、あれって!

 

「済まない、尊き者よ……!」

 

[DEADLY CODE]

 

皇帝が盾を構えながらアークエンジェルに突進。

途中ヘールチェのバリアを吸い取られたけど、足を止めることなく走りつづける。

またひとつ重力球が行く手を遮るけど、盾を投げつけ、強引に突破。

標的まであと数メートルのところで、最後の一発が邪魔をするけど、

両足に搭載されたジャンプ用スプリングで大きく跳躍。

重力球を飛び越え、アークエンジェルに飛びついた。

 

『はっ!?』

 

「うおおおお!!」

 

鋼鉄の兵士に組み付かれ、驚愕するアークエンジェルにライダーキックを発動。

敵を捕まえ、ジェットパックに点火し急上昇を開始。

上昇しつつ、何度もロボットアームで強烈なパンチを浴びせる。

人間の頭部なら粉々にするほどの拳が、

アークエンジェルの強固な顔を徐々に砕いていく。

 

『ああっ!……私が、私が終わってしまう!』

 

限界高度に達し、一瞬静止した瞬間、皇帝は相手を放り出して両手を握り、

鋼の拳で殴り落とした。そして、ヘッドギア内部のゴーグルが、

高速で落下するアークエンジェルの、予測落下地点を計算。

 

[SEARCHING...LOCK ON]

 

「往くぞ!」

 

同時に、右足で狙いを定めてジェットパックを逆噴射させ、

空中から地上の敵を目掛けて、自由落下と噴射の威力を乗せて、

錐揉み回転しながら彗星の如き速さで落下し、

地上でもがくアークエンジェルに鋼鉄の脚を突き刺した。

 

地上から見ていたあたし達は、

高速で落下し、硬い床に叩きつけられるアークエンジェルを、

ただ息を呑んで見つめるしかなかった。

次の瞬間、身動きすらままならない敵に、

皇帝が正確なコントロールで大空から高速で落下し、真上からキックを命中させた。

その破壊力は、ただ硬いこと以外何もわからない床に、大きなクレーターを作り、

あたし達に爆風を吹き付けた。

 

両腕で顔をかばいながら、爆風が止むのを待ち、ようやく目を開けると、

そこには立ち上がれないアークエンジェルと、

そばに仮面ライダーフォートレス改め皇帝陛下が立っていた。

彼のファイナルベント、完成したのね。アヤにも伝えてあげなきゃ。

皆、ヘビースパイラルライダーキック

(後で彼女が名付けた。皇帝は“好きにせよ”とのことだった)の直撃で、

戦闘不能になったアークエンジェルに恐る恐る近づく。

 

その芸術的彫刻のような顔には大きなヒビが入り、翼からは無残に羽が抜け落ちている。

皇帝はアークエンジェルを見下ろす。

当然ながら表情を読むことは出来ず、ただ一言を告げた。

 

「……他の解決策を見いだせなかった我輩を、いつの日かあなたの手で裁いてほしい」

 

『良いのです。あなた達の魂の輝きを、確かに認めました。私の役目はここまでです。

もう、お行きなさい……』

 

そう言って事切れたアークエンジェルの亡骸が、柔らかな光に包まれ、

美しい羽となって空に舞う。

羽はフロア中央に集まり、風で巻き上げられるように、いつまでも落ちることなく、

こっちにおいでと誘うように、ひらひらと飛び続ける。

 

あたし達は、互いに目を見合わせると、ひとり、またひとりと羽の集まりに飛び込む。

羽は飛び込んだ者を不思議な力で、遙か上空に運び去っていく。

勘でしかないけど、次で最後。

サイレントボックスと強装弾の魔法を唱えて準備を整える。

覚悟を決めて、あたしも飛び込むと、優しく、それでいて大きな力で、

あっという間に身体を打ち上げられていった。

 

……ほんの一瞬だけ意識を失っていた。

あたし達が辿り着いたのは、恐らく神界塔の頂上。

これまでのフロアと決定的に違うのは、床がない。

アークエンジェルと出会った階層と同じく、太陽がないのに、黄金色の空が広がり、

眼下に雲海が広がる。

 

いや、それだけじゃない。

見渡す限りの空間にびっしりと、魔力の光で何かの数式が記されている。

読んでみたけど、何を求めようとしているのか、まるでわからない。

数学は結構得意なつもりだったんだけど。

 

ひとまずそれは放っておきましょう。全員が転送されてきたら、

奥にいるその人物の後ろ姿に、否が応でも目を引きつけられる。

彼は空間にひたすら数式を書き続けている。

やがて、キリのいいところまで計算が終わったのか、

宙に浮かぶプレートに、チョークのような魔力の結晶を置くと、あたし達に向き合った。

 

『やあ。みんな揃ったね』

 

謎の人物は優しい声で告げた。

グレーのスーツを着て眼鏡を掛けた、白髪で背の高い老紳士。見た目だけは一般人。

だけど、彼がこの階と言うより、神界塔の主に違いない。

微笑みを湛えながらも、凄まじい覇気をあたし達に放ち続ける。

彼は何も言えずにいるあたし達に構わず、襲いかかってくる様子もなく、語り始めた。

 

『ここまでやってきた人間は、君たちが初めてだよ。

やはり人には勇気と力が、残されていたんだね。とても嬉しい、そして、とても残念だ』

 

彼のペースに飲まれながらも、一度深く呼吸して、あたしはようやく彼に話しかけた。

 

「……それって、アークエンジェルを殺したこと?」

 

『それは、違うよ。大天使も神に寵愛されし存在。決して滅びることはないんだ。

いつかまた会える。悲しむことはない』

 

あちこちにテーブルの役割をしているプレートが浮かんでいる。

彼はそのうち1つに乗せられている顕微鏡を覗き込む。

何を見ているか尋ねようとしたら、彼が背を向けたまま話しだす。

 

『そうそう、床の数式は踏まないでくれると助かる。ちょうど今、面白いところなんだ』

 

「何を計算しているの?」

 

『今は惑星の誕生から寿命を迎え超新星爆発を起こすまでの過程を、数式に表してる。

わかったところでどうにもならないけど、

ここじゃ、それくらいしか楽しみがなくてね』

 

「ここにはどれくらい?」

 

『この塔ができてから。いや少し違うな、僕が来たからこの塔ができたんだ。

ちなみに、ここはもう神界塔じゃあない。文字通り神々の住まう神界なんだ。

神界塔。誰が名付けたかは忘れてしまったけど、言い得て妙だと思うよ』

 

マイペースに語る彼だけど、あたし達にとってはとんでもない事実。

ひたすら神界塔を上っていると、いつの間にか神の世界に来てたんだから。

とりあえず、みんな彼とこのフロアの雰囲気に慣れてきたのか、彼に話しかける。

まず、後ろのヘールチェが飛び出して、彼にひざまずく。

 

「お願いします、尊きお方!どうか神界塔修復にお力をお貸し下さい!

なぜ塔は力を失いつつあるのでしょうか!

神界塔の力がなければ、魔国の将来は絶望的なのです!」

 

彼女の懇願に、彼は少し悲しそうな顔をして答えた。

 

『うん、あれなんだけどね。

僕はそろそろ天界に持ち帰って、ただのマナに還そうと思っているんだ。

力が弱まりつつあるみたいだけど、どう言えばいいのか……

僕の迷い、のようなものが塔に反映されてるんじゃないかな。紅茶はどうだい?』

 

「結構です!貴方の迷いとは何なのでしょうか!

どうか神界塔を人間から取り上げないで下さい!」

 

必死に祈るヘールチェ。

彼の話を聞いていると、段々その正体に心当たりが浮かんでくる。

彼の出現で現れた、神界まで届く塔。アークエンジェルを上回る存在。

確かめてみるしかないわね……!あたしは一歩前に出て、再び彼に問いかけた。

 

「ねえ、貴方なら知ってると思うけど、私は斑目里沙子。地上でプータローやってる。

もしかして貴方は……」

 

すると彼は振り返り、真っ直ぐにあたしを見つめる。

 

『君は不思議な存在だね。別の世界から、僕たちが位置している世界に、

何の理由もなく流れ着き、平和と混沌をもたらしている。

僕の判断を鈍らせているのは、他ならぬ君なんだよ』

 

「どういうこと……?」

 

『君が邪悪な魔王を打ち倒すために、仲間と共に旅をし、

故郷の次元から持ち込んだ兵法で人類を勝利に導いた。

しかし、その軍事技術を巡って新たな争いが生まれた』

 

「それは否定しないわ。でも、結局貴方は何が言いたいの?」

 

『人類は救済に値するか』

 

全員がハッとなる。

彼がその気になれば、ミドルファンタジアを滅ぼすことなど造作もない。

本能的にそれを悟ってしまったから。そう、確かに可能。あたしの予想が正しければ。

 

「そろそろ教えて。貴方の名前を」

 

『失礼。すっかり自己紹介が遅れてしまった、申し訳ないね。僕の名前は、メタトロン。

……とは言え、僕には76通りの名前があるから、どう名乗るのが一番適切なのか。

とりあえず、“神の代理人”としておくよ。

誰が考えてくれたかは、もう思い出せないけど』

 

「神の代理人だと!?」

 

「皇帝陛下、彼の言っていることは本当です!

メタトロンとは、あらゆる天使の頂点に立つ、最も神に近い存在!

戦いを挑むのは無謀です!彼が真の姿を表したら、それだけで世界が滅びます!」

 

メタトロンが苦笑いをして答える。

 

『誤解しないで欲しい。別に君達を炎で焼き尽くすためにこの世界に来たわけじゃない。

ただ、落とし物を回収するか、君たちに託すか、考えていただけなんだ』

 

「落とし物……?」

 

ヘールチェが問いかけると、メタトロンが指を鳴らした。

すると、一瞬にして景色が変わる。あまりの高さによくわからないけど、

足元を見ると魔国上空。側には天まで続く神界塔が伸びている。

つまり神界塔上層階にワープしたってことなんだけど、

見えない床で落下することがない。とは言え、高所恐怖症じゃなくてもやっぱりビビる。

 

『この神界塔はね。僕が初めてこの世界に来た時に生まれたものなんだ。

炎の柱たる僕が降り立った時、その炎が冷えて固まったのが神界塔なんだよ。

その頃、人間はまだ地上に数えるほどしかいなくて、この星の支配者ではなかった。

だから僕は、この知恵を持つ人間達が何を成すのか、神界から見守ることにしたんだ』

 

「……貴方の判断をお聞きしたい。人は、生きるべきか、死ぬべきか」

 

『それがわからなくて困ってるんだ。

……さて、そろそろいつもの姿に戻らないと失礼だね。少し、待っててほしい』

 

「え、ちょっと待っ……!」

 

あたしが声を上げると同時に、

人の姿をしたメタトロンから目が潰れるほどの光が放たれ、

思わずしゃがみこんで目をかばう。光と共に大きな波動があたし達に叩きつける。

見えてないけど、神の代理人がその姿を形成しつつあるんだと思う。

そして、まばゆい光が止み、あたし達が立ち上がると、巨大な柱が二本現れていた。

 

……いや、柱じゃない。これは、メタトロンの足!

全員が空を見上げると、想像を絶する存在があたし達を見下ろしていた。

上空から、大気を震わせ、荘厳な声が響いてくる。

 

『私こそ、天使長メタトロン。

時を超え、空を超え、生まれては消えゆく人の終末を見守りし存在。さあ、今こそ示せ。

自らの存在する理由、その意味を!』

 

 


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